表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
161/176

第160話 虚実

前回までのライブ配信


アイリスはエミリウスへ魔術を教えながら信頼を築く。クラウスが剣術稽古でエミリウスを追い詰めるも、アイリスは「理解」を武器に彼を導き意欲を掻き立てる。しかし、その夜、不審者が様子を伺っていることに気付くのだった。

 壁の外に1人の不審者が居る。

 その1人は不自然に、ウァレリウス邸の様子を伺っていた。


 私は少し迷ったものの、素直に指示を仰ぐことにした。


「不審者が居ることはウルフガーさんに伝えることにします。彼が関わっている可能性があるのと、どういうリアクションを取るのかみてみたいので」


 ≫いいんじゃないか?≫

 ≫リトマス紙代わりか≫


 玄関に戻りながら空間把握でウルフガーさんを探す。

 外には居ない。

 探ると2階の自身の部屋で身体を拭いているようだった。


 一度、メリサさんを通した方がいいか。


 私は部屋に戻ってメリサさんに伝え、そのままウルフガーさんの元へと2人で向かった。

 彼は紳士的に服を着てから私たちを出迎える。


「ウルフガーくん、休んでいるところごめんなさい。フィリッパさんが何か不審者を見たみたいで。話せる?」


 メリサさんが私が話すように促してくれた。


「はい、お話します。外で物音がするので近寄ると不審者が居ました。しばらく観察していたところ、こちらを探っているようでした」


「どの辺りだ?」


「裏手のこちらの方です」


 私はその男が居る辺りを指さす。

 ここからでもまだ不審者が居ることは分かった。


「分かった。付いてきてくれ」


「はい」


「私はウァレリウス様にお伝えしてくるわね」


 メリサさんと別れる。

 ウルフガーさんは帯刀している。

 今のところ、怪しい言動はないな。


 彼と外に出る。


「あちらです」


 私は再度、不審者の居る場所を指さした。

 邸宅に沿いながら近くまでいく。

 壁の外から頭が見えた。

 私たちは息を殺して、その様子を伺う。


「――離れよう」


 ウルフガーさんが言うので私は彼のあとについていった。


「確かに怪しいな」


「はい」


「恐らく尖兵(せんぺい)だ。後に本体が来る可能性がある」


 ≫なるほど≫

 ≫変わった様子がないが事前に確認する役か≫


「本体……。ここが襲撃されるということでしょうか」


「察しがよくて助かる。備えた方がいいだろうな。悪いが、門の警備2人に親衛隊を呼ぶように言ってきてもらいたい。1人ではなく2人で呼びに行かせてくれ」


「分かりました。襲撃の数はどの程度を予想してますか?」


「こちらの戦力からすると10人以上20人以下だろう」


 こちらの戦力か。

 警備の2人が抜けるとなると、ウルフガーさん、ウァレリウス様、クラウス様が戦力といったところか。


「承知いたしました。念のため確認しますが、2人とも警備を離れて良いんですよね?」


「ああ、その通りだ。その後、戻ってウァレリウス様に襲撃の恐れがあると伝えて貰いたい。襲撃の可能性はそれなりに高い。戦えるものは武器を取り、備えるようにお願いして欲しい」


 ≫ウルフガー、さすができる男だ≫

 ≫今回の件では敵じゃなさそうだな≫

 ≫俺は信じてたぞ!≫


 場慣れしているようで頼もしい。

 日常的に襲撃に慣れることはないだろうから、実行する側だったのかも知れないけど。


「ウルフガーさんはどうするつもりですか?」


「不審者に話を聞くつもりだ」


 直接聞くのか。

 確かに目的を聞くのはそれが早いか。

 今更リスクもないだろうし。


「ウルフガーさんもお気をつけて」


 私たちは別れた。

 暴風の魔術を使って走り、すぐに門までたどり着く。


 2人の警備の人に声を掛けた。

 10人から20人の襲撃があるかも知れないことを伝えて、親衛隊を呼んできてくれるように頼む。

 あくまで、もしものときのためだと伝えておく。


「ご足労を掛けます。道中、お気をつけてくださいね」


 彼らの背中を見送る。

 外灯はあるとはいえ、暗いのですぐに見えなくなった。

 周りを探るが、特に変わったところはなかった。


「皆さん。尖兵の話はどう思いますか?」


 ≫十分あり得る話だな≫

 ≫昼間はこれをシミュレートしてたんだろうな≫

 ≫襲撃があるのはほぼ確定か≫

 ≫アイリスはどうするんだ?≫


「掃除で使ってたレベルの風の魔術で対応したいと思ってます。被害がなければですけど」


 ≫被害が出たら?≫


「被害が出そうになった時点で、魔術無効(アンチマジック)が使われてなければ全員吹き飛ばして終わらせます。使われていたら、木剣(ぼっけん)を借りて対処します」


 ≫さすがにウルフガーだけではキツそうか≫


「彼の実力はまだ分からないので、あまり考えないようにしてます。被害がなさそうな内は、潜入捜査の立場を優先。被害が出そうになったら潜入捜査は諦め、皆さんの安全を最優先といったところですね」


 私は歩きながら視聴者と会話して、十分に邸宅に近づいたところでお礼をいって扉を押して入った。


 入ると、ウァレリウス様とメリサさんが居た。


「不審者が居たというのは本当か」


 ウァレリウス様が聞いてくる。


「はい。それとウルフガーさんから伝言です。襲撃の可能性がそれなりに高いので、戦える者は武器を取り、襲撃に備えて欲しいとのことです」


 2人とも絶句している。

 ローマでも、普通は襲撃になんて遭わないだろうしな。


「プリメラさんとヴィヴィアナさんにも伝えていきます」


 私が言うと2人は我に返ったようだった。


「メリサは裏口を確認してくれ。私は武器を用意し、家族に伝える」


「かしこまりました」


 慌ただしくなってきた。

 私は侍女の部屋へと駆け上がり、すぐに賊の襲撃があるかも知れないと伝える。

 分かる範囲で正確に伝えた。


「ウルフガーくんは大丈夫なの?」


「トラブルには慣れてるようでしたし、大丈夫かと」


 ヴィヴィアナさんと話している最中に玄関が開くのが分かった。

 恐らく、ウルフガーさんだ。


「一度、広間に集まりましょう……?」


 言い終わらない内に、私の感覚の範囲に魔術の

光が現れた。

 まだ邸宅の外だけど、2つある。


「どうしたの?」


「ウルフガーさんが帰ってきたようです。下へ行きましょう」


 プリメラさんとヴィヴィアナさんを先に行かせて、外を探る。

 壁を乗り越えているところのようだ。

 魔術の光――宿している神の因子はそれほど強力じゃない。


 マリカよりは強いくらいか。

 記憶がおぼろげだけど、『蜂』のメンバーの光の強さと似ている。

 『蜂』は確か2人組で行動していたはずだ。 


 『蜂』のメンバーは強い。

 カクギスさんともそれなりに戦えていた。

 ウルフガーさんでも勝つのは難しいのではないだろうか。

 クラウス様では勝負にならない気がする。


 まだ可能性の段階だけど、意識しておいた方がいいかもしれない。

 私はそこまで考えてから、広間へ向かった。


 広間には皆が集まり、ウルフガーさんの指示を聞いていた。

 その内にクラウス様と揉めはじめる。


「私が説得すると言っているんだ!」


「恐れながら、彼らはここがウァレリウス家だと知って襲撃してきています。説得に応じるとは思えません」


 ウルフガーさんが淡々と話していた。


 ≫そりゃそうだ≫

 ≫無能の働き者か≫


 私はヴィヴィアナさんの隣へ並ぶ。


「クラウス。ウルフガーに従いなさい」


 クラウス様の願いは、ウァレリウス様の言葉で一蹴された。

 納得いってないみたいだけど。


「ウルフガー。賊の目的は分かるか?」


「はい。尖兵を尋問したところ、何かを返して欲しがっているようでした」


「返す? 何をだ」


「残念ながらそこまでは。賊の本体が近づいてきたため離れました」


 頭に浮かんだのは、養育院の証書だった。

 もしそうだとすると、痕跡を残してないはずなのになぜ?


「分かった。まずは襲撃に備えるしかないようだな」


「かしこまりました」


 すぐにウルフガーさんが指示を出す。


 ドアの丈夫なウァレリウス様の部屋に鍵を掛け籠城し、クラウス様が剣を持って待機することになる。

 襲撃自体は、ウルフガーさんとウァレリウス様が広間で、返り討ちにする


「私の風の魔術を使ってはどうでしょうか? 玄関から入ってくる襲撃者ならすべて吹き飛ばすことができます。ここに残らせてください」


 言いながら外の様子を探る。


 すでに玄関のドアの両端に位置取り、入るタイミングを待っているだけのようだ。

 神の因子の2人は揃って後方に居る。

 彼らは襲撃を主導する訳ではなさそうだ。


「ウァレリウス様、いかがいたしましょうか」


「フィリッパ。君は本当に賊をすべて吹き飛ばすことができるのか?」


「はい。魔術無効(アンチマジック)さえ使われなければ」


「分かった。残ってくれ。ただし、身の安全は保証できない」


「承知しております」


「先生……」


 エミリアス様が心配そうにしてくるが、私は「大丈夫です」と伝えた。

 本当に大丈夫だし。


 残る私たち3人の中で一番心配なのはウァレリウス様だ。

 神の因子を宿す2人が『蜂』だった場合、ウルフガーさんも危ない。


 外では揉めているようだ。

 様子から見て、誰が最初に突入するか決めかねているみたいだ。

 奇襲をかけるつもりだったんだろうけど、バレちゃったしな。


「さあ、皆、私の部屋に行きなさい」


 ウァレリウス様が心配そうなリウィア様を送り出す。


「フィリッパちゃん!」


「大丈夫です」


 私はヴィヴィアナさんに力強く頷く。


「なんて言ったらいいのか分からないけど気をつけるんだよ」


 プリメラさんだ。


「頼んだわね」


 悲痛な表情のメリサさんが言った。

 クラウス様以外からは声を掛けられる。

 彼は何か言おうとしても声が出ないようだった。


「皆さん、早くこちらへ」


「やはり私も残る」


 クラウス様が言った瞬間、玄関のドアが大きな音を立てた。

 蹴るような音だ。

 ドアには鍵がかかっているので、蹴破るつもりなのか。


 全員が驚き、メリサさんたちは急いで奥に向かった。

 ウルフガーさんとウァレリウス様は剣を構え、クラウス様は僅かに身を屈める。


 私はスタスタと玄関まで歩いていった。

 突然のことだったからか、誰からも声は掛けられない。


 空気を溜める。

 溜めたのは、神の因子を持つ2人に私の風の魔術が特殊だと悟られないための偽装だ。


 彼らの一人が足裏で蹴ろうとした瞬間を見計らって、両ドアを手前に開いた。

 瞬間、風を解放する。

 蹴ろうとしていた彼の動きが止まった。


 さらに風を追撃。

 動きを止めた彼が倒れた。


 同時に半歩だけ外に出て、溜めた空気を左右に放つ。

 左右にいた人たちは転がった。

 その隙に、まずは片側のドアを開きっぱなしにするために金具に固定した。


「お、おい、なにを」


 ウァレリウス様だ。


「勝手に申し訳ありません。風で彼らを吹き飛ばすにはこちらの方が都合が良いので」


 言いながらもう片方のドアも開きっぱなしに固定する。

 私は、そのまま広間の池の前に移動した。

 ドアへ近づき、こちらを覗こうとしてくる相手には風で牽制する。


 神の因子を宿した2人以外がドアに近寄った。

 彼らがやりたいことが読める。

 数で一気になだれ込むつもりだな。


 彼らが合図をして一気にドアの前に出たときに、溜めていた風を思いっきり吐き出す。

 4人くらいが転がっていった。

 残りの半分も出てきたので吹き飛ばしておく。


「この様子なら、邸宅内に入れさせないように出来そうです」


「あ、ああ。クラウス。お前は下がって皆を守りなさい」


 クラウス様は何度か頷きながら広間の奥へと消えていった。

 実戦の空気に場違い感を感じたのかも知れない。

 私は空気をまた集めた。


 ただ、神の因子を持つ2人はさっきから全く動く気配がない。

 仲間が吹き飛ばされているのを見ても、まだ余裕があるようだ。


 その後も他の8人が床に這いつくばったり、いろいろしてきたが都度吹き飛ばした。

 膠着状態に入る。


「ウルフガー。打開策はないのか?」


「申し訳ございません。現状では親衛隊を待つのが得策かと」


「フィリッパ。このまま()つのか?」


「このまま朝まででも大丈夫です」


 少し大きな声で言う。

 外の彼らにも聞かせるためだ。


 ≫アイリスなら可能だろうな≫

 ≫一気に吹き飛ばした方が早いんだけどな≫

 ≫まあ、潜入捜査が優先だから≫


 ――朝までか。


 嫌なことを思いついてしまった。

 彼らに水を掛けた上で、風を当て続けたらどうなるだろうか。


 ローマは函館とほぼ同じ緯度なのに暖かい。

 でも、夜は冷える。

 今も肌寒い。

 そんな状況で、濡れた身体に風を当て続けたら体力を消耗するんじゃないだろうか。


 創水の魔術は、明日の掃除で使うつもりだった。

 バレても問題ない。


 もう1つ思いついたことがある。


 今回の軍師をエミリウス様に任せられないかということだった。

 私に触れようとしたときの応用力から見て、情報と条件さえ伝えればこの状況を変えることが出来るんじゃないだろうか。


 それに私が創水の魔術を使うところを、ウルフガーさんに見られたくないということもある。

 彼にエミリウス様を呼びに行って貰ってる間ならちょうど都合がいい。


「1つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」


 開いているドアの暗闇を見ながら、ウァレリウス様に話しかける。


「提案? 話してみてくれ」


「ありがとうございます。この状況を変えるために、エミリウス様の力を借りてはいかがでしょうか」


「エミリウス? なぜあの子の名前が出てくる」


「今日、魔術をお教えしてエミリウス様には他の人にはない発想力があることに気が付きました。別の視点を示してくれるかも知れません。試してみる価値はあるのではないかと」


 ウァレリウス様はウルフガーさんを見る。

 彼も頷いたようだ。


「――分かった」


 少し時間は掛かったが、ウァレリウス様は頷いた。


「ありがとうございます」


「ウルフガー。あの子を呼んできてくれ」


「かしこまりました」


 丁寧に礼をしたウルフガーさんが素早く広間を離れる。


 ≫エミリウスか≫

 ≫アイリスは作戦を提案する立場じゃないしな≫

 ≫言うてまだ子どもだぞ≫

 ≫実戦経験も必要≫


 私はスタスタと扉に向かい、半歩外に出た。

 外に居た彼らは突然の私の出現に身を屈める。

 風を恐れたのだろう。


 私は一気に空気中の水分子を集め、水が彼らの上に落ちるに任せた。


「ひゃ!」


「ぐあー」


「なんだあ!」


 パニックになってる。

 暗闇で突然水が落ちてくればこうなるか。

 かなりの恐怖だろう。

 今後も使えるかも。

 コメントも何が起きてるのかと不思議がってる。


「なにしやがった!」


 一番身体の大きな男が飛びかかってきそうだったので、暴風で飛ばした。

 威力は抑えていたけど、1秒くらい滑空し、かなり転がっていった。


 更に、追撃の創水の魔術を使う。

 パニックは収まらない。

 そのまま邸宅内に戻った。


 ウァレリウス様が呆然と私を見てきた。


「な、なにをしたのだ?」


「勝手なことをして申し訳ありません。エミリウス様がいらっしゃられたらお話します」


「う、うむ」


 私は丁寧に頭を下げ、扉付近から左右に風を送り続けた。

 これで彼らは体温を奪われ、気力も(むしば)まれていくはず。


 神の因子を持つ彼らは魔術無効(アンチマジック)を使わなかった。

 微風は彼らにも届いているようだ。


 もしかして彼らは魔術無効(アンチマジック)を使えないのだろうか?

 今、わざわざ使わない理由は思い浮かばない。

 隠す必要はないはず。


 奥からウルフガーさんが戻ってきた。

 エミリウス様も居る。


「お連れした」


「ありがとうございます。エミリウス様、現状についてはどの程度お聞きしましたか?」


「はい。賊と膠着状態(こうちゃくじょうたい)だと聞いています」


「はい。現在、扉の左右に10人ほどがこちらの隙を狙って待機しています。入ってこようとした者はすべて私が風で吹き飛ばしています。更に先ほど、私が水を作り出して彼らを濡らしました」


「どういう意図ですか?」


「はい。寒さで体力を奪うためです。さっきから微風を送り続けています」


「それは……。親衛隊はいつごろ来る予定ですか?」


 エミリウス様の声が大きくなる。

 わざと外に聞かせているんだろう。


「半時間以内には到着するかと」


「では、このまま待ちましょう」


 言ってエミリウス様が私に近づいてきた。

 集中している顔だ。

 彼はハンドサインで、ウルフガーさんと父親であるウァレリウス様を私の方に招き寄せる。


「――1人捕らえたいです。フィリッパ先生は我慢しきれず出てきたところを1人だけ逆向きの風で招き入れてください。それ以外は外に吹き飛ばしてください。父上とウルフガーはその1人を捕らえられますか?」


 彼らは頷いた。


「しかし、捕らえたあとはどうする」


 ウァレリウス様が聞いた。


「――エミリウス様」


 そこにメリサさんがやってくる。


「ご入り用の物をお持ちしました」


「うん」


 メリサさんが持ってきたのはロープだ。

 捕らえたあとのことまで考えて先手を打っていたのか。

 ウァレリウス様は驚きの顔で自分の息子を見ている。


「そこまで考えて……」


「はい。いかがでしょうか、父上」


「――任せよう。ウルフガーも良いな?」


「御意に」


「はい。さあ、たった半時間の些事(さじ)です」


 声が少し震えているようにも思えたけど、外にまではバレないだろう。


 ≫エミリウスたん!≫

 ≫こんなに立派になって……。よよよ……≫


 そのとき、神の因子を持つ2人が動いた。

 彼らは素早くその場を離れ、建物の細い窓に足を掛けた。

 風の魔術を使って飛び上がる。


 なるほど。

 中庭か広間の天井窓から入ってくるつもりか。

 昼間の監視も上りやすい場所を見つけるためだったのかも知れない。


 ただ、その行動は彼らにとって不運の始まりだ。


 私は彼らに向けて暴風の魔術を使うことにした。

 大きな音がするだろうけど、防音の魔術を使うと彼らに察知される可能性がある。

 優先順位を考えるといきなり使ってしまうのが正解だ。


 バァン!


 音が(とどろ)き、夜のローマに反響する。

 その音とともに彼らは吹き飛ばされた。

 彼らの周辺では風は緩やかになるはずだけど、暴風の魔術なら突破できる。


 あまりの大きな音にウァレリウス様やエミリウス様は身を屈めた。

 ウルフガーさんは剣を構え、即座に警戒する。

 私は周りに合わせて身を屈めた。


 バァン!


 もう1度、今度は飛んでいる方向から直角に暴風の魔術。

 さっきより強めの威力だ。


 1人の神の因子の光が消える。

 たぶんブラックアウトで失神したんだろう。


 バァン!


 もう1人には続けて追撃。

 それでも失神しなかったので更に強めに追撃。

 ようやくそれで神の因子の光が消えた。


 ウァレリウス邸の庭に静かに落とす。

 死んではいないはず。


 ――静寂が訪れる。


 ≫すげえ音がしたな≫

 ≫アイリスの暴風の魔術っぽいな≫

 ≫何かを攻撃したのか?≫

 ≫潜入捜査続けられるのか?≫

 ≫何か事情があるんだろうよ≫


「な、なんだったんだ……」


「賊が何か仕掛けたのかも知れません。お気をつけください」


 ウルフガーさんがウァレリウス様へ声を掛ける。

 彼は主人を守るように立ちはだかっている。


「エミリウス様、大丈夫ですか?」


 振り向かずに話しかける。


「大丈夫です」


 理性的な声だった。

 ウルフガーさんより落ち着いているかも。


 ――私の魔術だと気づいたのかも知れない。


「フィリッパ先生。『問題』はないでしょうか?」


 含みのありそうな言葉だ。


「何も問題ありません。作戦を続行しましょう」


「はい」


 彼はウァレリウス様とウルフガーさんの元に行くと、ジェスチャーとささやき声を使って何かを伝えた。


 エミリウス様から何を伝えられた2人は、剣を構えながら、音を立てないように玄関の近くへ移動する。


 恐らく、こちらに招き入れた1人を捕らえるためだろう。

 ロープを持っているのはウァレリウス様だ。


 私は再び外の8人に風を送り始めた。

 彼らはパニック状態だ。

 思ったよりも早い決着になるかも知れない。


 早い決着か。


 私はまたくだらないことを思いついてしまった。

 彼らがパニックになってるなら、それを更に利用できないだろうか。


 謎のラップ音を鳴らすのだ。

 脅かすと言えばオカルト。

 オカルトといえば霊。

 霊が鳴らすのはラップ音!


 少しパニックが収まってきたところに「パンッ」と小さく鳴らす。

 暗闇の奥から音がするイメージだ。


 全員が音のする方を振り向く。


 しばらくラップ音はさせない。

 私は庭に落とした2人の様子を確認した。

 息はある。

 まだ失神しているということか。

 8人は気づいていなさそうだ。


 それからしばらく待つと、体温を奪われ続けた8人が震え始めた。


 パンパンッ。


 彼らに近めの暗闇でラップ音を鳴らす。

 彼らの動きが固まった。

 1人を除いて怖がっているのが分かった。


 一方で、神の因子を持つ1人が目覚めたようだ。

 状況が分からず戸惑っているのが分かる。

 その内、他の8人と合流するだろう。


 8人の中のリーダー格と思われる人物が、近くの人と話し始めた。

 どうするか相談しているんだろうか。

 すぐにそのリーダー格と話していた人物が、玄関に近づいてきた。


 こちらを覗いてくる。


 私は少し迷ったけど、彼を暴風の魔術で押し、更に一気にこちらに吹き飛ばした。

 前のめりに倒れる。


「捕らえてください!」


 私が言うと、ウルフガーさんが飛び出し、倒れている彼の横腹を蹴飛ばした。

 うわ、痛そう。


「ぐがっ」


 倒れている彼の身体がくの字に曲がる。

 ウルフガーさんは剣を抜き、彼の髪を引っ張りながら刃と地面で首を挟むようにして彼の目をのぞき込んだ。

 私は残虐なシーンが映らないよう左目を閉じた。


「動くな」


 手慣れてるな。

 倒れた彼は小刻みに頷いている。


「ウァレリウス様、ロープを」


「――あ、ああ」


 ウァレリウス様はロープを持って男の後ろに回り込む。


「両腕を後ろに回せ」


 倒れた彼は素直に従った。

 途中、外の2人が覗いてきたので顔に風を当て牽制しておく。


 倒れた彼は両手両足を拘束され、中央の池の奥に引きずられていった。

 すぐウルフガーさんの尋問が始まる。


 ウルフガーさんの尋問はかなり手慣れていて、最初の質問に躊躇したときにすぐに指を折ったようだった。

 パキッという軽い音と共に「ギャー」というこれまで聞いたことのない悲壮な声が聞こえてくる。


 ≫何か不穏な音が……≫

 ≫どっかの骨折ったな≫

 ≫指か≫

 ≫躊躇なく折れるのすげえな≫


 耐性がないので、聞いているだけでキツい。

 というか聞きたくない。

 エミリウス様は大丈夫だろうか?


 それからの尋問は(とどこお)りなく進んだ。


 彼は例の養育院――ドムス・カリタティスの職員らしい。

 寄付金の証書が盗まれたので、それを取り返しにきたとのこと。


 ウルフガーさんやウァレリウス様が証書については何も知らないと話すと、捕まっている彼は「そんなことが出来るのはお前だけだと聞いてる。裏切り者」とウルフガーさんを罵っていた。


 ウルフガーさんが裏切り者か。

 しかも養育院の人間から見ての『裏切り者』だ。


 やっぱり、ウルフガーさんは皇妃派に近い立場なんだろうか。

 そう思える行動もあれば、ウァレリウス家には献身的に仕えてるイメージもある。


 あと、ウァレリウス様もウルフガーさんの話を聞いて表情1つ変えなかったんだよな。

 事情を知っているのかも知れない。


「く、くそ、あいつらどこ行ったんだよ」


「あいつら? 何者だ」


「――知りたいか?」


「いいから教えろ」


「き、聞いて驚け、あいつらってのはあの『蜂』だ。あー、くそ痛てぇ。話を聞いたお前らは全員皆殺しだからな」


 『蜂』と聞いてウルフガーさんは黙った。


 ≫今更蜂だぁ?≫

 ≫何の話? ブンブンブン?≫

 ≫ここで暗殺集団か≫

 ≫アイリスたちが滅ぼしたんじゃ?≫

 ≫分散する形の組織だったみたいだからな≫

 ≫生き残りがいてもおかしくないか≫

 ≫さっきの暴風の魔術はそれ関係か?≫


 暴風を『蜂』に使ったと気が付くとかさすがに鋭い。


「ウルフガー。蜂とはなんだ?」


「暗殺を請け負う正体不明の組織の俗称です。最近、親衛隊に一斉摘発(いっせいてきはつ)を受けたと聞いております」


「犯罪組織が一斉摘発されたという話は私も聞いている。その組織が『蜂』だという訳か」


「恐らくは」


「まだ捕まってないのもいるんだよ。残念だったなぁ!」


 捕らわれている男性が強がってみせる。


 しかし、やっぱり『蜂』だったのか。

 今、彼らは互いに酸素で連絡を取り合ってから合流し、話し合っているようだ。

 作戦を立てているんだろう。


 彼らはどういう作戦を立ててくるだろうか。


 エミリウス様に聞いてみようと思ったけど、伝えないといけない情報が多すぎる。

 人の居るここでは視聴者にも聞けない。

 私が考えるしかないか。


 『蜂』の2人は、自分たちが暴風の魔術で飛ばされたことまで分かってない可能性がある。

 ただ、失神した事実だけは分かるはずだ。

 さっきと同じ手段で侵入しようとはしてこないだろう。


 そうなると玄関か裏口か。


 裏口なら驚異にはならない。

 もう1度吹き飛ばせばいいだけだ。


 玄関から来て私の風の魔術を突破しようとするならいくつかの方法になる。

 2人で来るか。

 他と協力するか。

 他を捨て駒にするか。


 直感的には他を捨て駒にする方法を選択しそうな気がする。


「捕らわれている方に1つ質問です」


 私は玄関を見たまま、質問を投げかけた。


「その『蜂』という組織のお2人は何のために連れて来られたのですか?」


「――答えろ」


 ウルフガーさんが彼に近づいていく。


「話す、話す!」


 指を折られたことを思い出したのか、彼は慌てる。


「俺たちの正体がバレたときのためだよ。あとは分かるだろ。俺から話を聞いた時点でお前等は終わってるんだよ」


「ど、どういうことだ?」


「口封じということですね。この男が漏らした皆殺しという言葉に繋がるのでしょう」


「そ、そうか。なんとかならないのか?」


「親衛隊が来るまで持ちこたえるしかなさそうですが……」


「お前でも無理なのか?」


「――その場合は死力を尽くします」


「無理無理。親衛隊だろうが敵わねえだろうよ。ざまぁねえな」


 深刻そうに話しているが、エミリウス様はただ私の背中を見ていた。

 暴風の魔術で『蜂』を退けたと気づかれてるな。


 その『蜂』の1人が動いた。


 風で背を押して、真っすぐに走り寄ってくる。

 私は集めていた空気を放つ準備をする。

 彼は低い姿勢になる。


 その彼が玄関先にまで迫ってきた。

 私は集めていた空気を一方向だけに解放しながら同時に暴風の魔術も混ぜる。

 それで彼の上半身が反り、動きを止めた。

 神の加護は突破できたか。


 追撃で集めた空気のすべてを解放しながら、暴風の魔術を混ぜる。


 それで彼は後ろへ飛ばされ、転がり倒れた。


「全員突入しろ! 命令だ!」


 もう1人の『蜂』の声。

 一瞬、躊躇した残りの7人だったけど、すぐに押し寄せてきた。


 そういう作戦か。


 私は瞬時に空気集めて、一気に放った。

 それで押し寄せた彼らは吹き飛び倒れる。


 そこにもう1人の『蜂』の突進。


 彼も暴風の魔術を混ぜて吹き飛ばした。

 『蜂』の1人プラス7人を捨て駒にしてくる作戦だったか……。


「ど、どうなった?」


 ウァレリウス様が問いかけてくる。


「後ろを向いたままで申し訳ございません。今回はなんとか全員を退(しりぞ)けられたようです」


 ウルフガーさんが私の後ろ姿を見つめている。

 どんな表情なのかまでは分からない。

 ちょっとやりすぎたかも。


「なんなんだその女……」


 捕らわれ中の彼が問いかけるが、誰も応えなかった。


「お前にはまだ聞きたいことがある」


「な、なんだよ」


「証書ごときが盗まれただけで皆殺しなどという大それたことを行う理由はなんだ」


「知るかよ」


「嘘だな」


 ウルフガーさんが無言で彼の腹を蹴る。

 更に後ろに回っている腕に手を掛けた。


「ぅ! ぐ、ぃう! 言う!」


 苦しそうに彼は声を絞り出す。


「早く言え」


「ぐ、オプス神殿の奴らがウチに来たんだよ! それでボスが青ざめて、なんとしても取り返せって言ったんだ」


「それで皆殺しか。分からんな」


 ウルフガーさんが彼の手首を引き寄せた。


「ほんとだ! 知ってることは――」


 パキッという乾いた音がした。


「ぐぎぃがー! がーぁっ!」


 ≫また折ったのか≫

 ≫容赦ねえな……≫

 ≫音だけというのがまた怖い≫


「知ってることは全て話せ」


「あ、あとは取り返せたら金くれるって……ぐ……」


「いくらだ」


「――金貨(ソリドゥス)2枚だ」


「他は?」


「知らねえ。本当だ。信じてくれ!」


 捕らわれた彼とウルフガーさんのやり取りの中、私は門の辺りにいくつかの灯りが点っていることに気づいた。

 最初は何かと思ったけど、親衛隊だと思い当たる。


 しばらくするとその灯りは消えた。


 その後、動きがない。

 空間把握が使える範囲で敷地の外も見てみたけど、少なくとも左右は6人ずつ居た。

 裏口までは把握できないけど、たぶん包囲してる。


 それで動きがない?


 理由を考えていくと、親衛隊の皇妃派が来ているのではないかと思い至った。

 一瞬、親衛隊も敵になると考えて鳥肌が立ったけど、それはないと思い直す。


 うーん。

 では、助けてと呼びかけたらどうだろうか。


「ウァレリウス様。聞いていただきたい話があります」


「なんだ」


「今は見えませんが、先ほど正面に灯りがいくつか見えました。もしかすると親衛隊の方々かも知れません。助けを求めてもよろしいでしょうか?」


「なに! もちろんだ。早くしてくれ」


「ありがとうございます」


 私は玄関の外へ出た。

 息を目一杯吸う。


「親衛隊の皆さーん! 助けてください! 襲われています!」


 なるべく周りの邸宅にも聞こえるように。


 立ち上がろうとした賊の7人は大きく吹き飛ばしておく。

 あとは『蜂』の2人か。

 少し離れた場所にいる。

 別れて動いているようだ。


 ――この手で倒してしまうか?


 狂気のようなものが(ささや)く。

 今の私は剣も楯も、何も持っていない。

 ここに来てから、ルキヴィス先生に教えて貰ったパンチの練習もあまりしなかった。


 ただ、顎を上手く叩けば意識がなくなるということは知っている。


 さっき、「親衛隊に助けを求める」と伝え、その許可も貰った。

 門まで行き、直接親衛隊に助けを求めても言い訳は立つだろう。


 未だ親衛隊に動きはない。


 『蜂』2人に逃げられるのも困る。

 戦いになり親衛隊側に死傷者が出るのも嫌だ。

 例え、皇妃派だったとしても。


 私の中で『蜂』と戦うことを正当化する理由が構築されていく。

 あとは7人だけど……。


 私は彼らの周りでパパパパパンと音を鳴らしまくった。

 何人かが恐怖のあまり逃げだした。

 それに釣られて数人が逃げる。

 残された人も戸惑っている。


 これでしばらくは襲撃しようなどとは思わなくなるだろう。


 拳を握り、顎を叩くときに使うだろう右手小指側を確かめた。

 人差し指でそっとなぞる。

 そして顔を上げた。


 私は『蜂』の1人と戦うために、1歩を踏み出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ