第16話 エウレカ
外はまだ明るかった。
養成所の建物に囲まれている広場では、まだ練習中の剣闘士たちがいる。
ボクは、マリカとお風呂に向かっていた。
≫テコ入れ回キター≫
≫ローマなのにニューヨークとは……≫
≫丸太は持ったか!(意味深)≫
≫正装(裸ネクタイ)完了≫
コメントについてはノーコメントで。
しかしお風呂か。
困ったぞ?
皇宮のお風呂のときみたいに、また目を閉じたままでやり過ごせるかな?
歩きながらマリカの姿をちらっと盗み見る。
つり目がちだが、西洋人風にしてはそれほど彫りが深くなく、それが可愛らしさの元になっている。
髪は金髪で肩くらいまでの長さで、跳ねた感じが彼女によく似合っている。
背は今のボクと同じくらい。
肌は外で練習してるからか、それほど白くないけど、褐色という感じじゃない。
手足はすらっと長く、筋肉は程良くついている。
胸はそれほど大きく見えないけど、アンダーが細いのでカップはBかCってところだろうか?
「なに?」
「あ、これからここで生活するんだなって」
「そうそう。巨人なんてさっさと倒して、ここで一緒に生活しようよ」
「そうなればいいんだけど」
いいのか? とも思ったけど、マリカもいるしご飯も食べられるしで悪くないかもと思い始めた。
昨日みたいなことはもう嫌だ。
「とにかく、暗くなる前にお風呂行こ」
「あれ? 着替えは?」
「服はお風呂に用意されてるから」
ボクの手が引っ張られる。
彼女の右の手の所々が豆のように硬くなっているのが分かった。
毎日かなり剣を振ってるんだなと思わせる。
お風呂にはすぐに着いた。
思ったより広い。
旅館の温泉くらいの広さはありそうだ。
お風呂の入り口で下駄のようなものを履き、脱衣所に入る。
そろそろかな。
ボクは脱衣所の前でゆっくりと目を閉じていった。
≫また暗闇か!w≫
≫目が目が!≫
≫なんだよまたってw≫
≫もう一日経ったのか≫
≫放送事故?≫
≫おお、光よ、光よ……≫
脱衣所の中に入ると湿気とその熱い空気に驚かされた。
それに石像のようなオブジェもあって、空間把握だけでも豪華だと分かる。
これ、本当に剣奴のためのお風呂なんだよな?
呆気にとられたけど、マリカの様子を探ると、もう服を脱ぎ始めていた。
ボクも脱ぐことに決める。
それにしてもこの状況はなんなんだろう。
隣でかわいい女の子が服を脱いでいる。
ボクも服を脱ぐので裸を見られる。
ボクの裸とか、まだボク自身も見たことないのに!
――落ち着こう。
パンツとブラ、それに腰紐を解けば、あとはこの長いTシャツを脱ぐだけだ。
パンツの脱ぎ方は把握済みだ。
あ、ブラを外すのはどうすればいいんだっけ?
今朝は、皇宮の女の子に付けてもらったので分からない。
空間把握で分かる範囲だとタオルみたいな生地を後ろで結んだだけみたいだけど。
それなら外せるかな。
≫静かだな≫
≫何が起きてる?≫
≫報告セヨ報告セヨ≫
≫あれぇ? ガンマ値おかしくない?≫
すまない。
阿鼻叫喚してるところ悪いけど、目を開けたら放送終了だから絶対に開けられないんだ。
そんなことを考えながらブラを外すと開放感があった。
思わず息を吐いて猫背になってしまう。
「うわっ、何食べたら胸そんなに大きくなるの」
≫何が起きてる?(2回目)≫
≫ガタッ!≫
≫生殺しw≫
≫●REC≫
≫けしからん! 先生に見せてみなさい!≫
「ちょ、ちょっと」
マリカがあからさまにボクの胸を見ているのが顔の向きで分かる。
大まかな形は分かるけど、色とか細かいところはよく分からないし、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい。
「あれ? どうして目つむってるの?」
「個人的な事情があって」
「個人的な事情? ま、いっか。早く入ろ。服はその台に置いておけばいいから」
マリカさんはそう言って、何かコップのような入れ物から液体を取り出して身体に塗っていた。
「何それ?」
「え? なんのこと?」
「その液体みたいなの」
「オリーブオイルだけど、もしかしてお風呂入るの初めて?」
どういうことだろう?
目を開けて確認したくなるが、マイアイは盗撮カメラのようなものだ。
この世には存在してはいけないものなのだ。
「お風呂は初めてじゃないけど、ここの入浴方法が分からなくて」
「そっか。じゃあ、これを全身に塗って。オリーブオイルで汗とか汚れを取るから。塗ったあとはそこのヘラでオイルを落として」
「わ、分かった」
コップを渡されたので、右手にオイルを少し取り、首筋や肩から塗り塗りしていく。
オリーブオイルはもっとトローとしたのを想像してたけど、シャバシャバとした感触だった。
手に取ったものを近づけるとスーっと清涼感のある甘みをほのかに感じる香りがする。
「目をつむってたら塗りにくいんじゃ?」
「大丈夫!」
ノータイムで答える。
≫そうだ!w≫
≫目を開けるべき≫
≫ローマではかけ湯じゃなくてかけオイルなのか≫
そういえば、昨日のミカエルのお風呂だとオイルは塗らなかったな。
身体を洗ったのは石鹸だと思った。
養成所にもあるんだろうか?
そんなことを思いながらオイルを手に取りながら塗っていく。
男の身体と比べるとやわらかい。
なんというか、ゴツゴツした筋肉の硬さがなく、ぽっぺのぷにぷにが全身に広がっている感じだ。
胸にもオイルを塗っていく。
すると、オイルの量が多すぎたのか、つーと胸の谷間にオイルが垂れていくのが分かった。
その粘液はおへそを通り、太股の付け根辺りまで垂れていく。
ふぅ。
落ち着こう。
それにしても、自分の胸におっぱいがあるというのは不思議だった。
かなり大きい。
そしてやわらかい。
揉んでみたいという気持ちは強いが、マリカの目もあるので我慢する。
乳首にもオイルを塗る。
塗ろうとしたところで、滑って指を引っかけてしまい弾いてしまった。
その瞬間、背筋から下腹部に掛けて甘い痺れのようなものが走ってすぐに消える。
こ、これは危険だ。
もう少し刺激が強ければ声が出ていたかも知れない。
女性ってみんなこんな風なのか?
触っていると、変な気分になってきそうだったので、すぐに胸の下からお腹、それに背中へと移っていく。
オイルと肌のすべすべが気持ちいい。
お尻も大きくて柔らかいなと思った。
更に足先までオイルを丁寧に塗っていって、最後に残った下半身の部分に手を伸ばす。
トイレにも行ったし、ここは洗わない訳にはいかない。
下半身に手を伸ばすと、分かっていたことだがついてない。
ものすごく女の子になった気がする。
なんというか、「女の子になっちゃったんだ」と思った。
屈辱感そのものじゃないけど屈辱感に近い。
ついてないって精神の奥深いところまでクルな、これ。
そして、肝心の部分だが思ったよりお尻の方にあるんだなと思った。
その後は、塗ったオイルをヘラでこそぎ落としていく。
時間を掛けてオイルを落とし、脱衣所から次の浴室に移った。
マリカはボクを待っていてくれたみたいだ。
浴室には浴槽が3つあった。
それぞれ10人は入れそうなくらい広い。
「右奥が一番熱くて、手前がぬるま湯、左奥が水風呂だから」
「はー」
なんか石像からお湯が出てるし、貴族が入るようなお風呂かと思った。
贅沢だ。
奴隷ってなんだろう。
「私はぬるま湯に入るけどアイリスはどうする?」
「ボクもぬるま湯で」
浴槽の前で下駄を脱いで、湯船に入る。
浴槽の縁に触れたところ、ツルツルキュッキュとした石だった。
もしかして大理石だろうか?
足からゆっくり静かに湯船に浸かっていく。
ほどよいぬるま湯が全身を包み、ほっとした。
「話には聞いてたけど、やっぱり浮くんだ」
何が浮くのかとマリカに聞きそうになったけど、荒ぶるコメントの数々で全てを悟る。
さっきからコメントがあまりの荒ぶりを見せているため全て脳内スルーしていた。
「た、戦うときには邪魔になるから」
「そうかも。私でもブラせずに剣振ると痛かったりするし」
バシャバシャと水面の音がする。
空間把握すると、マリカは片方だけ手ブラ状態にして、剣を振る真似をしていた。
手ブラしてない方の胸がぷるっと揺れている。
「マ、マリカはブラはどうしてる? 養成所で支給されるとか?」
「自分で買ってるよ」
「買うとこあるんだ?」
「今日みたいな闘技会のあとの休みって、申請すると街に出られるから」
闘技会のあとか。
ボクも巨人に勝って必要な物を買いにいけるようになるだろうか?
今日の魔術検査で調べてもらったことが良い方向にいって、強くなれるといいんだけど。
「そういえば、今日やったアクアデュオだっけ? あれってマリカもやったことあるんだよね? どうだった?」
「私はアクアデュオもアクアコロラータも両方ともできたよ」
「あ、そうなんだ。すごいね」
「サンソ以外だと水も相性いいみたい」
≫H2Oだからか?≫
たまたまそのコメントが目に入った。
なるほど、マリカは酸素原子を含む物質なら扱えるのかも。
ボクは水を両手ですくってみた。
アクアデュオか。
ぬるま湯とはいえ、常温の水よりは振動している。
この振動はチカチカと違うようで近い気がするんだけど、なんなんだろう?
そういえば、昨日、水の中は空間把握しにくいと考えたことを思い出した。
逃げてたときだったかな?
水が振動してることが分かってる今となっては、本当に把握しにくいのかなという気がしてくる。
チカチカしてるかどうかで空間把握ができる。
だったら、振動してるかどうかで水中も把握ができるんじゃないだろうか?
ボクは早速このぬるま湯の振動に意識を集中してみた。
振動が濃くて感覚が掴めなかったけど、ピントを調整するようにしていると急にクリアになる。
あ。
驚いた。
空間とは比べ物にならないくらい鮮明に把握できている。
歯医者の歯の型取りというか、チョコレートの造型というか。
そのくらい細かく湯船の中の状況が分かった。
マリカの身体を見てしまうが、艶めかしい。
柔らかそうというのがよく分かったし、肌のキメの細かさまで間近で見ているかのように分かった。
胸も少しお湯に浮いて揺れている。
乳首の乳腺の窪みや、乳輪のぷくっとした感じまで見える。
これはやばい。
ボクはドキドキしているのを感じて、この水中把握を止めた。
なんだこの背徳感。
「どうしたの? 寝てた?」
「あ、う、うん。ちょっとアクアデュオについて考えてた」
「アクアデュオについて? ニホンに似たのあったとか」
「そ、そう。水の振動が何かに似てるかもって。あ、そうだ。ブラウン運動と近い、って? あれ?」
そうか、ブラウン運動!
すっかり忘れていたけど、液体が振動してる現象のことを『ブラウン運動』と呼んでいたことを思い出す。
ボクにはそれが見えるってことか?
ボクの知識だと、ブラウン運動というのが「液体の分子が振動してることを指す」くらいしか知らないけど、配信で聞けば教えてくれるかもしれない。
思いがけない展開に驚きながら、ボクはマリカと話しながらしばらく湯船に浸かっていた。
その後、マッサージに向かう。
マッサージは女性の奴隷の人が行っていて、オイルを使って30分くらい丁寧にしてもらうことになった。
部屋の真ん中に丸い台座があって、その台座に布を引いてうつ伏せにさせられる。
その状態でマッサージを受けた。
最初は無防備に裸を他人の手に委ねるというのはとても抵抗があったけど、触られている内に気持ちよくなっていった。
マッサージオイルはラベンダーが入っているとのことで、少し甘い花の香りがする。
昨日のミカエルのお風呂の香りと似ている。
マッサージを受けているとかなり気持ちよくて、ボクは寝てしまっていた。
起きたときに、うつ伏せになっている裸のマリカを目視で見てしまったけど、うつ伏せになってたからたぶん大丈夫だろう。
コメントはすごいことになってたけど。
「なんかすごく贅沢した」
暑い脱衣所に戻り、用意されていた服を着ながらそんな言葉が出た。
天井のガラスからは赤くなった空が見える。
もう夕方か。
「ここはお風呂だけは贅沢だからね。でも、パロスだと貴族並の暮らしをしてる人もいるって話だから」
マリカはブラをしながらそんなことを言った。
「今日、ルキヴィス先生に絡んできたカエソーさんもパロスだったよね? 彼も?」
「どうだろ? パロスと言っても下の方だからそんなに稼げてないかもね」
ボクもブラを付けながら会話する。
少し手間取ったけど、なんとか後ろで結べた。
「そういえば、マリカってブラどこで洗ってる?」
「夜の間に水道で洗って、そのまま部屋に干してるけど?」
「そっか。ありがとう」
夜はブラしないだろうしな。
でもそうなるとこのワンピースみたいな薄い服だけだと乳首が浮くのではないだろうか?
また目を閉じないといけないのかと思うと面倒だなと思ってしまう。
それとも暗いから大丈夫かな?
その後、ボクたちは夕食のお粥を配給所で貰って、部屋に帰るのだった。
今日は今日でいろいろなことがあったので、食事が終わったら、ライブ配信でしっかり話しておいた方がいい気がした。
次話は、明日の午後10時頃に投稿する予定です。




