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第116話 迷惑な宣言

前回までのライブ配信。


アイリスの対戦中にユーピテルが現れる。すぐに消えるが直後に対戦者のラルバトゥスは負けを宣言する。アイリスは彼と話をして皇妃の背後に居る怪物がスピンクスということを知るのだった。

 お昼前にラルバトゥスさんと別れて、円形闘技場(コロッセウム)の観客席に来ていた。

 『闘神』ゼルディウス。

 彼の対戦は見ておかないといけない。


「心ここにあらず、と言ったところか」


「少し気になることがありまして」


 カクギスさんに返す。


「ユーピテル様のことか?」


 今度はルキヴィス先生だ。


「いえ、お2人にはまたあとでお話します」


 私が気になっているのは2つのことだった。

 1つ目は『スピンクス』のこと。


 日本ではスフィンクスと呼ばれる怪物。

 頭が女性で胴はライオン、鷲の翼を持つらしい。

 『朝は4足、昼は2足、夜は3足のものは何か』の謎掛けでも有名な怪物だ。


 エジプト発祥でメソポタミアの神話にも登場するという。

 ギリシア神話では、謎掛けに正解されて自害したよわよわメンタルの怪物だけど、他の神話では大物という話だった。


 こちらでは、皇妃と協力関係にあるらしい。


 1度不意を突かれた形で攻撃を受けたけど、まともに戦っても結構強そうなんだよな。

 どこかでまた戦う可能性もある。

 あの炎みたいな攻撃を防ぐ方法を考えないと。


 2つ目はローマと函館の緯度(いど)のこと。

 ローマの緯度は確かに函館と重なるが、中心部は七飯町(ななえちょう)だと言う。

 特に円形闘技場(コロッセウム)は、七飯町の位置にあるとの話だった。


 私が乗ったエレベーターは七飯町の建物だ。


 七飯町に居たことは向こうの私の情報の特定を恐れて、視聴者に伝えていない。

 もしかすると、2つの場所のエレベーターは緯度がぴったりと合う場所かも知れない。


 考えていても、対戦になると目がひきつけられる。

 レベルが高い。

 観客も熱狂していた。

 そんな感じで3回戦は進んでいく。


 特に筆頭2人の対戦は凄まじかった。

 互いに別の闘技場の筆頭で、初めての対戦だという。


「さすがに3回戦ともなると皆さん強いですね」


「筆頭2人の戦いはローマの八席同士の対戦と遜色なかったな。他もパロス上位と言ったところか。皆、情報のない者同士、独特の緊張感がある」


 楽しそうにカクギスさんが語った。


「このくらいだと、あいつらじゃまだ厳しいな」


 あいつらというのは、カエソーさんを始めとするいつもの練習メンバーのことだろう。


「あやつらなら全員パロス下位の実力はあるのではないか?」


「俺はそういうの(うと)くてな。あいつらが雛鳥(ひなどり)みたいなもんというのは分かるんだが」


「カッカッカ。厳しいのお」


「お義父さま。アイリスさんはどの程度の強さなんでしょう?」


 リーシアさんが私に視線を合わせないまま聞く。


「第四席よりは確実に上であろうな」


「お義父さまより上位……」


「そこのルキヴィスに至っては筆頭より強いかも知れぬぞ」


「マクシミリアス様より? そんな……!」


「実際のところは戦ってみないと分からんさ。あいつが努力してきたこの10年、俺は皇宮でのんびりしてたからな」


 リーシアさんは絶句していた。

 マクシミリアスさんより才能があって、過去に互角以上に戦って、現在でも同等の強さはあると言ってるようなものだからな。


「ところで第三席のレオニスさんってどういう人なんですか?」


 カクギスさんに聞いてみる。


「『黄金』レオニスか。奴もまた天才と聞く。武を知らぬ時分(じぶん)に、当時の第八席を含む数人を倒したと噂されておる。互いに無手(むて)だったようだがな」


 ≫ムテってなんだ?≫

 ≫手に武器が無い。つまり素手ってことだ≫


「第八席を? それはすごいですね」


 例えば素人で第六席のカクギスさんに勝てる人なんて普通はいない。

 武器のあるなしに関わらず。


「カクギス。そのレオニスと戦ったことは?」


「ないな。第三席になる前は第七席だった」


「そりゃ残念だ」


「レオニスに興味が沸いたか。お主にしては珍しいな?」


「そういうこともあるさ」


 私たちはそんな風に合間合間で雑談しながら、対戦を観戦していった。

 カクギスさんは流派などに詳しいし、ルキヴィス先生の話はだと総評みたいなのが勉強になる。


 リーシアさんは黙っていたけど、先生たちの会話をしっかり聞いているようだった。


 時間は過ぎ、3回戦最後の対戦になった。

 いよいよゼルディウスさんの登場だ。

 観客の数も増えている。


 ――ん?


「皆さん元気そうで何よりです」


 背の高い誰かが近づいてきたと思ったら、真後ろから声を掛けられた。


 その人物に顔を向ける。

 端正な顔立ちに余裕を感じる笑み。

 目は閉じているが弓形で笑っているかのように見える。


 記憶にない顔だったけど、声と雰囲気から分かる。


「ナルキサスさんですか?」


 マリカの兄と思われる男だ。

 顔を見たのは、最初に養成所であったとき以来のはずだった。

 よく見るとマリカの面影がある。


「お日様の元では2回目ですね」


「お主か」


「生きてて何より。新しい生活には馴染(なじ)めてるか?」


 カクギスさんとルキヴィス先生がそれぞれ声を掛ける。


「お陰さまで快適に暮らせています。ところで、そちらのお嬢さんは?」


「ほう? これは俺の娘よ。リーシア、挨拶しなさい」


「はい。はじめまして。カクギスの子、リーシアと申します」


 リーシアさんが立ち上がり、堂々と直立不動で挨拶をした。

 ――なんか私のときと態度が違うんですけど?


「僕はナルキサスと言います。現在は『闘神』ゼルディウスの元でお世話になっています。高名(こうめい)な『剣鬼』カクギスさんにこのような凛々(りり)しいお嬢さんが居たとは驚きました」


「ありがとうございます」


 彼女は目を伏せて着席した。


「で、今日はなんだ? 敵情視察か?」


 ルキヴィス先生が言った。


「個人的な興味でお伺いしただけですよ」


「何への興味だ?」


「アイリスさんの様子ですね」


「午前のことが気になったか?」


「そうなんですけど、残念ながら僕は見ることが出来ませんでした。話によるとユーピテル様が顕現(けんげん)されたとか。見たかったですね」


「それ以上に面白いもんが見られたけどな」


「というと?」


「人が神に一泡吹かせるところさ」


「――どういうことですか? ユーピテル様に何かあったとは聞いていないのですが」


「ユーピテル様のことじゃない」


「では、何かの比喩ですか?」


「比喩でもなんでもないさ」


 私が神状態のラルバトゥスさんと戦ったことだろうな。


 先生はラルバトゥスさんが神だと気付いているのか。

 師匠が神だから気付くこともあるかも知れない。


「――あーあ、なるほど対戦相手ですか」


 今の会話でそれが分かるのか。

 半分振り返ってナルキサスさんを見ると、薄く目を開けて笑っていた。

 独特の怖さがある。


「お前も自分が一番強くないと許せない性質(たち)なんだろ」


「ふふ。さて、どうでしょう」


 話の流れが見えない上になんか笑いあってる。

 何この戦闘狂な人たち……。

 でも、そういう面が私自身にないとは言えない。

 男の闘争本能ってやつだろうか。


 ――ただ、モルフェウスさんと戦っていたときは、全く楽しくなくて苦しかっただけなんだよな。


 それからしばらく話していると、ゼルディウスさんの対戦の時間となった。


「邪魔になるので僕はこれで。そうそう、アイリスさん。『あの人』からメッセージがあります。聞いてあげてくださいね」


「メッセージ? どういうことですか?」


 私の疑問に答えることなく、ナルキサスさんは去っていった。


 メッセージを聞けって誰から?

 あの人って?

 私のそんな考えは、ゼルディウスさんが姿を表したときの大歓声によってかき消された。


 ゼルディウスさんの戦いは相変わらず一方的だった。


 無造作に振られた大きな剣を盾で防ごうとした相手がそのまま横に吹き飛び意識を失う。

 それで決着だった。

 大きな身体で観客に向かって笑いながら手を振っている。


 遠くからでも分かる強烈な笑顔。


 目が離せない。

 顔が良い訳でもないのに華があった。


 全身に注目を浴びているゼルディウスさんが、手を降ろし表情を消した。

 それだけで円形闘技場(コロッセウム)が静かになっていく。


 身体はこちらを向いている。

 目を開けたのが分かった。

 顔を上げたのも分かった。

 一挙一動を追いかけてしまう。


 彼が息を吸う。

 大きく。

 身体が膨らんだのが分かるようだった。


「アイリスッ」


 そのゼルディウスさんから名を呼ばれた。

 特別大きな声だ。

 叫んでる様子はないのに通る声だった。

 闘技場中にその声が反響して重なるように降り注ぐ。


「お前は私に相応(ふさわ)しい。私のものにすることに決めた。あとはそうだな、戦いで語ろう」


 は、はぁ?


「こりゃ情熱的だな」


 ルキヴィス先生が言った。

 すぐに観客が騒ぎだし、何か言うタイミングを失ってしまう。


 私を噂するような声もあった。

 カクギスさんが立ち上がり、周りを見ていたので誰も近づいて来なかったけど。


 そんな中、当のゼルディウスさんは歩き始めた。


 皇族の来賓席で誰かが立ち上がって何かを言っているようだけど騒ぎで何も聞こえてこない。


 こうして3回戦は混乱したまま幕を閉じたのだった。


 養成所まではカクギスさんがついてきてくれた。

 リーシアさんはルキヴィス先生が送っていくらしい。


 部屋に戻るとマリカが居た。


「無事勝てたね。おめでと!」


「ありがとう。勝てたというか勝ちを譲られたんだけどね」


 自分のベッドに座る。


「え? そうなの? ラルバトゥスだっけ? 彼にいつ攻撃を当てたのか分からなかったってみんなで話してたんだけど」


「なんか事情があって負けてくれたらしいよ」


「事情? あー。そういえば、ユーピテル様と話してたみたいだけど、どんなこと言われたの?」


「皇妃のことで助けはいらないか? みたいなこと言われたよ。断ったけど」


「こ、断った? 大丈夫なの?」


 最高神からの申し出を断るとか普通考えたら失礼すぎるからな。


「分からないけど、一応は失礼がないようには断ったつもり」


 話していると、外に人の気配があった。


「――誰か来た」


 マリカも気付く。

 思わず緊張してしまう。


「アイリス。居るか? アーネス殿下がおいでだ」


「はい、居ます。すぐにお伺いします」


 ベッドから立ち上がろうとすると、マリカが(くし)をとって髪を()いてくれた。


「どうのようなご用件かな? アイリスは心当たりある?」


 マリカが聞いてきた。


「全くないけど」


「ユーピテル様からどのようなことをお伺いしたかとか?」


「どうなんだろ?」


 ≫ゼルディウスへの嫉妬とかだろ≫

 ≫ああも堂々と告られたら焦るわな≫

 ≫あれを告るとは言わないだろw≫


 そっち方面の話は面倒でイヤなんですけど。


謁見(えっけん)してからじゃないと分からないか。うん、これで良し」


 私の髪を梳いていたマリカが離れる。

 遠目に私の姿を確認した。


「ありがと。行ってくる」


 私は部屋を出て、アーネス皇子が居る養成所の応接室に連れていかれた。


「殿下。アイリスを連れてまいりました」


「通せ」


 知らない声だ。

 応接室に入ると、アーネス皇子と知らない護衛が2人居た。

 いつもよりも皇子の顔つきが硬い。


「アイリスです」


「これまでのトーナメント、見事な戦いを見せてくれたな」


「ありがとうございます」


 簡単なやり取りのあと、皇子は私の戦いについて質問してきた。

 私よりも細かく覚えている。

 動画もないのに良く覚えられるなと思った。


「1回戦で相手の盾と同時に動いたと思ったがあれはどうやったのだ?」


 それは覚えている。

 相手の盾に隠れるようにして動いたときのことだろう。


「多くの人は力を使う前に準備をします。その準備を察知することで、ある程度は同時に動くことが出来ます」


 筋肉への信号を見なくても、同時に動くくらいは出来る。

 空振らせて硬直させるのはちょっと難しいかも知れないけど。


「そのような準備の動作があるのか? 私にも察知できるのだろうか?」


「基本的なところは難しくはありません。例えば、剣が半歩届かない間合いのときを考えてみてください。このときの相手の攻撃の準備は大体2パターンとなります」


「2パターン?」


「はい。後ろ足を地面に突っ張らせるのパターン。もう1つは前足に乗るパターンです」


「突っ張らせる、か。――なるほど、相手が間合いを埋めるために足で距離を稼ぐ。その準備を察知するということか!」


「おっしゃる通りです。実際にやってみせる前に理解されてしまいました」


「いや、見てみたい。是非やってみせてくれ」


「――承知しました。では失礼して」


 壁に向かう。

 手刀を剣に見立てて、2つのパターンをやってみせた。


 ≫間合いで行動を操るのか≫

 ≫後ろ足は、地面が支点≫

 ≫前足は、前足の膝が支点かね?≫

 ≫足元見られるとはこのことか!≫

 ≫剣術で(はかま)を履く理由がコレという説があるな≫


「皇子のおっしゃられる通り、このパターンの場合は間合いを保ち続けることが大切です。準備が察知できたら、攻撃したり防御したりします」


「なるほど。それはそれでまた違った難しさがありそうだな」


「その通りです」


 皇子の理解力が高い。

 話しただけで、実際の戦闘シーンを脳内でシミュレーションできるのかも知れない。

 剣術の成長できないことを悩んでいたとは思えなかった。


「では、またの機会に教えて欲しい。楽しくはあるのだが、別途聞きたいこともある」


「どのようなことでしょうか」


「『闘神』ゼルディウスのことだ」


「ゼルディウスさんですか?」


「知り合いなのか?」


「知り合いと言っていいのかどうか分かりません。話したことはあります」


「いつからだ?」


「最初に会ったのはいつかということですか? 確か私と筆頭が特別試合をする前だったと思います」


「まだ最近ではないか」


「そうですね」


「申し出はどうする?」


「ゼルディウスさんの『私のものにする』という発言のことですよね?」


「あ、ああ」


「意味が分かりません。拒絶するだけです」


「そ、そうか。強い男に興味があるという訳ではないのだな?」


「はい」


 私が返事をすると、皇子は身体の力を抜いた。


「アイリスがそう言うのなら信じよう。ところで、ユーピテル様のことだが……」


 私の対戦中に現れたユーピテルの話となった。

 細かなことや憶測は交えずに、挨拶のような会話をしたこととラルバトゥスさんについては分からないとだけ話した。


「意義のある時間だった。引き続き、活躍を楽しみにしている。それではな」


 最後にそう言って皇子は去っていった。


「ユーピテルのことが目的だったみたいですね」


 部屋に戻るとき、視聴者に向けて話しかける。


 ≫それは口実じゃないか?≫

 ≫『皇子』としての目的だろうな≫

 ≫個人としては闘神との仲を探りたい、とw≫


 反応に困ったので「参考にします」とだけ言っておいた。

 視聴者と話す時間はあとで作ることが出来るので、そのときにまた話すつもりだ。


 それから、翌日の4回戦を終え、更に翌々日のトーナメント最終日になった。

 4回戦は無事に勝つことができたので一安心だ。


 最終日は、全8対戦となる。

 午前中に準々決勝が4戦。

 午後から準決勝2戦、三位決定戦、決勝が行われる。


 最大で1日の間に3回戦うことになる。

 戦い抜くには怪我をしないことと、体力の消耗を避けることが大事になってくるはずだ。


 私は、とにかく全力で戦うことに決め、円形闘技場(コロッセウム)へと向かうのだった。

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