第113話 二回戦と謎の青年
前回までのライブ配信。
アイリスはカトーからマリカの両親に会ったことがあると話される。また、『蜂』の皇子であるタナトゥスからは『蜂』に関係する秘密やマリカの母親と思われるノーナのことを聞くのだった。
タナトゥスさんから『蜂』の女王のことを聞いてから4日後。
私は2回戦を行うために円形闘技場に立っていた。
今日の服装もビキニアーマーじゃなくて女神っぽい格好だった。
目の前には対戦相手が居る。
相手は30代半ばから40くらいの男性だ。
どっしりとした筋肉に、いくつもある深い傷。
私を真っ直ぐに見据える目が彼の強さを感じさせる。
「ローマに並ぶポッツォーリ闘技場の次席、『百戦錬磨』グラッスス! 元ポッツォーリ闘技場の筆頭であり、八席に留まり続けて14年。今が最盛期と言われる男だ!」
大歓声だった。
聞いた話によると、ポッツォーリ闘技場はローマから近くにある大きな闘技場らしい。
剣闘士歴が長いしファンも多いのかも。
「対するは、『不殺』のマクシミリアスを追いつめ、1回戦では見事な勝利を納めた『女神』アイリス!」
グラッススさん以上の大歓声が起こる。
私は歓声に手を挙げて応えた。
「中央へ」
歩きながら集中していく。
胸の揺れを感じ、肩の力をカットし、空気の『渦』を感じる。
『渦』を感じながらの戦いに関しては、ルキヴィス先生やカクギスさんと練習した。
本当は、魔術無効も使いながら戦いたいんだけど、まだ難しい。
ともかく、『渦』に融ける。
見える渦の中には闘技場自体の熱気もある。
ああ、真夏にこの闘技場の風景を見てみたいな。
対面のグラッススが腰を落とし構えた。
「始め」
緩やかな渦に融けたまま、私は前に出た。
グラッススさんの楯から渦が押し出される。
私はその楯に剣の柄を引っ掛けていた。
グラッススさんの押し出す強い力に逆らわないように、私も下がりながら楯と一緒に動いている。
その上で彼の楯を逸らしていた。
がら空きになったグラッススさんの胴体が見える。
グラッススさんが剣の柄で私を殴り掛かってくる流れも見える。
彼が剣の柄を振り下げる直前、私は左手を伸ばしていた。
柄を支える形だ。
その柄が振り下ろせずに彼の筋肉が硬直する。
私はそのまま盾を滑らせて彼の顔面を殴っていた。
ほぼ同時に、彼の右の太ももの内側に剣を差し込んでいる。
思ったよりも深く刺さって抜けなくなった。
無意識では剣を引き抜いたり手を離したりしなかったので、意識的に剣を手放す。
すぐに間合いを空けた。
再び渦に身を融けさせる。
彼は私に向かって剣を振り上げ右足を踏み出そうとした。
――右足に剣が刺さったまま。
彼は足に力が入らずにそのまま、地面に倒れる。
彼は倒れるギリギリで盾で受け身を取るが、私の足が勝手に彼の頭を踏みつけていた。
「あっ」
地面と隙間があったので、ちょうど挟み込む形になってしまう。
それで彼は動かなくなってしまった。
恐る恐る足を離す。
動かない。
気を失ったのかな?
すぐに係の人がグラッススさんの様子を遠巻きに見る。
起きあがる様子がない。
「勝者! アイリス!」
割れんばかりの大歓声。
勝った、のか?
いや、勝ったんだ。
それにしても決まり手が踏みつけ。
な、何かいろいろとすみません、と思いながらも盾をゆっくりと掲げた。
≫終わった?≫
≫何があったんだよ≫
≫頭を踏んで終わったように見えたぞ≫
≫ご褒美じゃん!≫
≫ありがとうございますありがとうございます≫
しばらくすると歓声も収まってきた。
私はグラッススさんの太ももを止血するために彼に近づいていく。
剣が突き刺さったまま動いたからか、かなり痛々しかった。
私がつけた傷なんだけど。
視聴者に見せないように左目を閉じる。
「傷の応急処置をさせて貰ってもいいですか?」
私は係の人とグラッススさんの顔を見て話しかけた。
「いや、いい」
彼は「グ……」と息を漏らしながら剣を引き抜いた。
見ている方が痛そうだ。
血が流れ出るが彼は気にせず立ち上がる。
「帰るくらいは自分で出来る。一応、聞いておくが俺はどうやって負けた?」
いきなり聞かれたので困った。
剣を太ももに刺したことと、最後に頭を踏みつけたことくらいしか覚えてない。
正直にそれを伝えると、「そうか。次も勝てよ」とだけ言われた。
次か。
私の次の対戦相手は第四席の『剣帝』ロンギヌスさんになる可能性が高いらしい。
「ありがとうございます」
私はその場をあとにし更衣室へと戻り、いつもの丈の長いTシャツのような服装に着替えた。
着替えてる最中に何かどよめきが聞こえた。
何かあったのかな?
ともかく、観客席に向かいますか。
今回はちゃんとカクギスさんやその娘のリーシアさん、それにルキヴィス先生と待ち合わせ場所を決めている。
前回は待ち合わせしてなくて、いろいろあったからなあ。
先生はこういうイベントのときには第二皇子ミカエルの護衛をしていることが多いらしい。
ただ、今回の護衛は怪我が治りつつあるレンさんに任せてきたそうだ。
レンさんの怪我はカクギスさんに剣で貫かれた肩だ。
討伐軍に参加したときが遠い昔のように思える。
「こんにちは」
待ち合わせ場所についた。
「来たな。本日の主役の登場だぞ」
先生が私の分のスペースを空けてくれる。
私はカクギスさんと先生の間か。
リーシアさんはカクギスさんの隣に座っている。
「うむ。実に見事だった」
カクギスさんだ。
「ありがとうございます。お二人のお陰です」
「リーシアも挨拶くらいはせんか」
「分かっています。アイリスさん、こんにちは。この度の勝利おめでとうございます」
「はい。こんにちは。ありがとう」
少しの間があってから目を逸らされた。
「ちなみにロンギヌスとかいうのは負けてたぞ」
「はいィ?」
変に声が裏がえってしまった。
「ロンギヌス殿は相手に試されておったな。まだまだ聞いたことのない強者というものはいるものよ」
「どんな人でした?」
「姿はどこにでも居る普通の青年といった風であったな」
「そういや、対戦前の紹介のときも『謎の青年』とか苦し紛れに言われてたな。実績とかもないんじゃないのか?」
「そうですか。お2人から見て、どのくらいの強さに見えました?」
「底を見せてない感じだったからな。ロンギヌスって前の筆頭だろ? そんなの相手に遊んでたから相当な強さじゃないか? カクギスはどう思った?」
「おおよそ同意見だ。ただし、遊んでいるというより、楽しんでいるように見えた」
「ほう? 何が違うんだ?」
「目的が異なる。遊ぶなら弱い相手をいたぶって喜ぶためであるし、楽しむのであれば相手の技術を味わいつくすためとなる」
「なるほどな。確かにそういう雰囲気はあった」
「お主にも身に覚えがあるだろう?」
「俺はいつ如何なるときでも必死さ」
「カッカッカ。良く言う」
指導的な戦い方をしたということだろうか?
私はカクギスさんにそういう戦い方をされたことがある。
「それって、ロンギヌスさんが何して来ても対応できる自信があったってことですよね?」
「当然そうなるな」
「第四席相手にそんなことが出来るんですか?」
「通常は出来まい。例えば、レオニスでは無理であろう。むろん俺にも無理であろうな」
「レオニス?」
「ローマ闘技場第三席『黄金』のレオニス様です。半年ほど前に、ロンギヌス様に勝利し第三席を奪いました」
さりげなくリーシアさんが補足してくれる。
「ありがとう、リーシアさん」
「――いえ」
「ルキヴィス。お主なら出来るのではないか?」
「さあな。気分が良ければ出来るかもな」
「カッカッカ。お主らしいな」
「つまり、ロンギヌスさんに勝ったその青年は、先生やマクシミリアスさんレベルかも知れないってことですか」
「で、あろうな」
「いや、これは勘だが、あいつは俺より強い」
「――先生より――強い?」
思わず身体に力が入る。
「人の身でお主より強い者などおるのか?」
「居るだろ。俺はただの怠けたい者だからな。今だって横になりたいくらいさ」
「――お義父様、本当にこの男に負けたのですか?」
リーシアさんが立ち上がって言った。
「躾が行き届いておらず申し訳ない。姿や言動に惑わされると痛い目に遭うと教えてはいるのだが」
「気にするな。ま、実際に失敗しないとなかなか難しいさ。先に忠告しておくと失敗したときに得るものも大きいだろ。充分だ」
「そう言ってもらえると助かる。リーシア。お主も謝らぬか」
「――ッ」
彼女は一瞬、何か言い掛けたけど、すぐに「失礼なことを言って申し訳ありませんでした」と言って座った。
「それでさっきの話ですけど、その謎の青年は先生より強いかも知れないんですよね? 神の可能性でもあるんですか?」
「なんとなくだからな。分からん。アイリスこそ場内に例のキラキラは見えないのか?」
例のキラキラというのは魔術の光のことだろう。
確かに神なら光っている可能性が高い。
「全く見えません。マリカのくらいですね」
ゼルディウスさんのもない。
私の対戦のときは強い光があったので帰ったんだろう。
「なら神じゃないんだろ」
「はい」
「そろそろ次の対戦が始まるようだな」
カクギスさんが言うと、歓声が上がった。
すぐに2人の剣闘士が出てくる。
私が謎の青年に勝てば、この対戦での勝利者と戦うこともあるのか。
気になることはあるけど、『蜂』との戦いと違って剣闘士として出来ることは少ない。
「出来るのは全力で戦うことだけか」
私のつぶやいた言葉は歓声にかき消された。
かき消されたけど、気持ちは切り替わる。
私は、目の前で繰り広げられる対戦を真剣に見ていた。
それから、お昼の休憩になる。
午前はスケジュール通り8戦行われた。
午後には更に8戦行われる予定だ。
ロンギヌスさんを破った青年のこともあり、いつ強者が出てきてもおかしくないと思っていた。
そのため、ずっと真剣に見ている。
翌日も同じく全16戦あったので、同じくルキヴィス先生、カクギスさん、リーシアさんというメンバーで観戦した。
今日はゼルディウスさんの対戦が最後にあるということで終わりに近づくほど観客が増えていった。
その観客の気持ちも分かるほど、ゼルディウスさんには華があった。
大きな身体で両手を振って観客に応える。
対戦そのものはすぐに決着がついた。
盾で軽く殴りつけただけで相手は吹っ飛び意識を失うという内容だ。
それでも、大盛り上がりだった。
「勝てそうか?」
ルキヴィス先生が聞いてくる。
「どうでしょう。実際のところは戦ってみないと分かりません。ちゃんと決勝まで行ければいいんですけど」
「カッカッカ。あの男にそんなことが言えるのは、お主くらいであろうよ」
ゼルディウスさんの勝利で2回戦は全て終わった。
明日の休日を挟み、明後日には3回戦が始まる。
『蜂』の残りの制圧に関しては、マリカが手伝ってくれることになった。
私はトーナメントに出場している限り、お手伝いは休むことになっている。
ルキヴィス先生とカクギスさん、あとセルムさんも、ずっと手伝ってくれている。
そんな訳で私は昨日から養成所で生活していた。
念のためということで、親衛隊の護衛がついている。
いろいろ配慮して貰いすぎてる気がするな。
更に翌日になり、休日となった。
いつもの面々と軽く練習する。
彼らと長い時間一緒に練習するのは本当に久しぶりだ。
驚いたのはフゴさんの『三角』だった。
三角は、相手に向けて剣と楯と身体で三角形を作る戦い方だ。
かなり上達しているように見える。
三角を守りながらも、攻撃されるときにはちゃんと動いて攻撃を弾いている。
相手の支点が生まれた瞬間にもちゃんと動いている。
端から見ていてこれは戦いにくいと思った。
こっちが準備をした時点で目標が変わり、攻撃が当たる瞬間にも動かれて当てたい場所をずらされる。
更にはよろめいたりすると、少したどたどしいものの攻撃が飛んでくる。
その調子でフゴさんはロックスさんと軽く試合してたけど、フゴさんの方が有利に見えた。
「おいおい、せっかく移ってきたのに自信なくすぜ」
戦ってるロックスさんが弱音を吐いていた。
フゴさん以外にも目を移す。
マリカも動きが以前より軽く見えた。
「まだ右に動くときに右足に乗って踏ん張ってるぞ。動く方向と逆の足の上に身体を乗せることを常に意識しておけ」
「くっ」
ルキヴィス先生に指摘されて悔しそうな顔を見せるマリカ。
確かに以前のマリカは、右に動くときは右足に体重を乗せて、左に動くときは左足に体重を乗せて踏ん張ってから動いていた。
切り返すときに筋力で動くことになるので、どうしても遅くなる。
動く方向と逆の足に重心を乗せれば、確かにそれは防げる。
意識はしたことなかったけど、速く動くにもいろいろ理屈があるんだな。
「軽くやらんか?」
みんなの様子を見ていると、カクギスさんが声を掛けてきた。
「いいですよ」
「当てるのは防具の上のみ。どちらかが楯を手放せば終結とする。良いか?」
「はい」
勝負というよりも、基本的な動きの調整に近い。
私にとってはカウンターを合わせる練習になる。
特にカクギスさんは攻撃する瞬間が読みにくいし良い練習相手だ。
カクギスさんと戦っていると、彼を相手にした場合の私の動きに1つのパターンがあることに気づいていた。
突っ込んで合わせるカウンターよりも、一瞬引いてのカウンターを使うことが多い気がする。
無意識でやってるから調整しようもないんだけど。
カウンター自体は何度も決めることができた。
ただ、カクギスさんも私のカウンターに慣れてきたのか防御されることが多くなってきた気がする。
具体的には、カクギスさんが攻撃するときに私が攻撃したい場所があらかじめ防御されている。
それでも、防ぎようのない場所はある。
剣の振っている最中のワキの下とかだ。
「出会った頃とは見違えたな」
何十分か戦って楯を持つのに疲れてきたので、私が楯を投げ捨てて終わらせた。
「あの頃は無茶苦茶でしたからね。今でも体力含めて基本的なところは全然ですけど」
カクギスさんと最初に会った頃は剣の握りから、動きから、何もかも素人そのものだった。
あの頃は相手の動きの兆しが分かるからなんとかなってただけだ。
「基本的な云々(うんぬん)で言えば、『闘神』も同様よ。あ奴、剣闘をしとらんからな」
「する気もなさそうですよね」
その後も皆でゆったりと練習して過ぎていった。
良く見知ったメンバーと行う練習は楽しかった。
その日の夜。
私とマリカの部屋が襲撃された。
居たのは私1人。
襲撃者は全部で6人。
最初は、『蜂』かと思ったけど、魔術の光は宿していなかった。
言葉も通じない。
異変は外に居た親衛隊の人が教えてくれた。
襲撃者側が魔術無効を使ってたけど、場所はすぐに分かるし強くもなかった。
彼らは私に敵わないことが分かると、自分たちの仲間4人を犠牲にする形で私諸共殺しにきた。
犠牲を出さずに全て返り討ちにしたけど。
それにしても命じたのは誰だろう?
『蜂』以外なら皇妃関係しか思い当たらない。
いや、反乱軍の残党の可能性もあるのか。
あれ? 待てよ。
トーナメント関係の可能性もあるな……。
思った以上に襲撃される可能性があることに苦笑してしまう。
ともかく、彼らを身動きできないようにした。
手足を縛ることはもちろん、猿ぐつわまで徹底してビブルス長官に引き渡す。
自死とかされると後味悪いし困る。
「ビブルス長官。マリカはいつ帰ってくる予定ですか?」
「3、4時間後だろうな」
≫午前1時~2時くらいか≫
≫冬至まで一月だし午前2時から3時かもよ≫
ローマ時間だと昼夜をそれぞれ12分割したのが1時間だ。
今は向こうの世界より夜の1時間が長めになる。
「ありがとうございます。では、マリカに襲撃のことを伝えるのは朝にしてください」
「それは心配を掛けないためかな?」
「いえ、どちらかと言うと彼女にちゃんと寝て欲しくて」
マリカのことだから、襲撃があったなんて聞いたらすぐに部屋まで飛んできそうだ。
ただでさえ睡眠時間が少ないのでちゃんと寝て貰わないと。
『蜂』を相手にしてるから命に関わるし。
「承知した」
それから眠かったのと、明日の3回戦を万全で迎えたかったのですぐに養成所に戻る。
護衛についてくれている親衛隊は人数を増やしていた。
その状況で私は眠らせて貰った。
「皆さん、おはようございます。昨夜は心配かけてしまいました」
起きて部屋に誰もいないことを確認してから視聴者に話しかける。
≫本当に寝てたw≫
≫鋼の心臓だなw≫
≫少し引いたw≫
≫変わってしまったんだな……≫
≫変わってねえよ。元々ラキピはこうだって≫
そのコメントを見て、何か懐かしい気持ちになった。
心霊スポットで配信していた頃を思い出す。
あの頃も勇気があるだの鋼の心臓だの言われてたからな。
改めて何かが戻ってきた気がした。
「一応、私は私のつもりです。出来たらこれからもお願いします」
私は視聴者と話しながら準備を済ませた。
話してる中で、今回は私以外を巻き込んでないから割と平気だったことに気づかされる。
そして、3回戦のために円形闘技場へと向かった。
「居た居たー。よかった。長官から話聞いたけど大丈夫だった?」
その途中、マリカが慌てて帰ってくるのだった。




