第109話 暗中の詮索
前回までのライブ配信。
アイリスは『蜂』の皇子であるタナトゥスと戦い勝利する。作戦本部に戻り、捕えたタナトゥスに気に入られたアイリスはマリカについて教えて貰う。そのことで探す場所が絞り込めたアイリスたちは捜索に向かうのだった。
マリカを探すため、可能な限り速く空を飛ぶ。
向かい風が強い。
髪が乱れる。
全部無視して地上を探ることに集中する。
ルキヴィス先生とカクギスさんには、地上を探して貰っている。
先生が居る場所は左手の輝きで遠くからでも分かるし、カクギスさんにも魔術をなるべく広く展開して貰っていた。
2人は一緒に居るので簡単に把握できる。
マリカの探し方は、真っ直ぐ飛んで城壁で折り返すを繰り返すだけ。
タナトゥスさんがマリカを見たというなら、この方法で見つけられるはずだ。
それから2時間以上経った。
タナトゥスさんと戦った場所から、城壁までは全力でも10分以上掛かる。
12回前後は行ったり来たりしてる訳か。
そろそろ見つかっても良さそうなものだけど、痕跡すら見つからない。
『蜂』の拠点らしき建物はいくつも見つけたけど、魔術の光が弱いしマリカのサインも見つけられない。
焦る。
相談に戻った方がいいか?
それからもう1往復したときだった。
ルキヴィス先生の左手に宿る魔術の光がチカチカと点滅する。
カクギスさんの魔術も大きくなったり小さくなったりを繰り返した。
何かあったのか?
私はすぐに先生たちのところに向かった。
そこにはルキヴィス先生とカクギスさんの他にもう1人の人物が居る。
「来たか」
「何かあったんですか?」
その1人の人を見ながら言う。
暗闇で顔は見えない。
「こやつに聞け」
「こやつ?」
「アイリスだな? セルムだ」
「セルムさん? どうしてここに?」
剣闘士第9位のセルムさんだ。
そういえばセーラさんのことを話そうと、今夜養成所で待ち合わせしてたはずだ。
どうしてここに居るんだろう。
「お前を待っていたらマリカとかいう女が攫われた。それで奴らをつけた」
「え? つけたってことはマリカの場所を知ってるんですか?」
「ああ。城壁の外だ。歩数は3000歩弱」
城壁の外!
道理で見つからないはずだ。
「大体1500パッススか。遠いな」
ルキヴィス先生がつぶやいた。
メートルに直す場合1.5倍だから2.2kmちょっとってことだな。
「マリカは無事ですか?」
「たぶんな」
「場所を案内して貰えませんか?」
「構わない、と言いたいところだがさっき城門を出入りしたばかりだからな。親衛隊の連中に目を付けられるのはごめんだ」
「夜に幾度も出入りを繰り返すとさすがに睨まれるという訳か」
カクギスさんが言った。
「城門に親衛隊が居るなら、マリカをどうやって外に連れだしたんですか?」
マリカに意識があったら彼女が素直に協力するとは思えない。
意識がない女の子を抱えていれば怪しまれる。
馬車とか使ってるとは思えないし。
「担いで城壁を飛んで乗り越えていた」
「――ほう?」
「もっとも、そんなことが出来たのは1人だけで、あと2人は城門から出て行ったがな。俺はそいつらをつけた訳だ」
「私みたいに空を飛べる訳じゃないですよね?」
城壁は4階建て校舎より高いように見える。
「そんなの俺が知るか。分かるのはそいつが城壁を飛び越えたということだけだ。それ以外のことは知りようがない」
飛べるなら最初から飛んで逃げるはずだし、飛び越えるときだけ集中して風の魔術を使ったんだろうか。
「カッカッカ。お主それが素か」
カクギスさんが聞く。
「何か問題あるか?」
「なに、以前より好ましいと感心しておったくらいよ」
「ちっ」
カクギスさんはシャザードさんと付き合いがあった。
当時従者っぽい立ち位置だったセルムさんとも接してたんだろう。
従者としての彼は……あまり覚えてないけど、もっと真面目そうだった気がする。
「話を戻します。セルムさんは私が飛んで城壁の外に連れ出します。カクギスさんと先生は城門から出て少し離れた場所に居てください。あとで見つけてこちらから合流します」
「承知した」
「仰せの通りに」
こうして私たちは一度別れた。
その後、城門の外で待ち合わせる。
実際に城壁を越えると意外に高い。
よくこれを普通の風の魔術だけで越えられるな。
すぐに地上に降り立つ。
そして一息ついたと同時に、恐ろしいプレッシャーに気づいた。
その魔術の光は遠い。
ただ、強烈だ。
間違いなく脅威だと感じた。
もう少し近づいてみないと分からないけど、『闘神』ゼルディウスさんよりも強いかも知れない。
下手するとケライノさん並。
タナトゥスさんの言ってた『親父たち』か。
でも、この魔術の光の強さ。
まさか神なのか?
いや、神だったらマリカを攫う必要がないと思い直す。
「どうした? 『女神』様でもさすがに怖じ気付いたか?」
「そうですね。ちょうど怖じ気付いてるところです。歩きながら話しませんか?」
セルムさんにタナトゥスさんの言っていた『親父たち』のことを伝える。
話の流れで『蜂』のことや、魔術の光やその光を私が見ることも出来ると伝えた。
伝え終わってもセルムさんは黙っていた。
そのまま、ルキヴィス先生たちに合流する。
「来たな。んじゃ、マリカを迎えにいくか」
合流すると、先生が軽い感じで言った。
私の隣に居たセルムさんは先生の背中を見つめ始めた。
2人って試合したことあるんだよな。
何も出来ずに負けたセルムさんは思うところがあるのかも知れない。
「して、如何にする? 急ぐのであればアイリスの魔術で飛んでゆく方が良いのではないか?」
カクギスさんは私に聞いてきた。
「そうですね。近くまでは飛んでいきましょう。盾は1つしかありませんが、どうしますか?」
「ふむ。俺を単独でお願いできるか? いずれ自ら飛ぶときの参考にしたい」
「分かりました。では、私とカクギスさんはそのまま、先生とセルムさんは2人で盾に乗ってください」
「分かったぜ」
先生だけ返事してセルムさんは無言だった。
「行く前に一応、伝えておきます。相手の魔術の光の強さ、下手するとケライノさん並です。それが2つ見えます」
「ほう。あのハルピュイア並か」
カクギスさんは私と一緒に彼女と戦ったので強さを知っている。
「慎重にいきましょう」
私たちは、2.2km先のその魔術の光まで飛んでいった。
深夜に3つ同時に飛行させるとか、ちょっと前までだと考えられなかったな。
これもカクギスさんの空間把握のおかげだ。
それから5分程度で目的地の近くに到着した。
ここからは歩きだ。
城壁の外にも建物はずっと続いていたけど、集合住宅のような作りのものはなかった。
壁が薄い。
木造だろうか?
それに、これだけ城壁から離れると建物自体がまばらだ。
私たちは無言で目的地に歩き始めた。
真っ直ぐな道が続いている。
「通り過ぎてください。――居ます」
目的の『蜂』の拠点を通り過ぎる。
建物はかなり大きかった。
下手すると集合住宅くらいある。
100人以上は住めそうだ。
魔術の光を宿した人の数も多い。
「便利さに呆れるな。わざわざ奴らをつけた俺がバカみたいだ」
セルムさんがこちらを見ずに言った。
「いえ、城壁の外というのは考えていなかったですし、助かりました」
返事はない。
「それにしても人数が多いな。まさに蜂の巣って訳だ」
ルキヴィス先生も電子を見て人数を確認したんだろう。
そんなことをつぶやく。
その巣の中でも一際強い光が2つ。
それより比較的弱いけど、十分に強い光が1つ。
比較的弱い1つは子どものようだ。
前に戦った子だろうか。
長身の彼が『子守り』とか言ってた気がする。
彼やタナトゥスさんの弟なのかな?
強い光2つは大人のサイズだ。
タナトゥスさんの言う『親父たち』だと思う。
一方でマリカの場所はよく分からなかった。
私にだけ分かるような魔術だけを使ってる様子もない。
「皆さん、しばらくここに居て貰ってもいいですか? ちょっと偵察に行ってきます」
目的の『蜂』の拠点から少し離れた場所で私は言った。
「ああ、頼むぜ。もし相手に見つかったら大きな音を立てるかここに戻ってこい」
先生が左手の義手を伸ばして指を開く。
「はい。ありがとうございます」
「セルム。良いのか? お主も巻き込まれるが」
「今更だ」
「――それでは、行ってきますね」
「気を付けろよー」
こうして私は拠点の偵察に向かっていった。
さてと。
草むらを歩くのは嫌なので、来た道をそのまま引き返して『蜂』の拠点に向かう。
強い魔術の光に気を取られるけど、なるべく意識しないように他の魔術の光を見ていった。
建物の内にも外にもマリカが魔術を使ってる様子はない。
空間把握で彼女の姿を判断するしかないか?
ただ、魔術の光が集まっているのは建物の奥なので、近づく必要がある。
建物の裏からみた方が良いかな?
私は、一度、拠点を通り過ぎてから大きく回り込んで建物の裏側に向かった。
すると、急な下り坂になっている。
川?
耳を澄ますと水の流れが聞こえてきた。
暗闇に融けている川は少し怖いな。
そんなことを考えていると、建物に近い川の水面がキラキラと輝いていることに気がつく。
顔を上げた。
光源は星空くらいしかない。
星空は降ってきそうなくらいだけど、これが反射してる訳ではなさそうだ。
――あ、マリカか。
マリカが水面にだけ魔術を使ってる可能性に気が付いた。
私は光ってる水面に近づいていった。
その水面に自分の魔術を添わせて、水を動かしてみる。
すると、光は形を変えたように見えた。
――なんだろう?
この魔術の光を形どったのはたぶんマリカだ。
必ず意味があると思う。
考えて、目の前にある魔術の光を頭の中で変形させてみた。
最初は何か分からなかったけど盾だと気づいた。
輪郭は養成所で練習に使ってるものに似ている。
盾の下の方が『蜂』の拠点を指しているようにも思える。
これは間違いない。
マリカだ。
私はその盾の形の下部分にだけ魔術を使った。
マリカのサインに私が気付いたよ、という意味を込めている。
すると、私が魔術を使った水の部分だけが動き始め坂を上り地面を這っていく。
途中、そこそこ大きな岩があったけどそれすら回り込んで這っていった。
さすがマリカ。
器用だ。
動いていった水の方向に意識を向ける。
魔術の光を宿した女性の姿があった。
椅子に座っている。
身動きはしてない。
遠くて分かりにくいけど、マリカに思える。
隣の部屋に強い魔術の光が2つ。
1人は横になっていて、もう1人は腕を組んで壁に寄りかかっているようだ。
他の場所も探ってみる。
玄関直後の部屋に、魔術の光のない戦闘員。
数は分からないけど100人は居る。
座って話しているみたいだ。
別の部屋に『蜂』の戦闘員。
こっちは50人居る。
かなりの戦力だ。
外は入り口に2人だけか。
魔術の光を宿している。
この2人も『蜂』だな。
ふと、私1人で攻めるならどうするか考える。
空気への魔術無効が使われていること前提だ。
――さすがに無理かな?
建物の中で数の多い彼らに対処するのはキツい。
対処しながら強い魔術を持つ内の1人にでも来られたら無理だ。
使えたとしても、創水の魔術と水射の魔術くらいだから、あまり頼ることが出来ない。
川の水を使おうにもちょっと遠い。
先生たちのところに戻るか。
そう考えたときに誰かが建物から出てきた。
その人物は明らかに私に向かって歩いてきている。
身長が高い。
魔術の光も宿していない。
彼は隠れる様子もなく堂々と私に向かってくる。
「おや、こんなところで奇遇ですね」
「そうですね。折れた腕は大丈夫ですか?」
私は立ち上がって言葉を返した。
声に聞き覚えがある。
長身の男だ。
≫誰だ?≫
≫敵か?≫
≫折れた腕って言ってるから例の皇子の兄じゃ≫
「おかげさまで大丈夫ですよ」
「それはよかったです。ところで、マリカには何もしていませんよね?」
冷静を装ったつもりが、怒りが言葉に染み出てしまう。
「私の知る限りは何もされてないですよ。拘束はされていますが」
そうか。
心の中で一呼吸つく。
「今すぐ危険はないんですね?」
「今の騒動が落ち着くまでは何もしないでしょうね」
今の騒動というのは、私たちが行っている拠点の制圧のことだろう。
「安心しました。ところで、仲間にはなんと言って出てきたんですか?」
『蜂』の仲間に私の存在を話したかどうかの確認だ。
「何も言わずに抜け出してきました。私にも質問させてください。彼は元気でしょうか?」
――彼?
ああ、『蜂』の皇子、タナトゥスさんのことか。
折れた腕のことを言ったから、私がタナトゥスさんと話したことが分かったんだろう。
「弟さんでしたっけ? 元気ですよ」
「ああ、よかった。では、これで失礼します」
≫もう行くんかーい≫
≫何しに来たんだ?≫
≫タナトゥスくんが訳分からんと言うだけある≫
「どうしてそちらに行くんですか? あなたの家は逆でしょう?」
彼が横を通り抜けようとしたので聞いてみる。
引き返すなら、私に背を向けるはずだ。
他の拠点へ仲間を呼びにいく可能性もあるので、見過ごせない。
「弟に会いに行ってみようかと」
本気かどうか分からない口ぶりだった。
「彼の居る場所は分かるんですか?」
「皇宮ではないんですか?」
「さあ? どちらにしても、夜には入れて貰えないと思いますよ」
カトー議員の家に居ることは教えられない。
なので、彼が行くのをやんわり止めてみた。
「困りましたね」
全然困ってなさそうに彼が言う。
「困ってるのは私もですね」
この長身の彼をどうすればいいだろう。
連れていく訳にもいかないし、仲間を呼ばれるのも困るし、拘束しておくのも変な話だ。
「貴女もですか。話くらいなら聞きますよ?」
「ありがとうございます。貴方をどうするかの判断に困っています。制圧に向かう直前ですしね」
素直に話してみた。
「ふふ。面白い女だ」
≫おもしれー女≫
≫おもしれー女w≫
緊迫してるときにコメントで笑わせにこないで欲しい。
「貴方が私の立場ならどうしますか?」
「僕をどうするかってことですよね? 殺してしまうのが早いでしょう」
「なるほど。でも、私には無理ですね。殺す度胸も覚悟もありません。腕が折れてるとはいえ、勝てるとも思えませんしね」
言いながら、驚くこともなく『殺す』という言葉を受け入れてしまったことに驚いた。
私もこっちの世界に毒されてきてるな。
「そうですか」
「聞き方を変えましょう。貴方自身はどうしたいんですか?」
彼は『蜂』の完全な味方ではなさそうに思える。
「面倒事に巻き込まれたくはないですね」
巻き込まれたくないか。
それは彼の願望であって、どう行動するかは全く分からない。
――うん。
私がいろいろ考えても無駄な気がしてきた。
ここは彼とは会わなかったことにするのがいいんじゃないだろうか。
「参考になりました。では、急いでいるので失礼します」
私は暗闇にも関わらず、頭を下げてそこから立ち去ろうとした。
「やっぱり貴女は面白いですね。ついていってもいいですか?」
「ついてくる? 貴方の家を攻めるんですけど?」
「その前に仲間のところに戻るのでしょう?」
お互いしばらく無言が続いた。
考えても彼の意図は読めない。
結局何も思いつかないまま、ため息をついた。
「分かりました。では、ついてきてください」
こうして、私は先生たちの元へと長身の彼を連れていくことにする。
私たちは道に出てそのまま歩いていった。
途中、どうやって私が居ることに気が付いたか聞いてみた。
でも、はぐらかされた。
ただ、彼以外、私の存在に気が付いた人はいないと考えてるらしい。
「止まれ。そ奴は誰だ」
先生たちに近づいていくと、カクギスさんに止められた。
「彼は『蜂』の一員です。皇妃の実家で先生とも戦った人ですよ。判断に迷って連れてきました」
「ああ、居たな。また戦いにきたのか?」
ルキヴィス先生が歩み寄ってきた。
「是非お願いしたいところですが、腕が折れてます。残念ですが貴方を楽しませることは出来ないと思いますよ」
少しの間、2人は腕が折れたときのことを話し合っていた。
彼の話によると先生のパンチを腕でガードしたときに折ったみたいだ。
私は覚えてなかった。
先生もほとんど覚えてなかったみたいだけど。
「お主は何を考えておる?」
カクギスさんが長身の彼に聞いた。
「ルキヴィスさん、でしたっけ? 彼が居るのを確認したかっただけですよ」
「ほう? 私怨でないのならどのような意図だ?」
「戦力の確認ですよ。彼がいないと無理なので」
「無理と? カッカッカ。つまりお主は親を裏切るということか?」
カクギスさんがいきなり笑った。
≫どういうことだ?≫
≫こいつ親を倒せる戦力か確認しに来やがった≫
≫なるほど≫
そ、そうなんだ。
「私自身は裏切るなんてことはしませんよ。倒せるかどうか確認したいだけです」
「で、俺たちで倒せそうなのか?」
ルキヴィス先生が聞く。
「可能性はありますね。それ以上のことは分かりかねます」
「へぇ、でも残念だったな。俺は捕らわれたお姫様を助けて終わりだ。倒すのは未来ある若者に任せるつもりさ」
え?
「――貴方の大事な生徒が死にますよ?」
「だからいいんだろ。特にこいつは死線を潜った方が強くなる。それで、お前が付き人してる『闘神』ゼルディウスにも勝つ」
え?
なんでゼルディウスさん?
「なんのことでしょう?」
「とぼけなくたっていいぜ。動きで人を見分けるのは、顔を見分けるより得意なくらいだ。お前みたいに気配を隠して動くのは他にいないんだよな」
≫どういうことだ?≫
≫こいつが養成所に闘神と一緒に来たんだよ≫
≫ああ、最初に来たときか≫
あ、言われてみると長身だし丁寧語だしなんか似てたかも。
「もしかして、『親父たち』の1人がゼルディウスさんなんですか?」
それなら、あの魔術の光の強さも説明がつく。
「――これは参りましたね」
「で、『闘神』なのか?」
カクギスさんが聞いた。
「違いますよ。彼は『蜂』とは関係ありません」
長身の彼は答えた。
自身が付き人だということは否定せずに。
これは、彼がゼルディウスさんの付き人だと認めたということにもなる。
皆スルーしてるけど、個人的には衝撃なんですけど。
「そりゃ奴は関わりないだろ。アレは他人の依頼で暗殺とかしない。ただ、ムカついた人間を直接行ってぶん殴るだけのタイプだ」
「よく理解されてますね」
少し嬉しそうだ。
「いいけどよ。そろそろ行った方がいいんじゃないのか?」
今まで黙っていたセルムさんが口を出した。
皆フリーダムだから彼が損な役回りになってる。
せっかく素が出せてると思いきや、真面目な役割なんだな。
「セルム。お主も参加するということでいいのだな?」
「今更だって言ってるだろ。使いたいなら好きに使え。借りもあるしな」
「お主はどうだ?」
カクギスさんが長身の彼に聞いた。
「ついていきますよ」
「アイリス、良いのか?」
今度は私に向けて話してくる。
「はい。彼が敵なら私1人のときに仕掛けてきてると思いますし。少なくとも魔術的なサインは送ってないようですしね」
「ふむ。して、どう攻める?」
「今から決めます。――貴方ならどう攻めます?」
私は長身の彼に聞いた。
『蜂』の戦力について最も把握してるのは彼だろう。
「数が多いですからね。1階の入り口に引きつけて屋上から攻め入るのが良いのではないでしょうか」
なるほど。
「建物の内側で魔術無効は使われてますか?」
「ええ。強力な風の魔術を使う者――まあ貴女のことですが――居ることは知られています。彼らはかなり慎重ですよ。建物の外側でも可能な限りの広さで使われていると思います」
それから彼に質問をしながら作戦を決めた。
もちろん、視聴者のコメントも取り入れている。
セルムさんだけは呆れているような態度だったが、作戦には従ってくれるらしい。
作戦の基本方針はカウンターだ。
相手に行動させて同時に隙を突く。
入り口が2箇所というなら、そこで釣れば良い。
窓もないのに、それ以外から入ってるとは思わないだろう。
「では、表の入り口からセルムさん、屋上からカクギスさん。穴を空けたところから私とルキヴィス先生が突入します」
穴は上空から岩を落として空ける。
川で見かけた岩だ。
狙った場所に落とすのが難しそうだけど、それは何度かテストする。
何度か小石を川に落としてみて、本番に臨むつもりだった。
岩が狙った場所を外れそうなら風で調整すればいい。
「それではよろしくお願いします。まずは川に向かいましょう」
「僕はどうすれば良いでしょう?」
長身の彼が聞いてきた。
「川までは一緒に来てください。あとは安静にしててください。それ以外のことは終わったら相談させてください」
「悪いことは言わない。そいつは拘束しておけ」
セルムさんだ。
「いえ、拘束は止めておきます。彼のことは敵か味方か含めて全く分からないので、好きに行動させて判断するつもりです」
「フフ、どっちなんでしょうね」
「お手柔らかにお願いします」
「――ちっ。ついていけねえな」
「セルムよ、どうした? お主が来ぬと岩を持ち上げられんぞ?」
「そういう意味じゃない。頭おかしくてついていけないって話だ。もう、好きにしてくれ」
セルムさんは腕を組みながら私のあとに続いた。
ちゃんと理由を説明してくれることといい、根は良い人なんだよな。
こうして、私たちは作戦を開始することになった。




