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「当庭先生」
私は言った。
「二人ともメッタ打ちにされていると
言っていましたね」
「そうだ。
虹口によると-----
そうだ。
だから-----
殺人に間違いないわけだ」
旧校舎から職員室へ。
「一体誰がそんなひどい事を」私は。
「必ず犯人を挙げてやる。
そしてあの三人が犯人ではない事を
証明してやる」当庭も。
私は-----
当庭の表情をジッと。
「君も協力してくれ」
「はい-----
それは-----」
私はあいまいに。
乗り気がしない。
特にこの当庭とでは。
「当庭先生。
今捜してたんですよ」
教師の空戸だ。
二人を見つけ
あわてて近づいて来た。
「さっき、例の四人お親御さんが見えられて。
それで今校長が校長室で応対を。
当庭先生にも、
至急、来ていただきたいと」
「親御さんも心配だろう。
毎日見えられている。
警察に捕まってから」当庭。
そう言えば昨日も来ていた。
私たちは校長室へ。
そこには
“人”
という字の書かれた額が飾られていた。
当庭の顔を見るなり
「当庭先生。
ウチの子はどうなるのでしょうか」母親が。
「ウチの子に人殺しなんて
できるわけありませんし-----。
刑事さんにも言ったのですが-----
ぜんぜん取り合ってもらえませんし」
「ウチの子はやっていないと
言っているのに
どうしてわかってもらえないのか。
それが悔しくて」
口々に。
“だからこうなる前に
あれほど言ったのに
親が子供の気持ちを-----と。
しかし-----
今、それを言うのは”当庭。
校長も同じ思いだっただろう。
「あの時
先生の言う事を-----
もっと良く聞いて。
あの子の気持ちを
良くわかっておいてやれば
こんな事には」
「今それを言っても」父親も。
「ウチの明日摩は。
子供の頃から
厳しく育てたつもりだったのですが。
それがなぜこんな事に」板村の父親が。
「子供の頃は
親の言う事を良く聞くいい子だったのに-----。
どこでどう間違えたのか」
白根績の父親。
「ウチの元次だってそうだ。
少しヤンチャなところはありましたが
本当にいい子で。
それを-----。
小学校の先生がいけないんだ。
うちの子はやっていないと言っているのに
盗人あつかいを。
それからグレはじめたんだ」
多崎の親も無念そうに。
その話は何度も聞いている。
当庭は。
「今、そんな話をしても。
それよりこれからどうするかです。
お子さんたちは
やっていないと言っているんでしょ。
お子さんたちを信じてあげて下さい。
親御さんがそんな事でどうしますか」
「ですが警察はウチの子がやったと-----
頭から決めつけて」
「いえ。
私も警察の知り合いから
いろいろと情報を集めていますが
まだ決まったわけではありませんし」当庭。
「当庭先生のおっしゃるとおりです。
私もいろいろと当たっているのですが」
校長。
教え子の中には
警察幹部もいる。
「もう先生に-----。
何とかウチの子を助けてください」
「このままではウチの子は
殺人犯に」
「ウチの子にそんな事
できるわけが」
「先生方からも警察に」
口々に。
「もちろん私も当庭先生も
他の先生方も
事件発生からこの方ずっと
警察署へ出向きその事は-----。。
あの子たちが警察に補導されてからは
毎日です。
しかし-----」校長。
「しかし-----
何ですか」
「暴行した事は認めていますので
それで警察も」
「それは警察でも聞きました」
「しかしそれは子供同士の
単なるケンカ-----のようなものでしょう。
先生方もそのくらいの事は
子供の頃に何度も経験なさっているのでしょう」
その事は前々から。
「それがどうして殺人犯に」
「それに暴行したといっても
相手の子が悪いに決まっています。
そうでもなければ
ウチの子がそんな事をするわけありません」
当庭も校長も
子供たちの事を思うと。
この親たちよりも-----
子供たちに接する時間は
はるかに長い。
親たちは
やれ仕事だ。
家事だ。
何だといって-----
かまってやらない。
子供たちの気持ちを
受け止めてやろうとしない。
それに比べ
教師という職業は
それこそ四六時中
子供たちと向き合っていられる。
子供たちの悩み
苦しみ
思いを
それこそ直に感じられる。
そして
その心の傷も
充分理解できた。
そのあいつらが-----
どうしてそのような事を。
また-----何か言われたに違いない。
信頼を裏切られたのかも。
心に傷を持つ子供たちは
それが引き金となり
そのような行為に走る者も多い。
そういう事例が
いくつも報告されている。
しかし世の大人たちは
その事実と
正面から向き合おうとしない。
それどころか
臭いモノにはフタ
とばかりに
世の片隅に追いやろうとする。
面倒だからという理由で。
これでは子供たち
。救われない。
“人の気持ち”をわかって欲しいだけなのに。
あいつら。
それであのような事を繰り返し
それでもわかってもらえず
最後は-----。
どうなるか。
取り返しのつかない事を。
教え子の中にも
そういう子が何人
イヤ、何十人もいた。
その子たちは今
どうしているのだろう。
音信不通となった子も-----。
ほとんどだ。
それを思うに。
あの時
もう少しクラスメートを説得して。
そのクラスメートが
あいつらの気持ちをホンの少しでも
わかってくれていれば、
そんなことには。
心の傷も癒され。
心の傷を癒すにはそれしかないのに
そんな事もわからない。
コイツなら。
このクラスメートがわかってやれば。
こいつなら先生の指導に従って
荒れる子の気持ちをわかってくれる。
そう思って-----あれほど頼んだのに。
面倒見てやれと。
荒れる子も
あいつが友達になって
人の気持ちをわかってくれれば
これで立ち直れると
泣いて喜んでいたのに。
“教育”は無力だ。
どうして先生の気持ちをわかってくれない。
いくら先生がたのんでも
自分さえ良ければ。
そういう者ばかりだ。
少し困難な事に直面すると
もう-----。
荒れる子を見捨てて逃げ出す。
そればかりか荒れる子を
クズあつかい
盗人あつかいする者も。
人の気持ちをわかってやれるのに
そうすれば立ち直れるのに-----
そう言ってゴマ化そうとする。
そればかりか
本当にクズあつかいする者までいる。
どうしてそう取るんだ。
それでは“教育”にならないじゃないか。
そうじゃないんだ。
荒れる子は
人の気持ちをわかって欲しくて
あんな事を。
人というモノは
互いに信頼しあい
寄り添い支え合って-----。
それなのに。
もう少しで立ち直れる。
そう言って喜んでいたのに。
みんなそうだ。
荒れる子たちは。
あの子もこの子も。
それを-----
裏切る。
友だちをかえりみない。
自分さえ良ければ
そういう気持ちが出て来る。
そういう傾向は-----
特に。
特に-----
金持ち社長○○
そういう親を持つものに多い。
あいつらさえ
人の気持ちをわかってくれれば
立ち直れるのに。
あいつらが人の気持ちを
わかってくれないせいで
こうなったのに
責任を取ろうとしない。
教育界ではよく-----
そのせいで荒れる子たちは。
それはもう教育にたずさわる者にとり
常識のようになっている事だ。
当庭の脳裏には
その光景が走馬灯のように。
あいつもこいつも。
卒業生たちの顔が。
この私に力さえあれば-----
教育指導して
人の気持ちをわからせてやれるものを。
そうすれば
きっと立ち直れるものを。
世の中
どうしてそんな奴らを。
ひょっとして
それで-----犯罪に。
大人になって
この子たちのような事を
しでかしてはいないか。
この親たちの子供たちは
それが少し早く起きただけではないのか。
それなら-----。
今なら救われる。
それが大人になってからでは
どうしようもない。
今なら。
学校でなら-----
何とかなる。
“人の心を持った”
“人の顔をした”
学校でなら-----。
大人の世の中に出てしまってからではもう
どうしようもない。
誰も人の気持ちなど
わかってはくれない。
先生のように
わからせてくれる者もいない。
しかし
今なら。
当庭は。
校長も同じだっただろう。
決意も新たに
親たちにのぞんだ。
当庭にしろ。
校長も。
子供の頃
人の気持ちをわかって欲しくて
それでもわかってもらえない。
苦しくて、悲しくて
それで悩み-----。
将来に対する不安
このままどうなってしまうのか
という思い。
それに押し流されようとする自分を
どうする事もできない。
あいつさえ
親さえ
先生さえ
わかってくれれば-----
それで救われるのに
わかってくれない。
わかってもらおうと-----。
それでもわかってもらえない。
それで荒れでもすれば
クズあつかい。
それしかもう他になかったのに。
わかってくれない方が悪いのに。
どうしてクズあつかいなどされるのか。
それで
どれ程小さな心を痛めた事か。
どうすればわかってもらえるんだと。
親が世の中が、先生が悪いのに。
その時の苦しさ、
せつなさは
味わった者にしかわからないだろう。
-----。
だから
あいつらの気持ちは痛いほどわかった。
何としても。
あいつらがそのような事を
できるわけがない。
当庭はそう信じていた。
教師がそう信じてやらないと。
あいつらは殺人はしていないと
そう訴えているのに。
それを信じてやらなければ。
教師は
その、最後の砦なんだ。
「もちろん。
それも警察には
子供同士の単なるケンカだとは」校長。
「前はそれで-----」親も。
「ここで事を荒立てては
子供たちの将来に」
「もしそれが原因で
さらなる犯罪に。
そうなれば誰が責任を」
「自暴自棄になって何をするか」
口々に。
「ですが今回は殺人事件-----ですし」校長。
「警察もなかなか」当庭。
「そこを先生のお力で」
「我々も努力しているのですが」校長。
「真犯人でも挙がれば別ですが」当庭。
「では先生方も。
ウチの子たちが犯人ではないと-----」
「もちろんです。
あの子たちに殺人なんて。
教師がそれを信じてやれなくて
どうしますか。
私たちはそう信じています」校長。
私もそのやり取りを
かたわらで聞いて
思わず-----。
気をしっかりと持たなければ。
「先生に勧められた。
弁護士さんにも相談したのですが」
「どうでした」校長。
「今のところ“任意”ですので
そう長くは留めて置けないだろうと。
警察も」
「確かな証拠でもあれば-----。
警察が持っていれば別ですが」
親たちは
私は当庭の方を。
先ほどの刑事-----
虹口といったか
-----の話を思い出した。
警察もまだはっきりとした証拠は。
物証。
犯人しか知りえない事実か。
犯行に使われた凶器でも出てくれば-----か。
「とにかく我々はこれから警察に」校長。
親たちは顔を上げた。
「当庭先生も」
「もちろん」
“何としてでも”
「このままでは
あの子たちどうなるか。
もっとひどい事に」
そういう事を何度も今まで
経験してきている。
あの時もう少し-----
力があれば-----
救えたものを。
それを-----
助けてやれなかったやめに
さらなる犯罪に。
大変な事に。
それを思うと。
当庭は。
「君も来るかね」
校長は私に。
「はい。もちろん」
私は即答した。
「先生。私たちも」
親たちも。




