第144話 VS鉄の巨人[後編]
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アイリスは鉄の巨人との死闘の末、真空の投擲を決める。しかし、巨人は再び立ち上がり、そこにミネルウァの意識が宿っていることに気付くのだった。
私を見下ろしてくる鉄の巨人。
はっきりと私を認識している。
今までとは様子が全く違う。
やっぱりミネルウァ様か?
それに壊したはずの腕や右足などが動いている。
直した?
どんなときでも直せるなら勝つのは厳しくなる。
いや、胴体の凹みは直ってないか。
直せる範囲は限定的かも知れない。
アエギスの楯のメドゥーサの顔も潰れたままだし。
≫メドゥーサは意図的に治してないのかも≫
≫念のため石化には気をつけてください≫
メドゥーサを見ていたからか、そんなコメントが流れた。
丁寧語さんだろう。
油断をさせて石化する作戦かも知れないのか。
気をつけよう。
私は鉄の巨人が動いてない内にと思い、元々の彼女が持っていた槍を拾った。
長いし重いな。
でも、今は折ることも出来ない。
このまま使おう。
私が使っていた槍の柄は地下に埋もれたままだ。
魔術の光で分かる。
その間、彼女は天幕と地面に何か魔術を使っていた。
何をするつもりだろうか。
対応できるように身体の力を抜いたけど、特に何も起きない。
これも何かの作戦か。
さっきまでの彼女は作戦を立てるようなことをしなかった。
ミネルウァ様は戦略の神でもあるから、やっぱり彼女が乗り移ってると考えるのが良いと思う。
余裕を与えると作戦を立てられてこちらが不利になるかも知れない。
私は暴風の魔術を使って一気に彼女との距離を詰めた。
我ながら慣れない動きで彼女を突く。
それは簡単にアエギスの楯で防がれた。
やっぱり殴るのが早いか。
私は楯のない方に動くと、彼女に槍を振った。
暴風で加速させ――。
ゴン。
加速の途中でアエギスの楯に防がれる。
読まれた?
一度引き、今度は身体を投げだし囮にする。
拳か楯が来たらそれを当たったと錯覚させてカウンターを決める予定だった。
拳が来るので、それを見極めて避け――。
何か違った。
ギリギリで避けたのに彼女は硬直せずにそのままアエギスの楯で私を殴る。
殴られると同時に槍の周辺で暴風の魔術を使って逃げる。
吹き飛んだけど、ダメージはほとんどない。
――どうして彼女は硬直しない?
いや、簡単か。
最初から当てることなど考えてないからだ。
当てるつもりだと、当たったこと前提にお尻がバランスを取ろうとするから硬直する。
最初から素振りのつもりならバランス取ろうとしないから硬直はしないはずだ。
鉄の巨人の戦いを見ていたとはいえ、いきなりそれを実行してくるとは。
洞察力が人並み外れている。
ミネルウァ様は神だし人並み外れてて当たり前なんだけど。
まずは一撃当てよう。
私は暴風に乗り、槍を振った。
アエギスの楯で防がれる。
防いだ直後を狙って、彼女に金縛りの魔術を使う。
相手を押さずに身体の一部を変形させることで、バランスを取り直させて一瞬だけ硬直させる魔術。
でも、彼女は私の金縛りの魔術の直後に自分自身に風の魔術を当てた。
それで彼女は何歩か動き、硬直から逃れる。
金縛りの魔術はその場に留まっている相手に使う技だ。
足は踏み出せない状況になるから、破ることは難しいはずだった。
現にルキヴィス先生でも破れなかった。
それを自身に風を当てて破るなんて。
こんな破り方があったのか!
――間違いない、彼女はミネルウァ様だ。
確信した。
それなら読まれても当たるまで攻撃を続けるだけだ。
暴風には乗らず距離を詰める。
拳の間合いに入ると攻撃してくる。
それを当たったと錯覚させるタイミングで避ける。
硬直せずに連打してくる。
私は連打に合わせて槍の周りで暴風の魔術を使った。
狙うのは右わき腹。
拳を出して無防備になっている場所だ。
当たり前のように避けられる。
でも、避けられるのは私も想定済み。
暴風に乗せて8の字を書くように槍を切り返して、同じ場を殴る。
ガンッ。
彼女は肘でその攻撃を弾いた。
暴風で多段行撃にしていたけど、弾かれれば多分効果はない。
彼女の肘の下にある槍から暴風を発する。
肘を上げさせた。
金縛りの魔術だ。
彼女も一瞬遅れて自身に風の魔術を当てる。
何歩か後退する。
後退を止めたタイミングで、彼女の腕に外から暴風の魔術を当てた。
再度、金縛りの魔術。
同時に私も暴風に乗って前進している。
彼女も硬直しないように風の魔術で自身を押す。
その風で後退するが止まらない。
止まらなければ金縛りの魔術は効かない。
そのことにも気付いていたか。
私は構わず前進し彼女に迫る。
彼女の背後から、暴風の魔術を当てる。
強風にあおられて彼女の足が止まる。
バランスをとるためか、頭が突き出てきた。
そこへ槍で殴りかかる。
暴風で加速させた槍だ。
お尻でバランスをとる瞬間はかなり分かってきている。
完璧なタイミングのはずだった。
ゴンッ。
いつの間にかそこにアエギスの楯があった。
動かす様子はなかったのに。
でも、私は信じていた。
ミネルウァ様なら、この攻撃も止めてくれるだろうと。
私は飛んでいた。
トン、とアエギスの楯に乗る。
乗ったと同時に、槍を思いっきり彼女の頭に突き刺した。
その攻撃が当たる。
すぐに彼女がアエギスの楯を振り回そうとする支点を作ったので、宙に逃げて距離を開ける。
――まずは一撃。
傷は付いてないようだけど。
観客席が沸く。
――結局。
地面に着地した私はそのまま彼女へと向かった。
攻撃を避けるのは身体に任せる。
当たったと錯覚させるタイミングで避けても硬直しないなら意味がない。
金縛りの魔術を使う。
合わせて鉄の巨人が自身に風の魔術を使ってきた。
それを暴風の魔術でかき消す。
彼女が硬直する。
その瞬間を狙って槍で殴る。
槍はアエギスの楯で防がれた。
また、防がれるときの兆しが見えない。
自動的に守る能力でもあるのだろうか?
でも、私は防がれることを信じていた。
暴風で私自身を吹き飛ばし、彼女の背後に周り込む。
少しクラッとした。
構わず、勢いで身体を回転させて殴り掛かる。
彼女はその攻撃に後ろ蹴りのカウンターを合わせくる。
何かしてくると信じていた。
私は更に暴風で自身を移動させて軸足に攻撃しかけた。
ガンッ!
当たった瞬間に暴風で多段攻撃。
金属音と共に、彼女のふくらはぎが凹む。
彼女はその私の上に倒れてきた。
槍の周りに暴風を起こして逃げる。
それを読んでいたかのようにアエギスの楯で殴り掛かってくる。
何かしてくると信じていたので、宙に飛べた。
空間把握も発動する。
倒れて地面に背を着けた彼女が蹴ってくる。
オーバーヘット状態だ。
蹴りの支点が見えたので、私はその足に対して思いっきり槍を振るっていた。
途中で軌道を逸らされて槍は当たらなかった。
その後も一進一退の攻守が続く。
どこまで読まれているのかどこまで読めるのか分かってない。
でも、そんなことは関係なかった。
――結局、私はミネルウァ様を信じるだけだ。
必ず1歩も2歩も私の上を行ってくれるはず。
攻守が続く。
意識が融けていく。
私は今、世界で一番ミネルウァ様を理解できているのかも知れない。
不思議な錯覚。
死ぬかも知れない攻撃の微風すら心地よさがある。
ほら。
いつの間にかアエギスの楯が背後にあった。
その状態で彼女の手のひらが迫る。
逃げ道は上だけ。
罠だろうな。
分かってて飛ぶ。
ただし、暴風を当てた全力のスピードで。
一気に加速して彼女の頭上を超えた。
――。
と一瞬意識が途絶えた。
気が付くと上空に居た。
槍も手から放れていたので、すぐに掴んでしっかりと握る。
鳥肌が立った。
≫なんだ?≫
≫一瞬、画面が暗くなったぞ≫
「思いっきり飛んだら意識が途絶えました」
宙に浮いた状態でそれだけ伝えると、すぐに暴風で落下速度をコントロールして着地した。
≫ブラックアウトか≫
≫Gで血流が偏って酸素が途絶えるやつ?≫
≫そうそう≫
≫Gってなに?≫
≫重力加速度の略。グラビティの頭文字≫
そんなことが起きてたのか。
怖。
私はすぐにカクギスさん由来の空間把握を発動して、鉄の巨人――ミネルウァ様へと向かった。
――血流の偏り?
アイデアを思いつく。
カクギスさんの空間把握は空気の流れに沿りつつコントロールしながら状況を探る。
これを血流の安定に応用できないだろうか?
幸いなことに、今持っている槍は神の武器。
魔術のピントが良く合う。
私は血流に魔術を使って安定化させた。
そのまま、気持ち悪くなったときくらいのスピードで動く。
一気にミネルウァ様に迫った。
気持ち悪さはない。
アエギスの楯が目の前にある。
それを横に避ける。
スピードは更に上げた。
血流も安定しているようだ。
後ろに回ってみよう。
更にスピードを上げる。
気持ち悪くないし意識も落ちない。
あとは急加速の衝撃くらいか。
いや、今なら血流のコントロールでその負担すら軽くできそうだ。
私は瞬時に動き、彼女の後頭部に迫った。
暴風と一体化した。
アエギスの楯が現れるが、予想はしていた。
が、突然、楯が強く光る。
メドゥーサが修復されていた。
槍を使って身体を回転させ、目を逸らす。
その瞬間にミネルウァ様が肘を撃ってくる。
両腕で彼女の肘を防ぎ、暴風を使ったが間に合わなかった。
「カハッ」
その攻撃で肺の空気を押し出される。
でもなんとかそれで済んだようだ。
ダメージはあるけど、腕や肋骨が折れるところまではいってない。
ここでメドゥーサを使ってくるなんて。
さすがミネルウァ様。
あと、今気付いたけど低温脆性対策の熱を使っていないな。
それで私が有利になる訳じゃないけど。
考えながら私は笑っていた。
ミネルウァ様が私に向き直る。
鋼鉄の顔なのに彼女も笑っているように見えた。
見惚れるほど堂々と立っている。
さて、メドゥーサが復活するとやっかいだな。
今は顔をこちらを向けてないけど、アエギスの楯の神出鬼没っぷりを見てると油断が命取りになる。
そこでまた1つ閃いてしまった。
メドゥーサが目を合わせてきたときに、光を全て反射してしまえば逆に石化させられるんじゃないだろうか。
本当に反射できるか分からないし、発動が遅れるかも知れないからリスクはある。
でも、試してみたいという好奇心はあった。
その前に。
私は血流を緩やかに固定して、瞬時にミネルウァ様に迫った。
彼女の右足での蹴り。
相変わらず速い。
私はその蹴りを無視して彼女の左足に瞬時に動いた。
槍を使って、彼女の太股の温度を吸い取る。
が、すぐに温度が上がった。
低温脆性――切断の魔術は使えないか。
それなら力押しだ。
私は瞬時に場所を変えながら彼女を攻撃した。
アエギスの楯に防がれ続ける。
様子からして、自動というよりミネルウァ様がコントロールしてるっぽいんだよな。
防がれ続けるということはタナトゥスさんのように単純な動きになっているんだろうか?
フェイントを掛けたりコンビネーションを続けたり工夫してみたけど、全て読まれているようだった。
≫緩急を付けろ≫
コメントの意味が分からないまま攻め続ける。
攻め続けないと何かされそうな予感があった。
≫緩急ってスピードの話?≫
≫野球のチェンジアップとかか?≫
≫タイミングをずらすってことだよな?≫
タイミング?
考えてられない。
とにかく。
私は暴風の魔術の威力はそのままに風を身体に当てる位置でスピードを変えた。
無茶苦茶に暴風を使いながら、私自身は一瞬で動くときもあれば、ほとんど動いてないときもある。
それでも、ギリギリでアエギスの楯に攻撃が防がれていた。
更に段々としっかりと防がれるようになってる。
彼女に思考でも読まれているのかと思うほど。
≫身体の準備で読まれてるんじゃないのか?≫
≫あるかも≫
≫行動する前に支点ができるんだっけ?≫
≫それだけじゃないけどな≫
≫コメントで適当に狙う所を書くのはどうだ?≫
≫意識して行動するより反射反応の方が速い≫
≫狙う部位を書くから適当に反応してくれ≫
分からないけど分かった!
≫首!≫
たくさん流れるコメントで指示っぽいものが見えた瞬間に反応する。
ガンッ!
当たった?
≫左足≫
瞬時に移動し、今度は多段攻撃する。
ガンッ!
これも当たった。
かなりの手応え。
≫同じ場所≫
すぐに槍を振るう。
でも、これは防がれた。
≫右脇腹≫
攻撃モーションに入りながら移動する。
これも当たった。
そこで地面全体が光る。
魔術の光だ。
≫左頭≫
攻撃モーションに入りながら――。
ドッ。
移動した瞬間に彼女にぶつかった。
ぶつかったと言っても斜めに当たっただけなので、そこまでダメージはない。
何が起きたのか分からず、慌てて宙に逃げる。
「な!?」
地面が大きく動いている?
地面が光っていたのはこれをするためか。
そこに地面の下から強い光。
恐怖で瞬間的に上空に逃げた。
元居た場所を通過する槍の柄。
私が持ってるものじゃなく、地中に埋まっていた柄の方だ。
槍の柄は追尾してくる。
ほとんど鋭角に曲がり、私の目前にあった。
スピードも精度もこれまでと違う。
すぐに暴風で吹き飛ばす。
そこに下から凄まじい何かが迫ってきた。
避ける。
ミネルウァ様が何かを投げた様子だった。
地面はむき出しのコンクリートが見える。
あれを投げた?
投げた何かが円形闘技場の外壁にぶつかる。
更に何かが投げられる。
下に逃げると観客席にぶつかる。
巻き込む訳にはいかない。
私は上空に移動した。
そこに大きな何かが降ってきた。
避けようと移動するけど、大きすぎて避けられない。
私はそれに絡め取られた。
まさか、天幕の布?
円形闘技場の日除けに使われている天幕っぽかった。
私の動きを誘導して、天幕で絡め取ったのか。
もつれて落ちていくけど、私は暴風を駆使して立ち直った。
天幕に絡め取られたままだけど。
そこに何かが投げられる。
瓦礫のような何かだ。
私は暴風を当てて……。
ほぼ同時に背後から槍の柄が来る。
そちらにも暴風を当てる。
――が、槍の柄は一瞬スピードを緩めただけですぐに向かってきた。
槍の追尾を利用してミネルウァ様にぶつけるのは――。
鉄の巨人に使ったし、間違いなく読まれているだろう。
私は魔術の影響がない地面まで瞬間的に移動した。
槍の柄は当たる寸前で避ける。
柄はそのまま地面に突き刺さった。
慌てて、天幕に槍で穴を開けて柄を握る。
これで私の意識下に置かれたので、追尾が働くことはないはず。
ふぅ。
一息つくと上空に何かが迫ってきた。
ミネルウァ様の攻撃は終わっていない。
むき出しのローマンコンクリートが私に降ってくる。
地面ごと投げてきた?
大きさは5メートルくらい。
学校の教室くらいはある。
更に私に向かってもの凄いスピードで何かが向かってくる。
大きな岩――というかコンクリートの瓦礫か。
私は反射的にコンクリートと同じ方向、同じスピードで加速した。
コンクリートにへばりつき、乗り、一緒に進む。
そのまま、上空から振ってくる細かな瓦礫を吹き飛ばして脱出した。
ドーンと響きわたり、遅れて土埃の風が吹く。
地面はなんとか避けられたか。
無茶苦茶するな……。
私は槍の先で天幕を切り開いて、拘束から抜け出た。
目前に広がっていた光景は酷いものだ。
地下が剥き出て見えている。
ぐちゃぐちゃだ。
地下に居た人たちは逃げられたのだろうか?
観客席への被害はなさそうだけど。
その先に鉄の巨人――ミネルウァ様が立っていた。
私は右手に槍、左手に槍の柄を構える。
二刀流だ。
「ふぅぅっ!」
30メートル程度あった距離を一瞬で縮めた。
そのまま槍を振るうが、アエギスの楯に阻まれる。
すぐに槍の柄で攻撃するとこれも阻まれた。
私は緩急と、コメントの指示を見て反射で動く。
声を上げながら二刀流で振り回し、上も下も、左も右も分からないまま、攻撃する。
攻撃が当たり始め、再び私は優勢に立ち始めていた。
地面を揺らされても、関係ない。
とにかく、速く、一撃でも多く与える。
でも、このままでは倒せないとも気付く。
もう1度、真空の投擲を使うしかないか。
思い始めたときに、暴風が使えなくなる。
私はそのまま地面に落ちた。
空間把握を使うけど、空気が動かない。
まさか、魔術無効か。
自分の足で飛び離れながら、更に槍の周辺で暴風の魔術を使って逃げる。
その逃げた場所自体が持ち上がっていく。
地面全体が光っている。
ミネルウァ様の魔術か。
更に周辺に多くの瓦礫が浮かんでいた。
それらが私に向けて同時に飛んでくる。
反射的に暴風を使うと、使えた。
魔術無効はあの一瞬だけだったか。
でも、戦術的にはそれで充分だ。
私は魔術無効される恐れがあるだけで、魔術に頼ることが出来なくなる。
100%じゃないものに易々(やすやす)と命を預けることは出来ないからだ。
勉強になる。
私は笑った。
笑いながら、魔術無効が効いているかどうか知るために、空間把握を展開した。
その上で瓦礫に対処していく。
持ち上げられた地面は割と高いところまで来ている。
観客席の最上席くらいか。
すると私の立っていた地面が割れ、そのまま2つの地面で挟み込んできた。
2つの地面は目前。
砂が大量にこぼれ落ちていく。
猶予は数秒。
瞬間、空間把握の風が動かなくなる。
こ、ここで魔術無効か。
そのまま地面ごと、私は落下を始めた。
一瞬だけ死を覚悟する。
使えるものを探す。
私の目には大きなコンクリートの瓦礫がこぼれ落ちそうになっている様子が見えた。
槍の周辺で全力の暴風を使い、その瓦礫の傍に行きながら吹き飛ばす。
凹みを削れるだけ削ってそこに身体を潜り込ませた。
もう自分が何をやってるか理解してない。
近づいてくる対岸の地面。
一気に影が迫る。
私は目の前に地面に槍の範囲でしか使えない暴風を使った。
少しでも生き残る可能性を上げるために。
凄まじい音で身体中が埋め尽くされる。
真っ暗闇。
生きてるか死んでるかも分からない。
ただ、浮遊感がある。
落ちている。
すぐに地上にぶつかるということだ。
私は血流を緩やかに固定して、暴風を真上に使った。
下に隙間ができると衝撃が大きくなると考えたからだ。
ドーンと低い地鳴りが身体全体を包む。
すぐに衝撃は来なかった。
合わさっていた地面が離れる。
私はその瞬間に槍の範囲で暴風を使って飛び出した。
助かった?
空間把握を使う。
魔術が使える?
考える間もなく、鉄の巨人に向けて飛び出していた。
瞬時に彼女の元に移動する。
「ふっ!」
アエギスの楯が私の攻撃を防ぐ。
防がれても関係なく全てを出し切るつもりで、ミネルウァ様を攻めた。
≫攻撃コメントするぞ!≫
コメント見て反応する攻撃に切り替える。
緩急は私が付けた。
攻撃が当たる。
押す。
魔術無効。
さすがに読んでいたので、槍の周りの暴風だけを使っている。
私は、2本の槍を振り回しながら彼女の周りで踊った。
「ぁあああ!」
握力がなくなっている。
身体が悲鳴を上げる。
その身体の内部だってどうなってるか分からない。
それでも攻めた。
ただ、やはり硬い。
真空の投擲しかない。
ただ、アエギスの楯で防がれるだろう。
どうする?
ミネルウァ様は関節に何度も多段攻撃を受けて動きが鈍っている。
地面がひときわ光る。
何かしてくる!
パン。
私は攻撃すると見せかけて、槍の周辺で暴風を起こし、金縛りの魔術を使った。
ミネルウァ様が魔術無効を使ってるなら彼女は風で自分を押せない。
彼女のお尻が安定する場所を探す。
パンッ!
私はワザと攻撃を空ぶり、必倒の理を使った。
ストンと彼女がお尻から落ちる。
落ちた瞬間、彼女の膝を壊すつもりで全力で多段攻撃を放つ。
攻撃は当たった。
でも、地面が急速に上昇した。
上昇しているのは、私と彼女の範囲だけだ。
身体にGが掛かり、地面に押しつけられる。
昇りエレベーターの数十倍は強力だ。
魔術無効も掛かっている。
地面は私たちごと、一気に円形闘技場の天井に向かった。
道連れにするつもりかと思ったけど、ミネルウァ様がそんなことを考える訳ない。
私は槍の範囲で空気を溜め、ぶつかる寸前に全てを暴風にしてアエギスの楯に転がり移動した。
さっきまで私の居た地面の辺りが天井にぶつかり崩れ去る。
他も崩れ去り、私たちは宙に投げ出された。
宙で彼女と目が合う。
数秒だったかもっと長かったのか。
その瞬間だけは全てが止まったようだった。
彼女は私に瓦礫をぶつけてくる。
魔術は使える。
今しかない!
ここで決める!
私は瓦礫には目もくれずに瞬時に地上に戻った。
身体の悲鳴など気にしない。
意識を失わなければ良い。
地面に戻ると、地下まではぎ取られ、ぐちゃぐちゃになっている。
私は天を仰いだ。
不思議な光景だ。
土埃が舞った茶色い空に、瓦礫と鉄の巨人の姿がある。
ちょうど上昇が止まったところで宙に留まっているようだった。
私は2つの槍を使って真空の魔術を使った。
魔術が強烈に収束し、空間から空気を一気に放出する。
土埃が晴れ、青空が見えた。
そして落ちてくる鉄の巨人と瓦礫。
私は槍を地面に突き刺した。
身体が持つかな?
私はまた瞬時に、今度は真空を避けて回り込むように上空に移動した。
身体の負担が思ったより大きい。
内蔵が揺さぶられている感覚。
下を見た。
仰向けに落ちている彼女と目が合う。
私は持っていた槍の柄を落として真空の口を開いた。
「真空の投擲」
ヒュンと吸い込まれた槍の柄は加速を開始し、すぐに見えない速度になる。
狙ったのは神の血の流れる管。
鉄の巨人の心臓の位置。
見えないはずの槍の柄にアエギスの楯が対応する。
音は聞こえない。
ただ、アエギスの楯であっても押され、槍の柄は楯ごと押しつぶそうとしていた。
その彼女の背後から、もう1本の槍が突き抜ける。
さっき地面に突き刺しておいた槍だ。
呆気なく、鋼鉄を貫き、身体の中央を流れていた太い管を貫き、アエギスの楯で止まった。
――上下同時の真空の投擲。
管の神の血も飛び散りこぼれ落ち始めていた。
そのまま鉄の巨人は落ちていき地上に衝突する。
瓦礫なども落ちて土埃を上げる。
私は注意深く降りていった。
もう武器はない。
盾もない。
土埃が晴れていく。
そこには立ち上がろうとする鉄の巨人の姿があった。
落ちた衝撃で身体の半分は潰れ、神の血も漏れ出している。
私が攻撃した膝は満足に動かないようだ。
それでも片足で堂々と立ち上がる。
――さすがミネルウァ様だな。
私は半壊している鉄の巨人を美しいと思った。
「ふっ!」
私は瞬時に彼女に迫り、肘をぶつけた。
武器がないので、鉄の防具が着いてる肘を使うくらいしかない。
彼女の壊れている場所を狙う。
アエギスの楯はまだ健在で的確に防御してくる。
それに彼女もまた拳を振り回していた。
当たれば怖い。
しかもミネルウァ様のことだ、人並みはずれた予測能力がある。
≫補助コメントいくぞ≫
≫おう!≫
ありがたい。
私はコメントに反応して、瞬時に動きながら彼女を攻める。
攻撃が当たり始め、凹みが更に大きく広がる。
神の血も流れ続けている。
血がなくなったときどうなるかは分からないけど、神話の話からすると動きが止まるはずだ。
私の猛攻に彼女は下がり始めた。
このまま攻め勝つ!
私は限界を超えて攻め続けた。
――と。
足下に魔術の光。
その魔術の光が私の攻撃の直後に向かってくる。
必中の槍。
まさか後退したと見せかけてここまで誘導――。
続けてもう1本の槍の柄が地上スレスレから顔に向かって急上昇する。
顔を上げて辛うじて避けた。
その顔を上げた先にメドゥーサの顔があった。
目が開いている。
「ッ!」
私は瞳に入る光を全て反射した。
光曲の魔術。
電子と相互作用を起こした光が全てメドゥーサに返る。
彼女の顔がこわばったまま固まったように見えた。
私はアエギスの楯を避け、上空に瞬時に移動する。
そして飛んでいた槍の柄を掴んだ。
今度こそ決めるっ!
両手で槍の柄を持ち、彼女の胸の穴を狙った。
斜め上空から狙う。
でも、アエギスの楯がその攻撃を阻み、壊れかけた彼女が踏ん張ろうとした。
お尻が動く。
私は彼女の右腕に暴風を当てた。
必倒の理。
彼女が落ちる。
落ちたところに更に暴風を私ごと当てる。
アエギスの楯ごと、彼女の身体を地面に押しつける。
「っけぇ!」
私はアエギスの楯を足場にして、全力の暴風を当てながら彼女の顔を殴った。凄まじい勢いで槍の柄が当たり、彼女の顔が半壊する。
同時に反動で槍の柄が持てなくなりこぼれ落ちる。
手が痺れて動かない。
すぐに跳ね退く。
彼女はまだ動こうとしていた。
ギィギィという音がする。
私は息を吐いて構える。
彼女が1歩進める。
膝から崩れ落ちた。
彼女は急に糸が切れた人形のように力をなくし、うつ伏せに倒れる。
動かない。
私が最後に潰した顔からも神の血が流れ出し、ほとんど残っていない。
それから何十秒立っただろうか?
結局彼女は身動き1つせず、動きを止めたままだった。
勝った?
更にしばらくすると、係員の人たちがやってくる。
削れた地面を飛び降りたりして大変そうだなと人ごとのように考える。
いろいろ確認していたけど、腕で×を作った。
「勝者! アイリス!」
私はしばらく肩で息をしていただけだったけど、歓声が巻き起こるのを聞いて初めて勝利したのだと確信した。
確信した瞬間、力が抜ける。
いや、まだ終わっていない。
セーラが頭を下げていた姿を思い出す。
それに私を応援してくれた人たちだ。
ちゃんと応えないと。
私は最後の力を振り絞り、笑顔で腕を大きく上げた。
歓声が更に大きくなった。
不思議と力が湧く。
私は観客席の全てを見渡しながら、歓声を浴び続けるのだった。
その私の少し先には動かなくなった鉄の巨人が横たわっていた。




