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第12話 再会

 翌朝、昨日からの見張りの女の子に起こされた。

 顔を洗ってから、彼女に髪を櫛で解いてもらう。

 相変わらず、彼女は緊張してるみたいだった。


 その後、護衛の人に連れられて皇居を出る。

 明るい中で見た皇宮の内装や外観はあまりにも美しく豪華で、思わず見とれてしまった。


 ≫ちょっとした観光気分だな≫


 ボクは円形闘技場(コロッセウム)の横にある剣闘士養成所に行くことになっていた。


 皇宮から養成所までは緩やかな坂道を降りてすぐだ。

 先には巨大な円形闘技場(コロッセウム)が見えている。


 太陽が眩しい。

 昨夜はかなり疲れているはずなのに全く眠れなかった。


 足も痛かったし、見知らぬ場所で床に布一枚という環境もあったと思う。

 でも、やっぱり巨人に殺されることに心が向き、考え始めたら止まらなかった。


 ≫養成所ってどんなとこ?≫


 コメントを見て、護衛の人に養成所がどんな場所なのか聞いてみる。

 話によると、場所は大きく男女別になっているとのことだった。


 ただ、今現在、女性の剣闘士は1人だけとの話だ。


 ≫あのビキニアーマーの子かな?≫


 そのコメントで一緒に戦った女の子のことを思い出す。

 性格はよく分からなかったけど、一緒に戦っただけあって戦友のような特別な印象がある。


 向こうはボクのことを邪魔者くらいにしか思ってない可能性が高いけど。


 養成所に入っていく。

 すると、その養成所の建物に囲まれた広場があった。

 ここで練習するんだろうか?


 ≫広いな≫


 何人くらいがここで練習してるんだろう?

 更に護衛の人に着いていくと、ちょうど一緒に戦った女の子が姿を現した。


 戦っているときは、頼りにしてたせいかもっと身体が大きいかと思っていた。

 でも、実際はかなり華奢だ。

 さすがにビキニアーマーではなく、長いシャツを腰のところで結んだだけのローマっぽい格好だった。


 女の子はボクたちの方を見て、立ち止まった。


「何? 新しい剣闘士?」


 すぐに聞いてくる。

 護衛の人がボクを見た。

 ボクに挨拶しろということなんだろう。


「はい。今日からお世話になります。アイリスです」


「そう。私はマリカ。どのくらいの付き合いになるか分からないけど、よろしく」


「ありがとうございます。付き合いは短くなると思います。よろしくお願いします」


「短く? なんで?」


 マリカと名乗った彼女はボクの顔をまじまじと見つめる。


 そして、驚いた表情を見せた。


「貴女!」


「もしかして、覚えててくれました?」


「——ウェテラヌスになってからのせっかくの初戦を邪魔してくれたからね」


「その辺りは、いまいち事情を把握してないんですけど」


「そうなんだ? 話す機会があれば愚痴代わりにいくらでも——」


「おい。俺はもう行くぞ」


 ここまで案内してくれた護衛の人が会話を遮って言った。


「はい。ここまでの案内ありがとうございました」


 笑顔で言ったのにも関わらず、護衛はむすっとした顔で去っていく。


「ここに来たってことは、剣闘士になったってこと?」


「はい。巨人と戦うらしいです」


「巨人? 貴女がとても戦えるとは思えないけど、もしかして何か悪いことした?」


「昨日、あれから娼館に売られそうになったので逃げたら罪人になりました」


「うわっ、なにそれ? あれからそんなことになってたんだ」


「はい。昨日はもう最悪の1日でした」


「それにしては貴女——アイリスは冷静に見えるけど?」


「昨日は眠れませんでした。今は小康状態というか現実感がないような時間なんだと思います」


 そういえば、今は何時なんだろうか?

 6時間くらいは横になってた気がするから朝6時とか7時?

 日本は昼過ぎくらいかな?

 そういえばコメントが少ない気がする。


「女性の剣闘士はマリカさん1人なんですよね?」


「そう。これから1人で朝の自主練するところ」


「見させてもらってもいいですか?」


「いいけど、反復練習だから面白くないと思うよ?」


「大丈夫です」


 マリカさんは出てきた部屋のドアを閉めて、すぐ傍の広場に向かう。

 1メートルくらいの木剣を持っているのでこれで練習するのだろう。


 ≫良い足をお持ちで≫

 ≫いやいやお尻でしょう≫


 マリカさんの後ろ姿に反応したコメントだと思う。


 長いシャツは膝上くらいまでしかなく、後ろから見る太股から膝裏、ふくらはぎが眩しい。

 お尻はウエストで絞られた紐と、薄手の布のお蔭で形がよく分かった。


 もしかしてボクもマリカさんみたいに見えてるんだろうか?

 だとするとなんか恥ずかしいんだけど。


 それにしても、コメントの人たちは目の付け所がさすが過ぎる。

 そんなことを考えながら広場まで出ると、欠伸(あくび)をしている男が立っていた。


「あれ、誰ですか?」


「知らない」


 こちらに気づいた風の男が、何か手招きしている。


「こっち来いって言ってるみたいですね」


「はあ? どうして知らない男のために労力割かないといけないわけ?」


「ちょ、ちょっと聞いてきます」


 ≫パシリ誕生の瞬間である≫

 ≫マリカちゃん気が強いなw≫


 眠そうな男に近づいていくとすぐに左手首の先がないことに気づいた。

 左手首?

 昨日の夜に左手が光っていた男のことを思い出す。


「ここの剣奴でいいのか?」


「ケンド?」


「違ったか?」


 ≫剣の奴隷と書いて剣奴≫

 ≫コロッセウムで戦わされる奴隷のこと≫


「あ、いえ、今日なったばかりなので慣れてなくて。剣奴です」


「慣れてないならそんなもんさ」


 そう言ってからまた欠伸をする。


「すまんな。昨日は年甲斐もなくはしゃいじまってな」


 彼のその少し回りくどそうな表現と内容に、ボクは昨日の夜を思い出していた。


「あっちの女の子も剣奴でいいのか?」


「はい。そうみたいです。ボクもさっき会ったばかりなんですけど」


 ≫よく見たら左手ないな≫


 昨日、一緒に警備隊から逃げたの男の左手が光っていたことは配信で伝えてないんだっけ?

 あーでも、伝えてたとしても昨日からずっと見てる人がいるとは限らないか。


「ところで何か用事ですか?」


「ああ、用事だ。大事な、な」


 言いながら一呼吸置いて、彼は目を細めて笑った。


「俺は今日からお前たちの面倒を見ることになったルキヴィスという。よろしく」


「そうなんですか」


「ちょっと! 聞いてないんだけど、フーベルトゥス先生はどうなって」


「ああ。さっき退職したみたいだぞ? 俺に全てを託してな」


 マリカさんは聞き耳を立てていたのか、遠くから突っ込みを入れてきた。

 彼女は少しの間だけ悩む様子を見せてからこっちにやってくる。


「退職って一昨日まではそんなこと言ってなかったけど?」


「本人もさっきまでそんなこと考えてなかっただろうな」


「それってどういう——」


 マリカさんがルキヴィスさんに一歩近づく。


「情報としては正確だぞ」


「そういうことじゃなくて!」


「よし、こうしよう。今からいくつか選択肢を用意する。その中から、俺が訓練士として相応しいかどうかを試す方法を選択してくれ」


「選択?」


「ああ、次の3つの選択肢だ。その1、お前に圧倒的な強さを見せつける。その2、お前の弱点を見抜き、改善策を授ける。その3、お前の長所を更に伸ばす。さあ選んでみろ」


「は?」


「ほら、早くしろ。10、9、8、7」


「——ちょっと待ってよ。じゃあ、弱点を見抜くってやつで」


 ≫素直だなw≫

 ≫お父さんは心配です!≫


「2か。良い選択だ。じゃあ、その剣で掛かってきてくれ。本気でな」


「いきなり過ぎるんだけど?」


「こういうことは早い方がいい」


「——いいけど。怪我しても知らないから」


 マリカさんが剣を構えた。


「その場合は美人のお姉さんにでも看病してもらうさ。ああ、そっちの新人さんは離れててな」


 ルキヴィスさんも半身になる。

 それで2人の間が緊迫した。

 いきなりの展開に頭がついていけないけど、ボクは言われた通り離れる。


 あの女の子は昨日の怪物ともまともに戦っていたくらいだ。

 並の男では勝てないだろう。


 もっとも、訓練士の正体は8割くらいの確率で昨日の左手の男だと思っている。

 声も話し方も思い当たる。

 それなら実力にはなんの問題もないはず。


 ≫え、なにが始まるんだ?≫

 ≫いきなり物騒だな≫


「剣は? 素手なんだけど?」


「心配いらない。掛かってくれば分かる」


 次の瞬間にマリカさんが動いた。

 あれ?

 マリカさんの顔付近が変に光ってる?


 そんなことを気にしてる間もなく、後ろに構えていたマリカさんの木剣が、横薙ぎに振られる。


 でも当たったと思った木剣が、空を切る。


 彼女はそこから胴体への突きを放つ。

 それも届かない。


 更に踏み込んでの振り下ろし。

 それも当たったと思ったが、訓練士は振り下ろされた木剣の横に立っていた。


 ≫え? すごくね?≫

 ≫当たったと思った≫


 そんなギリギリの攻防が長い間続く。

 昨日、怪物と戦っていたときも思ったけどマリカさんすごい体力だ。

 ひょっとしてあの口元の光が何か影響しているんだろうか?


 それを余裕で避け続けてる訓練士も異常だと思う。

 これは9割の確率で左手の男だな。


「大体分かった」


 男はそう言った直後に、マリカさんが持っていた木剣を奪い、剣先を彼女に突きつけた。


 ≫つええ!≫


 本当に強い。


「——何者?」


 マリカさんが言った。


「よろしくな。俺はお前らの訓練士だ。おっと、お前らは失礼だな。自己紹介といこうか」


「その前に、私の弱点って?」


「ああ、そうだったな。お前は長く速く連続攻撃が持ち味っぽいが1点惜しい弱点がある。連続攻撃の中で相手を崩そうという意志が見えない」


「崩そうという意志? えーと」


 マリカさんは分かってない顔をしている。


「実際にやってみた方が早いか。俺が3連撃するから避けてみろ。その剣借りていいか?」


 マリカさんは訓練士に木剣を渡した。

 訓練士は、「いくぞ」と言ってそれほど速くない攻撃を3つ連撃した。


 横薙ぎから突き、更に振り下ろし。

 マリカさんの最初の3連続攻撃と同じだ。

 マリカさんはそれを難なく避ける。


「このくらい簡単だけど?」


「なかなかいいな。じゃあ、もう一度同じ3連撃いくぞ」


「え?」


 横薙ぎ。

 マリカさんは避ける。

 しかし剣はそのままマリカさんの胸元で止まる。

 マリカさんは仰け反ったまま。

 剣が素早く引かれ、その体勢に突きが撃たれる。


「くっ」


 マリカさんは身体を捻ってなんとか避ける。


 もう避ける余裕はなさそうだった。

 そこに剣が振り下ろされ、寸止めされる。

 マリカさんはそのまま尻餅をついた。


「崩すというのがなんとなく分かったか?」


 マリカさんは黙っていた。


「そっちの新人さんは分かったか?」


「なんとなくなら」


「ほお? 話してみろ」


「1撃目、マリカさんの胸元で剣を止めましたよね? あの剣が邪魔で十分に避ける準備ができなくなったように見えました。それが相手を崩すってことに繋がるんじゃないかと」


 ≫なるほど分からん≫

 ≫そうなのか?≫

 ≫反らしたままだと次を避け難いってこと?≫


「完璧な答えだな。こういった戦いの経験は?」


「ありません」


「そうか。ちょっと剣を振ってみてくれ。利き腕でな」


 訓練士が木剣を渡してくる。

 想像より短くて軽いが、この身体だと振るだけで辛そうな気がする。


「せい!」


 思いっきり振ると、剣は飛んでいってしまった。

 木剣が転がっていって止まったあと、イヤな空気が場に流れる。


「まあなんだ。これからいいこともあるさ」


「なにそれ、フォローのつもり?」


 腕を組んだマリカさんが容赦なく突っ込んでいく。


「いやいやいや、こういう時にフォローいらないのか? 想像してみろ、辛いぞー?」


 またマリカさんが考え込んだ。

 そして、小声で「いらない訳じゃないけど」と言うのが聞こえてくる。


 ≫かわいい≫

 ≫ツンデレ?≫


 デレてはないと思う。


「それはそれとして、ルキヴィスだ。よろしく」


「えーとアイリスです」


「マリカ」


「剣取ってきます」


 ボクは転がっていった木剣を取りに行く。


「それでなんか得るものあったか?」


 ルキヴィスさんがマリカさんに聞いている。


「あの子が言ったことまでは理解した」


「役に立ちそうか?」


「それなりには、ね」


「そいつはよかった。問題は、あっちのだな」


「問題って?」


「話聞いてないのか? アイリスは9日後にゲルマニアの巨人と戦うらしいぞ」


「え? 9日後!?」


「剣取ってきました」


 木剣をマリカさんに渡す。


「貴女、9日後に戦うって本当?」


「まだ実感ないんですがそうみたいです」


「剣も持てないのに?」


「ほとんど諦めてます」


「ちょっと訓練士、なんとかならないの?」


「最善は尽くすさ」


「最善? どうやって?」


「当人より、こいつ——マリカの方が必死なんだな。さっき会ったばかりじゃなかったのか?」


 ルキヴィスさんは、マリカさんじゃなくボクに振ってくる。


「昨日、闘技場で一緒に戦ったんです。ボクは邪魔してただけですが」


「ほお。戦った相手は?」


「キマイラリベリ」


 マリカさんが言った。


「マリカはともかく、アイリスはよく生き残れたな。それともマリカが一瞬で倒したのか?」


「残念ながら私の実力じゃ一瞬では無理。そういえば、アイリスは炎とかよく避けてたけどどうやって?」


 ≫そういえば避けてたな≫

 ≫ラキピがアイリスってのが慣れないわw≫


「吐く前に予兆が見えたので、無我夢中で避けてました」


「予兆が見えた?」


 ルキヴィスさんがボクを覗きこむ。


「はい。炎が通る前にその通り道が見えるというか」


「魔術感知だな」


「よく分かりませんけど、たぶん。さっきマリカさんがルキヴィスさんを攻撃してるとき、口元に何かがあるのも見えました」


「へ、へえ」


 マリカさんが挙動不審になる。


「なにか魔術使ってたのか?」


「あんまり言いたくないけど使ってる」


「そうか。言いたくなったら言ってみろ。良いことあるかも知れないからな」


「良いことって何?」


「知ってる魔術なら応用を教えられるし、知らなくても応用を考える」


「なるほどね。気が向いたら教える。それより」


 マリカさんは話を一旦切ってボクを見た。


「この子——アイリスの魔術が見える力ってのは何かに使えない? 私、魔術使ってる所を見破られたの初めてなんだけど? だから能力高いんじゃない?」


「あっ。あと、魔術だけじゃなくて周りにいる人とか物質がどの辺りにあるのか分かります」


 ボクは空間把握のことも話すことにした。

 9日後のことを考えたら隠していても仕方がない。


「え? どういうこと?」


「隠れていても、見えないところに居ても、上下左右、割と遠くまで形が分かります」


「それすごくない?」


「なるほどな。アイリスの方はちょっと考えさせてくれ」


「考えるって何を?」


「巨人に勝つ方法さ」


 ルキヴィスさんはにやりと笑った。


「ボクは痛くなく死ねればいいかなと考えてますけど」


「ダメ。それは絶対ダメ。巨人なんてあのキマイラリベリと比べたら大きいだけで弱いんだから勝つ方法はあるはずだから」


 マリカさんは真剣な目で言ってくる。

 心細かったからか、それで目が潤んでしまった。


「まあなんだ。俺はいくぞ」


「ちょっと、今離脱ってアイリスはどうなるの!?」


「来て間もないから、挨拶とか大人なことしなきゃいけないみたいでな」


 ルキヴィスさんはすでに後ろを向いて手をひらひらしていた。


 その後、マリカさんは自分の練習のことも忘れてボクに剣の振り方とかを教えてくれた。

 でも、そんなことやったことないし、慣れない身体で筋力もないので無惨な結果に終わった。


「手も綺麗だしどこかの御令嬢だったとか?」


 嘘のない範囲で、特別ではなかったけど何不自由のない生活をしてたことを話す。


「それだと苦労するかもね。余裕あるときになら教えられることは教えるよ」


 ≫面倒見いいなw≫

 ≫かなりいい子なんじゃ?≫

 ≫マジ天使!≫


 コメント側のマリカさんへの評価も上々だ。


「あの訓練士はどうするつもりなんだろ?」


 どうするつもり、というのは、ボクを勝利させるためにどうするかということだと思う。


 この空間把握の能力は、逃げるときには向いているかも知れないが、一対一で戦うということに対しては全く役に立たない。

 特に巨人と戦うときには使い道がない気がする。


「あとであの偉そうなのに聞けばいいか。朝食にしましょ。取りに行くから一緒にきて」


「はい」


 ボクたちは、朝食が配られているという場所に向かった。

次話は、明日の午後8時頃に投稿する予定です。

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