第111話 関係性
前回までのライブ配信。
アイリスは『蜂』の本拠地に突入しトップ2人と対峙する。
何もかもが通じない強さに一旦は諦めるが、諦めても自身の身体が勝手に戦い続ける。
自身の身体に感謝したアイリスは戦いの流れに身を任せることが出来、2人を打ち破るのだった。
長身の彼が去ってからが大変だった。
この拠点は他の拠点よりは狭い。
それでも戦闘員が数多く居たからか、200人くらい居た。
私たちは5人だ。
拘束するには手が足りなかった。
マリカも手伝ってくれたので意識を奪うだけならなんとかなったけど、拘束するには数が多すぎた。
結局、私がビブルス長官にお願いをしに向かうこととなる。
一通り片付き、カトー議員の邸宅に戻ったのは明るくなり始めた頃だった。
私は2日連続で徹夜したことになる。
眠くはない。
集中は全くできないけど、目だけ冴えてる変な感覚だった。
「お前はもういい。とっとと帰って寝ろ。ビブルスにはオレから伝えておく。おい、誰かラデュケを呼べ。アイリスを着替えさせろ」
後、事情を知ってるカトー議員が声を掛けてくる。
「ありがとうございます。そうさせて貰います」
迷ったけどふらふらしてても邪魔かも知れない。
養成所に戻ろう。
少し眠そうなラデュケに着替えを手伝って貰った。
養成所へはカクギスさんがついてきてくれることになる。
『蜂』関係のことは一眠りしてから話そうということになり、マリカが無事でよかったということや他愛のないことを話しながら戻った。
部屋に戻り、眠れないなと思っているといつの間にか意識を失っていた。
次に意識を取り戻したとき、頭がスッキリしていた。
やばい、時間の感覚がない。
今、何時だろう?
空間把握を使って周りに人がいないかどうか確認する。
あれ? 不自然なほど誰もいない。
どうしてかな? と少し考えてみるとすぐに思い当たった。
まだトーナメントの1回戦なんだった。
「見てる人、誰かいますか?」
視聴者に呼びかける。
≫居るぞー≫
≫居る≫
≫居る居る≫
≫アイリスちゃん、見てるー?≫
≫おれおれ! おれだよ!≫
誰なんだ……。
とにかくコメントがここぞとばかりに現れた。
「よかったです。日本って今何時ですか?」
≫0:11≫
≫こっちは深夜0時すぎたとこ≫
≫0:11:48≫
≫大惨事≫
≫道明寺(和菓子)≫
「ありがとうございます。ボケも含めて」
日本の方が8時間進んでるからローマは午後4時か。
脳内のアナログ時計を巻き戻して計算する。
――え、もう夕方?
午前7時に寝たとしても9時間寝てたのか。
マリカは帰ってきた様子がない。
「んー」
大きく伸びをしてベッドから降りる。
「そちらは深夜ですけど、もうちょっとしたら昨日のことを共有させてください」
昨日は暗闇での行動が多かった。
視聴者にも何が起きたか断片的にしか伝わってないと思う。
会話もほぼなかったし。
だから、時間を使ってもちゃんと話しておこうと思った。
顔を洗い、薄くオリーブオイルを塗ってから身だしなみを整える。
これはカトー議員の邸宅に向かう準備だった。
準備が終わるまでに話すことを頭の中で大体まとめる。
「それでは昨日のことをお話します」
視聴者に昨夜のことを順番に説明していった。
説明していく中で、マリカのサインのことが不思議がられる。
私へのサインとして川の水面に魔術を使ったことだ。
「言われてみるとそうですね。あとでマリカに聞いてみます」
あとはマリカとあの長身の男が兄妹かどうかという話で盛り上がっていた。
特に、何故あのタイミングで明かしたのかということが考察されている。
明かすにしても、私に信用して貰うためとかメリットのあるタイミングはあったはずだ、ということらしい。
私の意見も聞かれたけど、「彼の考えは全く分かりません」とだけ言っておく。
それから、まだ養成所の中に居るカクギスさんのところにお礼も兼ねて向かう。
養成所のみんなも円形闘技場から帰ってきていて、ちょうどご飯を食べていた。
お腹はそんなに空いてなかったのに、ぐぅと鳴る。
「なんだ、腹減ってるのか」
ゲオルギウスさんだ。
私のお腹の音が聞こえたんだろう。
周りが騒がしいからか、他の人たちには聞こえてないみたいだった。
「はい。でも、これから出掛けるところがあるので食べてる時間がないんですよね」
もうすぐ夜だ。
カトー議員の屋敷がどうなってるか分からないし、あまり遅く行くのも失礼な気がした。
お粥を貰うために並んでる時間はない。
「そうか。あんま無理すんなよ」
「ありがとうございます」
「向かうのはカトー殿のところだな?」
カクギスさんが聞いてきた。
「はい」
「俺も後に向かう。今夜も行くのだろう?」
「そのつもりです」
今夜も私たちの『蜂』の拠点制圧は続く。
そのことをボカす形で言ってくれてるんだろう。
「なんだよ。楽しそうだな」
すっかり養成所に馴染んでるロックスさんがカクギスさんの方を向いた。
「カッカ。命のやり取りが楽しいのであればそうなのだろうな」
「マジかよ」
「パロスに成ればいつでも参加できるぞ。お主も早く上がったらどうだ?」
「あ、それ言っちゃう? 気にしてるんだからさ」
ロックスさんって何年もパロスに上がれそうで上がれない状況なんだっけ?
「カッカッカ」
周りでもドッと笑いが起きた。
『蜂』の制圧なんかより、ここで食事してる方が楽しそうなんですけど?
「それではちょっと行ってきます」
養成所の出入り口で外出を伝え、カトー議員の邸宅へ飛んだ。
空から見る分には、邸宅の中に強烈な魔術の光はない。
ただ、強めの光はあった。
タナトゥスさんかな?
弱い光も1つあるがマリカかどうかは分からない。
まずは挨拶に行かないと。
カトー議員のところに案内して貰う。
「おう来たな。身体は平気か?」
カトー議員はドミトゥスさんと一緒に地図を見ていた。
地図の中心辺りに円形闘技場がある。
ローマ市の地図だろう。
「こんばんは、カトー議員。お陰様で身体は大丈夫です。ドミトゥスさんもお疲れさまです」
「ああ。昨日あの後、かなりの活躍だったようだな」
ドミトゥスさんは低い声で相変わらず余裕があった。
「いえ、そんな。こちらこそ助かりました。ところでビブルス長官はいらっしゃいますか?」
「ビブルスなら出掛けてるぞ。留置場の確保に追われてるみたいだな。誰かさんのお陰というべきか」
「謝っておきます」
「ま、苦労するのは奴の宿命みたいなもんだ。嬉しい苦労だし良いんじゃないか?」
「そ、そうですか。では、『蜂』から保護したマリカはどこに居ますか?」
「人を呼ぶ。そいつに聞け」
「ありがとうございます」
私はマリカが居る部屋へと案内された。
案内してくれた男性によると、彼女はラデュケと一緒に居るらしい。
マリカとラデュケなら歳も近いし、私という共通の知り合いが居るし、話はしやすいか。
あと、ルキヴィス先生やセルムさんについても彼に聞いてみた。
先生は昼頃まで様子を見てから去ったそうだ。
今夜また来るらしい。
セルムさんはトーナメント戦を見るために午前中には去ったとのことだ。
「アイリス様がお越しになりました」
「はい。お通し願います」
余所行きのラデュケの声だ。
ドアを開けて貰い、部屋に入っていった。
すぐに目に入ったのはマリカだ。
彼女がイスに座っているのを見て安心した。
その前には、服が何着か置いてある。
ファッション談義でもしてたのだろうか。
「こんにちは、ラデュケ。マリカ」
「アイリスさん! 昨日は大活躍だったみたいじゃないですかー! ささ、どうぞどうぞ」
「うん。ありがと」
イスを勧められて彼女らの正面に座った。
「それでは私は失礼いたします」
案内してくれた彼が出ていく。
「ありがとうございました。ところでマリカ。気分はどう? 調子の悪いところとかない?」
「うん、大丈夫。昨日よりは落ち着いてるかな。それより、アイリスこそ大丈夫? 昨日あれだけ無茶してたから心配で」
「無茶? あれ? アイリスさんって昨日大会に出てたよね? 同じ日にそんな無茶を?」
あ、ラデュケってマリカにはタメ口なんだ。
「無茶も無茶。親衛隊も手を出せなかった暗殺組織の本拠地に乗り込んで、岩で建物壊して、トップ2人を1人で倒しちゃったから」
「うわ……。なんか思ってたのの百倍すごかった」
「私も無茶したって自覚はあるけど、いろいろあってそうなっただけだから。私1人でやった訳じゃないし」
「アイリスさんが『戦女神』とか『女神』って言われてる理由が分かった気がします」
「え? あれってなんか勢いで言われた気が……」
討伐軍に参加してたときに言われたのが最初だったっけ?
「勢いだったとしても、味方にすると頼もしくて、敵にすると恐ろしいからだと思いますよ。容姿も含めて畏れ多い存在だから『女神』と呼ばれているんでしょうね」
「分かるけど分からないような。特に畏れ多いってところが」
マリカが言いながら私を見た。
「それはマリカがアイリスさんと親しいからじゃない?」
「私のことはそのくらいでよろしく。マリカの様子を見に来たんだし」
「そうですね! アイリスさんの話はまた後日ということで!」
「え? 後日も止めて欲しいんだけど」
「そんなあ」
それからは、マリカが気になってることを聞いてみた。
やっぱり気になってるのは、兄かも知れない長身の男のことみたいだった。
視聴者は、あの長身の男――以前、ゼルディウスさんがナルキサスと呼んでいたらしい――がマリカの実の兄と考えている人が多い。
マリカのお母さんがナルキサスさんを産んだあとに『蜂』を抜け出し、マリカのお父さんと結婚してマリカを産んだんじゃないかという推測だ。
「あの男がマリカのお兄さんかどうかは、あとでちゃんと聞いておくから」
「うん。お願い。私にお兄様がいるということには実感がないんだけど、やっぱり気になるし」
「任せておいて。あと、マリカのお母さんの名前を教えて貰えると助かるんだけど」
「ノーナ」
「ありがと」
「ちなみにマリカのお兄さんってどんな人なんですか?」
「背が高い、かな。あと強い」
「えー、なんですかそれ。かっこいいとか紳士的だったとかいう話はないんですか?」
「ちゃんと会ったのは1度だけであとは暗闇の中だったから」
「そうなんですか」
「私も養成所の来たとき会ったらしいけど覚えてないし」
マリカが養成所でゼルディウスさんに創水の魔術を使ったときの話だな。
そのとき会ったと知ってるってことは先生に聞いたのかな?
「マリカ。ルキヴィス先生ってマリカが攫われたあとのことをどこまで話してた?」
「たぶん、全部話してくれたんじゃないかな? アイリスたちだけじゃなくて、親衛隊の方たちにも迷惑掛けたらしいよね……」
「それは気にしなくてもいいと思うよ。彼らにも街の治安を守るっていう目的があったわけだし」
「その話だけど、アイリスって、今、親衛隊に協力してるよね? 『蜂』関係だけでも私が手伝えない?」
「手伝う?」
「ほら、アイリスってトーナメント中でしょ。大事なときだし私が代わりに手伝いたいと思って」
確かにマリカなら私の代わりが出来る。
拠点を探すことも出来るだろうし、低酸素の魔術で多数を気絶させられるので制圧には私より向いてるくらいだ。
ただ、危険もあるので1人では拠点の制圧に参加して欲しくない。
私と2人一緒にならまだいいんだけど。
ここまで考えて、マリカも私に対して同じ気持ちだったのかな? と思い当たる。
「うん、分かった。私の代わりとしてビブルス長官に話してみる」
「え? いいの?」
「もちろん」
「止められるかと思った」
「マリカも私のこと止めなかったでしょ。それにマリカ自身『蜂』と無関係じゃないし」
「そ、そうなんだ」
マリカは平静を装おうとしながらも、口元がにへらと緩んでいた。
「えー。2人でいちゃいちゃしてないで私も混ぜてくださいよー」
「い、いちゃいちゃとかしてないし! 友達なだけだし!」
「マリカー。素直じゃないと、ルキヴィスさんに嫌われちゃうよ?」
「――ッ!」
マリカは口だけパクパク開けていた。
それに、私といちゃいちゃは別にしてなかったよね?
「ラデュケもあんまりマリカをいじめない。ところでルキヴィス先生もこの部屋に来たの?」
「今朝いらっしゃいましたよ。マリカの様子を確認するためぽかったです」
「次にどこ行くとか話してた?」
「いえ。すぐに邸宅から去られたので分かりません」
皇宮の第二皇子のところに戻ったのかな?
夜また来ると言ってたらしいし良いか。
「私もそろそろ行こうかな。カトー議員と話すことあるし」
今後のことを話したいし、タナトゥスさんが何を考えているかも気になる。
「もう行っちゃうんですか?」
「また来るから。マリカが『蜂』の制圧に協力したいということも話しておくから今日はゆっくり休んで」
「うん。分かった。あ、それとカトー議員、私に謝りにいらっしゃったよ」
「え? あのカトー議員が? なんで?」
そもそもあの人、頭下げなさそうだし、謝りに来た理由も分からなかった。
「自分の計画のせいで私を巻き込んだって」
「計画って?」
「それは話してくださらなかったし、さすがに私からお伺いするなんてことは出来なかった」
「そうなんだ。じゃ、それとなく聞いておくから」
彼の計画の何にマリカが巻き込まれたんだろう。
思いつきそうで思いつかない。
カトー議員の計画というと、親衛隊の皇妃派を罠に掛けるって話だと思う。
手のひらを向けて視聴者に聞いておく。
察しの良い視聴者たちがすぐに『カトー議員の計画』について考察すると反応してくれたので、左目に親指を立てておいた。
「じゃ、本当にそろそろ行くね」
そう言うと、ラデュケが人を呼んでくれた。
すぐに人が来てカトー議員の元へと案内してくれる。
天井に空いてる穴から外が見えたけど、すでに暗かった。
なお、私が案内されてる僅かな時間で、計画の何がマリカに関わっていたかの考察が終わっていた。
捕らえた『蜂』をワザと逃がしたのが原因と推測できるらしい。
『蜂』を逃がしたことで、マリカが女王候補だとトップ2人に伝わり、マリカが攫われたんじゃないかということだった。
確かにそれならカトー議員が謝ったのも分かる。
マリカが女王候補だなんて知らなかったと思うから不可抗力に近いとは思うけど。
「友人の様子はどうだった?」
カトー議員の居る部屋に入るなり、彼が声を掛けてきた。
「元気そうでしたよ。ラデュケを付けてくださったのもカトー議員の配慮ですよね? ありがとうございます」
「なあに、お安いご用だ。ところで、お前の方は何の用だ?」
「そっちの部屋に居るタナトゥスさんとお話させて貰えないかと」
「ほう? そういえば、お前は奴らの場所が分かるんだったな」
「光の強さでなんとなくですけどね」
「で、奴に何を聞きにいく?」
どこまでカトー議員に話していいのか迷ったけど、隠してもしょうがない。
「マリカのお兄さんと思われる人物についてです」
「兄? ああ、なるほど。『蜂』に彼女の家族が居る可能性もあるか。誰に聞いた?」
マリカが女王候補という情報から推測したんだろう。
頭の回転早いな。
話が早くて助かるけど。
「聞いたというか、その人物に『妹をよろしく』と言われました。これをタナトゥスさんに確かめようと思った訳です」
「もしかして奴が昨日言ってた『腹違いの兄』という奴か?」
「そうですね」
昨日、私とタナトゥスさんが話していたとき、カトー議員も後ろで聞いてたんだっけ。
「OK。奴と話させてやろう。オレも付き合うがな」
「カトー議員って忙しいんじゃ?」
「長官殿から尋問の許可を貰ってるのはオレだけでな。邪魔はしないから安心しろ。それに恐らくマリカの母親には1度会ったことがある」
「はい? 会ったことが、ある?」
「行くぞ。ドゥミトスも来い」
「はっ」
こうして私たちはタナトゥスさんを拘束している部屋に向かった。
私はカトー議員がマリカのお母さんに会ったことがあるという話が気になって仕方なかった。
次話は来週13日(木)に投稿予定です。




