第122話 尻尾
前回までのライブ配信。
アイリスたちは、魔術が暴走している留置所へと向かう。彼女たちは閉じこめられていたセーラたちを救出し、暴走を引き起こした者たちを退ける作戦を開始するのだった。
私は暴走した『蜂』の皇帝――ソムヌスを倒すために集合住宅の屋上に居る。
ソムヌスが下を通ったときに上から奇襲を仕掛ける予定だ。
姿勢を低くして居ないと飛ばされそうになるほど風が強い。
集合住宅の住人は逃げている人も居たが、多くの人々は風が来ない場所に固まっているようだった。
私以外はというと、セーラやカクギスさんたちは向かいの集合住宅に居る。
どのくらいの時間が経っただろうか。
こういう状況で待つのは長く感じるため、正確な時間は分からない。
スピンクスたちの動きを監視していると、ソムヌスが暴れて上手く導けていないようだった。
しばらくしてクルストゥス先生の合図がある。
親衛隊が近くまで来ているんだろう。
ソムヌスもすぐそこにまで来ている。
あと数分で真下に来るはずだ。
私はソムヌスが真下に来るまで待って剣を抜いた。
その剣を真下に向ける。
対面に居るカクギスさんたちへの合図でもある。
同時に霧の魔術を使い、更に小雨を降らせた。
屋上も私も濡れる。
ここからはスピード勝負だ。
濡れている場所から電子を集めていく。
電子は剣先ではなく、刀身全体に集めた。
これは放電させないため。
それでも、バチッと鳴ってしまう。
音に焦ってしまったけど、気づかれなければ良いと開き直った。
いつものように胸の重さを感じ、肩の力を抜く。
「ふぅ」
息を吐き集中する。
――決める。
心を殺し、ソムヌスに剣を突き立てることだけ意識する。
タッ。
私は屋上から飛び降りた。
無重力のぞわぞわ感。
すぐに創水の魔術で水を作り、ソムヌスに浴びせる。
彼の全身が水で濡れた。
彼が上を向く。
同時に私の剣が彼の身体を貫いた。
突き刺さるった直後、突風の魔術で背中を押して連撃にする。
バチンィ!
更に電子を解放した。
耳障りな音が彼を包み、身体を仰け反らせたかと思うと倒れた。
私は突風の魔術を駆使して着地し転がる。
剣は心臓にまで達したと思う。
私は様子を見ながら立ち上がった。
手足は震えている。
余計なことは考えないようにした。
終わらせる。
腰の短剣を抜く。
霧雨を作り、電子を短剣に集める。
そのまま追撃しようと向かっていくが、ソムヌスの様子がおかしい。
倒れたまま動かない。
宿している魔術の光も薄い。
離れたところでいくつもの魔術が展開された。
すぐに明るくなる。
セーラがオイルを発火させたか。
明るくなり、少し離れた場所にスピンクスの姿が見えた。
私からは10mくらいの距離がある。
その異形は、神話の通りに女性の上半身と獅子の身体を持っていた。
初対面だ。
彼女は驚愕の表情で私を見ている。
傍らには人間の男が居た。
すぐに大勢の親衛隊が姿を表す。
彼らは大声で叫んでいる。
「あの怪物はなんだ?」と声をあげている人も居た。
スピンクスが翼で顔や身体を隠す。
隙間から見える顔が赤い。
火の照り返しのためなのか、怒りのためなのか。
直後、スピンクスの身体に一瞬で膨大な魔術が溜まった。
――あの光線が来る。
全力で空気を集める。
私とスピンクスの間には、彼女の仲間と思われる人間の男が居る。
スピンクスは仲間の男と私に向けて魔術を放った。
正気か?
男を突風の魔術で吹き飛ばして助ける。
同時にスピンクスに向けて全力で圧縮していた空気を放った。
ボシュ!
放たれた空気は一瞬でスピンクスの放った光線を消し去る。
ただ、突風は彼女の魔術の光で消えた。
突風の余波で、周りの炎が激しく揺れる。
スピンクスはよろめくように後ずさった。
しかし、踏みとどまって顔を空に向ける。
キィーン。
彼女が口を開くと、超音波のような甲高い音が響きわたった。
脳まで響き、思わず耳を塞ぎたくなる。
彼女はすぐに翼を広げ、宙に浮かんだ。
親衛隊から「怪物!?」と連呼される。
私には彼女の姿は太陽のように明るく見えた。
魔術の光がローマを覆い尽くすようだ。
スピンクスは私を睨んでいるような気がした。
その状態から四方八方にあの光線のような魔術が放たれる。
させない!
考える間もなく、乱射された光線を突風の魔術で防ぐ。
彼女が出す光線のスピードはそこまで速くないので突風の魔術でかき消された。
それでも彼女の乱射は続いた。
私は我を忘れて全ての光線を防ぎまくる。
その間の親衛隊の対応も早く、彼らはすぐに建物の陰に隠れた。
私にも余裕ができる。
スピンクスが光線の乱射を止めた。
私に向かって一気に降下する様子を見せる。
――カウンターのチャンス。
短剣を構え、胸の重さを感じ、肩の力を抜く。
瞬時に彼女が目の前に現れた。
しかし私は彼女を動きを完全に捕らえている。
スピンクスが前脚で攻撃してきた。
私の身体は勝手に動き、攻撃を避けつつ彼女に短剣を突き刺した。
「グェ」
カウンターが決まるとスピンクスから声が漏れる。
でも短剣は突き刺さってはいない。
やっぱり彼女のような存在には刃が通らないか。
私も反動で飛ばされた。
地面が固い。
突風の魔術で勢いを殺す。
「小娘ぇー!」
スピンクスは空高く舞い上がっていき、振り返ったと思うと、魔術を膨らませた。
範囲がかなり広い。
あのまま下に放たれると被害の範囲は円形闘技場くらいになる。
――目撃者全員を消すつもりか!?
こっちも細かいことを考えずに全力で突風の魔術を使った。
ただし、今までの突風の魔術とは違う。
空間把握で使っていた僅かな空気の操作を、一気に突風に変えたものだ。
「死ね!」
巨大な光が放たれたのが一瞬だけ見えた。
同時に私も突風の魔術を放っている。
ゴォォォォ!
私の放った突風の轟音と共に彼女が放った光の全てが吹き飛んだ。
何事もなかったように静かになる。
星空の中、宙にポツンとスピンクスが浮かんでいた。
彼女は呆然と地上を見つめている。
私もその様子を見ていた。
追撃はしない。
彼女は宙で身動き1つせずに留まっていたが、ブルブルと震えたのち去っていった。
「――ふぅ」
去ってくれたか。
空間把握で屋上のセーラたちや、地上に居る親衛隊の無事を確認する。
ふぅ。
皆、無事か。
私はソムヌスのところに向かった。
動いている様子はない。
でも魔術の光は見えるし呼吸もしている。
「終わったようだな」
ソムヌスのところにたどり着くと、カクギスさんに声を掛けられた。
カクギスさん以外にも親衛隊が3人居る。
「はい」
「では皆にそう宣言してやると良い」
そう言って剣を渡される。
≫宣言? 何を?≫
≫勝ち鬨ってやつだろ≫
≫なるほど勝利宣言か≫
あ、そういうことか。
私はカクギスさんを見て頷き、剣を掲げた。
「皆さん! ローマを襲っていた脅威は去りました! 暴れていた怪物は親衛隊に恐れをなして去ったのです!」
声を張り上げる。
セーラが点けた明かりが微かに残っていた。
剣にその光が反射する。
おおー!
太い声が、夜のローマに響きわたる。
隠れていた住人たちも顔を覗かせ始めた。
ざわめきが増えていく。
「こやつ、全く動かぬな。生きてはおるのだろう?」
カクギスさんが倒れたままのソムヌスを見て言った。
「呼吸はしているようです。心臓の破壊まではしてないので、生きているとは思うんですけど」
「ふむ。念のため親衛隊には近寄るなと申し付けてある」
「ありがとうございます」
「ところで、お主。ロンギヌス殿と面識はあったか?」
「ロンギヌスさん? いえ、会ったことはありませんけど」
ロンギヌスさんは今回のトーナメントにも出場していた第四席の剣闘士だ。
トーナメントで私と当たるかと思っていたけど、メリクリウスさんに破れた。
「ふむ。スピンクスと一緒におった男、ロンギヌス殿のようだな」
「え? どうしてロンギヌスさんが?」
「分からぬ。ただ、スピンクスに殺されるところをお主が助けたと伝えておいた。義理堅ければこの毒が効くやも知れぬな。カッカッカ」
「うわ……」
毒って言っちゃってるし。
その後、モルフェウスさんがやってきた。
セルムさんに肩を借りている。
セーラも居た。
「ありがとうセーラ。おかげでなんとかなったよ」
彼女に話しかける。
「こちらこそありがとう。考えさせられちゃうね。アイリスと居ると」
「え? どういう意味?」
「アイリスが強すぎるってこと」
彼女は苦笑して言った。
≫作戦立てても1人で解決しちゃうからな!≫
≫軍師泣かせだわ≫
ああ、そういう……。
「とにかく。セーラが居なかったらスピンクスがどう動くか絞り込めなかったし、私としてはすごく助かったよ」
「あはは。それならよかったかな」
一方でモルフェウスさんは動かないソムヌスを見つめていた。
「どうかした?」
セーラが私に聞いてくる。
私がソムヌスに気を取られていたからだろう。
「あ、ちょっとね。ソムヌスの様子を見てた」
「――様子? やっぱり彼は生きてるってこと?」
「うん、たぶん。結局、心臓は潰さなかったし、息もしてる」
ただ、剣はソムヌスの心臓に達しているはずだ。
肺も片方はダメになってると思う。
「モルフェウスさん、質問があります。スピンクスはソムヌスさんが暴れる前に何かしました?」
「――ああ。何かを飲ませた」
「飲ませた?」
「そうだ」
「念のため聞きますが、その飲ませたものの正体を話していたなんてことはないですよね?」
「正体は分からない。だが、男は『イコール』と呼んでいた。神の血という意味だろう。男が言っていただけで本当のことかどうかは分からないがな」
話してた!
≫神の血って飲むとどうなるんだ?≫
≫神話で飲んだという話はなかったと思います≫
≫ヘルクレスがユノの母乳を飲む話はあります≫
≫ヘルクレス? ヘ|ラ{・}クレスの間違い?≫
≫ラテン語だとヘルクレスなので一応ですね≫
「モルフェウス様は|神の血{イコール}を勧められなかったのですか?」
セーラがモルフェウスさんに聞く。
「俺は勧められなかった。ただ、ソムヌスが得体の知れない液体を口に入れるのを止めようとはした」
「そのとき留置所内に兵士は居なかったんですか?」
気になったので私も聞いてみる。
「居なかった。偶然ではなく意図して居なくなったという方が正確だ。何者かの呼びかけで全員が姿を消した」
「何者か、というのは?」
「分からないな」
「詳しくありがとうございます。有用な情報なので助かります」
親衛隊がスピンクスと示し合わせていた可能性があるか。
そのときの警備の担当が皇妃派だったかどうかは長官に確認してみよう。
「アイリス、ちょっと良い? 親衛隊が敵側なら、痕跡を消される可能性があるんじゃないかな? こうしてる間にも」
「痕跡を消される……?」
≫証拠隠滅!≫
≫証拠って人も含まれるからな≫
≫ロンギヌスとかいうのも危なそう≫
確かにロンギヌスさんは皇妃にとって一番に消したい『痕跡』だろう。
「カクギスさん。ロンギヌスさんってどうしましたか?」
「ロンギヌス殿は親衛隊に引き渡した。……が、今の話からすると殺される可能性もあり得るか。急ぎ見てこよう」
「助かります」
カクギスさんは言ってすぐに駆けだした。
≫皇妃は尻尾を出したとも言えるな≫
≫いやー、シラを切って終わりじゃねえか?≫
確かに今回のことが明るみになっても、それで皇妃を追いつめられるとは思えない。
「繰り返しになるけど、セーラは私と一緒に居ない方がいいんじゃない? 皇妃が変に恨んでくるかも知れないし」
「あはは。それは今更なんじゃないかな」
「うーん」
「ほら、今だって見られてるよ? たぶん」
親衛隊が皇妃と繋がってるなら確かに今更か。
「……そうかも。分かった。じゃ、遠慮なくセーラを頼るから」
「うん。ところでアイリスって自分から仕掛けることは考えてない?」
「仕掛ける?」
「うん」
どういうことだろう?
話の流れからすると皇妃に対して私が仕掛けるってことだろうか。
≫なんの話だ?≫
≫皇妃に戦いを仕掛けるってことだろ≫
≫今のアイリスならいけるかもな≫
≫攻撃は最大の防御なり!≫
≫煽るなよ。アイリスが決めることだろ≫
セーラを見ると目があった。
彼女は真剣だ。
「少し待って。ちゃんと考えてみる」
これまで、私が皇妃にされてきたことを考えてみた。
彼女の『嫌がらせ』は最初から度を超えていたけど、それは私個人に対してだけだった。
今回の『蜂』関係の裏に皇妃が居るのなら、私だけじゃなく、私の周りやローマの人たちも巻き込んでいることになる。
次はもっと大事になる可能性もあるだろう。
「確かにこっちから仕掛けた方がいいかも。方法は全然思いつかないけどね」
「良かったら一緒に考えるよ」
セーラは笑顔で言ってくれた。
≫セーラ側にメリットあるの?≫
≫このままだとじり貧だからな≫
≫起死回生の一手か≫
≫どういうことだ?≫
≫皇妃を失脚させた立役者の1人になれる≫
≫勝ち陣営に恩を売った形になる訳だ≫
セーラってそこまで打算的とは思えないんだけどな。
でも、彼女にもメリットがあるなら良いか。
「分かった。じゃあ、手伝って貰おうかな。もちろん、私から『彼女』への反撃も前向きに考えるよ」
「ありがとう」
「感謝するのはこっちだから」
始めるなら『蜂』と皇妃との証拠固めからだ。
それだけで彼女を追いつめられるとは思えないけど、尻尾くらいは捕まえられるかも知れない。
身体は限界に近いけど頭が冴えてくる。
「アイリス!」
マリカの声だ。
彼女が私の元に走ってくる。
「怪我とかしてない?」
「大丈夫。ありがと」
「セーラ――さんも大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」
マリカは倒れているソムヌスに意識を向けた。
「分かると思うけど、『蜂』の皇帝だよ。まだ生きてるけど、マリカはどうしたい?」
私が言うと、彼女は考え込んでしまった。
「自分でもよく分からない。ただ、今後、私に関わらないで欲しい」
「恨みはないのか?」
マリカに声を掛けたのはモルフェウスさんだった。
「もちろん恨みならあるよ。ない訳ないでしょ。でも、こいつが私の両親を殺した訳じゃない。それに悔しいけどこいつが居なければ、私は生まれてこなかった。違う?」
「――ああ、そうだ。その通りだ」
「だったらもういい。その代わり、私のこれからを邪魔しないで。それだけ」
「分かった。邪魔しないしさせない。俺の命がある限りにはなるがな」
2人は黙ったまま互いに向き合っていた。
「……そこまでする必要ないから」
マリカがモルフェウスさんから視線を逸らして私に向き直った。
「アイリス。こっちって結局、どうなったの?」
「片づいたよ。関わっていたのは3人で――」
簡単にスピンクス、ソムヌス、ロンギヌスさんのことを説明する。
そういえば、メルクリウスさんっぽい人はいつの間にか居なくなってるな。
「それでマリカ。ビブルス長官は来てる?」
親衛隊の皇妃派のこともあるので、長官と話がしたかった。
「ビブルス長官なら『別件で急用ができた』って皇宮に出掛けられたよ。カトー議員もご一緒に」
「カトー議員も? 皇宮に?」
「うん。あと、今夜は戻れないかも知れないって」
「マリカさん。そのときの話を詳しく聞かせて貰えますか?」
横からセーラが深刻そうに聞いてきた。
「詳しく? うん」
すぐにマリカは、彼女がカトー議員の邸宅に着いてからのことを話していく。
着いた直後しばらくは、2人ともいつもの雰囲気だったらしい。
皇宮から使者が来てから様子が変わったという。
内容は機密ということでマリカは知らされていない。
「その話を知ったときのお2人の様子はいかがでしたか? 特に感情について分かる範囲で良いのでお願いします」
「感情?」
マリカが首を傾げた。
「カトー議員は見たことがないくらい深刻なご様子だったよ。長官もショックを受けられたみたいで……」
「そうですか。お2人が皇宮に向かったときのおおよその人数は分かりますか?」
「人数までは分からないけど、護衛を何人かお連れになってたくらい」
「ありがとうございます。アイリス。カトー様より立場が上の方って居る?」
「皇帝以外は居ないんじゃないかな? ローマの政治体制は知らないけど。カトー議員が誰かの指示で動いてるってことはないと思う」
「どこかの派閥に属してるとかも?」
「想像の話で悪いけど、彼は議会でも好き勝手に振る舞ってたからどこの派閥にも属してない気がする。皇妃はもちろん、皇子2人のどちらにも肩入れしてる様子もないよ。私の知らない誰かを祭り上げてるかも知れないから、自信はないけどね」
「そう。となると、ローマ皇帝の身に何かあったという可能性が高いかな」
「何かあった? 皇帝に?」
彼が私に月桂樹の冠を被せてくれたときを思い出す。
「怪我か病気か。カトー様が手を出せないところで、何か重大なことが起きたかも」
重大なこと。
それも怪我か病気。
命が危ないということだろうか。
「そういえば、隣の部屋から医師がどうとか聞こえてきたよ」
マリカが言った。
医師?
本当に皇帝が危篤状態?
身体は悪そうだったけど、壇上に上がるときは背筋を伸ばしてしっかりと歩んでいた。
時間は短かったけど、私の戦いを見て勇気を貰ったと言ってくれた。
なぜか分からないけど焦る。
居ても立っても居られなくなった。
病気ならともかく、怪我なら私が行けばなんとかできるんじゃないだろうか。
急いで皇宮に行きたくなる。
「セーラ、ごめん。私、皇宮に行きたい。閉会式で私に『明日への勇気を貰った』って言ってくれて、なのに明日が……」
こみ上げて来て言葉に詰まる。
皇帝とは今日初めて話をしたくらいだ。
彼に対して情とかは何もない。
それでも助けられるなら助けたいという気持ちがある。
「あはは。そんなに気を遣ってくれなくても大丈夫だよ。私はアイリスのそういうところに助けられたんだし、気にしないで行ってきて」
≫治療ならマリカを連れて行った方が良いな≫
≫なんでだ?≫
≫酸素吸入が必要になるかも知れないだろ≫
「ありがとう。あと、マリカ。着いてきてくれると助かる」
「私?」
「うん。マリカの力が必要になるかも知れない」
「――分かった。もちろん、着いてくよ」
マリカが力強く頷くのが分かった。
「ありがと」
あと、ここに留まるセーラやモルフェウスさんたちを引き継いでくれる人が必要だ。
クルストゥス先生が居れば頼みたいんだけど。
「マリカ、クルストゥス先生を見かけなかった?」
「親衛隊長と一緒に居るはずだよ。どこに居るかまでは知らないけど」
「そっか。ありがと」
こっちの事情を知らせてくれてるんだろうか。
それはそれでありがたい。
頼ってばかりで悪いけど、カクギスさんに引き継ごう。
私はすぐにカクギスさんを呼ぶために宙にサインらしきものを送ってみた。
すぐに同じような返事がある。
便利だ。
それから、少ししてカクギスさんがやってきた。
私は彼にセーラたちの引き継ぎと、マリカと一緒に皇宮に向かうことを伝える。
「ふむ。承知した。こちらのことは任せておけ」
「面倒なことばかり押しつけてすみません」
「カッカッカ。気にするな。退屈凌ぎにはちょうど良い」
「ありがとうございます。では、お願いします。セーラ、またすぐに来るから。セルムさんも最悪の場合はお願いします」
「承知しております」
セルムさんは丁寧にお辞儀をした。
≫最悪の場合って?≫
≫親衛隊が敵に回ったときとかそんな感じだろ≫
「じゃ、マリカ」
「うん」
こうして私たちは皇宮に向かうために飛び立った。
『蜂』の事件もさすがにこれで終わりだろう。
トーナメントでも優勝することができた。
一応の区切りはついたはずだ。
ただ、皇妃の私に対する恨みは、日に日に強くなってきているように思う。
今回で終わりということはないはず。
どちらかが破滅するまで終わらないのかも知れない。
――いや、まずは皇帝のことか。
彼が接してくれたときの表情を思い出し、気持ちを引き締めなおした。
皇妃が居たら嫌だなと思いつつも、そうなったらそうなったで堂々としよう。
きっと上手くいく。
マリカも着いてきてくれているし。
私は彼女が宿す魔術の光に暖かみを感じて、心強くなるのだった。
[神の因子編]
終幕
次話より第4章(予定では最終章)となります。




