第106話 最優先
前回までのライブ配信。
1回戦を終えたアイリスは、カクギスやその養女とトーナメントを観戦する。観戦が終わり養成所に帰ったアイリスはマリカが居なくなったことを知らされるのだった。
部屋の外に出た。
マリカと一緒に住んでいる部屋だ。
彼女は本当に『蜂』に攫われたんだろうか。
「お待たせしました」
そしてゲオルギウスさんに部屋の中の調査をお願いする。
彼は快く引き受けてくれた。
「部屋に真新しい傷があったら教えてください」
本当は私がやった方がいいんだろうけど。
けど、マリカを探すことが最優先だ。
≫最後にマリカを呼びにきた時間が聞きたいな≫
≫聞いてどうするんだ?≫
≫その時間前には居なかったことが担保できる≫
「アイリスはこれからどうするんだ?」
「知り合いに相談にいく予定です。あと、最後に1つだけ。ゲオルギウスさんがマリカを呼びに来たのっていつ頃ですか?」
「……結構経ってるぜ。メシ食い終わってからだからな。呼びに来たときはもう暗かったはずだ」
夕食の時間はまだ明るい内だ。
暗くなった直後となると、少なくとも1時間は経ってる。
「ありがとうございます。ではお願いします」
私は飛んで養成所の出入り口に戻る。
戻ると、カクギスさんが居た。
「マリカが居なくなったそうだな」
「はい。今のところ、『蜂』に攫われた可能性を考えています」
「あやつらか。やっかいだな。必要なら協力させてもらうぞ」
「ありがとうございます。助かります。では、お言葉に甘えさせてください」
少し考える。
「せっかく皇宮から戻ってきたところすみません。このことをルキヴィス先生に伝えて貰えませんか? その後はまた養成所に来てください。新しい情報があればそれに基づいて協力をお願いしたいです」
「新しい情報がない場合は如何にする?」
「何か別の形で協力して貰うことがあるかも知れません。独自に動いて貰う可能性もあります」
「――承知した」
「お願いします。ではまた」
私はすぐに養成所を出て飛んだ。
夜に飛ぶのは怖いはずだけど、恐怖は少ない。
それどころか、カクギスさんの空間把握を使えば、夜でも地上の状況が分かることに気付いた。
――これなら闇夜に飛んでも問題ないな。
カトー議員の邸宅の傍に着地し、門の人に取り次ぎをお願いする。
さっきは居たので今も居るはずだ。
「お休みのところ申し訳ありません」
すぐにマリカのことを話した。
彼女が『蜂』の女王候補と言われていたことも話す。
「ちっ、逃がしたことが裏目に出たか。しかし、あいつらが仲間を助けるより優先するとはな」
「それって留置場は襲撃されてないってことですか?」
「ああ、襲撃されてない。おい、誰か!」
カトー議員が呼びかけるとすぐに中年の男性が入ってきた。
顔の深いシワが目立つが、袖から見える筋肉がすごい。
「緊急の話だ。ドゥミトスにそのまま隊を率いて拠点を包囲しろと指示。ビブルスにはオレが行くまでに自身の兵を集めておけと伝えろ。理由を聞かれたら『蜂』に関する最優先事項だと言え。あと――そうだな。元反乱軍、セーラの面会許可を得ておけ」
セーラ?
どういうことだろう。
「承知いたしました」
彼はカトー議員の指示をもう1度繰り返す。
「ああ、それでいい。あと、オレの護衛をブーテオにさせる。準備させておけ」
「はい。ブーテオですね。承知いたしました。失礼します」
彼は出て行った。
「アイリスも武器と防具は必要だな。いくつか用意させる」
カトー議員が別の人を呼んで、剣と鎧と兜を持ってこさせた。
「すみません。飛ぶためにちょうどいい盾もあると助かるんですけど」
「――そうか。斬新な使い方だよな」
盾も数種類持ってきて貰う。
「自分に合うのを選べ。その間に情報を共有する」
カトー議員の話によると、逃がした『蜂』には尾行を付けていたらしい。
既に拠点は把握しており、ドゥミトスさんの隊を向かわせているとのことだった。
ただ、その拠点の動きはない。
カトー議員の考えでは、他の拠点へ酸素でサインを送っているかも知れないとのことだ。
「そんな複雑なサインを出せるんでしょうか?」
「オレが知るか。だが通常はこの手のは1つのサインが1つの『概念』と対になってるもんだ。だが奴らは緊急時のために言葉そのものを扱えるようにしてるのかも知れんな」
≫1つの『概念』と対ってなんだ?≫
≫例えば、『敵が来た』の場合は『△』、≫
≫『味方が来た』の場合は『○』みたいな奴だ≫
≫単語や文章的な構造がない≫
≫アイリスの使うハンドサインもそうだろ≫
確かにそうだ。
ハンドサインは1つの意味しか持たない。
≫言葉を扱える例なら、モールス信号だな≫
≫モールスは既存の言葉を符号化してるだけ≫
≫言葉そのものじゃない≫
≫独自の言葉だと覚えるのも大変だからな≫
≫『蜂』のサインも符号として使えるのかもな≫
符号化?
モールス信号ってトンとツーの組み合わせでアルファベットを作るんだっけ?
既存の文字を別の何かに置き換えるってことだろうか。
「どうした?」
考え事をしていたのでカトー議員に突っ込まれた。
「いえ、『蜂』のサインで言葉のやり取りが出来るか考えてました」
「心当たりでもあるのか?」
「ありません。可能かどうかだけ考えてました」
「それで可能だったか?」
「はい。難しいですが、出来ます」
例えば上下に2つのサインを並べれば、アルファベットを表すことが出来る。
「じゃ、出来るの前提で作戦を立てた方がいいな。よし、行くぞ」
外に出ると、護衛は見たことのある人だった。
野営地でカトー議員と最初に会ったときにドゥミトスさんと一緒に居た人だ。
ブーテオさんと言うのか。
「よろしくお願いします。プーテオさんでいいんですよね?」
「――こ、光栄であります!」
か、かなり緊張してるな……。
「ところで馬車じゃないんですね?」
急ぎたいのでそう聞いてみた。
「馬車じゃ話せないからな」
振動でうるさいからか。
馬車の音消せないかな?
でも真空の魔術は馬車には効果ないと思う。
地面から伝わる振動そのものは抑えられないし。
「これから行くのって長官のところですよね?」
つまり皇宮だ。
「ああ」
「兵は出して貰うんですか?」
「そのつもりだ」
「私が言うのもなんですけど、大丈夫なんですか?」
心配してるのは、マリカのために親衛隊を使って大丈夫かということだった。
私にとっては一番大切なことだけど、ローマやカトー議員にとってはかなり優先順位は低いはずだ。
「つまんないこと気にしてるな。もちろん平気だから問題ない。『蜂』を潰す貴重な機会だしな」
「――潰すつもりですか?」
「ああ。考えてもみろ、最優先で女王候補を攫ったのはどうしてだと思う?」
どうしてだろう?
「――他に女王候補がいないからですか?」
「その通りだ。それは『蜂』にとって何に繋がる?」
「えーと」
≫存続の危機に繋がる可能性がありますね≫
≫『蜂』は普通の人とは違うのでしょう?≫
普通の人と違うというのは、魔術の光が宿っていることを指してるんだろう。
≫『蜂』を産むには女王が必要なのでは?≫
≫なんでそんなことが分かるんだ?≫
≫マリカさんを最優先で攫ったからですね≫
≫彼女はそれだけ『蜂』にとって重要です≫
≫単に『魔術の光』が潜性遺伝なのかもですが≫
≫潜性遺伝?≫
≫劣性遺伝のこと。名称が10年前に変わった≫
もし潜性遺伝なら両親が魔術の光――神の因子を持ってないと、子供にも引き継がれない可能性が高い。
血液型ならO型みたいなもんだからな。
「少なくとも『蜂』は弱体化はしそうですね」
「ずいぶん優しい言い方だな。女王蜂の居ない巣の末路なんて決まってる。滅ぶだけだ」
「滅ぶ……」
「ああ。ただな、絶望の中に希望があると自覚してる奴らは強い。希望一点に極限の集中力を出してくるからな」
それは私自身が何度も経験した。
死を自覚したときの集中力。
あの集中力には何度も助けられてきたけど、敵に使われるのは避けたい。
でも、自覚したときに集中力が出るなら、絶望を自覚させずに倒してしまえばいいのか。
時間が遅くなるあの感覚も、死が迫っていると自覚しなければ起きない気がする。
――やっぱりカウンターか。
私はカトー議員を横目に見た。
戦略や戦術でもカウンターみたいなものはあるんだろうか。
「相手に極限の集中力を出させないため、今回はどう戦うんですか?」
私の言葉を聞いて、カトー議員の口が開いたように見えた。
笑ってる?
「なんだ。知りたいのか?」
「私の課題の1つでもあるので」
「――ま、いいだろう。お前もある程度分かってると思うが、最後まで破滅が迫ってることを感じさせなければ良い。今回ならオレらの目的を勘違いさせて隙を作り、目的を果たす」
マリカの奪還が私たちの目的だと言うことを『蜂』に悟らせないということだろうか?
例えば、私たちの目的を『蜂』の拠点制圧に見せかける。
彼らがそれを信じ切り、拠点防衛に人員を割いた瞬間を狙ってマリカを助ける。
「ただ、それなら私たちが彼女を取り戻したあと、死にものぐるいで取り戻しに来るんじゃないですか?
「そんなの罠に掛ければいいだろ」
「え?」
「要は極限の集中力と直接衝突するのが問題なんだよ。餌の近くに網でもまいときゃ自滅する」
せ、性格悪いな。
でも、これが戦いなんだろうな。
「なんとなく分かりました。ありがとうございます。とにかく、まず『彼女』の居場所をいち早く掴むことが重要ですね」
彼女とはマリカのことだ。
外で話しているので名前は伏せている。
「さすがは女神殿。そういうことだ」
「その『女神殿』はやめてください。――それで彼女の居場所を掴むにはどうすればいいんですか? 私が思いつくのは、『蜂』が集まっている場所をとにかく探すことくらいですが……」
「オレは知らんな。が、お前ならなんとかなるんじゃないか?」
「私、ですか?」
「オレは『彼女』のことを知らないが、お前ら仲が良いんだろ? 彼女に意識があれば、魔術でお前にしか分からないサインを出すんじゃないか?」
「私にしか分からないサイン……」
「『蜂』は特別なサインを使うんだろ? 助けて欲しいと思ってる人間がそのサインを近くでそれを見たらどう思う? 『自分も』と考えるのは自然な流れだ」
言われるとそんな気がしてくる。
「分かりました。1人でも探すつもりだったので探します。それなら早く探し始めた方がいいんじゃないですか?」
「まあ待て。まずはそのサインをある程度絞り込む。|ゆっくり急げ≪フェスティナ・レンテ≫というだろ?」
いや、知らないし。
「絞り込むってどうやってですか?」
「魔術に詳しいと言えばクルストゥス殿だ。お前とも親しいみたいだしちょうどいいだろ」
――あ。
「セーラとの面会は、それが理由だったんですね」
「そういうことだ。さ、そろそろ着くぞ」
星空に皇宮のシルエットが浮かぶ。
まずはビブルス長官との話し合いか。
「長い夜になる」
その言葉で昨夜から寝てないことに今更ながら気付くのだった。
それから私たちは親衛隊の控え室に通された。
入り口からここまで来る間に、知ってる顔が何人か居たのでドキドキした。
「私が動かせる兵は召集しました。早速ですが『蜂』の最優先事項についてお聞きしたい」
部屋に入って挨拶すると、すぐにビブルス長官が言った。
「『蜂』の存亡に関わる話だ。まだ決定ではないがな」
続けてカトー議員がマリカが女王候補であることを含め一通り説明する。
「それだけで存亡というのは……」
「お前は責任あるし慎重になるのも分かる。よし、アイリス。長官殿を説得してみろ」
わ、私?
無茶ぶりにもほどがあるけど、すぐにでもマリカを助けに行きたい。
やるしかないか。
≫また無茶をw≫
≫俺らも思いついたらコメントしようぜ≫
「分かりました」
覚悟を決めた。
恐らくカトー議員自身はいつでもビブルス長官を説得できると思ってるんだろう。
そのくらい平気だと言っていた気がするし。
話すなら親衛隊のメリット辺りからか?
――いや、そんなことはどうでもいいのか。
追いつめられているからなのか、覚悟が決まったからなのか、思考がクリアになっているのを感じる。
「カトー議員の話は、女王候補であるマリカを取り戻せば『蜂』が滅びる。だから親衛隊も協力しろってことですよね?」
「少なくとも私はそう理解している」
「ただ、この話には2つ問題があります。1つはマリカが『蜂』に攫われた証拠がないこと。もう1つは、マリカを取り戻したところで本当に『蜂』が滅びるのか分からないことです」
「証拠がないのか」
「はい。可能性が高いということだけです」
「そうだったのか」
長官がカトー議員を見るが、彼は腕を組み、にやけながら目を閉じているだけだ。
長官はため息をついて再び私に向き合う。
「だから、女王候補のことは一旦忘れてください。ただ、その前に彼らはアーネス皇子を襲いました。これはローマの驚異です。だからこそ、親衛隊も拠点の1つを制圧したんですよね?」
「ああ」
一呼吸置いて、私はカトー議員とビブルス長官を見た。
「現在、拠点の1つはドゥミトスさんが押さえています。まず、この拠点の制圧に協力して貰えませんか?」
「即答はできないが、隊長たちを説得すればそのくらいは可能だろう」
「複数の拠点の制圧に協力して貰うことは可能ですか?」
「複数の拠点? 今夜の内にか?」
「はい。私はその拠点を糸口に、今夜中に他の拠点も制圧するつもりです」
「どうやって?」
「例えば『蜂』の誰かをワザと逃がしてその誰かを追跡したりですね。どんな方法を使っても、私はマリカを見つけるまで拠点を制圧し続けますよ。それに協力して欲しいのです」
ビブルス長官は固まったまま私を見ていた。
「くっくっく。お前、無茶苦茶だわ」
カトー議員が組んでいた腕を解いて笑った。
「だが面白い。具体的に親衛隊はどういう役回りだ?」
親衛隊か。
彼らには何人か居る強い『蜂』相手とは戦って欲しくない。
「拠点の包囲、それに途中から制圧に協力して貰えると助かります」
「『途中から』とは?」
ビブルス長官が聞いてくる。
「ある程度、戦力を削った後ということですね」
「戦力を削ること自体はアイリスだけで行うということか?」
今度はカトー議員だ。
「いえ、以前も協力して貰ったカクギスさんとルキヴィス先生の助けを借りたいと思っています」
2人が協力してくれるなら助かる。
私1人なら厳しいとは思う。
たとえ1人でもやるけど。
「なるほどな。どうだ、長官殿?」
カトー議員はビブルス長官に話を振った。
そのビブルス長官は私を見る。
「我ら親衛隊の戦力では不足していると?」
不満そうに彼は言った。
「そ、そういうことではありません」
「おいおい、女神殿を困らせるようなこと言うなよ。お前も親衛隊が弱体化したとボヤいてただろうが」
「――それはそうだが」
フォローしてくれるのはありがたいけど、いつも私を困らせて楽しんでるカトー議員がそれ言いますか。
ともかくちゃんと回答はしよう。
「正直なところ、私が親衛隊の強さを理解していないのが本当のところです。私が知っているのは皇妃派の2隊です」
エレディアスさんの隊も知っているけど、あのときは不意打ちに近かったからな。
「女神殿は情報不足で判断できないってことだな」
「はい」
「――しかし」
「気持ちや面子の話なら時間の無駄だ。理屈では分かっているんだろビブルス。状況が状況だ。お前の感情を納得させる時間がもったいない」
ビブルス長官は黙っていた。
感情の整理をつけているのかも知れない。
「なあに。親衛隊の強化は権力を握ったあとで存分にやればいいのさ。今回の『蜂』の掃討の功績はお前のものだ。親衛隊での長官殿の発言権は高まる。一方、皇妃派の発言力は下がる」
「――分かりました。しかし、アイリスはそれでいいのか?」
「私のすることなんて、友人を助けたいがためのただの暴力行為です。全て親衛隊の功績で問題ありません。私にとってはマリカを取り戻すことが最優先です」
「そうか」
「はい」
「――最優先か」
長官は独り言のように呟くと姿勢を正した。
「本件に関しては、親衛隊長官として責任を負おう。もちろん、アイリスは友人を救うために自由に動いて貰って構わない。我々は、それに乗じて『蜂』を掃討するために動く」
「決まりだな」
カトー議員は立ち上がって長官に手を差し伸ばした。
長官も手を差し出し握手する。
慌てて、私も手を差し出し握手した。
「あとはそうだな。ドゥミトスの隊と、カクギス殿やルキヴィス殿への親衛隊の許可が欲しい」
「分かりました」
「情報は都度こちらから送る」
「その場合、情報の共有に時間が掛かります。ご迷惑は承知ですが、本部をカトー議員の邸宅の敷地に置かせては貰えませんか?」
「――トイレ以外は使って貰って構わんが、良いのか? オレの派閥だと公言するようなものだぞ」
「今更ですよ。それに私の発言力は強くなるのでしょう?」
「くっく。違いない。――しかし、お前って賭け事は嫌いじゃなかったのか?」
「アイリスに賭けると言ったでしょう?」
「そういやそうだったな」
こうして、私たちは皇居をあとにした。
それから私は、カトー議員たちとは一旦別れて、養成所に戻ってくる。
入り口でカクギスさんとルキヴィス先生が待ちかまえていたので、協力をお願いした。
2人とも引き受けてくれる。
「まだ用事があるので、私はこれで」
「再度確認するが、待ち合わせはカトー議員の住居でいいのだな?」
「はい。親衛隊の本部になっているはずです。協力の証書も貰ってください」
最低限の情報交換だけして、彼らとは一旦別れた。
続けてゲオルギウスさんと話したけど、部屋に新しい傷のようなものは見当たらなかったようだ。
「ありがとうございます」
「ほんとは俺たちも何か出来ればいいんだけどよ」
「お気持ちだけで充分です。それでは」
その後、私だけ空を飛び、セーラさんのいる留置所の前で再びカトー議員やブーテオさんと合流した。
「まさか、今夜もここに来るとは思ってなかったです」
「そういえば昨日も来たんだったな」
「お陰さまで。朝まで居させて貰いました」
「――成果はあったか?」
私とセーラさんと次の猛獣刑の対策をしたことを察したんだろうか。
「――それなりには」
「オレとしてはどっちでも構わないがな」
つまり彼女の生死はどっちでもいいと。
「『その時』には静かに見守って貰えると助かります」
「敵にならない範疇で頼むぜ?」
「分かっています」
私たちは留置所に入っていった。
昨日と同じ様子だ。
「邪魔するぜ」
「カトー議員ですね。お待ちしておりました。お入りください」
クルストゥス先生が立ち上がって出迎えてくれる。
当たり前だけどセーラも居る。
彼女は私が居ることに驚いたみたいだった。
その彼女とアイコンタクトをとる。
「行っていいぞ」
カトー議員が案内してくれた人に言った。
彼はすぐに去っていく。
残ったのは、クルストゥス先生、セーラ、カトー議員、プーテオさん、そして私の5人だ。
「さて。ここに来た目的を話すぞ」
「その前に、外に話を聞かれないようにしていいですか?」
「どうしたアイリス。魔術か?」
「はい」
「ずいぶんと便利になってきたな。さすが女神殿。構わんぞ」
「ありがとうございます。女神殿は止めて欲しいですけどね」
私はすぐに部屋の外に対して真空の魔術を使った。
「これで大丈夫です」
「ああ。これで大声で話せるという訳だな!」
「大声はちょっと」
「難しいな。――これくらいか?」
手まで添えてめちゃくちゃ小声で話してきた。
「常識の範囲でお願いします」
「おいおい。注文が多いな」
「絶対わざとですよね?」
「まあな。じゃ、目的を話すぞ」
素直に肯定されて私が呆気に取られている内に、彼は話を進めていった。
マリカが『蜂』に攫われたこと、彼女を見つけようとしていること、見つけるには彼女が助けを求めるために使う魔術がポイントになるということを話す。
「それで私ですか」
聞き終わったあとにクルストゥス先生がそれだけ言った。
「ああ。マリカ嬢と交流があり魔術に詳しいとなると、クルストゥス殿をおいて他に居ない」
「ご期待に応えられるかどうか分かりかねますが、協力いたしましょう」
「感謝する。早速だがクルストゥス殿の見立てはどうだ?」
「はい。まず、マリカはサンソを扱える訳ですが、これは『蜂』にも察知されると聞いています。そこで考えられるのは『魔術』そのものか『水』でしょうね」
「魔術そのもの。もしくは水か」
「その辺りは彼女の方が詳しいですね」
クルストゥス先生が私を見た。
続けて話していく。
「可能性として、魔術そのものを使う方が高いでしょう」
「理由を聞いてもいいか?」
クルストゥス先生は、魔術を感知することが出来るのは私と先生自身だけと語った。
「アイリスは『蜂』の存在そのものすら感知することが出来るんだったな。関係あるのか?」
「はい。魔術の光が見えるという意味では同じです」
「話が逸れたな。ともかく、他に発見されにくいと」
「そうですね」
続けて先生はその他の理由も話していく。
「なるほど。彼女はそのくらいの状況判断ができるという訳か」
「気持ちが強く聡い子です。条件と状況から最適解を導けると考えます」
先生ってマリカのことをそんな風に思ってたのか。
私の一番の友達がそういう評価なことに誇らしくなる。
「あー。あと、オレは魔術については基本的なことしか知らないんだが、魔術のみを使って現象自体は起こさないなんてことが出来るのか? 聞いたこともないんだが」
「通常、魔術のみなんて使う必要もありませんからね。原理が分かれば簡単に使えます」
「――あ」
部屋の空気に魔術が充満した。
「どうした?」
「今、クルストゥス先生がその魔術そのものを使ってみせました。部屋中に魔術があります」
「その通りです」
「ほー。面白いな。なんでそんなものをマリカが使えると確信してる?」
「理由は言えませんが練習していたからです」
「――練習。養成所でか。はーん。なるほどな。そりゃ言えないか」
にやけながらカトー議員は私を見た。
次に何か気付いたようにセーラを見る。
どうしてセーラ?
そう思い彼女を見ると、彼女も私を見ていた。
――え?
≫カトーは何を悟ったんだ?≫
≫分からん≫
「じゃ、決まりか。捜索にアイリスしか使えないのが厄介だな。一応、水の魔術にも気を付けつつ、魔術そのものを探す方向でいいよな?」
「そうですね。マリカがもし魔術そのものを使うのなら、範囲はかなり広いはずです。アイリスはそのつもりで広く浅く探してください」
先生は私に向けて言ってくれた。
「ありがとうございます」
「1つよろしいでしょうか?」
セーラが微笑んでいる。
余所行きの顔だ。
「1つとは言わず気になったこと全て言ってみろ」
「ありがとうございます。アイリスがマリカ様の魔術を見つけられたのなら、その魔術に自分の魔術を添わせてみてください。マリカ様が違和感に気付くはずです」
「ほー。そんなことが可能なのか? クルストゥス殿の見立てはどうだ?」
「可能です。私が使える魔術感知もその違和感を応用したものです」
「初めて聞く話だな」
「私が開発したものですから」
「なるほど。クルストゥス殿は噂通り優秀なようだな」
「いえ。知られていないだけで他にも発見した者はいるでしょうね。アイリスに至っては私のような面倒な手順は必要ないようですし」
私は最初から魔術の違和感が見えていたので、なんとも言えない。
「それにしても、魔術を通して情報の伝達を行うということには思い当たりませんでした」
クルストゥス先生が続けて言った。
「――情報の伝達?」
カトー議員が珍しく真剣な表情だ。
「魔術の違和感を使って情報の伝達ができる、ということです。セーラが言っていたのはそういうことですよね?」
「はい。さすがクルストゥス様ですね」
一瞬だけ間があったけど、にこやかにセーラが応えた。
「そうか」
≫情報の伝達ってどこから出てきた?≫
≫違和感を応用して手順を作れば通信になる≫
≫なるほど。戦争が変わりますね≫
≫戦争が変わる? なんだいきなり≫
コメントの流れが早くなる。
追いかけきれない。
「セーラ。魔術の違和感の話は元々知っていた話か?」
「――いいえ」
「いつ知った?」
「ええと」
セーラが迷うように私を見た。
その訴えるような目を見て、昨夜、彼女の魔術に私の魔術を重ねたことを思い出す。
「昨日、私と魔術の練習していたときに気付いたんだと思います」
私が言うとセーラは「はい」と頷いた。
急にカトー議員が腕を組む。
集中したように視線をあちこちに走らせていた。
そして顔を上げる。
「クルストゥス殿は『情報の伝達』を行う魔術の研究に興味はあるか?」
「もちろんです」
「なら好きなだけ研究する環境・費用・協力者を用意できると言ったらどうする?」
「環境はともかく、費用と協力者は魅力的ですね」
「じゃ、考えておいてくれ。あとで証書を用意する」
これは今回のことが終わったあとの話か。
「話の途中すみません。私はもう行ってもいいですか?」
「――そうだな。クルストゥス殿やセーラはアイリスに話すことあるか?」
「いえ、私はありません」
「あの……。アイリスとの連絡手段はもう決まっていますか?」
「ああ。ウチに親衛隊の本部を置いてるからそこで取り合う」
「でしたら1つだけ。アイリス。気付いてたらごめんね。拠点から拠点の距離はサインを見分けるために限界があるはず。だから、1つ拠点が見つかって次を探すときは、その距離までを螺旋状に探すのが効率が良いんじゃないかな?」
彼女は指で螺旋を描きながら私に言った。
蚊取り線香の形みたいだ。
確かにこの方法なら空を飛べる私ならかなり早く拠点を探すことが出来る。
「――それ、空からなら効率良さそう。全然思いつかなかったよ。ありがとう」
「よかった」
「ほー。ここに連れてきた甲斐があったな。じゃ、アイリスは行っていいぞ。『蜂』の拠点の場所はウチに戻って聞いてくれ。状況に詳しいのが戻ってきてるはずだ。何かあってもすぐウチに来い」
「いろいろとありがとうございます。では」
「アイリス。頑張ってね」
「うん」
私は留置場を出てすぐに夜空に舞い上がった。
そして、カトー議員の邸宅のある方向が分からないのことに焦るのだった。




