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第105話 一転

前回までのライブ配信。


トーナメントが始まり、アイリスも剣闘士代表として開会式で宣誓を行う。その直後、彼女は1回戦でカプアのレアンドロスと戦い圧勝するのだった。

 対戦が終わったのち更衣室で兜と鎧だけ脱いだ。

 服はカトー議員に借りているものなので着替えてない。

 髪を綺麗に整えて貰ってから観客席に向かう。


「アイリスだな。そっちは奴隷階級の席だ。階下に行け」


 観客席に入る前に係の人に市民階級の入り口に案内された。

 奴隷階級じゃなくなったので、養成所のみんなと見ることは出来ないのか。


 私の知り合いで市民階級や解放奴隷って誰だろう?

 少し考える。


 ルキヴィス先生やクルストゥス先生、カクギスさん第9位のセルムさん、カエソーさんだってそうか。

 あとは正規軍も市民階級なんだっけ?

 意外に居るな。


 カエソーさんは奴隷階級の席でみんなと見てた気がするけど、彼を参考にしてはいけない気がする。


 ともかく、一緒に見るならカクギスさんかな。

 先生たちは来てないだろうし、セルムさんとは会話になるか怪しいし。


 でも、開会式の行進中にカクギスさん見かけなかったんだよな。

 彼は観客席から手を振るタイプじゃないけど、観客席に居る可能性はあるはずだ。


 ――探してみるか。


 彼は日常的に空間把握を使ってるだろうから、空気を乱せば反応があるはず。

 そう思って観客席に入っていくと、ちょうど対戦が終わったところだった。


「あの服、アイリスじゃないか?」


「むちゃくちゃかわいいな」


「アイリスだよな? 俺、あんたに賭けたぜ!」


「あ、ありがとうございます」


 観客に取り囲まれる。

 最初は遠慮気味だったけど、次第に人が集まってきて距離も近くなっていった。

 逃げ場所もなく、肩とか触られたりして困る。


「チッ、うるせえな。俺の近くでギャーギャー騒ぐな」


 怒りの含まれた声が響く。

 その声に向けて「なんだてめぇ」と誰かが言った。

 私の場所からは見えない。


 周りが騒然となっていった。

 しばらくして最初に声を出した彼が立ち上がる。

 背が高く、目辺りまで見える。

 周りを見下ろして不機嫌そうに威圧している。

 彼のことは何か見覚えがあった。


 もしかしてセルムさん?

 まるでチンピラのようだ。


 彼の名を呼んで良いのか悪いのか。

 彼も剣闘士9位としての立場もあるだろうし。

 はぁ……。


「騒がしくしてすみませんでした」


 不自然なほど静かな空間。

 そこに私の声が響きわたった。

 注目されるが仕方ない。


「皆さんにも余計な気を(つか)わせてしまいました。彼と話をさせて貰えませんか?」


 言いながらセルムさんの方に歩みよる。

 自然と道ができた。


「ありがとうございます」


 通り過ぎたあとに振り返り一礼した。

 そのあとセルムさんに向き直る。

 身長差がやっぱあるな。


「セーラとは昨日会いました。元気そうでしたよ」


 空気を操作して、背後に声が響かないようにした。


「なに?」


「ほかに話したいこともありますが、今は目立つので今夜、養成所に来てください」


「ちょっと待て」


「待ちません。それで返事は?」


「あ、ああ」


「成立ですね。迷惑掛けたのはごめんなさい」


 頭を下げた。

 彼は憮然(ぶぜん)とした態度で着席する。


「ありがとうございます」


 肯定の返事と解釈して彼の背中に声を掛けるが、肘をついた手に顎を乗せただけだった。


「皆さんもありがとうございます。次の対戦も応援してくださいね」


 笑顔を作ってその場を去る。


「おー!」


「がんばれよ!」


 後ろから声援が聞こえた。

 振り返って笑顔を返す。


 その後も何度も声を掛けられたけど、足早に笑顔だけ返して乗り切った。

 この服装のまま来たのがマズかったか。


 それはともかくカクギスさんを探さないと。


 歩きながら観客席に影響のない上空を魔術でぐちゃぐちゃに乱していると魔術無効(アンチマジック)を使われた上で反応した人物がいた。

 カクギスさんだ。


「カクギスさん、こんにちは」


「何事かと思ったがお主か」


「すみません。カクギスさんの居場所が分からなかったので」


 せっかく観戦に来てるのに警戒態勢にさせてしまったことへのお詫びと説明だ。


「さしたる問題はない」


「ありがとうございます」


 彼と言葉を交わしているというのに、こちらを見ようともしない少女が居た。

 カクギスさんの養女リーシアさんだ。

 年齢は10代半ばくらい。

 髪は短く中性的な顔つき体つきだった。


「こんにちは、リーシアさん」


「こんにちは」


 顔だけは向けて頭を下げて来るものの身体はこっちを向いてない。

 嫌われてるなと思った。

 私とカクギスさんとの約束『リーシアに女性の立ち振る舞いを教える』のせいだと思うけど。


「座りますか?」


 その彼女が自分の席を譲ろうとする。

 嫌っていてもこういう気遣いは出来るのか。


「え? 大丈夫。全然疲れてないし。でもありがとう」


「いえ。そうですか」


 彼女はすぐに無関心状態に戻った。

 少し寂しい。

 猫に手を差し出したら無視されたというかなんというか。


「まったく。いずれ教えを()う相手にその態度はどうにかならんのか?」


「まだ決定した訳ではありません」


「先ほどのアイリスの剣闘では立ち上がって高ぶっていただろう」


「そ、それとこれとは話が別です」


 ≫ツンデレだ≫

 ≫ツンデレ≫

 ≫ツンデレか≫


「ふむ。そういうものか」


 カクギスさんは顎に手を置き、首を捻った。


「まあよい。アイリス。お主も観戦か?」


「はい。カクギスさんと一緒に観戦しようと思いまして」


「ふむ。そういえば、お主は解放奴隷になったのだったな」


「はい。なので養成所の皆と見て良いものか分からなくて、カクギスさんを探しました」


「承知した。おい。そこの」


「は、はい」


「詰めては貰えんか」


 カクギスさんが片目を閉じてひと(にら)みする。


「――ひゃい!」


 カクギスさんの隣に座っていた男が慌てて座っていた位置をずらした。

 連動するように更に向こうに座っていた男たちも座っていた位置をずらす。


 あー。

 カクギスさんって怖いオーラあるもんなあ。

 人を殺してそうな感じというかなんというか。

 彼に(にら)まれたら普通は耐えられないかも。


「空いたぞ」


 さすがに座らない訳にはいかないか。


「ありがとうございます」


 カクギスさんと席を空けてくれた人にお礼を言う。


「お義父様。こちらに座ってください」


 私が座るとリーシアさんが立ち上がった。


「ふむ?」


 彼女はカクギスさんと席を交代して私の隣に来る。

 なぜ?

 彼女の横顔を見るが無視されてる。


 ≫ファザコン……だと!?≫

 ≫可能性はあるなw≫


 そ、そういうことなのか?


「ところでアイリス。1回戦は思うように戦えたか?」


 カクギスさんがリーシアさん越しに私に話を振ってくる。


「いえ、まだまだですね。いろいろ予想しながら戦ってしまいます」


 私の課題はカクギスさんも知っている。

 それどころか、カクギスさんは元々反応だけで戦うことを身につけている。


「カッカッカ。容易に出来たら苦労はせん。と言いたいところだがお主なら呆気(あっけ)なく身につけてしまいそうだな」


「そうだと良いんですけど」


「出来なければ即負けるというものでもあるまい。気楽にいかねば出来るものも出来なくなるものよ」


「かも知れません。ありがとうございます」


 それから普通にトーナメント戦を楽しんだ。

 彼らと戦うこともあるかも知れないと思うと、自然と観戦にも力が入ってしまう。


 ただ、やっぱり遠くからなので細かいところは見えなかったし迫力も落ちた。


 それでも、隣のリーシアさんは楽しんでいるみたいだった。


 ただ、一回戦くらいだと、強い人はすぐに対戦が終わってしまうし、あまり強くない剣闘士同士だと泥仕合っぽくなる。

 たまにカクギスさんと対戦の感想などを話した。


 そのカクギスさんは、都市ごとの剣闘士の特色というよりも流派的なことに興味があるみたいだ。

 その流れで第四席『剣帝』ロンギヌスさんについて聞いてみる。


「奴はコモド流というローマ最大の剣術流派に属しておる。魔術が使えなくとも術持(じゅつも)ちと戦えることを目指した流派だ」


「術持ちって魔術が使える人ってことですか?」


「うむ。俗にそう呼ぶ」


「貴女はそんなことも知らないんですか?」


 張りのある声でリーシアさんに言われた。


「はい。まだまだ知らないことも多いです」


 私は素直に言葉を返した。


「――お義父様」


 リーシアさんは非難めいた視線をカクギスさんに送る。

 私を教師にするというカクギスさんの判断を非難しているんだろうか。


「ふむ」


 そのカクギスさんは顎に手をやり首を捻った。


「リーシア」


「は、はい」


「お主の見解は承知した。ただし、『術持ち』を知らぬことで他人を()(はか)ったということは記憶しておくのだな」


 ≫おしはかったってなんだ?≫

 ≫推測したってことだろ≫


 なんの話だろう。

 難しい年頃だろうし、教育の話だろうから私は口を出さない方がいいのは間違いない。


 その後も一回戦は続き、お昼に配られたパンも観客席で食べた。

 午後の対戦も終わり、トーナメント1日目のスケジュールが終わる。


 ローマの住人の不満を逸らすためとはいえ、これが無償で開催されてるとかすごいな。

 賭け事もされてるからか、盛り上がりもかなりのものだ。


「お主はこれからどうする?」


「着替えないといけないので、一度カトー議員の邸宅に戻ります。カクギスさんたちはどうしますか?」


「リーシアを送ってから養成所に戻る」


 リーシアさんって皇宮の敷地内にあるクルストゥス先生のとこに居るんだっけ。

 そういえば今朝クルストゥス先生に会ったとき、お礼を言うの忘れてた。


 その後、彼らと別れて私はカトー議員の邸宅へ向かう。

 ラデュケも円形闘技場(コロッセウム)に見に来ていたみたいで、私の開会式の宣誓や対戦のことを大げさに誉められた。


「ふー」


 いつもの長いTシャツっぽい服になってようやく普段のモードに切り替わった気がした。

 陽も沈んでかなり暗くなってきている。

 養成所までの帰りの道を歩きながらトーナメントのことを考えていた。


 やっぱり本命は二回戦からかな?

 私の次の相手はシードの剣闘士なんだっけ。

 なんとか条件反射だけで勝てるようにならないと。


 あと気になるのは留置場に居る『蜂』だ。

 カトー議員の計画は上手くいくのかな。


 そんなことを考えながら養成所に着くと、何か騒然としていた。

 慌ただしい。

 イヤな予感がする。


 見るとゲオルギウスさんが養成所の係員に話しかけていた。

 焦りが見て取れる。


「ゲオルギウスさん、どうしたんですか?」


「アイリスか。良いところに来た。マリカがいないんだよ」


「マリカが? どういうことですか?」


「食堂でメシを食う約束をしたんだが一向に現れねえんだよ。部屋にも居ねえ。便所もだ。おかしいんだよ」


 血の気が引いた。

 すぐに気を取り直す。


「私も探してみます。最後に会ったのはいつ頃ですか?」


円形闘技場(コロッセウム)から帰ってきたときの部屋の近くが最後だ。まだ明るかった」


「ありがとうございます。すみません。マリカがこの出口から出た姿は見てないんですよね?」


 私は係員を見て言った。


「ああ。見てないよな?」


 係員さんが周りに振るが全員が頷く。


「ありがとうございます」


 養成所から飛んで出て行った可能性はあるけど、急ぎの用事でもない限りそれはない。

 まずは部屋に何か残されてないか確認しよう。


「部屋に行きます。何かあったら知らせます」


 私は駆けてから養成所の敷地に入り、一気に飛んだ。

 そしてすぐに私たちの部屋にたどり着く。

 空間把握で中を確認してからドアを開けた。

 灯りも点いていない。


 そういえば、マリカの存在なら魔術の光で分かるはずだ。

 魔術の光が見えてないということは養成所にはいないのか?


 じゃあどこに?

 ――あ、もしかして『蜂』か。

 理由は分からないけどそう思った。


「視聴者の皆さん、相談があります」


 ≫なんだ?≫

 ≫OK≫


「マリカが行方不明です。私は彼女の行方に暗殺集団の『蜂』が関係していると疑ってます。皆さんはどう考えてますか? 思いついたことをコメントしてみてください。考えをまとめたくて」


 ≫蜂が関わってる可能性はあるだろ≫

 ≫マリカちゃん蜂の女王とか言われてたな?≫

 ≫女王候補な≫

 ≫でも言ってた奴は死んだか捕まったんだろ≫

 ≫そういえばそうだな≫


 確かにそうだ。

 ただ、カトー議員の計画のことがある。


「今現在、捕まえた『蜂』を何人か逃がすという計画が行われているはずです。そこからマリカの存在が漏れた可能性があります」


 ≫そうなのか≫

 ≫まだまとめられてないな≫

 ≫蜂を逃がして皇妃派を襲わせるんだっけ?≫


「はい。簡単に説明すると、皇妃と『蜂』の関係を(あば)くため、親衛隊の皇妃派を泳がせる計画の中の1つです。カトー議員の立てた計画ですね」


 ≫ということはカトー議員が悪いのか≫


「いえ、マリカが『蜂』の女王候補と言われてることをカトー議員に話していませんでした。それに、計画を伝えられたときも私はこの可能性に気づきませんでした。私のミスです」


 ≫誰が悪いとか今はいいだろ≫

 ≫(さら)われたのなら早く見つけないと≫

 ≫アテはあるのか?≫


「分かりません。空から探すくらいしか思いつきません。マリカも『蜂』も魔術で光ってるのが分かるので近づけば分かります」


 ≫といってもローマは広いだろうしな≫

 ≫残りの『蜂』に聞いた方がいいんじゃ?≫

 ≫教えてくれないだろ≫

 ≫少なくともカトーに話した方がいいのでは≫


「そうですね。カトー議員には話しておきます。他にマリカを見つける方法があるかも知れませんし」


 ≫真っ暗闇ですが、今、自室ですよね?≫

 ≫争った形跡などはありますか?≫

 ≫丁寧語か?≫

 ≫はい≫


 丁寧語さん!


「自室です。荒らされた形跡は――ありません」


 空間把握で見る限り、物は散らばってない。


 ≫明るくして確認した方がいいかもですね≫

 ≫何か傷が残ってるかも知れません≫

 ≫それ知って意味あるのか?≫

 ≫事件である可能性が上がります≫


 事件である可能性――。

 そうか。


「そうですね。まだ、マリカが『蜂』に(さら)われたと決まった訳ではありませんでした。その上で聞かせてください。仮にマリカが『蜂』に連れていかれたとしたら、この部屋で襲われた可能性が高いと思いますか?」


 ≫分かりません。可能性はあると思います≫


「『蜂』はこの部屋が私とマリカの部屋だと知っていたのでしょうか?」


 ≫それも分かりません≫

 ≫分からないばっかりだな≫

 ≫力になれず申し訳ありません≫

 ≫分からないのに分かったフリする方が問題だ≫


「質問ばかりですみません。個人的には協力者でもいない限り、この部屋が私たちの部屋だとは分からないと思うのですが……」


 ≫部屋を知っている必要はありません≫

 ≫外から入るところを見れば分かります≫


「――確かに」


 ≫その部屋に鍵はないですよね?≫


「内側からは掛けられません」


 ≫マリカさんが部屋に入った後に襲われた≫

 ≫そういう可能性もありますね≫


「分かりました。一応、この部屋は別の人に調査をお願いしてみます。私はすぐにでもカトー議員に相談を持ちかけに行くことにします。他にすべきことはありませんか?」


 ドンドンドン。


「アイリス居るか?」


 ゲオルギウスさんの声だ。


「居ます。すぐに外へ出ます」


 私は応えてから、視聴者に「ありがとうございます。何か思いついたらコメントしてください」と伝えて部屋を出た。

 私のぐちゃぐちゃな心と違い、空には満天の星が静かに輝いていた。

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