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第149話 表と裏の敵対者

前回までのライブ配信。


アイリスは皇帝の部屋を訪れ、ペルシアの外交使節団についての情報を交換する。イリスに正体を疑われながらも切り抜け、ナルキサスにウァレリウス家の情報を聞くためゼルディウスの道場へ向かうのだった。

「ナルキサス居るか? 居たら呼んできてくれ。タナトゥスと言えば分かる」


 タナトゥスさんが道場の入り口に居た少年に声を掛けた。

 私も彼も親衛隊員の服装だからか、びっくりした様子を見せる。

 そして、すぐに中に入っていった。


 ゼルディウスさんの道場、かなり大きいな。

 郊外とはいえ、養成所くらいはある。


 少年はすぐに戻ってきた。


「お二人ともお入りください」


 私たちは、道場の中の一室に案内された。

 比較的、入り口から近い。

 造りは養成所と同じく、真ん中の練習場を部屋が囲んでいる形だ。


 練習場ではグループに分かれて練習している。

 武器や防具がないところが、剣闘士の養成所と違うところだろうか。


 中央付近に大きな魔術の光があり、ゼルディウスさんの姿が見えた。

 ただ、端の方にもう1つ別の魔術の光を宿した人物が居る。


「こちらでお待ちください」


 少年に言われ、待っているとすぐにナルキサスさんがやってきた。


「お待たせしました。おや、珍しい組み合わせですね」


 彼は細い目で、胡散(うさん)臭い微笑みを私たちに向ける。


「来たくなかったんだけどよ。このラピウスが聞きたいことがあるってんでな」


「元気そうでなによりです。モルフェウスやカロンは元気ですか?」


「直接見た訳じゃねえが生きてはいるようだぜ」


「それはそれは」


「別に近況報告をしにきた訳じゃねえよ。ラピウス、早速話してくれ」


「はい。防音の魔術を使っても良いですか?」


「その魔術がどのようなものか知りませんが、問題ないですよ」


「では」


 私は部屋の3方向に防音の魔術を使った。


「なるほど」


「これで声は外に漏れにくくなりました。さて、聞きたいことというのは、ある貴族のことです」


 私は、ウァレリウス家のことを話した。

 皇帝の暗殺未遂のことは伏せたまま、ある犯罪者が邸宅に入っていったことまでを話す。


「まず、私の知っているウァレリウス家というのは没落寸前で有力者の顔色ばかり(うかが)っているつまらない貴族ですね」


「き、厳しい評価ですね」


「当主も優柔不断の上、日和見(ひよりみ)な男です。執事のウルフガーで()っているようなものです」


「ウルフガーさんですか」


「おや、気になりますか?」


「ナルキサスさんが気になるように仕向けたのでは?」


 彼は微笑んでいる。


「そうそう、ウルフガーの経歴を洗ってみたことがあるんですよ」


「経歴ですか?」


「何が出てきたと思います?」


「――いえ、分かりません。裏側の世界に属してたとかですか?」


「それではありふれてて面白くないでしょう」


「この場ではありふれてるかも知れないですけど、普通はありふれてません」


 ナルキサスさんもタナトゥスさんも元『(ノクス)』だし。


「その返しは面白いですね」


「――何が出てきたんですか?」


「なんと! 何も出てこなかったんですよ。綺麗さっぱり」


「どういうことですか? ローマ以外から来たとか」


「その場合でも記録は残るんですよねえ」


「――記録ってローマ市のですか?」


「当然でしょう」


「――なぜ、ナルキサスさんがそれを?」


「いやだなあ。大人には秘密があるものです」


「そうですか」


 マリカ……。

 これが貴方の実の兄らしいよ……。


 ――といきなりドアが開いた。

 この魔術の光、ゼルディウスさんか。

 音はしない。

 明るさが入ってくる。


 慌てて防音の魔術を解いた。

 風が吹き荒れないように、あくまでもゆっくりと。


「なんだ。居るじゃないか」


 ゼルディウスさんの大きな声が響く。


「会議中なのでお静かに」


「お前に客とは、珍しいじゃないか」


 相変わらず人の話を聞いてない。


「親衛隊の方々に協力していただけですよ」


「水くさいじゃないか。親衛隊に知り合いなんて初耳だよ」


「なぜ、知り合いだと?」


「勘だよ。知り合いじゃないのかね?」


「いえ、知り合いといっても差し支えないですね」


「そうか。彼らとは何を話していた?」


(おおやけ)には出来ない話ですよ」


「それは気になるな」


「――ゼルディウスだったか。あんた、出ていってくれないか」


 腕を組みながらタナトゥスさんが言った。

 静かな声だ。


「ほう?」


 ゼルディウスさんの身体がタナトゥスさんの方を向く。

 少し嬉しそうだ。


「俺たちは今、話してる最中なんだよ。邪魔だ」


「困ったね。私も話を聞きたいんだが」


「ダメに決まってるだろ」


「ではどうするかね?」


 ゼルディウスさんの身体が大きくなった気がした。

 強烈な笑みだ。

 場が緊迫する。


 ナルキサスさんを見たが、薄く笑っているだけだった。

 止める気はないな、これ。

 私が何か言うと、アイリスだとバレそうなんだよな。


「どうもしねえよ。さっさと出て行ってくれ」


 タナトゥスさんは足を組み直して言った。


 バンッ!


 その瞬間、テーブルが天井にぶつかった。

 足を真上に蹴り上げた形のゼルディウスさん。

 その足を踏み降ろすと同時に、一気に距離を詰め、太い腕がタナトゥスさんの胸ぐらを掴む。


 彼の背後にテーブルが音を立て落ちた。


 もがくタナトゥスさん。

 少しずつ身体が持ち上げられていった。

 タナトゥスさんは苦しみ暴れるが、一方のゼルディウスさんは涼しい顔をしている。


「どうするかね?」


「……がっ」


 タナトゥスさんは一瞬で空気中の酸素を集めた。

 すぐにゼルディウスさんの腕にしがみつくと同時に酸素を解放して、自身に当てる。


 重みで一瞬だけ前のめりになるゼルディウスさん。

 これが狙いか。

 しかし、ゼルディウスさんに拳を突き出された。


 すっぽ抜けるようにタナトゥスさんが壁に飛んでいく。

 彼はとっさに頭だけを庇った。

 壁にぶつかり落ちるがすぐに立ち上がる。


「ってーな」


 そこに前蹴りを食らう。

 タナトゥスさんは腕を十字にして受けたけど、そのまま壁にぶつかりずり落ちた。


「あまり部屋を壊さないでください」


「私は悪くないだろう?」


 ナルキサスさんの注意に、口を(とが)らせる。


「――いいや、悪いのはあんただ」


 ずり落ちた位置から立ち上がったタナトゥスさんが笑いながら言い放った。


「君はなかなかタフだね」


 外が騒がしくなってきた。

 物音で道場の人たちが集まってきたんだろう。


「俺がタフなんじゃない。あんたの力が弱いんだよ」


 挑発するタナトゥスさんに、場の空気が凍った。

 道場の人たちの顔を盗み見ると、恐怖で顔が引き攣っていた。


 ただ、前にナルキサスさんと一緒に養成所に来た赤毛の人だけはアゴに手を当てて笑っていた。

 ルフスさんだったか。


「あまり暴れないでください。そうですね、試合で決着をつけてみてはいかがですか?」


 ナルキサスさんが笑顔で発言する。


「ほう」


 ゼルディウスさんから威圧感がなくなった。


「君はどうかね?」


「いいぜ、受けて立つ。が、ルールはこちらで決めさせて貰うぜ?」


「――なかなか面白いな、君は」


「てめえに言われても嬉しくねえよ」


「ルフス。君が相手してあげなさい」


 ゼルディウスさんが赤毛の人――ルフスさんに呼びかけた。


「おい。なんで俺なんだよ」


「なんでもありに対応できるのが、貴方だけだからではないでしょうか?」


 ナルキサスさんが涼しげに言う。


「お前もできるだろうが」


「私は彼と仲良しなので無理ですねえ」


 当のゼルディウスさんはそこから立ち去ろうとしている。

 混沌としてきた。


「お、おい、待てよ、ゼルディウス。お前と()る以外は認めねえぞ」


「それは困る。今、試合なんてしたら、きっと殺してしまうからね」


 底冷えするような雰囲気。

 タナトゥスさんが生唾(なまつば)を飲み込んだのが分かった。


「一あの人、昨日の巨人との戦いを見て、高ぶってるみたいなんですよ」


 ナルキサスさんが私に耳打ちしてきた。


「では、ルフスに勝ったら私が相手をしようじゃないか」


「ルールを決めさせて貰えるのですから、この辺りで手を打ってはいかがでしょう?」


 ゼルディウスさんの言葉に続けて、ナルキサスさんが呼びかけた。


「――それで構わねえよ」


「決まりですね」


 こうして、何故かタナトゥスさんとルフスさんが試合をすることになったのだった。

 ルフスさんひとりだけが納得のいかない様子で何か文句を言っていた。


 そして、すぐに試合になる。


 ルールは簡単で、目突き、噛みつき、髪を掴むことが禁止というだけ。

 服と靴以外は何も着けない。

 負けを認めるか、意識を失ったら敗北。

 ほとんど喧嘩だ。


 今はタナトゥスさんが身体をほぐしている。

 一方のルフスさんは不貞腐(ふてくさ)れている。


 身体はタナトゥスさんの方が大きい。

 明らかに体格差がある。


 観客が思った以上に多いな。

 この道場全ての人間が居るんじゃないだろうか。

 強そうな人も何人か居る。

 魔術の光を持つもう1人の人物も居た。

 身体は成人男性くらいだけど、顔つきは幼いな。


 あと、一応、私が審判だ。

 審判と言っても、することはないけどタナトゥスさんにとっては敵地に等しいので仕方ない。


「始め」


 精一杯の低い声で言った。


 すぐにタナトゥスさんが動く。

 速い。

 一気に詰め寄り、パンチ――と思ったらそれはフェイントで蹴りを放っていた。


 そのタナトゥスさんの蹴りは膝を上げられてブロックされた。


「だらぁ!」


 パンチを打つが、避けられる。

 頭突きを打つと、手のひらで顔を跳ね上げられた。


 ルフスさん、強いな。

 タナトゥスさんのスピードやフェイントに慌てることなく、的確に捌いては攻撃を当てている。

 舐めている様子もない。

 戦いに慣れてる感じだ。


 タナトゥスさんが突っ込んでいったところ、避けられる。

 すぐに横に飛ぶが、足を掛けられた。

 倒れそうになり、踏ん張ったところにタックルされる。


 お尻でバランスを取ろうとした瞬間でもあったので、抵抗する間もなくタナトゥスさんが倒れた。

 もがくが、鳩尾に膝を受けて、そのまま腕十字になる。


 完全に決まったように見えた。


 それでもタナトゥスさんは負けを認めない。

 今にも腕が折れそうだ。

 ルフスさんは無表情だった。

 ツマらなさそうにすら見える。

 ゾクリとしたものを感じた。


 私は慌てて、ルフスさんに寄って腕を掴み、神経を遮断する。

 極められていた骨の軋みが消え、タナトゥスさんの腕が解放された。


「勝負あり。ルフスさんの勝ちです」


「なんでだよ。俺はまだ戦れる!」


「いえ、あと一瞬遅ければ貴方の腕が折られていました。これ以上は試合ではなくなります」


「試合じゃなくなる? 上等じゃねえか」


「落ち着いてください。今、あなたが死にでもしたら、大事な人たちはどうなるんですか」


 ずるい言い方だと思ったけど、彼を落ち着けるにはこれしか思いつかなかった。


「か――、いや、そうか。そうだな。すまねえ。そうか」


 彼は肘を押さえて、(うなづ)いた。


「お話は終わったか? 俺の勝ちでいいんだよな?」


 彼は腕を不思議そうに見ている。

 私が神経を遮断した方の腕だ。


「はい」


「じゃ、もういいよな。全く、ゼルディウスの奴はもっとマシな奴を相手させろっつーの」


「おい」


「なんだ、まだなんかあるのか?」


「このラピウスはお前より遙かに強えからな」


「はぁ? こんなガキが強いわけないだろ」


 少しだけ。

 ほんの少しだけカチンとくる。


「なんだ。案外見る目がないな」


「あん?」


 そこにパンパンと手を叩きながらゼルディウスさんが歩いてきた。


「全く、ルフス。君ばかりずるいな」


「いやいや、ずるいってあんたが戦えって言ったんだろ?」


「君が強いというのは本当かね?」


 ゼルディウスさんが私に聞いてくる。


「どうでしょう?」


「君とはどこかで会ったことがあっただろうか?」


「さあ。私の方はゼルディウス様のことを知っていますが」


 内心ドキドキしながらとぼける。

 最近、こういうのが多いな。


 ――ちょ、本気か。


 避けると、風圧が首筋を通り過ぎる。

 ゼルディウスさんの拳だ。

 しかも殴り掛かる気配がほとんどなかった。


 続けて回し蹴り。

 上半身を反らしてやり過ごす。

 反らしたことに気付いたのかカカト落とししてきた。

 身体を片方引き、ギリギリ避ける。


 筋肉痛なのだから勘弁して欲しい。


「これは確かにルフスより強そうだね」


「そ、そうなんですか?」


「だから言ったろ」


 自分のことのように言うタナトゥスさん。


「――お前、何者だ?」


 ルフスさんの視線が私に突き刺さる。

 逃げ出したい。


「ゼルディウス。こいつと戦らせろ」


「そうだね、別のものに戦わせよう。誰か希望者は居るかね?」


「――聞けよ!」


 ルフスさんは完全に無視されていた。

 ――というか、これやっぱり私が試合する流れなのか!


「ちょっと待……」


 私がゼルディウスさんに声を掛けようとしたところ、1人の青年が出てきた。

 魔術の光を宿した青年だ。


「俺にやらせて貰えませんか?」


「おぉ、マルティウスか。良いだろう」


 余裕のなさそうな青年だなと思った。


 改めて見る。

 歳は私より少し下かな。

 身長はルフスさんと同じか少し高いくらいか。

 身体つきは青年らしい。

 細身の筋肉だ。


 ただ、やっぱり気になるのは、神の因子――魔術の光を宿していることだ。

 ――よく見ると顔は少しゼルディウスさんに似ている。


 子ども……にしては大きいな。

 ゼルディウスさんって30代前半くらいのはず。


「貴方の血縁者ですか?」


「息子だよ」


 ――子どもだった!


「おいくつですか?」


「17、8だろう。いや、16だったか?」


 実の息子なのにあんまり興味がない!

 な、なんか(こじ)らせてそうなのはそれが原因か。


 その彼が私を睨んでいる。


「長男で17歳ですね。デビュー前ですが、この道場でもトップクラスの強さです。同年代には負けたことがなく、ライバルも居ません」


 ナルキサスさんが耳打ちしてくれた。

 味方だと頼もしいな、この人。


 しかし、場は完全に試合をやる方向だ。

 観客になっている道場の練習生、ゼルディウスさん、ルフスさんにマルティウスさん。

 タナトゥスさんすら期待する目で私を見ている。


 ふぅ、やるしかないか。


「――逃げられそうにないですね。分かりました。試合を受けます。ただ、私はパンクラチオンどころか、(こぶし)の握り方も知りません。それでよろしければ」


「なに?」


 マルティウスさんが怒りの形相(ぎょうそう)を向けてきた。


「ふざけているのか?」


「いえ。気に障ったのならすみません」


 ここまで来ると言葉は届かないだろう。

 否定だけしておく。


 さて、試合か。


「ところでルールはこちらで決めて良いんですよね?」


 誰も応えてくれない。


「分かりました。ルールはこちらで決めますね。まず、鎧着用でお願いします」


 鎧を脱ぐとどうしても胸でバレるのでこれは最優先だ。


「は? 認められるか」


「認めて貰えなければ試合はしません」


「なに?」


「親衛隊の規定か何かがあるのでしょう。認めてあげてください」


 さすが味方だと頼もしいナルキサスさん。


「――不公平なルールで勝って嬉しいのか?」


「マルティウスさんはタナトゥスさんの鎧を借りてください」


 私を睨んでくるだけで無言だった。


「認めて貰ったと考えて良いのですか?」


「――チッ」


 それからマルティウスさんにルールを少しずつ認めていって貰った。


 鎧は着けて戦う。

 能動的な魔術は使わない。

 私が倒れたら負け。

 マルティウスさんは倒れても試合続行。

 他は前の試合と同じ。


 魔術に関しては、使うと私の正体がバレるので禁止にした。

 それに、魔術なしでどこまでやれるのか試したかったこともある。


 マルティウスさんはしぶしぶ認めたが、すっかりやる気を削がれているようだった。

 道場の観客も緊迫感なく騒いでいる。

 審判はルフスさんにお願いすることになった。


「始め」


 マルティウスとさんがいきなり突っ込んできた。

 スピードはタナトゥスさんと互角くらいか。

 さすがに神の因子を持つだけはある。


「シッ」


 遠間からのローキックだ。

 様子見なので、あまり深入りはしてこない。

 それでも速い。

 けれど、私にとっては遅い。


 鉄の巨人(フェロムタロス)と比べると10分の1くらいの体感差がある。


 私は当たったと確信されるタイミングでそのローキックを避け、ぐらついたところに拳を当てた。

 顔面だ。

 拳は剣の握りで、ぶつけたのは小指側だ。


 彼のお尻も安定する位置を探していたのだろう。

 そのまま倒れた。


 ガヤガヤとしていた観客席も、一気に静かになる。


 ≫狙うならアゴの先端だ≫

 ≫首の根元が支点となって脳が揺れる≫

 ≫今の攻撃方法だとそれくらいしかない≫


 なるほど、脳を揺らすイメージか。

 マルティウスさんが立ち上がってくる。

 私を観察するように見てきた。

 ゆっくりと私の左を回り続ける。

 距離もじわじわと詰めてきていた。


 攻撃の支点を作る気配がない。

 一気に私に迫れるように足首を支点にしている。

 タックルか。


 間合いがタックルのそれになったときに、パンチを打ってきた。

 しかし、それはフェイントですぐに体勢を低くし、私の両足に掴みかかる。


 私は、当たったと確信されるタイミングで避け、彼の両手が空を切ったと同時に後頭部を上から殴った。

 そのまま、地面に潰れる――かと思いきや、踏ん張って膝蹴りをしてきた。


 狙いは私の顔面。

 その膝蹴りも当たったと確信されるタイミングで避ける。

 彼の身体は浮いた状態。

 完全に無防備だ。


 そこへ、脳を揺らすイメージでアゴの先端を打ち抜いた。


 彼の勝ちを確信した顔。

 その顔から力が抜ける。


 彼はヘナヘナと糸の切れた人形のように力を失ってそのまま落ちた。

 無意識で私にすがりついてきたので、それも避けておく。


 彼はそのまま、うつ伏せで地面に倒れた。

 身動きすらしない。

 魔術の光も消えた。


「――嘘だろ」


 審判のルフスさんの声だ。


「おい、ラピウスの勝ちだ!」


 タナトゥスさんの声が響く。


「あ、ああ。そうか。――試合は親衛隊側の勝利だな」


 訓練場は静かなままだった。


 パチパチパチ。


 そこに拍手が響く。

 ゼルディウスさんのものだった。


「素晴らしいものを見せて貰ったよ。どうかね、このあと私と戦るというのは?」


「遠慮しておきます」


 いつ襲いかかれても良いように逃げる準備をする。


「私も嫌われたものだ」


「別に嫌っている訳ではないですよ。面倒事を避けたいだけです。あと、マルティウスさんですが、念のため医師に見せてください。あまり良い倒れ方ではなかったので」


 言うと、観客の中から2人出てきて様子を確認していた。


 少し意識が戻ったようで、「何だよお前ら」とか言っている。

 しかし、すぐに思い出したようで身体を起こし「どうなった? 俺の勝ちか?」と見当違いのことを聞いていた。


「試合は終わった。お前の負けだ」


「は? いや、最後に……」


 彼は私を探し、目が合うと信じられないという顔をした。


「一方的に攻撃を受けて気絶してたんだよ」


 ルフスさんにそう言われてショックを受けている。


「――くそっ!」


 数十秒後に、彼は表情を変えて地面に吐き捨てるように声を荒げる。


「今日はこれ以上、ここに居るのは難しそうですね。ナルキサスさん、また時と時間を変えてお願いできますか?」


「さきほど話した以上の情報はありませんけどね。また情報集めておきますので、今度は別の(かた)と一緒に来てください」


 タナトゥスさんを見て言った。

 別の方。

 マリカか。


「どういう意味だよ」


「あなたはトラブルを起こしすぎなんですよ」


「――おい」


 マルティウスさんが私に声を掛けてくる。


「なんでしょう?」


「お前、名は」


「ラピウスです」


「ラピウス。次は必ず倒す」


「あ、はい……」


 面倒なことになった……。

 今、私はどんな顔をしているだろうか。

 少なくとも表情は死んでいるだろう。

 分かっているけど、コントロールできない。


「ライバル、良いじゃないですか。青春ですね」


 ナルキサスさんの嬉しそうな声を聞き、私は更に無表情となるのだった。

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