第128話 意気投合
前回までのライブ配信。
皇帝の護衛に戻ったアイリスは、夜にスピンクスと何者かが天より降りてきて皇妃の部屋に入っていったことに気付く。彼女はそれをビブルスに報告する。翌日、彼女は親衛隊の選抜隊を選ぶ試験を行い7人を補欠合格にするのだった。
皇宮内の留置所に着く。
留置所といっても、親衛隊の宿舎の近くにある普通の建物だ。
ビブルス長官はその留置所に着くなり、隊員に何かを指示をしていた。
「君には最初にモルフェウスと話して貰いたい」
「彼と話すのは私中心ということでいいんですか?」
「ああ。よろしく頼むよ」
ビブルス長官はそう言って私を部屋へと導いた。
板で作られた部屋だった。
「ありがとうございます。この部屋、声が漏れそうですね」
いろんなところから空気が漏れているので、防音の魔術の効果は薄そうだ。
「すまない。使える部屋がここしかなくてね」
「用意して貰えただけでもありがたいです」
周りを探ってみたけど、入り口付近にしか人は居ない。
大丈夫かも。
それから、隊員4人がモルフェウスさんを連れてきた。
モルフェウスさんは強い魔術の光を宿しているのですぐに分かる。
彼が入ってくると部屋と私たちを確認した。
「下がれ」
「はっ!」
「その足では立っているのも辛いだろう。座りたまえ」
モルフェウスさんはスピンクスに太股を貫かれてるからな。
「ああ、助かる」
「一応、防音の魔術を使います」
私はそう言ってから、モルフェウスさんの後ろの空気を真空にした。
モルフェウスさんは意識だけを後ろに向ける。
「部屋の声を聞こえにくくしただけです。男装していますがアイリスです。一昨日はありがとうございました」
「なるほど。それで後ろの空気を薄くしたのか」
特に驚いた様子もなく、私を見た。
「空気を薄くすると音が聞こえなくなる、と知っていたのですか?」
「いや、だが心当たりはあった」
「さすがですね」
「呼ばれた理由については心当たりがないがな」
「理由についてはこれからお話します。貴方に聞きたいことが2つあってお呼びしました」
私は彼にすぐに2つのことを聞いた。
タナトゥスさんが犯罪を起こしたことがあるか。
彼を親衛隊に入れることについてどう思うか。
「タナトゥスさんを親衛隊に入れるように提案してきたのは、『彼』です」
「そういうことか」
モルフェウスさんは軽く笑った。
たまにこういう表情見せるよな。
「では答えさせて貰おう。タナトゥスは犯罪を犯していない。俺の知っている範囲ではな。隊員になるかどうかは本人が決めれば良い」
「タナトゥスさんは『蜂』の次期リーダーになる予定だったんですよね? どうして仕事をしてないんですか?」
「――俺が止めさせていた」
「止めさせていた?」
「あいつは父親に似ていたからな」
「父親ってソムヌスですよね? 似てるどころか真逆に見えるんですけど」
「ソムヌスが若い頃の話だ」
「若い頃は仲間思いで真っ直ぐな性格だったってことですか? あのソムヌスが?」
「ああ」
モルフェウスさんが柔らかく笑う。
この人は元々優しい人なんじゃないかと思った。
「仕事を繰り返す内にソムヌスは変わっていったってことですよね? だからタナトゥスさんは変わらないように暗殺をさせなかったと?」
「そんなところだ」
モルフェウスさんは、変わってしまった今のソムヌスを快く思ってなかったんだろうな。
掘り下げて聞いてみたい。
でも、今日はそういう話をしに来たんじゃないんだよな。
「お話ありがとうございました。参考になりました。ビブルス長官、いかがですか?」
「充分だ」
「――俺からも、1つ良いか?」
話が終わり、長官が外の隊員を呼ぼうとしたときにモルフェウスさんが聞いてきた。
長官の顔を見ると軽く頷き、肯定してくれる。
「良いですよ」
私は座り直して応えた。
「助かる。ノーナの娘――マリカはどうしている?」
意外にもマリカのことだった。
そういえば、マリカのこれからについて「邪魔しないしさせない」と約束してたな。
意外な組み合わせと思ってたけど、考えてみれば彼ってマリカの母親と幼なじみだったんだっけ。
「マリカは今、親衛隊を手伝ってくれています。タナトゥスさんを隊員にしたいというのも彼女の負担を軽くするためですね」
「そうか。俺が言えたことではないが頼む」
「立ち入った話かも知れませんが、あなたにとってノーナさんは大切な人だったんですか?」
長い間があった。
「――ああ」
応えたモルフェウスさんの表情には、優しさと哀しみが入り交じっていた。
「分かりました。マリカは私の親友なので、頼まれなくても頼まれます!」
明るく言ってみる。
彼は軽く頷いた。
こうして、モルフェウスさんとの話は終わる。
ビブルス長官は、隊員を呼び、モルフェウスさんは留置所に戻っていった。
その後、ビブルス長官と話し合う。
結果、本人が望めばタナトゥスさんを隊員にすることで決まった。
次にタナトゥスさんがやってくる。
彼にも同じように、男装しているがアイリスだと伝えてから話を始めた。
彼のリアクションが激しくてコメントは盛り上がってたけど、私に対して惚れた女とか何度も言ってくるのが疲れる。
彼と話をしているのは、主にビブルス長官だ。
内容は、『蜂』の犯罪を起こしていない人たちをどうするか? というところに移っていた。
「――難しいな。所有者の居ない奴隷は、一旦ローマの財産となったのちに売却されるのが常だ。このアイリスのように剣闘士になるケースもあるが、それでも数が多すぎる」
タナトゥスさんは全員救えと言っている訳ではなく、罪のない者を元の生活に戻したいと考えているようだった。
そのことに長官が相談に乗っている状況だ。
≫マリカ兄のことだし何か突破口あるんだろ≫
≫結局どうするつもりだよ≫
≫金で解決しかないのでは?≫
≫どこにその金があるんだよ≫
≫アイリスの優勝賞金とか?≫
≫いや、それは止めとけ≫
≫暗殺の依頼料とか貯め込んでないのか?≫
私は黙って見ていた。
タナトゥスさんが親衛隊に入ると確信していたナルキサスさんの予想を見極めるつもりでもある。
「全員買い戻すにはいくらあればいいんだよ」
「全体で千人は居るように思う。そこから、暗殺に関わっていた者を除き、子供、老人、女、男の構成比で金額は変わってくる」
「こうせいひ? なんだよ、それは」
2人の話が噛み合ってないようなので、私が割って入った。
タナトゥスさんに、『蜂』の構成比について聞いていく。
すると、大体1拠点につき120人前後居ることが分かった。
暗殺者10人程度。
それ以外の男性30人程度。
女性30人程度。
子供40人程度。
老人10人程度らしい。
続けてビブルス長官に奴隷の『相場』を聞いた。
すると以下のような金額らしい。
健康な20歳男性だと15金貨。
読み書きが出来るだけでも更に上がり、専門的な技術や知識があると天井知らずに上がるらしい。
女性は容姿や年齢で大きな幅があるがおおよそ10~200金貨。
老人や子供は1~2金貨。
物価が分からないので聞いてみる。
長官によると、隊員の年収が5金貨ということだった。
ただ、この年収には年金の代金が含まれず、衣食住が別途提供されるらしい。
≫5金貨=200万だと、1金貨=40万か≫
≫年収200万円って安くね?≫
≫衣食住付きならそんなもんだろ≫
成人男性の奴隷の値段が15金貨だから600万円か。
人に値を付けるというのは嫌悪感があるけど、なんとなく思ってた値段より高い気がする。
≫1拠点で550金貨+女性分か≫
≫女性が30金貨だと+900≫
コメントで計算してくれた人が居た。
大体1拠点で1500金貨。
10拠点で1万5千金貨か。
日本円に換算すると60億円。
――ろ、ろくじゅうおく?
金額が大きすぎてくらくらしてきた。
「ん? どうした?」
私が考え込んでいるとタナトゥスさんが声を掛けてきた。
「ちょっと聞きたいんですけど、モルフェウスさんなら、ソムヌスがいくら持ってたか知ってそうですか?」
「親父がいくら持ってたか? さあ、どうだろうな。少なくとも俺は知らねえ」
≫暗殺の相場聞いてみて≫
「暗殺の相場って分かりますか?」
「いや、分からねえ。俺は関わらせて貰えなかったからな」
手詰まり感があるな。
なんとなくだけど、全員分の蓄えはありそうな気はしてきてるんだけど。
「ビブルス長官。このままモルフェウスさんをもう1度呼べませんか?」
「もう1度? タナトゥスを帰さずにか?」
「はい」
彼は考え込んだ。
無理を言ってるつもりはある。
「――分かった。良いだろう」
意外にもOKが出たので、すぐに呼んで貰う。
隊員たちは、素直にモルフェウスさんを連れてきた。
さすが軍隊組織、上司の命令には絶対だ。
「怪我してるのに何度もすみません」
「おかしな女だ」
私が言うと穏やかな表情でモルフェウスさんが言った。
「俺の惚れた女だからよ」
「ふっ。元気そうで何よりだ」
「そっちはざまぁねえな」
「返す言葉もない」
2人が気安い関係ということが分かった。
一緒に住んでた叔父と甥だもんな。
ビブルス長官が私を見てきたので、話を切り出す。
「モルフェウスさんにわざわざ来て貰った理由は1つです。『蜂』の――というよりソムヌスの財産がどの程度あるかご存じですか?」
「おおよそは、な。どうしてそんなことを聞く」
よかった。
知ってた。
それならタナトゥスさんに説明して貰った方が良いかも知れない。
「タナトゥスさん、話して貰えますか?」
「ん? 俺か。いいぜ。皆を救うには金が必要だ。とにかく金貨がいっぱい必要なんだよ」
話はそれで終わった。
――し、しまった。
この人、説明するのに全く向いてない!
私はすかさずフォローした。
『蜂』のメンバーは未登録の奴隷なので一度ローマの所有になってから他人に売られてしまうことを話した。
その上で、他人に売られる前に買い取るには、数万金貨が必要になるかも知れないと伝える。
「理由は分かった。いいだろう。その数万には届かないかも知れないが、2万はあるはずだ」
「マジかよ!」
「しかしいいのか? ソムヌスが処刑されればお前のものになる金だ」
モルフェウスさんが聞いた。
「何言ってるんだよ。仲間が救えるんなら安いもんだろうが」
「――そうか」
満足そうに笑うモルフェウスさん。
ふと、ビブルス長官を見ると、彼も驚いているようだった。
もちろん、コメントも驚いている。
中には理解できないと言ってる人も居た。
≫何十億も手に入るのに即答とか信じられんな≫
≫良い奴≫
≫惚れた!≫
≫こいつが相続するの? マリカ兄は?≫
≫マリカ兄が長男じゃないのか?≫
≫ナルキサスは奴隷階級だからな≫
そのナルキサスさんは、こうなることまで読んでいたんだろうか。
だとすると恐ろしいな。
「分かった。相続する金額が充分なら、私が中心となって処理しよう」
「オッサン、マジか?」
「ああ。君の判断に感銘を受けたよ」
「カンメイってなんだ? 褒めてる感じか?」
「ああ。心の底から感動したという意味だ」
「――へっ、そこまで思われるもんでもねえよ」
「自身では気づかぬこともある。これでも苦労してきた身だ。素直に受け取っておけ」
「分かったよ。あと、世話になってばかりというのも悪いからよ。親衛隊の話、受けるわ」
「そうか。私も君のような人材が欲しかったところだ」
2人はすっかり意気投合したようだった。
男って単純だなあと思わないこともない。
いや、男に戻ることを諦めた訳じゃないけど。
ふと、モルフェウスさんを見ると彼は柔らかい笑みで2人を見ているのだった。
さて、次はセーラだ。
彼女とはいろいろと話し合う予定だ。
皇帝の暗殺未遂を知ってどう思うのだろうか。
彼女はローマに恨みを持っている。
どこまで協力してくれるか。
皇帝寄りになってしまっている私について、敵意を持つかも知れない。
あと、セーラの監視は要らなくなったらしい。
ソムヌスが暴れたときに逃げなかったことを理由に説得できた、とビブルス長官は語っていた。
隊員に引き連れられてセーラがやってくる。
彼女は隊員に笑顔でお礼を言い、長官にもこのような場を設けてくれて感謝していると話した。
着ている服が粗末とはいえ、か弱いお嬢様にしか見えない。
私は彼女と挨拶を済ませ、防音の魔術を使い、すぐに本題に入った。
「まず、セーラと別れてからのことを話すね」
最初に皇帝が危篤状態だったことを話した。
次にそれを治療したことと、背景を話す。
なるべく憶測は入れないで、誰が何を言っていたかだけを話した。
セーラは相づちだけを入れて黙って聞いている。
「私は、この暗殺未遂の背後には首謀者が居ると思ってて、その首謀者を突き止めたいと考えてる。そのこともあって私は親衛隊に協力することにした。ビブルス長官も体制を整えてくれた。これが昨日までの話。正確に言うと昼間までのね」
「話は分かったよ。でも、その言い方だと昨日の夜にも何かあったみたいだね」
「――うん。昨日の夜、空が魔術の光で埋め尽くされたかと思うと、スピンクスが降りてきた。気が付くとスピンクスと一緒に女性が居て、皇妃の部屋に入っていった」
「スピンクスはともかく、女性? 何者か分かる?」
「分からない。でも、スピンクスと皇妃がその女性にずっと跪いていた」
「跪いて――まさか、ユノ様?」
一発で一番怪しいところを突いてくる。
さすがセーラだ。
「可能性としては考えてる。でも、セーラもローマ神話知ってるんだ?」
「少しだけ、ね」
≫こういう奴の『少しだけ』は信用できない!≫
≫『この分野は素人なのですが』構文の一種≫
「親衛隊の今の体制って聞いても良いのかな?」
セーラの問いに私はビブルス長官を見た。
長官が頷いたので、私は話を続ける。
私とエレディアスさんの調査チームを含む、現在の親衛隊の体制を話した。
「アイリスの抜擢はビブルス様が?」
「そうだね」
私が自由に動けているのも長官のおかげと言える。
「こういう状況なのでね。言ってしまうが、親衛隊は人材が全く足りていない。正直なところ、アイリスのような優秀な人物が協力してくれてずいぶん助かっているよ」
長官が言った。
≫めちゃくちゃ評価されてるな≫
≫そりゃ実績だけ見てもなあ≫
「補足ありがとうございます、ビブルス様」
にっこりと微笑んでから、セーラは何か考え始めた。
「セーラの意見が欲しいのは確かなんだけど、いいの? ローマの親衛隊に協力することになるけど」
「大丈夫だよ。アイリスに話を持ちかけたのは私だから」
「ビブルス長官。セーラの持ちかけてくれた話というのは、私が皇妃を追いつめる側になるのなら、彼女が協力してくれるという話です」
「なるほど。それで話が繋がったよ」
「はい。長官に無理を言ってまでセーラを呼んで貰ったのはその話があったからですね」
「分かった。それにしても皇妃を追いつめるか。個人的に私も協力したいのだがどうだろう?」
「え? 親衛隊長官なのに良いんですか?」
「私もちょっとくらいは良いだろう。鬱憤もあってね」
その言い回しが面白くて私たちは微笑んだ。
「ありがとうございます。セーラ、必要な情報って他にある?」
「そうだね。ローマで神々が顕現される頻度を知りたいかな」
「私、ローマに来て3、4カ月だけど、会ったのはたぶん4人。ユーピテル様、メルクリウス様、ハルピュイアのケライノさんやスピンクスだね。神の子孫もたくさん居るみたいだから神様は結構な頻度で現れてると思う」
ルキヴィス先生みたいな神の弟子も居るし。
「そんなに?」
セーラが大きな目を更に見開く。
ビブルス長官は口を半開きにして固まっていた。
「でもそれなら、その女性が女神ってことも充分にあり得るかな。人と神、両方のケースで作戦を考えた方が良いかも」
更に続けてセーラと話し合う。
女神と敵対するのはさすがにリスクが大きいということで、注意を逸らす方向を提案してきた。
女神の目的は私である可能性が高いということになった。
コメントによると、神話での女神ユノはユーピテルの浮気にはとても敏感だとか。
ユーピテル側が100%悪くても、人間が罰せられるとの話だ。
また、女神を騙ったり呼ばれたり噂される人間には特に厳しいらしい。
女神と呼ばれるだけでもダメって。
女性が女神ユノだった場合、完全に私がターゲットな気が……。
一方で、女神がローマの政治に関与している可能性は除外された。
皇帝の暗殺には関わっていないということだ。
長官の話でも、ローマの神々が政治に関わったという話は聞いたことがないらしい。
女性が女神だった場合、目的は『私』と仮定できたことで、話は具体的な話に移っていった。
まずは、その私がローマ市に居ないという噂を広める。
具体的には、私が他の都市に行き皇帝のための解毒剤を取りに行っているという話にすることだ。
一旦ローマ市を出て、再び飛んで戻って来れば良いだけという。
「気になるのは、ミカエル様側の内部から発覚する可能性だけど、どうかな?」
セーラが私に聞いていた。
「ミカエル――皇子に発覚に気をつけてくださいとお願いすれば大丈夫だと思う。邸宅内の人間関係は把握させないようにしてるみたいだし」
「どうしてそんなことを?」
「女性関係でいろいろ噂のある人だから、そのためかも」
セーラは笑顔のまま固まっていた。
内心、嫌悪してるんだろう。
表情に出さないのはさすがだ。
「――アイリスは大丈夫なの?」
「大丈夫。元々、彼のことは嫌いだし」
「そう。アイリスなら強いし大丈夫かな」
セーラはほんの少しほっとした様子を見せた。
「心配してくれてありがとう」
「どういたしまして。あと、男装しているのが発覚したり、彼女の滞在が1週間以上になるならまた相談して」
「分かった。すぐにまた相談させて貰うよ」
私が言うと、セーラも深く頷いた。
「次にアイリスの選抜隊だけど……」
それから、選抜隊を特殊部隊にしてはどうかと提案があった。
セーラの国にあったエリートの特殊部隊を参考にしているらしい。
「もしかしてセルムさんもその特殊部隊の出身?」
「セルムは違うよ」
違ったか。
とにかく、親衛隊の特別枠ということにし、エリートという自覚を植え付けて運用するとの話だ。
「特殊部隊か。議会を通すのが大変そうだ」
長官が苦笑した。
「議会へ話をするのは実績を上げてからの方が良いかも知れません」
「――確かにその方が良いか」
私の意志次第だけど、防音の魔術や通信などを彼らに教えることも考えて欲しいと言われた。
防音の魔術は攻撃にも転用できるので、教えないことにする。
まずは通信かな。
それ以外ならやっぱり空間把握か。
カクギスさんのやり方は特別に教えて貰ったものだから教えられないけど。
創水や止血の魔術も出来た方が都合が良い。
なにより、皇帝の傍にそういう魔術が使える隊員が居るのは心強いだろう。
「特殊部隊なら解散しない前提で話を進められるので良いですね。私も魔術を積極的に教えられます」
私も賛成の言葉を添えた。
「そうか。前向きに検討しよう」
「はい。これが伝統になっていくことになれば、ビブルス様は歴史に名を残すかも知れませんね」
「――歴史に私の名が? そのような話とは無縁だと思っていたよ」
まんざらもないように長官は言った。
最後に暗殺の首謀者を見つける方法を相談した。
砒素だと言うと、セーラは銀を使えば良いと話した。
コメントによると、銀が砒素に触れると黒っぽくなるらしい。
硫黄に反応しているのだとか。
現代科学で精製すると硫黄が取り除かれるので、黒っぽくはならないみたいだけど。
セーラは首謀者を絞り込む作戦も考えてくれた。
方法は簡単で、まず皇帝が邸宅の者に元気な状態だと見せる。
これで首謀者は焦ることになる可能性が高いらしい。
皇帝が元気だと見せた上で、ビブルス長官が忙しくなり食事を持って来られない日を作る。
このとき、焼いただけのパンと水だけを邸宅の者に渡し、皇帝の元へ運ばせるようにする。
≫なんでパンと水?≫
≫毒入れて貰うならスープとかの方が良くね?≫
≫入れる毒を砒素に限定するためだろ≫
≫砒素は無味無臭だからな≫
≫ぺろッ、これは砒素! は出来ないのか……≫
「セーラ聞いて良い? パンと水にしたのは、使う毒を砒素に限定させるため?」
「さすがだね。その通りだよ」
≫そこまで考えてるのかよ≫
≫敵じゃなくて良かったわ≫
≫敵だったけどな≫
今は味方なので頼もしいことこの上ない。
パンと水を検査して、砒素の反応が出てもしばらく泳がせる。
泳がせている間に、誰が砒素を持ち込んでいるか絞り込む。
誰が持ち込んでいるかは、私やマリカが空間把握で監視する。
あとは、邸宅と皇宮の門の2カ所で出入りする人物を隊員が記録しておき、あとで照合する。
また、セーラは長官が忙しくなり食事を持ってこられなくなる原因を、首謀者側に作らせることが重要だと話した。
これは誰かに入れ知恵をさせて実現する。
「入れ知恵をすることによって、再度、毒を盛るような計画を立てるように仕向けるということか」
「はい。おっしゃる通りです」
人は自らが立てた計画の場合、それが上手くいっているはずだと先入観を持ちやすい。
だから効果的なのだとセーラは語った。
「容疑者に情報を伝えてくれる人物になら心当たりがあるよ。ミカエル皇子に協力して貰う必要があるけど」
皇妃から送られたスパイだ。
「ミカエル様に協力して貰えるなら、毒を検出した後、病状が悪くなったと嘘の情報も流せるかな?」
「たぶんね。向こうも毒を使ったのなら病状は確認しておきたいだろうし」
「君は本当に軍師なのだな」
ビブルス長官がセーラに向けて言った。
「はい。褒められたと思って頑張ります」
彼女はニコッと笑う。
更に彼女は、相手が想定外の行動をした場合のフォローも淀みなく答えていった。
そもそも新しく作る特殊部隊も今回のセーラの作戦の前では二次的な存在だ。
仕掛けた罠に相手がどう反応するかが焦点。
一番困るのは全く反応されなかった場合らしい。
反応されなければ、皇帝の快復をアピールして圧力を掛けることを提案された。
その場合、長期戦になるかも知れないとセーラは語る。
「長期戦についてはすでにご存じだとは思いますが、念のための発言をお許しくださいますか?」
「ああ。この場は君の意見を聞くために設けた場だ。好きに発言して欲しい」
「ありがとうございます。長期戦の場合、継戦能力が重要なことはご存じかと思います。理想を言うなら、何年でも続けられる無理のないサイクルを維持することです」
「そうなるな」
「はい。つまり――」
セーラが少し間を置いた。
あれ? 次の言葉は? と思っているとビブルス長官が言葉を続ける。
「――言いたいことは分かった。現体制も徐々に継戦できる体制に移行しておく。特に、アイリスとマリカに頼っている現状をなんとかせねばな」
「先に言われてしまいましたね。おっしゃる通りです。難しいとは思いますが……」
「いや、参考になった。考えてみよう」
これで方針は決まったようだ。
相手が作戦にはまってくれればいいけど。
こうして私は留置所を離れ、1人でミカエルの邸宅に戻った。
男装のまま戻ると、皇妃の使いが来たと聞かされた。
私が邸宅に来ていないか聞きに来たという。
事前にミカエルが指示しており、「知らない」とだけ答えたそうだ。
皇妃か。
これは女神関係な気がする。
やっぱり私をターゲットにしてるのか。
私は「始まったか」と考え、気持ちを引き締めるのだった。




