第132話 鉄の巨人
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アイリスは視聴者たちと次の闘技会の対策会議を行った。結果、魔術の根本原理が判明する。アイリスはその原理を元に魔術を使うことで強力な魔術の力を得るのだった。
深夜、皇帝の護衛中。
私は警戒しながらも、魔術の原理に基づいていろいろと試していた。
空間把握は少し使いにくくなっている。
理解が深まったからだと思う。
見ている分子側の解像度が高くて、意識がそっちに引っ張られる。
この空間把握は、砒素の犯人を捕まえるためにも重要な魔術だ。
慣れるために使いっぱなしで過ごすことにしよう。
光曲の魔術は水で試す。
光子と電子の相互作用で起きる、光の拡散をコントロールする魔術だ。
コップの水を白く濁らせることは出来た。
赤・青みたいに特定の色だけ反射させようとしてみたけど、それはやり方が良く分からなかった。
一方でガラスは水のようにはいかない。
今の私だと、分子構造が簡単なものにしか、光曲の魔術は使えなさそうだ。
新しい突風の魔術は、暴風の魔術と名前を変えることにした。
ただ、神の近くでは暴風の魔術は試しにくい。
強い空気の乱れがあると異常を察知される可能性がある。
男装したラピウスとしてここに居るとはいえ、切り札にも成りうる魔術を知られたくない。
それでも早く慣れたいので、意識を邸宅の外に向けて、小さな暴風の魔術を何度も練習していた。
「おはよう」
明るくなってきた頃に皇帝が起きた。
少し前から起きてたっぽいけど。
「おはようございます。良く眠れましたか?」
「ああ。変わったことはなかったかね?」
「はい」
昨日から、毒を盛った犯人たちを釣る作戦を始めている。
ビブルス長官が持ってきた食事を預けて、毒を盛る隙を与えるというものだ。
犯人たちが動くとしたら明日か明後日からだろうけど。
「ところで、闘技会に向けての訓練は如何にするつもりなのだ?」
昨夜、出場することになりそうだと皇帝に話してある。
「魔術の練習ですが、護衛中も影響にならない程度には行っています」
「それだけで問題ないものなのか?」
「はい。恐らく次は大きな怪物だと思われます。剣は効かず、魔術のみが有効な相手だと思います。なので魔術を鍛えるつもりです。それは護衛中でも出来ます」
「そうか。そなたがそういうのであれば信じよう」
「ご心配ありがとうございます」
皇帝と話していると、長官が食事を持って邸宅の前までやってきたのが分かった。
護衛の数が4人になっている。
昨日の拉致があって警戒しているんだろう。
中から人が出てきて食事を受け取った。
あのピザっぽい食べ物は捨てちゃうんだよな。
もったいない……。
思いながらも空間把握で食事がこの部屋まで運ばれる様子を監視する。
特に誰かの手が入ることなく、この部屋まで運ばれてきた。
それを私が受け取る。
良い匂いがした。
「きたか」
「はい。ずっと監視していましたが、誰かが毒物を入れたということはなさそうです」
言いながら銀のナイフを用意した。
ピザっぽい生地にナイフを突き立て、色が変わるかチェックしていく。
「砒素は含まれていないようですね」
「そうか」
言いながら皇帝はため息をつく。
精神的にきてるんだろうな。
悪意で毒が盛られてるかも、なんて考えるだけでも嫌だ。
「リドニアス皇帝。少なくとも私は味方です」
「ああ、分かっている」
その後、マリカがやってきた。
皇帝の食事も持ってきてくれている。
匂いのするものだと作戦に気付かれるかも知れないので、ドライフルーツと普通のパンだ。
私の食事はミカエルの邸宅で用意して貰うことになっている。
お腹が空いた。
早くマリカに交代して貰おう。
と、そこで気付いた。
女神フリアエだと思われる光が、階段を降り、邸宅を歩き回っていた。
歩き回りながら、何人もの隊員たちに近づいている。
彼女が近づくと、隊員たちはフリアエについていくようになっていた。
フリアエはそのまま隊員を引き連れて外に出ようとしている。
挙げ句に引き留められた入り口の隊員すら引き連れていった。
隊員が勝手に持ち場を離れるなんて考えにくい。
フリアエが何かしたのか?
確か彼女は対象を狂気に陥らせることが出来るはずだ。
魔術で思考をコントロールすることなんて出来るのだろうか?
そんな恐ろしいことが自在に出来るなんて考えたくない。
彼女の狙いは私だろうし。
私が護衛を交代して外に出ることを見越しているんだろうな。
でも、今居る皇帝の部屋で狙わなかったのはどうしてだろう?
彼女らが人間の事情に気を遣うとは思えない。
皇帝に危害を加えないような取り決めでもあるのだろうか?
一応、皇帝にも言っておこう。
それで視聴者にも伝わるだろうし。
「皇帝。交代の時間ですが伝えることがあります。女神フリアエ様と思われる方が、親衛隊員を従えて邸宅の外に出ました。私を狙っているのだと思われます」
「なに? いや、そうか。昨日の長官のことがあったからだな」
「恐らくはそうです。隊員がフリアエ様に操られて可能性があるので、見過ごす訳にはいきません」
「解決の当てはあるのか?」
「難しいですね。逃げるか交渉するかです。逃げてしまえば隊員がどうなるか分かりません」
「行くのだな」
「はい」
皇帝と見つめ合ったまま時間が流れた。
「そうか。そなたなら解決してしまうだろうという期待がある。頼むぞ」
「はい。余計な心労をお掛けして申し訳ありません」
「知らされぬよりは良い」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
「アイリス……。あ、いえ、ラピウス様。どうか御武運を」
「ノーナもありがとう」
私はマリカに笑顔を向けて部屋を去っていった。
部屋の外の2人の隊員だけは残っている。
この2人が無事なのは、私に異常が起きてることを知られるのを嫌ったかな?
邸宅の外に出ると同時に奇襲を掛けてくる可能性があるか。
こういうことばかり頭が回るようになってしまった。
ふぅ。
出口に向かいながらため息をつく。
外に出ると同時に暴風の魔術で隊員を吹き飛ばし、フリアエの近くで頭を下げて片膝をつけよう。
それで隊員たちを解放するようにお願いしてみる。
片膝をつけるのは、彼女の手が届かない範囲が良いかな。
触れられると、狂わせる魔術を使われるかも知れないし。
私は邸宅の出口に到着した。
「これからフリアエに奇襲されます」
≫了解≫
≫事前通告、助かる≫
≫奇襲されますって変な日本語だなw≫
私は小声で視聴者に向けて言ってから、いつも通り外に出た。
「――いけ」
しわがれた声だった。
黒い女性――フリアエの声だ。
距離は2メートルとちょっとか。
8人の親衛隊員が無表情で私に殺到した。
彼らの手元に剣はない。
殺すつもりはないのか?
パパパパ……。
小さな暴風の魔術を連続で発生させる。
足を止めることには成功する。
転がすにはもう少し威力が必要かな。
ババババ……。
暴風の時間を0.5秒くらいにすると、彼らは吹き転がった。
転がった彼らを、更に暴発の魔術で転がす。
調整がなかなか難しい。
ここまで5秒も掛かっていない。
私はすぐにフリアエの元に近づき、ひざまづいた。
彼女の鞭は手にある。
鋲のついた当たると痛そうな鞭だ。
「先日は失礼しました」
私は頭を下げたまま低い声で言った。
「責任は私にあります。他の者は解放していただけませんか?」
しかし何も返事がない。
身動き1つした様子もない。
彼女と意志の疎通って出来るんだろうか?
思っていると彼女が手を伸ばしてきた。
私はひざまづいていた片膝を上げて、逆の足でひざまづき直した。
彼女が手を伸ばしてくる。
私は膝を変えてひざまづきかえす。
円を描くように下がりながらそれを繰り返した。
≫何してるんだ?≫
≫下がってるのは分かるが≫
配信の動画では地面が動いてることしか分からないだろう。
私がフリアエの怪しい行動を避けているとは、想像できないと思う。
彼女は立ち止まった。
筋肉を動かす電子の流れが分かる。
私はその場を飛び退いた。
バシッ!
鞭が地面に叩きつけられる音がした。
≫うぉ≫
≫なんだ今の音≫
≫鞭じゃないか?≫
「私以外の者は解放して貰えませんか?」
低い声で言いながら、立ち上がりそうな隊員たちを暴風の魔術で転がす。
フリアエは鞭を私に振るった。
私は最小限の動きで避ける。
パァン!
音が鼓膜を通して頭に響いた。
そうか、この音がうるさいことを忘れていた。
私はキーンと響く感覚の中、次に攻撃された鞭を避ける。
避けたあとに音ごと暴風の魔術で吹き飛ばした。
暴風の魔術は、突風と違ってタイミングを考えなくて良いので楽だ。
暴風は威力が高すぎるのが難点だけど、そこさえコントロールできれば使い勝手は良いんじゃないだろうか。
鞭で攻撃される間隔も割と長い。
私は暴風の魔術を応用して、鞭を避けて見ようと考え始めた。
攻撃されるタイミングを見て、一歩体重移動する。
それに合わせて暴風の魔術を放つ。
低めの威力から。
バッ。
――とと。
思ったより威力があって転びそうになった。
使うタイミングも悪い。
それでも鞭は避けられる。
私は幾度となく繰り返される鞭を避け続けた。
いつまで続くのだろう。
でも、良い機会だ。
彼女が根を上げるまで勝負することにした。
お陰で暴風の魔術にも慣れてくる。
暴風の場合は、身体の周りごと風を動かした方が良いことにも気付いた。
まるで重力が減ったようだ。
月面で移動するとこうなるんだろうな。
また、距離を大きく移動する場合は、着地の瞬間に暴風を逆向きにする方が負担が少ない。
あとは、180°の切り返しはしない方が良いことくらいかな。
≫なんだこれ、どうなってるんだ?≫
≫酔うな≫
私は暴風と共に縦横無尽に飛び回りながら鞭を避け続けた。
力は最小限で済んでいるのでほとんど疲れない。
操られている親衛隊を、たまに吹き飛ばす方が気を遣うので疲れる。
そんな状況になってもフリアエの感情は読めなかった。
鞭の攻撃を10分は続けているはずなのに彼女の疲れは見えない。
こうなったらどこまでも付き合ってみよう。
私は意地半分、練習半分で避け続けた。
そのうち、親衛隊が集まってきて操られていた親衛隊を捕らえてくれた。
フリアエについては、皇妃の客人ということを伝えて手を出さないで貰っている。
更に親衛隊が集まり始めると、彼女は攻撃の手を止めた。
そのままじっとしていたかと思うと、何事もなかったかのように去っていった。
隊員たちが彼女を引き留めようとする。
「彼女に近づかないでください。正気を失う可能性があります」
追いかけようとする他の隊員たちを制止させた。
選抜試験で私が追いつめた人も居る。
そのせいか、割と素直に私の言うことを聞いてくれた。
力を見せておくって大事なことなんだな。
「そちらの隊員たちの異常は、あの黒い女性の仕業だと考えています。しかし、彼女は皇妃の客人です。捕らえる訳にはいきません。長官の判断を仰ごうと思います。どちらにいらっしゃいますか?」
「恐らく皇宮の控え室にいらっしゃるかと」
「ありがとうございます。あと、現在皇帝の邸宅内には誰も隊員が居ません。護衛を受け持ってくれる隊はありますか?」
誰も手を挙げようとしない。
十人隊長だと思われる3人が顔を見合わせていた。
正気を失わせる能力を持った得体の知れない女性の居る場所には踏み込めないか。
「あの女はなんなんだ?」
「分かりません。私にも皇妃の客人としか」
沈黙が続く。
皇妃の客人ともなれば簡単に手も出せず、正気を失うかも知れない。
リスクがあるのに名誉にもなりそうにない。
そんな状況で邸宅に入る決断をするのは難しいだろう。
「分かりました。私も邸宅に入ります。もし女性が襲ってきたら私が対応します。代わりに長官への連絡をどなたかお願いします」
「分かった。私の隊が入ろう。長官への連絡は頼めるか?」
「承知した」
こうして私は再び邸宅に入ることになった。
先に入り口に向かう。
フリアエはすでに皇妃の部屋に居るようだった。
隊員2人を外の護衛に置き、私たちは邸宅に入っていく。
その後、皇帝の元に再び戻り、起きたことを話す。
長官を待っていると15分後くらいに慌ててやってきた。
長官は隊員を20人以上は引き連れてきている。
その中にはエレディアスさんも居た。
まだ片腕が使えないのに大変だな。
「君はもう休みなさい」
長官の方が疲れてそうなのに、そう私に声を掛けてくれた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えます。何かあったらノーナに言って連絡させてください」
フリアエの狙いは私か長官だ。
ビブルス長官もそう判断したから私を帰すのだろう。
私は長官と隊員たちに礼をして、ミカエルの邸宅に戻った。
皇帝の邸宅の隣なので、すぐにたどり着く。
戻るなり、ミカエルに呼ばれた。
「なんでしょう?」
応接室に通されると、そこには丸めたパピルスを私に見せるミカエルが居た。
「ルキヴィスからのメッセージだよ」
「メッセージ? 何かあったんですか?」
「彼が見つかったってさ」
見つかった?
少し考えてすぐに思い当たる。
先生にはメリクリウスさんを探して貰っていた。
「メリクリウス様ですよね? どこに居るんですか?」
「君と一緒に行ったカフェに居るってさ。ルキヴィスがどこか行かないように見張ってるみたいだよ。神に対して不遜だよね」
「その場所なら分かります。向かってよろしいでしょうか?」
「もちろん」
問題は、今の男装したラピウスの姿で行くか、アイリスの姿で行くかだ。
メリクリウスさんは味方じゃない。
ラピウスの姿で正体を明かすのはリスクがある。
ただ、彼もスピンクスたちに見つからないように行動している気がする。
先生が彼を見つけたということは、彼が秘密裏にスピンクスたちの動向を探っていたということだろう。
「はい。では、行ってきます」
「その姿のままでかい?」
「今は急いだ方が良いと思いますので。リスクは承知の上です」
「そう。いってらっしゃい」
笑顔のまま送り出された。
私はまず、円形闘技場に急いだ。
とはいえ、人も多くあまり急げない。
そのため、暴風と一体化しながらジョギングする感じになった。
全速力に近い速度がでる。
円形闘技場に着くと、そこからカフェへの道順を思い出しながら歩いていった。
カフェはすぐに見つかった。
ルキヴィス先生の義手の魔術の光で分かった。
「ご無沙汰しております」
談笑している2人に寄っていって挨拶する。
低い声だ。
「よっ、早かったな」
ルキヴィス先生がイスの背に手を掛けて振り向いた。
「はい。助かりました」
「君か。分からなかったよ。化けるもんだね」
「このような姿で失礼します」
「いいよいいよ」
「お話しておくと、要人の護衛をする姿です」
「お姉さーん。注文よろしく!」
聞いちゃいない。
「何にする? 支払いは彼持ちだけど」
「あ、そういえば以前にお借りしたお金を持ってきてないです」
そもそもまだ優勝賞金を貰ってないので、お金はないんだけど。
「えー、その借りは高くつくよ?」
「す、すみません」
「あんまりいじめてやるな。そもそも借りのこととか覚えてなかったんじゃないのか?」
「ばれたか」
――なんか気安い関係に見えるな、この2人。
「お2人は知り合いだったんですか?」
「いや?」
2人は笑顔と真顔で返してきた。
笑顔はメリクリウスさん、真顔は先生だ。
「そうなんですか。仲が良さそうに見えたので」
「男と仲が良いとか心外だね」
「俺も心外だが、こういうのとの付き合いは慣れてるからな」
先生がメリクリウスさんに視線を向ける。
慣れてる相手というのはミカエルのことだろう。
「誰? 嫉妬しちゃうね」
「大した関係の人間じゃないさ」
「――ところで、お2人が飲んでいるのはブドウジュースですか?」
「ああ」
「では、同じものをいただきます」
「店員さーん。もう1つブドウジュースよろしく!」
通る声でメリクリウスさんが注文した。
「ありがとうございます」
「それで何が聞きたいの?」
「聞く前に1つ確認させてください。交換するのは私の持っている『客人』の情報で良いんですか?」
「どうなんだろ」
相変わらず、必要なことにすら答えてくれない。
「分かりました。では、聞きます。私の知りたいのは2つです。1つは彼女たちがローマに送ることが出来る最強の試練です」
「ふんふん。それでそれで」
「2つ目は、闘技会の作戦を考えたのが誰かということです」
「もう闘技会なんてあるんだね? その作戦ってどういう目的だと思う?」
「私は今、行方不明ということになっています。それで闘技会を開いて――」
「ああ、そういう作戦ね。確かに参加させてしまえば探すより簡単か」
「はい」
「それで1つ目に関して君自身は誰だと考えてるの?」
「1つ目の最強はヘルクレス様かと」
「2つ目は?」
「闘技会を開く作戦を考えたのは、ローマに来ている方々以外だと思っています」
「どうして?」
「アプローチが別人みたいに違うんです」
「アプローチか! ははっ、面白い表現するね」
あ……。
昨日の対策会議の言葉が頭に残っていた。
「モテる女は違うね。男関係はどうなの実際?」
メリクリウスさんが先生に聞く。
「大人気さ」
「やっぱりねー」
……話を戻そう。
「アプローチの違いはそうですね。良いとか悪いではないんですけど、力押しなタイプと嫌なところに一手打っておくタイプの違いがありました」
「嫉妬すると目の前のことしか見えないからね、あの方」
≫言い方ァ!≫
≫上司の奥方にそんなこと言って良いのか?w≫
「ふ。苦労してるんだな、あんたも」
「本当にね」
共感しあったのか2人は笑いあう。
「それで作戦を与えた方は誰だと思われますか?」
「あの2人が協力してるとか珍しいこともあるものだよね。あ、そうか。君って女神って呼ばれてたんだっけ?」
「――女神様なんて恐れ多いにもほどがあります」
≫話の流れからするとミネルウァか≫
≫ギリシャ神話でいうとアテナだっけ?≫
≫女神を騙る人間には厳しいミネルウァ様!≫
≫それで殺されるのはなあ……≫
≫蜘蛛に転生させただけだから!≫
「判断するのは彼女なんだよねえ」
「分かりました。少なくともミネルウァ様レベルの方が関わってることを前提に動きます」
「一言も彼女だなんて言ってないけど?」
「私が勝手に思ってるだけです」
メリクリウスさんが少しの間、私を眺めていた。
ルキヴィス先生もそれに気付いたのか私を見る。
「青銅の巨人の話は知ってる?」
「――青銅の巨人ですか」
≫ユーノの息子が作った無敵の巨人タロスです≫
≫神話の英雄たちをも苦しめた強敵です≫
≫足裏から神の血を抜いてようやく倒しました≫
≫アルゴナウタイに出てきます≫
アルゴナウタイか。
こっちに来てから聞いたことはある。
「神話の英雄たちを苦しめた無敵の巨人、ということくらいなら」
「そうそう。知らなかったら危なかったね。その青銅の巨人の改良版、鉄の巨人が居るって言ったらどう思う?」
≫ローマだと鉄=鋼鉄です≫
≫恐らく青銅の巨人より、かなり驚異ですね≫
≫鍛冶の神ウルカヌスが作成者かと≫
「そんな巨人が闘技会に出てきたら私の勝ち目はなくなりそうですね……」
「――ふ。こいつで出来てるってことか」
ふと、ルキヴィス先生が左手を開いて見せてきた。
≫おい、まさか≫
≫義手の鉄って……≫
先生の義手は魔術の固まりのようなものだ。
この義手だけで神レベルの魔術を宿している。
義手だけでも驚異なのに、鉄の巨人は全身がこれで出来てる?
本気で勝てるビジョンが浮かばなかった。
「顔色が悪いね。神にでも祈ってみたら?」
「そうですね。メリクリウス様に祈ってみます」
「それは良い! 知恵と幸運を司ってるからね。ぴったりだよ」
「本当にぴったりですね。ありがとうございます」
不安を吹き飛ばすかのように笑顔を返しておいた。
この後、私の持つ四柱の情報を彼に話す。
彼女たちの名前は明言はしなかったけど、当然のように理解しているようだった。
それから私たちは別れることになる。
店をあとにして皇宮に向けて歩き始めた。
「あんたの任務ってまだ続くんだよな」
「あの方が帰るまではね」
「どこにも行けず、誰とも話せず、じっと見張るだけ時間が続く訳だ」
「気が滅入ること言うね、君」
「幸運を」
先生は良い顔でメリクリウスさんの方を向く。
「初めて言われたよ」
「たまには良いんじゃないか?」
「そうだね」
「ま、俺たちで良ければまた話し相手になるぞ」
「悪くない提案だね」
「ラピウス。お前はどうだ?」
先生が聞いてきた。
「またお話させて貰えるってことですよね。こちらとしてもありがたいです」
「時間は今日と同じくらいでいいのか?」
「はい」
こうして、メリクリウスさんと話す機会がまた出来てしまうのだった。
次の機会こそは彼に返すお金を持ってこないと。
鉄の巨人のこともちゃんと考えなければいけない。
その巨人が出てくれば、今の私では通じない。
対策が振り出しに戻ったような感じだ。
考えながら、私たちはメリクリウスさんに別れの挨拶と感謝を述べて、皇宮へと戻っていくのだった。




