第141話 闘技会の開幕
前回までのライブ配信
闘技会の前日、アイリスは巨人と最後の練習を行う。彼に名前がないためアイリスが名付ける。その夜、ミネルウァが真の姿になり血を鉄の巨人に使うと分かる。アイリスは決着への高ぶりを抑えきれないのだった。
昨日は朝近くまで眠れなかった。
魔術の光が眩しすぎたからだ。
それまではちゃんと眠っていたし、朝までに数時間は寝たので寝不足さは感じないけど。
部屋のラデュケやマリカに挨拶してから準備を済ませる。
その後、ルキヴィス先生やミカエルにも挨拶して円形闘技場へと向かった。
マリカは今日の最初の対戦者らしいので別々だ。
彼女の対戦を見るのは初めてなので楽しみでもある。
私は円形闘技場へと着くと、市民向けの観客席に入りカクギスさんを探した。
彼はすぐに見つかる。
私が来ることを見越してか、魔術を使ってくれていた。
単に空間把握を使っていただけかも知れないけど。
「おはようございます。お久しぶりです、カクギスさん。それにリーシアさん」
「アイリスか。久しいな」
「おはようございます。アイリスさん」
「ご一緒してもよろしいですか?」
「もちろんだ。――リーシア」
「はい」
名前を呼ばれたリーシアさんはすっと立ち上がり、私が座る場所を導く。
相変わらず彼女は凛々(りり)しい。
動きにキレがあるからだろうか。
「ありがとう」
笑いながらお礼を言うと、彼女は照れた。
こういうところは年相応という感じがする。
それから2人の現状とか、フゴさんの成長のことなどを聞いていたら闘技会が始まった。
皇帝が挨拶する。
元気そうだ。
健在っぷりを観客に披露できてたと思う。
足取りもしっかりしていて、病人とは思えない。
市民や貴族たちも大きな拍手で、皇帝を称えていた。
すぐにマリカの対戦が始まる。
エレベーターからマリカとその対戦相手が出てきた。
彼女が観客に手を振ると大きな歓声が起こった。
人気あるな。
もしかして早くに来てる人たちは彼女目当てか?
対戦相手は大柄の男性。
マリカより頭1つ分以上は大きく見える。
「相手の方は大きいですね」
「カエソーの奴くらいはあるか」
力に自信がありそうなタイプだった。
2人が武器を選ぶ。
マリカが選んだのは、片手剣と腕全体が隠れる程度の楯だ。
男が手にしたのは大きな剣と腰までくらいの楯。
2人の簡単な紹介のあと、対戦が始まった。
マリカの動きが軽い。
以前のような踏ん張って飛び出すとか、溜めて切り返すような動きがなかった。
一瞬で間合いに入り、攻撃したかと思うともう動いている。
「かなり戦い方が変わりましたね」
「元々、力に頼った動きをしておったからな。ルキヴィスに読みやすいと言われてから変える決心をしたと聞いておる」
スピードはあるけど読まれやすい。
そうか。
誰かに似てると思ったらタナトゥスさんか。
「あと、マリカの緩急の付け方が相手にとって嫌そうです」
「言って良いかどうかは分からぬが、相手の呼吸を読んでおるらしいのでな」
≫息を吸ってるときは反応が遅れるんだっけか≫
≫ほー。武道的な話?≫
≫いや、なんか実験で確認されてるはず≫
「なるほど」
マリカの魔術を生かした戦い方だ。
更には呼吸を読めるのなら、魔術使えば一瞬で勝負がつく。
今は魔術を使わないようにしてるんだろうけど。
考えている間に、マリカは対戦相手を追いつめ、足を払い倒して剣先を突きつけていた。
「勝者、マリカ闘士!」
間を置いて、歓声に応えるように手を振っていた。
おめでとうマリカ。
私も手を叩いてマリカの勝利を喜ぶ。
「剣だけでこの圧勝っぷり。すごく強くなっていますね」
「ふむ。養成所の頃より成長しておるな」
マリカの後、2つの対戦が行われた。
あまり盛り上がってはいなかった。
そして、いよいよフゴさんが登場する。
「フゴさんはかなり強くなってるらしいですね」
「あ奴は覚醒したと言っても良いだろう」
「覚醒ですか?」
「あ奴は遠慮しているようだが、今のカエソーでは勝てぬだろうな」
「え、カエソーさんには1度勝っただけなんじゃ?」
「ルキヴィスから聞いたのだな? その後にもいろいろあった」
「楽しそうなことになってたんですね」
「カッカッカ。その通りだ。お主も早く戻って来い」
フゴさんとその相手は武器を選び、戦いが始まった。
相手はさすがにフゴさんよりは小さい。
開始と同時にフゴさんは、楯と剣と身体で三角を作った。
ルキヴィス先生が教えた『三角』だ。
剣闘士筆頭の『不殺』マクシミリアスさんも使っている戦い方。
だだ、違うこともある。
マクシミリアスさんはじっとしていた。
対して、フゴさんは左右の足を交互に動かしながら、常に相手の中心を外している。
間合いのコントロールも上手い。
相手の剣の間合いを外している。
相手が剣の間合いより遠ければ中心を外しながらフットワークしてるだけ。
近づいてきたら、更に近づいて巨体と力で圧を掛ける。
隙が出来たら三角の体勢のまま剣で突いてくる。
結果、相手だけが傷つく状況になっていた。
「相手はやりにくそうですね」
「隙がないのでな。隙を作ろうと下手に動くと、逆に攻撃を受ける」
「強引に突破する何かがないと厳しいですね」
例えば私ならすぐに3つくらい思いつく。
暴風の魔術を使う。
霧の魔術で間合いを読ませないようにする。
切断の魔術で剣を折る。
「突破する何かがなければお主ならどうする?」
「私ですか? そうですね……」
先読みで崩すか?
いや、これも突破する何かに含まれてしまうか。
アクション・リアクションで考えてみよう。
フゴさんのリアクションは間合いを調整するときに行われる。
それなら、間違った間合いの情報を与えてしまえば良いか。
「フゴさんの間合いをフェイントで狂わせて隙を生み出します」
「――ふむ。そのような手もあるか。さすがだな」
「カクギスさんは別の方法なのですか?」
「俺の場合か? 安全圏から攻撃を与えつつ失敗を待つといったところか」
「なるほど」
フゴさんはまだ三角に慣れていないだろうし、どこかで失敗はするだろうな。
「そんなことをせずとも、今のあ奴ならば俺が剣を振ればなんとかなるのだがな」
「カクギスさんこそさすがです」
話してる内にフゴさんの対戦は終わった。
圧勝だった。
恐らく傷1つ付いてない。
それからまた2つの対戦があった。
さすがにレベルが高くなってきている。
そうして、午前中の最後にセーラが出てきた。
相手はキマイラリベリだ。
私がローマにやってきてすぐに、戦いに巻き込まれたときの怪物でもある。
セーラが出てくるとブーイングが起こる。
聞くにも耐えないような罵声が聞こえた。
彼女に聞こえてないか心配になったけど、彼女は目の前の戦いに集中できているように見えた。
「あ奴には会っているのか?」
あ奴というのはセーラのことだろう。
ここで名前を出す訳にはいかないからな。
「はい。いろいろ相談に乗って貰いました」
「ふむ。では、問題はないか」
彼女はみすぼらしい服を着ている。
一応、鎧は着ているけどキメイラリベリ相手にはあまり役に立たなそう。
「これより、猛獣刑を始める!」
観客席は興奮したような声で沸き返る。
セーラは今回で3回目の猛獣刑か。
いつまで続くのだろう。
キマイラリベリの前にあった鉄格子が倒れた。
セーラは縮熱の魔術で一気に焼き尽くすかと思ったけどそれは起こらなかった。
キマイラリベリの進路だけをコントロールするように縮熱の魔術を使っている。
よくあれだけコントロールできるな。
彼女はキマイラリベリが突っ込んでくるのを、縮熱の魔術でブレーキかけさせそれを楯で防いだ。
セーラは倒されるが、楯の金属部分に熱を持たせていたためか、キマイラリベリは離れる。
一気に焼き尽くしてしまえば良いのにどうしてこんなことを?
と思ったけどすぐに意図に気づいた。
「カクギスさん。前回、彼女が勝ったときにブーイングが起きましたか?」
「起きたな」
「やっぱりですか」
「ふむ。何かあるのか?」
「話せるときが来れば話します」
彼女が戦ってる相手はキマイラリベリと観客なのだろう。
観客こそが本当の敵なのかも知れない。
彼らの心を動かすために戦いを魅せている。
演出なんて生やさしいものではなく命を賭けて。
再び、彼女がキマイラリベリとぶつかる。
吹き飛ばされたと思ったら、避けてたてがみを掴んでいた。
そのまま、首を左右に振られる。
すでにセーラは剣も楯も持っていない。
――私と同じことをしてる。
急に記憶が蘇ってきた。
私もあの時、必死でたてがみを掴んでいた。
「頑張れぇー!」
私は考える間もなく立ち上がって叫んでいた。
周りからの視線を感じる。
それでも必死でたてがみにぶら下がっているセーラを見ると熱くなる。
「頑張れー!」
もう1度、私は声を出した。
どこか遠くから「がんばれー」という声が聞こえてくる。
子供の声だった。
しばらくするとまばらではあるけど、応援する声が聞こえてくる。
リーシアさんも立ち上がって応援してくれた。
応援が聞こえたかどうかは分からないけど、セーラはたてがみから背後に取り付き、首に腕を回した。
しばらく振り回されて、耐えきれなくなったせーが吹き飛ばされる。
地面に落ちたセーラは痛みのためかもがいた。
キマイラリベリに襲われる!
そう思ったけど、怪物は一向に動く気配はなかった。
あれ?
キマイラリベリは力なく横に倒れた。
身動きする気配もない。
あ、魔術か。
首に腕を回したときに使ったんだろう。
セーラなら頸動脈を凍らせることだってできる。
彼女は肩を押さえながらゆっくりと立ち上がった。
係の人がやってきて、キマイラリベリの様子を確認する。
そして、大きく両手を交差させるようなサインを送った。
「犯罪者セーラ! 生存!」
どよめきが起こる。
セーラは姿勢を正して、四方に対して長い間、頭を下げていった。
どこからともなく拍手が鳴り、それは次第に大きくなっていった。
私もいっぱい拍手した。
ブーイングもあったけど、拍手の方が少し多かったように思う。
良かった。
――ふう。
さて。
セーラの覚悟を見せて貰った。
他の2人も強くなっている。
次は私の番だ。
「行くのか?」
私が拍手を止めて姿勢を正したからか、カクギスさんが聞いていた。
「はい。いってきます」
「お主の次の相手は神話の巨人だったか」
「はい。そうです。鉄の巨人です。青銅の巨人の青銅を鉄に変えて弱点を改良して作ったものらしいですね」
「ふむ。――楽しみにしておるぞ」
ニヤッと彼が笑った。
「ありがとうございます」
私も笑い返す。
「それでは。リーシアさんも、また」
「は、はい! ご健闘をお祈りしてます!」
「ありがとう」
私は円形闘技場の地下にある、更衣室へと向かった。
更衣室につくと、今回は久しぶりにビキニアーマーのようだった。
本物の女神の前で、女神の姿に扮するのはダメだと判断したのだろうか。
でも、そう行動したということは神々が来ていることを知ってる人物なはずだ。
誰が私にビキニアーマーを着せるように指示したのか気になる。
ともかく、ビキニアーマーに着替えさせて貰った。
――よくこんな恥ずかしい姿で戦ってたな。
胸元もお腹も何も覆ってなくて落ち着かない。
≫鏡の前に立ってくれ≫
≫見せてー≫
≫はよはよ≫
コメントがうるさい。
と言ってもお世話になってるし無視する訳にもいかないか。
私は自分が確認するために、という言い訳を作って鏡の前に立つことにした。
確認するため、確認するため。
一応、全身をチェックする。
さすがに問題ないか。
少し暗いのが救いだな。
コメントがすごい勢いだったけどこれは無視しよう。
昨日、あまり寝てないせいか少し眠くなってきたな。
今なら眠れそうな気がする。
「少し座って休むので呼ばれたら起こしてください」
「は、はい? しょ、承知しました」
≫ここで寝るのかw≫
≫胆力すごいな≫
≫お姉さんの反応からしても珍しいんだろうな≫
≫昨日、寝てないからだろ≫
≫俺も寝るか≫
≫鏡の前で寝てー≫
「あの、アイリス様、これを」
大きめの布を手渡してくれた。
「ありがとうございます。助かります」
私はその布で身体を包んだ。
本当に助かる。
私は座って目を閉じた。
よほど眠たかったのか、いつの間にか意識を失っていた。
「アイリス様」
呼びかけられただけで目が覚めた。
少しぼんやりしていたけど、すぐに覚醒する。
「ありがとうございます。お陰ですっきりしました」
お礼を言ってから、控え室に向かう。
控え室は前の対戦が始まったときに入る場所だ。
私は防音の魔術を使った。
「いよいよです。思ったより落ち着いています」
≫おはようw≫
≫まさか直前に寝るとはな≫
「私もそう思いましたけど、眠さの方が勝ってしまいました」
≫自信はあるの?≫
「どうでしょう? そこまで自信がある訳ではないんですけど、未知への恐怖とワクワク感が半々で、釣り合いがとれてる感じでしょうか」
≫ちゃんと恐怖もあるのか≫
「はい。怖いですね。でも、持てる力を全て出すにはその恐怖の対象を相手にする必要があります。なので、怖いんだけど楽しみでもあるという不思議な感じです」
≫なるほどな≫
≫すごく勉強したときの試験みたいなもんか≫
≫その気持ちは分からんw≫
視聴者と少し話してから、1人で考えさせて貰うことにした。
セーラの戦いでこちらに来たときのことを思い出したけど、思えばこれまでにもいろいろあった。
自分では変わってなかったつもりだ。
でも、この控え室で待っているときの気持ちは、以前とはかなり違うように思う。
「アイリス闘士」
「はい」
私は係の人に呼ばれると、エレベーターへと連れていかれた。
エレベーターに乗り、地上へと上がっていく。
明るい。
そして観客が多い。
大きく見渡した観客席には人が溢れている。
大歓声。
目の前に居るのは鉄の巨人。
ただ、『彼女』は思い描いていた姿とは違った。
足こそ太いものの、スリムな女性型の巨人だった。
無骨さはなく、見るからに運動性能が高そうだ。
高さは3メートル程度。
山の巨人のルノベルクさんより少し高いくらいか。
槍とアエギスの楯を持っている。
楯には不気味は顔が付いていて目が閉じていた。
あれがメドゥーサか。
そして、全てが強烈な魔術の光を放っている。
さすがは神話そのものといったところだろう。
「アイリス闘士。武器を」
私は頑丈そうな片手剣と、腕に付けるタイプの鉄の盾を選んだ。
盾はそれほど大きくない。
最悪、これも真空の投擲で使うつもりだ。
私が何かをするたびに歓声が聞こえる。
ゆっくりと剣と盾を準備し、そして構えた。
独特の緊張感。
そして、観客席も静まりかえる。
私は視線だけ上に向けて空を見た。
良い天気だ。
「始め!」
私はいきなり必倒の理を使うつもりだった。
ただ、鉄の巨人は、槍を投げるモーションに入っている。
動きが早い。
巨体とは思えない。
槍が彼女の手から放たれると、一瞬で私の目の前にあった。
私の身体はすでに避けている。
ただ、必中の槍のことが頭をよぎったので大きく避けた。
槍は観客席まで飛び、迂回して私に向かってきた。
私はその動きを振り返りもせずに把握する。
槍に魔術の光が宿っているお陰だ。
私はよく漫画などである、追尾する技を相手にぶつけるシーンを思い出した。
すぐに鉄の巨人に向かって加速する。
アエギスの楯はこちらに向いてない。
槍が背後に迫ってきている。
さすがに速いな。
暴風がどの距離で効くか素早く確認した。
彼女から1メートル以内だと微風になる。
思ったより狭い範囲だ。
私は調整して、彼女の目の前で真上に飛んだ。
暴風が使えるギリギリの距離だ。
私の背後の槍が少し上向く。
彼女の腰辺りに向かう。
近くで見るとやっぱり速い。
戦場で見た弓矢より遥かに速い。
驚いたことに彼女は飛んできたその槍を右手で掴んだ。
槍を掴んだ瞬間、私は彼女のお尻がバランスを探してると直感した。
アエギスの楯に内側から細い暴風を送り込む。
彼女の肘が伸びた。
そのままストンと落ち、倒れる。
必倒の理が決まった瞬間だ。
私は暴風で調整しながら着地し、すぐに彼女に向かう。
でも、彼女が急に熱を発し始め赤くなる。
マズい。
私は強引に身体を停止させて後ろに下がった。
彼女は大きく足を振り回して、ダンスのように立ち上がる。
後ろに下がった私も立ち止まる。
ちょうど対戦前に戻った形だ。
お互い挨拶が済んだといったところか。
私は笑った。
鉄の巨人の表情が分からないのが残念だ。
お互い構える。
その私たちの姿に呼応するように、円形闘技場では大歓声が起こっていた。
その歓声が第2ラウンドの合図となるのだった。




