第143話 VS鉄の巨人[中編]
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アイリスは鉄の巨人の硬さと反射神経、速い動き、追尾する槍に苦戦する。しかし、巨人が投げた追尾する槍の特性を利用し、低温脆性を使って折ることに成功するのだった。
折った槍の柄が落ち、カランカランと転がる。
転がりが止まった頃に、大歓声が起こった。
観客席からでも折ったのが見えたのだろうか?
よく見えるなと思いながら、転がった槍の柄に刃を当てて、熱を戻した。
その槍の柄を拾う。
柄にはまだ魔術の光が宿っている。
私の頭には、ルキヴィス先生が話していた義手の魔術に関する能力のことがあった。
特に魔術の精度を上げるというのが気になっている。
片手剣は確かに使い慣れてるけど、今のままだと攻撃が効かない。
何より槍の柄で戦った方が面白そうだと思った。
ただ、柄は指が回せないくらい太い。
それに重い。
あと長い。
私の身長くらいはある。
短くした方が良いな。
鉄の巨人の周りを動きながら、再び低温脆性を使う。
そして、槍の柄を折り短くした。
神の武器を壊して良いものかと迷ったけど、今更だし戦いだから仕方ないと正当化する。
あと、皮のグローブが低温脆性を使った柄にくっついて焦った。
すぐに熱を戻して事なきを得たけど。
長さは1mに満たないくらいになっただろうか。
この長さでいくことにした。
というか、何かこの槍の柄を持っていると力が強くなってるように思う。
片手剣より明らかに重いのに柄を振れてしまう。
マリカや蜂の面々みたいに魔術の光の作用で力が増してるんだろうか?
問題ないと判断した私は、片手剣を地面を滑らせて遠のけた。
すぐに上空で暴風の魔術を使ってみる。
使ってもなにも変わった感じはしない。
ルキヴィス先生は義手に魔術を通すとか言ってたけど、使い方にコツがあるのかな?
魔術を使い続ければ何か分かるだろうか。
金縛りの魔術も試したいし。
私は積極的に暴風の魔術を使うことにした。
そもそも、今の鉄の巨人の運動能力だと真空の投擲が当てようがない。
出し惜しみしてもしょうがない。
覚悟が決まる。
周りを回っていた状態から鉄の巨人の正面に向かった。
私の動きに合わせるかのように彼女が一歩踏み出してくる。
その踏み出した直後に金縛りの魔術を使う。
彼女の右腕を暴風で弾く。
彼女のお尻が、バランスを取れる場所を探す。
その探す瞬間を予見しつつ、思いっきり槍の柄で殴った。
ガンッ!
鉄同士の衝突音。
当たった。
さっきまでならこのタイミングは避けられていたはず。
金縛りの魔術は有効なようだった。
殴った衝撃で手はかなり痺れたけど。
私は両手で槍の柄を持ち直す。
盾は小さめで腕につけるものなので、槍の柄を両手を使っても邪魔にならない。
再び金縛りの魔術を使う。
使った直後に攻撃をフルスイングした。
ゴンッ!
力が増したからか、これまでとは全く違う手応えがあった。
両腕とも力が増したように思う。
でも、両腕とも痺れた。
槍の柄を落としそうになるくらいだ。
握力に限界がきて、何も持てなくなりそうだった。
一度、鉄の巨人との距離を外す。
今度は槍を投げてこない。
折られるのを恐れてのことなら、学習能力もあるということか。
と、私が持っていた槍の柄が輝きだす。
勝手に風の魔術を使われて、動こうとしている。
慌てて強く握る。
原因はすぐに思い当たった。
誰かが槍の柄をコントロールしようとしてる。
恐らく必中の槍として操っていた鉄の巨人かミネルウァ様だろう。
私は槍の柄に対して、自分の身体の一部のように意識を通した。
以前、ケライノさんが暴走して周囲が魔術無効状態のときに兜にしたのと同じイメージだ。
それで誰かが使おうとしている魔術は感じられなくなった。
ずっと意識を通しておいた方が良さそうだな。
考えながら、暴風の魔術と一体化して鉄の巨人の周りを回る。
回っていると違和感を覚えた。
暴風の空気の流れがおかしい。
明らかに槍の柄の周りだけ、風が緩やかになっていた。
――もしかして、この槍の柄の力のせい?
魔術を通すってこのことか!
先生が言っていた、魔術を通すというのは身体の一部のように意識するってことだったんだな。
楽しくなってくる。
その思考の隙を狙ったのか、加速した鉄の巨人が迫ってきた。
速いけど、こういう加速する動きは読みやすい。
当たったと錯覚させるタイミングで避けながらカウンターを放った。
これまでより、攻撃までの空気の流れが分かる。
意識が槍の柄に乗り移ったかのようだった。
攻撃が当たった瞬間の空気の流れすら良く分かったので、ヒットした部位に暴風を当てる。
それで手への衝撃はマシになった。
また離れる。
それにしても今の感覚――。
情報が多くて処理しきれない。
私自身も鎖骨くらいまで魔術の光を宿しているし、どうなっているんだろう?
とにかく力が強くなったのは、やっぱりこの魔術の光のお陰だろう。
ただ、鉄の巨人に攻撃を効かせるにはまだ足りない。
――どうするか?
いや、1人で考える必要はないか。
私には心強い人たちが居る。
「戦いの途中ですが視聴してくださってる皆さんにお願いがあります。鉄の巨人に攻撃を効かせたいんですけど、今のところ手だてがありません。ただ、良い情報もあります。奪った槍の柄に、ルキヴィス先生の義手と同じ効果がありそうです」
≫攻撃のアイデアを出せば良いのか?≫
≫任せろ!≫
≫同じ効果ってどういう効果だ?≫
≫真空の投擲は?≫
「真空の投擲ですが、巨人の動きが素早いので、このまま使っても避けられると判断しました。なので、攻撃を効かせて動けなくさせたいのです。槍の柄の効果に関しては一言で説明できません」
≫そういうことか!≫
≫任せろ!(2回目)≫
「断片的な情報ですみません」
言いながら鉄の巨人相手に暴風の魔術を試す。
普通に使う分にはこれまでと威力は変わらない。
でも、槍の柄を通して意識を向けるとピントが合いやすい。
≫槍の柄に必中の効果を乗せられないのか?≫
≫魔術の精度が上がるとか言ってなかったけ?≫
≫槍の柄の攻撃に合わせて暴風を乗せるとか≫
攻撃に合わせて暴風を乗せるか。
いけるかも知れない。
≫暴風乗せると反動がきついのでは?≫
≫そこは体重増やすことでなんとか≫
なるほど。
体重も増やしてみようか。
握力がどうなるか不安なので、少しずつ強くして試してみよう。
槍の柄で指し示しながら金縛りの魔術を使う。
金縛りから金縛りに繋げると、彼女は本当に硬直したみたいになる。
今の私では2連続くらいしか使えない。
でも、それで充分だ。
鉄の巨人が硬直する。
そこに、アドバイス通りの攻撃を当てた。
槍の柄に暴風を当てて加速。
上空から私自身に暴風を当てて体重を増やす。
当たった直後は手への反動を押さえるために調整する。
ゴンッ!
手応えはある。
初めて凹みもできた。
でも、まだだ。
まだ全然足りない。
全力の3分の1くらいの力だったので、次は3分の2くらいにしてみようか。
離れる。
すぐに金縛りの魔術を2連続で使いながら、攻撃した。
手が痺れる。
凹むけど、効くところまではいってない。
これだと全力を出しても効かせられないだろう。
他に何かアイデア……。
すぐに思いつくのは浸透する打撃だ。
でもどうやって多段の打撃にする?
いや、今も反動を押さえるために暴風の魔術を使ってるから2撃目に使えばいけるかな?
体重を増やすのと同じタイミングなら難しくないし。
そういえば、調整に使ってる暴風は鉄の巨人の近くなのに影響なく使えるな。
緩やかな風になっても良さそうなのに。
神の武器なだけあって、何か影響を受けない力を持っているのかも知れない。
鉄の巨人の攻撃が来る。
当たったと錯覚するタイミングで避ける。
彼女が硬直する。
続けて金縛りの魔術。
そこに。
暴風で加速した攻撃を両腕でフルスイングした。
思わずフルスイングしてしまった。
攻撃と同時に上空からの暴風で体重を増やす。
槍の柄にも全力で暴風の魔術を当てる。
「っ!」
鉄の巨人を吹き飛ばすつもりで二段目の攻撃を行う。
――浸透する攻撃!
ガコッ!
妙な音がした。
手への衝撃もあまりこない。
見ると明らかに胴体が凹んでいた。
僅かに鉄の巨人が後ずさる。
私はそれに合わせて踏み込む。
更に金縛りの魔術を使った。
彼女が硬直する。
「はっ!」
追撃のフルスイング。
さっきと同じように暴風で加速させ、当たった瞬間に自身の体重を増やしながら多段の打撃にする。
ガコッという音と共に彼女はまた後ずさった。
凹みは大きくなっている。
でも決定打にはなっていない。
効かない――か。
≫末端の関節を狙え≫
諦めかけたところにそのコメントが目に入った。
ルキヴィス先生も言っていた「大きな相手は末端の関節から潰す」という話。
希望を見い出す。
私は更に一歩踏み込んだ。
金縛りの魔術を使って、今度は膝関節を狙った。
もちろんフルスイングだ。
ガシャという嫌な音と共に彼女が膝をつく。
私はもう1度踏み込む。
そして金縛りの魔術を使った。
「シッ!」
彼女の槍を持つ手首を狙う。
片手で振ったその攻撃は彼女の手首を壊した。
かなり彼女に近づき、熱を感じた。
瞬間的に真っ赤になった鉄の巨人が私に抱きついてくる。
私はその抱きつきすら、当たったと錯覚するタイミングで避ける。
熱を帯びた空気が、私の頬を撫でる。
そして、全力で彼女の肘をも壊す。
そのまま下がった。
彼女は正面から倒れる。
その重さからか少し地面が揺れた。
ワァー!
続けて観客席からの大歓声が地面を揺らした。
ただ、私は注意深く彼女を見ていた。
続けてくる攻撃が予測できていたからだ。
彼女は支点を作って準備をしている。
魔術でなく目視で分かった。
鉄の巨人が動いたかと思うと、倒れたままアエギスの楯を向けてきた。
私はその動きと同時に霧の魔術を展開して、駆けだしていた。
そして、暴風の魔術で加速し、そのメドゥーサの顔を潰した。
――嫌な感触だった。
彼女の反射神経でも、倒れた状態では私の攻撃を避けることは出来なかったようだ。
アエギスの楯自体はさすがに強固で、鉄の巨人を凹ませるほどの攻撃でも吸収していた。
真空の投擲を成功させるためには、この楯をなんとかする必要がある。
この楯の材質は金属ではなさそうだし、有名さから言っても壊せるとは思えない。
鉄の巨人の左腕も壊す方向でいこう。
それに腕が両方とも動かなければ立ち上がるのも困難になるはず。
どちらにしても今が攻め時だ。
そう思っていると、彼女は恐ろしく真っ赤になっていた。
空気が歪む。
2メートルくらいの距離だけど熱さが伝わってくる。
その彼女が私に襲いかかってきた。
彼女はもうなりふり構っていない。
壊れた膝をガシャガシャと言わせながら向かってくる。
高熱で私に触れれば良いという感じだ。
私は彼女の真正面から暴風の魔術を当てた。
彼女の近くでは、暴風は強風くらいになる。
それでも彼女を後退させた。
後退した彼女へと一気に迫る。
どちらにしても掴まったら終わりなのだから状況は前と同じだ。
私は壊れた右腕を振り回す彼女に攻撃を当てた。
彼女の右腕が更に壊れる。
膝が壊れていた足で蹴ってくるが、今度は足首を壊す。
さすがに青銅の巨人の頃の弱点はなくなっているようで、神の血が流れ出すようなことはなかった。
立てなくなった彼女は這うように迫ってくる。
私はアエギスの楯に暴風を当てて、彼女の伸びきった肘を壊した。
そこで彼女は完全に動きを止めた――。
キーン!
突然、耳に突き刺さるような音がする。
あまりに不快だった。
止まる気配がない。
方向感覚が掴めないけど、音の主は鉄の巨人だと思われた。
防音の壁を作る。
――が、発動しなかった。
試しに暴風の魔術も使ってみるが、これも使えない。
まさか暴走してる?
以前、ケライノさんが暴走したときも魔術が使えなくなったことがあった。
暴走したと思われる鉄の巨人が再び這って迫ってきた。
這ってるとは思えないくらい速い。
今、私は暴風の魔術を使えないので、逃げることも攻撃も出来ない。
――いや、攻撃は出来るか。
迫る彼女へと踏み込み、加速した槍の柄で彼女の腕を叩く。
叩くと同時に槍の柄の範囲で暴風を起こした。
浸透する多段攻撃。
彼女の手が壊れる。
すると、今度は顔だけで頭突きをしてこようとした。
引くこともできたけど、その頭突きすら当たったと錯覚させるように避け、真上から浸透する多段攻撃を放った。
彼女が完全に沈黙する。
そう思われたが、更に高い音が鳴り響き、熱も強くなった。
近くにいるだけで火傷しそうだ。
光も発し初め、まるで太陽のように見えた。
何かまずい。
このままだと観客にも被害が及ぶかも。
彼女の力の源を絶つしかない。
彼女の身体の中心を流れる神の血。
これを外部から破壊して流れ出させる。
それには真空の投擲しかなかった。
でも、飛べないのにどうやっ――。
考えながら、槍の柄のことが抜け落ちていたことに気付く。
魔術無効の状態でも、槍の柄の周りなら魔術を使える。
問題は飛んだあとにどうやって降りてくるか。
槍の柄を真空の投擲に使ってしまえば、もう神の武器の加護はなくなる。
上空で魔術は使えるのだろうか?
考えている暇はない。
私は両手をガッチリと握ってから、槍の柄を持った。
上空を眺める。
天気は相変わらず良い。
ふぅ。
加速に気をつけて私はすぐに空へと舞い上がった。
すぐに天幕付近へとたどり着く。
私は天幕を支えているロープに腰掛けた。
高い。
大きく揺れるロープの上から地面を見ると、さすがに怖かった。
ここまで来ると魔術は使えるようだった。
すぐに身体を暴風の魔術で維持する。
ふと重要なことに気付く。
魔術無効の範囲が広かったら、鉄の巨人の周りを真空には出来ないのではないか?
慌てて、カクギスさん版の空間把握を使う。
彼の空間把握は魔術で空気を動かす。
だから魔術が使える範囲を知るときに便利だ。
すると、意外に魔術無効の範囲は狭そうだということが分かった。
ふと、槍の柄を通して空間把握を使ってみると、円形闘技場全てが見渡せた。
魔術無効の範囲もはっきりと分かる。
私たちの戦っていた場所の中央部分くらいか。
範囲は地面に薄く広がっている感じで上方向にはあまり広がっていない。
そんなことを考えている間にも暴走した鉄の巨人が発する熱が強くなっている。
私は槍の柄を通して、真空の魔術を使った。
一気に空気が追し出される。
観客席へ強い風が吹いてしまい大変そうだったので、上空へと空気の流れを変えた。
私に向かって暖かい風が吹いてくる。
しばらくすると、鉄の巨人から上空の私のところまでほぼ真空となった。
真空を維持しつつ、ロープから離れる。
そうして、鉄の巨人の真上に飛んで移動する。
眼下には、動かないまま暴走している彼女が小さく見えた。
「――真空の投擲」
私はつぶやくと、持っていた槍の柄と、あと腕から外した盾を直列に並ぶように落下させた。
同時に真空の上部の壁を解く。
ゴォー!
凄まじい音と共に、ヒュンと消えるように槍の柄と盾が吸い込まれた。
私の手から槍の柄が離れたことによって、真空の制御は維持しきれなくなり、いろいろなものが吸い込まれてしまった。
さすがに観客は吸い込まなかったみたいだけど。
加速した槍の柄は、呆気なく鉄の巨人を貫いていた。
音は聞こえない。
まるで遠い世界で起きた出来事のようだった。
魔術の光から見て、たぶん地下にまで達している。
続けて落としていた盾も彼女の背中――胸辺りを破壊していた。
それが見えたのも一瞬のことで、すぐに土埃で覆い隠されてしまった。
私は上空からゆっくりと降りていった。
その頃には、観客席も落ち着いていた。
ふわりと降りると、誰かが「女神だ!」「女神アイリスー!」と声を上げる。
次第にその声は大きくなっていき、女神コールの大合唱となった。
いや、その声援はありがたいけど大変マズいんですが……。
そう思って貴賓席を見ると、傍らのメガエラと共に皇妃の姿をしたユーノが私を見ていた。
ただ見てるだけなのに威圧感がある。
横にはイリスさんが居てミネルウァ様を支えていた。
ミネルウァ様は寝ているのかなんなのか、完全にイリスさんに身体を預けている。
どういうことだろう?
土埃が晴れてきて、倒れていたはずの鉄の巨人がゆっくりと動き始めた。
「――え?」
呆気にとられて見ていると、彼女は何事もなかったように立ち上がった。
壊れた関節は全て動いている。
異音もしない。
立ち姿が美しかった。
さっきまでとは違い、高貴さや存在感がある。
その彼女が私に視線を向けてくる。
強い意志と知的さ。
さっきまでとはまるで違う。
そして、この雰囲気には見覚えがあった。
――まさか。
「ミネルウァ様?」
思いついた相手に、内心焦りを覚える。
どうしてミネルウァ様が?
自らの血を使ったのは、鉄の巨人に乗り移る策のためだったのか?
思考がぐちゃぐちゃになる。
――いや、今はいいか。
肩の力を抜き、胸の重みを感じ、空気に融ける。
私は思考も身体も、次に始まる戦いへと準備を始めていた。




