第99話 カウンター
前回までのライブ配信。
男装したアイリスは『ラピウス』として皇子アーネスの護衛に就く。病に侵されている皇帝の代理としてアーネスが公務をしていることが分かる。
休憩中にアイリスはアーネスに剣を教える。アーネスが抱えていた問題を解決し彼は非常に喜ぶ。
その後、皇妃が「今すぐラピウスを連れて来い」と連絡してきたため、アイリスたちは渋々皇妃の元に向かうのだった。
アーネス皇子と共に、皇妃の邸宅に入る。
入った瞬間、ゾクッとした。
居る。
魔術はほとんど漏れてないけど、強烈な光を宿した何者かが近くに居る。
イヤな汗が吹き出るのを感じた。
全く想像してなかったな。
それだけに焦りも大きい。
意識の隙間。
これがカウンターの威力か。
――あの『怪物』か。
討伐軍の決戦のとき、私が1人のときに凄まじい魔術を使ってきた怪物だ。
ケライノさんも忠告してくれていた。
私は空間把握で『怪物』を探る。
カクギスさんの能動的な空間把握ではなく、元々私が使える空間把握を使った。
怪物に悟られると不味い。
探ってみると怪物は大きくはなかった。
大人2、3人分くらいの大きさだろうか。
寝ているのか形がはっきりとは分からなかった。
ただ、人型ではないと思う。
「こちらです」
案内の女性が私たち3人――アーネス皇子、ネストルさん、ラピウスとしての私――を部屋に案内してくれた。
皇妃によって包帯兵にされたときに来た部屋だ。
以前のように皇妃が寝そべっている。
両脇にはゆっくりと風を送っている女性が居た。
この様子も前回と同じだ。
「失礼いたします。母上」
「新しい護衛が就いたとか」
皇妃は挨拶もなくいきなり切り出してくる。
「はい。本日より午前から夕方まではこのラピウスが私の護衛となります」
「ふうん。ラピウス。こっちにいらっしゃい」
「ラピウス」
皇子が短く言って私を見た。
「はい」
皇妃には近づきたくないけど仕方ない。
私がアイリスだとバレないことを願いながら皇妃の傍に歩み寄る。
「顔を見せて」
言われて緊張した。
ただ、彼女の表情はアイリスに向けてるような嫌悪感のあるものじゃない。
私は男。
私は男。
――元々男なんだけど。
覚悟を決めて彼女の元で膝をつき、顔を上げた。
「あら、本当に綺麗」
目が合う。
「気に入ったから明日から私の元にいらっしゃい」
場の空気が凍った。
しかも、私の返事待ちみたいな状況だ。
下手な返事はできないし、否定したら皇妃の怒りを買うのは目に見えている。
3秒。
4秒。
「少し驚いてしまいました。さすが母上です。まさか一目で気に入られてしまうとは。この件は後ほどお話させていただけませんか?」
皇子がそう切り出した。
結構ギリギリのタイミングだった気がする。
心臓に悪い。
「ふうん。貴方もお気に入りって訳ね」
「はい。私もそうですが母上に気に入られるなんて彼も光栄でしょう」
「はい。光栄です」
「ふふ」
機嫌が良さそうだ。
「では、この件は夕食のときにでもお話させてください。それで、他にご用事はありますでしょうか?」
「ほかに用事なんてないけれど? それに私が気に入ったものがどうなるかなんて貴方も知っているでしょう?」
再び空気が凍った。
「しかし母上、親衛隊が……」
「アーネス。いつから貴方、私に口答えするようになったの?」
皇妃は笑顔だけど、両端の女性2人が怯えている。
皇子も黙ってしまった。
私は少し戦闘モードに変わる。
「そこの貴方。ラピウスだったかしら? 明日から私の護衛に来なさい」
肯定しか出来ない雰囲気だけど、あえて抵抗してみようか。
「ありがたき幸せ」
顔を上げ、笑顔で言った。
これなら幸せを主張しているだけで何も返事はしていない。
カウンターは使っちゃいけないときもある。
「あら、素直ね」
「お褒めいただき光栄です」
戦闘モードだからか、自分でも驚くくらい話す言葉に淀みがない。
「自分の立場が分かる子は好きよ。貴方ももう1度考えて見ることねアーネス」
「――はい」
歯軋りが聞こえるような返事だった。
それから皇妃が飽きたみたいに「もういいから」と手を振って私たちを追い出す。
皇子は強く強く拳を握っていた。
そして無言のまま自分の邸宅に入るなり、「クソ!」と言いながら壁を叩く。
パラパラと土埃が落ちた。
かなり本気で叩いたのが分かる。
皇子も男の子なんだな。
「大丈夫ですか?」
「みっともないところを見せたな」
諦めたような乾いた笑い。
「――いえ」
「それでどうなんだ、ラピウス。明日から母上の元で護衛を行うのか!?」
まだイライラが残っているのか口調が荒い。
「え? 行きませんよ?」
「――は?」
「私は皇妃の発言を一度たりとも肯定していません。感謝していただけです」
「確かに。ラピウス様は同意しておりませんでしたな」
ネストルさんが言った。
「いや、しかしあの母上だぞ。そんなこと許されるはずがない」
男って母親に苦手意識があるからな。
皇子の場合はその母親があの皇妃だ。
絶望するのも無理はない。
「その辺りは知り合いに頼む予定です」
「知り合いだと?」
「はい。聞き届けてくれるかは分かりませんけどね」
知り合いとはカトー議員のことだ。
彼は彼で大体のことは思い通りになると考えてる気がする。
皇妃とタイプは違うけど。
「しかし――」
「皇子。最後は私が皇妃に『イヤです』と言えばいいだけのことです。皇子やネストルさんに迷惑は掛けませんよ」
「母上にそんなことを言ったらどんなことされるか」
「構いません。慣れています」
≫確かに慣れてるわなw≫
≫相変わらず男前だw≫
「慣れてる? 母上のことを知らないからそのようなことが言えるのだ」
≫皇子がうざいなw≫
≫あの母親相手なら仕方ないw≫
≫むしろ真っ当に育った方だろw≫
「嫌がらせとかそのレベルでは済まないかも知れんのだぞ」
「なんとなくは分かってます。暗殺集団を送られたりするんですよね?」
頭がやけにクリアだ。
「――ラピウス!? 君は……」
「私も怒ってるんですよ」
ふと、先ほど壁を殴った皇子を思い出した。
――そうか、そうだよな。
「ボクも男ですから」
その後は、皇子の昼食中の護衛を担当した。
昼食が終わると昼休みを貰う。
次の来客までは別の兵士と護衛を変わるらしい。
え? 私のお昼ご飯は?
≫伝えるの忘れたんじゃないのか?≫
≫バタバタしてるだろうしなw≫
よく考えたら朝も食べてない。
思い出したら急にお腹が空いてきた。
外の空気でも吸いに行くかと邸宅を出る。
胸が苦しいので鎧を脱ぎたいけどさすがにマズいだろうなあ。
あまりフラフラしてても不審者みたいだから、入り口辺りで休むことにした。
近くで木剣を打ち合う音が聞こえてくる。
邸宅の真横辺りのようだ。
試しにカクギスさんに教えて貰った方の空間把握を使ってみる。
8人で試合のようなことをしているみたいだった。
試合と言ってもそれほど真面目という訳じゃなくて、2人が戦ってるところを他の6人が見ているという形式のようだ。
ちょっと見てみようかな。
私は邸宅の陰から歩み出る。
開けた場所でカンッ、カンッという木剣の音が反響していた。
試合の動きは激しいけど、見てる方は和気あいあいとしている。
しばらく見ているとその内の1人が私に気づいた。
「止め」
試合が中止される。
場が緊迫した空気になった。
「そこの貴様。所属している隊を名乗れ」
剣に手を掛けながら3人が近づいてくる。
「所属する隊はありません。本日よりアーネス皇子の護衛を任されているラピウスです」
私が名乗ると、3人がアイコンタクトを取って頷く。
「話は聞いている。どうしてここに居る」
「休憩していたら木剣がぶつかる音が聞こえてきたので見に来ました」
「さっき、皇子に剣を教えていたな」
目の前の3人とは別の1人が言った。
さっきまで試合していた男だ。
息が荒い。
警戒とは別の注目が私に集まる。
「ああ、さっきの。それは大したものだ。実力も『不殺』並ってことなんだろう。では、俺たちも教えて貰うのはどうだ? せっかくの賭けも中断したしな」
全員がアイコンタクトを取る。
悪意みたいなのは感じない。
あくまで表面上は、だけど。
ここは素直に対応しておこう。
「いえ、休憩中ですので遠慮させてください。邪魔して申し訳ありませんでした。そろそろ失礼いたします」
「待ってくれよ。せっかくだ。我々にも剣術を教えて貰えないか?」
「だな」
「先輩方に教えるなんて畏れ多いです」
「皇子に教えるより畏れ多いなんてことはないはずだろ」
≫しつこいなw≫
≫これは新人いびりの予感w≫
≫不安は全くないけどなw≫
断っても繰り返しになる気がする。
――仕方ない。
「分かりました。教えるということではなく、素人意見を一言ということであれば」
≫素人意見w こわいの来たw≫
≫この分野は専門外なのですが――w≫
「それでいい」
「何を教えて欲しいのですか?」
「困ったことにそれが分からなくてな。ここに居る全員と試合して教えて――意見だっけ? それを聞きたい」
≫やっぱこう来たかw≫
≫新人に舐められないようにってやつか≫
≫こいつらたぶん『蜂』と戦ってないよなw≫
「分かりました」
試合か。
ちょうど良い。
カウンターのコツを掴みたいということもある。
私の場合は実戦の方が掴めるような気がするし。
こうして8人全員と木剣で試合をした。
兜や鎧は着けるけど楯はない。
防具に攻撃が当たり『打撃音』がすれば決着というルールだった。
彼らの剣の軌道は綺麗だ。
振るスピードもそれなりに速い。
余計な力も使ってないし、剣に慣れてるという感じだ。
ただ、腰を落とした状態から動き始める。
支点もよく見えたし動き始めもよく分かった。
だから避けるのは難しくない。
私がまだカウンターを掴めてないので、ちょっと無理矢理気味に攻撃を与えていった。
「すみません。分からなかったのでもう1周お願いします」
私が言うと彼らは驚いた顔を見せる。
次で3周目だった。
いち試合につき数十秒のペースだから、ここまで10分ちょっとだろうか。
カウンターはまだ掴めていない。
相打ちっぽくなら決められるんだけど、余裕を持って一方的に決めるというのが難しい。
≫間合いで相手をコントロールしてみては?≫
相談してみたらそんなコメントが返ってきた。
間合いか。
確かに相手の攻撃を誘うときは間合いのギリギリから相手に近づいている。
それを応用する感じかな?
早速やってみる。
でも、『一方的な』カウンターにはうまく繋がらない。
「もう1周お願いします」
ただ、『支点を作らせる』ことを間合いでコントロールすると上手くいき始めた。
距離を詰めると支点を作るし、離れると消える。
間合いギリギリ外なら踏み込んで攻撃するための支点が作られる。
――これか。
見る視点が変わると、見えてくるものも変わるんだな。
何度か試していると、コツも分かってきた。
なんとか安全にカウンターを決められるようになってくる。
相手に支点を作らせると、攻撃の距離とある程度の軌道が決まる。
これはコンパスみたいなものだ。
私は相手の傍でかつ攻撃が来ない場所に移動して剣を振れば一方的に攻撃が当たる。
「次、お願いします」
「あ、あの……。そろそろ助言をいただけないでしょうか?」
≫敬語w≫
≫あれだけ一方的にやられりゃあなw≫
感覚を掴むために何度もカウンターを決めていると切り出された。
そういえば私の意見を伝えるという話だったな。
「分かりました」
私は兜を脱いだ。
空間把握で自分を確認しながら髪型を整える。
「皆さん全員に言えることですが、動きが読み易すぎます。私との試合の中で『攻撃を読まれてる』という印象はありませんでしたか?」
「何をしても通用しない感覚はありました……」
「それが動きを読まれているということです」
「どうすれば動きを読まれなくなるでしょうか」
うーん。
「腰を落として動かない状態から攻撃する、というのが一番読みやすい原因なんですが……これをわざわざ行っている理由はありますか?」
「親衛隊でそう指導されます」
≫市街で戦うからじゃね?≫
≫逃がしてはいけないこともあるだろうしな≫
「ではその場で足踏みというのは可能ですか? こういう感じですね」
私は、その場で足を地面についたまま身体を揺すった。
リズム良く右足と左足に交互に体重を乗せる感じだ。
「止まっている状態から攻撃を仕掛けるやり方は、読みやすいです。実際に『突き』をするので防いでみてください」
止まった状態から後ろ足に体重を移し、腕を退いてから突く。
簡単に防がれた。
「今度は足踏みした状態から攻撃します」
続けて足踏み状態から突く。
足踏みの動きに攻撃の準備が紛れたからか、受けた彼は慌てて弾くようにして防ぐことになった。
「な、なるほど」
「私の知人には止まった状態からでも読みにくい攻撃をする人もいます。ただ、その人は恐ろしく練習して身につけたと思われますので……」
知人とはカクギスさんのことだ。
ルキヴィス先生も言ってたくらいだから相当だろう。
「――申し訳ありません」
「い、いきなりどうしました?」
「他の者については分かりかねますが、貴方が皇妃のコネで皇子の護衛になったのだと考えておりました。不遜なことに化けの皮を剥いでやろうと……」
「あー」
素直な人だな。
≫なんで皇妃?≫
≫美少年だからじゃないのか?w≫
「ところで何故わざわざそのことを? 黙っていても良かったと思いますけど」
「いえ、その若さであの強さ。貴方が騎士階級の方ではないかと考えました。我々の意図にお気づきの可能性もあったので、今後の関係に支障を来さないようにと」
「え? 騎士階級?」
「違うのですか?」
「違います。私は解放奴隷です。皇子の護衛になったのは、アーネス皇子ご本人とビブルス長官に頼まれたからです」
「な、なんだ……」
「なんだで済ますなよ。皇子と長官に頼まれたってことはただ者じゃないはずだろ」
別の兵士が突っ込んだ。
いろいろ誤解が解けてよかった。
その後、親衛隊のことを教えて貰う代わりに、剣のことを教えられるだけ教えることになった。
「それでは護衛に戻るので失礼します」
「ああ、またな」
私は護衛に戻り、来客時の護衛をした。
そのまま特に何事もなく護衛の仕事を終える。
「明日もよろしく頼む」
「失礼いたします」
エレディアスさんと護衛を代わり、私はカトー議員の邸宅に向かった。
帰りは視聴者と話しながら帰る。
この姿なら誰も気にしないし。
「皇子と仲良くなれましたし、魔術や剣術の練習もできたので良かったです」
≫初日からこれだよw≫
≫メンタル強いよなw≫
「そんなことないですよ。こっちに来た翌日に巨人に出くわして気を失いましたし……」
あの夜は本当に自分の弱さを思い知らされたからな。
≫今ならどうだ?≫
――あれ?
今なら全く怖くない気がする。
いつの間に?
皇妃の邸宅に居るあの怪物に出会っても、恐怖を感じながらも戦うことを選択するだろうな。
私は視聴者と話しながらカトー議員の邸宅に到着し、門を通り入っていった。
「お疲れさん。初日はどうだった」
朝とは違い、今度はカトー議員に出迎えられる。
「お疲れさまです。お陰様で無事にこなせました」
「誰にもバレてはないんだな。まあ、その美男子っぷりじゃ大丈夫か」
「バレてはないと思います」
「ちなみにお前、皇宮からつけられてたぞ。『蜂』の気配はなかったのか?」
「つけられてた? いいえ、『蜂』の気配はありませんでした」
視聴者と話しながら帰ってきたのがマズかった?
それでも『蜂』ならさすがに気づく。
可能性としては『蜂』の関係者の長身の男とか?
いや、でも彼が私をコソコソつけるのはなんとなく考えにくい。
「心当たりは?」
「ありません」
≫皇妃じゃないのか?w≫
≫あり得るw≫
≫カトーはどうしてそんなこと知ってるんだ?≫
そういえばそうだ。
「ところで、どうして私がつけられてたって分かるんですか?」
「お前の行き帰りに監視をつけてたからな。なんだ気づいてなかったのか」
いつの間に!
しかも気づけてない私の間抜けっぷり!
「はい、全く。それでふと思い出したんですけど、私をつけたのは皇妃の関係者の可能性があります」
「どうして皇妃が出てくる?」
「そのことでカトー議員に相談があります。私の正体はバレてないと思うんですけど、『ラピウス』が皇妃に気に入られたみたいで彼女の護衛になれと言われたんです」
「――それはまた意外な展開だな」
「アーネス皇子が反対したんですけど、皇妃に圧力掛けられてました」
「なるほどな。しかしマズいな」
「何がですか?」
「『ラピウス』がオレの関係者だとバレるのがマズい。もちろん、皇妃がお前を尾行してしたのが事実だったらの話だが」
「どうして関係者だとバレるのがマズいんですか?」
「分かると思うが、オレも皇妃に嫌われている」
「あー。そうでしょうね」
皇妃は自分の思い通りにならないと我慢ならない性格っぽいからな。
カトー議員が他人の思い通りになるとか想像できないから必然的に嫌われる。
「別に嫌われるのは構わないんだがな。今、注目されるとマズかった」
「どうしてですか?」
「奴は最近急に力をつけてきてる。目立たないように対抗を考えていた」
「考えていた?」
「もう方針を変えるからな。目立たないことの優先順位を落とす。代わりに効率を重視する」
「何か私のせいですみません」
「いや、皇妃が『ラピウス』に執着してくれるならそっちの方がやりやすい」
「え゛」
「だからもっと執着させろ。ああいう手合いは手に入りそうで入らないというのが効果的なはずだ。頼むぞ、モテ男」
「ちょっと待ってください。私、そんなに器用じゃないんですが」
「基本は黙ってればいい。たまに『皇妃様の元で働きたいのにカトーがダメって怒るんですぅ』みたいに言ってくれ」
「――カトー議員は大丈夫なんですか?」
「いいさ。もう、オレ自身は生け贄として活用する。対抗はオレと切り離して進める。皇妃にはオレとアイリスを恨んで貰いながら、ラピウスに執着させる」
それ、私がかなり巻き込まれてない?
とはいえ、皇妃に振り回されてたのがカトー議員に変わっただけか。
「分かりました」
「随分と物わかりがいいな」
「ここまで来たら皇妃とはどこかでケリをつけないといけませんからね。早々に飽きてくれたらよかったんですけど」
「おぉ、怖い怖い。強者の雰囲気が出てきてるぞ」
「さあ、どうですかね」
「ともかく、オレとお前は運命を共にすることになる訳だ。よろしくな、相棒」
カトー議員は笑顔で手を差し出してきた。
体よく利用されてるだけのような気もする。
でも、私はその手を握った。
それからラデュケに着替えを手伝って貰い『アイリス』に戻る。
鎧で胸が押しつぶされたり蒸れたりしてたので、解放感がすごい。
着替えてから、カトー議員とはもう1度話をした。
セーラさんのこととマリカのことだ。
セーラさんに関してだけど、今は『アイリス』とは会わない方がいいとの判断をしているらしい。
ただ、『ラピウス』としてなら護衛を装って会ってもいいとのことだった。
ラピウスの存在って便利だな。
セーラさんの今後だけど、次は怪物と戦わされることになるだろうという話だ。
反乱罪は猛獣刑に勝利したことで消えたけど、主人だった都市監督官を殺した罪があるらしい。
マリカの「親衛隊に協力していい」という件について話すと、カトー議員は「近々、手伝って貰うことになるかもな」とだけ言った。
それから私は養成所に戻る。
戻ると、いつものメンバーに加えて1人意外な人物が居た。
「あれ? ロックスさんどうしたんですか?」
「よぉ。今日からお世話になるぜ」
彼はフィリップスさんに頼んでこの養成所に移籍してきたらしい。
ここの養成所って反乱に参加した剣闘士が多くて数が少なくなってるからな。
「ゲオルギウスさんに負けたばかりで、よく移籍してくる気になりましたね」
「いや、それな。俺は勝ったからいいけどよ。普通、負けたばかりの相手と一緒に練習するか?」
ゲオルギウスさんが呆れたように言った。
「ちんけなプライドはずいぶん前に捨てたんだよ。聞いてみればアイリスの練習仲間はずいぶん強くなってるって話だろ? 俺もパロスをもう1度ちゃんと目指そうと思ってな」
私はルキヴィス先生を見た。
訓練士としてはどう考えているんだろう。
「俺は別に構わない。お土産もあるらしいしな。アイリスも練習にほとんど参加できないし、断る理由は特にない」
「お土産?」
「他の剣闘士の癖とか戦い方だよ」
ロックスさん本人が言った。
「そんなの話していいんですか?」
「闘技場で見せてることだしな。俺がたまたま覚えてるだけだ。それが手土産になるなら安いもんだろ」
「俺はいらん」
カエソーさんがふんぞり返った。
「まあ、大将も聞いて損はないと思うぞ」
「その呼び方を止めろ」
「これでも敬意を込めて言ってるんだぜ? 似合うのは間違いないしな。フゴもそう思うだろ?」
「似合うと、思う」
フゴさんが言うとカエソーさんが黙った。
「カッカッカ。案外良いかも知れんぞカエソーよ。名に相応しい男となれい」
カクギスさんは上機嫌で笑っている。
ロックスさんってもうここに馴染んでるのか。
ほんとコミュ力高いよな。
「すっかり溶け込んでおいて、いまさら手土産とかどうででもいいでしょ。さ、アイリスも戻ってきたし練習再開しよ、練習再開!」
マリカの言葉で練習が再開される。
実戦に近い形式のようだ。
その練習を見ていると、ルキヴィス先生からカウンターについて何か掴めたかと聞かれる。
私が今日掴んだことをゲオルギウスさんに実践してみせた。
相手がゲオルギウスさんでも攻撃3回の内1度は支点を作る様子が分かる。
分かるものだけカウンターを決めた。
それでもルキヴィス先生は呆れていた。
「楽すぎて教えがいが全くないな」
「ぼやくなぼやくな。いずれどこかで躓くものよ。そのときを楽しみにすればよかろう」
「無理難題言ってみるか」
「カッカッカ。その無理難題とやらを俺にも是非頼みたいものよ」
「わ、私も」
練習していたマリカも振り向きもせずに声を出す。
「分かった分かった。まったく、カウンターを食らった気分だぜ」
ため息をつきながらも、ルキヴィス先生は楽しそうに口元をゆがませるのだった。




