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第104話 開会式、一回戦

前回までのライブ配信。


セーラは次の猛獣刑で生き残れないと考えている。そこでアイリスは魔術で地面の土を液体化できるようになろうと提案する。


途中、アイリスはセーラに自身がローマに来てからのことを話し2人は共感しあう。セーラもアイリスに本心を話し、2人は友達口調で話すようになる。


その後、アイリスとセーラは翌朝まで協力して、地面の土を液体化することに成功するのだった。

 今日からトーナメントが始まる。

 セーラと一緒に徹夜してしまったのでいまいち実感が湧かないけど。


「お陰で休めました。頑張ってください」


 別れ際、クルストゥス先生が見送りに来てくれた。


「はい。ありがとうございます」


 一応、低い声で言っておく。

 私は留置所を離れて、カトー議員の邸宅へと向かった。

 徹夜空けは太陽の光にいっそう眩しく感じる。


 邸宅にたどり着き、ラデュレたちに着替えさせられた。

 いつも養成所に居るときの普段着かと思ったら、メイクまでされて女神のような格好にされる。

 ただ、動きやすい。


「――今日戦うはずなんだけど、どうしてこの格好?」


「アイリスさん、開会式の主役だそうですね! おめでとうございます!」


「主役? 聞いてないんだけど?」


「なんか闘神って方だと『宣誓』を行うの無理だからだそうですよ。その代わりにアイリスさんが行うって話らしいです」


「――私、訓練生なんだけど。第四席や他の剣闘士を差し置いて私が主役とかぜったい反感買うって」


「それを私に言われましても」


「くっ、確かにそうなんだけど」


 カトー議員にハメられた!

 彼のにやけた顔が脳裏に浮かぶ。

 もちろん、この状況で迷惑を掛けてまで辞退する勇気はないんだけど。


「――仕方ないか」


「はい。諦めてください。ところで、宣誓のやり方って知ってます? 知らない場合は教えるように申しつかっています」


 準備だけは無駄にいい。

 助かるけど。


「教えて貰えるかな?」


「はい。右手を斜め前に上げてからユーピテル様に正々堂々と戦うことを誓うみたいです」


 スポーツマンシップに(のっと)るのと大体同じか。

 もしかして、この習慣もまたローマ時代から来てるのかな?


「ありがと。似たようなことが私の国でも行われてたから大体分かる。ところでラデュケ。私はこの格好で戦うのかな? 何か聞いてる?」


「聞いてますよ。剣闘できる格好にしてくれと命じられました。たぶん、その上に鎧などを着るんじゃないでしょうか」


「そう。ありがとう」


 この服で剣闘するってことは、ビキニアーマーを着ないで済むのか

 それだけでも良かったと思うことにしよう。


「いえいえ。あと、円形闘技場(コロッセウム)へは用意した馬車を使ってくださいね」


「うん。分かった」


 着替えが終わり、ラデュケが見送りに来てくれた。


「私も見に行かせていただけるみたいです。頑張ってください」


「ありがと」


 馬車に乗り、すぐに円形闘技場(コロッセウム)に到着した。

 地下に案内される。

 観客がたくさん居るみたいで、ざわざわという音が地下にまで聞こえてきた。


 宣誓のときって何か話さないといけないのかな?

 人前で話すのって得意じゃないんだけど。

 いろいろ大変だったけど各都市からトーナメントに参戦してくれたので楽しみましょう私たちも正々堂々と全力で頑張ります的な構成でいいか。


 私は、こっそりと視聴者の人たちにこういう内容で宣誓したいんだけどどうすればいいかを聞いた。

 すると、何か内容まで考えてくれる人が居るみたいなので任せる。

 本当ありがたい。


 そうして、円形闘技場のアリーナに出て行く。

 他の剣闘士たちも出てきている。

 そのまま剣闘士たちと観客席の傍を一回り行進する。


 すぐに討伐軍でお世話になった人を始めとした知り合い。

 首席副官だったフィリップスさん。

 その付き人のナッタさん。

 議員だけあって、最前列だ。


 見渡したけど、カトー議員はいなかった。

 でも、ラデュケとカトー婦人のルクレティアさんが手を振っているのが見えた。

 手を振り替えしておく。


 次に騎士階級だ。

 副官だったメテルスさん。

 その長男のオピテルさん。

 陣営監督官だったラーシスさん。


 メテルスさんとオピテルさんは軽く手を挙げてくれ、ラーシスさんは、私に「頑張れよ」と声援をくれた。

 ドゥミトスさんも居た。

 彼は私と目が合うと軽く頷いた。


 正規軍。

 ローマ市民階級の志願兵だ。

 『鉄壁』のヘルディウスさんを始めとした、彼らの隊のメンバーがいた。


 ヘルディウスさんは、豪快に「アイリスー!」と声援をおくってくれる。

 照れるけど嬉しい。


 支援軍。

 市民階級以外の志願兵。

 カウダ隊長、バルザネ副隊長を始めカウダ隊のみんなが居た。


 私が属していた隊なのでまだ仲間だという思いがある。 

 みんなの顔を見て、元気が出てきた。


 もちろん、同じ養成所の仲間も居る。

 マリカも居て、私を見つけて大きく手を振っていた。


 行進が終わったあとは、特に整列する訳ではなく、アリーナの中心にただ集まる。

 こうして見ると、誰も彼も強そうに見える。

 ただ、一番目立ってるのは私みたいで、多くの剣闘士たちに注目されていた。


 こうやって注目されるのにも慣れてきたからか、特に気にはならない。


「静粛に! 静粛に!」


 正面から大きな声がすると、他の場所からも「静粛に」という声が聞こえ始める。

 しばらくすると静かになっていた。


「リドニアス皇帝からのお言葉があります」


 正面だけは拡声の魔術を使っているのか。

 その後、皇帝がゆっくりと壇上のような場所に上がっていった。


 皇帝を見るのは2度目だ。

 1度目はローマに来てすぐ、キマイラリベリと戦った直後だった。

 威厳のある様子で真っ直ぐに立ち、観客席を見渡し、最後に剣闘士たちを見た。


「SPQR。

 偉大なる我々の祖先がこの地に国を作り2781年経った。

 何百代と(つむ)ぎ築いてきた歴史だ。

 永遠の都、ローマに相応しい歴史である。

 そして、ここに居る一人一人がローマの歴史そのものだ」


 皇帝は会場の人を一人一人見るように視線を送った。


「――2781年間の間には幾度も危機があった。

 侵略、内戦、反乱。

 しかし、我々の祖先はその全てに打ち勝ってきた。私は彼らを誇りに思う。

 だが、我々も負けてはいない。

 この度、大きな反乱に打ち勝ったからだ」


 静かな声だったが、耳を澄ませてしまう。


「不幸な目にあったもの、混乱に不安を覚えた者もいるだろう。

 だが、我々は打ち勝ったのだ。

 しかし、まだ終わってはいない。

 平和を、確固たる永遠を、再びローマに取り戻そうではないか。

 本大会をその始まりとしたい。

 我々の祖先と同様に、私の誇りである諸君らには必ずそれを成し遂げることが出来ると信じている。

 本大会では、各都市精鋭の剣闘士、食事、酒などをふんだんに用意した。楽しんでいって欲しい」


 皇帝が手を挙げる。

 その手を合図にして、大歓声が巻き起こった。

 パンとサーカス、それに愛国心か。


 私は割と当事者なんだけど、結構冷めた目で見てしまっている。


「続けて、『戦女神(いくさめがみ)』アイリスによる宣誓です」


 忘れてた。

 私の出番だ。


 ≫宣誓文できてるのか?≫

 ≫ああ。皇帝の使った話を少し組み入れた≫

 ≫やるなあ≫


 ありがたい。

 左目に親指を立てておいた。

 係の人が私の元にやってくる。

 すぐに彼のあとを付いていった。

 皇族の傍を通ることになったので、一礼した。


 皇妃は完全に私を無視している。

 アーネス皇子は満面の笑みで頷いたので、私も頷き返す。

 ミカエルは微笑むように私を見てきた。

 意図は分からないけど気持ち悪い。


 リドニアス皇帝は、ただただ座っている。

 近くで見ると何か余裕がないように見えた。


 皇帝のものとは別に用意された壇上に上がると、注目されているのがよく分かる。

 でも、日常的に配信してることを考えると、大した話じゃない気もしていた。


 真上からのみ拡声の魔術らしきものが使われる。


 声が上に拡散しないためだと思うけど、これって全体に響かせるには結構大きな声が必要なんじゃ。


 ふぅ。


 呼吸を吐いて私は顔を上げた。

 みんなが私を見ている。

 大きく息を吸い込んだ。


 ≫話す内容は適当にアレンジしてくれ≫

 ≫「本大会には各都市精鋭の剣闘士が」≫

 ≫「やってきてくださっていると聞きます」≫


 助かる。

 私はコメントを見ながら、なるべく自分の言葉で話せるように声を出す。


 ≫念のため:右手を斜め上に≫


 忘れていた訳じゃないけど助かる。

 私は右手を斜め前に掲げた。


「本大会には各都市から精鋭の剣闘士がやってきてくださっています。

 遠路はるばるのお越しに感謝します。

 各都市の見たこともない戦い方、見たことのない魔術、見たことのない戦いで、これまでにない盛り上がりを見せてくれるでしょう。

 これは新しい円形闘技場(コロッセウム)の歴史になり、ローマの輝かしい歴史にもなるはずです。

 私も剣闘士の1人としてこれほど楽しみなことはありません」


 私の声は良く響いた。

 自分の声が反響し会場に吸い込まれていく。


「宣誓!

 我々、剣闘士一同は、ユーピテル様の元、正々堂々と戦うことを誓います。

 代表、剣闘士アイリス」


 空白があった。

 あれ、余計なこと言ったかなと思ったと同時に大歓声が巻き起こる。

 それでようやくほっとした。

 助けがないと危なかったな。


 歓声の中、私は壇上を降り、元の場所に向かう。

 なんだかふわふわしていた。

 他の剣闘士たちの強い視線を感じる。


 私は立ち止まりその視線を敢えて受け止めた。

 口元だけ笑いながら。


 彼らの視線には様々な感情が混じっているけど、もちろん敵意もある。

 私は敵意を受け止めることでふわふわした感覚は消え去り、熱い波が胃から皮膚の表面をなぞる。

 アドレナリンの感覚だ。


 よし、モードが切り替わった。


 ヒリヒリとした雰囲気の中、開会式のスケジュールが聞こえてくる。


「それでは、1回戦を開始します! 対戦の2人以外は退場願います!」


 ざわついていた観客が歓声を上げる。

 そんな中、周りにいた剣闘士たちは退場していった。


「第一対戦は、素晴らしい宣誓を聞かせてくれた人気急急上昇中の『戦女神(いくさめがみ)』アイリス! 対 カプアの『若獅子(わかじし)』レアンドロス!」


 会場の歓声が一際大きくなった。


「『戦女神』アイリスは、反乱を鎮めた英雄であり、あの10年不敗の『不殺』マクシミリアスを追いつめたローマの戦女神、いや今やローマの『女神』です!」


 ――うわ。

 何かリアクションを求められていた空気があったので、拳を作り静かに右手を挙げた。

 アイリスだの女神だのいろいろ叫ばれている。


「――『若獅子』レアンドロスは、剣闘士の本場カプアで最も勢いのある若手です! カプアでは彼の世代は『黄金の世代』と呼ばれており、その中でも負け知らずの『若獅子』! それがレアンドロス!」


 歓声が上がる。

 彼は両手を挙げて歓声に応える。

 ギリシア彫刻のような肉体と、男にしては長めの跳ねた髪が確かに若獅子を感じさせる。


 彼と目が合うと、爽やかに微笑まれた。

 余裕もあるし、身体も鍛えているようだ。

 身体中から自信が(みなぎ)っていた。

 強そうだ。


 しばらくして審判がアリーナの中心に来る。


「中央へ」


 その指示に従って、私は歩いていく。


 さて。

 トーナメントでの課題は、条件反射なカウンターだけで勝てるようになるというものだ。


 事前にああしてこうしてとかを一切に考えず、ただ相手の動きを見て反射的にカウンターを決める。

 視聴者と話し合い、ルキヴィス先生に相談して決めた。


 予測も作戦も立てない。

 木剣の試合でも意外と難しい。

 敵意を前にして何も考えず身を任せるというのは勇気がいる。


 レアンドロスさんと相対(あいたい)した。

 剣と盾、そして兜も選ぶ。


 剣は柄の長く両手で持てるもの、盾は腕に固定できる小さく邪魔にならないものを選んだ。

 兜はサイズの合うものを選ぶ。

 レアンドロスさんは、長めの片手剣と胴体を隠せる程度の盾を選んだ。


 私たちは開始の位置につく。


 胸の重さを感じ、肩の力みを電気で停止させる。

 ただ、何も考えずに完全に身を任せ切れてない気がした。

 何が問題なんだろう?


 身を任せるのはともかく戦いの準備をしないと。

 カクギスさんの空間把握を使おうと空気を動かそうとしたけど既に魔術無効(アンチマジック)が使われていた。

 魔術は使わずに空気の流れだけ追う。


 そもそも準備とか考えてる時点でダメか。

 日常的に空気の流れを感じてないと。


 空気の流れを見ながらレアンドロスさんの様子を確認する。

 肩に力が入ってる。

 緊張してるのかな?

 見た目だけなら自信ある雰囲気なんだけど。


「始め!」


 レアンドロスさんが距離を詰めてきた。

 盾でぶつけてくるかな?

 思わず予測してしまう。


 彼の足の筋肉が強く使われる気配がした。

 盾は彼の左手にある。

 攻撃の支点が盾自体にあるように見えたので、彼が突進してきたと同時に盾の方に回り込んだ。


 レアンドロスさんは盾を左に振るい、同時に剣を振るうが私はすでにいない。

 彼の動きが硬直した。


 硬直が解け焦った彼は盾を下げて顔を出す。

 私を探すためだろう。

 その彼の頬の部分に向けて剣を横凪ぎにした。


 カンッという音と共に彼の顔が真横に向き、上半身が流れる。

 彼はそんな風によろめきながらも、私に向けて大きく剣を振るう。


 ただ実際に剣が振るわれる頃には、私はその内側に入っていた。

 同時に剣を彼の太股に突き刺す。


 それでも彼は私を剣と盾で挟み込もうとしてくるが、考える前に身体が動いていた。


 後ろに下がりながら脳天にカウンターを当てる。

 彼は体勢を崩していたこともあり、前のめりに倒れた。


 そのまま、下がって審判を見る。

 歓声が大きくなったのが分かった。

 そこで初めて今まで歓声が聞こえてなかったことに気づく。


 ダメだな。

 集中しすぎていた。

 常に歓声が聞こえてるくらいじゃないと。


 彼は立ち上がろうとしていたが、太股の刺し傷のためか崩れ落ちた。

 立ち上がれない。


「勝負あり! 勝者、アイリス!」


 様子を見た審判の人が手を挙げる。

 歓声が更に大きくなった。

 反省点はあったけど、勝つことはできた。

 今はそのことを素直に喜ぼう。


 私は剣を高く掲げてその歓声に応えるのだった。

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