第134話 正体
前回までのライブ配信
アイリスは視聴者と鉄の巨人の対策会議を行い低温脆性を使うことを閃く。その後、凍結の魔術を使えるセーラの元に行き、彼女の国の王族にのみ伝わることを知る。試行錯誤の結果、アイリスは凍結の魔術を使う手がかりを得るのだった。
ミカエルの邸宅に戻り、男装を解く。
最近はラデュケも慣れてきたみたいで、男装するのも解くのも早い。
その後、用意して貰ったパンを食べた。
「ありがと。お風呂行ってくるね」
ラデュケに声を掛けてからお風呂へと向かう。
ゆっくり湯船に浸からないと、1日が終わった気がしない。
お風呂の間に左目を閉じるのも意識しないで出来るようになっている。
私1人なので、BANされそうな映像が配信されるようなことはないと思うけど念のためだ。
湯気を眺めながら湯船に浸かっていると、私の着替えの服が持ち出された。
嫌がらせかな?
ここに着てきた服も着替えたばかりだから問題はないんだけど。
「服を隠されたみたいなんですけど、これってやっぱりいじめなんでしょうね」
視聴者に語りかけた。
声が反響する。
≫いじめだなw≫
≫前に意味不明な待ち伏せしてた女か?≫
「そこまでは分かりません」
≫これは戦略でいう『プロービング』ですね≫
「丁寧語さんですね? ありがとうございます。プロービング、ですか?」
≫敵対行動にならない範囲での曖昧な行動です≫
≫これで反応を見たり探りを入れる訳ですね≫
≫ジャブで反応みるみたいなものか≫
≫ボクシングは知りませんが近いでしょうね≫
「毎回やられると面倒ですね。牽制しておいた方が良いですか? それともスルーが良いですか?」
≫スルーは良くないですね≫
≫エスカレートする可能性が高いです≫
≫相手の脅威度によって対処は変わります≫
「脅威度ということは、相手の後ろ盾は知っておいた方が良いということですか」
≫そうですね≫
≫有する権力≫
≫属してるコミュニティの中での影響力≫
≫武力≫
≫これらは押さえておいた方が良いでしょうね≫
「ありがとうございます。分かりました。直接彼女に聞いてみます」
≫直に聞くのか!≫
≫っょぃ≫
「彼女の家系ってたぶん第二皇子派の貴族だとは思うんですよね」
≫そりゃそうか≫
≫あてくしのミカエル様にぃ! って感じか≫
≫ならあんまり怖くなくね?≫
≫アイリスの後ろ盾ってローマ有数だからな≫
≫皇帝・親衛隊長官・カトー議員か≫
≫第一皇子。あと反乱で知り合った騎士もな≫
≫っょぃ≫
「さすがにその人たちに私事で迷惑は掛けられません」
≫えらい!≫
≫でも男って女性に頼られるのに弱いからなw≫
≫頼ってええんやで≫
「皆さんには頼りっぱなしです」
≫あらやだ! この子ったら!≫
≫この人たらし! ビクンビクン!≫
「あはは。話を戻しますが、後ろ盾を聞いて問題なさそうなら牽制しちゃって良いんでしょうか?」
≫その話ですが、1つ忘れていました≫
≫誤解があるなら解くのが最重要です≫
「誤解を解く……? あ、なるほど。彼女の動機が、ミカエルに私を近づかせないことだったらってことですね。確かにその場合は、近づくつもりはないと説得すれば良いですね。実際に興味ない訳ですし」
≫その通りです≫
≫興味ないw≫
「説得できなければ、彼女の影響力を探ってみる、という方向性で良いんでしょうか?」
≫はい≫
≫それで問題なければ線引きしてください≫
≫一方的にです≫
≫線を超えたら敵とみなすで良いと思います≫
≫相手の言い分は聞く必要ありません≫
「分かりました」
≫そんな簡単に敵宣言して良いのか?≫
≫こういう場合は舐められたら終わりです≫
「頑張ります」
そのあと、私はお風呂から出て服を着た。
ここに来るときにも着ていた服だ。
「では、いきます」
外に出る。
お風呂上がりにいつも思うんだけど、廊下も暖房が効いているのは良いよなあ。
彼女が居た。
「おはようございます」
笑顔で挨拶する。
「あら、臭うわね」
これは無視して良いだろうな。
「失礼ですが、貴女は貴族階級なのでしょうか?」
笑顔で聞く。
「何? 臭いって言ってるのが聞こえなかった?」
「あれ? 貴族階級じゃないのですか?」
「見て分からない? 貴族よ」
「失礼いたしました。こちらには貴女を含め、洗練された方が多いので判断つかなくて」
素直な感想だ。
「そ、そう?」
「貴女のお父様は第二皇子派なのでしょうか?」
「それがなに?」
「貴女がこの邸宅に居る意味を考えています」
「――何が言いたいの?」
「貴女は、お父様からミカエル様の信頼を得るように言われて来たのではないのですか?」
舌が滑らかに動く。
いつの間にか戦闘モードになっているのかも。
「貴女、なに?」
不快感を露わに私を見てきた。
「申し訳ありません。貴女が不快になることを分かった上で聞いています」
「なんなの? 意味分からないんだけど」
「私にしたことを考えれば、ご自身がどうして不快な目にあってることも分かるかも知れません」
私は真っ直ぐに彼女の目をみた。
感情は特に込めていない。
彼女が一瞬、狼狽えたのが分かった。
「あ、あなたどんな立場で言ってるの? 私は貴族よ。貴女は何?」
声が大きい。
「例えば私が奴隷階級だったとして、陛下の奴隷だったらどうしますか?」
彼女はしばらく言葉に詰まった。
「そ、そんなこと言って嘘だったら不敬に当たるわよ」
「では、不敬に当たるか聞いてみます。陛下とは良くお話しさせていただいておりますので」
「え、陛下はもう長くないと……」
≫どっちが不敬だよ≫
≫確かにな≫
「陛下は快復され、少しずつ良くなっていらっしゃいます」
「そんな話、聞いてない! 適当なでまかせばっかり言って! 奴隷のくせに!」
「でまかせではないですよ。本当かどうかは近い内に分かります」
「うるさい! 貴女なんてすぐに追い出してあげるんだから!」
「私を、ということですよね? 追い出す手段を教えて貰えますか?」
それで彼女の影響力が分かるはず。
「お父様にお願いすればすぐよ!」
「貴女のお父様というのはローマの議員なのですか?」
「当たり前じゃない!」
「なるほど。第二皇子派のお父様の立ち位置などは分かりますか?」
「た、立ち位置? 高いに決まってるでしょ」
≫これは立ち位置知らないな≫
≫娘に派閥の中のヒエラルキーは言わんわな≫
≫ヒエラルキーって?≫
≫組織の中の序列とかそんな感じ≫
ヒエラルキーってそういう意味だったのか。
序列が高ければわざわざ娘を差し出すような真似はしないかな?
あ、でもミカエル邸での内情とかを報告する連絡係という線もあるか。
「貴女は連絡係なんですか?」
「連絡係? なに訳の分からないことを……」
知らないか。
ならやっぱり娘を差し出して、少しでもミカエルに近づきたいってことかな。
彼女の後ろ盾は脅威にならなさそうだ。
第二皇子派ならミカエルの不利になることもしないだろうし。
近くに人は居ないな。
「はっきりさせましょう。私がここに居るのは陛下に関する仕事のためです。陛下の邸宅から近いのでこの場所で寝泊まりさせて貰っています。仕事が終われば出て行きます」
「え?」
固まった彼女を見ながらしばらく待っていた。
「――どういうこと?」
「貴女が私を牽制する必要がないということです。私と敵対して意味があるかどうかを考えておいてください。それと服は返して貰えますか?」
「ふ、服?」
彼女の手に力が入ったのが分かった。
服が握られ、背中側に回されている。
少し実力を見せておいた方が良いかも。
親衛隊でもそれで舐められ難くなったし。
彼女を見つめたまま少し考える。
気づかれずに服を取り戻してみたいけど、無理かな?
カクギスさんの盲点をつくやり方は出来ないだろうし。
光曲の魔術で姿を黒くできれば良かったんだけどな……。
一瞬でも姿を隠せれば、暴風で後ろに回り込めるはず。
そこまで考えてふと気づいた。
霧の魔術!
何かいけそうな確信があったので、私と彼女の間に霧を作った。
あとは、踏みだすと同時に暴風の魔術に乗れば良い。
あ、風で霧が飛ばされるとまずいか。
集中して空気の流れ全体を緩やかにした。
強固にブラウン運動を維持する。
魔術無効に似ているかも知れない。
バンッ!
暴風の魔術が発動したときの音にまで配慮できなかった。
屋内だとかなり響くな。
でも、霧はほとんど残っている。
私は彼女の背後に着地した。
そのまま服を奪い返す。
ちょうどそのとき、彼女は音に驚いたのか、「ひっ」と言いつつ身を縮ませた。
「驚かせて申し訳ありません」
私が言うと、彼女は恐る恐るこちらを見た。
「え、どうして……」
「服は返して貰いますね。あと、次に似たようなことがあれば、一応『敵』とみなしますので」
『敵』をはっきりと強調するように言った。
≫一応w≫
≫まあ、アイリスらしくて良いんじゃないか?≫
≫強者感はある≫
≫っょぃ≫
「では、失礼します」
私は彼女に背を向けて歩き始めていた。
暴風の音が響いたからか、人が集まってきている。
そのまま部屋に戻った。
何か疲れたな。
こうして、私はラデュケとの会話もそこそこにすぐにベッドに入り眠るのだった。
――何か声が聞こえる。
争っているような声だ。
眠っていた私は騒がしさで起きた。
身体を起こして様子を伺う。
ラデュケがドア付近で聞き耳を立てているようだった。
「ラデュケ、何かあった?」
小声で聞く。
「おはようございます。分かりません。お客様がいらっしゃったみたいなんですが」
魔術を宿した人物が2人。
いや、二柱か。
様子から見て、イリスさんとフリアエだろう。
後ろにもう1人、普通の人間が居る。
皇妃の姿をした女神ユーノだろうか。
目的はなんだろう?
嫌な予感がする。
「ラデュケ。すぐに男装をお願い」
「えっ、――と。分かりました」
何か言いたそうだけど、彼女は言葉を飲み込んで私に従ってくれた。
「ありがとう。ここに『アイリス』が居るのはまずいから」
下の広間の様子を確認しながら、鎧を着た。
その後、男装を進めて貰う。
広間はすでに争いに発展していた。
ミカエルを庇ってレンさんらしき人が攻撃を受ける。
フリアエにはルキヴィス先生が立ち向かっていた。
先生が居るなら大丈夫な気がする。
イリスさんともう1人は、ミカエルと何かを話した。
その後、部屋を周り始めた。
誰かを探しているかのようだ。
探しているのは私である可能性が高い。
逃げた方が良いだろうか?
でも、2人は的確に人が居る部屋を回っている。
どちらかが空間把握を使えるのかも知れない。
「ラデュケ、今から得体の知れない2人が来るからそっちのドアを開けて大人しくしておいて。何かあったらルキヴィス先生を頼って」
彼女は口を閉じたまま何度も頷いた。
ドアは2つある。
2人が入ってくるのは廊下側だろうから、ラデュケは隣の部屋に逃げて貰うことにした。
何の合図もなく、ドアが開いて人が入ってくる。
イリスさんは外で待機しているようだった。
ドアは開け放たれている。
その人の顔を見て内心驚く。
皇妃の顔じゃない。
雰囲気も明らかに違う。
凛とした雰囲気、漂う気品と美しさ。
正に神々(こうごう)しい。
――誰だ?
彼女と目があった。
彼女は何も言わずに私の近く、3メートルほど先までやってくる。
「お前がアイリスだな」
小さな声だった。
しかしその言葉の意味することに、動機が早くなった。
≫何者?≫
≫めちゃくちゃ美人だな≫
≫でも、今、アイリスはラピウスなんだろ?≫
その通りだ。
男装しているのに、どうして私がアイリスだと分かった?
まだ、バレてはいないはず。
思考が一瞬で駆けめぐるが、『神を欺いてはいけない』を思い出し、考えるのを止める。
目の前に居るのはたぶん神――。
嘘をつくと敵対することに繋がる。
どうする?
この姿でアイリスだと正体を明かして良いはずはない。
でも、彼女が求めているのは「はい」か「いいえ」の答えだ。
はい、と答えて戦いになったらこの邸宅がどうなるか分からない。
いや、何を最優先にするかと考えたら答えは決まっている。
それなら答えは1つだ。
「――はい。確かにアイリスは私です」
低い声で言う。
≫おい、正体明かしていいのかよ!≫
≫相手が神と判断したのでしょうね≫
≫神は欺いてはいけないので≫
≫これからどうすんだよ≫
≫この状況を切り抜けることの方が重要です≫
「ほう」
感心したような表情。
姿そのものが美しいのはもちろん、仕草にも気品がある。
「では、失礼します」
私は霧の魔術を展開した。
直後、暴風と共に駆ける。
もちろん、彼女に風が当たらないように配慮する。
一気に駆け抜け、ドアの傍に居たイリスさんをも置き去り、一気に中庭まで駆けた。
そのまま、中庭から暴風の魔術を使って飛んだ。
慣れてないので無茶苦茶だ。
あまりの加速度に吐きそうになる。
こんなことなら飛ぶのを練習しておけば良かった。
まずい。
着地までちゃんと出来るか?
そう考えたときに、魔術を宿した誰かが私の方に向かってくるのが分かった。
しかも飛んでいる。
誰だ? イリスさん!?
総毛立つ。
彼女から離れることだけを考えて、無茶苦茶に暴風の魔術を使う。
上も下も分からないまま飛んだ。
暴風の中に居るので、向かい風にはならないけど、飛んでるスピードは分からない。
加速のためか落ちそうになる意識を保ち、本当にギリギリな状態で飛んでいく。
とにかく、私は地面の位置だけを確認しながら、魔術を宿した彼女から逃げた。
私の方が飛ぶ速度が速いことが唯一の救いだった。




