第110話 渦紋の目覚め
前回までのライブ配信。
マリカはローマ市の城壁の外の『蜂』の拠点に捕われていた。偵察していたアイリスは『蜂』の仲間と思われる長身の男と出会う。彼女は彼に疑念を抱きながらもルキヴィスたちの元に連れていくことになり、マリカの救出作戦を立てるのだった。
私は今、『蜂』の拠点の上空に居る。
かなり高い。
岩も私の横にある。
この岩は拠点に落とすために、私が飛ばしているものだ。
他にあるのは暗闇と風の音だけ。
遠すぎて地面がどこにあるのか分からない。
ただ、遠くに城壁の陰が見える。
あの城壁すらかなり低く見えるので、私の居るのは高い場所なんだろう。
真下に見えるのは、微かに見えるランタンの光。
それが落下目標だ。
私の空間把握はそれほど広い範囲では使えないので、ランタンを目掛けて岩を落とすことにした。
練習もなにもない。
ぶっつけ本番になってしまった。
練習をしないこと以外にも問題はある。
落下中も突風の魔術を使うことになるので『蜂』に気付かれるかも知れないということだ。
ただ、方法がこれしか思いつかないので最善だと信じるしかなかった。
「よし!」
気合いを入れる。
私はなるべく下の方で空気を集めて破裂させた。
バァン!
――ァンァン。
突入の合図だ。
破裂音がこだましている音も聞こえた。
しばらくして、先生の義手から出ている魔術の光が点滅する。
2人が突入したという合図だ。
同時に岩を落とす合図でもある。
「いっけぇ!」
私はテンションを上げながら岩を落とした。
岩はスピードをあっという間に上げ、私もそれを追いかける。
追いかけるのに夢中になりすぎて私自身が地面に落ちないようにしないと。
地面の場所が分かるようになってから、空中で身体を静止させ、落ちていく岩のコントロールにだけ集中する。
転がる玉に息を吹きかけて目的地まで運ぶイメージだ。
ドゴンッッッ!
うわ……。
人が住んでる場所でしちゃいけない音がする。
私は岩が空けた穴の傍に着地した。
地上に居た先生も突風の魔術で運び寄せる。
「先生!」
「よく成功させたな。早速、驚いた奴らの顔を拝みに行こうぜ」
「はい」
先生が確認しながら穴に入る。
「飛び降りるなら魔術が使えるか確認してからがいいぞ」
吹き抜けの部屋だから3階くらいの高さから飛び降りることになる。
先生はバチバチと放電させて、器用に掴める場所や足場を確保しながら降りていった。
放電は明かりの代わりに使ってるんだろう。
運動神経がすごすぎて真似できない。
私は魔術が使えることを確認してから飛び降りた。
降りると同時に突風の魔術で、戦闘員や『蜂』を壁に叩きつけまくる。
魔術無効を使っていた人も、さすがに岩が落ちた直後は集中できてないか。
先生がバチッと義手を放電させて、マリカが居ると思われる部屋に走った。
私もついて行く。
途中居た『蜂』は突風の魔術で吹き飛ばした。
しかし、すぐに使えなくなる。
「先生、魔術が使えなくなりました」
「分かった」
私たちの目の前にはドアがあった。
この先に強い魔術の光を持つ2人が居る。
更に先の部屋には、マリカと強い魔術の光を持つ少年の姿がある。
目の前のドアを先生が蹴った。
ただ、隙間ができたくらいで完全には開いてない。
「仕方ないか」
先生が言いながら、足元と全身に魔術を使う。
そのまま踏み込むようにドアに体当たりした。
バン!
軽い板みたいにドアが吹き飛んでいく。
「来ます!」
直後に滑り込むように正面に現れる人影。
剣で突いてくる。
強烈な光を持つ男の1人だ。
もう1人はまだ横になっている。
先生はその突きを上半身だけ反らして避けた。
反らしながら、義手の左拳が男に向かう。
ただ、その拳は当たらない。
それどころか、いつの間にか振られた剣が先生の目前にあった。
チャリ。
先生もいつの間にか剣を鞘から抜いていて、男の剣を逸らしていた。
その流れで1歩前に出る。
肘打ち?
先生は剣を持った右腕の肘を男の顎に向けた。
男も攻撃しようとしていたが、それを止めて顎を上げて避ける。
ただ、顎を上げたことで僅かにボディが開いた。
そこに先生の左のパンチ。
が、当たる前に先生は拳を止めた。
ガチッ!
バチバチッ!
先生の左義手に男の剣の根元が当たっている。
金属同士が当たったような音の直後に、電気で部屋がフラッシュで照らされた。
男が後ろに後ずさる。
「俺は助けに向かう。最強と戦えたことを思い出せよ」
そう言い残して先生は、マリカの居る部屋に向かう。
最強?
マクシミリアスさんのことかな。
「彼女をお願いします! 『蜂』の少年が居るので気をつけてください」
私は剣を構えた。
そして、先生と入れ替わるように男に向かっていく。
敢えて何も考えずに突っ込んでいった。
気付くと横薙ぎに剣が振られていた。
魔術の光が眩しい。
神経を通る電子が眩しいこともあって見えない。
動き始めが分からない。
「ッ!」
腰からアキレス腱に電気を流し、地面を蹴って加速する。
私は男の攻撃の支点――右肘に向かった。
攻撃力は支点に近い方が低い。
そのまま剣で突く。
その私の突きは半身になられて事前に避けられた。
私も男の剣の内側には入れた。
でも、男の手が私の肩に当たる。
剣を持ったままの手だ。
な!?
私の身体がぶれた。
思った以上の衝撃で、飛ばされ転がる。
壁にぶつかる寸前に足裏で衝撃を殺した。
なんだこの男の力。
肩から腕がズキズキと痺れる。
もし、まともに攻撃が当たっていたらと考えてしまう。
弱気になりそうになる。
そこに男が一気に詰めてきた。
動きに無駄がない。
速い斬撃。
中腰になりながら剣で受ける。
その威力に剣ごと吹き飛ばされた。
背中に壁が当たる。
間髪入れずに突きが来る。
私の胴体の真ん中。
死ぬと思ったと同時にカウンターを狙っていた自分に気付く。
斜め下から男の脇に向かって突く。
相打ちになる?
いや、これでいけるはず。
思考せず、いける予感だけに身を任せた。
男は突きを止め、身を退く。
そうだよね。
避ける方を優先すると思った。
先生との攻防のときもそうだったし。
男が退いたと同時に私は立ち上がった。
でも。
立ち上がったものの何も通じる気がしない。
無理矢理、笑顔を作ってみる。
ふと、気が付くと彼は左右に剣を持っていた。
いつの間に。
気配なく右で横薙ぎに斬ってくる。
重心の前で受けるが吸収しきれない。
身体が泳ぐ。
そこに左の突き。
攻撃の気配が分からない。
ギリギリ剣で逸らすが、技術も何もなくただ夢中で当たらないようにしただけだ。
男の斜め下からの攻撃。
避けきれずにザリッと鎖かたびらが削れるような音がした。
逃げるように間合いを空ける。
私は腰が引けてしまっていた。
そういえば、長身の彼は私が戦うと死ぬみたいなこと言ってたな。
「さっさと殺せ」
声が聞こえた。
寝そべってた人か。
――さっさと? あ、先生が戻ってくるからか。
男が迫ってくる。
思わず下がってしまう。
あ、先生が戻ってくるまで耐えれば、なんとかなるかも知れない。
私はその考えにすがることにした。
ただ、男の攻撃の気配が読めない。
ギリギリ受け止めては体勢が崩れることを繰り返す。
男の強烈な攻撃で手も痺れてきた。
攻撃の先読みも、重心の前に剣を置く防御も使えない。
魔術も使えない。
突破口が見えない。
何も通じないが、ただ耐える。
私は一撃耐えるごとに限界を感じ始めていた。
戦いの中の高揚感もない。
「ぐっ――」
強烈な攻撃で、防いだ剣から腕、胴体にダメージが通った。
痛いだけならいいけど、胴体へのダメージは気力がかなり奪われる。
「ぅ……」
また、胴体へとダメージが通った。
苦しい。
諦めて楽になるという考えが頭をよぎる。
私が倒れてもマリカのことは先生が助けてくれるはずだ。
弱気になっていると、ふとこっちに来たときの夜を思い出した。
怖いものなどないと思っていた自分が偽物だったと知ったあの夜。
男の速い連撃攻撃。
2撃目が兜の側面に当たる。
自分がどうなってるか分からなくなくなった。
金属音が響く中、ボクが倒れる方向に剣が振られているのが分かった。
腹筋に電流を通し、強引に身体を曲げて避ける。
背中辺りにザリッという音。
前のめりに倒れそうになる。
真上からの斬撃。
両足に電流を走らせ、男に飛びついた。
同時に身体を退かれ、蹴り上げられる。
蹴りは腕を固めて受け止めたけど、あまりの衝撃に息ができなくなった。
そんなことに関係なく、ボクの首に真横から剣先が迫る。
肩を上げて剣先を反らしたけど、兜に当たり意識が朦朧となった。
剣先が兜を突き破り頭に刺さったのかどうかも分からない。
何かが身体の正面にぶつかった。
つめたい。
剣。
いやだ。
避ける。
蹴り。
腕で受けるが転がり、何かにぶつかった。
激しくせき込む。
首に剣。
咳の力を利用して、上半身を動かした。
そのまま転がって立ち上がる。
ふらつく。
未だに息ができない。
涎が首元まで張り付いている。
意識が暗くなっていく。
いつの間にか剣も持ってない。
男が目の前に迫っていた。
丸腰のボクに容赦ないな。
諦めたような気持ちになる。
力が抜けた。
眩しい光の中に一瞬の光の点。
身体が勝手に動く。
剣風を感じた。
感じた?
いや、空間把握で察知したのか。
また光の点。
男の全身の中の一点。
考える前に身体が勝手に動く。
剣風。
朦朧とした意識の中で、何故ボクは動いているんだろうと思った。
ぼろぼろで、諦めかけてて、武器もなくて、こんなに苦しいのに。
連続して見える僅かな光に身体が勝手に動く。
剣風がよりはっきりとする。
景色が空気の流れそのものの渦に見えてくる。
渦。
油絵っぽい。
ゴッホだっけ?
急に視界が広がった。
渦の中に居る男と私の身体の動き。
剣の動き。
僅かな光が見えると最小限の動きで剣を避ける。
小手の防具でいなす。
肩でいなす。
背中でいなす。
あの光は神経を通る電子か。
魔術の光に紛れて見えなかったけど、なぜか今は分かる。
雑音がなくクリアだ。
光の点が見えると同時に身体が動いてくれる。
どうしてだろう。
どうしてこの身体は動くんだろう。
付き合いは短いはずなのに。
――いや。
本当は分かっている。
この身体はボクをいつだって裏切らなかった。
共に危機を乗り越えてきた。
それは偽物じゃなくて本物の日々だ。
ボクはこの身体に感謝を伝えたいと思った。
限界ギリギリで戦いながら、虚ろだった意識が身体と一体になっていくのを感じる。
「アイリス!」
マリカの声がした。
隣の部屋からだ。
意識が覚醒する。
力が湧く。
ふと気が付くと、この部屋全体のことが手に取るように分かっていた。
光の点。
男の突き。
私は剣を振る要領でカウンターを当てた。
防具もないのにこの男の身体は硬いな。
光の点。
男の斬撃。
剣の弧に合わせて身体を添わせ、一瞬だけ退く。
重心は残ったままなので、そのまま前に出て拳を当てた。
当たったけど、威力はない。
全く効いてる気がしない。
ただ、負ける気もしない。
バン!
ドアが開く音。
「アイリスッ!」
今度ははっきりと聞こえるマリカの声。
「そら、剣だ」
今度は私の足下に剣が滑ってきた。
男の攻撃を避けながら鞘に入った剣を取る。
「まったく。どいつも邪魔ばかり……」
横になっていた男が剣を抜いて立ち上がった。
身体は先生を向いている。
相手にするのは先生か。
私は戦っている男の攻撃を避けながら剣を抜いた。
男は間合いを取り、私の様子をみる。
次の瞬間、一気に私に迫る。
動き始めから空気の渦に変化があった。
渦の隙間に私の身体が動いていく。
男の鋭い横薙ぎ。
強烈な渦だ。
でも、身体はすでに避けている。
避けるのはいいけど、攻撃が難しいな。
何か攻撃って渦を乱すような気がする。
男が斜め下から斬り上げてくる。
私は、その攻撃してくる腕の途中に持っている剣を置いた。
その剣先が男の腕に当たる。
ただ、置いた剣は弾かれた。
生身なのにこの男はやっぱり硬い。
硬いのは魔術の光の影響かな?
それに弾かれるのは、剣だけを置いてきてるからな気がする。
ちゃんと重心の前に置かないと。
次の攻撃。
重心の前に置いた剣が男の腕に当たる。
今度は弾かれない。
でも、硬くて刃が通らない。
タイミングの問題?
男が認識できないタイミングで攻撃するように心がける。
この男は普通の人よりもかなり隙が小さい。
それでも私はその隙を狙えるはずだ。
渦が停滞する瞬間が見える。
その瞬間を狙えばいけるという確信があった。
もう少し早く。
もう少し。
あと少し。
届け。
「グ……」
男の声。
私の攻撃が届き始めた。
それでも男の動きは止まらない。
むしろ速くなる。
暴風のような攻撃の中、私は静かだった。
ああ、静かだから僅かな光が見えるのかも知れないな。
渦に漂い、渦の隙間に剣を置く。
剣は身体の重心の前に置くように。
次第になんの意識もせずに身体が動く。
自分と自分の身体に一体感があった。
この身体を愛おしく思う。
男の相打ち覚悟の左右同時の攻撃。
私の剣は、男の右肩に刺さりながら左の攻撃は避けていた。
男の膝蹴り。
私の剣が、その膝に刺さった。
それでも男は刺さった箇所を起点に回し蹴りしてくる。
兜の尖っている部分をその蹴りにかすらせた。
蹴ってきた足から血が吹き出る。
勢いで兜だけが脱げる。
カランカランという兜が転がる音。
私は男の膝に刺さった剣を抜いた。
すぐに離れる。
男は片膝をついたまま動かなかった。
私は渦に漂いながらただ立っている。
一方、先生の方は素手でマリカを守りながら戦っている。
凄まじい速度だ。
目の前の男が左足一本に力を込めた。
すぐに凄まじい速度で私に突っ込んでくる。
2本の剣の先を私に向けていた。
私の身体は膝の力を抜き、沈み込んでその剣を避けていた。
同時に斜め上の男に剣先を向けている。
剣が男に突き刺さった瞬間、硬さを感じる。
全身が持っていかれる。
私は剣を手離して、地面に背中をつけ、下から足裏で蹴飛ばした。
巴投げみたいな形になる。
男は勢いもあって吹き飛び壁にぶつかり落ちた。
すぐに剣を拾う。
そこに先生と戦っていた男が私に向かってきた。
私は流れる渦に溶ける。
背後から斬り掛かってきた彼は、上腕を私の剣によって貫かれていた。
「ぐ、腕が。き、貴様……貴様!」
彼が私に向かって踏み出す。
その一歩に私はカウンターを撃っていた。
踏み出すときに出した左肩に、彼の腕を貫いたままの剣が突き刺さっていた。
「……ぐぁ! ごぶ……」
口を開けたところを狙って横蹴りをお腹に当てておく。
体重差は結構ありそうなんだけど、カウンターで決まったからか派手に転がった。
更に、私の背後へさっき壁にぶつかった男が飛び掛かってきている。
落ちている剣を拾った。
かなり重い。
「フッ! クッ!」
今まで一言も発さなかった男が声を上げて動いている。
右膝の怪我がありながら、スピードが今までよりも速い。
右膝なんてどうなってもいいという覚悟か、それとも神の因子の影響で治るのか。
でも、これまでと違いよく動きが見えた。
私が慣れたのか、男が気合いを入れたせいで力みが出ているのか、その両方か。
私は渦の流れの中、カウンターを当て続ける。
着実に男を追いつめていった。
手応えはある。
男の全身は、もうぼろぼろなんじゃないだろうか。
「――ッ!」
男は近づいた私を振り払おうとしてくる。
その動きにカウンター。
男の右肘から手首までを斬り裂く。
血しぶきが飛び散ったのが分かった。
「フ!」
男が左足で蹴ってこようとした。
ただ、それはフェイント。
フェイントだと支点が作られないし、神経の電子の繰り返しも中途半端だから私には通じない。
本命は左手での私を捕まえようとする動き。
その動きへのカウンターで肩に剣を突き刺すが刺さらなかった。
そのまましがみつかれる。
片腕とはいえ、力が強い。
あ、捕まれたか。
もっとカウンターのタイミングを研ぎ澄まさないとダメだな。
私は捕まれたと同時に霧の魔術を使っていた。
マクシミリアスさんとの特別試合で使った魔術だ。
空間の水分子を中途半端に集める。
創水の魔術の中途半端バージョンといえる。
よし使えるな。
魔術無効の影響があるかと思ったけど、大丈夫だった。
バチンッ!
濡れた身体中から電子を剣に集めてそれを一気に男に放つ。
放つ瞬間には、両足を地面から浮かせた。
これが私のとっておき『電撃の魔術』だ。
霧の魔術で身体を濡らし、電気が通るようにしてから一気に電子を集める。
相手も濡らしておけば効果は大きい。
「グッ」
男の身体が弓なりにしなり硬直する。
私は体重全てを使って男の左太ももに剣を突き刺した。
さすがに電撃直後は突き刺さるか。
意識を先生の方に移すと、もう1人の男の足を縛っていた。
男はぐったりしているので、先生が何かしたのかも知れない。
魔術無効はあっちの男が使っていたのかな?
なんにしても、これで終わりだろう。
警戒したまま男から離れる。
離れながら、隣の吹き抜けの部屋に意識を移した。
立っているのはカクギスさんと――いつの間にかこの拠点に入ってきてる長身の彼だけか。
建物の中にセルムさんはいない。
玄関の外に意識を移すと剣を持った人が居るので彼かも知れない。
ふと、長身の彼がこの部屋に近づいて来ていた。
彼は剣を抜いて渦に溶け込んで歩んでくる。
何か不穏な空気を感じた。
「――やめ……ろ」
倒れてる男が声を絞り出す。
それどころか男は地面を這い始めた。
思ったよりも動きが速い。
長身の彼は音もなく部屋に入ってくる。
そのまま、先生の居る場所に向かう。
長身の彼の姿勢が低くなり、スピードが速くなる。
私は直感的にマズいと感じ、飛び出した。
先生は?
動いていないどころか、倒れている男から離れてマリカの傍に立った。
長身の彼が滑り込むように突きを放つ。
狙ってるのは倒れてる男か。
這って進んでいた男は全身に力を込めて飛び出す。
身体を盾にするつもりだ。
でも、それより前に私が長身の彼の剣先を逸らす。
すぐに彼はフェイントを掛けながら移動する。
速い。
ただ、私には通じない。
「なぜ邪魔を?」
長身の彼が私に聞いてきた。
「理由が分からないからです」
「理由ですか。簡単です。その男は殺せるときに殺しておいた方が良いんですよ」
彼は私に近づいたかと思うと、右に行くと見せかけて左に回転した。
その動きは見切れたので通さない。
彼は私の動きをすぐに察知して方向を変える。
それでも通さない。
蹴ってきたけどそれもいなす。
「驚きました。動きが別人です。もしかして、モルフェウスは本当に貴女が?」
モルフェウス?
「そのモルフェウスとやらは2人の内のどっちの名前だ? ま、俺の自慢の弟子がどっちも倒しちまってるから何でもいいけどな」
ルキヴィス先生が声を掛ける。
「――どちらも?」
「嘘だと思うか?」
「――いえ。そうですか。本当に2人を倒してしまうとは完全に想定外です」
彼はすっと間合いを開けた。
「ふぅ」とため息をつき、剣を納め、私に背を向ける。
「殺さなくていいんですか?」
油断せず、彼の背に問いかける。
「倒してしまった貴女に言われたのなら引き下がるしかありませんからね」
≫どういうことだ?≫
私も訳が分からなかった。
コメントによると、2人を倒した私に断りなく殺すのは筋が通らないと考えているんじゃないか、とのことだった。
逆に倒してもないのにチープな正義感だけで私がしゃしゃり出たのなら無視されてたかもという話だ。
「ありがとうございます。それで貴方は行くあてがあるんですか?」
今にも去ろうとしている彼に聞いてみる。
これから『蜂』の拠点は可能な限り制圧するつもりだ。
彼が拠点のどこかに向かうのなら止めた方がいいだろう。
「ある人から来ないかと誘われてましてね。そこにお世話になろうと思います」
ある人というのは、『闘神』ゼルディウスさんのことだろう。
「そうですか。安心しました」
「もしかして僕を心配してくださってるんですか?」
「ええ、まあ」
「フフ。誰かに心配されるというのも良いものです。ただ、僕を心配するより、妹のことをお願いしますね」
「妹さん、ですか?」
「ええ。貴女も知っている人ですよ」
「はい?」
誰だろう? 私も知ってる人?
私が不思議がっていると視聴者の多くもそう思っているみたいだった。
その返答の中に衝撃のコメントがある。
≫妹ってマリカちゃんだろ≫
「――はぁっ!?」
思わず声を上げてしまった私がそこに居た。
その様子を見て、長身の彼はクスクスと笑いながら去って行くのだった。




