第161話 針
前回までのライブ配信
ウァレリウス邸が賊に襲撃されるが、アイリスが風の魔術で侵入を防ぐ。賊を捕らえ尋問したところ、養育院の職員で、暗殺集団『蜂』2人を連れ証書を取り返しに来たことが判明。アイリスは外にいる親衛隊を呼びに行く途中、遭遇した『蜂』と素手で戦うことを決意するのだった。
『蜂』の1人向かって真っ直ぐ歩いていく。
相手も空間把握は使えるだろう。
それなら堂々と向かえばいい。
相手も私も待ちかまえる。
私が『見』えていることにも気が付いているだろう。
余計な言葉はいらない。
空間把握を魔術無効に切り替える。
魔術無効はいわば空間を雑念で乱す行為だ。
私は慣れてないので戦いに集中しているとずっと維持は出来ない。
それでも相手が魔術に頼れないと思わせるだけで十分だ。
『蜂』の彼が剣を構えた。
私は歩くスピードを維持したまま間合いに入る。
右手で軽く拳を作った。
躊躇なく首に斬り掛かってくる。
これは何人も殺してるな。
先読みできていた私は剣を避ける。
同時に拳の小指側で剣を振るように顎を殴った。
確かな手応え。
しかし、相手も返しで剣を振ってくる。
間合いを離れ、切っ先をやり過ごした。
対応されたか。
素手だとなかなか難しいな。
すぐに相手からの斬撃。
カウンターを撃とうとするが届かない。
突いてくる。
避けるがやはりカウンターは難しい。
リーチの差。
鉄の巨人との戦いを思い出す。
同時に末端から攻撃するというルキヴィス先生の言葉が思い浮かんだ。
私は次の横薙を避け、続く斜めの斬撃で相手の握っている手を攻撃した。
当たる。
ただ、そこまでダメージはなさそうだ。
私の力だと無理か。
思考を切り替え、一度離れた。
相手の主導権をリセットする。
間を作ってから、すぐに彼の足下へと飛び込んだ。
剣。
避ける。
小指側で殴る。
意識は奪えない。
上手くいかないな。
慣れない魔術無効を使ってるせいだろうか。
ただ、剣と素手で戦う場合には、前に出て剣を避け、攻撃するのが有効だと分かった。
ルキヴィス先生から初期に教わったやり方だ。
ただ、このやり方も小指側で殴るやり方とは相性悪い。
隙間を通しにくい。
やっぱりパンチの練習しておけば良かった。
明日からちゃんとやった方がいいな。
そんなことを考えていると、もう1人の『蜂』が向かってきた。
――この1人は倒すつもりで殴ってみるか。
私は戦いながら、後ろの間合いを測る。
後ろに一歩踏み出せば、剣の間合いというところで不用意に下がってみせた。
剣が振り下ろされる。
焦る気持ちを殺して、ギリギリまで引きつけてから避けた。
完全に当たったと思ったのか、彼の動きが止まった。
振り返りながら、思いっきり剣を振る要領で相手の顎を打ち抜いた。
――あ。
手応えがありすぎて彼の身体がふらつき倒れた。
もっと顎の先端だけを撃ち抜きたかったのに、失敗した。
ただ、この動き自体は使えるな。
背中を向いて、振り向きざまに拳を振り抜く方法。
隙間を通しやすい。
それに遠心力で威力が出やすい気がする。
私は無造作に身体を後ろ向きに投げだし、最初に戦い始めた彼に近づいた。
剣で攻撃してくる。
ギリギリで避け、回転しながら頬を打ち抜いた。
彼も倒れるが、当たりすぎだ。
顎の先端に当たらない。
ただ、私のような弱い力でも倒れるのはお尻が動いている最中に、攻撃を当てたからかも知れない。
少しずつ慣れてくる。
よく考えれば、鉄の巨人と戦ったときもリーチ差があったし、攻撃も効かなかった。
攻撃は当たれば終わりだった。
それに比べればたいしたことないか。
急に冷静になる。
把握できる範囲も広くなったような気がした。
立ち上がった2人の剣を避けながら、踊るように回転しながら拳の小指側を当てていく。
ギリギリ顎の先端を狙うと顔だけ避けられる。
頬を狙えば当たる。
彼らはゼルディウスさんの息子さんとは強さのレベルが違うのかも知れない。
あと、私のタイミングが少し遅い。
ただ、彼らが振るう剣に対しては余裕がある。
考えてみれば、ゼルディウスさんやモルフェウスさん、鉄の巨人と戦ってきたんだもんな。
私から見て相手を一直線にしながら、戦う。
とにかく攻撃の数を当てよう。
そうしている間に1人が意識を失った。
しばらくしてもう1人も意識を失う。
しっくり来ないけど、終わったか。
すぐに邸宅をチェックする。
特に動きはない。
最後に、2人の剣を取り上げ遠くに転がした。
「『蜂』を2人倒しました。今、2人とも意識を失っています」
≫2人!?≫
≫途中で参戦したんだろうな≫
≫素手で倒したんか!≫
「はい、一応。上手く顎先に当たらず苦戦しました」
≫いや、相手剣を持ってたんだろ……≫
「私も最初気になってたんです。でも、よく考えたら鉄の巨人の方がより厳しい状況だったことに気づいて余裕が出ました」
≫それはそうなんだろうが……≫
≫気の持ちようだった訳か≫
≫というか魔術はなぜ使わなかったんだ?≫
「本音としては私が魔術なしで戦ってみたかっただけです……。こっそり倒したいとか、理由はいろいろ考えていたんですが、結局自分を正当化したい言い訳だったと思います」
≫うわぁw≫
≫本音が言えてえらい!≫
≫無茶するなあ≫
「それでこの後、どうするか相談したいのですが……」
≫親衛隊に突き出すとか?≫
≫さすがに2人は運べなさそう≫
「すみません。意識ない人を運ぶのは難しそうです……」
≫そりゃそうか≫
≫アイリスはどう考えてるの?≫
「正門の親衛隊に助けを求めるくらいしか思いつきません」
≫それしかないんじゃ?≫
≫意識が戻る前に行動した方がいいと思うぞ≫
≫拙速は巧遅に勝る!≫
≫孫子か≫
意味はなんとなく分かる。
早く行動する方が、熟考して行動するのが遅れるよりも優れているみたいな意味だろう。
「分かりました。ありがとうございます。すぐに親衛隊に助けを求めます。あと、場所はどうやって覚えればいいでしょうか?」
≫今の場所は覚えられないの?≫
「意識を失っているときは魔術の光は見えません。あと、空間把握で倒れてる人間は探しにくいです」
≫魔術でなんかマークできないのか?≫
「そうですね……。防音の魔術ならいけるかも知れません」
≫ソレダ!≫
≫まあ維持しやすい魔術がいいか≫
「はい。ありがとうございました。親衛隊の元へ行きます。とりあえずの交渉目標はこの2人を親衛隊に捕らえてもらうこととします。この2人が私と戦ったことをウァレリウス家の誰かに話されると面倒なので」
≫確かにな≫
≫下手にバレると潜入捜査が難しくなるか≫
「実はエミリウス様には気づかれているかも知れませんけど……」
≫マジか≫
≫暴風の魔術知ってるし不思議じゃないか≫
「はい。では防音の魔術を目印にして、向かいます」
私は、防音の魔術を彼らの上に展開した。
すぐに背中に暴風を当てて、正門の近くまでたどり着く。
着くと、17人の親衛隊員と思われる人たちと、たぶん警備の人が2人居た。
この箇所だけで十人隊2つ分か。
大がかりな気もするけど、賊の人数を10人から20人と伝えたからな。
正門を開ける。
ギーという音に注目が集まるのが分かった。
「失礼いたします。私、ウァレリウス家で侍女をしているフィリッパと申します。親衛隊の方々でしょうか」
暗い中、彼らが顔を見合わせる。
警備の人たち2人が私の元に来ようとしたら止められた。
奥から1人の男性が出てくる。
横で2人の親衛隊員が護衛していた。
顔が分からないので知っている人物かどうかも判断できない。
「君がウァレリウス家の侍女というのは本当か」
「はい。機会に恵まれ、ウァレリウス家で侍女として仕えております」
謙遜と丁寧さを併せて応えてみた。
こういうやり取りは未だに慣れない。
急ぎたいけど、交渉のとき焦りは見せない方が良さそうだ。
「賊が来るとの知らせがあったが?」
「はい。来ております」
「賊が居るのになぜそれほど落ち着いている?」
「不信感を抱かせてしまい申し訳ありません。内心はとても慌てております」
嘘は言ってない。
――最近、本当に多いなこれ。
相手は少し考えている。
私を測りかねているようだ。
「現状は?」
「はい。現在は膠着状態です。しかし、賊の中の1人を捕らえました」
「何か言っていたか?」
「誠に申し訳ございません。私では分かりかねます」
彼はまた考える。
そこで、『蜂』の1人が意識を取り戻したようだった。
魔術の光が灯る。
私は静かに防音の魔術を解除した。
「――現状はどちらが優勢だ?」
賊とウァレリウス家のどちらが優勢かということか。
「私、個人の意見でよろしいのでしょうか?」
焦りを悟られないようにゆっくり話す。
「構わない」
「それでは失礼します。賊が不利な状況と考えます」
「理由は?」
「はい。まず、ウァレリウス様やご家族、私たち侍女に被害はありません。賊は1人を捕虜になっています。また、敷地に2人倒れているのに気づきました」
「倒れていた? 賊か?」
「残念ですが私では分かりかねます。しかし、ウァレリウス家の関係者ではないことは確かです」
また彼は考える。
私は大人しくそれを待った。
「倒れている賊の近くに他の賊は居るか?」
「おりませんでした」
「では、案内してくれ。隊員を向かわせる」
賊からウァレリウス家を助けるつもりはないんだろうか?
そこでもう1人の『蜂』の意識が戻ったようだ。
ただ、魔術の光は弱い。
意識が朦朧としている状況なのかも知れない。
「あの――」
「なんだ」
「失礼を承知で発言しますがよろしいでしょうか?」
「言ってみろ」
「賊を追い出せないのでしょうか? 助けが欲しいのです」
切実に願ってみる。
ここで助けてくれるならそれが一番早い。
「難しいな。賊の規模が分からない以上、隊を突入させる訳にもいかない。」
「――承知いたしました。倒れていた2人は……」
「こちらで回収しよう」
「感謝いたします。それともう1つお聞きしたいことが……」
「今度はなんだ?」
「敷地の別の場所にも親衛隊の方々はいるのでしょうか? 気配がありましたので」
「四方を取り囲んでいる」
「お答えありがとうございます。それでは、倒れている2人の元へとご案内します」
「2人か。6人で向かい、捕らえろ。予期せぬ事態が起きたら引き返せ」
「はっ!」
「皆さま、こちらです。失礼いたします」
私は今まで話していた隊長らしき人物に挨拶して、6人を先導した。
隊員たちの1人がランタンを持っている。
周囲をぼんやり照らしていた。
『蜂』の2人は意識を取り戻している。
私の足は自然と速くなった。
1人が起きあがろうとしているようだ。
しかし足にきているのか、なかなか起きあがれない。
私はまず魔術無効を展開し、起きあがろうとしている彼の足下から寄っていった。
腕を伸ばして隊員たちを無言で制し、『蜂』の居場所と配置を示す。
幸運なことに彼らは私の指示通りに動いた。
暗いことも良かったのかも知れない。
私はいつでも暴風の魔術を使えるように準備した。
隊員たちは自分たちで合図を取り、一斉に2人に組み付いた。
腕を真っ先押さえる。
「武器を奪え!」
「いや、持ってないぞ」
「こちらは捕縛完了した!」
「こちらもだ」
騒然となる中、『蜂』の2人は呆気なく捕まった。
2人は特に声を上げることはない。
最後までどういう人たちか分からなかったな。
「立て」
ロープを引っ張られる。
2人を結んでいるようだ。
彼らはふらつきながらも立ち上がる。
「来い」
そういえば魔術無効は解いてしまって構わないのかな?
さすがにマリカみたいな低酸素の魔術は使えないと思うけど。
「このたびは危険な任務にも関わらず、ありがとうございました。助かりました」
「いや、本来は我々が対処すべきなんだがな」
「隊長がねー」
「どうせくだらない理由だろ」
「そ、そうなんですね」
「では、心苦しいがここで失礼させてもらう」
「はい。気をつけてお戻りください」
隊員たちと別れ、再び玄関へと戻った。
賊の人たちはまだ散り散りだ。
3人は建物に隠れるようにしている。
さっきの喧噪で隠れたのかな?
あとの4人は見あたらない。
逃げたのだろうか?
「戻りました。結論から申し上げますと、親衛隊の方々は来てくれないそうです」
「なに! どういうことだ」
「申し訳ございません。理由は説明していただけませんでした」
「けっ、ざまぁねえな」
「あと、庭に2人の人物が倒れており、彼らは親衛隊に捕らえられました」
「2人? 『蜂』とかいう連中か?」
「分かりません」
「フィリッパ先生が居なくなったあとも、賊は突入してきませんでした。倒れていた2人が『蜂』の可能性は高いと思われます」
≫エミリウスきゅん! ナイスフォロー!≫
≫アイリスが対処したこと気づいてそう≫
「しかし、直接呼びに行くとは」
ウルフガーさんが独り言のようにつぶやく。
「勝手なことをして申し訳ありません。親衛隊の方々に呼びかけても反応がなかったので」
「親衛隊は何人居た?」
「暗くてはっきりとは分かりませんでしたが、10人以上居たと思われます。また、それ以外にもこの敷地を取り囲んでいるようです。この後、いかがいたしましょうか?」
全員に呼びかける風を装いながら、最後にエミリウス様に視線を向ける。
釣られてか、ウァレリウス様も彼に視線を向けた。
「――外に居る賊の説得を試みたいです」
「なにかお考えが?」
「彼に聞いてみましょう」
「な、なんだよ」
エミリウス様は、捕らわれている彼に視線を向けた。
彼は少し弱気に見えた。
弱気な理由はなんとなく想像がつく。
親衛隊に囲まれ、『蜂』も捕らえられたかも知れないとなれば、彼に希望はほぼない。
「現在の仲間の状況は、あなたの目から見てどう映るか説明して欲しい」
エミリウス様が彼に一歩歩み寄る。
「なんで俺が」
「すぐに説明しろ」
ウルフガーさんが一喝すると、少しだけ渋ったような振りをして話し始めた。
「――俺らは詰んでるんだろうよ。親衛隊に囲まれてて、奴らも捕まったんだろ。どうしようもねえ。一か八か逃げるしかねえ」
「幸い、当家に被害はない。お前たちが降伏すれば罪を軽くなるよう提言すると言ったら?」
「なんだと?」
初めて彼がエミリウス様に視線を向けた。
「一か八か逃げるより、降伏した方が確実に得になるという話をしている。ウルフガー。今回の件ではどの程度の罰則になる?」
エミリウス様の声が大きい。
外の賊に聞かせているのだろう。
「夜間に武器を持って貴族の邸宅に押し入った。終身流刑か鉱山労働送りだろうな」
「はぁ? なんでそんな……」
「知らされていなかったのか? 哀れなものだ」
淡々とウルフガーさんが言った。
「もし、当家から罪の軽減を働きかけた場合はどうなる?」
「はい。罰金刑程度に軽減される可能性があります」
捕らわれている彼がエミリウス様を見つめ続けていた。
なんとなく、希望を見いだしてしまったんだな、と思った。
「ウルフガー。外の者たちに降伏を促してくれる?」
「かしこまりました。ウァレリウス様、ロープをお願いします」
「――ああ」
ウルフガーさんは握っていたロープをウァレリウス様へ預けた。
「賊よ、聞いていただろう。今、降伏すれば罪の軽減を求めることを約束しよう。最後のチャンスだ。私が10数える間に決めろ。10、9、――」
よく通る声だった。
「わ、分かった。降伏する!」
扉の向こうから慌てて男が出てきた。
「いいだろう。武器を全て足下へ置き、手のひらを掲げこちらに向けろ」
「ああ」
「残りの者は降伏しないのか? 8、7、――」
「こ、降伏する!」
残りの2人が出てきた。
「終わりか? 6、5、――」
「他の奴らはどっかいっちまった。勘弁してくれ」
「そうか。4、3、2、1、――。終了だ。約束通り、お前たち3人は罪の軽減を求めることとする」
3人は絶句していた。
しかし、どこかほっとしたような表情にもなっている。
「エミリウス様。他の賊はいかがいたしましょうか?」
「――確認させて欲しい」
エミリウス様が賊に向かって言った。
「今度はなんだよ」
割と協力的なのは最初に捕らえられた彼だった。
「今回の襲撃が失敗した場合には何か言われているか?」
「成功するまで戻るなって言われてるな。あと、金が貰えねえ」
「分かった。もう1つ聞きたい。他の賊が居なくなった原因は?」
「――気味の悪ぃ音がしてたからそれで逃げた」
別の賊が答える。
「そうか。では、捕まっているか、まだ近くに居ると思う。ウルフガー、呼びかけて欲しい」
「かしこまりました」
「ウルフガーに続いて、仲間に降伏を呼びかける者は居ないか」
エミリウス様が呼びかけるが誰も反応しない。
「本来、こちらが歩み寄る必要はない。優しいエミリウス様が与えた最後のチャンスだ。仲間が鉱山送りになってもいいのか?」
ウルフガーさんが追撃する。
的確な作戦を立てるが気弱なエミリウス様の良いフォローだと思った。
この2人、相性が良いかも。
「出てきたらあいつらも助けてくれるんだな?」
「今回限りだ」
エミリウス様がはっきりと言った。
少し慣れてきた感じがする。
「――分かった。俺が話そう」
この中のリーダーっぽい人が言った。
ウルフガーさんとエミリウス様は視線を合わせ頷き合う。
「では、私のあとに続けて話せ」
「ああ」
後ろ手に縛られたまま、彼はウルフガーさんのあとにつく。
ウルフガーさんが外へ出て、大きな声で先ほどと同じようなことを話した。
カウントダウンはしなかったけど、捕まった仲間が居ることを付け足す。
続けてリーダー格の彼が話す。
「俺だ、フスクだ! 聞いてくれ! ここはもう親衛隊に囲まれてる。『蜂』の連中も捕まった。捕まったら鉱山送りだ。一か八か逃げてもいいが、俺は降伏を勧めたい。降伏すれば、少なくとも鉱山送りは行かなくてもすむ」
「この男の言ったことは本当だ。すぐに出てくれば、鉱山送りには行かないで済ませてやる。私の気が変わらない内に早くしろ」
それからしばらくすると残りの4人がバラバラに出てきた。
私は警戒しながら彼らの動きを目で追った。
「本当に鉱山送りには行かないでいいんだな?」
「ああ。そう交渉しよう」
声を出したのはウァレリウス様だった。
彼らがロープで縛られるのを待つ。
『蜂』の話題が少し出たくらいで、彼らは黙ってしまった。
「では、私は親衛隊の方々を呼んできますね」
親衛隊の元へと行くために外に出た。
正門までは暴風の魔術を使えば、10秒も掛からない。
夜を楽しむ間もなく、すぐに正門にたどり着く。
するとそこに見知った声があった。
ビブルス長官だ。
隊長と何か話している。
「ウァレリウス家の侍女です。進展がありましたので、ご報告に参りました」
私の声に気づいたようで、すぐにビブルス長官がやってきた。
「侍女かね」
長官の声色に少し含みを感じた。
同時に懐かしさも感じる。
「はい。フィリッパと申します」
「では、フィリッパ。報告を聞かせて欲しい」
「承知いたしました。捕らえた1名と残りの賊7名は全て降伏し、捕らえました。ウァレリウス家に被害はありません」
「ご苦労。聞いたかね、隊長」
「はっ……」
「隊へ指示を」
「隊員は全て敷地内へ入れ。他の隊にも伝達しろ」
「はっ」
親衛隊も一気に慌ただしくなる。
ビブルス長官が私の隣に来た。
身体はこちらに向いていない。
ちょうど、逆方向を向いている形だ。
周りに人は居なかった。
「全て君が?」
「いえ、私は『蜂』のみです。それ以外は、ウァレリウス家のご子息や執事が中心となり事に当たりました」
「執事がかね?」
「はい。少なくともウァレリウス家への忠義は感じます。ただし、彼には気になるところもあります。決定的な証拠はありませんが、手がかりは掴んでいます」
「進展はしているということか」
「はい。この度はありがとうございました」
「ウァレリウス家ということで来てみただけだ。さて、君も戻った方が良いだろう」
「はい。忙しい中、お手数を掛けました」
「君が変わりないことを皆にも伝えておこう」
「お気遣い、ありがとうございます。それでは、失礼します」
私はビブルス長官と別れた。
この信頼できる同志的な感じ、不思議な感覚だな。
少し回り込むようにして邸宅内に向かう。
さすがに親衛隊の前を猛スピードで通り抜けるのは止めておいた方がいいと判断したからだった。
隊員たちが外で待機している。
まだ隊長は来てないのか。
私は邸宅内に「失礼します」と言って入り、ウァレリウス様に報告した。
「そうか」
「ウァレリウス様。リウィア様にご報告を」
「そうだな。フィリッパ」
「はい。早速、賊は全員捕まったとお伝えしてきます。リウィア様にはまだ待機していて貰った方が良いでしょうか?」
「そうしてくれ」
「かしこまりました」
私は丁寧に礼をして、ウァレリウス様の部屋へ向かった。
「――今の内に言っておこう。エミリウス、良くやった。お前の才能を私は完全に見誤っていたな」
去り際にウァレリウス様が語るそんな声が聞こえてきたのだった。
私はエミリウス様がどんな顔をしているのか見られないのが残念だな、と思うのだった。




