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第〇話 プロローグ

「まずっ、配信の時間に間に合わないかも」


 ボクは暗闇の中、自転車を左右に揺らしながら立ち漕ぎしていた。


 午前2時からライブ配信を始めると予告していたのに、つい寝坊してしまった。

 午前2時というのは午後2時の間違いじゃない。

 真夜中の午前2時だ。


「はぁー、はぁー」


 立ち漕ぎなんて何年ぶりだ?

 酸素が欲しい。

 そもそも、大学だろうが約束だろうがバイトだろうが、多少遅れてもここまで必死にならない。


 ライブ配信。


 これがボクを必死にさせている。


 ボクがライブ配信にハマったのは3カ月前だ。

 住んでいるのが心霊スポットの多い函館市ということで、丑三つ時とも言われる真夜中の2時にそれらを巡りはじめたのが始まりだった。


 そのときは夜中にも関わらず50人以上が見てくれて、それが嬉しかった。

 それ以来、毎週ライブ配信するようになる。


 心霊スポット巡りをしてると言っても、元々、幽霊みたいなオカルトは全く信じてない。

 いたらいいな、くらいな感じだ。

 深夜に心霊スポットに行っても平気だった。


 さすがに熊は怖いので、やつらが居そうな所には行かないけど。


 さて、今日は、函館市の北にある七飯町(ななえちょう)に向かっていた。

 そこに異世界につながるエレベーターがあると噂があるので、それに乗るという企画を立てた。


 函館の心霊スポットエレベーターといえば元西武デパートなんだけど、深夜は入れないので企画は見送った。


 今日はもっとローカルかつマイナーな噂でしかない雑居ビルのエレベーターで、ライブ配信をすることになっている。


「はっ、はっ、はっ。ふー」


 ボクはなんとか開始の2分前に目的の雑居ビルに着くことができた。

 午前2時なだけあって、虫の声しかない。


 そんな中、慌てて音声認識ソフトと合成音声ソフトを起動した。

 性別と話し方の癖を消すためだ。


 カメラとマイクをスマホと接続して、雑居ビルに入っていく。

 ボクは、ちゃんと合成音声が有効になっているか確認してから、時刻を見つめて頭の中でカウントダウンした。


 3、2、1。


「草木も眠る中、こんばんは。ここが今日の心霊スポットです」


 小声で実況しながら、ボクは雑居ビルの入り口付近だけを見た。

 ヘッドセットのカメラがこの映像を伝えてくれているはずだ。


 ボクの心霊スポットライブ配信での定番コメント≫丑三つ時≫が数個流れていくの見えた。

 流れていくコメントは、カメラと一緒にヘッドセットに付いている片眼鏡(モノクル)に映っている。


「今日の目的は、このビルのエレベーターです。内容はエレベーターオカルトの定番、異世界への入り口です」


 小声で話し続けた。

 コメントでは、≫マジかよ!≫、≫怖っ≫などと流れてきてノリが良い。

 そんな中、雑居ビルに近付いて行った。


 入り口の前に立つと、その雑居ビルの不気味さが伝わってくる。

 

 ひび割れのようなツタ。

 寿命が近いのか瞬いている蛍光灯。

 ぼんやりと朱く光る非常口の灯り。


「……入ります」


 入り口を通り抜け、雑居ビルに入るとすぐに目的のエレベーターがあった。

 エレベーターを左目にしっかりと映してから、口を開く。


「異世界に行くには方法があるそうです。まず、エレベーターに乗ってボタンを押さずに待ちます。すると、エレベーターが勝手に動き出して、止まった階の外が異世界になっているとのことです。では、開けます」


 ボクはライブ配信に手が映らないように視線をそらせてからボタンを押した。

 エレベーターの中の蛍光灯がパチパチッと点いて扉が横にずれる。


「それでは、目的のエレベーターに入ります」


 入ったはいいが狭い。

 もし、人が3人もいれば間違いなく肩が触れる。

 蛍光灯も暗い。


 そんな感想を思いながら、エレベーターの中を端から端までカメラに映す。

 ——今回の配信は怖くないだろうな。


 エレベーターの扉が自動的に閉まる。

 僅かに聞こえていた虫の声も聞こえなくなった。

 代わりにジーという蛍光灯の音が聞こえてくる。


「蛍光灯が消えるのを待ちますね」


 今回の企画は盛り上がりに欠けるとは思っていたが、ここまで地味になるとは思っていなかった。

 廊下が長ければ、独特の怖さみたいなのもあったんだろうけど、入り口から1メートルもないところにエレベーターがあっては怖さなんか望めない。


 それから5分くらい経って蛍光灯が消えた。


 ≫蛍光灯なら消さない方が電気代安そう≫


 ボクはコメントにリアクションをとることもなく、扉の隙間から漏れる灯りをカメラに収め続けていた。

 コメントはたまに流れてくるが、質問もなければ煽るようなものもない。


「噂では、しばらくすると勝手にエレベーターが上がっていきます。また、上がるときはかなり揺れたとの話です。それを体験した男子高校生は、それ以来、怖くてエレベーターそのものに乗れなくなってしまったそうです」


 ≫揺れた以外は?≫というコメントが流れる。


「揺れたあと、いきなり隣に殺気だった人の気配があって、中から外を見ると扉の向こうに真っ赤な空が見えたみたいです」


 ≫怖っ!?≫

 ≫真っ赤って夜なのに?≫


「そうみたいです」


 そのやりとりから更に5分くらい経った。

 全く何も起きてない。

 真っ暗で無音な動画が続くことはあらかじめ伝えてある。


 ≫今、誰か来たら相手の方が驚くなw≫


「ですね」


 止まってるエレベーターの中に人がいるとか洒落にならない怖さだ。

 しかも深夜に。

 外から足音が聞こえてきた時点で、中からボタン押した方がいいかもしれない。


「エレベーターって中からボタン押して、電気点くかどうか分かります?」


 しばらく待ったが、曖昧なコメントしかなかった。


「実際にやってみます」


 ボクはそう声に出して、ボタンに手を伸ばした。

 しかし、ボタンはなく壁があるだけだった。


「あれ?」


 一瞬、焦る。


 ≫?≫


 コメントで『?』がいくつか流れていく。

 スマホを取り出して、画面の明かりで周りを照らしてみた。

 すると、手を伸ばした右にボタンはなく左側にある。


「右にあると思ってたボタンが左にあっただけでした。すみません」


 たぶん、家のマンションと間違えたんだと思う。

 無意識の習性恐るべし。


 ≫www≫

 ≫脅かすなw≫


 笑いを示す『w』が流れていく。

 コメントの流れが収まった頃、気を取り直して左側にあると思われるボタンに手を伸ばす。


 あれ?


 さっきと同じ展開だ。

 いや、さっきは壁があったが、今度はただの空間があるだけだった。


 ボクはすぐにスマホを取りだそうと、お尻のポケットに手を持って行く。

 ——スマホどころかポケットすらない。

 なんだ?


 ガタン。


 ボクは突然の揺れに焦る。

 一瞬、ボク自身、倒れた気もしたんだけど、気のせいだったようだ。


 ≫?≫


 ガタガタガタ……。


 地震?


 しかし、驚いたのは一瞬で、ライブ配信中の地震というシチュエーションの美味しさに意識が向く。

 エレベーターは止まってるし1階だからよほど大きくなければ危険は少ないだろう。


「今、エレベーターが揺れてます。地震があったって話はあります?」


 ≫函館近郊住みだがないぞ≫

 ≫全国的にもないな≫


 いくつかのコメントが流れる中、視界に飛び込んでくる光が眩しくて目を開けていられなかった。


 揺れが止まる。


 なにが起こったのか確認しようと、眩しさの中、薄目で目の前の正体を探ろうとしてみる。

 一瞬、異世界の噂のことが頭をよぎる。


 鳥肌が立った。

 それなら余計に状況を確認しないと、と思って意識を集中する。


 最初はオレンジ色しか見えなかった。

 それが夕日から来ている色で、巨大な建物の影があることが分かってくる。


 更に目を凝らす。

 そこで、噂にあった『人の気配』を思い出す。

 咄嗟に横を見ると、1メートルほど離れたところにいた女の子と目があった。


 夕日に照らされている女の子。


 目線はボクと同じくらい。

 髪は短く、顔の彫りが深くて日本人に見えない。

 肌に直接、露出の多い皮製の鎧を来ている。

 スタイルは良いが、胸はほとんどない。


 その彼女が目を見開いてこっちを見ている。


 ≫ビキニアーマー!?≫

 ≫あの80年代に跋扈(ばっこ)した伝説の?≫


 コメントが流れる。

 いや、そこより先に突っ込むところがあるだろうと思うが、頭が追いついていかない。


 その伝説のビキニアーマーを着た女の子が首を傾げた。


「どこから紛れ込んだの?」


 よく通る声でそう言ったあと、頭を振って正面を見た。

 意志の強そうな眼差しだ。


「まあいいか。誰か知らないけど、そこでじっとしてて」


 正面を向いたまま言葉を残して、外に歩き出していた。

 彼女の真剣な表情に目が離せない。

 あれ?


「まさか本気で異世界?」


 何も考えられなくなっている中、ようやく出てきた言葉がそれだった。

本日中に第一話を投稿します。

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