第101話 トーナメント前日
前回までのライブ配信。
男装したアイリスが皇子アーネスの護衛を初めて4日が経過した。その夜、アイリスは暗殺集団『蜂』の拠点を制圧する作戦に参加することになる。
親衛隊側は160人と『蜂』の2倍の人数で攻めるが『蜂』に対して劣勢となる。しかし、アイリスの活躍で『蜂』の制圧に成功する。
制圧直後に『蜂』の皇子がやってくる。彼は強いがアイリスには敵わず倒れる。その倒れた彼を監視役としてやってきていた長身の男が助けて去っていくのだった。
トーナメント開催の前日。
私はアーネス皇子の護衛をしていた。
今はお昼休みで、親衛隊の人たちと軽く剣の練習をしている。
総勢16人。
最初は8人だったけど、もう1つの隊が追加されて倍の人数になった。
「そういえば聞いたか? 長官が『蜂』とのことで責任を取らされそうになってるって話」
「いや、聞いてない」
十人隊長の2人の声が聞こえてくる。
私は試合中なので、戦っている相手と距離をとった。
「ビブルス長官が!?」
声を張り上げてその話に割り込む。
その瞬間、1人が突きを撃ってきたので、カウンターを当てておく。
「ぐっ」
その1人の影からもう1人が切りかかってくる。
私は下がって木剣を避けながら前のめりになった頭に一撃を与えた。
兜に木剣が当たりパコンと間の抜けた音がする。
私は今、2人を相手にしていた。
なるべく集中しないでカクギスさんの空間把握を使ってカウンターを当てる訓練だ。
反応だけで戦うので、複雑な戦い方は出来ないけど、カウンターを磨くには良い。
「そうだラピウス。ビブルス長官が責任を取らされそうになっているという話だ」
「何の責任なんですか? 思いつきませんが」
『蜂』の討伐自体は成功している。
親衛隊にも6人の犠牲が出てしまったけど、それが原因だろうか?
「皇宮防衛の件らしいぞ。ただ、本当は親衛隊の改革を匂わせたのが原因との噂だ」
「改革?」
「市民階級の隊長の枠を2つ増やすとか」
「今の枠はどうなってます?」
「騎士階級が10、市民階級が2だな」
10:2が8:4になる訳か。
≫枠は既得権だから抵抗するわなw≫
≫人間持ってるものは手放したくないもんだw≫
≫なんかの心理実験であるんだっけ?≫
≫保有効果のことか?≫
名前あるんだ。
コメントの話題が日本の政治に移ったのでスルーしておく。
「どうして2枠なんでしょう?」
「皇宮防衛で隊長が2人が殉職しただろ? その枠を使おうと思ったんじゃないか?」
「なるほど!」
話としては不自然でもない。
ただ、長官を辞めることになるのは本末転倒な気もする。
カトー議員ならもっと上手くやると思うけど、彼は関わってないんだろうか。
「これも噂だけどな。前の『蜂』の拠点制圧はラピウスがほとんど1人で解決しただろ? あれを皇妃派の隊長2人がデマと言い張ってるらしい」
「えーと、巻き込まれるのだけは遠慮したいですね!」
「怒らないんだな」
「何がですかー?」
「せっかくの功績だろう?」
あ、隊長2人が私の功績を奪ったという見方もできるのか。
メンツの問題かと思ってた。
「悔しいです! ちくしょー、隊長たちめ!」
「全く心が籠もってないな」
苦笑しながら言われた。
「戦いながらで余裕がないんです!」
「良く言う。余裕にしか見えないぞ」
カクギスさんの空間把握は『動き』に対してはかなり強い。
そういえば、カクギスさんも相手の動きを読むのが上手かったな。
この空間把握を使ってたからかも知れない。
それから、昼休みも終わり、私はアーネス皇子の護衛に戻った。
明日からトーナメントだからか、皇子も前倒しの仕事が忙しいみたいだ。
「それにしても残念だな。ラピウスに私の横で剣闘の解説をして貰いたかったのだが」
「申し訳ありません」
さすがに出場するとは言えない。
ただ謝るに留める。
「いや、謝らなくても良い。明日はアイリスも出場するというからな。可能なら彼女の戦いは見ておいた方が良いぞ。午前の始めのはずだ」
「ありがとうございます」
さすがにアイリス本人とは言えない。
ただ感謝するに留める。
その後、エレディアスさんがやってきたので護衛を交代した。
「それではトーナメントの後にな」
「はい、皇子。失礼いたします」
トーナメントは明日から9日間開催される。
その間、私は皇子の護衛の仕事を休むことになっていた。
護衛に戻るのは11日後だ。
最終日のあとは1日休みを貰った。
次に皇宮内にある親衛隊の休憩所に向かう。
これから、セーラさん移送の護衛に付き合うことになっている。
3日前にカトー議員に「トーナメントの前日になるが護衛に来るか?」と言われたので二つ返事で行くことにした。
休憩所に入るとカトー議員とビブルス長官が居る。
あれ?
「カトー議員がなんで居るんですか?」
「オレがいちゃ悪いか?」
「いえ、そういう訳ではないですけど」
「お前にも一応作戦を話しておこうと思ってな」
「……作戦」
悪い予感しかしない。
「まずはこの前の『蜂』の拠点制圧の話だ。お前1人に奮闘して貰ったんだが、皇妃派の隊長2人がそれを認めなくてな。2つの隊の功績ということになってる」
「あ、はい。その噂は聞きました」
「聞いてるなら話は早い。ドゥミトスに隊長2人の嘘を暴かせてもよかったんだが止めておいた。お前が功績が惜しいというなら一考するがどうだ?」
「功績にはあまり興味はありません。それに元々、手を出さない約束を破ったのは私です。申し訳ありませんでした」
「そうか。物わかりが良くて大変よろしい」
「私は君が大切な兵士の命を救ってくれたことに感謝しているよ」
ビブルス長官がそう言ってくれた。
「ま、バカな隊長2人のせいで『大切な兵士』とやらの命が再び危険な目にあうがな」
「どういうことですか?」
話を聞くと、『蜂』が捕らえられている留置所に皇妃派2人の隊を警備させ襲撃させるらしい。
襲撃の具体的な手順は以下とのことだった。
1、『蜂』が皇妃の関係をバラしたと嘘を流す。
2、『蜂』が1の証拠を出すという嘘も流す。
3、皇妃に『蜂』幹部への口封じを計画させる。
4、皇妃派に『蜂』の留置所を警備させる。
5、『蜂』の幹部の数人を脱走させる。
つまり、『蜂』が皇妃との関係をバラすという噂を広め、皇妃に口封じを計画させるということか。
『蜂』は仲間意識が強いと思われるので、脱走させれば留置場が襲撃される可能性も出てくる。
現在、3までは仕込みが終わってるらしい。
「脱走させるタイミングはいつですか?」
「口封じが行われることを察知したらだな」
口封じって殺すってことだよね?
皇妃が命令する想定なんだろうか。
確かにやりかねないけど。
「何も起きないときはどう考えていますか」
「それはそれで良い。知っての通りオレは平和主義者だからな。ただでさえトーナメント中で警備が薄いんだ。大人しくしておいて欲しいぜ全く」
絶対そんなこと考えてなさそうだ。
むしろ、この機会を最大限に利用してやろうと考えてるんじゃないだろうか。
「――セーラさんたち元反乱軍を移送するのは襲撃を考えてのことだったんですね」
「巻き込む訳にはいかないだろ。それに彼女も不確定要素に成りうる」
不確定要素というのは物質の熱を一気に集めて高熱にするあの魔術のことだろう。
≫彼女『も』≫
≫あーこれアイリスと同じ扱いだなw≫
≫セーラとアイリスは不確定要素! 覚えた!≫
全く気付かなかった……。
「事が起きるのはいつ頃になると思っていますか?」
「普通に考えたらトーナメント中だな。一応、明日に行動を起こしやすいように調整しておいたが」
「調整って……」
「簡単な話だ。明後日以降は警備の配置変更の可能性が高いと隊長2人に伝えた」
「なるほど。襲撃はいつあると思います?」
「『蜂』の皇子だったか? そいつがお前の言うとおりの性格だったら明後日には来る可能性が高いな。一応、尋問のときに仕込みは入れておいたが、襲撃の時期に関してはオレにも分からん」
『蜂』の皇子か。
彼は私に「次は必ず勝つ」と言っていた。
あれは仲間を助けに来ることを前提にした発言とも言える。
「あの2隊だけなら『蜂』の皇子1人でも被害を受けると思います。長官はその辺りどう考えてますか?」
皇妃派の2隊は戦力として当てにならない。
『蜂』と戦えばかなりの被害になるだろう。
私はその辺りを含めて聞いてみた。
「カトー議員は兵士が負傷したときのために、医師や逃げ道なども準備してくださっている。隊の実力に関してだが、隊長2人が『蜂』に勝ったと言ってる以上、トップとしては実力を疑う訳にはいかない」
打てる手は打ってるという訳か。
「ありがとうございます。ビブルス長官は、今回『蜂』に逃げられたら責任を問われないんですか?」
「責任は問われるだろうな。ただ、襲撃を受けても逃がすのは『蜂』の女子供だけだ。それだけであれば解任までは至らない」
「女子供だけを逃がす? 牢に細工でもしてるんですか?」
「ああ。元々、罪のない連中だからな。簡単な鍵だけだ。逃げてるときに人質にとられないようにローマの所有にはしておいたが」」
カトー議員が口を挟む。
「え? どういうことですか?」
「皇妃派の連中が女子供を人質にとったら困るだろ。だから、手を出しにくくするためにローマの所有とした」
ビブルスさんが苦笑いしている。
それを見て、カトー議員が親衛隊を悪者になるという前提で話してることに気付いた。
これは長官としては苦笑いせざるを得ない。
心中お察しします。
「あとビブルスのことだが安心しろ。基本、解任されることはない」
解任されることがない?
どういうことだろう。
「……聞いてもいい話ですか?」
「説明してもいいが政治の話になる。今、お前に話すメリットはないな」
「分かりました。それでは話さなくても大丈夫です」
政治とか全く興味ないし、関係者の名前とか覚え切れなさそうだ。
「ところでアイリス。明日からのトーナメントは大丈夫なのか? 練習してないだろ?」
カトー議員が話題を変えた。
「練習はしてますよ。訓練士の方に出された無茶な課題もクリアしましたし」
「無茶な課題? どのようなものだ?」
ビブルス長官が興味ありげに聞いてくる。
「――秘密にさせてください。決勝までいけたら見せることが出来るかも知れません」
「先の話だな。お前の出場はどの日なんだ?」
「最後まで勝ち抜くなら1日目、4日目、7、8、9日目ですね。私はその日の最初に出場することが多いと思います」
「分かった。少なくともラデュケは行かせる」
「はい」
出場者数は全部で112人になるそうだ。
日程は9日間。
今回はローマ市以外の剣闘士が半分以上という珍しいトーナメント大会になるらしい。
ランキングの数字が小さな16人がシードとなり2回戦より出場することになる。
不公平もあるかも知れないけど、単純に各都市ごとのランキングの数字だけでシードを決める。
「まあ、年に1度のお祭りだ。お前に盛大に賭けるがいいよな?」
「外れても責任はとりませんよ」
賭けも公的なもの民間問わず大々的に行われるらしい。
私はゼルディウスさんの次に人気だそうだ。
その私の次に人気なのが第四席『剣帝』ロンギヌスという人らしい。
『剣帝』というだけあって元筆頭とのことだった。
現在の筆頭に変わってから10年。
ということは、『剣帝』は10年経っても第四席に留まっていることだ。
かなり強いんじゃないだろうか。
「私も賭けさせて貰うことにしようか。最近、あまり良いこともないのでね」
「聞いたか、アイリス! お前は不運続きなビブルスの希望だ! 責任は重大だぞ!」
「私にそんなこと言われましても。カトー議員がビブルス長官に優しくしてあげるのが一番良いんじゃないですか?」
「――それはそうかも知れないな」
ビブルス長官が微笑んだので、私やカトー議員もつられるように笑った。
それから、私はセーラさんたち元反乱軍を移送するために留置場に向かうことになった。
移動は馬車だ。
途中でドゥミトスさんと合流して、カトー議員やビブルス長官とは別れる。
馬車は相変わらず揺れと音が激しかった。
留置所は地下にあり日の光がほとんど入らない。
セーラさんは兵士が待機するための空き部屋に捕らわれているみたいだった。
クルストゥス先生が近くで魔術無効を使う必要があるからだろう。
最後に彼女に会ったのは猛獣刑直前の控え室だ。
少し緊張する。
「入るぞ」
ドゥミトスさんが扉の外から声を掛ける。
「どうぞ」
久しぶりに聞くクルストゥス先生の声だった。
ドゥミトスさんが扉を開け、私もそのあとに続く。
「失礼します」
待機所に入っていくと、思ったよりもずっと明るかった。
離れた場所にクルストゥス先生とセーラさんが居て、机に本が何冊か積んであるのが見えた。
久しぶりに彼女を見てほっとする。
ただ、やっぱり雰囲気が前とは違った。
僅かに喪失感がある。
「初めましてセーラと申します。本日は護衛お願いしますね」
セーラさんが慌てて立ち上がり頭を下げた。
下げた頭を上げると笑顔で少しだけ首を傾ける。
肌は白く細身で儚げだ。
そこで一瞬、魔術の反応がある。
使ったのは恐らくクルストゥス先生だ。
この待機所の外に広がったので、周辺を調査したのかな?
「――失礼ですが、アイリスさんでいいんですよね?」
先生が小声で言った。
「はい」
私も小声で返事をする。
「すみません。あまりに想像と違ったものですから確認をとらせて貰いました」
「え? アイリスさん?」
「お久しぶりです。クルストゥス先生。それにセーラさん」
表情と声を普段のアイリスに戻して話した。
少し照れる。
「――ほんとに?」
「はい。護衛としてじゃないと、セーラさんに会うことは出来ないみたいです。なのでこの姿です」
「そういうこと、ね」
セーラさんは寂しそうに笑った。
「どうかしましたか?」
「次の刑では私、殺されちゃうのかなってね」
「ふっ。確かに頭は回るようだな」
私の隣にいるドゥミトスさんが笑っている。
――え?
「アイリスさんは数少ない私の味方なのでそう思っただけですよ?」
セーラさんは覗き込むような笑顔をドゥミトスさんに向けた。
「そういうことにしておこうか」
ドゥミトスさんはただ微笑む。
≫え? 今の会話で頭の良い要素あった?≫
≫意味分からん≫
全くついていけてない。
私がアイリスとしてセーラさんに会えないことが、彼女を殺すことになる?
≫戦い方を教えることを問題視してるとか?≫
≫ああ、なるほど≫
≫アイリスが魔術教えると刑にならないw≫
≫また妙な魔術教えられても困るからな≫
確かにセーラさんに『縮熱の魔術』を伝えたのは私だ。
それを警戒してローマ側が私をセーラさんに会わせないようにしたということだろうか?
私は彼女を盗み見た。
彼女は『アイリスと会わせない』という情報だけで、ローマ側が殺しに掛かってると気付いたのか。
私は全く気が付かなかった。
≫となると次は熱に強い怪物辺りか?≫
≫あり得るな≫
確かにその可能性はある。
サラマンダー的な怪物なら『縮熱の魔術』や『氷結の魔術』で戦うのは難しいだろう。
その辺りも含めて視聴者に相談してみよう。
「次の猛獣刑の相手は熱に強い怪物とかになるということでしょうか?」
「その可能性はあるな」
ドゥミトスさんが笑う。
「分かりました。対策は今晩考えることにします」
「今晩ですか?」
クルストゥス先生が私を見る。
「はい。今晩はセーラさんの護衛をしながら少しお話をしようかと。もちろん、セーラさんが良ければですけど」
「私はもちろん。でも、大丈夫なの?」
「カトー議員と親衛隊長官のビブルスさんの許可は取ってあります。大丈夫です」
「許可を取っている様は私も見ている。問題はない」
ドゥミトスさんが渋い声で言った。
「うわ。貴女ってすごいんだね」
≫ローマの権力者の知り合い多いから≫
≫来たばかりの頃とは比べものにならないな≫
「皆さんには良くしていただいて感謝しています。では、私は今晩ここに残るということで」
「明日戦うんだよね? 私と話すのなんて後回しでいいよ」
慌てながら、可愛い声で言うセーラさん。
「戦いはいつものことなので問題ないです。セーラさんと話すのは2週間待ってようやくなので優先させてください」
≫修羅かよw≫
≫常在戦場(リアル)≫
≫冷静に考えると怖いなw≫
「無茶してるなあ。うん、分かったよ。貴女がいいならいっぱい話そう」
「ありがとうございます。と、いうことなのでクルストゥス先生も明日までは休んでください」
「良いのですか?」
「はい。私も地面への魔術無効も使えるようになりました。大丈夫です」
使えると言っても広い範囲じゃない。
でも、自分の周りに熱を集めさせないくらいなら十分だ。
「さすがですね。もう身につけたのですか」
「練習中の魔術と近かったので運が良かったです」
「練習中の魔術!? 私の知らないものですか? どんなものなのでしょう?」
クルストゥス先生の目が光った気がした。
あー、これ話に乗るとマズいやつだ。
「落ち着いたら話します。まずは一度休んでください。カーネディアさんも心配していますよ」
「――すみません。取り乱しました。そうですね。ありがとうございます。明日はなるべく早くお伺いします」
「お願いします」
「話は終わったか?」
ドゥミトスさんの言葉で私は全員を見た。
特に話がありそうな人はいない。
「はい」
その後は馬車に乗りセーラさんたちを移送する。
走る音がうるさくて会話するどころじゃないのは相変わらずだ。
セーラさんはたまに目が合うと微笑んでくる。
無言で私に頼ってきたセーラさんの記憶があるからどうしても違和感があるんだよな。
そうして、何事もなく次の留置所に着いた。
次話は7月20日(火)に投稿予定です。




