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「先生、こんな探偵まがいの事をして-----
大丈夫なんですか」私は。
「何を言っているんだ。
かわいい生徒たちが
無実の罪で裁かれようとしているのに。
ここは何としても真犯人を」当庭は。
まず殺害現場を見ない事には。
それで旧校舎に
私を連れ出したのは当庭だった。
当庭はすでに何度か足を運んでいるらしいが
私は気が気ではない。
この危ない先生-----
何をしでかすか-----。
させられるか。
「では先生は他に犯人がいるとでも」
「それは-----わからんが。
私は信じている-----。
あいつらにこんなだいそれた事が
できるはずないと。
殺人だなどと」当庭。
「聞くところによれば-----
二年前自殺した」
私は水をむけた。
「それは-----」
当庭も口が重い。
「他にも-----他校の生徒ともめて-----」
これを言うのは。
「どこからそんな話を」当庭も。
「いえ-----それは」
「教え子たちが殺害されているんだ。
こう言っては何だが
モノ取りの犯行か何かなら
そうも考えてはみたんだが」
「その線は薄い-----ですか」私は。
その手のミステリーでは。
「例えば-----。
何か危ない物の取り引き現場を
見てしっまたとか」
マサカ。
「それは-----ないだろう」
「そうですね。
峰月が殺害されたのは
椰田輝雄が殺害された前日ですし。
次の日、椰田は登校していた-----
んですよね」
私は当庭に。
「そう椰田は来ていた。
何もなかったかのように。
殺人を犯した人間がだよ-----
次の日にあのようにあっけらかんと
それはないだろう」
「それで何か変わったところは
なかったですか」
「ンー。
あの六人の内
来ていたのは椰田と衛山の
二人だけだった。
それであの二人に
他の四人はと聞いたんだが
ニヤニヤ笑うだけで。
いつもの事だしな。
それで気にも留めなかったんだが
こんな事になろうとは。
そうとわかっていれば
あの時もっと問い詰めておけば。
それを思うと。
あの時の二人の表情は
今も目に焼きついてはなれないよ」
くやしそうに。
本当にくやしそうに。
「先生は担任だったんでしょう。
他にあいつらを恨んでいる人間に
心当たりはありませんか」
「それが-----峰月の親は資産家だし
その線を洗えば
そう考えたんだがね。
いろいろとね。
そのくらいしか思いつかなくてね」
当庭は表情けわしく。
問題の教室へ。
「ここですか-----しかし-----
大丈夫なんですか-----。
勝手に入って」私は。
「大丈夫だろう。
誰もいないし。
ダメなら警官の一人や二人
立っているだろうし」
「なるほど」
今は使われていない理科室の中は
昼間でも薄暗い。
この理科室で殺されたのか。
当庭はロッカーのまわりを。
「この中から死体が出て来たらしい」当庭。
「死体を見つけた生徒にも聞いたんだが。
このロッカーから
外へころげ落ちていたらしい。
きっと犯人が
ロッカーの中へ隠しておいた。
それが何かのひょうしに外へ」
「このロッカー。
ロックがかかるのに
犯人はどうして
チャンとしめておかなかったんですかね」私は
「さあ-----わからないよ」
ロッカーの前の床には
警察のつけた白い人型のマークがあった。
私はロッカーのまわりを
そして中を。
何もない。
「ここが犯行現場ですか。
何もないですね。
全部警察が持っていっちゃいましたか」
私は当庭に。
「いや殺人現場は別で-----
ここに運び込んだらしい」当庭。
「どうして」
「さあ。死体を隠すため-----だろう」
「なるほど」
「旧校舎の裏が殺害現場のようだ」
突然-----後ろから。
「君たち。困りますなあ」
声がした。
振り返る。
男女二人だった。
「何だ。当庭か」男が。
年の頃なら当庭と同じくらい。
四十前というところか。
「虹口か。
なんだはないだろう」当庭が。
「先生。こちらは」
私は。
緊張した。
「私の同級生だ。
この中学の卒業生。
今は-----警視庁の刑事をやっている」
「刑事さん」
「あなたは」虹口が。
「皆山君。
皆山君でしょ」
もう一人の女性刑事が
私の顔を食い入るように。
私も相手の顔を-----。
誰だったか。
記憶を。
「忘れたの。
双風よ。双風。
三年間同級だった」
そう言えば。
「双風さん」
思い出した。
「美人になって」
私は思わず。
「それでどうしてここへ」
「彼女も刑事なんだ」
当庭が助け舟を。
「刑事。
君が」
私は感心したように。
「それで皆山君は」双風。
女性刑事だ。
「私。私は
昨日付けでここの教師になった-----。
「皆山君が-----先生に」
「そう-----。
やっと念願かなってね。
この歳になって-----
やっとね」
「苦労したんだ」双風が。
「世間話はそのくらいにして」
虹口-----刑事が。
「それで事件のあった日の
午後九時から十一時までのアリバイは」
「それは-----自宅で一人で-----。
確か-----
テレビを見ていたかと」
急にそう聞かれても-----だ。
十日以上前だし-----そうだったかな。
まさかここでアリバイを聞かれるとは。
「虹口。
皆山は昨日この中学へ
赴任したばかりなんだぞ。
事件とは無関係だろう」当庭が。
「まあそれはそうだが。
いつものクセでね。
気を悪くしないで。
しかしこのあたりでウロウロされるのは
当庭。
また探偵のまねごとか」
「探偵のまねごとはないだろう」
「いや-----先生。
こいつは。
中学生の時から探偵ごっこが好きでね。
それが何を-----
どこでどう間違えたのか教師にね」虹口。
「オマエだってそうだろう。
教師になりたいって」
二人は笑った。
「そう言うな。
オマエのように大学でも出ていれば
教師になれただろうがな。
それで刑事だ」
「まあ、お前には
所轄の時からずい分世話になっているしな。
感謝してるよ」
「だが今回は-----
殺人だからなあ」虹口。
「それで犯人の見当は」私は。
「それは-----
守秘義務というものがあってね。
すまないが」虹口。
そう、済まなさそうな口ぶりでもない。
「あの子たち三人は何と言ってるんだ」当庭。
それでも聞きたいらしい。
「それが要領を得なくてな。
峰月の方は
致命傷は後頭部の傷なんだが
石か何かで何度もなぐられている。
その前には
なぐるけるの暴行にもあっている。
しかし三人とも
なぐるけるの暴行はしたが
殺したりはしていない。
石でなぐってはいないと
言い張っている。
三人そろってね」
「どういうことだ」当庭は。
「まあ-----本当の事はしゃべらんだろうが。
致命傷が頭部の傷だときいてね。
自分たちはそんな事はしていないと
言い張っているわけだ。
あの連中。
口裏を合わせているだけかも知れんしな。
三人そろってな。
じゃあどうして
学校に次の日から来なかったんだと聞いても
要領を得ない。
それに肝心の石が見つからんわけだ。
その石をどこに持ち去ったかを
今ね」
その手のミステリーでは
普通、一度しかなぐらないのに
何度もか。
私は-----。
これでは倒れたひょうしに
石にぶつけたという偶発の線はないな。
確実に殺意を持って-----
やったわけだ。
「椰田の方は」当庭。
「そちらの方もだ。
こちらは鉄パイプか何かで
最初は後ろから。
あとはメッタ打ちだ。
あれだけやれば
犯人も返り血を浴びていて当然なんだが
あの三人にはそこまでの返り血はない。
それに-----
あの三人。
椰田の件については
全く知らないと言い張っていてな。
アリバイはない。
もう一人逃げている-----
衛山二郎か-----。
そいつを見つければ
何とかなるかと思って
捜しているんだが」
「まだ発見できないわけか」当庭。
「まさか自殺などという事には」私は。
「それは」刑事も
「だがそれならあの三人は
犯人ではない可能性も」
「それは-----なんとも」虹口。
「私は彼ら三人が犯人ではないと信じている。
もちろん衛山もだ。
だから大丈夫だと信じたい。
坂村にしろ白根にしろ多崎にしろ
みんないい子なんだ。
本人たちはやっていないと言っているんだろう。
教師としてその言葉を信じてやるのが当然だ。
あいつらにこんな事ができるわけがない。
石でクラスメートの頭を
何度も何度もなぐるなんてこと-----
とても。
虹口。何とかならないのか」当庭は。
「無理言うな。
これは殺人事件なんだぞ」
「しかし-----身に覚えのない罪を着せられて
その上何日も何日も
警察の留置場へ泊められたのでは
あいつらの壊れやすい心はどうなるか。
もしそのせいで自暴自棄になって。
そうなれば誰がいったい責任を」当庭。
「オマエの気持ちはわかるが-----
こればっかりは」虹口も。
「あいつら-----
今が大事な時なんだ。
つい先だっても
気持ちをわかってもらえた。
これで立ち直れると
喜んでいたんだその矢先に
こんな事になってしまって。
それでも何とか立ち直らせてやりたい」
「しかし-----
今までの自殺や万引きとは違うしな」
「自殺?」
それには女性刑事が。
「いや-----」虹口は。
「私たちが中学生の時の自殺事件。
先生、確か警察に知り合いがいるとかで-----」
私は-----記憶をさぐりながら。
「いや-----あの時は
単なる-----
成績不振や家庭の悩みによる自殺だったしね。
まあ-----そういうことだ。
たいした事はしていないよ」虹口刑事。
双風にしても初耳だったらしい。
「二年前のは」双風。
「二年前といえば、虹口」
当庭がさえぎった。
「例の親の件か。
あれはダメだな-----。
アリバイがある。
出張で静岡にいたらしい」
「静岡」東京からは近い。
「そう。社用でな。
静岡だ。
会議か何かがあったとかで
両日とも静岡のホテルに泊まっていたよ。
裏もとれている。
ちょうどうまい具合いに
二日間だけな」
意味あり気に。
「行きずりの犯行という線は」当庭。
どうしても自分の生徒の犯行とは
思いたくないらしい。
「その線は-----洗ってはいるんだが」
「薄いか」
「オマエの気持ちはわかるが
まあ捜査は我々にまかせて
また例の探偵ごっこなんぞ始めるなよ。
他人を引っ張り出して」
虹口は私をジロリと。
「それと先生」
女性刑事が切り出した。
「峰月護夫が殺害された翌日
椰田と衛山の二人は
登校していたということでしたが
何か変わった様子はなかったですか」
「いや。これといって。
“他の四人はどうした”と聞いても
ニヤニヤと笑うだけで」当庭。
「どうも不思議に思うのですが。
他の三人は来ていないのに
どうしてあの二人だけが登校していたのか。
あとの三人は峰月を殺害して
怖くなって隠れていたとして。
本人たちは否定していますが。
それを椰田たちはどうして。
それについて先生。
どう思われますか」
「そう言われれば殺人を犯した後で
ノコノコと学校へ来るものですか」私は。
「よほど肝がすわっていないと」虹口。
「まあイジメで自殺者が出ても
あっけらかんとして
出てくるケースもあるようですから」私は。
「あの二人は。
椰田と衛山です。
性格的にどうでした。
当庭先生ならばよくご存知でしょう。
例えば警察沙汰になるような事を
しでかした後などどうでした」双風。
「それは」
どう答えたものか。当庭は。
「そう言われればあいつら六人とも
程度にもよるが-----
あの三人は出てこない事が多かったような。
椰田と衛山は
わりとあっけらかんとして出て来ていたような」当庭。
「人を殺した後でも-----ですか」
「それは-----私には。
ですからあの三人が犯人などということは」
歯切れが悪い。
「まあ逃げている衛山が発見されれば
そのあたりもわかるだろう。
本人に聞くのが一番だ。
しかしあいつら本当の事は言わないか。
それよりここは-----。
部外者にはあまり入ってもらっては。
帰った帰った」虹口
私と当庭先生は追い出された。
旧校舎裏の殺害現場と思しき場所へも行ったが
なにも-----。
場所さえよくわからなっかた。
血痕のあったらしい場所には-----
白い線で。




