第126話 うつけもの
前回までのライブ配信。
皇帝が目覚め、アイリスやビブルスは護衛の体制を整えるために一旦離れる。養成所に戻ったアイリスは、ナルキサスに出会う。ナルキサスは弟のタナトゥスを親衛隊の入隊させるように提案してくるのだった。
皇宮に戻ってきた。
養成所では、部屋に戻って視聴者にお礼を言わせて貰った。
視聴者が居なければ皇帝を助けることは出来なかっただろう。
親衛隊の宿舎に行くとラデュケと共にカーネディアさんが居た。
カーネディアさんは、クルストゥス先生の奴隷で褐色肌のお姉さんだ。
「お久しぶりです。カーネディアさん。お元気でしたか?」
「はい。お心遣いありがとうございます。元気に過ごしております。めざましいアイリス様のご活躍は聞き及んでいます」
態度がかなり丁寧だった。
私が解放奴隷になったからだろうか。
「丁寧にありがとうございます。ただ、わがままなんですが、こういう場所では以前と同じように接して貰えると嬉しいです。なんか慣れなくて」
現代日本人の感覚からすると、階級制度って面倒に思えてしまう。
「分かりました」
彼女はにこっと笑った。
「私にも挨拶お願いしますよぉ!」
ラデュケがいきなり食いついてきてる。
「あ、こんにちは」
「こんにちは! ――じゃなくて! なんかカーネディアさんと扱い違わないですか?」
「ラデュケとはいつも会ってるでしょ」
「最近会ってません!」
「じゃ、どうすればいいの?」
「そうですね。男装して『寂しい思いさせてごめんな』とあの良い声で言ってください! あとギュってしてください」
「無理」
「えー!」
「ほら、カーネディアさんが困ってるでしょ。すみません。騒がしくして」
「――いえ、ちょっと若さに当てられたというか」
「ラデュケに落ち着きがないだけです。そもそもカーネディアさんって私と同じくらいですよね? 私は19ですけど」
「22になります」
「私16ー!」
「若っ!」
思わず突っ込みを入れてしまう。
「えー、いくつに見えてたんですか? どう見てもピチピチじゃないですかー?」
ピチピチって。
「ごめん。服を選ぶセンスとか全体のコーディネート力がすごすぎて18くらいかと思ってた」
「それ誉めてるんですよね?」
「もちろん」
「えへへ。もっと誉めてください」
「――ラデュケさんは服飾やお化粧に関して詳しそうですね。先ほどのマリカさんの姿にも驚きました」
カーネディアさんはただならぬ雰囲気だった。
私はラデュケと顔を見合わせる。
「そうですね。ラデュケはかなり詳しいと思いますよ。最近、私が表舞台に立つときは頭からつま先までラデュケが取り仕切ってくれてます」
「まだまだですけどね」
そこは謙虚なんだ。
「アイリスさんが神々しい姿だったことは私も聞いています。そうですか、それもラデュケさんが……」
「私がどうかしたんですか?」
ラデュケが聞く。
「カーネディアさん。気になるなら話して貰えませんか? ビブルス長官が来るまでは時間もあります。それまでは私も待ってるだけなので」
彼女の言葉に何か含みがありそうなので聞いてみる。
「――はい。ではお言葉に甘えます。ラデュケさんは才能があるなと羨ましくなったのです。私もお化粧や服、アクセサリーなどを機会をいただき頑張っているのですが、上手くいかないくて」
私はラデュケの顔を見た。
「私はカーネディアさん綺麗だと思いますよ? でもなんでも聞いてください! ファッショントークしましょうよ!」
あれ?
ラデュケって結構気を遣えるのかも。
そして、私はファッショントークに興味がない。
感情面では身体に引っ張られてるなと感じることもあるけど、趣味・趣向はそうでもないのかな?
以後の会話には積極的に参加せず、2人のやり取りを聞いていた。
その最中にビブルス長官がやってくる。
「お疲れさまです」
「ああ。行けるかね?」
「はい」
簡単なやり取りだけして、すぐにミカエルの邸宅に向った。
護衛は少し離れて2人ついてきている。
2人とも見たことのある顔だ。
邸宅に着くまでの間、交渉のことや、ミカエルに関する情報共有を行うことにする。
「最後の確認です。私が持ってる情報は彼にどこまで話しても良いですか?」
「君に任せる。交渉が成功することは、リドニアス皇帝を守ることに繋がるからな」
「分かりました」
「それに君が持っている情報は、皇子が知っていても基本的に問題のないもののはずだ」
「そうかも知れませんね」
私は解放奴隷にすぎないし、今となっては『蜂』に関して隠すこともないはず。
「長官はどうでした? 調整は済みましたか?」
「ああ。ミカエル皇子の支持者に話を通してくる方が大変だったが」
「話を通す?」
「今回の件で、皇子を巻き込むことについて断りを入れて置くべきだと思ってね」
「それは……お疲れさまでした。長官は特にミカエル皇子派という訳ではないんですよね?」
「私は皇子のどちらの派閥にも肩入れしていない。だから長官になれたとも言える」
≫どういうことだよ≫
≫両派閥が牽制し合って無関係の者が選ばれた≫
≫政治の世界ではたまにある≫
「そうことでしたか」
その後、私は来たばかりのときにミカエルに襲われたことを話した。
護衛の人たちに聞こえないように小声だ。
「それは内心穏やかじゃないだろうね」
「未遂だったので、ある程度は割り切れます。ただ、どこまでいっても殿下を信用しきることは出来ないでしょうね」
続けてミカエルにいろいろ助けて貰ったことも話した。
「皇子なりの贖罪のつもりなのでは?」
「どうなんでしょう? 何を考えてるのか全く分かりません」
「これは辛辣だ」
ビブルス長官が苦笑する。
「あと、親衛隊の新しい隊員の当てについて話してもいいですか?」
「当てがあるのかね?」
「先に言っておきますけど、手放しで喜んで貰える人物ではないです」
「聞くのが怖いな」
「時間もないので言ってしまうと、『蜂』の皇子と呼ばれていたタナトゥスさんです。私が捕らえて、その私を気に入ったと言ってくれてた人物ですね」
「ああ、彼か。いや、待て。彼はローマ市民なのか?」
「ローマ市民らしいですよ」
「確認はしたはずなのだが……」
「どうやって確認しました?」
「ローマ市民が居れば名乗り上げるように言ったはずだ」
「その確認方法だと彼は出てこない可能性があります。彼は仲間を大事に考えていますので」
言いながらふと気づいた。
そうか、彼にとって優先順位が高いのは仲間か。
彼を親衛隊に引き入れる方法が分かった気がする。
ミカエルの邸宅に近づいてきたので、私は足を止めた。
長官も立ち止まる。
「しかし彼は罪を犯している」
「話によると、彼は暗殺などの犯罪はしていなかったようです。その辺はそうですね、モルフェウスさんに聞いてみると分かるかも知れません」
「モルフェウス? 何かの報告で見た覚えがあるな」
「モルフェウスさんは昨日の暴動で協力してくれた方です。暴動の報告で、名前が挙がっていたんじゃないでしょうか?」
「思い出した。そうだった。『蜂』の皇帝と呼ばれる男の弟だったか」
「はい。その通りです」
「弟ならその辺りの事情にも詳しいか。しかし話してくれるだろうか」
「話してくれる可能性は高いと思います。『蜂』にデメリットがある話ではないですし。許可して貰えるなら、私が話した方が良いかも知れません」
「分かった。そのときは頼みたい。その前に、タナトゥスだったか。君はどうして彼を親衛隊に入れたいと考えたのだ?」
「彼を親衛隊に入れるメリットだけ言うと、彼はマリカと似たことが出来るということです。胃の洗浄までは出来ないと思いますが、陛下の呼吸を楽にするくらいは出来るはずです。それに彼は強いので戦力になります」
「君から見て彼は信頼は出来そうなのかね?」
「無条件で信頼するのは難しいですね。こちらが誠実に対応し、『蜂』の犯罪者以外の安全を約束すれば――信頼は出来ると思います。ローマや陛下に対する彼の本心を聞いておく必要はあるかも知れません」
「なるほど。君の意見は分かった。ただ、仮に彼が隊員になったとしても、リドニアス皇帝のお側に置くことは難しいな」
「それはその通りです。私が護衛しているときに近くに配置して貰えれば助かります。万が一、彼が陛下へ危害を加えようとしたら私が止めます」
「それならば問題はなさそうだな」
「はい。現状だとマリカの負担が大きいです。もしものために陛下の近くに常に居ないといけません。是非、検討してみてください」
「分かった。検討しよう」
「ありがとうございます」
私たちは再び歩き始め、ミカエルの邸宅に到着した。
「お待ちしておりました」
出迎えてくれたのは、目つきの鋭い年輩の女性だった。
60歳くらいだろうか。
微笑みは浮かべているが独特の威圧感がある。
腰は真っ直ぐ伸び、背は私より頭1つ分大きい。
「お入りくださいませ」
扉が開き、邸宅内に通される。
広間があるだけで、他の邸宅のように天井に吹き抜けはない。
何人かの美女たちが私たちを出迎えた。
前にここに来たときの嫌な記憶を思い出すな。
「待ってたよ」
ミカエルが広間に入ってくる。
後ろにはレンさんとルキヴィス先生も居る。
隙がないレンさんに対して、先生はあくびでもしそうなほどダラケていた。
先生は私にだけ見えるように手を挙げてくれる。
「お連れして」
彼はすぐに別の部屋に向かった。
応接室だろう。
私たちも着いていく。
応接室は広間と繋がっていたのですぐに着く。
ミカエル、ビブルス長官、私の順で入っていった。
レンさんは外で立ち止まっている。
ルキヴィス先生はさりげなく入ってこようとして年輩の女性執事に止められていた。
「ルキヴィス様、入る方々はここまでですよ」
「やってみなきゃ分からないだろ? 俺は挑戦することを大事にしたい男なのさ」
「半年前まで腑抜けだった貴方様がどの口を叩くのです?」
「まったく。内輪もめは客人の前で恥ずかしいだろ。閉めてくれ」
「――どの口が言うのです?」
先生が私たちに手を振ってる最中に扉が閉められた。
ミカエルのところでどんな生活してるかと思ったけど、案外楽しくやってそうだ。
「彼はいつもあんな様子ですか?」
ビブルス長官が聞いた。
「ああ。楽しい日々だね」
「そうなのですね。ところでミカエル皇子の護衛はいらないのですか?」
「護衛ならあなた方親衛隊が居る」
笑顔を浮かべてミカエルが言った。
素直な笑顔だ。
胡散臭さはない。
「――仰るとおりです。失礼いたしました」
「うん。それで用件は?」
「はい。その前にこの部屋を防音にしてもよろしいでしょうか?」
「防音? いいよ。でもどうやるの?」
「アイリス」
「はい」
私はすぐに防音の魔術を使った。
「彼女の魔術で防音に出来るようです」
「もう防音状態?」
「はい」
私が応える。
「ワオ、便利だね。さすがアイリスだ」
「――光栄です」
「じゃ、前置きはここまでだ。用件といこうか」
「承知いたしました。用件というのはリドニアス皇帝の暗殺疑惑に関係します」
「だろうね」
「その護衛体制に関しての相談です」
「護衛体制? ここを拠点にするとか?」
「拠点ではございません。女性3名を秘密裏に住まわせいただきたい」
「その3人は誰?」
「ここに居るアイリス、それに皇帝を治療していたマリカ、最後にカトー議員の奴隷であるラデュケとなります」
「ラデュケはいくつ?」
長官が私を見た。
「――私がお答えします。ラデュケは16歳です」
しかし、この場でそれを聞くのか。
ミカエルってやっぱり気持ち悪いな。
とはいえ、隠してもしょうがないので正直に話した。
「へぇ。ずいぶん若いね」
声色からして興味はなさそうだ。
出迎えてくれた美女たちも年齢的には大学生くらいだったもんな。
「彼女は私やマリカの服装を担当する予定です」
「あぁ、なるほど。そういうこと。その彼女がね。楽しみにしておくよ」
ミカエルは興味のありそうな表情を見せた。
「楽しみということは、引き受けて貰えるのですか?」
私は探るように聞いた。
「もちろん。断る理由もない。それに君は僕の侍医だしね」
「――そうでした」
「敵対する勢力に関しては如何にお考えですか?」
ビブルス長官が身体を乗り出す。
「母上のことなら問題ない。元々、僕とは相性が悪くてね。釘は刺してある」
ミカエルは薄く笑った。
「承知いたしました」
案外あっさり決まったな。
こちらの事情も詳しく話してないのに。
皇妃に対しての『釘』が何かは気になるけど、さすがにそれを皇子に聞くわけにもいかない。
≫邸宅にスパイが居るかどうか聞いてください≫
ふと、丁寧語さんと思われるコメントが目に入った。
スパイって皇妃のスパイがこのミカエルの邸宅に居るかってことだろうか。
「失礼な質問ですが、1つよろしいですか?」
「いいよ。どんな質問?」
「はい。この邸宅に敵になり得る勢力のスパイが居る可能性についてです」
ビブルス長官が驚いた顔を見せた。
ミカエルは笑顔で見つめてくる。
「居るね。母上のところから来ている娘だけど」
「な!」
長官が立ち上がった。
「用事を頼んでおいたから、今ここには居ないよ」
「いえ、そういうことではなく、スパイの居るこの邸宅に3人を住まわせることは危険なのでは……」
「もう手懐けてるよ。大丈夫」
手懐けてるって……。
「――危険がないのでしたら、私から言うことはありません」
長官はそれだけ言って再び座る。
納得はいってない表情だ。
安全性への疑問は口に出さず飲み込んだのだろう。
その後は、微妙な空気になる。
協力関係で不信感が燻っているのは問題が多い気がする。
解消したいけど私に出来るかどうか……。
――そうか、視聴者の協力を借りよう。
私は手のひらを左目に見せた。
≫おっ、女神様の質問だぞ!≫
≫いや、この状況だと質問は出来ないだろ≫
≫協力して欲しいってことじゃない?≫
伝わったみたいだ。
これで大丈夫なはず。
私は、自分に言い聞かせるように踏み込むことにした。
「殿下。そのスパイですけど、どう扱ってますか?」
「他の侍女と同じようにしてるよ」
「質問の仕方が悪かったですね。侍女としての彼女ではなく、スパイとしての彼女をどう扱ってるかです。具体的にはそうですね、彼女が皇妃に伝える話と伝えない話はどうコントロールしていますか?」
「コントロール? どうしてそんなことをしてると?」
「『手懐けている』のに、私たちが来る前に用事を頼んでいたからです。彼女を完全な味方にしていれば、私たちに会わせても問題ないはずなので」
彼女を泳がせているんじゃないかと思う。
≫兵法三十六計の反間計という戦術ですね≫
≫予想は当たってるんじゃないでしょうか?≫
≫マジか≫
≫ミカエル思ったより賢いな≫
≫アイリスも成長してる≫
「クク、大正解。ご褒美に教えてしまうと、母上には偽の情報を流してるよ。もちろん、ちゃんとした情報も混ぜてね」
「そ、そうでしたか。ありがとうございます」
想像より賢いどころじゃないな。
下手なことは出来ないかも。
カトー議員と同等レベルと思って接するつもりで気持ちを引き締める。
意識が戦闘モードに入るのが分かった。
≫アイリスの情報をどこまで流すか聞いてみて≫
「――では、私たちのことはスパイを通してどこまでの情報を流すつもりですか?」
「流すのは君がここに住むことになったことだね。マリカとラデュケだっけ? 彼女らとは会わせないし紹介もしない。まあ、いつ誰が来たのか分からないなんていつものことだし心配いらないよ」
ど、どんな場所なんだ?
それにしても私の情報は流すのか。
すぐにバレるだろうし、流しておいた方がいいのかも知れないけど。
マリカやラデュケを守る方針で動いてくれるのはありがたい。
≫失礼になりますが聞ければ聞いてください≫
≫彼自身の否定的な情報を狙って流しているか≫
これって、ミカエルが狙って周りにバカと思わせてるかどうか聞けってことだよね。
そういえば織田信長って『うつけ』と呼ばれていたんだっけ。
そこでふと思いつく。
彼が皇帝になる野心を持っているかも知れないということだ。
ただ、ここでそれを聞くのは踏み込みすぎな気がする。
「さらにお聞きします。こうしてお話していると殿下はかなり優秀なように思えます。ところが、周りの評価はそうではありません。このギャップは殿下の計画的なものですか?」
「そうだよ」
間を置かず、あっさり認めた。
ビブルス長官も驚いている。
認めることでリスクもあるだろうし、下手すると長い時間を掛けてきた計画が台無しなる。
こんなに簡単に認めるとは思っていなかった。
それとも、私やビブルス長官が周りに言いふらしても信じるものなどいないと思っているのか。
やっぱり、彼は得体が知れないな。
「お答えありがとうございます。ここだけの秘密にします。ビブルス長官もよろしいでしょうか?」
「――もちろんだ」
≫完全にビブルスは尻に敷かれてるな≫
≫まあ、ビブルスだからな≫
≫ビブルスって結婚してるんだっけ?≫
≫家庭でどういう位置づけか見てみたいな≫
長官の不信感は消えたかな?
一方のミカエルが何を考えているか分からないけど、こちらも見合う秘密を出した方が良いかも知れない。
「こちらも1つ重要なことを話します。殿下は皇妃の傍に怪物が居ることはご存じですか?」
「知ってるよ。居るということだけはね」
≫知ってたのかよ!≫
≫情報網すげえな≫
≫スパイでも紛れ込ませてるのでは?≫
知っていたか。
あと、逆にスパイを送り込んでいる可能性もあるのか。
そういう政治のゴタゴタには関わりたくないな……。
「怪物はスピンクスだと思われます。昨夜、姿も見ました」
「スピンクス、ね。辻褄は合うな。姿形はともかく、名前はどうやって知った?」
嫌なところ突いてくるな。
スピンクスは神話にのみ出てくる怪物だ。
普通、姿を見ただけでは名前まではたどり着けない。
ただ、ここで誤魔化すとダメな気がする。
ミカエルが信じてくれるかどうかはともかく、ちゃんと話そう。
「トーナメントで私が戦っていたときに、ユーピテル様が現れたことを覚えていますか?」
「覚えてるよ」
「そのとき私が戦っていたのは、メリクリウス様だったようです。さすがに本人がそうとは名乗ってはくれませんでしたけど」
「それは大物だね」
「戦いの後、彼とお茶をしました。そこで怪物について1つだけ質問に答えると言われました。そのときに教えて貰ったのが『スピンクス』という名前です」
「メリクリウス様とお茶したのって君くらいだろうね」
「人とお茶するのに慣れてる感じでしたよ。人としての生活を楽しんでいるんじゃないでしょうか」
「何か神らしいところはあった?」
彼が『別の世界』のことを知っていたというのはさすがに言えないか。
「ユーピテル様から何か指示を受けていたことと、靴で宙を飛んでいたということです」
「それでメリクリウス様だと判断したと」
「ローマ神話からするとメリクリウス様の可能性が一番高いと思いました」
「神によく勝てたね」
「彼が人の身体で戦っていたからだと思います。神の身体だったらどうなってたことか……」
ユーピテルが出てこなかったら、神としての彼と戦っていた可能性もあるんだよな。
正直なところ、そんな彼と戦ってみたかったという気持ちもある。
「言ってることと表情がバラバラだよ?」
「も、申し訳ありません」
戦ってみたかった気持ちが出過ぎて笑ってしまっていた。
「そういうのってルキヴィスの影響?」
「影響は受けてると思いますが……」
「まあいいや。スピンクスのこと含めて全部信じるよ」
「皇子は今の話を信じてくださるというのですか?」
ビブルス長官が身を乗り出す。
「ああ、もちろん。それで話を戻すけど、暗殺の首謀者は母上の方向でいいの?」
「いえ、それは時期尚早かと。疑うのは確固たる証拠が出てきてからとなります」
長官がゆっくり語った。
「なのに僕のところへ協力を求めに来たと。兄上のところに行くつもりはないよね?」
「それは……」
長官が言葉に詰まる。
≫どういうことだ?≫
≫ミカエルだけに協力お願い=皇妃を疑ってる≫
≫皇帝の家は皇妃の影響下だろ≫
≫第一皇子の家も皇妃の影響下の可能性が高い≫
≫ミカエルが一番皇妃の影響が少ない≫
≫確かにそういう経緯でここに来たんだったな≫
「私たちが、彼女のことを危険だと思っているのは確かです」
ミカエルと目を合わせた。
「君が言うと説得力あるね」
「どういたしまして。私たちはいろいろな面から考えて、殿下と協力させて貰うのが一番だと考えました。『彼女』についてもその1つです。まさか彼女にスパイを送られてるとは思いませんでしたが」
「僕は彼女の実子じゃないんだよ」
「え?」
≫マジか≫
≫それならスパイ送るのも分かるわ≫
≫完全にアーネス皇子の邪魔者じゃん≫
「そ、そういうことでしたか。何も知らずに発言してしまい失礼しました」
≫あれ? でもミカエルが第二皇子だよな?≫
≫第二皇子が前妃、第一皇子が今妃って変だな≫
≫妾?≫
≫古代ローマだと愛人は居ても妾制度ないだろ≫
≫愛人がそのまま皇妃になったのかもな≫
≫前妃は離婚? 殺されてたりして……≫
≫闇が深そう≫
さすがにその辺の関係をこの場で聞くのは難しいな。
あとで長官に聞いてみよう。
「気にしてないよ。話を進めようか」
「はい。こちらに滞在させても貰う上での具体的な話をしましょう。長官、お願いします」
「ああ」
その後は、私たちがいつから滞在するかという話に移る。
結果から言うと、明日の夜からとなった。
ミカエルは今日からでもいいよと言ってたけど、私たちを出迎えてくれた年輩の女性を呼んで聞いてみるとさすがに今日からでは間に合わないらしい。
その他、年輩の女性も交え、細かい話を詰めていく。
話が終わり、外に出る頃には夕方になっていた。
ゆ、夕方!
マズい。
皇帝には日没までには戻ってくると伝えたのに、このままでは間に合わない。
私は長官に断りを入れ、急いで親衛隊の宿舎へと向かった。
宿舎に着いてすぐにラデュケのところに向かう。
彼女を見つけると、向こうが気づく前に男装をお願いした。
「急ぎでお願い。今回の件が終わったら何か埋め合わせするから!」
「なんでもいいんですか?」
「わ、私に出来る範囲のことならね」
目を輝かせるラデュケが怖かったが、無理を言ってるのはこちらだから仕方ない。
カーネディアさんにも手伝って貰って15分程度で男装が終わる。
久しぶりに目の回りの筋肉を張って目つきを鋭くした。
最近やってなかったので変な感じだ。
鏡がないので自分の顔を確認できない。
ミカエルの邸宅に鏡ってあるんだろうか?
男装を終えて、部屋を移動するとビブルス長官が居た。
すぐに立ち上がったところを見ると、私を待っていたようだ。
「いつもながらに見事な変身っぷりだな」
「ラデュケとカーネディアさんのお陰です」
「そう言って貰えるのは嬉しいんですけど、声は低くしてくださいよー」
「――ああ。そうだな」
声を肺に響かせるように変える。
「それです! それ! 今度その姿でデートしてください!」
「デートか。持ち合わせがないからデートは難しいな」
「そんなー」
私たちのやりとりにビブルス長官が不思議そうな表情を見せた。
「申し訳ありません。忙しいときにふざけてて」
「――いや、君は知らないのか?」
「はい? なんのことですか?」
「トーナメントの優勝賞金はかなりの額になる。君は公営の養成所に所属している解放奴隷だからな。賞金は全て君の物になるはずだ」
「え?」
≫かなりの額ってどのくらいだよ!≫
≫銀行とかあるのか?≫
≫古代ローマ時代でも預金は出来たようです≫
≫無利子の上に破綻すると返ってきませんが≫
≫預ける意味あるのか? それ?≫
≫貴族は金庫を使うことが多かったようですね≫
か、かなりの額? ど、どうしよう?
全く予想してなかったお金の話に、頭が真っ白になった。
誰か信頼できる人に頼むか?
いや、お金の話だし人に頼むのは気が引ける。
そんな私の気も知らずにラデュケは「じゃあ、デートは決まりですね!」と喜んでいるのだった。




