第166話 仮面の曲者たち
前回までのライブ配信
休暇後、アイリスは侍女の手伝いへ来たカミラに改めて挨拶する。彼女はコモド流剣術の指導補佐であり、同流派を見よう見まねで覚えたウルフガーに興味を持つ。また、アイリスと第三席レオニスの対戦が決まる。ウルフガーは彼を『ある場所』で知ったと語るのだった。
翌朝。
起きると腕の違和感は消えていた。
軽く肩を回してみるけど、問題はなさそうだ。
「腕の怪我は大丈夫になったみたいです」
挨拶のあとにそう付け足す。
「よかった。でも、カミラさんもいらっしゃるし、今日一日は安静にしましょう」
メリサさんが気遣ってくれた。
「ありがとうございます。承知しました」
朝の仕事を済ませ、ウァレリウス家の朝食の時間になる。
私はキッチンで待機だ。
食事中の会話の内容が聞こえてくる。
これはこれで面白い。
「クラウス。本日の剣術練習には、ウルフガーとカミラが参加する予定だ。その心づもりでいるように」
「――分かりました」
話としては、クラウス様とエミリウス様の剣術に合流する形で進んでるのか。
ウルフガーさん仕事忙しそうだけど、時間はとれるのかな?
「父上」
今度はクラウス様が何かを話すようだ。
「フィリッパはまだ仕事ができないのでしょう? 本日は集会に特別なお客様が参られます。以前、彼女を連れていったことが話題となり、是非また連れてきて欲しいと言われました。連れていってもよろしいでしょうか?」
「――分かった」
また、あの政治集会に連れていかれるらしい。
特別なお客様か。
また見せ物状態にされるのは嫌だな。
あ、そういえば着替えはどうするんだろう。
前回は服屋さんの2人がやってくれたけど、今回、彼女たちの手を借りられない。
ミカエル邸にいるテルティアさんも以前はこの家にいたはずだから、メリサさんが手伝えるのかもしれない。
あとはソフィアの侍女をしていたカミラさんも出来そうか。
その後、予想した通り、メリサさんとカミラさんに着替えを手伝ってもらった。
私はクラウス様の政治集会に同行することになるのだった。
そして、今、馬車に揺られている。
「クラウス様。質問をよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「本日いらっしゃる特別なお客様というのはどのような方なのでしょうか?」
「聞いて驚け。なんとペルシャからのお客様だそうだ」
はぁ?
思わず声に出そうになる。
ペルシャのお客様なら、サオシュヤントさんしか思い浮かばない。
「そうなのですね。ペルシャとは驚きました。お答え、感謝いたします」
なんとかそれだけ言う。
≫ペルシャって……≫
≫やっぱサオシュヤントだろうな≫
≫アイリス目当て?≫
≫昨日の今日で?≫
≫どうやってアイリスにたどり着いたんだ?≫
≫まぁ、偶然ということもあるだろうし≫
≫連れて来て欲しいとまで言われてるんだぞ≫
その後は、馬車の中でクラウス様の話を聞いていた。
以前と同じ場所らしい。
すぐにたどり着く。
馬車から降りて、広場に入っていくとそれなりに人がいた。
人数は前と同じくらいで300人くらいかな。
挨拶に回るクラウス様の後ろにつく。
笑顔を絶やさないように頑張った。
ついて回っていると、彼がいた。
サオシュヤントと名乗る人物だ。
特別なお客様ってやっぱり彼のことか。
昨日の公衆浴場にいたときほどは注目を集めていない。
ただ、それ以上に気になることがあった。
いかにも強そうな2人の護衛がついている。
内1人は、暗殺者的な人を殺したことのある雰囲気を持っていた。
感情というものが感じられずにゾッとする。
メガエラに近いかもしれない。
クラウス様は彼の隣にいる貴族らしき人に近づいていった。
「ウィビウス・ミティウス様。お久しぶりです」
クラウス様が貴族らしき彼をそう呼んだ。
「ウァレリウス・クラウス様。ご無沙汰しております」
社交辞令や、近況などを伝え合うと、話題はサオシュヤントと名乗る彼に移る。
ミティウスと名乗った貴族の彼も、ローマの使節団の一員としてペルシャにいたらしい。
そのときに彼と知り合ったそうだ。
ミティウス様がサオシュヤントと名乗っていた彼を紹介する。
紹介が終わると、彼は余裕の表情で私を見ていた。
服装や化粧は違うはずなんだけど、私だと確信してる様子だ。
ミティウス様が器用に通訳しながら会話は進む。
サオシュヤントさんをペルシャの貴族だと伝えていた。
「サオシュヤントは彼女のことを知りたいようです」
ミティウス様がクラウス様に聞いた。
「彼女は私の侍女をしているフィリッパです」
自慢するように私が紹介された。
挨拶を促すようにしてくる。
「フィリッパと申します」
「良い響きと声だ」
サオシュヤントさんは公衆浴場のときと同じ発言をした。
いや、昨日はミティウス様が通訳して伝えてきたんだったか。
私は黙って頭を下げた。
クラウス様が少しむっとする。
これまで、貴族の方から私に対して話しかけられることはなかったからな。
他人の侍女に話しかけてはいけないという礼儀があるのかもしれない。
「クラウス様。申し訳ありませんでした。彼はペルシャから来たばかりなのです」
「――そういうことであれば」
ミティウス様の言葉にクラウス様が頷く。
一方でサオシュヤントさんは全く気にしてない。
「寛大な言葉、感謝いたします。クラウス様だけにお話しますが、彼はかなりの立場にあり、内密にこちらへ訪れているのです」
「左様でしたか。言われてみれば確かに」
「お気づきでしたか。くれぐれも他言無用に願います」
「分かりました」
このやり取りで機嫌も良くなったみたいだ。
≫すげえな。この貴族≫
≫クラウスの弱点を熟知してやがる≫
≫名前なんだっけ? 普通すぎて逆に印象が≫
≫ミティウスらしいぞ≫
言われてみると、クラウス様はこういった特別扱いが好きそうだ。
昔から知り合いみたいだし、扱いが分かってるんだろうか?
それから彼らと別れ、再び挨拶回りをした。
しばらくすると入り口に人が集まってきていた。
周りの話からするとミカエルが来たようだ。
サオシュヤントさんを見に来たんだろう。
ミカエルが彼の正体を知ってるのかどうかは気になるな。
クラウス様がミカエルの元へ挨拶に向かう。
そこには意外な人物がいた。
セーラだ。
彼女は侍女のようにミカエルについている。
どうしてと思ったけど、理由はすぐに思い当たった。
彼女はペルシャの王族と面識がある。
サオシュヤントさんが王族かどうか確かめるために、彼女を連れてきたのだろう。
セーラは犯罪者扱いだから、ここへ連れてくるのに苦労したはずだ。
ミカエルもローマのために動くんだな。
別の意図があるかもしれないけど。
「殿下。おはようございます」
クラウス様が挨拶する。
「おはよう。今日は珍客がいるみたいだし見に来たよ」
「はい。ペルシャの貴族のようです。ウィビウス家次男のミティウス様と交流があります」
「そうか。ミティウス君とは意外だね」
「彼はペルシャへの使節団に同行していたようですよ」
「そういうことか! クラウス君はよく知ってるなあ」
「恐縮です」
≫クラウスが有能に見える、だと?≫
≫ミカエルすげえな……≫
≫ダメ男って周りからすると良いのかもな≫
ミカエルのうつけモード恐るべし。
「彼はペルシャ女性を連れてきていたかい?」
「いえ。男の護衛が2人いただけでした」
「それは残念」
ミカエルはどこまでが素か分からないな。
だからこそ無能の振りは効果があるのかもしれないけど。
セーラは特に反応を見せることなく、私の足下に魔術のみを発動させる。
さすが。
左右に動くのでこっそりそれを指さす。
彼女は私を見ないで微笑む。
私も何かしようと考えたけど思いつかない。
彼女はそれを察してくれたのか、地面に魔術のみを派手に発動してくれたので、それを密かに指さして遊んでいた。
楽しい。
私がセーラに遊んでもらってる間に、ミカエルとクラウス様の話も終わったようだ。
彼らは私とセーラのことを話していた。
ミカエルはセーラのことを侍女とは言わなかった。
「これから彼のところに挨拶でもしようかと思ってるんだけど、クラウス君も一緒に来てくれない?」
「もちろんです」
ミカエルの考えは分かる。
サオシュヤントさんとセーラのやり取りを私にも見せたいんだろうな。
こうして、再度、サオシュヤントさんのところに向かうことになった。
「ミティウス君、久しぶり!」
「殿下、ご無沙汰しております」
クラウス様はミカエルから少し下がったところの場所をとった。
「噂の彼を紹介してよ」
「お耳が早いですね」
「気になっちゃってさ」
「はは。彼がサオシュヤントです」
「おおー。サオシュヤント君、よろしく! 背が高いね」
サオシュヤントさんは結構長身なんだけど、ミカエルは全く気にすることなく近づいた。
不用意にもほどがある。
護衛のレンさんも警戒した。
「殿下。お目にかかれて光栄です」
サオシュヤントさんは頭を下げた。
アクセントも違和感ない。
定型文だからかもしれないけど。
「いいの? 僕に頭なんて下げて? 君、ペルシャの貴族なんでしょ?」
サオシュヤントさんはミティウス様に何かを伝えた。
「『貴方は次の皇帝になる立場の方ですから』とのことです」
「気に入った!」
ミカエルが大げさに言った。
そこでセーラが一歩前に出る。
今度はサオシュヤントさんの護衛2人が警戒した。
「お久しぶりです、サオシュヤント様。セーラ・パラスターナです」
にこやかにセーラが挨拶した。
サオシュヤントさんは目を見開き獰猛に笑う。
――これが本性か。
「ミティウス。――?」
ミティウスのあとに長い言葉が続いた。
言葉は分からないけど、圧力はかなり強い。
「さあ」
ミティウス様は涼しい顔で受け答える。
彼もただ者じゃないのかも。
「サオシュヤント様。私が殿下にお願いしてこちらへ伺うこととなったのです」
セーラも涼しい顔で話した。
「久しいな」
サオシュヤントさんがそれだけ言う。
「殿下。質問よろしいでしょうか?」
ミティウス様が声を低くした。
「いいよ。なに?」
「失礼ですが、彼女はどのような立場でいらっしゃっていますか?」
「僕の客人だよ? で、ミティウス君。どういう状況か分かる?」
「今、サオシュヤントにも同じことを聞かれました。残念ですが、私も同様の心持ちです。お役に立てそうにありません」
「そうなのか」
私はクラウス様を斜め後ろから観察した。
彼も困惑しているようだ。
サオシュヤントさんは何かをミティウス様に伝えた。
「彼は『ここではサオシュヤントで通す』と言っていますね」
そう来たか。
サオシュヤントさんは正体がバレたという前提で行動するってことだろうな。
その正体だけど、状況から見てやっぱりペルシャの王子の可能性が高い。
仕掛けたのはミカエルだろう。
周りに視線を走らせる。
ミカエルやクラウス様は何のことか分からないという顔をしていた。
レンさんやサオシュヤントさんの護衛は無表情。
と、そこでサオシュヤントさんと目があった。
彼は私に向けて薄く笑う。
私を見たまま、隣のミティウス様に何かを話す。
「クラウス様。あなたの侍女にサオシュヤントが何か伝えたいようです。よろしいでしょうか?」
「あ、ああ……?」
場に飲まれるようにクラウス様は返事をした。
嫌な予感しかしない。
対応できるようにフラットな思考にする。
こういうときは下手な嘘はつかない方がいい。
「フィリッパ。お前、知っているな?」
サオシュヤントさんが私に直に聞いてくる。
ペルシャの王子ということを私が知ってるかと聞いているんだろう。
たぶん、私の反応で推測したのかもしれない。
「はい」
素直に肯定だけした。
「何者だ?」
嫌な質問だ。
「現在、ウァレリウス家の侍女をする機会をいただいています。その他のことは機会があればお知りになることもあるでしょう」
言葉を選ぶ。
私が皇帝の護衛であることや、剣闘士アイリスであることは彼も知ることになるだろう。
この場にいるクラウス様は、私の言葉の裏の意味まで理解しないと信じよう。
ミティウス様が通訳する。
「ほう。それは楽しみだ」
獰猛に笑った。
また、彼はミティウス様にペルシャ語? で話をする。
「サオシュヤントは、今回のことを仕組んだのは貴女かどうか聞いています」
昨日、私が公衆浴場で思わせぶりなこと言ったからか。
――あと、ミティウス様が私に対して丁寧語になったな。
「いえ。昨日の公衆浴場のことも本日のことも偶然です。別の機会では偶然ではなく会うこともあるかもしれませんが」
ミティウス様が通訳する。
「面白い」
彼は全てを納得したように膝を打った。
私が皇帝との会談のことを言ってることに気づいたのだろう。
ミティウス様と何か話す。
「彼はあなたが老いぼれの愛人かどうか気にしています」
≫老いぼれって誰だよ≫
≫皇帝か!≫
≫口が悪いな≫
「私は侍女にすぎません」
「――先ほどから私の侍女に長々と何を話している! 伝えるの域を超えている。さすがに礼儀に反するのはないか?」
「まあまあ。君の侍女が美しくて嫉妬しているのではないかな? でも、ウァレリウス殿を老いぼれはひどいよね」
「全くだ」
クラウス様がミカエルに同調する。
ミカエルは老いぼれ=皇帝だったのをウァレリウス様に差し替えたか。
ミスリードがうまいな。
見習いたくはないけど。
「誠に申し訳ございません。よろしければ、後日お詫びにお伺いしますが……」
ミティウス様が言った。
「せっかくの申し出ですが遠慮いたします。フィリッパ行くぞ」
「承知いたしました。それでは、失礼します」
その後、サオシュヤントさんはセーラと何か話しているようだった。
とにかくも、あの恐ろしい空間から脱出できてほっとするのだった。
しばらくして、クラウス様の演説の時間になる。
さらに、ミカエルが駄々をこねたらしく、クラウス様の直後に演説を行うことが決まる。
クラウス様の演説に向かった頃、ミカエルやセーラ、レンさんと一緒になった。
「防音のやつは使う?」
すぐにミカエルが聞いてきた。
「いえ、魔術は相手の護衛に察知されるかもしれません。小声で話しましょう。周辺に人が近づいたらすぐに手を挙げるので、それぞれ対応してください」
「それがいいか。クラウスには長めに話をするように言っておいた。聞きたいことがあるんだが、昨日の公衆浴場とはなんだ?」
「VIPルームでサオシュヤントさんと偶然会ったんです。オプス神殿の巫女と友人になったので、公衆浴場へ2人で巫女姿で行ったところ彼がいました」
「なるほど。あの巫女と友人になったのか」
なにやら含むところがありそうだ。
この人、女性のことになると裏表関係なく見境なさそうだからな。
「それでセーラ。念のため確認だけど、サオシュヤントを名乗る彼がペルシャの王子でいいの?」
「そう。彼は第一王子カイハーン。前にも話したけど、欲しいものは手段を選ばず手に入れると言われてる。あの様子だとアイリスは目を付けられてるかな」
「そ、そうなんだ。面倒なことにならないといいなあ」
「もう無理だと思うよ。あの人、美しいものが好きで好奇心旺盛らしいから、いろいろとアイリスに興味津々なんじゃないかな」
「うわ……興味津々は嫌だな。ところで皇子。あのミティウス様はどのような方なんですか?」
「僕以上に得体がしれない男だよ。カイハーン王子もそこが気に入ってるんじゃない?」
「確かに親しげでしたね」
「彼ってローマに親しい人物はいないはずなんだよね。ローマを裏切ることも考えておかないと」
「ローマの貴族なんですよね?」
「ああいう手合いに立場は関係ないよ。不確定要素としてそのときそのときで対応するしかない」
「説得力ありますね。ところで、セーラはどういう手段でここへ連れてこられたんですか?」
一応、ミカエル本人の口から、今回の首謀者だと聞いておきたい。
「ペルシャ人の噂を聞いてね。セーラなら顔見知りなんじゃないかと思ってさ。陛下と長官に頭を下げて連れてきた訳だ」
やっぱりミカエルが首謀者か。
「さすがですね。あと、セーラには仮面を外してるんですね」
「聡明な彼女には気づかれそうだからね。それに彼女も賢い男の方が好みっぽいし」
「私の友人に手を出さないでくださいね」
「嫉妬かい?」
「ええ。セーラに邪心を持って近づく相手には容赦しません」
「ふふ」
セーラが笑った。
「ごめんなさい。ローマの皇子に対して『邪心』って」
「そんなことで姫に笑っていただけるなら、僕も本望ですよ」
ミカエルが言った。
――セーラって王族だから姫でもあるんだな。
「ええ、楽しませていただいています」
和やかなムードになる。
レンさんは無表情だけど。
そういえば、彼の肩の傷は大丈夫なんだろうか。
「1つ、長官に頼まれたから伝えるよ。闘技会の開催日が11月26日に決まったらしい。ペルシャ使節団との会談の翌日らしいね」
会談は25日か。
「そのスケジュールだと、ペルシャの使節団も闘技会を見に来ることも考慮に入れてそうですね」
「たぶんね」
「今日って何日でしたっけ?」
「11日」
ミカエルはなぜか嬉しそうに答える。
「あと2週間ですか。ありがとうございます。ところで、なぜ嬉しそうなんですか? 闘技会好きでしたっけ?」
「日付聞かれたの、生まれて初めてだったからね」
「――失礼しました」
「新鮮だからいいよ」
「いえ、きちんと一線は引かせて貰います。失礼しました」
「殿下とアイリスって仲良いのかどうか分からないよね」
「女性への自由奔放さがなければ仲良かったかも」
「女性に対して、僕はいつだって真剣に向き合ってるよ」
「多数に向き合いすぎです」
「ふふ」
「――ミカエル様」
レンさんがそっと声を掛けた。
「クラウス君の演説が終わるね。彼はしばらくこっちに来させないからゆっくりどうぞ。演説は適当に続けるから、切りの良いところでレンに合図送って」
「ご配慮ありがとうございます」
ミカエルはレンさんと共に、舞台の方に移動していった。
「――ようやく行ってくれた」
「アイリスって殿下への扱いひどいよね」
「ついね。私がミカエル皇子を嫌悪してるのと、こっちの態度に寛容だから甘えてるのかも」
「嫌悪してる理由って聞いていいかな?」
「ローマ来て何も分からないときに彼に襲われかけてね。たぶん、永遠に心を許すことはないよ」
「そんなことがあったんだ……」
「皇妃に対抗する仲間でもあるし、恩もあるから感情的なわだかまりは特にないよ。ただ、不信感は消えないし消さない」
「敵の敵は味方だけれど、それ以上ではないってことだね」
「そういうこと」
「理由は分かったよ。話してくれてありがとう」
「どういたしまして。セーラも変なことされそうになったら私に言ってね」
「そのときはお願いするね。ところで、今、貴族の家で侍女してるって話だよね? 闘技会はどうするの?」
「これから考えるつもり。セーラは何かいい考えある?」
「アイリスの正体は誰にも話してないの?」
「うん。話してない。解放奴隷の侍女見習いフィリッパで通してるよ」
「それなら、最低でも当主には話を通した方がいいかな。なるべく上位の方から当主へ話を通すのがいいと思うんだけれど」
「上位の方か。ミカエル皇子は、無能を装ってるから役割的に難しそうだなあ」
「うまくやっていただけそうだけどね」
「――確かにね。でも私の事情のことで彼に頼りたくはない」
「選択肢がないなら仕方ないと思うけれど」
「うーん。あと思いつくのは皇帝だね」
カトー議員は立場的にウァレリウス様と同格だし、ビブルス長官は騎士階級だったはず。
皇帝くらいしか頼める人がいない。
「リドニアス皇帝はさすがに不自然になるかな。手順が必要になるし」
そうか。
皇帝に頼むと、手紙などを送ってウァレリウス様を呼び出すことになる。
手紙もウルフガーさんに見られる可能性があるし、あまり良い方法じゃないか。
皇妃側にこちらのアクションとして知られてしまう可能性にも繋がる。
「セーラの言うとおり不自然だね。やっぱりミカエル皇子しかいないか。借りを作りたくないんだけど」
「本当に嫌ってるんだ……。それなら、彼にもメリットを用意してあげるのが普通のやり方だけれど」
メリットか。
私が闘技会に出ることによって生まれるミカエルのメリットってなんだろう。
そもそも女性以外は何が彼の目的なのか全く読めない。
「――メリットは本人に聞くことにする。ミカエル皇子にメリットあるならやって貰うし、メリットないなら私が直接ウァレリウス様に話す。はっきり言ってミカエル皇子が何を求めてるかなんて想像もつかない」
それにウァレリウス様はある程度信用できる気がする。
ウルフガーさんの過去のことをいろいろ知ってそうなのに黙ってるし。
「うん、いいんじゃないかな。アイリスの方が肌で感じてる情報も多いだろうし」
「ありがとう。おかげで方向は決まったよ。セーラには助けられてばかりだね」
「――もう」
彼女は困ったように微笑んだ。
続けて話す。
「今さらだけれど、闘技会の相手の人は強いの?」
「あ、忘れてた」
「――ちょっと」
「その、対戦相手を忘れてた訳じゃなくてミカエル皇子に聞きたいことがあったんだった」
「そういうこと。びっくりしたよ」
「ごめん。私が働いてる家の執事のウルフガーさんが非合法的な闘技場に出ていたかどうか知りたくてね。今回の私の対戦相手の第三席レオニスさんが、そこに参加してたっぽいんだよね」
「名前はウルフガーね。ミカエル殿下に伝えておく」
「うん。お願い。あともう1つ。これは伝えるかどうかはセーラに任せる」
「どんな話?」
「穏やかな話じゃないよ。近い内に皇帝を暗殺する計画があるかもって話」
「それは……」
「セーラが嫌だったら伝えなくても大丈夫」
「伝えるのは平気。私たちの国を攻めたのもリドニアス陛下の指示じゃないみたいだしね」
「え、誰がセーラの国を攻めるように指示したの?」
「リドニアス陛下のご様子からすると妃陛下かな」
「――皇妃が」
ここでも。
瞬間的に怒りが沸く。
彼女のことだから私利私欲や気分に任せてのことだと容易に想像がつく。
いや、決めつけるのは早いか。
情報が足りてない。
ちゃんと確定してからでも遅くない。
私は怒りを飲み込んだ。
「その暗殺計画だって彼女が関わってる可能性があるのでしょう? だから伝えるよ」
「分かった。じゃあお願いするね。伝えて欲しい内容は、『皇帝が外に出たときに暗殺される可能性がある』という話。私の推測にすぎないけどね」
「外に出たとき、か。暗殺の恐れがあるのは、陛下に外出の予定があるときということになるよね」
「たぶん」
「陛下って現在は議会へ参加していらっしゃらないみたいだから、必然的に闘技会、もしくはペルシャの使節団との会談時になりそうかな」
「私もそう考えてる」
「どうやって知ったの?」
「執事が隠れて手紙のやり取りをしててね。そこに、計画があることと、要求された人物を用意することが書いてあった」
「執事と暗殺の関係は?」
「元々、皇帝の食事に毒を盛っていた料理人との接触があったから私は彼を調べはじめたんだよね」
「――確実ではないとしても、警戒はしておく方がよさそうだね。分かった。ビブルス様に伝えておく」
「お願い」
ミカエルに伝えないのがさすがに分かってるな。
彼にその情報を伝えると変に利用されるかもしれない。
まだミカエルの演説は終わりそうにないか。
私たちは続けて近況などを話した。
マリカの状況を知ってるか聞く。
ミカエルから話を聞いていてくれたみたいで、皇帝の護衛をしながらルキヴィス先生と剣術の練習をしているらしいと教えてくれた。
あと、皇帝と謁見したときにクルストゥス先生と同席したとの話だった。
先生も変わらず魔術大好きなようだ。
私に早く養成所に戻ってきて欲しいらしい。
セーラ自身もまだ皇宮内の収容所に居るとの話だった。
「そろそろレンさんに合図送るね」
「お願い」
私はレンさんに手を合わせてお願いのポーズをとった。
彼は無言で頷き、舞台へ何かを転がす。
するとミカエルは演説の締めに入った。
所々聞こえてたけど、女性の素晴らしさと君たち第二皇子派はすごいって話をしていた。
たぶん内容はないんだろうな。
締めの演説を聞く。
「――僕はこんなんだけど、運だけはほんとよかった。もっとみんなに名誉あげたいし歴史にも残って欲しいから、これからも僕を支えてほしい」
静かになった。
拍手が聞こえはじめると少しずつ大きくなっていく。
貴族たちに「自分たちが皇子を支えてあげないと」と思わせる方向の演説だったのか。
≫なんだ歴史に残るって?≫
≫貴族にとっては重要なのかもな≫
≫ローマには記録抹消罪なる処罰があるから≫
≫個人の記録を歴史に伝わらないようにする罰≫
≫ダムナティオ・メモリアエか≫
≫日本人的には意味が分からんな≫
≫中国・ローマは記録残すのに熱心な気がする≫
面白いな。
そう考えると、私の神話扱いというのはかなりのご褒美なのかもしれない。
興味なさすぎてスルーしてしまったことを反省。
それからしばらくしてもミカエルが戻ってくる様子はなかった。
少しガヤガヤとしているので残って話しているのかもしれない。
「セーラは皇子の演説の最後の方聞いてた?」
「途中も聞いてたよ。皇位継承者として相応しいのかどうかを考えさせられる印象だったかな。貴族たちが下につきたい方を選ぶ演説としては良いと思ったよ」
「事前の準備もなく無能の振りしたままそんなことができるんだね……」
「私も驚いた。カトー様に匹敵する曲者かもしれないね」
「ローマって人材が多いね。そのカトー議員より強い軍団の人もいるって話だし」
「――そうなんだね。その方って第一軍団の司令官、ヴィクトル様?」
「名前までは知らないけど、第一軍団の司令官って言ってた」
「そう。――ヴィクトル様は現妃陛下の従兄弟だよ」
「――え? 皇妃の?」
「エレオティティア妃陛下の後ろ盾になってるって話もあるかな」
「初めて知った……。結構、衝撃の話なんだけど……」
「私が得た最後の情報だと、彼はゲルマニアとの国境線にいるはずだよ」
「その辺りの情報は全然知らないな……。機会があったらカトー議員にでも聞いてみるよ。皇妃の後ろ盾なら、彼も情報を常に追いかけてるはず」
「よかったら私にも教えてほしいかな。私にとっても思うところがかなりあるし」
「もちろん」
話していると、レンさんが舞台に向かって一礼していた。
終わってからかなり時間が経ってるけど、ミカエルは何をしていたんだろうか。
そのミカエルが現れ歩いてくる。
「お疲れさまです」
私は言い、セーラは一礼するに留めた。
「フィリッパ君。明後日、君の職場に行くことなったよ」
「はい?」
ミカエルがウァレリウス邸に来る?
突然だな。
「サオシュヤント君やミティウス君と一緒にね」」
「はいぃ?」
「君の給仕楽しみにしてるね」
どうしてそんなことに?
このアクションを仕掛けたのは誰だろう……。
曲者が多すぎて分からない。
私は思ってもみなかった話に混乱するのだった。




