第10話 終着地点
暗闇の先にいる10人の兵士。
左手の男はそこに向けて真っ直ぐに駆けた。
速い。
ボクは、姿勢を低くして兵士たちの注意が薄い、道の左側に向けて駆けている。
なるべく暗闇に隠れながら。
それにしても、この胸なんとかならないかな。
腰を曲げた状態だと、痛さは薄れるけど揺れで重量感が増して変な感じがする。
お祭りとかの水ヨーヨーが2つあるというか——。
≫さっき男が言ってたウィギレスの意味調べた≫
≫警備隊って意味で、夜の巡回するらしいな≫
なるほど。
治安を守るためにパトロールしてたのか。
となるとこっちが悪人?
あ!
左手の男が警備隊の1人倒していた。
どうやって倒したかは分からないけど、警備隊員は力なく前のめりになってる。
彼はすぐに警備隊に取り囲まれる。
そこでまたあのバチバチという音とともにフラッシュのような閃光が辺りを点滅させる。
≫なるほど、あれで目を眩ます訳か≫
≫あの光を直視したらしばらく何も見えないな≫
確かにそうかも。
ボクが逃げやすいようにしてくれたのかも知れない。
ボクは一気に警備隊の傍を通り抜け、なんとか危機を脱する。
左手の男はというと、慌てる警備隊の剣を何本か奪って、路地側に投げて何か挑発してるみたいだった。
あの余裕さ。
本当にたいした手間じゃなかったんだな……。
ボクは彼に実力行使で捕らえられなくてラッキーだったと思う。
「に、逃げたぞ!」
警備隊の誰かの声がした。
しかし、周りが声に反応する間もなく、彼は逃げ去っていた。
逃げるスピードは本気で速い。
人のスピードとは思えない。
空間把握で注目してみたけど、それでも追えないくらい速く遠ざかっていく。
そのとき、ゾワッとした何かが身体を通り抜けた。
怪物の光の束が通り過ぎる直前の、あの嫌な感覚だ。
嫌悪の大きさとしては比較にならないくらい僅かなものだったけど、思わず身構える。
誰かが近づいてくる。
カツカツという足音が響く。
「そこにいるのはどなたですか」
足音と共に、静かな男の声がやけに響いた。
血の気が引く。
そしてボクは走って逃げていた。
「動ける人いますか? 女性の不審者です。追いかけるので着いてきてください」
ボクはどうしていきなり逃げた?
考えたけどもう遅い。
こうなったら逃げるしかない。
追いかけてくるのは3人。
ランタンを持っているからか走るスピードは速くない。
でも、ボクが走るのも遅い。
このままなら体力的に追いつかれると思う。
≫おい、大丈夫なのか?≫
≫なんだ今の敬語野郎?≫
「魔術感知が、使えるのかも」
真っ暗な路地を曲がったりしても、正確に追いかけてくる。
一定間隔であのゾワッが来るので気持ち悪い。
≫魔術感知はミカエルの友達が言ってたな≫
≫追いかけてきてる?≫
「こっちの動きが見えてるみたいに追ってきてます」
≫まずいんじゃ?≫
≫人が多いところに行くとか?≫
「人が多いところに、行ってみます」
賭けにはなるけど、今のままだと体力が尽きて捕まる。
ボクは空間把握で確認して、大通りと思われる場所に向かった。
大通りに出ると、遮っていた建物がなくなり、月明かりが降り注いでくる。
視界が広がり、月明かりで照らされた蒼い世界があった。
月明かりの中、多くの人がお酒を飲んでいた。
その人々がボクの視界を通り抜けていく。
声を掛けられたりもするが、それに構っている暇はない。
大通り通しの交差点に差し掛かる。
過ごしている人は多く100人は居そうだった。
ここだ。
ここが逃げ切るポイントだと思う。
曲がってすぐに人に紛れて、適当なものに身体を寄せる計画だった。
ボクは少しスピードを落として交差点を曲がった。
はい?
「——こ、円形闘技場?」
曲がった直後に闘技場が見えた。
≫闘技場キタ!≫
≫帰れる?≫
そのコメントを見て、帰りたいという思いでいっぱいになる。
「あっ?」
そんなことを考えていたからか、隠れる計画を忘れてしまっていた。
いや、隠れても見つかっていたかも知れないし、ここまで来たらあの始まりの闘技場まで行った方がいい。
ボクは走った。
胸は揺れて痛いし、足も靴擦れしてて痛い。
何もかもがぐちゃぐちゃに思えたけど走った。
そして、ついに円形闘技場にたどり着く。
改めて見ると闘技場は大きい。
星空の半分以上が闘技場の黒いシルエットで隠れていた。
中で戦っているときはちゃんと意識してなかったけど、高さだけでも相当なものがある。
闘技場の1階のアーチになっているところは全て入り口みたいだった。
入り口が何個あるか分からない。
警備員が何人かいるけど、どこかからは入れると思う。
ボクは闘技場の周りを駆け抜けながら、隙を見て出入り口から潜入した。
闘技場の中は、真の暗闇状態になっていた。
何も見えないし。人がいる様子もない。
ボクの領域だと思った。
それにしても空間把握が出来てよかった。
出来なければ、探りながらゆっくりと進むしかなかったと思う。
「エレベーターはどこだろう?」
ボクの声が響いた。
≫誰か円形闘技場の構造調べられない?≫
≫空間把握で、エレベーター分からない?≫
≫まず地下に行ったら?≫
「そうですね。ありがとうございます」
闘技場内を空間把握で探っていく。
地下地下地下っと。
地下の空間はすぐに見つかり、そこから辿っていくと地下への階段はすぐに見つかった。
今更ながら便利だ、この能力。
ボクは階段の傍に移動した。
階段を降りていくと、通路のような道に出る。
「この先にエレベーターがあるみたいです。そこに大きな縦に長い空間があります。更にその奥は入り組んだ場所があるみたいですね」
つい駆け足になる。
≫普段のラキピの配信っぽいなwww≫
≫そういえば心霊スポットライブ配信だったw≫
≫なにもかもが懐かしいw≫
走りながら空間把握すると、奥の部屋には怪物のような大きな動物がいるようだ。
ただ、あまり動いているものはいない。
「あった」
エレベーターだ!
あれ?
「誰か地下に降りてきたみたいです」
≫追っ手?≫
≫警備かもしれんぞ≫
意識を集中すると、2人いるようだ。
「しばらく声をださないようにします」
様子を探ると、彼らは慎重に歩いているようだった。
警備ならよく知った場所なので普通の速度で歩くだろうから、例の警備隊の追っ手だろうか?
それならかなり不味い。
ボクは、すぐにエレベーターに乗り込んだ。
「でも、これどうやって動かすんだろ」
≫おい、声出てるぞ!≫
≫そういえば人力じゃなかったか?≫
≫奴隷が円型の動力を回して動かすイメージ≫
それだと、このエレベーター動かせないんじゃ?
え、詰んだ?
ボクはエレベーターの中の壁を探りながら焦る。
追っ手は近づいてきている。
一度冷静になってみて周辺を探る。
確かに大きな車輪を縦にしたような形状のものがあった。
車輪のような大きな円状の物から、取っ手がいくつも出ている。
これを人が押して回すのか?
動力がこれじゃエレベーターが動かせない。
ボクは未練がましく、エレベーターの中を触って確かめたり、踏みつけたりを繰り返した。
「どうしたらいいんでしょう」
≫賭けで奥に逃げる≫
≫隠れてやり過ごす≫
≫位置バレしてるかも知れんぞ?≫
揺れるランタンの光が見える。
あれがボクを捕まえにくる光だと思うと、いても立ってもいられなくなった。
「奥に逃げて怪物たちに紛れてじっとします」
小声で言って、ボクは奥に向かった。
奥は牢屋のたくさんある区域になってて、そこに怪物が閉じこめられているようだ。
奥にたどり着く前に、半階分くらい降りる階段があって、その先に牢屋がある。
一度芽生えてしまった「帰りたい」という気持ちを押し殺し、ゆっくりと進んでいった。
気配を探ると、明らかに大きな生き物がうごめいていたり、眠っているのか大きな塊になっていたりした。
その様子に不安が押し寄せてくる。
ここに来たときばかりのあの怪物みたいなのでいっぱいなんじゃないだろうか?
それなら牢屋なんて意味ないんじゃ?
あの炎とか吐かれたらどうしようもない。
死の恐怖が蘇ってくる。
ボクはいつの間にか四つん這いになって進んでいた。
怖いのだと気づく。
帰りたい。
もうこんなのは嫌だ。
——怖い。
≫ここで奥に進めるとかラキピはすげえな≫
≫俺は無理だわ≫
そんなコメントが流れる。
そんなことない。
今まで心霊スポットが平気だったのは、なんとなく幽霊を信じていなかったからだと思う。
その程度で、怖いことが目の前にあっても全然平気だと思っていた。
コメントで勇気あるとか言ってもらえてその気になっていた。
他は平凡かも知れないけど、勇気だけは人よりあるのだと。
でも、それは違った。
偽物の勇気しかなかった。
ボクにはそれしかないと思っていたのに偽物だった。
ボクは勘違いに気づいてしまいながら、それでも震える歯を噛みしめて、震える拳を強く握って前に進む。
あの曲がり角だ。
あそこを曲がったら柱に身体をくっつけて、追っ手をやりすごそう。
見つかっても、また出入り口に向かって走れば捕まらずに済むかもしれない。
ボクはゆっくり這いながら角の陰に隠れた。
そして、追っ手かもしれない2人を探ることに意識を集中する。
2人はちょうど半階分の段差のある通路に来たところだった。
いつでも逃げられるように両足の筋肉を確認していく。
そのときだった。
大きな固まりがボクの脇にいきなり現れる。
「グゥガァァ!」
ガシャガチャガチャ。
「ヒッ!?」
「グァ! グゥア! ギガァァァ!」
「うわぁぁぁぁぁ!」
≫どうした!?≫
異形。
巨人の形をした影が大きく檻を揺すり体当たりを繰り返す。
何度も何度も何度も。
「ぁぁぁ」
≫何が起きてる?≫
真っ暗で何も見えない。
ボクは壁にへばりついてとにかく逃げようと足だけを動かす。
でも全然逃げられない。
ガシャンガシャンガシャン。
「ガァアアアアア」
目の前の巨人だけじゃなくて、そこら中から吼える声が聞こえてくる。
それが反響して世界中が怪物たちの咆哮でいっぱいになる。
ボクはただひたすら、うずくまって目と耳を塞ぎ続けていた。
ここにある嫌なことを全部をなくすためには、それしかできなかった。
でも全然なくなってくれなくて、ひたすら強く強く、目と耳を塞ぐ。
その状態が続き、どのくらい時間が経ったのかも分からなくなった頃、ボクは意識を手放した。
次話は、明日の午後8時頃になる予定です。
皆さまのお陰でなんとか第10話を迎えられました。
ありがとうございます!
以下軽微なネタバレを含む次回予告。
明日の次話はトイレ回です。
この結末からの本編でのトイレ回です。
TSモノではトイレシーンを書かないと法律に触れるらしいのです。
仕方ないのです。
それでは!




