第139話 戦友
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アイリスは嫉妬の女神メガエラと勝負し、完全勝利する。結果、彼女らに敵対行為しない条件を認めて貰い、護衛の交代のために皇帝の部屋へと急ぐのだった。
皇帝の邸宅に入ると、親衛隊員から遠巻きに見られていた。
挨拶をしてもよそよそしい。
メガエラとの勝負が見られていたのかも。
皇帝の部屋に入るとすぐにマリカと護衛を交代した。
今日の夕食にも砒素が混じっていたという。
やっぱり皇帝は精神的に堪えているようだった。
「砒素のことは、早く対処した方が良いかも知れませんね」
マリカが出て行ったあと、防音の魔術を使う。
「ああ」
「ところでご報告があります。親衛隊員を襲った黒い女神の正体です。彼女はフリアエ姉妹のメガエラ様ということが分かりました」
「嫉妬の女神メガエラ様か……。どのようにして知ったのだ?」
「先ほど、彼女と少し勝負をしてまして……。そのときに知りました」
「勝負しただと? 何やら外が騒がしかったのはそのためか」
「恐らくは」
「怪我などはなかったか?」
「大丈夫です」
「そうか。勝負の方はどうなった?」
「むやみに親衛隊に手を出さないように約束して貰いました」
「勝ったのだな……」
身体を起こしていた皇帝が、再び布団に背をつけた。
「心配をお掛けして申し訳ありません」
≫皇帝良い人だな≫
≫まさか神の心を折ってるとは思ってなさそう≫
「しかし、闘技会もあるのであろう。あまり無茶はせぬようにな」
「はい。その闘技会に向けての話なのですが、相談があります。よろしいでしょうか?」
「良いぞ。申してみよ」
皇帝はなぜか少し嬉しそうだ。
「ありがとうございます。巨人の方を練習相手にしたいのですが、どうすれば良いのかと。以前、私が戦った巨人です」
「巨人を練習相手にだと? ううむ……」
「難しいですか?」
「いや、前例がないことなのでな。巨人との意志疎通は成り立つのか?」
「はい。会話したこともありますので」
「ふむ。では意志疎通は問題ないか。あとは議員に提言して貰う必要があるが……」
「け、結構大ごとなんですね」
「ローマの所有であるし、市民の安全に関わる話でもあるのでな」
「……確かにそうですね」
「提言を頼むのはカトーとなるか」
「いえ、完全な私の我が儘ですが、彼の力は借りないことになっています」
と言ってはみたものの、他に議員の知り合いなんて……。
そこまで考えてフィリップスさんのことを思い出した。
討伐軍で首席副官をしていた印象が強くて忘れてたけど、彼もまた議員だ。
「カトー以外でアイリスの事情を汲んでくれそうな議員か。難しいな」
皇帝が腕を組む。
「フィリップス議員はどうですか? 彼とは討伐軍で一緒に戦いました。彼がどう考えているか分かりませんが、少なくとも私は彼を戦友と考えています」
「戦友か……。大切にしなさい」
皇帝は少し遠い目をしていた。
「ありがとうございます。大切にします」
≫フィリップスって誰だ?≫
≫シャザードの反乱で一緒に戦った首席副官≫
≫第一皇子にアイリスを守るように頼まれた≫
≫アイリスに気がありそうだったなw≫
≫奴の従者の命はアイリスが助けてるんだよな≫
「ふむ。では提言はフィリップス卿に頼むと良い。確か、卿は最近当主になったのであったな」
「討伐軍が初陣という話でした」
「そうであったか」
「こういう貴族へのお願いというのは、どのようにするのが正しい手順なのですか?」
「通常は午前中の挨拶で行う」
「あの挨拶の行列ですか……」
「クック。見たことがあるようだな」
「はい。カトー議員の邸宅で見ました。議員はもちろん、並んでる市民の方も大変そうでした……」
「個人的な交流があるのであれば手紙でも良い。形式を守る必要はあるが、ミカエルのところに居る執事長のリンダに聞けば分かるだろう」
「そんな具体的なところまで助かります。聞いてみます」
≫皇帝に雑事聞くのはアイリスだけだろうな≫
≫安心して話せるのがアイリスのみだからなあ≫
そのあとは、挨拶の行列の話から皇帝の健康の話になった。
皇帝はトイレに自力で行けるけど、かなりゆっくりだ。
私はリハビリ用の手すりを作って歩行訓練を行うのが良いと提案した。
ローマに明確なリハビリという概念はないらしく皇帝は感心していた。
リハビリにかなり前向きな様子だ。
ただ、話していて疲れたのか「休む」と言って目をつむる。
すぐに眠りについたようだ。
皇帝が眠ってから、私は魔術の練習をしていた。
空間把握で邸宅内の監視をしながらだったけど。
コメントでは砒素を入れた犯人をどうするかの話し合いが行われていた。
捕まえる派が多い。
私が怪我で護衛出来なくなる可能性を考えて捕まえておいた方が良いというのが理由だ。
さすがに私も鉄の巨人戦で無傷で勝てるとは思っていない。
それにマリカも出場する。
彼女も怪我をする可能性がある。
そう考えると、確かに犯人たちには大人しくして貰った方が良いかもな。
「私も話し合いに参加させてください」
部屋の隅に移動して、防音の魔術を使って視聴者たちの会話に混ざることにした。
しばらく話し合う。
結論として、まずは犯人に指示している人間を突き止めようという話になった。
候補としては皇妃の側近であるユミルさんが考えられる。
≫どうやって突き止める?≫
≫犯人を尋問するか?≫
「尋問する場合は、首謀者側から過剰なリアクションを受けるかも知れません」
≫そのリアクションってどんなの?≫
「一番怖いのは暗殺とかですね。親衛隊にもいろいろな派閥がありますし」
≫暗に皇妃派が関係してると言ってるのか?≫
≫まあ皇妃が首謀者ならあり得るんだよなあ≫
≫アイリスも何度か狙われたしな≫
≫尋問しないならどうするんだ?≫
「そうですね。犯人に指示をしている人物が居るはずです。彼に相談しに行くような状況に持ち込みたいですね」
≫なるほどな≫
≫そんな方法あるのか?≫
少し考える。
犯人が相談に行くようなリアクションとらせるにはどうすれば良いか?
――あっ!
「彼が砒素を使おうとしたときに、それを全部台無しにしてしまうというのはどうでしょう? つまり、次の食事に砒素を使えないようにするということです」
≫面白いな≫
≫砒素がなくなれば相談せざるを得ないか≫
≫命令を守れなくなるからねえ≫
≫頭良いな!≫
≫どうやって台無しにする?≫
「粉末状のはずなので、死角から風を使って回収できないようにばら撒けば大丈夫な気がします。タイミングが難しいですけど、食事を持ってきてから動くはずなのでなんとかなるかと」
≫それなら大丈夫そう≫
≫冴えてる≫
≫チャンスは1度きり。失敗できんぞ……≫
≫プレッシャー掛けるなw≫
≫しかし、良く思いつくな≫
「皆さんのお陰です。あと、アクション・リアクションの考え方が役に立ってます」
≫元々、アイリスって発想力あるもんな≫
≫成長してるなあ≫
≫そういや珍しく丁寧語が居ないなw≫
≫botかと思ってたわw≫
≫ともかく方向性は砒素台無し作成で行こう≫
≫時間ないし作戦に抜けがないか話し合おうぜ≫
話題はこの作戦に問題があるかどうかに移った。
最大の問題は、相談に向かう先が皇宮の外だった場合にどう尾行するかということだった。
結局、私が追えるところまで追う方針にする。
あとは尾行がバレたときにどうするかも話し合った。
これは皇宮の外に出る者に監視をつけることになっているという言い訳で乗り切ることにした。
朝を迎え、皇帝と挨拶を交わす。
少し雑談したあと、深夜に決めた作戦を伝えた。
「犯人に指示した者か。それは私も知りたいところだな。怖くもあるが」
確かに砒素を入れているのが親しい人だったりするとショックかも知れない。
「ただ、このようなことは皇帝になったときより覚悟している。そなたに任せよう」
「任せていただきありがとうございます」
話していて気づいたけど、作戦を決めて実行する私が責任者なんだよな。
なんとか良い方向に持って行かないと。
その後、ビブルス長官がやってくる。
私は外に出て行って、長官にも視聴者と考えた作戦を話した。
持っている食事から良い匂いがする。
「――どうでしょう、ビブルス長官」
「承知した。許可しよう。作戦を行う上でのリスクはどのようなものだ?」
私はリスクとして、尾行がバレたときのこととその対処法を話した。
「なるほど、問題なさそうだな」
「ありがとうございます」
長官は入り口の親衛隊員に食事を渡すと去っていった。
私は皇帝の部屋に戻る。
もちろん、空間把握で長官の持ってきた食事は追っている。
昨日と同じように背の高い痩せた男性が食事を受け取った。
そのまま、キッチンに運ぶ。
彼は服の中から小瓶のようなものを取り出した。
そのまま小瓶をキッチンの台に置く。
その行動を先読みして、置いた瞬間に吹き飛ばした。
小瓶は床に落ちて割れる。
その瞬間を狙って床に風を送った。
これで砒素の粉末は飛び散ったはずだ。
男性は呆然と床を見つめていた。
でも、すぐに気を取り直して掃除を始める。
掃除を終えると、食事をこの部屋に持ってきた。
私は食事を受け取ると、一応銀のナイフで調べてみる。
特に黒ずんだりはしなかった。
その段階で防音の魔術を使った。
「作戦は今のところ上手くいっています。この食事にも砒素は入っていません。ただ、一度、犯人の男性の手に渡っているので食べない方が良いと思います」
「分かった」
そのあと、マリカがやってきたので、すぐに護衛を交代した。
私は空間把握で犯人の動きを追う。
犯人の彼はしばらくキッチンでうろうろしていたが、そこに他の人たちが入ってきた。
食事の用意があるらしく彼らは料理を始めた。
そのまま監視していると、料理の準備を終えた犯人の男性が慌てて外に出て行った。
作戦の内容は皇帝自らマリカに伝えている。
ローマで一番偉い人に雑用のようなことをさせて申し訳ない。
私は皇帝の邸宅をあとにし、犯人を追った。
彼が向かっているのは明らかに皇宮の外だった。
指示していたのはユミルさんじゃなかったのか……。
私は視線を向けずに空間把握だけで彼を尾行していった。
男性は皇宮の門から外に出て、小走りで移動していく。
私は壁を飛び越えて外に出て、彼を追った。
街中に入ってしまえば視界に入らない私の尾行がバレることはないはず。
彼が空間把握が使えないこと前提だけど。
かなり長い距離を追っていった。
15分くらいだろうか。
小走りなので2kmくらいあったかも知れない。
彼は邸宅の前で護衛らしき人に話をしていた。
5分くらいしてからその邸宅に入っていく。
邸宅に入ってから犯人の彼はずっと下を向いていた。
彼は男性と何かを話してから応接間のような部屋に向かっていく。
空間把握で監視してるだけなので、相手の男性が何者かは分からない。
どんな建物か覗き見てみる。
かなり立派だ。
でも誰の邸宅かとかは分からないし、周りに他の邸宅もある。
私は手のひらを左目に向けた。
「質問があります。今、見ている邸宅の中に犯人が居ます。でも邸宅の主が誰かが分かりません。これを突き止める方法はあるでしょうか? 写真とかも取れませんし、正確に場所を伝える方法も思いつきません」
≫周りにランドマーク的なものはないの?≫
「見あたりません」
≫他にも似たでかい家があるしなあ≫
≫誰かに聞いてみるとか?≫
「人通りが少ないのですが、聞いても大丈夫でしょうか?」
≫関係者だったりするのはマズいだろうな≫
≫店とかはないのか?≫
「ないみたいです。来るとき少し上り坂でしたし高級住宅街的な場所かも知れません」
≫場所を覚えて誰か連れてくるしかないか?≫
≫こっちでスクショ撮れば建物は確定できるな≫
≫また来たときに間違えることは防げるか≫
「お手数掛けますがスクショお願いできますか?」
≫OK≫
≫りょ≫
≫任せろ!≫
≫カシャカシャカシャ!≫
「ありがとうございます」
≫上り坂があったのなら丘なんじゃないのか?≫
≫ローマの七つの丘か。名前が知りたいな≫
≫パラティーノの丘じゃないのか?≫
≫宮殿=パレスの語原か≫
≫皇宮の場所がパラティヌスの丘ですね≫
≫パラティヌスはパラティーノのラテン語です≫
≫アイリスさん。皇宮の方向は分かります?≫
「そうですね……。太陽の位置からすると皇宮はたぶん、西です」
≫では、エスクイリヌスの丘かも知れません≫
≫そこまで分かるのか≫
≫通行人に丘の名前を聞いてみたらどうだ?≫
≫ついでに邸宅の持ち主も聞いちゃえw≫
「そうですね。親衛隊の姿ですし、いけるかも知れません」
私は少し様子を見て、服装が貴族でない人が歩いてくるのを待った。
それから、迷ったという名目でここがエスクイリヌスの丘がどうか訪ねる。
お礼を言ったあとに、この立派な邸宅はどなたの住居か世間話的に話してみた。
「ウァレリウス様の住宅ですよ」
「なるほど。立派なものだ」
適当に話を合わせて別れる。
≫上手いなw≫
≫これならさすがにバレないだろ≫
「邸宅内での犯人たちの話はまだ続いているみたいですね。待っていても仕方ないので帰ります」
皇宮に引き返し、親衛隊の詰め所に向かう。
向かっている途中で護衛を連れている長官に会ったので、すぐに声を掛けた。
「長官、少しお話できますか?」
「――ああ、分かった。」
真剣な様子で頼むと、彼は目を閉じてから少し考え頷いてくれた。
すぐに詰め所に入り、防音の魔術を使う。
「防音の魔術を使いました。結論から言うと、砒素を入れていた犯人の尾行に成功しました。犯人の行き先はウァレリウス様の邸宅でした」
「――そうか。ウァレリウス様か」
「はい。ただ、誰と会ったかまでは分かっていません。男性と話していることまでは分かりましたが」
「しかし、ウァレリウス様とはな」
「何かあるんですか?」
「ああ、私の記憶違いでなければウァレリウス様は最近第二皇子派になられたはずだ」
「最近というと元々は違ったんですか?」
「そうだ。元々は皇妃派――第一皇子派だった。変わったのは2年ほど前だ」
「2年前ですか……。それにしても何故皇帝に砒素を? 皇妃派に戻ろうとしているんでしょうか?」
「分からない。ただ、話は複雑になってしまったな」
「そうですね」
「警備体制もどうするか。これまでは親衛隊の皇妃派を皇帝の周りから少なくしてきたが、それも見直す必要があるな。君はどう考えている?」
「はい。今、体制を見直すとこちらの変化を察知されてしまうかも知れません。実際には犯人が誰に相談したかも分かりませんし、そのままの体制で様子を見るというのが私の考えです」
「犯人が相談したのがウァレリウス様ではないと?」
「執事長のような立場の方かも知れません」
「なるほど。それなら派閥が変わっても砒素を盛り続けていた説明もつくか」
「ウァレリウス様の執事長やそれに近い立場の人物の調査は可能ですか? 皇妃の従者ユミルさんと繋がっているかどうかを知りたいです」
「――ああ、調べてみよう。しかし、頭が痛いのは皇帝の護衛だな。君たちも闘技会に出るのだろう?」
君たちと言うのは私とマリカのことだろう。
「伝え忘れていましたが、黒い女神――フリアエ姉妹のメガエラ様――に関しては親衛隊に手を出さないと約束して貰いました。約束してくださったのは虹の女神イリス様ですが」
「なに! 何をしたらそのようなことが可能なのだ?」
「勝負をして私が勝ったのでお願いした形です」
「また無茶を……」
「勝手に申し訳ありません」
「いや、今後のことを考えると助かったのは事実だ。そうか。人員に関してはかなり削減できそうだな。あとは、君たちが抜けることになった場合の体制か」
少し考える。
最大の問題は邸宅の人間が信頼できないことだろう。
数も多いし、どうアクションを取ってくるか分からない。
1人1人調査しても仕方ないしどうするのが良いだろうか。
正攻法以外の方法も考えてみよう。
そういえば、セーラがカトー議員のことを話していたな。
彼ならどうするだろうか。
カトー議員の思考をトレースする。
すると呆気なく思いついた。
目的のために状況をひっくり返せば良いのだ。
全員アクションをとって来ない人間にしてしまえば良い。
つまり、人員の総とっかえしてしまう。
皇妃の周りの人員を変えるのは無理だろうけど、それ以外は全員変えてしまえば良い。
問題は新たな人員をどうするか?
これも考えを巡らすと思いつく。
聞いてくれるかは分からないけど、メテルスさんに頼むというのはどうだろうか?
作法を学びに行ったけど、かなり侍女が居たし教育も行き届いていた。
「出来るかどうか分かりませんが、1つ提案があります」
「――言ってみてくれ」
「はい。私の提案は、皇帝の邸宅の人員をすべて入れ替えてしまうというものです」
「人員を……すべて?」
「はい。誰を疑って良いのか分からないのなら全員を疑わないで済むようにしてしまおうかと」
「そんなことが? いや、可能か? 替えの人員はどうするつもりだ?」
「騎士のメテルス様にお願いしようかと」
「メテルス殿か。確かに彼ならば問題なさそうだな。しかし、まさか彼に伝手があるとは……。どういう経緯で知り合った?」
「討伐軍で一緒に戦い、良くしていただきました。失礼な話かも知れませんが、私は彼を戦友だと思っています」
「あのメテルス殿と戦友か」
「はい。戦いのあとメテルス様の邸宅で礼儀について教わったりもしました。彼は騎士階級の中ではどのような方なのですか?」
「彼は無派閥の中のリーダー的存在だ。影響力は私などとは比べてものにならない」
そこまでの人だったのか。
言われると公正だし面倒見も良いので納得だけど。
「このことを話せるように手紙で頼んでみます。ある程度の事情は話してもよろしいでしょうか?」
「その辺りの判断は任せる」
「ありがとうございます」
「交代した人員の給料や奴隷の者についての話はこちらで考えてみよう」
「ありがとうございます」
フィリップスさんやメテルスさんのことを考えると、何か独特の懐かしさを覚える。
命を預け合ったからだろうか。
私は長官にまた報告すると伝えて詰め所をあとにした。
ミカエルの邸宅に向かいながら、送る手紙の内容をどうするか考え始めるのだった。




