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第158話 交差する視線

前回までのライブ配信


アイリスは侍女として掃除をしながら、ヴィヴィアナに魔術の指導を行っていた。昼食時にはクラウスとエミリウスの会話を耳にし、エミリウスの知性に気づく。その夜、ウルフガーが地面から箱を掘り出している場面を目撃するのだった。

 昨日は箱を発見したあと、すぐに寝てしまった。

 目が冴えて寝られないと思っていたけど、気が付いたら朝だった。


 おかげですっきりだ。


 起きて、リウィア様の元へお湯を運び、準備を行う。

 そのときにメリサさんが声を掛けてきた。


 昨日の件だ。

 クラウス様が私に部屋へ来いと言っていた。

 その件を説得してくれたという話だった。


「ありがとうございます。助かりました」


「でも、別の困ったことがあってね。こちらは断りきれなかったの」


 今日の午前中、クラウス様の集会に私が付き合うことになったらしい。

 忙しいのに。

 しかも、服装はこちらでなんとかしろとの話だった。


「フィリッパさんはそういう場所に着ていけるような服持ってない?」


「すみません。さすがに……」


「ごめんなさい。そうよね」


 話を聞くと、ただの高価な服ではなく周りを羨ましがらせられるような服装を用意しろとの話らしい。


 ≫上司にしたくないタイプ≫

 ≫クラウス、無能極まってるな≫

 ≫貴族の次男さんさあ≫

 ≫久しぶりにキレちまったよ……≫


 視聴者の怒ってるコメントがたくさん流れている。


「他の人にも聞いてみるわね」


「お願いします」


 プリメラさんやヴィヴィアナさんとは体型違うんだよなあ。

 しかし、あと2時間くらいしかないし服の用意は無理なのでは?


 考えていると、メリサさんがウルフガーさんを連れてきた。


 ウルフガーさん?

 まさか女装の趣味が?

 失礼なことを考えていると、そのウルフガーさんが私を見てきた。


「ついてきなさい。今から知り合いの服屋に向かう」


「はい」


 どうも彼には服の当てがあるようだった。


「走れるか?」


「大丈夫です」


 彼は頷くと、まずは玄関まで歩いていった。

 外に出ると「いいか?」と声を掛けてきてくれる。


「はい」


 ウルフガーさんは背後の私を確認しながら走り始める。

 何かと思ったけど、すぐに分かった。

 私が走っている速度を見ようとしてくれているのか。


 紳士的だ。


 私は暴風の魔術を使って走る。

 ウルフガーさんのスピードに合わせる形だ。


 彼は微笑むと速度を上げた。

 結構速いぞ。


 その速度でついていく。


 円形闘技場(コロッセウム)を越え、モール街のような場所にたどり着いた。

 ウルフガーさんが走るのを止める。

 思ったよりは近かったな。


 そこを更に裏手に周る。

 裏路地を歩いていくと集合住宅の1階にある服屋にたどり着いた。


「いらっ、しゃい」


 ウルフガーの後ろに私が居ると見た瞬間、迷いが見える。

 壮年の女性。


 それにしてもなんだこのリアクション。

 私はそのことを記憶にだけ刻み、何も気づかない振りをして、店内を見渡した。


「ここが目的地ですか?」


「そうだ」


 見渡すと少し高級寄りな気がした。

 それでも、貴族の御用達(ごようたし)というよりはあくまでローマ市民に向けた店構えだと思う。


「店主。彼女に今から言う条件の服を見繕(みつくろ)ってやってくれ」


「はーい。って、何この子! 好きにしちゃっていいの?」


 私を見てテンション上がったのが怖い。


「あくまで条件に合う服だ」


「――その条件を教えてもらえる?」


「まず、見繕う時間は早ければ早いほどいい。基本は貴族の主人の侍女だ。貴族の目的は、彼女を侍女として連れて歩き、他を羨ましがらせることだ」


「分かった。請求は?」


「頼む」


「ん。じゃ、お嬢さん、こっち来て」


「は、はい」


 去り際にウルフガーさんを見たが、表情になんの変化も見られなかった。

 普通に服装の用意をしてもらえると考えてよさそうだ。


 奥の鏡のある部屋に連れていかれる。

 鏡はピカピカだった。

 よく磨かれている。

 

「お嬢さん。あなた、名前は?」


「フィリッパです」


「良い名だね。じゃあ、フィリッパさん。貴女、どんな服が好き? 着てみたいと思う? 遠慮せず好きに言ってみて」


 私の僅かな動きも逃さないという瞳。

 プロを感じる。

 彼女に素直に従うことにした。


「では、遠慮せずに言います」


「いいね」


 彼女は笑った。

 乗せていくのが上手い。


 私はシンプルで生地感と自身が相乗効果で映えるようなものが好きと思考を探りながら応えた。


「良い趣味してるね。でも、これは難しいぞお。ミーナ、おいで」


「――なに?」


 別の部屋から私より少しお姉さんな人が出てきた。

 20代半ばくらいだろうか。


「この子に合う生地をいくつか選んで持ってきて。あとは生地に合うサンダルだね」


「いきなり――、ってなにこの子」


「お客様に失礼なこと言わない」


「失礼なんかしてないでしょ。とんでもない素材だって驚いてるの」


 掛け合いながらミーナと呼ばれた彼女は髪を後ろでくくる。

 その上で、素早く準備を進めていく。

 店主の人は、私の髪と手を触ってからもう1人呼んだ。


「髪と手と足。身体の端っこを磨き上げると全体が洗練された印象に変わるよ。シンプルな(よそお)いのときだけじゃなくてね」


「ありがとうございます。とても参考になります。覚えておきます」


 そういえばラデュケも髪には時間を掛けていた気がする。

 でも、身体の端ってルキヴィス先生が言ってた大きい者との戦い方みたいだな……。


 脳筋なことを考えている間にも、爪は磨かれ、オイルで指から腕をマッサージされ、髪は()かれ、化粧をされる。


「とりあえず、こんなところかな。ミーナ、どう思う?」


「時間的にこの辺りが限界だよね」


 30分くらいで終わった。

 鏡で自分の姿を見る。


 白とベージュ中心のシンプルで清楚な感じに仕上がっていた。

 アクセサリはない。

 腰と足下と腕に巻かれた皮のベルトがアクセントになっている。


 身体のラインは出ているけど、首に巻くストールとマントの中間みたいな生地で隠れていて、あまりいやらしさはない。


 なにより、艶やかな髪と光沢のある皮のサンダルと磨かれた爪で引き締まってみえた。


「――すごいです」


 語彙力を失う。

 貴族的なファッションを得意とするラデュケとはまた違う、ローマ市民のためのファッションな気がした。


 コメントも雄叫びでいっぱいだ。


「また時間あるときに来てよ。ちゃんと時間掛けてやってみたいからさ」


「お金はもちろん、外のあいつ持ちでな」


 ミーナと呼ばれていた女性が愛嬌のある笑いを見せる。


 それにしても2人ともウルフガーさんとは知り合いっぽいな。

 お得意さま――にしてはこの店は貴族向けじゃなさそうに見える。

 どんな知り合いなんだろうか。


「いえ、お金を貯めてまたきます。時間に制限のないお2人の全力を見てみたいです」


「嬉しいこと言ってくれるね」


「フィリッパちゃんだっけ? 分かってるね~。まけとくからさ」


 私が着替え室から売り場に戻ると、ウルフガーさんが驚いていた。

 2人がウルフガーさんを少しだけ冷やかす。

 彼はパピルスにサインをして、私たちは店の外に出た。


「服装が乱れない程度に急いで戻るぞ」


「はい。ありがとうございました。お陰で助かりました」


「礼を言う必要はない。仕事の一環(いっかん)だ」


 私たちは今度は早歩きくらいの速度でウァレリウス邸へと戻るのだった。


 帰る途中、特に会話らしい会話もなかった。

 話しかけても必要最低限に応えてくれるだけで、会話が成立しない。


 ≫これがコミュ症……≫

 ≫なんて俺?≫

 ≫何話して良いか分からないんだよな≫

 ≫ウルフガー氏のこと好きになってきた≫

 ≫沈黙は金!≫


 出発の時間には間に合ったのだろうか。

 馬車はまだ来てなかった。

 ――出発のあとかも知れないけど。


 ウァレリウス邸にたどり着くと門番の人に驚かれた。

 ウルフガーさんはクラウス様が出発したかどうか聞いている。

 まだ出発していないようだった。


「お疲れさまです」


 門番の人に挨拶してウルフガーさんについていく。


「フィ、フィリッパちゃん?」


 邸宅の中に入ると、掃除をしていたヴィヴィアナさんが驚いた様子を見せた。

 すぐに駆け寄ってくる。


「綺麗! びっくりした。どうしたの?」


「はい。ウルフガーさんに店に連れていって貰いました。メリサさんがウルフガーさんに頼んでくださったんです」


「わー。見ていい?」


「どうぞ」


「――私は一度外す」


 ウルフガーさんが返事を待つ様子もなく背を向けた。


「忙しい中、ありがとうございました」


 その背に声を掛ける。


 一方のヴィヴィアナさんは、ウルフガーさんの背を一瞬見てから、すぐに私の服とか靴をじっくりと見始めた。

 感嘆の声を上げている。

 ファッションが好きなのかも知れない。


 しばらくすると、外で馬車が到着する音が聞こえてきた。


 ウルフガーさんが一度外に出て馬車を確認し、戻ってきてからすぐにクラウス様を呼びにいく。

 そのクラウス様が出てくる。

 彼は玄関付近にいた私を見てきた。

 ずっと見ながら近づいてくる。


 驚いているようだ。


「フィリッパか」


「はい」


 彼が思いっきり見てくる。

 妙な緊迫感があったけど、ウルフガーさんが馬車へと案内してくれたことでその状態から抜け出せた。


 馬車は客席側に日除けがあるだけの2人乗りのものだ。

 クラウス様がやたら身体を寄せてくるけど、なんとか我慢して集会場にたどり着いたのだった。


 集会場に着くと彼はすぐに挨拶して回った。

 私も彼の後ろについて回る。

 何もせずに相手から見える位置に立てば良いと指示を受けた。

 完全に見せ物だな。


 クラウス様が他の出席者から私のことを聞かれると、上機嫌で自分の侍女だと語った。


 ≫まるで自分の女扱いだな≫

 ≫男の目線ってすぐ胸とか足にいくのな≫

 ≫――気をつけよう≫


 私は心を無にしてやり過ごしていった。


 挨拶が終わり、演説会のようなことが始まった。

 そういえば以前、クラウス様は集会でミカエルと会ったとも言ってたな。

 ということはこの集会は第二皇子派閥の集会なのか。


 もしかして、派閥争いの判断材料になる?


 私は慌てて真剣に周りを見始めた。

 演説もちゃんと聞くことにする。

 今話している人の演説は、皇帝の健康不安を見据えて、準備をしておかないといけないという内容だった。


 続けての演説。

 今度は皇妃の批判だった。

 皇帝の病気を理由に、なんの権利もないのに、ローマを牛耳っているとの批判だ。

 真っ当な批判な気がする。


 こういうことが公的な場で話し合えるのは健全なことかも知れない。


 次はクラウス様だった。


 堂々と壇上に上がる。

 私は壇上の下で彼の背後を見ている感じだった。

 演説する前にまず私を見てくる。

 そして、正面を向いた。


「ここに居る者たちは優秀だ。しかし、今の議会はそうではない」


 彼の演説はとても堂々としている。

 優秀な者が議員になるべきで、今のような貴族の長男が自動的に議員になるような慣習ではローマは良くならないという内容だった。


 エミリウス様に話していた内容と大体同じだな。


 その上で、このままではローマが衰退してしまうと話していた。


 聴衆は真剣に聞いている。

 彼の演説が終わると、拍手が聞こえた。

 私も合わせてお淑やかに拍手する。

 思ったより受け入れられてるし、壇上で堂々と話しているだけですごいと思う。


 拍手が残る中、彼は堂々とした態度で壇上から降りてきた。


「私の演説はどうだった?」


「はい。堂々としていてご立派でした」


 素直に感想を述べる。


 ≫このドヤ顔である!≫

 ≫確かに物怖じしないのは評価できるな≫

 ≫内容はないようです≫

 ≫べき論と憶測だからな≫

 ≫言わんとすることは分かるが……≫


 コメントが並ぶ。

 私としては、長男が跡を継ぐ慣習があるのなら、その起きている理由を探りたいと思った。

 原因を調べることが最初の一歩な気がする。


 何人かの演説が終わった頃、何か少し騒がしくなった。

 誰かに聞くわけにもいかず、静観する。


 しばらくすると、何が起きていたか分かった。

 ミカエルが姿が見える。

 第二皇子派の人たちからすればトップが来た訳だもんな。

 盛り上がるか。


 彼は眺める中で私の姿を見るが視線を素通りさせる。

 私のことは知らない前提で居てくれるようだ。

 その方が助かる。


 クラウス様が挨拶へ向かった。

 私もついていく。


「殿下。おはようございます」


「おはよう。聞いたよ、今日の演説も好評だったみたいだね」


「お耳に入っていましたか」


「良い噂は耳に入ってしまうからね」


 空虚な会話がなされる。

 でもさすがミカエルと思った。


「後ろの美しい女性は君の侍女かな?」


「はい。私の侍女です」


「それは羨ましいね。クラウス君は果報者だ」


「勿体ないお言葉です」


 ミカエルが一瞬だけ私の顔を見る。

 その目は好奇の眼差しでしかなく、知り合いを見る目つきでは全くなかった。

 アイコンタクトのような意識が全くない。


 私も視線に対して頭を下げることに留める。

 斜め後ろのレンさんに至っては全く私を見ようともしない。


 ここまで徹底できるというのはさすがだな。

 誰も私たちが知り合いと思わないだろう。


 それにしてもクラウス様は内と外では印象が違うな。

 内弁慶ってやつだろうか。


 第二皇子ミカエルが来るというハプニングがあったものの、集会の午前の部はそんな様子で終わりを迎えた。

 午後からは議論などもするらしいが、クラウス様は参加しないようだ。


 私たちはまた馬車に乗って帰るのだった。

 クラウス様が来るときより顔を近づけて話してきたので困った。


 馬車がゆっくりと坂を上り、ウァレリウス邸が見えてくる。

 到着して、私が先に降り「お疲れさまでした」とクラウス様を(ねぎら)った。


「また連れて行ってやるからな」


「光栄です」


 表情を見られないように頭を下げた。

 もう連れて行って欲しくないことが顔に出ているはずだ。

 ウルフガーさん早く!

 空間把握を発動する。


 馬車が到着した音を聞きつけたのが、彼はもう玄関口まで来ていた。

 さすが仕事の出来る男。


 ――あれ?


 少し離れた場所の外から何人かが邸宅内を(うかが)っていた。

 何だ?


 最初に考えたのがウルフガーさんの協力者の可能性。

 手紙をやりとりしている相手ではないかということだ。


 ただ、それなら手紙を置けばすぐに居なくなるはず。

 今居る彼らは探るように邸宅を見ている。

 それに、あの箱が埋められていた柵の近くでもない。


「――フィリッパ。話を聞いているのか?」


「も、申し訳ございません」


 頭を下げる。

 クラウス様に怒られてしまった。

 でも、はっきりとは分からないけど、今の顔は笑ってるみたいなんだよな。

 なんだろう。


 すぐにウルフガーさんがやってきて、クラウス様を(ねぎらった)った。


「どうかされましたか?」


「いや、なんでもない」


 私は彼らのあとについて邸宅へと戻った。

 邸宅に入ると、メリサさんがクラウス様を出迎える。


「クラウス様。何か粗相はありませんでしたか?」


「そうだな……。しばらくフィリッパを私付きの侍女にする」


 はい?

 なんとか声には出すのは我慢できた。


「――リ、リウィア様にお(うかが)いしてみます」


 メリサさんも同じ気持ちなのだろう。

 なんとか非難は飲み込んだみたいだけど。


「母上の許可など必要ない。すでに殿下にもお話してしまったのでな」


 ≫ふざけるな状態だな≫

 ≫人の話聞いてねえ上に話が繋がってねえ≫

 ≫やべえな、こいつ≫


「し、しかし」


「口答えするな。決定事項だ。フィリッパ、ついて来い」


 想定してない展開だ。

 そもそもこのクラウス様の言動はアクションなのかリアクションなのか。

 たぶん、リアクションだと思うけど。


 リアクションなら、今回の集会での私がついていったことが原因か。

 それで気に入られて、多少強引にでも自分の侍女にしたいという行動なんだろう。

 分析はともかく、対処方法が思いつかないな。


 ついていくしかないか。


 クラウス様が何かしようとしてきたらここを離れることになるだろうな。

 ウルフガーさんについては、あの柵の近くの手紙を探ればなんとかなりそうだ。


 ヴィヴィアナさんや侍女の皆と離れるのも惜しまれる。

 でも、それはあとで考えればいい。


 歩き出したクラウス様についていくと、メリサさんがウルフガーさんを見た。


 ≫ついていくのかw≫

 ≫まぁ、アイリスならなんとでもなるからな≫

 ≫この安心感よ≫


「――クラウス様、お待ちください」


「なんだ」


 ウルフガーさんがクラウス様に声を掛ける。

 不機嫌さを隠そうともせずにクラウス様が振り向き立ち止まった。

 私は彼とウルフガーさんの視線を遮らないように移動する。


「彼女はしかるべき所から紹介を受けた者です。何かあれば当局が動きます」


「――脅しているのか?」


「いいえ。私の知っている情報をお伝えしているだけです」


 2人が視線をぶつけあう。

 その場に居る誰も動かない。

 しばらく時間が流れる。


「――チッ」


 舌打ちしてクラウス様はそのまま歩き始めた。

 私は一応、また彼についていく。


 ≫ついていくのかよw(2回目)≫

 ≫まぁ、アイリスなら(2回目)≫

 ≫ウルフガー良い奴≫


「――フィリッパさん」


 声を掛けてきたメリサさんを見ると私に向けて首を振る。

 ついていかなくてよい、とのことだろう。

 私は足を止めた。


「――食事の準備に取りかかります。失礼します」


 私は背を向けているクラウス様に向けて一声掛けて戻った。

 私は彼が部屋に戻ったことを確認するまで、何も言わずに待つ。


「ウルフガーさん、ありがとうございました。立場が悪くなるかも知れないのに……」


「当家を考えての発言だ。礼は必要ない」


「それでも助かったことは確かなので……」


 ≫助かったのはクラウスだけどな≫

 ≫クラウス「ありがとうウルフガー!」≫

 ≫ウルフガー「クラウス様……」≫

 ≫(見つめ合う2人)≫


 悪ノリしてるコメントはいいとして、ますますウルフガーさんが分からなくなった。

 あの箱のことがなければ、めちゃくちゃ出来る人なんだよな。


 そのウルフガーさんの後ろ姿を見ながら思った。


「食事の準備に移りましょう」


「そうね。準備の前に着替えないと」


「そうでした」


 私は着替えてから、食事の準備に取りかかるのだった。


 昼食の時間となり、完全に私の仕事となった給仕を行う。

 少し自信もついてきたので、慎重にワインを注いでいく。


 話は集会のことになり、ミカエルのことも話題になる。

 クラウス様は食事が始まったときは不機嫌だったけど、ミカエルに誉められた話をしはじめると上機嫌になっていった。


 分かりやすい人なのかも知れない。


 ――と、そこで外に居た不審者のことを思い出した。

 いろいろあったので、完全に忘れていた。

 一瞬だけ空間把握を可能な限り広くして、外壁の外を探る。


 まだ居る。


 気にはなるが、食事のあとだな。

 昼間に何かしてくることもないだろう。

 一応、邸宅内だけは監視することにした。


 私はすぐに切り替えると、再び給仕に集中する。


「そういえば、今日からフィリッパがエミリウスに魔術を教えるのよねえ」


 リウィア様がそんな話題を出した。


「魔術? フィリッパと?」


 クラウス様が不機嫌になる。


「そんな女々しいことやってないで剣術でもやったらどうだ? ――そうだな、私が教えてやろうか」


「貴方が? あら、良かったわねえ、エミリウス」


「僕は……」


「その魔術に教えるのはいつだ?」


「あら。メリサ、いつだったかしら?」


「夕食前にございます」


「では、魔術は先にやれ。そのあとに剣術の練習をつけてやろう。準備しておけ」


「――はい」


 エミリウス様が俯いてしまった。

 剣術みたいな身体を動かすこと、あまり得意じゃなさそうだからなあ。


「フィリッパ。お前も見ておけ」


 私にも剣術の練習を見ろということだろう。

 すぐにメリサさんにアイコンタクトを取ると頷かれる。


「承知いたしました」


 クラウス様はまた上機嫌に戻るのだった。


 それからリウィア様より、オプス神殿の祈祷の日程を聞かされる。

 3日後だそうだ。

 ソフィアと会えるのが楽しみだな。


 その前にちゃんと掃除をしておかないといけないか。

 簡単に計画を立てて、ウルフガーさんとメリサさんに相談してみよう。


 ウァレリウス家の食事が終わり、私たち侍女の食事になる。


 遠回しにクラウス様に気をつけるように言われた。

 ヴィヴィアナさんは、私の集会に着ていったあの服装で惚れ直したのではないかと推察。


「皆さん、心配してくださりありがとうございます。気をつけます」


「危なかったらすぐ言ってね」


「私たちじゃ頼りないかも知れないけどさ。部屋にかくまうくらいは出来るからね」


「ちゃんと言葉に出して頼れば、ウルフガーくんも助けてくれるから」


「はい。心強いです。皆さんを頼らせてもらいます!」


 後かたづけを済ませたあと、ヴィヴィアナさんとの楽しい掃除の時間になるのだった。

 時間が少ないので、少し急ぐ。

 ヴィヴィアナさんは気づいたらなるべく空気を見るように努力しているらしい。


 そして、外に居た不審者はいつの間にか消えていたのだった。


 庭に出てもみたけど、誰も居ない。

 嫌な予感がする。

 ただ、もし何かしてくるとしても夜だろう。

 私は気持ちを切り替えてエミリウス様に魔術をどう教えようかと考え始めるのだった。

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