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私は皆山悟。二十七歳。
つい一週間余り前まで-----
別の職業についていたのだが-----
今は
ここ光対中学校の廊下を-----
はれて教師として歩いている。
今日は赴任二日目。
行き交う生徒たちも-----ヒソヒソと。
生徒たちへの紹介は
昨日の朝礼で一応済んではいるものの
おそらく、まだ名前も覚えてくれては-----だ。
その私が出席簿片手に、
もちろん教科書も持っている、
教室へと向かっていた。
廊下にはいたるところに
“廊下は走るな”の張り紙が。
どこの学校も同じか。
いきようようと-----教室へ
のはずが。
今回授業を受け持つクラス
三年一組は
十日余り前。
正確には十二日前か。
金曜日だ。
今日は水曜日。
例の新聞、テレビをにぎわせた
殺人事件のあった-----。
失礼。
殺人事件に巻き込まれた生徒-----
それも二人も-----のいたクラスだ。
まだ犯人はあがっていない。
マスコミによると-----
イジメが原因のような書き方をしている-----が。
大変なところへ来てしまった。
それが今の心境だ。
事件からすでに十日余りが経っているとはいえ-----
生徒たちのことを思うと
まだ動揺は-----だ。
三年一組、表札を確認する。
その手のマンガでは
新人教師は緊張のあまりクラスを-----。
大丈夫だ。
大きく行きを吸い込み-----吐き出した。
ドアを開ける。
教室の中は-----シン-----としている。
他の先生方の話によれば
問題行動の多かった六人は-----。
今は
一人は行方不明。
三人は警察に。
あとの二人は-----。
その子たちの使っていた机と椅子が
主を失い。
もう一人-----登校拒否の生徒がいたが
非常勤の教師としては
あまり口を出すのも。
教師は教師だ-----それなりに。
生徒たちが私の姿を見て
あわてて席につく-----かと思いきや
こちらを一瞥。
うさんくさそうに。
ここは
「さあ、みんな席について」
声を張り上げた。
めんどくさ気に席につく者。
仕方ないかと席につく者。
様々だ。
「紹介は昨日の朝礼で終わっていると思うが-----
昨日付けでこの中学の教師になった」
ここで言葉を切り
黒板に文字を
“皆山悟”と書いた。
何度もイメージトレーニングを積んできたことだ。
すでに他のクラスでは実行済み。
「みなやまさとる、
歳は二十七歳。
これから君たちの理科を担当するので
よろしく。
出席を取るので
手をあげて返事をしてくれ。
君たちの顔と名前を早く覚えたいので」
まあ-----初顔合わせのあいさつとしては
こんなものか。
教卓には一応
生徒たちの席順表が貼り付けてある。
十三人ほどだから
頭数を数えれば早いのだが-----。
なにせ新人-----そう言ってもいられない。
生徒の顔と名前を
できるだけ早く覚えなければ。
出席を取る。
「では教科書を開いて。
○○ページ」
一度やってみたかったんだ。これを。
まあ、大学で教職をとった時に
教育実習ではやったが-----
やはり本職となると。
あれは何年前だろう。
生徒たちの成績、
授業の進み具合はだいたい聞いている。
成績の方は。
なかにはアルミニウムと酸素の
化学反応式がわからない者もいるようだ。
授業を進めていく内に
適当なタイミングで-----切り出した。
まあ-----一応-----
授業を聞くフリはしてくれてはいるようだが
席をまわって彼らのノートをのぞき込めば。
「ノートくらい。
ちゃんと取ってよ」
一応注意はするが
下手に刺激すればそのまま教室の外へ-----
という者もいるらしい。
授業中はチャンと先生の話を聞け-----。
そう言われて-----
育った世代の方々はどう思うだろうか。
こちらが授業料はらってやっているんだ。
チャンと聞いて欲しけりゃ-----。
そういう世代もいる。
しかし今は。
“あの先生の話を聞けばエライ目に会う。
あいつら荒れる子や困った子をダシに
ゆすりたかりをしようと
鵜の目鷹の目で
生徒を物色してやがる。
勉強そっちのけで。
そういう手合いだ。
危なくて
下手に言う事など聞けるか”
そういう世代か。
“ユスリ教育”世代とはよく言ったものだ。
全く。
どう教育してやれば
そのように取らなくなるのか。
これでは教育の行く末が-----だ。
人の気持ちなんだ。
そう取れ。
「化学の式の中で非常に重要な式は
何かわかるか-----。
それをここで教えておく。
これを知っておくと便利だぞ」
黒板に大きく書いた。
2 x 2 = 4
2 x 3 = 6
と。
生徒たちは全員-----ポカンと。
どうやら興味を持ってくれたようだ。
マンザイの時間が始まったと思って。
昨日、別のクラスでやったときは-----
まあまあ受けたのだが。
「これがそうだ。
ニニンがシ。
ニサンがロク。
これが非常に重要だ。
中学校くらいでは
これよりムツカシイ式は-----
ブドウ糖があったか。
あまり出ない。
かけ算の九九が
きっちりと頭に入っていれば-----
いいのだが。
まあいい。
分数の足し算にしても
それを見た途端、
掛け算の九九が
頭をかけめぐらないと-----だ。
話にならない。
例えば
1/6+1/8
の場合
掛け算の六の段と八の段が
頭の中を駆け巡らないとだ。
そして
六四 二十四
八三 二十四
がすぐに出てくるように-----だ。
そうすると
4/24+3/24で
答えは
7/24
となる。
そのくらいまで-----訓練-----
しないといけないわけだ。
かけ算の九九をね。
そういうつもりで、頭で
問題を解いていく。
数多くね。
要は数をこなせばいいわけだ。
そうやって訓練していく。
掛け算の九九が
ぱっと出てくるようになるまでね。
みんなそのくらいわかっているね」
実際そうだ。
分数の計算はそれを見た途端
掛け算の九九が。
そこまで訓練しておかないとだ。
割り算も同じ。
他にも
「これが基本だ。
この考え方がだ。
掛け算の九九が頭に入っていれば
割り算も分数もだ。
掛け算の九九だけじゃあないぞ。
掛け算の九九が頭の中に入っていれば
できるものもある。
物理では公式が頭に入っていれば
となってくるのかな。
ほかにもあるか。
数学でも理科でも
ここのこの部分は掛け算の九九。
ここは公式。
ここは定理、定義を。
ほかにもあるかな。
それをきっちりと押さえて
掛け算の九九にしろ
公式にしろ、
定義、定理にしろ、
きっちり頭に叩き込んでいく。
定義とか定理がしっかりと
頭の中に入っていれば。
幾何にしても三角形の合同条件は-----
と聞かれれば
一辺とその両端の角度が
二辺とその間の角度が同じ-----云々。
定義や定理が
それがすぐに出てこなければ-----だ。
それが即座に頭の中に-----だ。
割り算や分数は掛け算の九九などが。
幾何では定義や定理などがだ。
物理では公式などだ。
それを覚えて-----
すぐに頭の中を駆け巡るように
訓練するわけだ。
他にもたくさんあるがな。
この問題は
これとこれをうまく使って-----。
そうなっているわけだ。
それをたくさん覚えて-----
問題を見た途端
それが頭の中を駆け巡るように訓練するわけだ。
この問題は
この方程式とあの方程式を。
方程式は掛け算の九九が重要かな。
別の問題は
この定理とあの○○という風にな。
使い方はこういう風にとな。
それを覚えていれば-----。
使い方はもちろん覚えていなければ-----だが
それで解ける。
覚えていなければ
そういう事だ。
まあテストをすればこの生徒はこれを-----。
この定理をこの式を○○を覚えていないから-----。
覚えてはいるが
使い方がわからないのか。
それを知る事ができるわけだ。
物理も同じだ。
この公式を覚えていないから。
使い方がわからないから-----。
そうなっている」
全員何の事やら。
「それが化学ではどうなるか。
例えば二酸化炭素だ。
炭素は何価かわかるか」
「四価です」
誰かが答える。
「じゃあ酸素は」
「二価ですが。
マイナスの」
生徒の反応は-----
いい方だ。
黒板にCとOを並べて書く。
「ではこの二つが化学結合する場合
どうなる」
「炭素がプラス四価で
酸素がマイナス二価ですから
炭素一つと酸素二つが結合して」
「そうだ。
そこでこの式だ。
ニニンがシ-----だ。
2かける2は4だろう。
これが頭に入っていれば
サッと出てくるわけだ。
じゃあアルミと酸素ではどうなるか」
黒板に
Al2O2
と書いた。
わざと-----だ。
生徒の反応は。
何か言いた気な生徒。
無反応な生徒。
納得している者も。
「前の教室では
ここで反応があったのだが。
何かないか」
水をむける。
事前にテストでもしてチェックしておけば
これに答えてくれそうな生徒が
何人くらいいるかわかるのだが。
来た早々テストというのも-----だ。
まあ-----構わないかな。
どうだろう。
まあ私が数学の教師ならばテストをして-----
しかるべきタイミングでだ。
この子は掛け算の九九が-----。
足し算が頭に入っていないから。
いやここの使い方がわからずに-----。
それで出来ないのか。
それを調べて。
まあいいか。
「先生-----それ」
「何だ」
席次表を見る。
「アルミと酸素の場合は-----」
私はニヤリと。
「アルミは何価だ。
酸素は」
「アルミはプラス三価で
酸素はマイナス二価ですので-----」
言いにくそうに
「アルミと酸素の
この価数を足して
ゼロになるようにすればいいわけだな。
どうしてゼロにしなければならないのか。
そうしなければイオンになるわけか-----。
溶液中で。
プラスかマイナスのままだと
まだ何かくっつく余地があるわけだ。
それでゼロにしなければならない」
大事な事は何度でも言わなければ-----
聞きのがしてしまうらしい。
テストをすればこの子、
ここをヒョットして覚えていないからか
くらいわかる時もある。
「それで」
「アルミが二個と酸素が二個とでは
ゼロには」生徒の一人。
私はニヤリと
「アルミはプラス3、酸素はマイナス2。
両方とも二つづつでは足しても
ゼロにはならないわけだ。
それでこの式が出てくる。
ニサンがロクが。
両方とも6にすればいいわけだ。
アルミの方も酸素の方も
極性が-----プラスとマイナスだからね。
そうすればゼロになる-----わけだな。
極性が同じなら-----。
ゼロにはならないわけだ」
私は式を書き直した。
Al O
と
「じゃあここに入るのは
アルミがプラス3、酸素がマイナス2
だからニサンがロクで」
Al2O3
「こうなるわけだ」
一同ポカンと。
「化学式を解く場合は
この式を頭に常に思い浮かべれば便利だ。
他にも
ニイチがニ
とかいろいろあるが-----
まあいいか。
とにかくだ。
掛け算の九九くらいは全部覚えて
その上で使いこなせるように-----
と言いたいが-----
まあがんばってね」
そこでチャイムが鳴った。
初顔合わせの授業としてはこんなものだろう。
早々に職員室へと引き上げた。
あそこで-----
私がその手の熱血教師ならば
勉強そっちのけで
人生訓をたれるところだろうが。
まあいいか。
しかしアルミの件で
私が本当に間違えたと
生徒にとられてはいないだろうか。
それではしめしが。
まあ大丈夫だろう。
それと
あいつら本当に頭に入ったかな。
今のこと-----まあ
何度か繰り返すしかないか。
テストを見れば-----そこのところはわかるか。
それに習熟度表もそのように作るべきか。
掛け算の九九は覚えている。
割り算に対し
掛け算の九九の使い方は。
三角形の合同条件は。
その使い方は-----。
というように。




