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第136話 女神ミネルウァ

前回までのライブ配信


男装を見抜かれたアイリスは、女神イリスと思われる人物に追われる。しかし、暴風の魔術などを駆使して彼女から逃げ延び、ローマへと戻るのだった。

 既に真っ暗闇だ。

 ローマ市内に入った私は、その足で皇宮に向かった。

 皇宮へは門からではなく壁を乗り越えて入る。

 乗り越えるときには暴風の魔術を使った。


 入ってからは風系の魔術を使うのは控えることにする。

 イリスさんに察知されるかも知れない。


 ミカエルの邸宅にもルキヴィス先生のお陰で入ることが出来た。

 電気で合図を送って裏口を用意された形だ。

 男装もほぼ解けてるだろうから、誰にも見つからない方が良い。


「ずいぶん男前になったな」


 先生からは一言目にそう言われる。


「散々でした」


「ここで待ってろ。ラデュケを呼ぶ」


「ありがとうございます」


 少し待つとホットタオルを持ってきてくれた。


「重ね重ねありがとうございます。そういえば、さっきの襲撃の被害ってどのくらいでしたか?」


「大きなところではレンの奴が鞭を受けて怪我したくらいだな。お前が出てってからの直接的な被害はない」


「そうですか……。レンさんの具合はどうですか?」


「あの様子だと助骨(ろっこつ)くらいは折ったかもな。まあ、治る傷だ。処置も済んでる」


「分かりました」


 ラデュケが慌てた様子でやってくる。


「無事だったんですね、良かった!」


「ラデュケも無事だったんだね。良かった。それで早速だけど、もう1度髪型とかセットして貰える? 護衛を交代しないと」


「――任せてください!」


「ありがとう。いつも助かってるから」


 快く受けてくれたラデュケに感謝する。

 襲撃に巻き込まれたすぐあとだ。

 言いたいこともあるだろうに。


「先生。準備をしながらになりますが、お話できませんか?」


「分かった」


 ≫準備はいつもの部屋で行わないでください≫

 ≫どうしてた?≫

 ≫監視されていた場合、気づかれます≫


 そ、そうか。

 イリスさんなら皇帝の邸宅からでもこちらを空間把握で監視できるかも知れない。

 可能性はちゃんと考えなきゃダメだな。


 その後、空いてる部屋を借りて準備を行う。

 準備中は先生に話を聞いて貰った。

 内容は2つ。

 メルクリウスさんに夜連絡がつくかということと、そのまま皇帝の護衛を続けて良いかということだ。


 メルクリウスさんに連絡はつかないだろうとのこと。

 護衛は続けても良いんじゃないか? という助言を貰った。


 護衛に関しては敵の出方が分からないなら普段通りで良いんじゃないか? ということだ。

 実にルキヴィス先生らしい。

 確かに逃げていてはマリカの負担が大きくなるばかりだし、相手の動向も分からない。


「そうですね。護衛に関してはいつも通りでいきます」


 言いながら緊張するのが自分でも分かった。


「危なくなったら逃げりゃいいさ。逃げられない相手じゃないだろ?」


「――はい」


「しかし、あれがミネルウァ様とはな」


「可能性があるというだけですけどね」


「どちらにしても、偉い女神という前提で動いた方が良いだろうな」


 男装を終えた私は、皇帝の邸宅へと向かった。

 食事も持たされる。

 皇帝のものだ。

 完全に忘れていたけど、犯人を釣る作戦も始まっていたんだったな。


 邸宅の前で記名して、部屋に入る。

 親衛隊員の数が増えていた。

 理由が分からなかったけど、昨日フリアエが暴れたからだと気づく。


「申し訳ありません。遅くなりました」


「大変だったようだな。話は長官より聞いている」


 リドニアス皇帝がベッドに座ったまま、私に顔を向けた。


「もう少し上手く立ち回れれば良かったのですが……。こちらは何かありましたか?」


「――ああ」


 皇帝はドアを見た。

 ああ、内密の話があるのか。


「承知いたしました」


 防音の魔術を使う。

 今回は暴風版で試したみた。

 以前のものより真空の幅が薄くなっている。


「防音化しました」


 私の発言に対して、彼は大きく頷いた。


「――食事に砒素(ひそ)が含まれていた」


 思わず息をのむ。

 ついにか。

 皇帝の顔色も悪い気がする。

 毒を入れた人間が身近に居るとなれば気分も落ち込むか。


「大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない。それより、ノーナ。持ってきてくれ」


「承知いたしました」


 マリカが持ってきた布に包まれていたナイフを開く。

 しかも2本ある。

 確かに黒ずんでいる。


「これってお昼ご飯と夕ご飯のときに検出されたの?」


「はい。空間把握で監視していましたが、キッチンで砒素が混入された可能性があります」


「キッチンか。しばらく泳がせてから現行犯で長官に取り押さえて貰うのが良いかも」


「現行犯……ですか?」


「あ、私の故郷の言葉。実際に犯罪行為をしている最中に捕まえるという意味だね」


「ローマ法にも同じ概念はある。ともかく、犯罪行為を行っている最中に捕まえるというのは私も賛成だ」


「ではその方向でいきましょう。様子を見ながら、闘技会前までに捕まえるということで」


 皇帝とマリカが頷く。


「その闘技会だが、期日が決まった。8日後だ」


「8日後ですか……」


「私も出席する予定だ。健在ぶりをアピールしないとな」


「それは楽しみですね」


「そなたの養成所のマリカも出場するらしいな」


「マリカが!?」


 ここではノーナと名乗っているマリカを見ると彼女は小さく頷いた。


「他にもセーラ様やフゴ様が出場されるそうです」


「フゴさんが……」


 ここのところ一緒に練習してないけど調子はどうなんだろうか?

 セーラはまた猛獣刑だろうけど。


「アイリス以外の実力のほどは把握していないが、どうなのだ?」


「名前の出た全員、同クラスではまず負けないと思います」


「それは楽しみだ」


 皇帝はマリカを軽く見た。

 当の彼女は静かに立っている。


「では、そろそろノーナと護衛を交代します」


「そうだな。ノーナ、遅くまで助かった」


「恐れ入ります」


 マリカに帰って貰ってから皇帝の食事を用意した。

 用意するといっても、ドライフルーツやパンをお皿の上に置くだけだけど。


「食べながらで良いので聞いてください」


 私はミカエルの邸宅を襲撃した首謀者がミネルウァ様と考えていることを話す。

 彼女には私の男装を見抜かれてしまい、それを認めたことも伝える。


「そんなことがあったのか。困ったことになっているな」


「ですね。正体がバレてしまった状態で、こちらにも来てよいものかと迷ったくらいです」


「大丈夫なのか?」


「大丈夫かどうかを確かめるためにも、ここに来ることにしました」


「神々相手にまた豪気(ごうき)な」


「あはは。全く無謀なことをしてるって訳でもないですしね。ミネルウァ様なら他の神に話さないという期待もあります」


「話さない? 理由はあるのか?」


「はい、一応あります。ミネルウァ様の目的が私を闘技会で敗北させることとします。その場合、私の正体を話すと私が先に殺されるかも知れません。その場合、ミネルウァ様の目的が果たせなくなります」


「――確かにユーノ様が知ればすぐにでもアイリスに神罰を与えかねないか」


「仮説に仮説を重ねた話なので、話半分に聞いておいて貰えると助かります」


 話しながらも空間把握で皇妃の部屋やその周辺の監視を続ける。

 特に動きはない。

 彼女たちは3部屋に分かれているようだ。


 そのあと、私がイリスさんからどう逃げたのかという話になった。

 逃走劇を少し面白可笑しく話す。


「それは大変だったな」


「なんとか戻って来られて良かったです」


 そのとき、ミネルウァさんと思われる女性に動きがあった。

 彼女がこちらに向かってきている。


「話の途中ですが、ミネルウァ様と思われる女性がこちらに向かってきてます。1人です」


「1人? 可能性として何が考えられる?」


「可能性として高いのは、私を見極めるといったところでしょうか?」


 覚悟を決める。

 1人でくるということは、私の正体を誰にも話していない可能性は高い。

 しかしドアの前の親衛隊はどうするのだろうか。


 などと考えている間にドアが開いた。

 揉めた様子もない。


 一歩部屋に踏み込んできただけで、その美しさに圧倒される。

 オーラが違う。


 彼女はごく自然に部屋を見渡すと私を見た。

 目が合った。

 片膝をつき、視線を彼女の首元に落とす。


「――アイリス」


 彼女の声が響いた。

 美しい声色に威圧感を覚える。


「はい」


「イリスが悔しがっていた。大したものだ」


「恐れ多いです」


 独特の緊張感の中、返答する。


「私が何者か分かるのか?」


「恐れながら女神ミネルウァ様と考えております」


「心得ているようだな」


「過大な評価、ありがとうございます」


「お前は女神と呼ばれていると聞いたが、そのことについてどう考えている?」


「行き過ぎた呼ばれ方だと恐縮しています」


「否定はしたか?」


「いえ、そこまでは」


 少しの間、彼女から反応がなくなったので顔を覗く。

 蔑むような視線で私を見ていた。


 今のやり取りで? と理不尽さを感じたけど神の価値観が人と同じ訳がない。

 受け入れるしかないか。


 焦りや緊張がスッと消え、戦闘モードになるのを感じた。

 喧嘩腰にならないようにしないと。

 この精神状態のまま、彼女の発言を待つ。


「あの飛び方はどこで身につけた?」


「試行錯誤して身につけました」


 なるべく情報を与えない方向でいく。


「人の身でありながら、試行錯誤で神を超える力を手に入れたと?」


「神々を超えたつもりは全くありません」


「現にイリスから逃げおおせたではないか?」


「とにかく必死でした」


「ではなぜ戻ってきた」


「ミネルウァ様が、私の正体を他の神々に話さないと気づいたからです」


「どうしてそう思う?」


「ミネルウァ様が私の正体を他の神々にお話になったとします。その場合、私が闘技会の前に殺されるか、行方不明になるかも知れません」


 素直に話す。

 過大評価はされるかも知れないけど、情報は与えていない。


「人にしては頭が回るな」


「恐れ多い評価です」


 頭を下げる。


「闘技会とやらには出ると思っていいのだな?」


「はい――」


 私のことを他の神々に言わなければ、という条件を付けようと思ったけど止めた。

 条件を付けることは不敬になるだろう。


「良いだろう。(あざむ)いたらどうなるかというのは知っているのだったか」


「承知しております」


「勝てるなどと考えているのではないだろうな?」


「対戦相手次第では生き残ることくらいは出来るかも知れないと考えてしまっています」


「人がどうこう出来る相手ではないぞ」


 どんな相手かは教えて欲しいな。

 私が探るようなことをすると確実に気づかれるだろうし難しいかな?

 いや、探るようなことをしなければ良いのか。


「どのような相手なのですか?」


「話すと思うか?」


「失礼いたしました」


 冷たい目で見られる。

 さすがにダメか。

 彼女がミネルウァ様と分かり、彼女が対戦相手を用意すると分かっただけで充分ということにしておこう。


「だが、お前の力について話すのなら教えても良い」


「申し訳ありません。戦いである以上、手の内は隠させてください」


「それもまた一興(いっきょう)か。しかし、その態度から察するに、自分が負けるなどとは考えてないのであろう?」


「気持ちだけでもそうありたいと思っています」


「面白いな。おおよそ分かった。来て良かったよ」


「ミネルウァ様とお話できて光栄でした」


 彼女は後ろを向いた。

 圧が消える。

 ようやく終わるかと思うと少しほっとした。


「――青銅の巨人タロスは知っているな?」


「え? はい」


 急に振り向かれて焦る。


「お前の相手を教えよう。鉄の巨人、フェルムタロスだ」


 頭が真っ白になった。


「知っていたか?」


「いえ、いえ、違います、はい。知っていました」


 真っ白いままで、『神を欺いてはいけない』だけを必死で守り言葉を発する。

 言ってからしまったと思った。

 鉄の巨人は私が知るはずのないものだ。


「メルクリウスと話したな?」


「――はい」


「どこに居る?」


「――どこに居るかは、分かりません」


 心臓の鼓動が大きい。


「お前は鉄の巨人(フェルムタロス)を知っていた。その上で生き残れるとも言っていたか」


 なんとか切り替えよう。


「はい。生き残ることが出来るかも知れないと言いました」


「あわよくば勝てると思っているのではないか? 『切断』を使ってな」


「もしも『切断』を使いこなせれば勝機もあると考えてしまっているのは確かです」


 シャザードさんのことまで知っているのか。

 その上で『切断』を使うことまで予測されてる。

 完全に見透かされてるか。

 本当のことはすべて認める方向でいった方が良いな。


「見込みはあるのだな」


「はい。現在、闘技会までにどうやって使いこなせるようになるのかを考えているところです」


「であれば、他の相手を用意することも考えねばな」


 冷めた表情でそんなことを言う。


「私は同時にいろいろなことが出来るほど器用ではありません。少しでも鉄の巨人(フェルムタロス)に勝つために準備をしていくことにしましょう」


 淡々と言った。

 戦闘モードではないけど集中はできてる。


「メリクリウスに伝えておけ。お前のことは言わないでおいてやるとな」


「次に会うことがあれば伝えておきます」


 少し間を置いて、ミネルワァ様は去っていった。

 居なくなってもしばらくそのドアを見つめてしまう。


「クク……」


 忍び漏れるような笑い声が聞こえる。

 皇帝のものだ。


「私のことはまるで眼中になかったな」


 そういえば、皇帝に対して言葉どころか視線すら向けなかった気がする。


「にわかには信じらないが、彼女はミネルウァ様なのだろうな」


「なのでしょうね。雰囲気だけではなく、洞察力も神に相応しいと思いました。それに他の女神たちも居る中で神を詐称(さしょう)することはないと思います」


「女神を詐称すればただでは済まぬか。しかし、この部屋に簡単に入ることが出来るというのは問題だな」


「そういえばどうやってここに入ったんでしょうね。魔術を使ってる様子はありませんでしたが」


 ≫直接護衛に聞いてみたらどうだ?≫

 ≫まあ、それしかないか≫


「ちょっと親衛隊員に聞いてきます」


 私は防音の魔術を解いて、ドアの中から声を掛けて外に出た。

 話しによると、彼女は皇妃の侍医(じい)を名乗り、その証書も見せられたという。


 ≫ミネルウァは医学の神でもありましたね≫

 ≫()しくもアイリスと同じ立場か≫

 ≫アイリスさんを真似た可能性もあります≫


 なるほど。

 私は部屋に戻り、丁寧語さんの意見も含めて皇帝へと伝えた。


「侍医か。いずれにせよ、御方(おんかた)の出入りを禁止することは避けた方が良いだろうな」


 皇帝がため息を吐く。


「そうですね」


 ≫機嫌を損ねたら何されるか分からんからな≫

 ≫神こわい≫

 ≫まさに触らぬ神に祟りなしだわ≫


「ところでアイリスよ。実に堂々とあのミネルワァ様と渡り合っていたな」


「内心は生きた心地がしていませんでした」


「ならば尚更感心する。そなたの強さが垣間見えるな」


「そんな風に言ってもらえて光栄です」


「心配なのは鉄の巨人(フェルムタロス)との対戦だ。実際のところ、どうなのだ?」


「かなり厳しいですね。ミネルウァ様のあの高い洞察力で対策を打たれると、勝ち目はほぼありません」


「にしては焦りが見られぬな」


「これまで何度も絶望的な状況がありましたから。変に慣れてしまったのかも知れません」


 今日もイリスさんから逃げるとき危なかったし。


「その強さ。見習いたいものだ」


「もったいないお言葉です」


 とはいえ、低温脆性(ていおんぜいせい)や暴風の魔術について、ミネルウァ様に本気で対策されると負ける可能性はかなり高い。


 もう1度、セーラも含めて相談した方が良いかも知れない。

 いや、彼女に相談するならメリクリウスさんやルキヴィス先生も一緒の方が良いか。


 使えるものは何でも使う方向でいかないと勝てない。

 カトー議員は……今回はまあいいか。

 皇妃の周りに女神たちが集まっていることくらいは伝えてもいいかもだけど。


「どうした?」


「あっと、申し訳ありません。次の方針を考えていました」


 次に何をするのかが決まったからか、心は落ち着いていた。

 その後、皇帝と鉄の巨人(フェルムタロス)のことや、食事に含まれていた砒素のことなどについて話し合うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔読んでて途中で見なくなっちゃったんだけど久しぶりに1話から通して見てクソおもろかった。完結まで、欲言うとアニメで見たい。
[一言]  うわぁ、神様、こわい…… でも、こう、傲慢な感じが、反感に火をつけますね…… 低温脆化もそうではありますが、電磁石とか結晶構造や自由電子にはたらきかけて云々とか、イオン化傾向の活用、水素や…
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