第162話 儀式と巫女
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アイリスは『蜂』の2人と素手で戦って勝利し、エミリウスの作戦もあり賊たちを投降させ、ビブルス長官の協力も得て事態を収束させるのだった。
養育院の職員による襲撃の翌朝。
目覚める。
でも、まだ眠い。
眠り足りないなと思いながら身体を起こした。
「――おはようございます」
皆に挨拶する。
侍女の皆はすでに起きているようだった。
「おはよう。フィリッパちゃんぐっすり寝てたみたいだけど……」
ヴィヴィアナさんが疲れたようにやってくる。
「昨日は遅かったせいか少し眠いです」
「私なんて全然眠れなかったよ!」
「安心して。私もだから」
「私もさ」
さすがに賊に襲撃されたら眠れないか。
私もずっと日本に居たらそうだったろうな。
「昨日、あんなことがありましたからね……。私は眠れたので、重いものを運ぶとか注意しないといけない仕事は遠慮なく頼んでください」
「助かるわ。そういうときはお願いするわね」
「はい」
私たちは日課のお湯沸かしに向かうのだった。
仕事中、昨夜のことを思い出す。
隊長がウァレリウス様に襲撃時の様子を聞いていた。
ウルフガーさんも補足しながら、細かく説明していた。
途中、ビブルス長官が顔を出し、親衛隊が到着してからのことを簡単に確認していた。
私が答えることになり、事実だけを話した。
隊長は突入しなかった言い訳をしていた。
その後、念のため護衛として十人隊が1つ残されることとなり、今に至る。
今日1日は護衛してくれているみたいだ。
仕事をしたり昨日のことを考えたりしている内に、ウァレリウス家の皆様の朝食が終わった。
「フィリッパはここに残りなさい。メリサはウルフガーを呼んできなさい。このまま、昨夜のことを話し合う」
「かしこまりました」
私とウルフガーさんが話し合いに参加することになった。
他の参加者は、夫妻とクラウス様、エミリウス様だ。
まず、ウァレリウス様は私とウルフガーさんにお礼を言ってくれた。
「エミリウスも的確な作戦を立て見事だった。クラウスもよく皆を守ってくれた」
クラウス様は不満そうだった。
自身が活躍できなかったからなのか、エミリウス様が評価されるのが嫌なのかは分からないけど。
「簡単に経緯をおさらいする。ウルフガー」
「はい」
ウルフガーさんが簡単に賊を発見してからと、捕らえるまでを話した。
「では、今回の件だが賊の誤解ということで良かったのだな」
ウァレリウス様が最後に付け足す。
「捕らえた者によると、養育院から盗まれた証書を取り戻しにきたとのことでした。恐らく寄付金の証書でしょう」
「証書か。強盗に押し入るほどのことなのか?」
「いえ。そもそも、盗む理由もなければ、盗まれて困るようなものではありません。例え盗まれても、再発行すれば済むことです」
「確かにそうだな」
「あの」
「どうしたエミリウス。話してみなさい」
「はい。養育院が証書を取り戻しにきた理由は、寄付を不正に着服していたからではないでしょうか? さらに近々、我が家はオプス神殿を迎えることになっています。そのことも、彼らを焦らせる一因になったのでは?」
「――辻褄は合うな」
オプス神殿か。
確かに、私たちがソフィアたちに証書を渡すと養育院側が思っても不思議じゃない。
しかし、エミリウス様は事情も知らないのによく気づくな。
「オプス神殿にどんな関係があるんだよ」
クラウス様だ。
「養育院を管理しているのがオプス神殿なのだ」
「お言葉ですが父上。賊がそこまで賢いとは思えません」
≫論点ずれてるな≫
≫『関係』の話が『賢さ』の話になってる≫
≫言い返さないと負けたと思うタイプか≫
ここいる皆が反応する様子はない。
「なるほど。リウィアは何かあるかね」
≫クラウスはスルーしたか……≫
≫反論するとウザそうではある≫
「私はとにかくショックで……」
「そうか。養育院への寄付に関しては、今後、オプス神殿に問い合わせてから行う方が良いかも知れないな」
ウルフガーさんが「裏切り者」と言われたことについては、誰も触れないな。
≫オプス神殿が来てアイリスは大丈夫なのか?≫
≫ソフィアがアイリスを友だち扱いしてくるぞ≫
≫実はオプス神殿と関係あるのはアイリスか≫
≫アイリスが証書盗んだ犯人だった!?≫
≫まあ、実際犯人なんだがな……≫
さすがに私がソフィアの友だちというだけでは盗んだ犯人と疑われることはないと思う。
楽観視しすぎかも知れないけど。
コメントでも問題ないという意見が大半だ。
その後、警備を増やすかどうかの話になったけど、エミリウス様とウルフガーさんが「必要ない」と言い切った。
私も意見を求められたけど、分かりませんと答えておく。
「こんなところか」
話が一通り終わったからか、ウァレリウス様が少し姿勢を崩した。
「ところでフィリッパ。君のあの魔術はどこで身につけたものだ?」
「はい。故郷の知識によるものです。こちらでは、掃除などに使っているのですが、応用してみました」
「どちらかというと、掃除が応用のような気もするのだが」
「お仕事などにもよるのかも知れませんね」
「なるほど。ともかく、今回は君に助けられたな。感謝する。重ねてになるがウルフガー。君も見事な働きだった。君たちが居なければ我がウァレリウス家はどうなっていたかは分からない」
「光栄です」
「過分な評価、感謝いたします」
「父上。ウルフガーにまで下手に出るのはどうかと」
「家長として、ここは感謝したい」
「――そうですか」
≫クラウス、ヘイト稼ぐの上手いな≫
≫飴と鞭!≫
≫これはウルフガーの忠誠心上がりますわ≫
≫クラウスは無知では?≫
そんな少しギスギスした空気のまま、今回の会議は終わった。
疲れた。
私は仕事の掃除に戻るのだった。
広間に出ると、ヴィヴィアナさんが壁の拭き掃除していた。
「フィリッパちゃん、終わったの?」
「はい。すぐ私も仕事に戻りますね」
「助かるよ。昨日ので汚れちゃってるから」
見ると、広間は思ったより汚れていた。
賊だけじゃなくて、親衛隊も入ってきたからな。
「では汚れを吹き飛ばしたあとに、床の拭き掃除をしましょう」
「うん」
私たちはいつものように、楽しく話しながら掃除をするのだった。
午前中で広間は元通りの綺麗さを取り戻すことができた。
昼食を終え、午後の仕事になる。
午後からは、ヴィヴィアナさんとは別行動で、正門の掃除をすることになっていた。
オプス神殿の方々を迎えるための準備だ。
正門周辺を、エアダスター的に暴風の魔術を使って綺麗にしていく。
全体に暴風を当ててから、細かなところは細くした暴風の魔術で汚れを吹き飛ばす。
落ちにくい汚れは、創水の魔術と併用しながら、綺麗にしていった。
暴風と創水の魔術の併用は意外にコントロールが難しい。
水を集めている間に重力で落ちるからなあ。
試した中では、壁に水を流してそれを強めの暴風の魔術で吹き飛ばすのがやりやすかった。
迷っていても仕方ないので、同じ方法で次々と綺麗にしていく。
ついつい夢中でやってしまい、温風で乾かしたりもしてかなり綺麗になった。
「うわ、なに。新品になっちゃった!」
やってきていたヴィヴィアナさんが声を上げた。
「ふふ。綺麗になってよかったです」
「さすがフィリッパちゃん! ここまで綺麗に出来る人、居ないよ!」
「だといいんですけど」
ただ、夢中になりすぎたせいで、例の『箱』について完全に忘れていた。
今日、ちゃんと監視しようと思っていたのに。
明日はちゃんとやろう。
こうして、オプス神殿の方々を迎える日になる。
結局、『箱』については手を出せなかった。
手紙を入れていた人が、埋めたあとに何か目印を付けていたからだ。
目印で分かっていることは2つ。
草を何本か植えること。
柵の真下に枝を地面から垂直に深めに刺すこと。
草は引き抜けば確認できるし、枝も手のひらで確認できる。
暗闇でも分かりやすい気がする。
ただ、それ以外にも何か目印をつけていそうなんだよな。
そう思って見に行って確認してみたけど、その2つ以外は分からなかった。
いずれ掘り出さないといけないとは思っているけど、オプス神殿の祈祷が終わるまで――ソフィアが来るまでは大人しくしていようと思い、今に至る。
「本日は午前中にオプス神殿の方々がいらっしゃいます。まずは祈祷のための準備を行いましょう」
その朝、メリサさんから侍女全員に言い渡された。
用意するものはそれほど多くない。
祭壇にワイン、お香、花や小麦の穂など備え、丸いテーブルを用意する。
丸いテーブルは占いで使うらしい。
オプスを信仰しているリウィア様の指導で準備を進める。
「オプス神殿の方々がいらっしゃいました」
ウルフガーさんが来て伝える。
「ヴィヴィアナとフィリッパさんはついてきて」
「はい」
メリサさんに言われついていく。
いよいよか。
私は気を引き締めて、正門へと向かうのだった。
正門には馬車が2台到着している。
ウルフガーさんが従者に何かを伝えると、従者の彼が馬車の中に合図を送った。
馬車の中からは、白いトーガを着た神官2人が降りてくる。
そして、最後に純白のベールを被った女性が登場した。
まるで花嫁みたいだと思った。
彼女はベールの下から目を覗かせ、私の姿を確認すると手を振ってきた。
ソフィアだ。
私も彼女に向けて一礼しておく。
お日様の下で見る彼女も綺麗だな。
ドレスがまた彼女の美しさを引き立てているようにも思える。
神官の内の1人はとても聖職者に見えなかった。
太い腕と隙のない立ち振る舞い。
鋭い眼光が軍人を思わせる。
彼はウルフガーさんを見ていた。
「ようこそいらっしゃいました。ウァレリウス家で執事を務めるウルフガーと申します」
「オプス神殿神官のノビリスだ。こちらは同じく神官のリギドゥス。奥に居るのが現在の巫女、ソフィアとなる」
オプス神殿側も使用人と侍女らしき人が3人同行していた。
彼ら・彼女たちは紹介されない。
私たちも紹介されなかったので、そういうものなんだろう。
邸宅まで同行し、広間に入るとウァレリウス様とリウィア様が彼らを出迎えた。
簡単な挨拶を済ませ、彼らを応接室に迎える。
私とヴィヴィアナさんはお茶を用意するためにキッチンに入った。
「麦茶、冷やしてもらえるかい?」
「はい」
プリメラさんに言われて、煮出しされている麦茶を冷やす。
「フィリッパちゃんってあの巫女様と知り合いなの?」
「はい」
「巫女様って貴族なんでしょ? すごいね」
「偶然です。貴族というのはあとで知りました」
「そうなんだー」
「――はい。麦茶は冷えたと思います」
その後、神殿の使用人が祈祷の準備を進めている間、私は応接室で給仕を行った。
ウァレリウス夫妻、ソフィアと神官2人が居る。
世間話の途中で、リウィア様が、養育院の児童たちがどうなるかを尋ねた。
すでにオプス神殿が保護しているとの話だった。
落ち着けば、他の養育院に移転させるとの話らしい。
その後、ソフィアが私のことを唯一の友人だと明かした。
「まあ。オプス様のお導きかしら」
「はい。私もお導きだと考えております。最近、彼女と会う機会もありませんでしたので、感謝しております」
「そうでしたの」
「たった1人の友人ですから」
「それはお寂しかったでしょう。あとで2人の時間があっても良いのではないかしら? ねえ?」
リウィア様がウァレリウス様に聞く。
「神殿の方々さえ、よろしければ」
「あまり長い時間は取れませんがいいでしょう」
ソフィアは私を見て意味ありげに微笑む。
意図的だったのか……。
さすがとしか言いようがない。
さらっと私のことを友人と言って、この流れにしてしまえるのは彼女の人柄だよなあ。
神殿の使用人たちが行っていた準備も終わり、祈祷の時間となった。
ソフィアが小麦の穂を掲げ、儀式的な動作を行う。
慣れているのか動作が美しい。
それから小麦の穂から取った実? の部分をリウィア様に渡す。
「静粛に。この神聖なる領域にて、豊穣の女神オプス様の御心を伺います。女神に祈りを届け、そのご意志を示していただきましょう」
ソフィアが宣言をした。
リウィア様は目を閉じて、テーブルの中心に数十粒の小麦を撒く。
どうやら、その粒の中心からの距離と方角によって占われるらしい。
女神オプスは豊穣の神様で転じて財産の女神とのことだ。
この占いも財産に関することのようだった。
オプス神殿の侍女がテーブルの上にヒモを置いた。
方位磁針を使い、方角を測っている。
≫方位磁針あるんだな≫
≫中国で発明されたんだっけか≫
≫さすが風水の国≫
≫それが伝わったのかね?≫
「――結果はいかがですか?」
待ちきれないようでリウィア様がソフィアに聞いた。
「北方向の中間辺りがもっとも多いですね。現在はあまり良い状況ではありません。この半年から1年は試練と挑戦の時期のようです。しかし、乗り越えることで大きなものを得ることができるでしょう」
「どのような試練なのでしょうか?」
「女神の与える試練です。皆様なら乗り越えられるものになるでしょう。同時に収穫の様相も現れています。乗り越えることで良い方向に向かいます」
「まあ。では、是非ともその試練を乗り越えないと。感謝いたします!」
リウィア様のテンションが高い。
≫この占いって当たるのか?≫
≫まあ占いだからな。どう捉えるかが重要≫
≫ローマ文化としては面白いんじゃないか?≫
≫非常に面白いですね≫
≫過去に行われていた訳ではないと思いますが≫
≫オプス神殿なら農作物の出来とか占いそう≫
≫豊作や凶作を占う意味では重要でしょうね≫
その後、儀式の締めのような作業に移る。
リウィア様が祭壇に向かって、感謝を述べ、火鉢に小麦の粒を投げ入れる。
パチッパチッと粒が弾けた。
その後、袋と丸めたパピルスを神官に渡した。
最後にウァレリウス様が「占いが成就した暁には、オプス様に誓願書に基づきお礼を捧げることを誓う」と宣言した。
「――すべてはつつがなく完了しました。オプス様があなた方を加護し、導きますように」
ソフィアが締める。
これで祈祷の儀式は一通り終わりらしい。
ふぅ。
私は何もしてないのにひと仕事終えた感があるな。
「本日はありがとうございました。皆様、お疲れでしょう。これからのお時間はどうされますか?」
リウィア様が尋ねる。
「このあと、少しフィリッパさんとの時間をいただいても?」
明るくソフィアが言った。
労うための席を設ける流れで、こう言えるなんて強いな。
「もちろんです。ただ、申し訳ありませんが部屋をご用意できませんので……」
「フィリッパさんの部屋で構いません」
「それでしたら」
こうして、私たちは話ができることになった。
ソフィアを侍女部屋に連れていく。
メリサさんは「あのような部屋にお連れするなんて」と気を遣ってくれていたけど、彼女にはたぶん必要ないんだよな。
ドアを閉める。
「お疲れ、ソフィア。そこ、私のベッドだから座って」
「うん。フィリッパはここで暮らしてるの?」
「そうだね。この部屋は寝るのに使うだけだけど」
「なんか明るいところで会うと変な感じだね」
「ふふ。そういえば、あの強そうな人は誰? 神官っぽくなかったけど」
確かリギドゥスと名乗っていた。
「ああ、リギドゥスね。前にも話した元第一軍団の副隊長。今日は来る予定じゃなかったんだけど、急遽参加することになってね」
そういえば、ローマ最強の軍団出身で、本人も強いし指揮能力も高いとか言ってたな。
「あー。ソフィアが抜け出しにくくなったっていう」
「覚えてるのそこなんだ」
「巫女が抜け出してるのってインパクトあったから……」
「そんな巫女は他に居ないって自覚はしてるけどね。それで、リギドゥスになんか思うところあったの?」
「うん。たぶん彼、ウルフガーさんを見に来たような気がする」
ウルフガーさんが『蜂』の2人を倒したことになってるからな。
リギドゥスさんが養育院と繋がっているなら辻褄は合う。
「あの執事の人ね」
「そうそう。ソフィアはここに賊が入ったって話、知ってる?」
「聞いてる。被害はなかったとは聞いてるけど、大丈夫だった?」
「実際にも被害はなかったよ。その賊ってあの養育院の職員だったみたいでね。寄付金の証書がなくなったのをウルフガーさんが盗んだと思ったみたい」
「執事の人が? どうして?」
「裏切り者って言われてたから、養育院の人たちと元仲間だったんじゃない?」
「――思ったより複雑だね」
「私も把握できないくらいは複雑っぽいね」
「それにしても不思議ね。それだけで、あのリギドゥスがわざわざ来るなんて」
「そんな偉い人なの?」
「下級神官だけど、護衛の実質的な長だからね。あまり本人が行動することないよ」
「そうなると、本当にウルフガーさんの様子を見に来たのかも」
「どういうこと?」
私は彼女に近づくように手で招く。
彼女は私に耳を近づけた。
「『蜂』って知ってる? 暗殺を仕事にしてた組織の通称なんだけど」
「聞いたことない」
「彼らってかなり強くてね。普通の兵士じゃ相手にならないくらい。剣闘士の強さは分かる?」
「分かるよ。この間見に行ったから」
「ソフィアでも見に行くことあるんだ」
「ちょっと気になる子が居てね。この間初めて見に行った」
「へえ……」
悪い予感しかしない。
「前に風の魔術で飛ぶ剣闘士のこと話したよね。アイリスって剣闘士」
≫キター!≫
≫本人です≫
≫やぶ蛇だったか……≫
「どうして目を逸らすの? ――あっ」
彼女の動きが止まり私を見つめている。
勘の良い彼女のことだ。
完全にアイリスとバレたな、これ。
ソフィアならいいけど。
「はい。そういうことです」
「そっか……。うん、完全にしっくりきた。どうして気づかなかったかなあ。思い起こしてみれば、それしかないってくらいな話なのに」
「はい。お見事です」
「言葉遣いが戻ってる?」
「気づかれてパニック状態です」
「誰にも言わないから安心して。そっか」
何か納得してる。
「そのことは置いておいて、剣闘士の強さの話ね」
「置いておくんだ」
「また、別の機会にじっくりと話をするということで」
「うん。まぁ、それで大丈夫」
「じゃ、話を戻すから。八席は知ってる?」
「知ってる。あのゼルディウスが次席なんだよね」
「そうそう。さすがにゼルディウスさんまでとはいかないけど、『蜂』は1人1人が八席並に強いよ」
ソフィアが私を眺めていた。
「ソフィア?」
「あ、ごめん。『蜂』ってそんなに強いんだなあ。それを2人倒したとなると気になるか――ってもしかして倒したのって執事の人とは違う人?」
彼女が意味ありげに笑いかけてくる。
「違う人かも……」
「魔術は使ったの?」
「戦ったとき使ったのは魔術無効のみかな」
「武器はどうしたの?」
「素手だったような……」
「相手は剣持ってた?」
「持ってた」
「怪我は?」
「特にしてない」
「もしかして『蜂』雇った人たちってとんでもない人を相手にしてるんじゃない?」
「どうかな」
「――ねぇ、『別の機会』っていつになりそう? 話聞きたくてウズウズしてる」
「週毎に半日銭湯休みが貰えるらしいからそのときかな? まだいつか決まってないし、ソフィアの都合に合わせられるか分からないけど」
「私なら無理にでも合わせるよ」
「そんなこといいの?」
「11月は比較的大丈夫。12月は忙しくなるけどね」
「12月? オプス神殿が?」
「フィリッパは知らなくて当然か。サトゥルナリア祭が17日からあるからね。それに合わせて19日からオプス様を祀ることになってる。その準備で忙しくなるんだよね」
≫クリスマスを祭る源流の1つですね≫
≫古代ローマの風習的な面でのですが≫
「そっか。じゃ、早めに『別の機会』は決めた方が良さそうだね」
「明日でもいいよ」
彼女は乗り気だ。
「ただ、1つ問題があるんだよね」
私は声のトーンを落とした。
「なに?」
「ちょっといい?」
私は彼女に更に近づくようジェスチャーした。
彼女は薄く笑って、髪が私の頬に触れるほど近づいてくる。
≫近っ!≫
≫まつげ長っ!≫
≫やべえ、ドキドキしてきた≫
「――いろいろ調べてる中で、怪しい箱を見つけてね。これをどうするか迷ってる。中身を確認したいんだけどバレるリスクがあるから踏み切れない状況」
絶対に聞こえないようにささやき声で話す。
「どこにあるの?」
彼女もささやき声で返してきた。
「ここの敷地内の外壁の柵のところにあるんだけど……」
「埋まってるのは土の下?」
「うん。しかも埋めたあとに、何か目印つけてるみたいでね」
「目印か。それならなんとかなるかも」
「え?」
「私、これでも豊穣の女神の巫女だからね。土の様子なら手に取るように分かるよ」
「そんなこと――」
出来るのか。
空間把握のことを考えると、土の中を知ることも可能なのかも知れない。
「いや、出来そうか。私も金属の存在は分かるから、それの土版と考えれば良さそう」
「金属……。それは次の機会に教えてね」
「うん、分かった」
「それじゃ、外行こっか」
「今から?」
「今がチャンスなんじゃない」
確かに今は来客中でウルフガーさんが外に出てくることはないだろう。
主要人物が一カ所に集まっているので、把握もしやすい。
考えてみると確かにチャンスだ。
拙速は巧遅に勝るだっけ。
乗った方が良いかも知れない。
ソフィアを見る。
行動して当然というような表情だ。
すごいな。
「そうだね。ありがとう」
「いきなり、なに?」
「背中を押してくれたから」
「もう。照れるなあ。友だちって皆こういう感じなの?」
「たぶんね」
私たちは微笑みあって外に出ることになった。
裏口からこっそり出る。
「抜け出すときって楽しいよね」
ささやき声でソフィアが私に話しかけてくる。
そういえば、このお嬢様って抜け出しの常習犯だったな。
私はその言葉を否定も肯定もせずに、こっそりと抜けだした。
「うーん。外は気持ちいいね。どこにあるの?」
「近いよ、こっち」
目的の箱がある場所は、玄関からより裏口からの方が近い。
警戒しながら周りに人が居ないか確認する。
「ソフィアってどこまで土の様子が分かるの?」
「状態とか、何か埋まってるかどうかとか。それに、石とか虫が居るかどうかくらいなら分かるよ。土だけじゃなくて、石とかコンクリートでも分かるけどね」
「農業には便利そうだね」
「まぁね。それで駆り出されることになるわけだけど」
「心中、お察しします」
私たちは笑いあいながら移動して、例の箱の近くにたどり着いた。
「着いたよ。あの柵中央の真下にある」
「確かにあるね」
「つけた目印は分かる?」
「そうだね。まず、地面に真っ直ぐ突き刺さった枝でしょ。あとは草もか。箱の上に葉っぱもあるね」
「葉っぱ?」
「葉っぱは数枚だね。たまたま紛れ込んだ可能性もあるけど、箱の上に置かれてるから意図的だと思う」
「そこまで分かるんだ」
「まぁね。で、どうする? 掘り出す?」
私は土を見つめた。
草は埋められてる箱の周辺だけ存在しない。
踏ん切りがつかないのは、見つかったときのデメリットが大きいからだ。
ただ、手紙の内容によってはウルフガーさんの関与の確信にまで迫れるかも知れない。
「バレたら私が掘ったことにするから。あと、私に掘らせて!」
「いいの?」
「それが一番良いと思う。私なら、偶然見つけて掘っちゃったことにしても違和感ないしね」
「そうして貰えるとありがたいけど」
「じゃ、掘るね」
彼女は良い笑顔を見せると、注意深くその場所を眺めた。
私も空間把握を全開にする。
≫すげえ≫
≫行動力の化身だな≫
≫即断即決!≫
思い切りはいいけど、決して雑という訳じゃない。
他にも目印がないか注意するように丁寧に準備を進めていく。
まず、突き刺してあるだけの草を綺麗に並べ、枝を静かに引き抜き置いた。
地上に出ていた部分がどこまでだったか、線を引いて分かるようにもしている。
ゆっくりと土を削っていくと、葉が現れた。
新しそうな緑色の葉が5枚。
彼女は置かれていた順番も分かるように、葉を並べていく。
表情からはその繊細さは分からない。
改めて彼女はすごいと思った。
箱を取り出すときも慎重に方向を確認して揺らしながら丁寧に引き上げる。
「――この箱、鍵がついてる」
「見せて」
私が言うと、彼女は箱に付いている南京錠の輪っかの部分を見せてきた。
南京錠の胴体部分は巾着のようなもので包まれている。
土から鍵穴を守るためだろうか?
「下手に触りたくないね」
「同感。どうする?」
「鍵はウルフガーさんが持ってると思うから、ちゃんと開けるのは難しいと思う」
「あとは壊す、か……。頑丈そうだけどね」
「短剣があれば壊すのは難しくないよ。私、切断の魔術っていう金属を割る魔術を使えるから」
「――また、聞き捨てならない魔術が出てきたけどあとでいいか。どうしようもなさそうだし、埋める?」
「ソフィアは中の手紙だけ読みとることできないの?」
「さすがに無理。石版なら時間を掛ければ読めるかも知れない程度」
「うーん……」
私の空間把握だと手紙があることしか分からない。
透視とまではいかないからなあ。
――透視?
「いや、いけるかも」
「いける? 中の手紙が読めるってこと?」
「うん。その箱、置いて。どうやるかはあとで説明するから」
「OK」
彼女が例の箱を置いた。
「ちょっと掃除するね」
私は箱についた土を落とすために暴風の魔術を細く使って吹き飛ばしていく。
土が付いていると透視しにくいからな。
「逆側も綺麗にするからこっちきて」
反対側も綺麗にする。
壁を掃除してた経験がこんなところで役に立つとは。
綺麗になった。
そして箱を手に持つ。
青銅製だと思う。
電子はちゃんと乱雑に運動しているな。
壁や身体の影に入らないように、太陽が直接当たるように調整した。
私は電子の流れを捉え、光子が排出される瞬間をコントロールした。
一気に透過する。
でも、箱の上部が真っ黒になるだけだった。
あれ?
≫黒になったぞ?≫
≫何したんだ?≫
≫ナイフのときと同じだな≫
≫そりゃ行き帰り双方やらないと中は見えない≫
≫なるほど≫
ナイフを透過させたときと同じ間違いか……。
使わないと忘れるな。
私は箱の上部の行き帰りに光子を通すように調整した。
文字が見えるようになる。
「見えたよ。えーと、内容は『要求された人物は一週間以内に打診する。計画の期日は決まっているのか、幅があるのかの情報が欲しい』って書いてある」
「――人物? 計画? どっちにしてもあまり良い話じゃなさそうだね」
私には書いてある内容の想像がついた。
ウルフガーさんが関わってると思いたくないな。
「確かに良い話じゃないと思う」
「見当はついてるの?」
「大体ね」
皇帝の暗殺かそれに近い内容だろう。
今、人員の入れ替えで皇帝へは手を出せない状況になっているので、そのリアクションだと思われる。
もちろん、内容はウルフガーさんも理解しているはず。
暗殺の仲介だとすると、捕まればただでは済まない。
「巻き込んで悪いけど、内容をソフィアも確認して貰える?」
「いいよ、それくらい。実際見てみたかったしね」
「ありがと。見てみて」
彼女が近づいてきて、私の言った方向から文字を読んだ。
「へぇ、面白いね。何々?」
彼女は私と同じように読み上げる。
「私が忘れるかも知れないからなんとなく覚えておいて」
言いながら私は左目に手のひらをかざした。
視聴者へも覚えて置いて欲しいというサインだ。
「了解」
≫OK≫
≫スクショはとってある≫
≫まとめに貼っとくわ≫
「助かるよ。事情もある程度は次の機会に話すから」
「そう? 気になってるし、そうして貰えると私としては嬉しいけど、大丈夫なの?」
「巻き込んじゃったしね。この件と神殿が全く関係ないとは言い切れないし」
「うん。楽しみにしてる」
「とりあえず元通りに埋めようか。作業は私がやるから指示して」
「うん、了解」
私はソフィアの指示を受けながら、丁寧に元通りに埋めた。
最後に草を植えて、枝を突き刺す。
バレないといいけど。
「大丈夫。疑われたら巫女が箱見つけて掘り起こしたとか言っておけばいいし」
「ありがと。もしものときはそうさせて貰うから」
こうして、無事に箱の中身も知れた実り多い散歩になったのだった。
手を洗い、邸宅の中に戻る。
戻ると少し騒がしかった。
応接室からクラウス様の声が聞こえてくる。
割と大きな声だ。
「ん? なに?」
「あまり良い状況になってない気が……」
「そうなの? 面白そう。フィリッパの休みのことも話したいし行こうよ」
彼女は率先して応接室に向かった。
コンコン。
「ソフィアです。戻りました」
特に私と接していたときと変わらずすたすたと入っていく。
クラウス様が彼女を見た。
値踏みするように全身を見る。
私も「戻りました」とだけ伝えて部屋に入った。
給仕をしていたメリサさんが、席をすぐに用意する。
「――続きをどうぞ。どのようなお話だったんですか?」
ソフィアは座ると笑顔で言った。
つよい。
「ウルフガーとリギドゥス殿が戦ったらどうかという話をしていましてね。リギドゥス殿は乗り気のようです」
クラウス様が得意げに言う。
そ、そんな話になっていたのか。
提案者はたぶんクラウス様だろう。
「――お言葉ですが、あまり意味があるとは思えません」
「賊を倒したんだろ。証明してみせろよ。リギドゥス殿も良いと言ってる」
横目で見ると、リギドゥスさんは軽く頷いた。
眼光鋭くウルフガーさんを見る。
ど、どういう話しの展開からこうなったんだろう。
ウルフガーさんの力量を試したいリギドゥスさんには、望む展開なのも知れないけど。
「父上からもウルフガーに試合をするように言ってください。別に勝負しろと言ってる訳じゃない。賊を倒した強さを証明した方が良いというだけの話です」
クラウス様がウァレリウス様に話を振った。
さすがに弁は立つな。
「分かった。ウルフガー、胸をお借りしろ」
「――承知いたしました」
こうして、なぜかウルフガーさんと元第一軍団副隊長のリギドゥスさんが戦うことになっていたのだった。
私も2人の強さは気になっていたので、少しワクワクもしていたりもするのだった。




