第119話 VSゼルディウス[後編]
前回までのライブ配信。
トーナメント決勝に進んだアイリスは、『闘神』ゼルディウスと戦う。浸透する攻撃を受け、窮地に立たされるアイリスだったが、視聴者の助言により打開に成功する。そして、アイリスの攻撃がゼルディウスの腕に当たりダメージを負わせるのだった。
私はゼルディウスさんに立ち向かっていった。
彼の間合いに入ると同時に、彼の背後から水射の魔術を使い、正面からも剣を振るう。
でも、水も剣も軽く弾かれた。
現状、一番警戒しているのは彼の浸透する攻撃だ。
とにかく四方八方から攻撃して、万全の体勢にさせない。
そうすれば、彼も浸透する攻撃を使いにくいだろう。
私は突風の魔術を連射しながら、ゼルディウスさんを攻撃していく。
私自身は位置を変えて剣を振る。
たまに水射の魔術も混ぜる。
渦への意識は甘くなるけど仕方ない。
そんな風に攻撃を続けるが、彼は私の剣を軽く払っていた。
魔術に至っては肩や肘を動かすだけで、弾き飛ばしている。
少なくとも魔術は人を軽く吹き飛ばせるくらいの威力なんですけど?
構わず、私は四方八方から突風の魔術を放ちつつ、隙を狙って剣でも攻撃していく。
ゼルディウスさんには苦もなく捌かれ続けた。
それどころか、捌いた動きを使ってそのまま攻撃してくる。
気配がないので避けきれない。
突風による『重さ』を使っても衝撃で身体を持って行かれる。
更にゼルディウスさんは私の全方位攻撃にも慣れてきたようだった。
浸透する攻撃すらも使ってきた。
なんとか下がって回避する。
危ない危ない。
強さに加え、適応能力も高いのか。
このままだと私が不利だ。
――やっぱりカウンターか。
結局、そこに戻る。
ただ、複数の魔術を撃ちながらだと、『渦』に没頭できない。
どうしても魔術のコントロールに意識を割いてしまう。
それなら、魔術にあまり意識を割かないように突風の魔術を乱射したらどうなるどうなるだろうか。
無茶苦茶に飛び交う突風の中、カウンターを狙う。
思いつきに鳥肌が立った。
まともに考えたら無理そうだけど、私なら出来るという思いもある。
なによりこういう思いつきを試すのはワクワクする。
いいや、やっちゃえ。
私は突風の魔術の『コントロール』を止めた。
適当に発動しまくる。
そんな中、意識は渦に集中した。
渦の様子はこの世の終わりのようだった。
無秩序な魔術の発動自体は問題ない。
自身の突風の魔術を避ける方も問題なかった。
意外と渦の隙間は多い。
「ふふ」
ここまでは上手くいっている。
思わず笑みがこぼれた。
そのまま、ゼルディウスさんの剣の間合いに踏み込む。
すぐに剣が目の前に突き出てくる。
相変わらず彼の剣には兆しがない。
渦も存在してない訳じゃないけど目立たない。
それでも私の身体は直撃を避けてくれる。
私は自分の身体を信じて、カウンターだけを狙った。
ゼルディウスさんは肩で突風を相殺し、そのまま挨拶でもするかのように剣を振ってくる。
彼の剣は私の胴体に迫っていた。
私は意識的に腰を引く。
同時に片手で彼の腕を狙った。
コッ!
剣が彼の素肌に当たる。
効いてない音だ。
一方で、彼の剣も私の胴を掠め、下半身が持って行かれ、手を地面についた。
私は地面に足を滑らせながら身体を起こす。
ダメだ。
もっと速く。
それに私はまだゼルディウスさんの攻撃を怖がってる。
大丈夫だ。
信じよう。
私のこの身体はちゃんとダメージを最小限にしてくれる。
突風の魔術を乱射しながらゼルディウスさんに向かう。
彼の流れるような攻撃が来る。
カウンターを撃つ。
攻撃が来る。
カウンターを撃つ。
来る。
撃つ。
「うぷっ」
ゼルディウスさんの浸透する攻撃。
食らってしまったか。
でも今はどうでもいい。
鎮痛の魔術を使って気持ち悪さは忘れる。
「ふっ!」
とにかく魔術を乱射しながらゼルディウスさんに向かう。
私が向かえば彼の攻撃が来る。
そこにカウンターを合わせる。
何がなんだか分からないけど、慣れてきた。
楽しくなってきていた。
口の端の筋肉が上がるのを止められない。
突風の魔術の乱射で空中には激しい渦が巻き起こっている。
私は縦横無尽に動き回り、向かっては飛ばされながらもカウンターを当てていく。
カウンターは確実にタイミングが良くなってきていて、彼の肌にもいくつか傷がついていた。
それでも彼は笑っている。
私も笑っていた。
「ふ!」
ゼルディウスさんの攻撃を完全に避ける。
私のカウンターと突風の魔術が同時に当たった。
「おっと」
彼は攻撃を受けながら、力強く踏みとどまり蹴ってくる。
私は肩でその蹴りを跳ね上げて、自分から転がった。
そのまま彼の側面に回り込み、また彼に向かう。
音すらない彼による剣の突き。
私は兜でそれを逸らしながら、次に来る蹴りの直前にカウンターを当てた。
私のカウンターは彼のワキに当たった。
手応えはあった。
一層、彼が笑う。
私もとっておきの笑顔を返す。
限界ギリギリの中で獰猛に笑い、存在をぶつけ合う。
チッ。
剣が私の兜を掠めた。
彼から発せられた魔術の光とともに、遅れて風が吹く。
私の剣が彼の肘を斬り上げている。
ランダムに発動する私の突風の魔術が荒れ狂う。
そんな中、彼の回し蹴り。
私は盾で防ぎ、吹き飛ばされながら移動する。
更に、たまたま来た突風の力を借り彼の軸足を狙う。
彼の軸足には刃が通らない。
そこを盾で殴りかかられる。
浸透する攻撃。
完全に避けて彼の首へカウンターを撃つ。
彼は首を捻り避ける。
感覚が研ぎ澄まされているのが分かる。
高揚感。
幸福感。
この時間が終わってほしくないとまで思ってしまう。
もちろん、このままでは勝てない。
何か勝つ方法を。
せめて何か突破口を考える必要がある。
そのとき、私のランダムな突風の魔術がちょうど私とゼルディウスさんの間に来た。
私が下がり、ゼルディウスさんとの間に距離が生まれた。
「楽しいなぁ、アイリス。ところで、こういうのはどうかね?」
瞬間、彼の身体に宿る光が広がった。
一気に円形闘技場中にその光が広がる。
そして、私の突風の魔術は発動しなくなっていた。
魔術無効。
やっぱりゼルディウスさんは使えたか。
試しに私の背後で突風の魔術を使ってみたけど、発動する様子はなかった。
見えてない場所にも有効なタイプか。
これで、魔術は使えなくなった。
私の身体の中は別だけど。
完全に私が不利だ。
冷や汗が出る。
それでも私は笑った。
ゼルディウスさんが向かってくるので、私も彼に向かう。
いきなり、前蹴りが来る。
蹴りの場合、渦にはっきり兆しがあるので避けることが出来る。
問題は剣だ。
ほら、いつの間にか目の前にある。
完全には避けられないけど、身体がある程度回避してくれる。
でもそれで身体が崩れてしまう。
そこに強烈な回し蹴り。
崩れているので分かっていても避けられない。
しかも身体を重くできない。
ギリギリ盾を重心の前に置く。
「ぐ……」
かなりの衝撃があった。
10歩以上後退するが、衝撃を殺しきれない。
私が立ち止まる直前に前蹴りが来る。
鳩尾の上の真ん中。
避けにくい場所。
筋肉に電流を流して上半身を無理矢理反らせ、捻る。
更に地面を蹴って逃げた。
危なかった。
このままではマズい。
何か対抗できる手段を考えないと。
少なくとも身体を重くする手段は欲しい。
でも、私の身体の中だけで重くする方法なんてあるんだろうか。
身体の内部限定で、魔術を使ってコントロールできるもの。
筋肉。
息。
血液。
ん? 血液?
一瞬、血液を使って身体を重くすることが出来るんじゃないかと思った。
でも、よく考えたら血液を真下だけに落とすことは難しい。
赤血球や他の水分を衝突させてから動かすので、必ず上下に動くことになる。
運動としてはたぶんプラスマイナス0だ。
それに血管が傷つくかも知れないので危険な気がする。
だからと言って膝を使って体重を増やすとかは今の私には出来ないだろう。
練習を繰り返して使える技術な気がする。
横隔膜を使って体重を――。
思考の隙間に剣での突きが来た。
浸透する攻撃か?
嫌な予感がしたので思いっきり下がった。
ぬっ。
ゼルディウスさんが加速し目の前に居た。
距離を一気に詰められていた。
ガガン!
盾越しとはいえ、浸透する攻撃が直撃する。
「うぷっ」
内臓の不快感を遮断しているはずなのに、吐き気がこみ上げてくる。
私は胃液を魔術で無理矢理せき止めた。
続けて回し蹴りが来るの分かった。
避けられない。
「くっ!」
筋肉に強力な電気を流して、思いっきり彼の足に盾をぶつける。
ガン!
盾と彼の足がぶつかった。
凄まじい威力で持っていた盾がはね飛ばされた。
その盾が頭や肩にぶつかり、上半身ごと吹き飛ばされる。
それでも私はなんとか踏みとどまった。
踏みとどまったのはいいけど、衝撃の影響か視界がはっきりとしない。
彼が滑り込むように盾で殴りかかってきているのが分かる。
私の視界は真っ暗だ。
渦、それに彼の魔術の光だけが見える。
私は踏みとどまった直後で動けない。
盾は間に合わない。
瞬間、ゼルディウスさんの身体の中心で、電子が繰り返し移動するのが見えた。
背筋がゾクッとした。
たぶんゼルディウスさん全力の浸透の攻撃。
死がよぎる。
「くぁっ!」
私は腹筋に電気を流し、渦の中心に思いっきり頭突きをした。
頭が爆発したように訳が分からなくなる。
「ぐ……」
衝撃の中、更に一歩進めた。
意識がすっと消えそうになる。
ふっと光が見えた。
身体が避ける。
また光。
身体が避ける。
点のような光が瞬く中、私の身体は動き続けた。
次第に点が広がり、渦となる。
渦が広がり、世界が見えた。
目が開かれ、覚醒する。
私は凄まじいスピードの攻撃を避けていた。
たぶん、ゼルディウスさんが先生と素手で戦っていたときと同じかそれ以上のスピード。
彼の剣がすっと私に近づく。
私の身体は避けない。
ゼルディウスさんの身体の中心で電子が動く。
そこで初めて私の身体が避ける。
スピードを増した剣が私を通り過ぎた。
蹴りは最初から避けられる。
剣は当たる寸前の加速の瞬間に避けていた。
剣の攻撃の起点はすぐに分かった。
ゼルディウスさんの身体の中だ。
そうか。
彼は剣を使うとき横隔膜を利用していたのか。
ダメージも少し回復して手に力も戻ってくる。
攻撃の起点が横隔膜と分かったことで、彼の剣も確実に避けられるようになっていく。
ただ、カウンターのタイミングが難しい。
それでも、彼の腕くらいは斬りつけられる。
剣が来る。
私は避けながら彼の防具のない上腕に剣を振るった。
コッ。
弾かれる音。
タイミングの改善を意識しながらも、少しずつ動きを渦に融けさせていく。
私の身体が動く。
反応も早くなる。
最小限の動き。
余裕が生まれる。
凄まじい攻防の中、私のカウンターが確実に彼に当たり始めた。
カウンターのタイミングは彼の横隔膜へ電子が流れた瞬間。
私は彼の蹴りを余裕を持って避け、同時に振られた剣は無視して、横隔膜の電子が見えた瞬間に突きを放つ。
少なくない血が流れる。
何度も私のカウンターを受けて血塗れだ。
彼の笑顔の凄みが増す。
「楽しいなあアイリス」
「――はい」
再び互角以上の撃ち合いまで戻ってきた。
命と存在を賭けながら己を主張する。
不思議と幸せな時間。
笑顔で撃ち合いながらも、私の方の膝がカクンと落ちることがあった。
息も切れ気味で、汗だくにもなっている。
一方のゼルディウスさんはまだまだ体力があるようだ。
でも汗をかいているなら、霧の魔術がなくても肌が濡れる。
濡れていれば電撃の攻撃が使える。
彼の攻撃に対して私のカウンターが当たった。
バチッ。
同時に電撃が飛ぶ。
さすがの彼も電撃を受けて表情が動いた。
でもそれだけだ。
かなり痛いはずなのに全く効いてないかのようだった。
私自身、足に電撃を試したときはしばらく動けなくなったんだけど……。
私の思いに関係なく、再び気を抜いたら終わるようなギリギリの攻防を繰り返す。
彼の攻撃は避けられるし、私の攻撃は当たる。
電撃も効いている。
一見、私の方が有利だ。
でも、このままでは私の方が先に体力切れになる。
せめて突風の魔術が使えれば。
電撃の痛みで魔術無効が切れる瞬間があると思ったけど、ダメだった。
とにかく決め手が欲しい。
今だとカウンターのタイミングが完璧でも筋肉が分厚くて決定的なダメージには遠い。
ただでさえ強いのに、どれだけ鍛えたのだろうと思う。
思えば今回のルキヴィス先生の課題も、『強力な攻撃を身につけておけ』というものだった。
甘く考えていたか。
先生ならどうしただろう。
弱点を狙っただろうか。
私たちに見せてない強力な攻撃手段があるのか。
考えてみると最初の『ジャンプして着地と同時に突き』以来、攻撃手段は教わっていない。
今、私に出来るのはカウンターの精度を高めるだけだ。
タイミングだけじゃなくて場所も精度を上げる。
とにかく筋肉の少ない場所へ。
ここに来て極度に集中出来てるのが自分でも分かった。
ミリ単位で分かる。
あと少し。
あともう少し。
一瞬、ゼルディウスさんと目が合った。
彼は限界いっぱいの笑顔になる。
その笑顔と一緒に彼の筋肉が膨れた気がする。
魔術の光も増えてるし、皮膚に光がまとわり付いている。
今までなら皮膚くらいは傷ついていたカウンターが弾かれた。
もう1度攻撃を当てても、同じく皮膚に傷がつかない。
ここに来て成長した?
そのままでも十分強いのに。
でも、成長速度なら私の方が上のはずだ。
意味の分からない負けん気が私を支える。
私はカウンターを撃つとき、連撃での攻撃を試み始めた。
普通に攻撃したのち、電気で筋肉を動かしもう1度攻撃するやり方だ。
ただ、全く上手くいかなかった。
それならばと突きと同時に電気で腰を回して連撃を試みる。
結果、身体の動きがバラバラになった。
その隙を逃がすゼルディウスさんじゃない。
私に向かって勢いのある盾が向かってきた。
当たれば下手すると死ぬ。
盾で受けるしかない。
ガドン!
盾がぶつかる。
衝撃とともに一瞬意識がなくなった。
気付くと地面を転がっている。
更に浸透のダメージがやって来た。
マズいと思い、痛みを全てカットする。
込み上がってくる胃液も止める。
私は転がり立った。
「ほっ!」
正面。
これまでで最も強烈な濁流が私を包む。
ゼルディウスさんの前蹴り。
「はぁあ!」
気合いを入れ、本当にギリギリで濁流を避けながらゼルディウスさんに体当たりした。
私は吹き飛ぶ。
ただ、体当たりのタイミングがよかったのか、ゼルディウスさんも膝をつく。
2メートルほど距離が空いた。
私は反射的に立ち上がる。
断片的な思考が頭を駆けめぐった。
連撃。
攻撃方法。
先生。
最初。
習った。
浸透。
スローモーションのようにゼルディウスさんが立ち上がる様子が見える。
思考が何かにたどり着きそうになった。
最初にルキヴィス先生に習った攻撃?
繰り返し何度も何度も練習した。
ジャンプして地面に着くと同時に攻撃する突き。
閃く。
あのルキヴィス先生に習った攻撃は、浸透する攻撃だったんじゃ?
ゼルディウスさんが一歩踏み出す直前。
「ッ!」
私は彼の踏み出しにカウンターを合わせる形で、彼の懐に飛び込んでいた。
その攻撃は盾で弾かれる。
――いきなり試してもやっぱり無理か。
上手く繋がるように攻撃しないと。
思いながら身体を彼の前に晒す。
剣を振れば当たる間合い。
攻撃を誘うための餌。
ゼルディウスさんの横隔膜への電子の命令。
私は彼のワキ下にカウンターを撃つ。
魔術の光に弾かれた。
彼は膝蹴りを撃ってくる。
集中する。
ワザと盾で受けるようにして飛んで下がった。
威力で腕が軋む。
距離が開いた。
私は着地し、渦に融けた。
すぐに強烈な渦が目の前から向かってくる。
私は渦の道筋を一歩外してから軽くジャンプする。
ほぼ同時にゼルディウスさんが片足を上げた。
前蹴りのようだ。
彼が足を伸ばすか伸ばさないかの瞬間に私の剣先が彼の腹部に当たった。
防具のない横っ腹だ。
私は剣先が当たるとほぼ同時に着地した。
着地と共に更に剣で突く。
打ち勝った手応え。
あのゼルディウスさんが腰を折り、倒れそうになった。
「ふん!」
ただ、そんなに簡単な相手じゃない。
軽く気合いを入れると大きく踏み出して立ち直る。
その立ち直りは予測できた。
直後に攻撃するつもりで既にジャンプしている。
踏ん張った直後なので硬直しているはずだ。
普通は。
ゼルディウスさんは普通ではないので、私の突きに合わせるように反撃してくる。
そうして、また攻防になる。
間合いは広めにとり、隙があればカウンターで少しジャンプしての連撃を入れていく。
手応えがない場合もある。
でも、手応えのある場合も数回に1回はある。
その場合はさすがのゼルディウスさんも怯む。
浸透、まではいかないけど効く攻撃にはなっている。
途中から電流も合わせて使う。
さすがに連撃と電撃が両方上手くいった場合は、ゼルディウスさんの表情も変わった。
でも、本格的に膝に力が入らなくなってきた。
膝が少し震えているような気もする。
ハァハァという自分の呼吸が体内に響く。
体力の限界も近い。
一方のゼルディウスさんは疲れている様子を全く見せない。
さすがだ。
でも、私は彼が歯を食いしばっているのを知っている。
お互い笑いながら歯を食いしばり全力で斬り合う。
最後に立ってるのはどちらか。
私は蓄積したダメージと疲れのためか、電撃を使うときの集中が辛くなってきた。
さすがのゼルディウスさんも魔術無効を使う集中力が持たないのではないだろうか?
間合いが離れる。
「ふー」
私は気力を振り絞り、集中した。
カクギスさんの空間把握を使う。
魔術で僅かに風を起こし、その風の動きで空間を把握するやり方だ。
今はゼルディウスさんの魔術無効が効いてるので、当然風は起こらない。
でも、魔術無効が切れれば風は起きるはずだ。
それを察知する。
言ってみれば魔術無効把握?
再び身体を投げだし、彼の攻撃を誘発して連撃を使ったカウンターを狙っていく。
密着寸前で攻撃してくることもあるけど、横隔膜の動きを察知することでカウンターを合わせられる。
そんな風に何度かカウンターを当てていて気付いた。
私の攻撃が当たる少し前に魔術無効がなくなる。。
確実になくなるのは、私がカウンターのタイミングに失敗して攻撃を弾かれてしまった場合だ。
ゼルディウスさんは素肌への攻撃を弾くために魔術の光を集める。
そのときだけ、空間に展開している魔術無効が消える。
――それなら。
私は攻防を繰り返しながら作戦を立てた。
作戦は本当に簡単だ。
まず、寸止めで魔術の光を集めさせて魔術無効を消す。
その隙に突風の魔術を使う。
その突風に合わせてジャンプからの突きを行う。
突きは身体が重くなった状態で行うことになるので、威力はかなり上がるはずだ。
これを体力が尽きるまで繰り返す。
手順が複雑なので電撃は使わない。
これで倒しきるつもりだ。
彼のことだから、考える時間を与えたら対策されると思う。
最初で最後のチャンスと考える。
ゼルディウスさんの攻撃を避け、寸止め。
魔術無効が消えたのを察知。
突風の魔術を上から吹き付けると同時に飛ぶ。
重さは650kg想定。
彼の剣が振り下ろされる。
私はそれを盾で受けながら、同時に防具のない腹部にジャンプの勢いだけの突きを当てる。
着地直前に上空からの突風がやってくる。
落下に風が加わって、滝に打たれたかのような負荷が掛かる。
「ふっ!」
息を吐きながら、それら全てを追撃の突きに込めた。
突き抜ける感覚と共に、ゼルディウスさんの身体がくの字に曲がる。
息を吸い、すぐに身体を彼の前に投げ出す。
「ッ」
彼の短い呼吸音。
剣の攻撃だろう。
私は寸止めからジャンプして着地の連撃を当てた。
そんな攻撃を7、8回繰り返していった。
でも距離が離れてしまった。
私はすぐに距離を詰めていく。
ゼルディウスさんはまだ笑っている。
でも、首から下の肌という肌から血が流れ、肌は青紫色になり、内出血している。
私も息は乱れ、大量の汗をかいていた。
動くたびに汗が地面に零れ落ちる。
その落ちる汗でアイデアを思いついた。
「ふ――、ああああああ!」
私は声を上げながら、全力のスピードで彼に斬り掛かっていった。
全てを出し尽くすつもりで斬りまくる。
渦に乗り、攻撃しながら彼の動きを見て、隙を見つけては攻撃を当てていった。
それらは、ほとんど魔術の光で防がれる。
彼が魔術の光で攻撃を弾いている瞬間だけ、私の魔術が使える。
私はその魔術無効がなくなる瞬間だけを使って、創水の魔術を繰り返し発動していた。
創水の魔術は空中に水滴を作り、霧雨を作り、雨を生み出す。
雨は私を濡らし。
ゼルディウスさんを濡らす。
剣も盾も鎧も濡れる。
靴も服も肌も濡れていく。
地面も濡れて水たまりのようになる。
全てを濡らしていく。
全てだ。
ローマに来てからの。
いや、私の生きてきた全てをこの一瞬に込める。
ゼルディウスさんの突き。
私のカウンターの寸止め。
突風の魔術が発動する。
しかし、その発動したはずの突風はゼルディウスさんにかき消された。
ここに来てのゼルディウスさんの対応力。
関係なくジャンプした。
ゼルディウスさんの突き。
私の顔に向かってくる。
「がぁ!」
無理矢理首を捻っていなす。
兜が濡れていたのあってか、彼の剣が滑る。
同時に私の突きがゼルディウスさんに当たった。
タイミングは完璧だったのに、魔術の光がうっすらと彼の身体を包んでいる。
弾かれる手応え。
――さすが。
私は剣を手放し落とした。
「はっ!」
そのまま勢いのまま腕を伸ばし体当たりのように拳で突く。
着地と同時に濡れている全てのモノの電子を小手に集めた。
地面。
防具。
身体。
全ての電子を一気に集めた。
一瞬で小手がバチッと放電する。
「ふっ!」
全身を使って拳で突きながら小手に集まっている全ての電子をゼルディウスさんに向けて解放した。
ドン!
低く凄まじい音とともにバチバチという耳障りな音がした。
「ぐっ」
ゼルディウスさんの身体が弓なりになりながら、硬直する。
表情は消え、白目になる。
完璧に決まった。
それでも彼は倒れない。
ただ、彼が持っていた剣と盾は落ちる。
私はすぐに剣を拾って彼の太股に剣を突き立てた。
深く刺さる。
彼の膝が地面に落ちた。
決まった、と思った瞬間、耳に彼の声が届いた。
「ようやく捕まえたぜ……」
剣は彼の太股に突き刺さったものの、筋肉で締め付けられ抜けなくなった。
そこを捕らえられてしまう。
彼の右手が私の腕を内側から掴んでいた。
捕まれているだけなのに身動きがとれない。
唯一、救いなのがゼルディウスさんの動きが止まっていることだ。
電撃のダメージが大きいのだろう。
ただ、もがいたり、盾で押したりしてもビクともしない。
初日の夜に教えてもらった『相手の肘を合わせるて腕をほどく』をしようとしたけど、そもそも身動きがとれなかった。
≫もしかして捕まってる?≫
せめて何かヒントを貰えないかと、握られている腕を左目で見る。
≫やべえ≫
≫誰か何かないのか? 武術でも魔術でも≫
そうか魔術!
私は、彼の前腕に自分の腕を巻き付けてその腕に魔術を通した。
セーラさんに教えて貰った、他人の体内に魔術を使う方法。
その上で、彼の筋肉に思いっきり電気を流す。
狙ったのは彼の腕の外側の筋肉だ。
「なに?」
彼の指が開いた。
しかし、彼はすぐに腕を回し私を抱き寄せてくる。
私は彼の前腕から上腕に移動した。
もう1度電気を流す。
肘が伸ばされ、腕が真っ直ぐになる。
背後から彼の拳での打撃を察知した。
勝つにはここしかない。
私はその拳が動き出す直前に移動した。
カウンターのタイミングだ。
すぐに彼の首に自分の右腕を巻き付ける。
彼は首は思っていた以上に太い。
筋肉も多い。
それでも、神経の電子を止めてしまえば筋肉は使えなくなる。
私の力でもなんとかなるはずだ。
私は自分の腕に魔術を通し、彼の首の筋肉の働きを邪魔した。
その上で彼の首を絞め上げる。
「くっ――!」
私の声が漏れる。
ゼルディウスさんも顔を真っ赤にしていた。
それでも彼は立ち上がった。
ゆっくりと。
私を首にぶら下げたまま。
≫なんでもいい。首の血を止めろ≫
血?
一瞬何のことか分からなかったが、私は無我夢中で首の前面2本の赤血球の流れを魔術で止めた。
それでも、彼は立ったままだった。
どうすれば……と思い彼の動きに備えていたが、全く動く気配がない。
完全に硬直している。
――あ。
ふと気付いた。
ゼルディウスさんの全身に宿っていた魔術の光が消えている。
私はそっと彼の背中から降りた。
それでも動かない。
回り込むと、彼の目は閉じられていた。
呼吸はしているようだ。
――立ったまま気絶してる?
私はすぐに遠くにいる係の人に合図を送った。
係の人は何が起きたのかと、慌てて私に近づいてくる。
「ゼルディウスさんが立ったまま気絶しています」
「は? いや、確認する待て」
そう言うと、すぐに係の人はゼルディウスさんに近づいた。
何か呼びかけたりしている。
そして、大きく手を振った。
「勝者! アイリス!」
その言葉で観客席からの音が聞こえはじめる。
私はここが円形闘技場だったことを思い出した。
騒音を聞きながら、観客席をただ見つめる。
ざわめきが、これまで聞いたことないような大歓声に変わっていくのが分かった。
ローマ中が揺れているようだ。
係の人たちが何人か出てきて、ゼルディウスさんに声を掛けたりしている。
私はその様子を見つめていた。
意識ははっきりとしている。
ただ、思考は空だった。
私は自分の呼吸と周りの音を聞きながら、目の前の様子をただただ眺めていた。




