第142話 VS鉄の巨人[前編]
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闘技会が始まる。アイリスはマリカやフゴ、セーラの活躍を見て成長を感じ、鉄の巨人との対戦に臨む。戦いの中、アイリスは巨人が投げた槍を利用して、転倒させることに成功するのだった。
女性的なシルエットの鉄の巨人を見上げる。
彼女に必倒の理が効いた。
それ自体は良かった。
でも、彼女の運動能力が高すぎる。
私の剣が通用するだろうか?
危険はあるけど実際に確かめてみることにした。
単純にどこまで通じるか試してみたいという思いもある。
ついでに低温脆性が効くかどうかも試してみよう。
私は鉄の巨人への距離を縮めた。
動くときは暴風の魔術も一緒に使っている。
近づくと、槍の突き。
考える前に避けてるけど、それでもかすめる。
速いな。
ほとんど兆しがない。
魔術の光を持つ神経のような血管のようなところを何かが伝わることだけは分かる。
また彼女の攻撃が兜をかすめた。
兆しから攻撃までがほぼ同時だ。
人とも神とも違う。
背筋に冷たいものが伝った。
まさか、これがミネルウァ様の血を使った理由なのだろうか。
それでも私は前へと踏み込んだ。
槍が首をかすめる。
引きに合わせて剣を振るう。
彼女の手を狙ったのに当たらない。
このタイミングの攻撃を避けた?
考える間もなく、次の攻撃が来る。
避けるのは身体に任せてとにかく当てるつもりで剣を振るう。
私の攻撃が全く当たらない。
向こうの攻撃は私をかすめる。
カウンターするにはリーチの差が大きいし、当てる隙もない。
体勢を立て直さないと。
数歩下がった。
私が下がることを狙っていたのだろうか?
それとも反応が早いだけか。
アエギスの楯のメドゥーサが私に向けられた。
慌てて霧の魔術を使う。
すぐに楯の周辺が見えなくなった。
私の身体におかしなところはない。
良かった。
一応、霧の魔術で石化は防げるのか。
でも、そこへ槍を投げようと振りかぶる鉄の巨人の上半身が見えた。
霧の中から槍が飛んでくる。
私は投げた瞬間に、斜めに加速した。
槍が通り抜ける音が聞こえる。
今なら彼女は槍を持っていない。
拳で攻撃してくると思う。
でも、拳ならリーチは短い。
カウンターが使えるかも知れない。
それに今度こそ、あのホーミング機能付きの槍を彼女に当てたかった。
効果があるかどうかとかは関係ない。
ロマンだ。
私が間合いに入ると彼女の拳が放たれた。
拳にも兆しがない。
でもやっぱりこの距離ならカウンターが届く。
彼女の拳が兜をかすめる。
この拳は避けるだけ。
次の拳にカウンターを合わせる。
その次の拳が放たれた。
私の身体が勝手に動き、剣が彼女のわき腹に向かった。
しかし、それは胴体を一瞬引かれて避けられる。
避けられた?
タイミングは完璧だったはずだ。
そのまま私に向けて膝が来た。
私の身体は下がりながらその膝に対して剣を振るう。
これも膝を止められて避けられた。
反射速度が凄まじい。
私の背後から槍が迫る。
――槍と同時に私も攻撃してみよう。
私は彼女の真正面に暴風を使って加速した。
同時に拳での突きが来る。
これはタイミングが読めていたので避けることができた。
避けても拳から生まれる風圧はかなりのものだ。
私も剣でカウンターを狙うが避けられる。
背後に槍が来る。
私は斬りかかりながら、暴風の魔術で自分を瞬間的に動かした。
私の背後から現れた槍が鉄の巨人に向かう。
でも、また槍は掴まれた。
私の攻撃もきっちりと避けている。
どういう反射神経してるんだ?
思わず呆れる。
ただ、この反射神経はやっかいだ。
このままだと、彼女を地面に倒しても真空の投擲は当たらない。
また次の槍の攻撃が来る。
切っ先がかすめる。
何か対策を立てないと。
より早く。
攻撃前の先読み。
――支点?
そうか、攻撃前に作る支点を読んで先読みする方法があった。
私は全神経を集中する。
彼女の全体を俯瞰するように見る。
とにかく攻撃前の支点を作る瞬間を捉える。
出来るかどうかは分からない。
攻撃前の支点に剣を突き刺す。
彼女の腰が僅かに前に出た。
そこに突きを撃つ。
――当たらない。
支点への攻撃すら避けられる。
ただ、相手の攻撃もこない。
神が作り、ミネルウァ様の血で動く鉄の巨人と言えど、支点を作れなければ攻撃できないということか。
私は支点を作る前にどんどんそこに攻撃することにした。
避けられる。
ただ、彼女も攻撃が出来なくなっている。
支点への攻撃を使い始めてから状況は変わった。
でも、お互いの攻撃が当たってないことは変わらない。
時間の感覚は麻痺してるけど、10回以上はその状況が続く。
≫コンビネーション≫
≫コンビネーションして≫
≫コンビネーションするんだ!≫
≫コンビネーションコンビネーション≫
≫コンビネーションが良いらしいぞ≫
コメントが『コンビネーション』の文字で埋まっていた。
これまでコメントを見る余裕がなかったから、私が気が付くようにしてくれたんだろう。
でもなんの意味が……。
っと、そういうことか。
昔、私自身が連続攻撃で体勢が崩れて避けにくくなったことがあった。
相手に対してそれを使えということだろう。
ただ、剣1本だと……。
いや、盾も使えば良いのか。
一歩相手側に踏み込む。
支点への攻撃が避けられると同時に盾で殴り掛かった。
避けられるが構わず突く。
続けて盾の端で突く。
更に靴裏で蹴る。
蹴りすら避けられたけど、それで彼女は完全に崩れ、頭に剣が当たった。
カンッという軽い音がする。
当たり前だけど傷1つ付いてない。
恐ろしいのは手応えもないことだ。
剣が当たる瞬間に顔を背けたのか。
これだと触れてる時間が短いから低温脆性は試せない。
それでも攻撃が当てられたことは大きい。
私が手を休めたからか、鉄の巨人はアエギスの楯を向けてきた。
――と。
私は霧の魔術を使う。
同時にメドゥーサの目を切りつける。
それも余裕をもって避けられた。
攻撃に暴風の魔術を組み入れようか?
いや、暴風の魔術を使って彼女に対策されたら必倒の理を使うときに困る。
大丈夫だと思うけど、もう少し様子を見たかった。
支点への攻撃からコンビネーションに繋げる。
やっぱり当たらない。
ルキヴィス先生の言った関節への攻撃も避けられる。
コンビネーションを使うようになってから、たまに攻撃は当たるけど直撃は避けられる。
先生ならどう戦うか?
そうか。
私は先生から最初に教わった、ギリギリで避けて相手を硬直させる戦い方を思い出した。
ただ、彼女にはカウンターのタイミングでも避けられるのだから本当にギリギリでないとダメなはず。
当たっても良いくらいの覚悟でいこう。
私は槍を持った彼女の手に突っ込んだ。
攻撃がくる。
直前までリラックスした状態で身体が勝手に避けようとするのを一瞬だけ意識で留める。
避ける。
それでもタイミングが早すぎた。
避ける。
今度はチッと音がする。
かすったか。
避ける。
今度は早すぎた。
カウンターを撃っても当たらない。
ここまで来て、私が彼女の攻撃を避けやすくなっていることに気づいた。
そうか、攻撃直前の兆しだけじゃなくて支点を作るところから見てるからか。
気持ちに余裕ができる。
攻撃の支点が出来る。
兆しと同時に攻撃される。
避ける。
――まだ早い。
支点。
槍。
当たると確信した瞬間。
ここ!
私は槍の先が当たったかと錯覚する状況で、避けた。
鉄の巨人が硬直する。
ガンッ。
胴体への横凪ぎ。
初めて私の攻撃がまともに当たった。
硬直は一瞬だ。
人間よりも復帰が早い。
槍での突き。
当たると錯覚した瞬間に避ける。
硬直した一瞬に攻撃を当てる。
更に状況は変わり、私の攻撃が一方的に当たるようになった。
でも、私の攻撃が効いている訳じゃない。
低温脆性も使ってみたけど、やっぱり効かなかった。
常に鋼鉄に熱を持たせているんだろう。
熱を奪い取っても鉄原子の動きが激しかった。
それならばと、槍に低温脆性を使ってみようと試みる。
でも、槍すら熱で対策されているようだった。
槍は柄も含めて全て鋼鉄製っぽい。
ただ、一方的に攻撃を当てていて気が付いたこともある。
攻撃が当たったと錯覚するレベルで避けると、彼女のお尻がバランスを探しているということだ。
これは必倒の理の前段階と同じだ。
そのまま地面に落とせるのではないのだろうか?
また、必倒の理の別の使い方も思いつく。
倒すのではなく硬直させるための使い方だ。
錯覚するレベルで避けると相手が僅かに硬直する。
これが必倒の理の前段階と同じだとする。
それならば、必倒の理の前段階でも相手が硬直するのではないだろうか?
仮にこれを金縛りの魔術と名付けよう。
――試してみたい。
今すぐには無理かも知れないけど。
私は攻撃の間合いから離れた。
槍を投げてくるかと思ったけど、彼女は警戒したように私と対峙しているだけだ。
アエギスの楯は使う様子もない。
その瞬間、観客席で大歓声が起こっていることに気付いた。
地面が震えているようだ。
ずっとこんな感じだったのだろうか?
それとも、戦いの間が生まれたから歓声が起きたのか。
今はどちらでも良いか。
引き寄せられるように、私と鉄の巨人は互いに歩み寄る。
彼女の槍。
当たったと錯覚したタイミングで避ける。
私の攻撃が当たる。
鉄の巨人はその攻撃を無視するかのように突いてくる。
その突きも私は当たったと錯覚したタイミングで避ける。
硬直時間に攻撃するが、彼女は避けようともしない。
私の攻撃を避けることを止めたか。
避けなくても問題ないから当然か。
これまでは私の攻撃に何かあると思っていたのかも知れない。
……なにか悔しい。
私は上空から暴風を使って体重を重くし、攻撃する。
それでも効いた様子がない。
更には当たっても当たらなくても構わないとばかりに何度も突いてきた。
これをされるとギリギリ避けても意味がなくなる。
攻撃が当たったと錯覚させるのに意味があるのは反動を予測するからだ。
反動を予測せずに攻撃されると相手は硬直しないことはこれまでの経験から分かっていた。
彼女の連続攻撃の回転速度が早くないのが救いか。
今回ばかりは重さが問題になったのだろう。
と思っていたら、彼女は槍だけでなく、両足を使って攻撃してきた。
元々、彼女の高い身体能力もあって、私がそれに対応できなくなってくる。
「くっ!」
私がカウンターで彼女の肘の関節を攻撃したとき、避けないでそのまま攻撃してきた。
なんとか盾で防いだものの、彼女の攻撃は重い。
そのまま吹き飛ばされる。
盾越しなのに身体の芯にまでダメージが響く。
暴風の魔術で調整してなんとか倒れずに済んだものの、そこに必中の槍が放たれた。
彼女との距離はほんどない。
私は槍が投げられた瞬間に合わせて暴風の魔術を使った。
真横に槍が吹き飛ぶ。
でも、槍の周りに風を微風にする効果があるのか、思っていたよりも吹き飛ばない。
吹き飛んだのは5メートル程度だろうか。
槍は回り込むようにして私に向かってきた。
鉄の巨人も私に迫り蹴りを放つ。
私はその蹴りを当たったと錯覚するタイミングで避けた。
風圧で前髪が揺れる。
彼女のお尻がバランスの取れる位置を探した。
私は彼女の腕に暴風を当てた。
彼女がそのまま地面に落ちる。
続けて向かってきた槍に真正面から暴風を当てた。
スピードが乗り切ってなかった槍は速度を落とす。
私はその槍を避けながらバックステップし、刃の側面を槍の柄に当てた。
ザリザリと金属同士の摩擦の音。
そうして一気に温度を奪う。
奪いながら槍を鉄の巨人へと導いた。
彼女は起きあがる寸前だ。
そこに槍。
彼女はそんな状態でも槍を受け止めた。
でも、それこそが私の望んでいた動作。
私は、彼女が受け止めた槍の柄に、剣の刃を切り上げた。
ちょうど真ん中辺り。
彼女の熱が伝わってないそのタイミング。
全力で柄を叩く
パキッ。
槍は柄の真ん中から折れた――。
鋼鉄の硬さの理由は、結びついた原子同士の結合が変形しやすいからだ。
その変形のしやすさは、温度が低くなっていくと失われていく。
ある温度ではほとんどなくなってしまう。
この現象を低温脆性と呼ぶ。
低温脆性を使った魔術。
切断の魔術。
私が使ったその魔術が成功した瞬間だった。




