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第15話 魔術検査

 いよいよ、魔術検査か。


 ボクたちはルキヴィスさんに付いて部屋に入っていった。

 途中の水道で容器に水を入れたので、それを使うんだろう。

 部屋の造りはマリカの部屋と似ている。


 ルキヴィスさんはテーブルの上に取り出したガラスの容器を置いた。

 飲料水の350ml缶くらいの大きさのグラスだ。


「思えば、この容器借りてからずっと俺が持ってたんだよ。さっきのマリカの風で割れなくてよかったぜ。相当高価らしいからな」


 そんな怖いことをさらっといいつつ、小さな容器に入った氷を取り出して小皿の上に置いた。


「それ氷ですか?」


「ああ」


 ≫氷あるのか?≫

 ≫江戸時代みたいに地下に保存みたいな?≫

 ≫いやいや、普通に魔術だろw≫

 ≫土の属性で冷やすとか言ってなかったか?≫


 確かに土系統は物を冷やすって言ってたと思う。

 すっかり忘れてた。

 さすがにコメントはよく覚えてるな。


「これからこの水の中に、冷水を入れる。俺が合図をしたら冷水の様子を容器の上からなぞってくれ。大体で構わない」


「これがアクアデュオ」


 マリカがフォローする。


「そんな名前だったかな」


 ルキヴィスさんが、グラスの上を布で覆い冷水をガラスの容器に注ぐ。

 布に覆われてるのでどの程度の量の水が注がれたか分からない。

 でも、注がれた冷水の様子ははっきりと見えた。


 そもそもこっちに来てからというもの、水自体が振動している様子だった。

 空間がチカチカしてるのと似ている。

 冷水はその振動が少ないので、常温の水と区別ができる。


「今、注いだ水の動きが分かるか? 分かるならどんな様子か容器をなぞってみてくれ」


 ボクは見た通りにグラスの表面をなぞった。


「問題ないな。次は魔術を使う方だな。赤い水を入れるから、それが透明な水と混ざらないようにしてくれ」


「アクアコロラータね」


「混ざらないようにってどうやって?」


「魔術を使おうと努力してみろ。今は出来なきゃ出来ないで問題ない。気楽に挑戦してみればいい」


 ボクが頷くと、ルキヴィスさんは静かに赤い水を垂らす。

 赤い水の重さは水と同じらしく、底に溜まったりはせず、途中で拡散し始めた。


 ボクは、その拡散するのをなんとか止めようと、願ってみたり手をかざしてみたりイメージで留まるよう集中してみたりするが、拡散が止まることはなかった。


「こっちは出来ないみたいだな。まあ、魔術を使う方は訓練しないと難しいから問題ない。さてここまでは予想通りだ」


「予想通り? てっきり、アイリスが魔術の天才で巨人を倒す秘策を授けるとか思ってたんだけど?」


「いや、その考えで正解だ。秘策とまではいかないがな」


「え? どういうこと?」


 ルキヴィスさんは笑いながらボクを見た。

 そして、どこからか金属の棒のようなものを取り出す。


「これからこの棒にあることをする。それが分かったらすぐに指摘しろ。そして、どういうことが起こったかを可能な限り細かく説明してくれ」


「そんなの聞いたことないけど?」


自家製(オリジナルレシピ)の魔術検査さ。やるぞ」


 ルキヴィスさんは、金属の棒の両端を人差し指と親指で持つ。

 ちょうど弓のような形だ。

 それをボクの前に突き出してみせた。

 マリカさんも興味深そうに棒を見つめる。


 するとルキヴィスさんの親指が光った。


 そこで何かがゆっくりと親指から棒を通って人差し指の方に移動していく。


 ものすごく遅い。


 ほとんど止まっているけど、よく見ると動いているくらいのスピードだ。

 風が穏やかな晴れの日の雲みたいなイメージというか。


「今、ほとんど止まっているくらいの何かが親指から人差し指の方向に動いています。親指は光って見えます」


「正解だな」


 そう言った直後に、今度はルキヴィスさんの人差し指が光る。


「今度は、人差し指から親指の方向に動いています。速度はさっきと同じくらい。でも、量がさっきよりも多い気がします。光っているのは人差し指でさっきの親指よりも光っています」


「完璧だな。やっぱいけちゃうか」


「何が? 私には何も分からなかったけど」


 マリカさんが首を傾げながら言った。


 ≫何が行われているんだ?≫

 ≫なるほど分からん≫


「今、行ったのは麻痺の魔術だ。もっというと雷の魔術だな。アイリスにはそれが俺以上に見える」


「どういうこと? そんなの聞いたことないし、麻痺と雷が同じってこと?」


「ほとんど知られてないが、シビレエイの麻痺と雨の日の雷は同じだ。そして、これが重要なことなんだが、人が筋肉を動かす前には、これをほんの僅かに使っている」


「えーと。全く分からないんだけど。アイリス分かる?」


「なんとなく分かる。要は電気を使ってるってことじゃないかと」


「デンキ?」


「ニホンではデンキと言うのか」


 電気は言葉として存在してないみたいだな。


 ≫なんでシビレエイが出てきた?w≫

 ≫電気は一応見つかってるのか≫

 ≫神経を通る電流のことかな?≫


 でも、やたら遅く見えたのはどうしてなんだろう?

 電気って1秒間に地球7周半するんじゃ?


「まあ、知っているなら話は早い。筋肉を動かす前には必ずそのデンキが動く。実際の動きはデンキのあとだ。つまり、デンキの動きが見えれば戦いのときに有利になるとは思わないか?」


 ≫そういうことか!≫

 ≫だからこの人、攻撃余裕で避けられるんだな≫

 ≫有利だけど地味すぎるw≫


「有利になると思います。巨人でも人と同じなんですか?」


「同じだ。巨人は大きいからか、かなり先行してデンキが働く。だから動きはほぼ丸見えと言っていい。しかし、便利だな、このデンキって単語」


「ええと、まだよく分かってないんだけど。つまり、訓練士はそれを使って私の攻撃を避けてたってこと?」


 マリカさんが首を傾げながら質問した。


「ああ、丸見えだったな」


「くっ、なんか悔しい」


 マリカは言葉通り、「くっ」という表情をしている。


「あと、金属の棒に電気を通せるってことは、ルキヴィス先生は電気を使うことが出来るんですよね? 麻痺なんかも出来るんですか?」


 ルキヴィスさんのことは先生と呼ぶことにした。


「ああ」


 昨日の夜に使っていたあの光はこの魔術か。

 それならあの光り輝いていた左手はなんだったんだろう?


「そんな魔術の話、今まで聞いたことないけど?」


「そりゃ、この魔術使える人間って滅多にいないからな。使えても秘密にするだろうし。という訳でこのことは、ここだけの内緒な」


 それにしても動く前に何するか分かるというのはかなり有利だ。

 もっとも、それであの凶暴な巨人に勝てるとはとても思えないんだけど。


「内緒にしたいならアイリスにだけ言えばよかったのに」


「そうはいかないのさ。マリカにも付き合って貰いたいからな」


「私? 麻痺の魔術が使えるとはとても思えないけど?」


「いや、アイリスと軽く打ち合ってくれればいい。実戦で使うには慣れが必要だからな。それに、崩しやフェイントの練習をするマリカにもメリットあるだろう。あと、付き合ってくれるならもう一つ戦いにおいて有効なことを教える」


「なに?」


「単純なことだが、マリカには特にぴったりの技術だな」


「そんなのがあるの?」


「ああ」


「なんだろ?」


 ≫なんだろ?≫

 ≫気になるなw≫


「で、どうするんだ? 付き合うのか?」


「もちろん」


「いい返事だ」


「で、なに? 気になるんだけど」


「ああ、攻撃するタイミングの話なんだが、生物は息を吸うとき、動きが遅れることを知ってるか?」


「え?」


 ≫ああ、その話か≫

 ≫剣道とかでも言われるな≫

 ≫知らなかった≫


「呼吸を止めてるときや吐いてるときはすぐに動けるんだが、吸ってるときは一瞬だけ動くのが遅れる」


「あ、そういうこと!」


「察しがいいな」


「つまり、私なら人の呼吸を見ることが出来るから、吸ってるタイミングで攻撃すればいいってことだよね?」


「そうだな。これも普段使いするには練習が必要だからアイリスと練習するときにでも使ってみるといい」


「これって人間以外にも使えるの?」


「神以外には使える」


 ボクが口を挟むことが出来ない内に話は進んでいく。


「不安そうだな?」


 ルキヴィス先生がボクに声を掛けてきてくれた。

 顔に出てしまっていたんだろうか?


「はい。避けるのが少し上手くなっても、あの巨人を倒すのは無理じゃないかと」


 牢の柵に突進してきた姿は、今思い出しただけでも足がすくむ。


「まあそうだよな。マリカ、ちょっといいか?」


「いいもなにも話してる最中じゃない?」


「いや、アイリスが不安そうだからその辺りをなんとかしておこうと思ってな」


「分かった」


「マリカはあのゲルマニアの巨人と戦ったことはあるのか?」


「あるけど」


 マリカさんは、特になんの感情も見せずに涼しげに言った。


「どうだった?」


「どうって言われても。そりゃ攻撃は一発貰えば終わりなんだけど、何をするのも遅いから当たらないし。だから、巨人の後ろを取り続けて足を攻撃して、倒れたところでトドメを刺した。何度やっても負ける気はしないかな」


 ≫マジか≫

 ≫マリカマジカ≫

 ≫巨人ってどんなの?≫


 あの巨人に負ける気がしないといわれると、マリカがものすごい人に見えてくる。


「アイリス、お前はこれからの9日間、巨人より強いマリカと剣を交えるんだ。そのことを強く意識しておけ」


「はい」


 とりあえず言われたことをこなしていくしかない。

 完全に絶望していたときよりはマシになったと思うしかなかった。


 そうして、広場で軽く訓練することになった。

 攻撃前の電気の見るコツを教えてくれるということなので楽しみだ。


 しばらく、ボクたちは試行錯誤を行い、ある程度の成果が出たところで終了となった。

 日はまだ沈んでないけど、影が長くなったと感じる。

 午後4時くらいだろうか?


「さて、今日はこんなところだな」


 ルキヴィス先生が立ち上がる。

 先生は立ち上がる前、木陰で横になっていた。

 態度だけ見てると最悪なんだけどな。


 ボクは、先生に教えてもらって攻撃前の電気が見えるようになっていた。

 見えるので楯で防ぐことは確実にできるようになった。

 華麗に避けたりは、まだ出来ない。


「どうだ? 身に着きそうな手ごたえはあるか?」


「それは問題ないと思います。でも、全然身体が動かなくって」


「素人なんだからそれは気にするな。1週間もあれば大丈夫になる。それよりも今、身に着く確信を持ててる方が重要だな。マリカはどうだ?」


「息を吸うとき狙って攻撃してるんだけど、アイリスに全部防がれるから効果の実感ない」


「アイリス以外と戦ったときに効果を実感できるから楽しみにしておけ。アイリスとやり合ってるときは、もっと崩しを考えるんだな」


 ≫コンビネーションって奴か?≫

 ≫崩しってのがいまいち分からん≫


 考えてみれば、マリカさんはボクの呼吸を見て攻撃してるんだった。

 じゃあ防げてるだけマシという考え方も出来るかな。


「あとマリカ。今日知ったことで練習するのは風の魔術か他人の呼吸を読むことだけだからな。分かってると思うが」


「わ、分かってるから! 私だってまだ死にたくないし」


 低酸素の話だろうか?


「今日はここまでだな。よく休んでおけ」


「分かった」


「ありがとうございました」


 片手を上げてルキヴィス先生は去っていった。


 とにかく、教えてくれるのが先生というのは運が良かった。

 運が良い?

 あれ? 本当に運か?


 いや、運じゃなくて、ミカエルがボクを助けるためにルキヴィス先生を担当にしたと考える方が自然か。


 先生の後ろにあのボクに暴行しようとした皇子——ミカエルがいると思うとげんなりくる。

 だからと言って他に頼れるものもないし、少なくとも巨人と戦うまでは今のままいくしかない。


 あー、でも、助けた見返(みかえ)りとか要求されたら嫌だな。

 ミカエルだけに!

 ミカエルだけにミカエリ!


 ……ふぅ。


 そういえば昨日満足に寝てないんだっけ。

 そうだボクは疲れてるんだ。

 今日は早く寝よ。


 そんなことを考えながらマリカに着いていくと、いつの間にか部屋に着いていた。


「お風呂行こ、お風呂」


 部屋につくなり、マリカが言った。


「お、お風呂!?」


「知らないんだっけ? 養成所はお風呂だけは豪華だから行かないと! マッサージとかもして貰えるよ。アイリスは筋肉痛にならないように、ちゃんとマッサージして貰った方がいいと思う」


 マ、マッサージ!?


 思考停止したボクはマリカに引きずられてお風呂に行くことになった。

 その後の激しく荒ぶってるコメント群は、読む気にもならなかった。

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