第102話 セーラ
前回までのライブ配信。
トーナメントの前日。アイリスはトーナメントに剣闘士として出場する間、皇子の護衛を休むことになる。ただし皇子に正体を隠しているため警備で休むことになっている。
そのトーナメント中にカトーは、皇妃と『蜂』の関係を明るみにする計画を立てている。計画で留置場に居るセーラたち元反乱軍を巻き込む可能性があるため、彼女らを別の留置所へ移送する。アイリスは皇子の護衛後、その移送に同行する。
セーラはアイリスに将来予定されている自身の猛獣刑が不安だと語る。アイリスは朝まで彼女の見張りをするので一緒に対策を練ろうと提案するのだった。
私とセーラさんは馬車を降りた。
留置所からの短い距離とはいえ、揺れのせいで感覚がおかしい。
降りるとドゥミトスさんが待っていた。
騎士なだけあって町中で見ると貫禄がある。
それから私たちは、親衛隊の兵士に連れられてセーラさんの引っ越し先の留置所の中に入った。
中は暗くてよく見えないけど、ホコリっぽい匂いがした。
私とドゥミトスさん、セーラさんは控え室のような部屋に案内される。
部屋には灯りが点いていた。
ドゥミトスさんは、部屋を見渡し「それではな。明日からのトーナメントも期待している」と言って出ていった。
セーラさんと2人になる。
「今日からセーラさんはこの部屋で過ごすことになるんですね」
「うん。そうなるね」
彼女は笑顔を浮かべた。
顔が灯りに照らされ、揺らめいている。
「何か不都合は――」
私が話そうと思ったとき、この部屋に人が近づいてくることが分かった。
「――3人来ます」
私が言って十数秒後にその3人がドアの前に立つ。
「ビブルスだ。入るがいいな」
「はい。ラピウスです。問題ありません。どうぞ」
1人はビブルス長官か。
少し安心した。
あとの2人は誰だろう。
筋肉を操作して男っぽい表情を作る。
「ふん」
ドアが開くと、最初に入ってきたのは知らない人だった。
格好から見て親衛隊の人っぽい。
ビブルス長官より年上の40歳前後に見えた。
良く言えば威厳がある、悪く言えば偉そうといった感じだ。
その後ろに護衛らしき兵士が居る。
「お前がラピウスか」
「――はい。臨時でアーネス皇子の護衛を任されているラピウスと申します」
「聞いてはいたが本当に子供だな。大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。こう見えてエレディアスより強い」
ビブルス長官が部屋に入ってくる。
「エレディアス隊長とは戦ったことないですし、過大評価です」
「どうやら分をわきまえていないようだな」
あ、あれ?
余計な一言だった?
「まだ子供だ。仕方ないだろう」
長官がフォローを入れてくれる。
「ふん、まあいい。そちらの女はなんだ?」
40歳前後の人がセーラさんを見た。
「反乱の首謀者の1人だ。猛獣刑を生き抜いたのだが、そのとき使った魔術が危険ということで隔離されている」
セーラさんは綺麗な姿勢で頭を下げる。
ギリギリ微笑んでいることが分かる表情だ。
「ふん。把握した」
興味なさげに呟いて、2人は出ていった。
ビブルス長官だけが部屋に残る。
なんだったんだろう?
「突然すまかったな。彼は親衛隊の副長官だ。皇妃派でもあり、親衛隊では一番の権力者だ」
一番の権力者?
立場はともかく、政治的にはビブルス長官よりも権力を持っているということかな?
「どうしてそんな人が?」
「『ラピウス』を見たいという話だった。おそらく、噂の人物を直に見たかったのではないかな?」
「噂の人物ですか」
「恐らく、君――『ラピウス』1人の働きで『蜂』の拠点を潰した事実を知っているのだろう。それは君1人が自身の派閥2隊よりも強いということだ。どんな人間か確認しておきたくなるだろう?」
「そういうことなら納得はできます」
「あの、ラピウス様に何か……?」
セーラさんが心配しながら会話に混じってくる。
「すまないな。部外者には話せない内容だ」
「いえ、そうとは知らず申し訳ありません」
彼女はばつが悪そうな顔をしながら最後にニコッと笑う。
「ところで、失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ああ。私はビブルスだ。親衛隊の長官を担っている」
「ビブルス様ですか。お優しい方が親衛隊の長官を勤めていらしゃるのですね。その分、ご苦労も多そうですが……」
「それも仕事の内だ。さて、そろそろ行かなくてはな」
「はい。お疲れさまです、ビブルス様」
「あ、お疲れさまです」
私も慌てて長官に声を掛けた。
≫え、セーラって子なんか怖いw≫
≫怖い? どんなところがだよ?≫
≫男に寄り添って話させようとするからなw≫
≫まあ、男的には悪い気はしない≫
セーラさんの評価が厳しい気がする。
妹の澄夏も同じようなこと言いそうだけど。
ビブルス長官の足音が遠ざかると、再びセーラさんと2人きりになった。
彼女は私と目が合うと笑いかけてくれる。
やっぱり以前の彼女と違うので違和感があった。
さてと。
私はこの控え室の周りの空気を真空に近い状態にする。
カクギスさんの空間把握と突風の魔術の応用で作った魔術だ。
一応、真空の魔術と名付けた。
護衛をしながら部屋の中の会話を聞かれないように出来ないかという思いつきで生まれた魔術だったりする。
真空にしてしまえばその中の会話は外に聞こえにくくなる。
音の大部分は空気の振動で伝わるからだ。
地下なので、土を通して多少は漏れると思うけど。
「外に音が漏れないようにしました」
「え? 魔術なの?」
「はい。ところで、セーラさんって養成所に居たときのことを覚えていますか?」
アイリスの地声に戻して話しかけた。
「ごめんなさい。養成所に居たときのことはほとんど覚えてなくて――」
そっか。
あのセーラさんはもういないのか。
彼女の言葉に想像以上にショックを受けていることに気付いた。
「――どうかした?」
「いえ、養成所に居たときのセーラさんのことを思い出していただけです。反乱軍に居たときのことはどうですか? 覚えてます?」
「それもほとんど覚えてなくて」
反乱軍のときのことも覚えてないのか。
となると、セーラさんは奴隷になる前の記憶しかないのかな?
奴隷になる前のセーラさん。
儚げではにかむ笑顔が似合う女性だと聞いた覚えがある。
確かにこのセーラさんはそういう印象だ。
「反乱を始めてからセーラさん自身が何をしていたかは聞いています?」
「クルストゥス様が教えてくださった範囲では知ってるよ。私が考えてたやり方に近いから私が先導したというのも分かるし」
「記憶はどの辺りからないんですか?」
「――ごめんなさい。それはあまり言いたくなくて」
セーラさんは視線を落とした。
「分かりました」
この様子だと、都市監督官の奴隷となった辺りか、殺害した時だと思う。
言いたくもなければ思い出したくもないだろう。
私がセーラさんを見ると、彼女もちょうど顔を上げたところだった。
「――あ」
「どうかしました?」
「ううん。なんでもない」
彼女が笑顔を浮かべたので私も笑顔で返す。
「そういえば、クルストゥス先生と一緒に居たんですよね? どんな話をしたんですか?」
「魔術の話かな」
彼女は苦笑いを浮かべた。
「やっぱり」
「クルストゥス様を先生と呼ぶってことは、彼は貴女の魔術の先生?」
「そうです」
「それは悪いことしちゃったかも」
「どういうことですか?」
「クルストゥス様に熱を集める魔術について聞かれたのね。そのときに、貴女の許可がないと話せないって言っちゃった」
「あー。でも、クルストゥス先生は私の師と自分から言わなかったんですよね?」
「うん。おっしゃらなかったよ。すごーく残念そうにしてただけだった。――ふふ」
「どうしたんですか?」
「あのときのこと思い出しちゃって。それまでクルストゥス様のことを感情なんてない方かと思ってたのに、見て分かるくらい落ち込んでたから」
「先生の魔術への想いは人一倍ですから。話してもいい範囲で明日にでも話してあげてください」
「うん。そうしてみる」
セーラさんがはにかんだ。
「ところでだけど、どうやってあの頃の『私』に魔術を教えたの? クルストゥス様の話だと貴女が教えてくれたんだよね?」
「遊びみたいな方法も使って興味を持って貰いながら少しずつ試していきました」
あと、マリカの存在が大きかったことを話した。
「そうなんだ。もしマリカさんに会うことが出来たらだけどお礼を言わないとね」
少し寂しそうに笑うセーラさん。
「次の刑罰は不安ですか?」
「――そうだね。次もたぶん猛獣刑になるというのは聞いてる。ここに来る前に少し話していたよね。熱に強い怪物を用意してくるんじゃないかな? 他にも何か仕掛けてきそうだし」
≫魔術無効を使うとかもあるかも≫
なるほど。
「猛獣刑の最中、魔術無効を使われるという可能性はありそうですね」
「あ、それは考えなかったな」
「ただ、次の猛獣刑までに魔術無効を準備するのは難しいと思いますけど」
「どうして? 理由を聞いてもいいかな?」
「はい。地面に対して魔術無効を使うのが難しい上に、そんなの使う必要があるのはセーラさんくらいだからです。使えるメリットが少なすぎます。現時点で使えるのは物好きな人だけだと」
「ふふ。物好きな人ってクルストゥス様?」
「さあ。どうでしょう」
セーラさんの笑顔に私も笑顔を返す。
「貴女も使えるんだよね?」
「はい。使えるようになったのは一昨日ですけど」
「一昨日? 10日足らずで使えるようになったんだ」
≫10日ってどっから出てきた?≫
≫セーラが隔離された日からの逆算だろ≫
≫確かにそれまでは覚える必要ないか≫
「10日で使えるようになったのは運が良かったこともあります。ちょうど練習中だった魔術とも近かったので」
「運とは思えないなー。貴女には何か秘密がありそう」
下から覗き込まれてドキッとした。
「なんてね」
そう言って私から離れる。
「そういえば、貴女って私に教えてくれた熱を集める魔術は使えるの?」
「『縮熱の魔術』と呼んでます。私は使えません」
「使えなかったんだ?」
「熱を集めていくときの振動だけを伝えていく感覚が掴めなくて」
「振動? 振動を伝えて熱を集めるってどういうこと?」
セーラさんの熱のコントロールの仕方は振動を伝えるやり方じゃないんだろうか。
「もしかしてセーラさんって他のやり方で熱を集めています?」
「うん。少なくとも振動は意識したこともないよ」
「そうだったんですか」
「貴女の言う振動について教えて貰えるかな?」
「最初から説明してもいいですか?」
「うん、お願い」
「物質を細かくしていくとものすごく小さい粒になります。その粒は振動しています。振動が大きければ大きいほど熱いです。だから『熱』をコントロールするということは、振動を別の粒に伝えていくこと、と理解しています」
「そ、そうなんだ。詳しいんだね」
「セーラさんはこの理屈で魔術を使ってる訳じゃないってことですよね?」
「うん。違うよ。あ、でも見方を変えたら同じことをしてるかも」
「見方を変えるですか」
注目するところというか、アプローチが違うんだろうか。
「――本当は教えてあげたいんだけど、詳しい方法は決まりで教えられないんだ。ごめんね」
「いえ、ありがとうございます。充分です。ヒントは貰いましたし」
「貴女って魔術覚えてからまだ2カ月なんだよね?」
「2カ月半くらいですね。覚え初めの頃は、ちょうど今のセーラさんみたいな状況でした」
巨人との戦いからドラゴンとの戦いを説明していく。
「実際に聞いてみても信じられないな。そのあとに私たちと戦ったんだよね」
「そうなります」
「敵対してたのにどうして助けてくれたの?」
「正直なところ私にも分かりません。ただ、そのときのセーラさんは男性を怖がっていたのでしばらく私と一緒に居ることになりました。だからですかね」
「そうだったんだ」
「そのあと、マリカにも手伝って貰って、猛獣刑を乗り越えるために『縮熱の魔術』を使えるようになって貰いました」
「そっか。やっぱりマリカさんには是非会ってお礼を言わないとね」
「喜ぶと思います。ところでセーラさんは次の猛獣刑をどう攻略するかどこまで考えてます?」
「あはは……」
「さっきも話しましたけど、迷惑じゃなければ一緒に考えませんか?」
「迷惑? 全然そんなことないよ。こっちからお願いしたいくらい」
「では一緒に考えましょう」
私は笑顔を向けた。
「うん。どこから考えた方がいいかな」
「やっぱり熱に強い怪物への対抗策でしょうね」
≫あと、複数相手は大丈夫なのか?≫
「前回は複数匹のライオン相手だったんですよね? 大丈夫でした?」
「全然大丈夫じゃなかったよ。必死に盾で守って本当にギリギリで。運にも助けられたし、自分でもよく生き残れたなって思う」
「そんなにですか」
セーラさんにどんな風に戦ったかを聞いてみた。
彼女も誰かに話したかったみたいで、細かく教えてくれる。
剣はなく盾だけだったので、盾を振り回して時間を稼ぎつつ、縮熱の魔術でライオンの行動範囲を絞って戦ったらしい。
最終的には、地面の熱をライオンの皮部分にも伝わらせることで勝ったとの話だった。
≫アイリスの方がギリギリのような≫
≫比較するようなもんでもないだろ≫
≫俺らなら死んでるなw≫
≫間違いない≫
「私も経験ありますが、思いつきが生死を分けるってあとで思い出すと怖いですよね。思いつかなかったら死んでたのかな、みたいに考えてしまって」
「うん。そうそう!」
しばらくの間、そういう『あるある』を話して、話題を次の猛獣刑に移す。
「クルストゥス先生は次にどんな種類の怪物が来るとか話してました?」
「さすがにクルストゥス様にお伺いするなんてできなかったよ。立場的に難しいと思うし」
そ、そうなんだ。
クルストゥス先生が私に協力してくれてるのは立場的にどうなんだろう?
「なるほど。とにかく、対抗策は今晩中に考えてしまいましょう」
私は手のひらを左目に見せた。
≫姫が助けを求められておる……≫
≫てめえら知恵を出せ!≫
≫おう!≫
≫久々だなw≫
なんだこのノリ。
「貴女は何か思いつく? 冷やすことを考えてみたんだけど、怪物の体内は魔術が届かないからどうしようもないし、周りを冷やしても仕方ないしでどうしようかと」
≫冷やすならみんな大好きレーザー冷却だな≫
≫なんだそれ?≫
≫六方から原子にレーザー当てて振動を止める≫
≫振動を止めれば絶対零度まで温度が下がる≫
≫ノーベル賞も取ってるぞ≫
な、なにそれ。
厨二心がくすぐられる。
でも、そもそもレーザーってどうやったら使えるんだろう?
――今はどうしようもないし保留しておくか。
「セーラさんが使える魔術って土や水を冷たくするもの以外にあります?」
「他には魔術無効と風の魔術が使えるよ。風の魔術は使えるだけで見せるのも恥ずかしいレベルなんだけどね」
「なるほど。ありがとうございます」
風の魔術が使えるのか。
それなら突風の魔術も覚えて貰えるかも。
でも、紙に書いての説明もなしで一晩で理解して貰うのは難しいかな?
≫盾を熱で溶かして口に入れるとかどうだ?≫
≫神話でキマイラを倒したやつか≫
≫いや、溶けた鉄は熱すぎて運べないだろw≫
≫単純に熱じゃダメか?≫
≫魔術で熱を集めると何℃だったっけ?≫
コメントも活気づき始める。
単純な熱さか。
円形闘技場の土の熱を一箇所に集めると、計算上は恒星レベルになるんだっけ?
恒星レベルということは6000℃前後?
正確な温度は覚えてないけど、それだけ高温なら熱に強いとか弱いとかの問題じゃなくなるはずだ。
あと、熱で地面を溶かして沼化させ動きにくくするということも出来ると思う。
ただ、試したり練習できないのが痛いな。
どちらにしても、まずは地面を溶かすことの出来るレベルになってもらうことが大切か。
「思いつきました」
「え? もう?」
「はい。地面を溶かしてしまうというものです」
私の提案に、セーラさんは何を言われたのか分からないように「え?」と私を見つめていた。
次話は来週7月27日(火)に更新する予定です。




