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職員室。
授業のない手あきのの教師たちが。
テストの採点をしているものもいる。
暇そうにアクビをしている者もいる。
「皆山君、
どうだね。
うまくやっているか」
教師生活二十有余年という空戸が
声をかけてきた。
私としても十二年ぶりの先生たちの姿だ。
私はこの中学の卒業生。
その関係で晴れて中学校教師として
といったところだ。
「はい、なんとかやっています」
「しかし君も大変な時に来たね」空戸。
「そうだよ。
もちろん知っているだろうが-----
例の殺人事件」
これは退職間近の陸来。
名前を覚えている先生もいる。
そうでない先生も。
「はい、新聞では、
テレビでも。
まさかこの中学で殺人事件なんて-----。
それも二人も。
この中学の卒業生としては驚いています」
「私たちもマチガイであってくれと
願っていたんだが」空戸。
「はい、私もですが」私はそのように。
「子供たちの動揺が心配で」答えた。
「一応表面的には
落ち着きを取り戻してはいるようだが
あまりふれないようにね。
この件に関しては」空戸。
「ですが-----犯人が逮捕でもされない限り
次は自分ではと」陸来。
「それを、先生-----。
言ってはよけいに動揺を。
とにかく警察の捜査を待つ以外は」
「それで犯人の目星は」私は率直に。
二人は急に-----身構えた。
「ここだけの話。
欠席している例の-----
行方不明の一人をのぞいて
他の子たちは警察に。
繁華街をうろついていたところをね。
それまで家にも帰らず何をしていたのか」
「先生それを言っては。
しかし我々も
八方手をつくして捜したのですが
力およばず」陸来。
「それと-----ここだけの話だよ。
内密にね。
まだ犯人と-----。
いや-----事情を聞かれているだけだしね」
「ですがその子たちがやったとなれば
どうなるんですか」私は。
「それは-----」
口が重い。
「それにまだ犯人と決まったわけでは」
「そうだよ。
他にも警察がマークしている人物はいるしね」
「エッ。
誰ですか」他にもいるとは。
「それが-----二年前自殺した-----。
君はこの事件は-----知っているの。
その自殺した生徒の親がね。
その後、いろいろ学校とも
トラブルがあってね」
そう言えばそんな事件もあったが-----。
マスコミの報道で見ただけだが
なにせ母校。
その手のニュースは一応-----気にはなる。
「ではその親が」
「そういう者もいるんだよ。
口さがない連中が言うには
人を雇ってね。
やったんじゃないかとね」
「それで警察もなかなか。
捜査も難航しているらしい」
生活指導の季末が入ってきた。
それを目の片隅でとらえた二人は
急にソワソワと。
「今の内緒だよ」
二人は自分たちの席へと
何もなかったかのように戻って行った。
「もうだいぶ慣れたかね」
季末が私に。
「まだ二日目だし
慣れたはおかしいか。
まあ-----気楽にやってくれ。
何か困った事があれば、
何でも相談してくれ。
なにせオマエは私の教え子なんだからな」
いつもの調子で-----だ。
しかし何か。
教師として-----
そのような事を考えていいのかどうだか。
探偵になったような気分がした。
聞くところによれば
三年一組の担任の当庭先生などは-----。
本人から直接聞いた話だ。
マチガイない。
「私の生徒にそのような事をする者など
いるはずがない。
あいつらに限って
なにかのマチガイだ。
警察などあてにできるか。
私が犯人を見つけ出してやる」
そう息巻いていた。
何やら私に色目を使って来る。
私を-----どうやら-----
困った事に
にわか探偵の助手にでもするつもりらしい。
興味がないわけではないが
あの先生の下では
ごめんこうむりたい。
“危なくて”。
どうなる事やら。
季末は何か言いた気。
例の殺人事件の件か
はたまた連絡事項でもあるのか
どうだか。
「今はみんな大変な時期だし
いろいろ言う者もいるが
そんなもの気にしないようにね。
我々教師がしっかりしなくては
生徒たちが動揺するしね。
わかっているだろうが」
「もちろんです」私は。
「それで先生はやはり-----」
季末はその問いに-----身構えた。
「教師としては信じたいのだが
何せ殺人事件だし
それ以上は聞かんでくれ。
あの時もっとしっかり注意していれば
こんな事には」
「ですが二人ですから-----死んだのが」
「だから-----椰田の方は仲間割れか何かで。
逃げている-----。行方不明の-----。
いや-----今のは聞かなかったことにしてくれ」
季末も苦渋に充ちた表情で。
これからどうなるのか。
マスコミ相手の記者会見は-----
殺人事件と判明したその日の夜遅く
すでに済ましていた。
校長、
担任の当庭。
そして生活指導の季末もいた。
その様子は第三者として私もテレビで。
なにせ朝から晩までそのニュースばかり。
いやでも
どこかで引っかかる。
前の勤め先でも
そのニュースでもちきりだった。
それが、今は当事者。
全くエライ所へ来てしっまたものだ。
これがその手のミステリー小説、
TVドラマならば
他に犯人がいて。
例えばここの教師たちの言うように
二年前自殺した生徒の
親がとなるのだろうが
しかし現実には。
ほぼ決まり-----だろう。
教師としては口には出せないが
それでみな口が重い-----わけだ。
マスコミの論調も
“教師の指導力不足”
となっている。
これは後で-----
教育委員会なり何なりに相当-----。
相当だ-----。
吊るし上げられかねないか。
“どういう教育をしていたんだ”と。
職員室の空気も重い-----わけだ。
季末は授業開始のチャイムを聞くや-----
職員室から出て行った。
私は手あきのままだった。