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第173話 素顔

前回までのライブ配信


カミラとの最後の剣術練習日、ウルフガーはコモド流中級の振りを使いカミラとの試合で勝利する。彼とエミリウスはカミラへ感謝の言葉を伝える。翌朝、ソフィアがカミラを迎えにくる。カミラはウァレリウス家をあとにし、そこへアイリスも付いていくことになるのだった。

 馬車の中。

 オプス神殿に向けてゆっくりと進んでいく。


 私はその馬車に、ソフィアとカミラさんと乗っていた。

 スピードは歩くのと変わらない。

 たぶん、馬車を使うのは貴族としてのたしなみ的な意味合いなのだろう。


 ソフィアが何か考え込んでいた。


「どうかした?」


 声を掛ける。


「カミラがどうしてウァレリウス家の人たちと仲良くなったのか考えてた。たぶん、神殿の侍女仲間より仲良かったよね」


「さすがに神殿だと立場がある気がするんだけど。カミラさんって侍女長だよね? ウァレリウス家では手伝いだったから」


「立場か」


「たぶんね。でも、私がカミラさんに親近感覚えたのは、ウルフガーさんっていう執事の人の剣の素振りの感想話してくれたときだったなな」


「あの執事か。なかなか強そうだよね。でも、カミラがそんなこと言うの意外」


 ソフィアがカミラさんを見るが、黙っている。


「意外って、カミラさんってかなりの剣術好きだと思ったんだけど」


「そうなんだ。私の前では一切そういう話しないから」


「何か理由があるんじゃ?」


「お母様に止められてるらしくてね」


「そうなんですか?」


 カミラさんに聞いてみる。


「はい」


「それはなんというか、残念ですね」


「残念?」


「2人が武術の話をしたらきっと楽しいだろうなと思って」


「へぇ」


 ソフィアがカミラさんを見るが、彼女は気づいてない振りをしている。


「いつもこういう感じ。責めてる訳じゃないけどね」


 ソフィアは私を見て肩をすくめた。


「カミラさんも辛いんじゃかな」


「あっ、それなら、フィリッパを間に挟んで話せばいいんじゃない?」


 よいことを思いついたというように目をキラキラさせて私を見てきた。


「カミラさん。どうですか?」


「仕事に差し支えない範囲であれば」


「ふふ」


 めちゃくちゃ嬉しそうだ。


「ねぇ、カミラってあの執事と師弟関係みたいになってたよね? そのこと2人で話してみてよ」


「カミラさん、話してもよろしいのでしょうか?」


「はい」


「では、あのウルフガーさんを正式な弟子に、という発言についての質問です」


「分かりました」


「発言の決め手は、ウルフガーさんが中級の振りを身につけていたことが理由なんですか?」


「決め手と言われるとそうかもしれません。いえ、その通りですね。すぐに出来る者もいるのですが、彼はそのタイプではありません。彼は剣への『姿勢』で身につけたと判断し、あの申し出をいたしました」


「中級の振りって?」


 ソフィアが私に聞いてくる。


「コモド流の剣の振り方には段階があるらしくてね。初級の次が中級。私の考えてる範囲で説明できるけど、聞く?」


「聞きたい」


「了解。簡単に言うと、力の使い方が違うみたい。初級の振りは剣を振り上げてから振り下ろすまで力を入れ続ける。中級の振りは、振り下ろしに切り替える一瞬だけ力を使って、あとは剣の勢いに任せる。カミラさん合ってますか?」


「はい」


 カミラさんの返事を聞いてソフィアがにんまりした。


「面白いね。その初級の振りって筋肉をつける鍛錬的な意味もあるのかな?」


「そういう目的もあるのかも。私くらいの力だと、片手でまともに剣振れないし」


 私が戦うときのスタイルは両手持ちだ。


「そうなの? 言われてみると腕細いもんね」


「ソフィアはすらりとしてるけど、ほどよく筋肉もついてるよね」


「鍛えてますから」


 ソフィアが自分の腕を叩く。


 ≫女子トークだ!≫

 ≫内容は全然女子トークじゃないけどな≫


「カミラとフィリッパの間で何か面白いことはなかったの?」


「面白いこと?」


 あったかな?

 カミラさんと視線が合い、彼女と試合のようなことをしたのを思い出す。


「そういえば、カミラさんと試合のようなことはしたよ。私は魔術を使っただけだけど」


「へぇ! どうなったの?」


「開始直後の私の魔術でカミラさんが倒れたので、そこで終わり」


「あー。でも、フィリッパ相手なら仕方ないか」


 その言葉に反応を見せるカミラさん。

 でも、すぐに無表情になった。

 そのカミラさんの反応にソフィアも気づいたみたいで、腕を組む。


「ねぇ。カミラの神官長への報告が終わったらフィリッパのこと話していい?」


「もちろん。カミラさんのことは信頼してるし」


 言いながらカミラさんを見ると、目があった。

 微笑み合う。


「2人とも本当に仲良しなんだ」


 ソフィアは驚きながらもどこか嬉しそうだ。

 そんなことを話していると、オプス神殿に到着した。

 まず、カミラさんが馬車から降りる。


「ウァレリウス家での話を神官長へ報告して参ります」


「終わったら戻ってきて。私たちは巫女服に着替えてるから」


「私も公衆浴場(テルマエ)に向かうということですね」


「そう」


「かしこまりました」


 またあのウェディングドレスみたいな巫女服に着替えるのか。

 嫌いではないんだけど。


 私たちは着替えている最中、カミラさんがウァレリウス家でどう生活していたかを話していた。

 着替えを手伝ってくれている侍女たちもその話を興味深く聞いていた。


 着替えも終わり、私たちはカミラさんが来るのを待ってから公衆浴場(テルマエ)へ向かう。


 戻ってきたカミラさんは落ち込んでいる様子だった。

 態度にまでは見せてないけど。


 どうして落ち込んでいるのか話を聞きたかったけど、馬車で話を聞くと、御者(ぎょしゃ)にも聞かれてしまう。

 そのため、聞くのはやめておいた。


 公衆浴場(テルマエ)に到着する。


 到着すると、カミラさんが手続きに向かった。

 私たちは馬車で待つ。

 外の様子を空間把握で探る。


 すると受付から侍女に囲まれた太った男性が出てきた。


 彼は背が高い。

 目立つ。

 立ち振る舞いからして貫禄もありそうだ。

 片足を引きずっている様子だった。


 カミラさんが戻ってくる。

 まずはソフィアが馬車を出ると、その片足を引きずっていた男性がこちらを見た。

 足を引きずりながら挨拶にやってくる。


 私は外には出ず、様子を伺った。

 形式的な挨拶だけをして、彼は去っていく。


「今の方は?」


「クルエンタス・フラグロル議員。農地経営していて、毎年祈祷に行ってるんだよね。会うと挨拶してくれるよ」


「そういう仕事があるんだ」


 農地経営か。

 ウァレリウス様がホルテンシウス様に任せているのは土地経営だっけ?


「忙しいのは春と秋だけだけどね」


 巫女はソフィアだけだからその時期はかなり忙しいんだろうな。


 私たちは公衆浴場(テルマエ)の貴族用のスペースに入っていった。

 カミラさんも一緒だ。

 相変わらず注目されるけど、そのままプライベートルームへ入っていく。


「部屋の端には寄らないでください」


 私はすぐに防音の魔術を使った。


「防音の魔術を使ったよ」


「これからはカミラも好きに話していいからね」


「承知いたしました」


「それで、報告のあと浮かない顔をしてたのはどうして? 何か言われた?」


「いえ、報告を行ったにすぎません。ただ――」


「ただ?」


 カミラさんは周りを見渡した。


「大丈夫。聞こえてないと思うよ」


「はい。虚偽の報告を行ったために自己嫌悪してしまい、そのことが表情に出てしまっていたようです。申し訳ございません」


「よかれと思ってそういう報告にしたんだよね?」


「おっしゃる通りです」


「それなら私はいいと思う」


「聞いていいことかどうか分かりませんが、報告というのはウルフガーさんの話がメインですか?」


「そうです」


 神官長がウルフガーさんの動きを知りたがっていたということか。


 ということは、あの養育院との賊と神官長には繋がりがあるかもしれない。

 裏社会との繋がりも疑われる。


「失礼な物言いですが、オプス神殿の問題は大きそうですね」


「どういうこと?」


 ソフィアが聞いてくる。


 私はまず、養育院の職員に襲撃を受けたことを改めて説明した。

 カミラさんに確認をとり、ウルフガーさんが裏社会との連絡役を担っていることも話す。


「神官長がウルフガーさんの動きを探ったのは、賊の件で彼の裏切りを疑われたのが原因かも」


「神官長はその賊と繋がっていると考えていいの?」


「さすがに直接は繋がってはないんじゃないかな? ただ、皇妃を中心になんらかの繋がりはあると思う」


「なるほどね。フィリッパにとっては敵になるのか」


「皇妃派にもお世話になっている方はいるけどね」


「話の途中、失礼いたします。質問をよろしいでしょうか?」


「今は好きなタイミングで発言していいよ」


「では。こんなことを聞くのは失礼かもしれませんが、フィリッパさんは何者なのでしょう?」


「ふふ。気になるよね?」


 ソフィアがにんまりして私を見た。

 私は頷く。


「フィリッパの本名はアイリスというのでした。あの剣闘士の『女神』アイリスです。じゃーん」


 一瞬シーンとなる。


「えっ、えー! あ、あの。っと失礼いたしました」


「ふふ。こんなカミラ見るの初めて」


「いえ、まだ驚きで混乱しております。あの『闘神』や鉄の巨人(フェロムタロス)に勝利したアイリス様ですよね」


「はい」


 カミラさんが私に聞いていたので返事をする。

 まだ驚きが続いているみたいで、口を開けっぱなしにしている。

 確かに普段のカミラさんでは考えられない様子だった。


「カミラは全く疑わなかったの? 防音の魔術とか明らかに異常でしょう」


「いえ、全く疑いませんでした。それどころか今でもこの可憐なフィリッパさんと剣が結びつきません」


「剣に関しては全然です。カミラさんやウルフガーさんの真摯な態度や身につけた剣術にはすごく感銘(かんめい)を受けました」


「い、いえ、そうまで言って貰えるとは。その」


 ソフィアはそんなカミラさんの様子を暖かい目で見ていた。


「あっ、そうだ。カミラにあれやってみせたら完全に信じてもらえるんじゃない? 今だと話は信じていても心がついてきてないだろうし」


「あれって?」


「攻撃を事前に察知されて何もできなくなる技? 技術?」


「あれか。なんて言えばいいんだろ? 仮に『起こり外し』とでも名付けようかな」


 ≫『仮』がずっと使われるパターン来たな≫

 ≫良い技名な気がする≫

 ≫五輪書(ごりんのしょ)の「枕をおさえる」か?≫

 ≫タイミングはもう少し早いな≫

 ≫枕をおかせない、みたいな?≫


「外すというより考えるより前に潰されてる感じなんだけどね。でもアイリスらしくていい名前だと思う」


「ありがと」


 言ってカミラさんを見ると、さっきと雰囲気が変わっていた。


「では、カミラさん。体験してみますか?」


 立ち上がる。


「是非」


 空気がひりつく。

 そんな中でもソフィアは微笑みを浮かべていた。


「武器はどうしましょう?」


 イスやテーブルを端に寄せながら聞いてみる。

 カミラさんも手伝ってくれた。


「そうですね。剣と楯を持ったつもりで攻撃します」


 楯もか。

 楯は主に肩の筋肉を見ればいいので素手よりは読みやすいかもしれない。


「分かりました。ではいつでもどうぞ」


 その場で言うと、カミラさんは少し困惑したように、改めて一定の距離をとって構えた。

 架空の剣と楯を持っている感じだ。


「いきます」


 右足を張る気配があったので、先に近づいて肩を押さえた。

 右の突きが撃てなくなる。

 楯の気配。

 肘の入る位置に手を伸ばして邪魔をする。


 そんな感じて次から次に動くカミラさんに支点を作らせない。


 カミラさんの攻撃は読みやすい。

 これは分かっていたことだ。

 コモド流の中級の振りは、切り替えの一瞬のみに力を使うからか、支点の作りも読みやすい。

 それに流れが常に一定だ。


 一度タイミングに慣れてしまえば、彼女の動きは洗練されているので余計に攻撃の封殺は行い易かった。


 カミラさんが一歩下がる。

 下がってから両手を降ろした。


「よく分かりました。貴重な技術を体感させていただき感謝します」


 一礼する。


「いえ」


 私も一礼した。


「どうだった?」


 ソフィアがカミラさんににこやかに話しかける。


「驚きました。これまで見たこともなければ、何をされているのかも分からず、どう実現すればいいのかも全く分からない技術です」


「でしょう?」


 ≫なんでソフィアが誇らしげなんだよ≫

 ≫気持ちは分かる≫

 ≫メジャーになる前に知ってた的な?≫

 ≫後方腕組み古参≫


「それならば、なぜ、リギドゥス様の攻撃で肩に怪我をしたのですか?」


 ふと、気づいたようにカミラさんが言った。

 痛いところを突くな。

 肩も痛かったけど。


「申し訳ありません。あれは意図的に受けました」


「意図的に? 咄嗟に避けたりなどはしなかったのですか?」


「いえ、攻撃を察知してから考えるだけの時間があったため、覚悟を決めて受けました」


「リギドゥス様の攻撃を……。もしかして、他人の考えを読むようなことが出来るのですか?」


「さすがにそれは出来ません。大きく力を使うような行動が事前に察知できることもある、といったところでしょうか」


「そのようなことが可能なのですね。あ、いえ、申し訳ありません。失礼な質問をしてしまいました」


「カミラさんなら何を質問しても失礼じゃないです。答えます」


「助かります」


「わざと受けたのは正体がバレるから?」


「そうだね。変に違和感もたれるのは避けたくて」


「確かに受けておけばアイリスだとはバレないか」


「全く想像だにしておりませんでした。今、考えてみると、ご子息のエミリウス様や侍女ヴィヴィアナさんの成長のスピードについては不思議でした」


「アイリスの説明って分かりやすいんだよね」


「そういえば、当流の中級の振りについても弓矢に例えたのは素晴らしいと考えていました」


「剣が弓矢? どういう説明なの?」


 カミラさんが、矢は発射して少し経過したあとの方が貫通力が上がることを説明した。


「面白いね。パンチにも応用できるかな?」


「応用できるかどうかは……。いえ、申し訳ありません。誠に失礼ながらこの話題は控えさせていただきます」


 武術についてソフィアと話してしまっていたからだろう。

 カミラさんはばつが悪そうに口をつぐむ。


「そう? カミラが言うなら尊重するけどね。私は楽しかったよ」


「感謝いたします。申し訳ございません」


「私がいるときは私を経由して話をする、でいいんじゃないかな」


 彼女たちが武術の話をできないのは家庭の事情っぽいので、そっちには触れない。


「せっかくだし、そうさせてもらおっか。カミラはアイリスに聞いておきたいことないの?」


「そうですね。私の攻撃の気配はことごとく読まれましたが、他の方もそういうものなのですか?」


「読みにくい方はいます。ただ、剣を振る以上はそれなりに力を使うのでほとんど読めます。特に攻撃しようという意志のある攻撃は読めます」


「意志のある攻撃ですか」


鉄の巨人(フォロムタロス)と戦ったときは、私の方が攻撃を先読みされました。そのため、攻撃の意志は持たずに、外部刺激によって反射的に攻撃をするように心がけました」


「外部刺激? 外からの刺激。何かに反応するということですか?」


「そうです。実際に受けてみますか?」


「もちろんです」


「では、楯で構えるように左手を準備してください」


「はい」


「今から左腕に触ります。気配があったら楯で防ぐつもりで腕を出してください」


「承知いたしました」


 立って手が触れられない位置に間合いをとる。

 カミラさんがまばたきした瞬間に左腕に触れた。

 彼女は反応できなかった。


「これは……」


「カミラさんのまばたきに反応して、腕に触れました。まばたきが外部刺激ですね。こうすると、直前まで私の身体が準備しないので、攻撃の気配を消せます」


「身体の準備というのは、どのようなものなのでしょう?」


 私は支点について簡単に説明した。

 その支点について、弓でも例えてみる。


「弓の場合は、持ち手から少し離れた上下の部分が支点のはずです」


 持ち手の部分が凹んだアーチェリー的な弓を思い浮かべる。


「あの持ち手の上下の部分を自分と相手に間に置くのが準備ですね。矢から手を離すのが攻撃です」


 カミラさんが少し考える。

 実際にエア弓を構えたりもしていた。


「支点に関してまだ理解が及んでおりません」


「簡単に言うと、関節が支点となり得る場所です。多くの関節の中で、止まっている場所が支点として使っている場所です。例えば、真っ直ぐ立った状態で剣を振るときは肩が支点となります」


「肩が支点。そういうことですか。()に落ちました。例えば、横凪ぎの場合は腰が支点でよろしいのですか?」


「はい。その場合が多いです」


「そうですか、そうですか。相手との支点との距離が大切ということですね」


「その通りです」


 話が飛んでいる気がする。

 何かカミラさんの持っていた課題と、支点という考え方が結びついたのかもしれない。


 カミラさんが思考に没頭し始めた。

 ソフィアと目が合う。


「カミラがこんなに剣術のこと好きなんて思わなかったな」


「普段はかなり我慢しているんだろうね。あ、だからこそ、お母様は話を禁じているのかも」


「そうかも」


 小声で話す。


「し、失礼しました。私事の考えにふけってしまい、申し訳ございません」


「たまにはいいんじゃない? ここなら誰も見てない訳だし」


「そのような訳にはいきません」


「じゃあ、私からのお願いね。たまには考えにふけって。それなら仕方ないでしょ」


「ご配慮、感謝いたします」


「アイリスとここで談義するのはやっぱりいいかも。刺激になるし。もちろん、アイリスも楽しんでくれてて、時間使って良ければだけどね」


「半休のときなら大丈夫だよ。楽しいし」


「なら決まりだね。美味しいお菓子とか用意しないと」


 それから雑談をしていると、再び神官長の話になった。


「神殿の話はここでちゃんとした方がいいか」


 ソフィアが私に聞いてくる。


「他で話すと危ないしその方がいいかも。オプス神殿の神官長ってどのような方なの?」


 オプス神殿の神官長は60歳より上と、サピエンス神官長がおっしゃっていた気がする。


「オクルウス神官長だね。よく分かってない」


 ソフィアが笑顔で言った。


「そ、そうなんだ」


「分からないから答えようがないんだよね。でも、裏社会と繋がってるとは思いたくないな」


「サピエンス神官長がおっしゃっていた上級神官の方は?」


 確か同期で皇妃と一番近い人物と話していた。

 名前は忘れた。


「ヴェトゥス神官か。私は苦手だな」


「裏社会と繋がっていたとしたら?」


「驚かない」


「彼のオプス神殿の中での政治力は?」


「最大派閥だね。神官長より勢力は大きいよ」


「やっぱり今のオプス神殿の状況って結構危ない気がする。もちろん、決まった訳じゃないんだけど」


「私もアイリスと話しててそう思った」


「整理するね。まず、神官長がウルフガーさんの様子を訪ねた。神官長が力のない貴族の執事の様子を探っているのがまずおかしい」


「そうだね」


「彼が探っている理由として考えられるのは、ウルフガーさんが裏切ったと疑われているから。特に皇帝暗殺に関わっているのだから、彼の動向は非常に気になる」


「こ、皇帝暗殺?」


 声を上げたのはカミラさんだった。


「黙っててすみません。私は元々、皇帝暗殺未遂の件でウルフガーさんを調べるために働きはじめたのです。今では、彼を今の立場のまま、事件を解決したいと考えていますが」


「そうでしたか。割入ってしまい申し訳ございません」


「いえ。では続けます。神官長がウルフガーさんの動向を探ったのは誰かの命令というのが考えられる。もちろん、別の理由の可能性もある」


「うん」


「仮定の上の仮定になるけど、神官長自らが裏社会と繋がっているか、神殿の中に裏社会と繋がっている人物がいる可能性がある。その人物は、神官長に影響力を及ぼせる人に限られる」


「その人物は絞られるね」


「今言ったのは可能性があるってだけだから。それはそれとして、まとめるとこんなところだね」


「正しければ神殿の危機か。どこから調べるのがいいと思う?」


「裏社会と繋がってる証拠を出すのが先決かな」


「よろしければ、私が調査いたしまましょうか」


 カミラさんが申し出た。

 少し考える。

 あまり、危ないことはして欲しくない。


「その勇気には敬意を(ひょう)します。ただ、危険が大きすぎるのと、調査が発覚すると証拠を隠されてしまうことも考え、カミラさんが調査するのは最後の手段にした方がいいでしょうね」


「失礼しました」


「いえ、部外者の私が好き勝手に言ってるだけなので。選択肢が増えるのは大事なことだと思います」


「下手に調べると警戒させることに繋がる訳か」


「そう。攻撃の意志を悟られずに倒すのが理想」


「競技ではない武術に通ずるものがありますね」


 カミラさんが独り言のようにつぶやく。


「アイリスは剣闘士だから競技者じゃないの?」


「私、奴隷の反乱のときに戦場にも出たんだよね。最初は包帯兵だったけど、気づいたら陣営監督官の補佐になってた」


「わぉ! すごい人生だね」


「どこで死んでもおかしくなかった。そういう経験もあって、さっきみたいな発言が出たのかも」


「攻撃の意志を悟られずに倒す、か」


「そう」


「剣は役に立ったのですか?」


「もちろん役に立ちました。魔術無効(アンチマジック)も使われましたから。ただ、当時は今より更に剣が下手だったので何度も負けました」


「当時っていうけど、まだ2か月前くらいだよね」


「そっか。こっちに来てからいろいろありすぎて長い時間に感じる」


「それにしてもアイリスが負けてるなんてね」


「剣術自体は全然ダメだし、足りてない部分も多いから」


「当時と今だとどのくらい差があるの?」


 差か。

 当時は突風の魔術と辛うじて攻撃の先読みが出来ることでなんとかしてた気がする。


「出来ることは増えたかも。あの頃だったらゼルディウスさんや鉄の巨人(フェロムタロス)とは勝負にならずに負けたと思う」


「そんなに?」


「『起こり外し』も出来るようになったの最近だしね」


「似た感じの技だとどんなのが出来るようになったの?」


「自動でカウンターするとか」


「自動でカウンター? どういうもの?」


「考えるより先に攻撃避けつつ相手に攻撃する反応」


「考えるより先に? 予想してとかじゃないよね?」


「反射かな。熱いもの触ったときに咄嗟に手を引っ込めるみたいな。何も考えてない状態から、攻撃がきたら勝手に避けて反撃してる感じ」


「そういう感じか。確かこれまでに数回、咄嗟に手が出たことがあったかも」


「私もその状態から、多人数に攻撃してもらって段々できるようにしていったかな」


 考えてみたら顔反らし(スリッピングアウェー)も同じか。

 練習すれば出来そうな気がしてきた。


「――驚きました」


 カミラさんが声を出す。


「それは総師範が理想の1つと話しているものです」


「へぇ」


 ソフィアが目を輝かせた。


「カミラはこれからコモド流の本部に行くんだっけ?」


「左様にございます」


「なら、私たちも一緒に連れていってよ。あの執事の人のこと聞くんだよね」


「恐れながら、ソフィア様をお連れする訳には参りません」


「アイリスは連れていくの?」


「予定はございません」


「どう、アイリス」


 総師範と話せるならチャンスか。

 ウルフガーさんのこともあるし、裏社会のことも聞けるかもしれない。


「皆様やカミラさんのご迷惑になるとは思いますが、ご一緒させてもらえると助かります」


 私が言うと、カミラさんは私の真意を探るように目を見つめてきた。

 そして、首を振る。


「承知しました。フィ――アイリス様をお連れします」


「ありがとうございます!」


 よかった。

 首を振られたので断られるかと思った。


「じゃ、身体洗っていこう!」


「残念ながらソフィア様はお連れできません」


「無理かー」


「申し訳ございません」


「私がコモド流の本部に行った場合、カミラって怒られるんだっけ?」


「そのようなことはございません」


「うん。分かった」


 とびきりの笑顔を見せる。


 ≫これ行くつもりだろ≫

 ≫怒られるかどうか聞くだけ偉い!≫

 ≫かわいいから許す!≫


 視聴者の考えが正しい予感しかしない。

 カミラさんと目が合ってしまった。


 こうして、私たちはカミラさんも含めて身体を洗ってからコモド流の本部へ向かうことになるのだった。

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たとえ敵対しないだろう相手だとしても、自分の手の内ってこんなに気軽に教えたり話せるもんなんだだろうか
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