第125話 意外な候補
前回までのライブ配信。
皇帝が危篤状態から快復した頃に皇妃がやってくる。親衛隊長官ビブルスは皇帝を隊の庇護下に置くと宣言し、皇族を部屋から追い出す。しばらくすると皇帝も目覚め、今後の護衛体制などを話し合うのだった。
皇帝の部屋へ10人ほど入ってきた。
カトー議員が「陛下が目覚められた!」と騒いだせいだ。
中にはアーネス皇子の姿もある。
「この通り、私は無事だ。皆には心配を掛けたな」
皇帝自らが話したことで騒々しさは収まった。
その後、ビブルス長官に向けて質問が投げかけられる。
内容は体調や暗殺についてだったけど、長官がそつなく答えていった。
途中、皇帝が額を押さえるようにした。
すぐにマリカが駆け寄る。
自然と部屋に入ってきた人たちは出て行く流れになった。
「お疲れなら、私も出て行った方がよろしいでしょうか?」
ビブルス長官の言葉に皇帝は「先ほどのは演技だ」と微笑む。
案外、冗談の通じる人なのかも。
それはそれとして、今後の護衛体制のための準備を進めていった方が良いかも知れない。
「長官。マリカを一度養成所に帰しても良いですか?」
「養成所か。リドニアス皇帝、彼女を帰してもよろしいでしょうか?」
「構わない」
「では、彼女には一時的に帰って貰うとしよう」
「ありがとうございます。彼女が帰っている間、私はここに残りますので」
「そうして貰えると助かる。ミカエル皇子との交渉は彼女が戻ったあと、ということになるか」
「交渉の前に私も帰らせて貰えませんか? 養成所の皆に話せる範囲で今後のことを伝えておきたいので」
「皇子との交渉はその後ということか」
「はい。夕方前には戻りますので」
「分かった。私もすべきことが多いので、それらを済ませておこう。夕刻前に親衛隊の宿舎で待ち合わせということで良いか?」
「はい」
それにしてもミカエルの邸宅か。
行くのは気が重いな。
――そういえば、皇帝を別の邸宅なりに移動させないのは何故だろうか。
護衛ならそっちの方が確実なはず。
「もう1つよろしいでしょうか? 言いにくいことであれば答えなくても良いですが、どうして一時的にでも陛下を別の場所で匿わないのですか?」
「匿わない理由か。それはローマの体面の話だ。暴力でローマは変えられないということを示す必要がある」
≫こっち世界でのテロへの対応みたいなものか≫
≫テロで世の中を変えさせないって奴か≫
≫皇帝も大変だな≫
「分かりました。確かに暴力でローマが変えられるのなら、安易な手を選びがちになり社会が乱れそうですね」
「そういう理解で良い。他に気づいたことはあるかね?」
「えーと。ラデュケが昼までにこちらに来る可能性があるということくらいでしょうか」
「そうか。各員に伝える必要があるな。しかし、目的を考えると秘密裏に準備を進める必要があるな。どうしたものか」
「クルストゥス先生を頼ってみたらどうでしょう? 彼なら協力してくれると思います」
「――彼か。君から見て、彼のことをどう思う?」
言いにくそうに長官が聞いてくる。
「いろいろな知識を持っていますし、魔術への好奇心も高く――ってそういうことじゃないですよね」
彼が信頼できるか聞いてるんだろう。
でも、こっちに来たばかりのときに、逃げていた私を追いつめたのはクルストゥス先生だ。
今思うと、あれって親衛隊から頼まれたんじゃないだろうか。
「先生には親衛隊から協力をお願いしたことがあるんじゃないですか?」
「確かに協力を要請したことはある。しかし、これまで協力を仰いだケースは外部に対することだけだ」
≫皇妃と繋がってることを危惧してるのか?≫
≫可能性はあるわな≫
≫あの人って魔術バカって印象しかないが……≫
≫端から見てると何考えるのか分からんかも≫
なるほど。
落としどころを探す必要がありそうだな。
皇帝の命が掛かっているから慎重になる気持ちも分かるし。
「では、先生には事情を話さないというのはどうでしょう? 私たちの服装の受け取りを協力してもらう形で」
「それならばメリットだけになるか。確か彼には女性の奴隷が居たな」
「カーネディアさんですね」
「親衛隊には女性の手がない。親衛隊は人手がなく出来れば彼女の手を借りたいということにしよう」
「下着もありますからね。良いと思います」
話の区切りでマリカには養成所へ帰って貰った。
皇帝への酸素吸入の必要がなくなっていることも確認する。
マリカが出て行ってからは、長官と今日1日の計画を立てることになった。
外部の協力者については、ミカエル以外は増やさないということで決まる。
本音を言えば、あと1人か2人、マリカのような協力者が欲しいんだけど、長官は親衛隊だけで対処したいと考えてるようだった。
「何か心配かね?」
ビブルス長官に聞かれる。
「心配というほどではないですけど、協力者がもう少し欲しいというのが本当のところです」
「協力者というと例えば誰になる?」
「そうですね。カクギスさんとかルキヴィス先生です」
この2人は既に何度か親衛隊に協力している。
彼らが居れば、マリカの危険も減る。
「なるほど。確かに彼らは優秀だ。だが、彼らはそもそも親衛隊に入ることが出来ないからな」
「そうなんですか?」
「ああ。年齢制限で彼らは入隊できない。繰り返しになるが、今回の事件は親衛隊だけで対処すべきだと考えている」
長官は真剣な表情で私を見てきた。
≫皇帝の命が掛かってるのに意味分からんよな≫
≫皇帝の護衛は親衛隊の役割そのものだから≫
≫結局は面子か≫
≫メンツというか一番の仕事というか……≫
≫カトーもだから手を引いたのか≫
≫アイリスが居れば大丈夫と思ったんじゃ?≫
「――念のために聞いておきます。入隊者なら協力して貰っても大丈夫なんですか?」
「もちろんだ。入隊資格は満たして貰う必要はあるが」
「入隊資格はどういうものですか?」
「解放奴隷を含むローマ市民権やラテン市民権を持つ29歳までの成人男性。心身ともに健康なこと。皇帝に忠誠を誓えることだな」
「ありがとうございます」
思っていたより緩いかも。
「入隊を希望する者に心当たりはあるかね?」
「残念ながら……」
「そうか」
ビブルス長官も残念そうな顔を見せる。
人手不足なのかも。
「ともかく、親衛隊だけで頑張りましょう。私も出来る限りサポートします」
私は切り替えるように明るい声で言った。
「ああ、心強い」
「まずはミカエル――殿下の説得ですね」
「そうだな」
ビブルス長官が深刻そうに頷く。
「もしも上手くいかなかったら、強硬手段に出ちゃうというのはどうでしょう!」
更に雰囲気を変えようと冗談っぽく言ってみた。
「君が言うと冗談に聞こえないな」
言いつつ笑ってくれる。
「そういえば、君は討伐軍で勝利の女神と呼ばれてたそうだな」
「あはは。呼ばれてましたね」
「私もそれにあやからせて貰うことにしよう」
彼は冗談っぽく言った。
その後、長官は親衛隊への情報伝達と調整のために出て行く。
私は皇帝と2人残されることになった。
「――アイリス。そなたはローマの者ではないと聞いた。医学の知識はどこで身につけたのだ?」
ゆっくりとだけど、私に質問してくる。
私は、日本のことを簡単に話した。
反応はこれまでの人たちと同じで中国の向こうにそんな国があるのかといったものだ。
そういえば、こちら側の日本の様子はどうなってるんだろう。
鉄砲も黒船もないはずなので、歴史はかなり変わってると思うんだけど。
政治制度の話にもなったので、日本は民主主義と答えておいた。
でも、私は高校レベルの話すらあやふやだ。
分かる範囲でだけ答えておく。
偉い人と、あやふやな知識で話すのは心臓に良くないな。
私がどういう教育を受けてきたかについても聞かれたので、日本の学校制度のことを教える。
こうして聞かれると、日本の社会制度のことを理解してなかったんだなと思い知らされるな。
「そなたの話は興味深い」
それでも皇帝は楽しく聞いてくれてたみたいだ。 会話自体はしやすくなったかな?
しばらく話していると、皇帝が疲れを見せ始めたので話すのをやめて休んで貰うことにした。
あと、トイレに付き添ったりもした。
下剤が利いたのかも知れない。
部屋に戻ってきてから、創水の魔術を使いコップに水を入れて、飲むように勧めた。
水を貰うと毒を盛られる可能性がある。
皇帝が休んでいる間は、空間把握で邸宅内を探った。
不審な動きはない。
皇妃らしき姿はあるけど、スピンクスらしき姿はない。
恐らく、私がここに来てからあの怪物はずっと居ない。
どこに行ったのだろうか?
それから、かなりの時間が過ぎた。
皇帝とは魔術の話をしたりしながら過ごした。
昼を過ぎた頃だろうか。
マリカが邸宅に入ってきたのが分かった。
誰かの付き添いのような形だ。
たぶん、エレディアスさんだな。
皇帝にも2人が来たことを伝える。
「空間把握の魔術か。便利なものだ」
「はい。生きていく上でこの魔術には助けられております」
しばらくして、エレディアスさんが部屋の外から声を掛けてきた。
私は皇帝とアイコンタクトを交わす。
皇帝が頷く。
それを受けて私は「どうぞ」と返事をした。
エレディアスさんが部屋に入ってくる。
続いてマリカも入ってきた。
――って!
そのマリカの姿は見違えていた。
≫え、マリカちゃん?≫
≫キター!≫
≫え?≫
≫うぉ!≫
コメントがすごい勢いで流れていく。
その気持ちも分かった。
艶やかなブロンドは結えられて美しくまとまっている。
服装も派手じゃないしアクセサリーは付けてないけど、生地の目が細かく光沢があった。
控えめでいながら上品さが際立っている。
こ、これはどう考えてもラデュケの仕事だな。
更に、マリカの立ち振る舞いが洗練されていた。
その洗練した振る舞いと彼女のドレスアップされた姿がまた良く合ってる。
これ、マリカと誰も気づかないんじゃ。
少し顔が赤いけど、それがまた良い。
なんかテンション上がって駆け寄りたくなったけど、気持ちを押さえ込んだ。
「苦労を掛けたな、アイリス」
皇帝への挨拶を終えたエレディアスさんが私に声を掛けてくる。
皇帝の前だからか、少し他人行儀な気がする。
「エレディアス隊長、昨日はありがとうございました」
「彼女を紹介しよう。本日より、リドニアス皇帝の侍女となるノーナだ」
ノーナと呼ばれたマリカは一礼した。
ノーナ?
何か聞いたことがあるな。
≫なんでノーナ?≫
≫マリカの母ちゃんの名前だろ、確か≫
≫よく覚えてるな≫
そ、そうか……。
ちゃんと覚えておかないと。
ふと皇帝に視線を移すと、彼はマリカを見て何か考えていた。
「陛下。薄々気づかれていると思いますが、彼女はマリカです」
私は皇帝に小声で言った。
「――やはりか。それにしても、見違えるものだな」
視線を向けた皇帝にマリカは軽く一礼した。
「エレディアス隊長。部屋から声が漏れないように防音の魔術を使っています。話したいことがあれば、遠慮なくお願いします」
エレディアスさんが僅かに苦笑していたので声を掛ける。
「承知した」
何か含みがありそうだったけど良いか。
「ところで、長官から私に何か伝言はありませんでしたか?」
「予定通り、夕刻前に宿舎に来るようにとのことだ」
「ありがとうございます。私は一度、養成所に戻る予定ですが良いですか?」
「問題ない」
「分かりました。ノーナも何か私に伝えることはない?」
「私からはございません」
立場的に仕方ないとはいえ、マリカから他人行儀で話されると何か寂しい。
「不作法ですが質問させてください。陛下から私に何かありませんか? 少しでも気になっていることがあれば言って貰えると助かります」
マナーに反すると分かってるけど、今は聞いておいた方が良い。
「そなたはいつ戻ってくる」
「はい。少なくとも日が落ちた頃までには戻ってきます」
戻ってくるのはミカエルとの交渉後、更に男装してからになる。
急いで日没くらいになるだろう。
「そうか」
その他に質問はないとのことだ。
私は最後に飲料水について魔術で作ったものだけ飲むように伝えた。
こうして、皇宮をあとにする。
さすがに日中、空を飛びわけにはいかないので、走って養成所に戻った。
筋肉痛でいろんな場所が痛かったけど。
養成所にたどり着くと、受付には意外な人物が居た。
長身で目が開いているかどうか分からないマリカの兄。
ナルキサスさんだ。
もう1人知らない男性が居る。
赤みがかった髪で30歳くらいだろうか。
私のことを見てくる。
強さを計っている視線だ。
腕を組んでいるだけで筋肉の威圧感がすごい。
手続きを済ませ、トーナメント優勝の祝いの言葉を受けてから彼らへと近づく。
「こんにちは、ナルキサスさん」
「こんにちは。アイリスさんが元気そうで何よりです。昨日の優勝もおめでとうございます」
「ありがとうございます。腕の調子はどうですか?」
ルキヴィス先生に折られた腕の話だ。
「良くなってきてますよ。僕の心配までしてくださるなんて、いやー感動だな」
「そちらの方はどなたですか?」
彼の反応はスルーして、私は赤毛の男性のことを聞いた。
「彼は道場で客人扱いのルフスさんです。客人と言っても僕より古参なんですよ」
「ルフスさん、はじめまして」
恐る恐る挨拶してみた。
「――納得いかないな」
「――え?」
いきなり言われて混乱する。
「この人、アイリスさんに嫉妬してるんですよ。気にしないであげてください」
「そ、そうなんですね。ところで今日はどのようなご用件ですか?」
「はい。昨夜の噂を耳にしまして、貴女に聞きに来たという訳です」
噂というのはソムヌスの暴動のことだろうか。
「昨夜のことでしたら、あなたの妹やその他の方々も無事ですよ。あなたのお父様だけは無事かどうか分かりませんけど」
『あなたの妹』というのはもちろんマリカのことだ。
「おや? 私の父に何をしたんですか?」
「この場所ではちょっと」
「分かりました。いやあ、こう見えて焦らされるのは嫌いじゃないんですよ」
「――用事はそれだけでしょうか?」
「いえ、もう1つありますよ?」
「なんでしょう?」
「知ってました? 僕、焦らす方も好きなんです」
知らんがな!
なんとか口に出さずにハァハァと肩で息をしていると、受付に入ってきたカクギスさんと目が合った。
「おお、アイリス。戻ったか。話に聞いていたより元気そうだな」
「こんにちは、カクギスさん。お陰さまで元気です」
「ふむ。して、なにゆえお主がここに居る?」
カクギスさんが片目だけでナルキサスさんを見た。
「アイリスさんにお祝いを言いにきたんです」
「笑わせおる」
「いやだなあ。本当ですよ?」
養成所の職員たちが私たちを見てる。
ここで騒がしくするのも迷惑か。
「皆さん、養成所の中に入りませんか? カクギスさんにあの後の話も聞きたいですし」
私は彼らに提案した。
「ふむ。良かろう」
「僕も良いですよ。ルフスさんも良いですよね?」
「自分は付き添いの立場だ。好きにしてくれ」
「皆さん、ありがとうございます」
その後、受付を出て私とマリカの部屋へと向かった。
今日は練習休みのはずなのに、結構な人たちが練習していた。
皆、優勝へのお祝いの言葉を言ってくれる。
部屋の傍に到着したので、私は「ここで話しましょう」と言って立ち止まった。
居るのはカクギスさん、ナルキサスさん、ルフスさん、そして私だ。
「では、何を話す?」
カクギスさんが声を掛けてくる。
「まずカクギスさんに話を伺いたいです。私が居なくなったあと、どうなったかですね。お2人にも話が分かるように、事前に何があったか話します」
私はある人物の魔術が暴走し、被害が拡大する前に倒したことを話した。
スピンクスのことは伏せる。
「ふむ。その暴走した人物だが、結局目覚めることはなかった。何人かで身体に刺さった剣は引き抜いたが、死んではおらん」
「身体に刺さった剣というのは?」
ナルキサスさんが聞く。
「アイリスが肩から心の臓まで突き刺した剣のことよ」
「待て。それで死んでないんだよな? どういうことだ? 本当に人なのか?」
ルクスさんが突っ込みを入れてきた。
ナルキサスさんの付き添いと言っても傍観するという訳ではないんだな。
「人、ですよ。正しくは半神半人なんですけどね」
ナルキサスさんが答えた。
「は? なんでお前がそんなこと知ってるんだよ」
「僕の父だからです。ですよね? アイリスさん」
「――そうです」
「は?」
「ところで父は暴走していたんですよね? アイリスさんはよく倒せましたね?」
「不意打ちを狙いましたので」
「父の弟はどうなりました?」
モルフェウスさんのことだろう。
「『彼』を倒すことに協力してくれました。私たちが来る前に足を怪我して歩けなくなってましたけど」
「そうですか」
「カクギスさん。『彼』の弟やセーラたちはどうなりました?」
「別の留置所に向かった。拘束はされておらなんだな。親衛隊の連中も協力して貰った手前、罪人扱いは憚れたのであろう」
「それは良かったです」
「あとはそうだな。クルストゥスは家に戻ったようだ。ロンギヌス殿は俺が留置所まで付き合った上で、皇妃派の者以外に預けておいた」
「わざわざありがとうございます」
ロンギヌスさんは命を狙われる危険もあったからな。
「知らぬ間柄ではないしな。お主には感謝を伝えて欲しいと言付けを預かったぞ」
「分かりました。あと、セルムさんはどうしました?」
「そういえば見ておらんな」
セーラと一緒に居るのを見られると、反乱分子と疑われるかも知れないからな。
それを嫌ってあの場所を離れたのかも。
「ロンギヌス? どこかで聞いたことがあるな?」
「恐らく剣闘士第四席の方ではないでしょうか?」
ナルキサスさんがルフスさんに答えた。
「それだ。ゼルディウスに負けてすぐに第三席に負けたんだったな」
指を鳴らしながらルフスさんが言った。
「昨日までの状況はこんな感じですかね」
「アイリス。お主の方はどうなっておる?」
「今後、少しの期間、マリカと一緒に親衛隊にお世話になることになりました」
「親衛隊か。――ふむ。深くは追求せぬ」
「は、はい」
「助けは必要のない話なのだな?」
「お、お世話になるだけなので」
「助けが必要なら、僕の弟のタナトゥスを使ってはどうでしょう?」
ナルキサスさんから声を掛けられた。
彼の顔を見ると満面の笑顔だ。
≫タナトゥス?≫
≫アイリスに惚れてる『蜂』の皇子だよ≫
≫あれ? 捕まってなかったけ?≫
――タナトゥスさんか。
彼は『蜂』の中にあって、仲間のことを一番に気に掛けていた。
強いし魔術の光も身体に宿している。
酸素の魔術も使えるはず。
能力的に見てもマリカの負担が軽くなる。
苦手だけど協力してくれると助かるのは確かだ。
「でも、彼は捕まって留置所ですよ?」
「実は彼、殺人や盗みのような犯罪を起こしていないんですよ。しかもローマ市民です」
「ローマ市民? タナトゥスさんがですか?」
「そうなんです。彼の母親はローマ市民でしたので」
『蜂』の中にもローマ市民が居たのか。
もちろん居ても全然おかしくないんだけど。
ローマ市民なら親衛隊になれるかもしれない。
「例えばですよ。仮にタナトゥスさんが釈放されたとして、親衛隊に入ることを了承してくれるでしょうか?」
「ちゃんと自分で考えて決めるように伝えてみてください。僕の名前を出してみると面白いと思いますよ。質問には答えてあげてくださいね」
「それはもちろん。でも、考えさせるだけでタナトゥスさんはOKしてくれるんですか?」
「ええ」
にっこりと笑う。
弟とはいえ、OKを確信してそうなところが怖い。
「あ、ありがとうございます。必要になったら考えてみます」
まずはビブルス長官に相談してみよう。
入隊条件はクリアしていそうだけど、長官が許可するかどうかは分からない。
仮に彼が親衛隊に入ってくれるとしても、皇帝の護衛にして良いかどうかは微妙なところだ。
でも、皇帝に恨みがなければ大丈夫な気はする。
「おーい! アイリス!」
遠くからゲオルギウスさんの声がした。
ロックスさんやフゴさんも居る。
「こんにちは!」
私も大きな声で挨拶した。
その後、彼らにトーナメント優勝を祝われるのだった。




