表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/176

第11話 十日間の期限

 目を開けた。

 ん?

 どこだここ?


 ボクの部屋じゃないな?

 それに寝ている場所が硬い。


 天井は暗くてよく分からないけど、むき出しのコンクリートのようだ。

 視線だけ壁に向ける。

 壁には窓のような絵が描かれている。

 それが、揺らめくような光に照らされていた。


 ?


 ≫お、映った≫

 ≫どうなってた?≫

 ≫この絵なんだ? 壁画?≫


 コメントがものすごい勢いで流れていく。

 ボクは身体を起こした。


「おや、気がつきましたか」


 そこにはイスに座っている男がいた。

 軽装の鎧を着ていて、黒髪で長髪の男だ。

 少し離れた場所では軽装の鎧を着た女性が立っている。


 それを見て、全て思い出した。

 ボクがローマに来てからのことや、円形闘技場(コロッセウム)の地下。

 そして怪物への恐怖。

 身震いしてしまう。


 ≫こいつ、ラキピを追いかけてた敬語野郎?≫

 ≫なんか怖いな≫

 ≫捕まった?≫


 ああ、そうか。

 ボクは捕まったのだと悟る。


「ここはどこですか?」


「皇宮の警備の詰め所ですね」


「ありがとうございます」


 皇宮か。

 ということは警備隊の管轄じゃなくて皇妃の管轄でボクを捕らえたということになるのかな?

 ボーっとしていた頭が回復して回り始めたのを感じる。


「ユミル様を連れてきてください」


 女性の方を見もせずに彼は言った。


「はっ!」


 女性は「失礼します」と言って詰め所から出て行く。

 ボクは長髪の彼と2人になった。


「聞いてもいいですか?」


 ボクは言った。


「なんでしょう?」


「貴方は魔術感知という魔術が使えるんでしょうか?」


 それだけは確認しておかないと思った。


 ≫この状況で聞くのそれ?w≫

 ≫これからどうなるかとかじゃなくて?≫

 ≫さすがラキピw≫


 返答がないので彼を見ると、彼は切れ長の目を見開いていた。


「面白い方ですね。貴女は」


 穏やかに笑ってから、彼は「そうですよ」とだけ答える。

 それ以上は話すつもりはないようだったので、ボクは「ありがとうございます」とだけ言った。


 その後、すぐにユミルさんが詰め所に入ってくる。

 彼は「間違いありません」と言いボクを詰め所から連れ出した。

 今度は逃げられないようにするためにか、護衛が更に4人も着いてきていた。

 長髪の彼は詰め所から出てきていない。


 そうしてボクは皇宮の中の一室に連れてこられた。

 室内の池のような場所に接している部屋だ。


「連れて参りました」


 ユミルさんが部屋に入って一礼する。

 他の警備は着いてきていない。

 皇妃は馬車で会ったときのように寝そべっていた。


 ただ服が違う。

 今度は、身体にぴったりとしたキャミワンピースのような露出の激しい服だ。

 腰あたりの身体のラインにそった(しわ)がえっちだ。


 寝巻きか何かだろうか?


 ≫えっろ≫

 ≫性格がああじゃなければ≫

 ≫念の為●REC≫


 (かたわ)らで2人の女性が(あお)いでいるのは同じだった。

 ボクは前に馬車にいたかもしれない怪物のことを思い出し、すぐに空間把握を使う。

 でも、他には何もいないみたいだった。


「巨人の傍でなんかパニックになってるところを捕まえたって聞いてるけど?」


 ボクを見もしないで、皇妃は言った。


「はい。円形闘技場(コロッセウム)の地下にある牢の前で発見したと聞いております」


「ふうん。そんなところで何してたの?」


「我々の追跡から逃れるためにそこに行き着いたのかと思われます」


「そう」


 そこで初めて皇妃はボクを見た。

 その嬉しそうな顔に嫌な予感がする。


「いいこと思いついちゃった。密入国者が逃亡したんだから、何か罰を与えないとダメじゃない?」


「はい。おっしゃられる通りです」


 皇妃のその不吉な思いつきの前振りにボクは唾液を飲み込んだ。

 そこで更に悪戯っぽい笑みを浮かべて皇妃が言う。


「その巨人と戦わせるってのはどう?」


 ユミルさんや扇いでいる女性たちが凍り付いた。

 ボクの思考も止まってしまっている。

 ゆっくりと意味をちゃんと意識に取り込もうと頑張るが受け付けない。


 ≫おいおい≫

 ≫巨人ってあのガシャガシャやって吼えてたやつか≫

 ≫ドSすぎるだろ≫


「——良い考えだと思います」


 ユミルさんが少し間を置いて言ったのが聞こえた。


「でしょ? びっくりした?」


「はい」


 ようやく巨人と戦うという意味が理解でき、あの恐怖を思い出した。

 真っ暗闇で牢屋を壊す勢いで体当たりされて()えられたあの恐怖。

 あれと、戦う?


 あれ、と。

 ボクは膝に力が入らなくなってその場に座り込んでしまう。


 ≫おい!≫

 ≫どうした?≫


「きゃはは。たのしー」


「エレオティティア様。失礼ながら、少々品がないかと」


「きゃはは。確かにお前の言うことはもっとも。でも、こんなの我慢できないでしょ。ふふふ」


 ≫性格最悪だな≫

 ≫こんなんが皇妃か≫

 ≫そうだそうだ! ●REC止めるぞ!≫


「ねぇ、ユミル。巨人はいつになる?」


「はい。次の闘技大会が10日後になります。それまでに調整いたします」


「楽しみ。じゃ、それと巨人が戦うまでどうするかは任せるから」


「はい。通例ですと養成所に置くことになりますので、そのように手配いたします」


「ふうん。なんか疲れた。もう休むから」


「お休みなさいませ」


「ああ、あとアーネスには気づかれないように」


「心得ております」


 ≫アーネスって誰だ?≫

 ≫もう一人の皇子じゃなかったか≫

 ≫ああ、ラキピに一目惚れしてた皇子様か≫


 会話もコメントも頭を上滑りしていく中、ボクは必死で現状を把握しようとしていた。


「確認ですけど、ボクと巨人が闘技場で戦うってことですか? そこでボクは事実上、処刑されることになると?」


 疑問がボクの口から出た。

 視線は皇妃を向いている。


 ≫空気嫁w≫

 ≫まずいですよ!≫


 皇妃はその問いかけに眉をひそめて不快な表情を見せる。


「ユミルー。いい気分が台無しになりそうだからあとは任せる」


(かしこ)まりました」


 ボクはユミルさんに(うなが)されて部屋を出て行った。


「着いてきてください。本日休んでいただく部屋にご案内します」


 ユミルさんはボクにそう言うと歩きながら話し始める。


「先ほどの、事実上の処刑になるのか、という質問ですが、残念ながらその通りです」


「そうですか。ありがとうございます」


「ずいぶんと落ち着いていらっしゃいますね」


「現実感がないだけです。それで、今回みたいなケースで生き残った人はいるんですか?」


 こうなったら情報だけは得ておこうと思う。

 怖くてヘタレるかも知れないけど。


「はい。しかし、女性の方で生き残られた方がいるという話は聞いたことがございません」


「なるほど。養成所ということはどんなところなんですか?」


「基本的な戦い方等の訓練をする所ですね。魔術や対怪物のための戦い方などを学ぶと聞いております。アイリス様はそのような訓練を受けたことはございますか?」


「いえ、全くありません」


「——そうでしたか」


 ユミルさんは少し考え込む。


「本日のヌメリウス様のところでの件を覚えておいでですか? アイリス様に私が(おく)れをとりました。剣の腕には(いささ)か自信があったのですが」


 ≫こいつラキピ騙したんだっけ?≫

 ≫信用していいのか?≫


「あれは思いつきです。間合いに入ったら斬るとユミルさんが話していたので、間合いに入った瞬間に堅いもので防げばいいんじゃないかと」


「その情報だけでですか。驚きました」


「そういえば、あの暗闇と騒がしい音の中、ボクが間合いに入った瞬間、正確に斬ってきましたよね? あれはどうやったんですか?」


 ユミルさんが口を閉ざした。

 彼の方を見ると目を閉じている。


「あれは私の流派で秘伝となっている方法です。お詫び代わり、いえお詫びには到底なりませんが、貴女にはお話ししましょう。あれは、足音だけに集中したのですよ。訓練で足音以外の音は全て無視できるようになります」


「足音だけに集中ですか」


「はい。訓練で様々な足音を聞き、相手の距離や速さなどを特定します。極めると他の音があっても全方位の攻撃が特定できます」


 すごいと思うと同時に気の長そうな話だと思った。

 それを身に着けているユミルさんは何者なんだろう?


「ありがとうございます。ついでという訳ではないんですが巨人のこと聞いていいですか?」


「私が答えられることであれば」


「では遠慮なく。巨人の武器ってやっぱり棍棒のような鈍器なんでしょうか?」


「そうですね。木の棍棒が多かったように記憶しております」


 木の棍棒か。

 どう考えても楽に死ねる展開が思いつかない。


「巨人と戦って楽に死ねる方法ってあります?」


「はい? いえ、失礼しました。面白い方ですね、貴女は」


 ≫なにをさらっと聞いてるんだよw≫

 ≫さっきも長髪の兄ちゃんに言われてたなw≫


「そうですね。運に頼ることにはなりますが、衝撃を頭に受けて気絶している間に殺されてしまう、というのが良いかと思われます」


「なるほど。ありがとうございます。まさかちゃんとした答えを貰えるとは思っていませんでした」


 笑いながら言うと、ユミルさんが(かす)かに笑う。


 ≫デレキタw≫


「盾は持たせてもらえるんですよね?」


「通常の戦いではそうですね」


「となると、剣を投げて挑発し、盾をコメカミにつけて棍棒の攻撃を受け、その衝撃で気絶して殺されるというのはどうでしょう?」


「貴女は前向きなのか後ろ向きなのか分かりませんね。巨人はすぐに激情するため、方法としては悪くないと思えます」


「そうですか」


「剣を投げる際、巨人の心臓を狙うのが良いでしょう。場所は人と同じ胸の中心にあります。可能性はほぼありませんが、勝てる可能性が出てきます」


「なるほど、ありがとうございます!」


「少しおしゃべりしすぎましたね」


 ユミルさんは目を閉じて気持ちを落ち着けているようだった。


「誰にも言いませんから大丈夫です」


「ありがとうございます。ご武運を」


 ≫いい人っぽいなw≫

 ≫いや、あの皇妃に仕えてるだけで無理だわ≫

 ≫娼館に売り飛ばそうとしたことは忘れない≫

 ≫ていうか、ラキピ死ぬつもりなん?≫


「あの、すみません。トイレ借りて良いでしょうか?」


 実はさっきから我慢の限界が近い。


 ≫キター≫

 ≫●REC≫

 ≫ハァハァ≫


「見張りを呼ぶので少々お待ちいただけますか?」


「はい」


 そう言って、若いお手伝いさんにトイレに連れていかれる。

 また水の貯められている池の広い部屋を通る。

 その逆側の少し低くなっている場所にトイレの部屋はあった。


 トイレがどんなところかと覚悟していたが、不思議なところだった。


 灯りはあるがかなり暗い。

 ドア側には蛇口が並んでいて水が出っぱなし。

 たぶん手を洗うところだろう。


 更に壁際に長椅子があり、左右の壁に沿ってずらっと並んでいる。

 その長椅子に等間隔で穴がいくつか空いている。

 ひょっとしてこの穴から致せと言うのだろうか?


 あと、部屋全体に水流のザーという滝のような大きな音がしている。

 たぶん、あの穴の下から聞こえてきているんだろう。

 ということは水洗なんだろうか?


「えーとこのトイレ初めて使うのですが、使い方を教えて貰えませんか?」


 声の音量を少し上げた。


「は、はい? あ、はい」


 表情は分からないが、少しおどおどしている。


「このように裾をたくしあげて、穴の上に座ります。排泄が終わりましたら必要に応じて棒に海綿(かいめん)をつけて拭きます。拭き終わりましたら海綿だけをその壷に捨ててください。棒は元の位置にお願いします。頼んでいただければ私が拭きます」


 ≫ふきふき頼めるのか!≫

 ≫俺も頼みたい!≫


「か、紙は?」


「え、紙?」


 変な間ができる。


 ≫紙はまだないとか?≫

 ≫高級品の可能性もあるぞ≫

 ≫●REC≫

 ≫え? 大なの≫


 くっ、ただでさえ女性の状態でおしっこするのは初めてだと言うのにこの屈辱。

 でも我慢も限界なので、さっさとしてしまおう。

 水流の音が大きくて、おしっこしてるときの音が聞こえなさそうなのが唯一の救いか。


 ボクは下を見ないようにして服をたくし上げ、パンツを脱ごうとする。

 でも、脱げない。少し慌てたがすぐに紐の存在に気づき、なんとか手探りで(ほど)いた。


 そのパンツを膝くらいまで下ろし、股の間が長椅子の穴の上にくるようにして調整する。


 直視せずに空間把握できるのは本当にありがたい。

 少し不安の残るまま、股の辺りの筋肉を緩めていく。

 見張りのそこに女の子もいるので、緊張で時間が掛かると思っていたけど大丈夫だった。


 男のときと違って、股の真下から直接出ているような感じなので、おしっこをしているという感覚が薄い。


 尿道を通る抵抗時間が短いというのだろうか?

 いきなり出ている感覚というのだろうか?

 かなりの違和感がある。


 しかも勢いのなくなった最後の方は股に水滴が残ったような感じがして気持ち悪い。


 さて。


 すっきりしたのはいいけど、このあと拭かずに立っていいものなんだろうか?

 こっちの習慣だと紙で拭く必要はないみたいだけど、残りがパンツにつくのはどうも気持ちが悪い。


 振り飛ばすことも出来ないし。


「すみません。海綿の準備だけお願いできますか?」


「は、はい」


 立っていた彼女は、棒をとってその先に手のひら半分くらいの海綿をとって棒に突き刺した。


 海綿は、みっちり詰まったスポンジという感じだ。

 これなら拭けるという安心感はある。

 それを水で濡らしてボクに「どうぞ」と手渡してきた。


 さて前から拭こうか、横から拭こうか。

 前からだと股に手を入れることになって行儀が良さそうには思えない。

 やっぱり横からだな。


 ボクは右側のお尻をあげて隙間から棒を入れた。

 水を湿らせた冷たい綿を少し押し当てるように拭いていく。

 特に変な感じもしないし、大丈夫だな。


 うん。


 座った状態でも、棒の後始末はできるようになっているので、海綿を捨てて棒を元に位置に戻した。上級者に興奮されるのは嫌なので、棒の処理は目を閉じて行う。


 そうしてから、ボクは立ち上がりつつパンツを履いてから紐を結んだ。

 しかし、紐で結ぶパンツって面倒だな。

 ゴム紐はないんだろうか?


「ゴム紐のついたパンツはないんですか?」


 それでもダメもとで聞いてみる。


「ゴムヒモ? いえ、私は知りません」


「知らなくても大丈夫です。ありがとうございます」


 ≫なんだ?≫

 ≫なぜゴム紐?≫


 あ、会話だけ聞いてると唐突か。あとで解説しておこう。


 こうして、気をつけることだらけだった初めてのトイレを終える。


 暗い場所とはいえ、ライブ配信したまま、しかも女の子に見られながら女性の姿でおしっことかどんな罰ゲームだよと思った。


 無事に一大イベントを終えたボクは、見張りの少女と同じ寝室に連れて行かれることになった。

 ライブ配信で話せないことが不満だったけど、屋根があるところで寝ることができるだけマシかと思うことにした。

次話は、明日の午後8時頃に投稿する予定です。

次話から養成所編になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ