第6話
前線の人間が帰ってきた、という報告を受けたのは日がすっかり落ち込んだ後の事だった。
事前に戦場から受けた報告は通信兵を通して俺は聞いていたのだが、やはり目で見て確認しなければ安心など出来る筈も無い。
戦場から帰ってくる人間は大きめのトラックに乗せられて順々にやってくる。最初に返ってきたのは戦場で重傷を負った兵士達だ。治療室に運ばれていく兵士達を横目で見ながら俺は三人娘とその姿を重ねてしまい吐き気を催した。だがどうにか踏ん張って耐えた。
そんな絶望的な事は有り得ないと想像を頭から振り払った。
第一、戦況は終始こちらに有利のまま終わったそうだし、前線に居た人間であっても重傷を負えば最初のトラックに乗せられて帰ってくる筈なのだ。
即ち三人娘はいずれも大怪我を負っている事は無い。だろう。
幾ら『新人類』であっても、幾ら沢山の兵士達に忌み嫌われる存在であったとしても重傷を負えば彼らは娘達を介抱してくれる筈だ。
…………。
いや、考えても仕方が無いのだ。俺はただ彼女達の無事な姿をこの目に収めれば良い。
やがて前線の兵士達が乗せられているというトラックが彼方から姿を見せた。
報告通りならばあのトラックに娘達は乗っている筈だ。トラックは酷い砂煙を轟々と立ち上らせながら姿を大きくしていく。その不格好な様は戦場にぴったりだなと何となく思った。
トラックは駐屯所のすぐ近くに止まり兵士達を次々と下ろしていく。俺は今か今か、と三人が姿を見せるのを待っていた。しかし幾ら待っても彼女達の可愛らしい、愛おしい笑顔を見る事は出来なかった。トラックは最後の一人まで下ろし終えると何処へやらと移動していった。
俺は混乱した。何故彼女達が帰って来ないのだろうと冷や汗をだらだらと掻きつつ地団太を踏み、震え、首をキョロキョロと動かした。
俺が気付かない間に三人はトラックから降りたのだろうか。それとも……。
「カルラ、落ち着け」
するといつの間に近くに居たのだろう、ロンドが俺の隣にいて嘆息していた。
「ろ、ロンド。俺の娘達がい、いないんだが。まさか、いやそんな筈は……どうなって……」
「あのさ……。戦場に一体どれ程の規模の人間が出向いていると思っているんだい。まさか最初のトラックの人間だけで戦える筈が無いだろう。これからもトラックはやってくる。恐らくはそれに乗っているんだろう」
「あ、……成程」
俺は胸を撫で下ろしつつ、そわそわしながら彼女達の帰りを待ち続けた。
次々にやってくるトラックを確認しては落胆する。そんな事を繰り返しながら待ち続ける。精神がいずれ擦り切れるんじゃないかという程心臓をざわつかせる所作に俺は精を出していた。
結局、三人娘は最後にやってきたトラックに乗っていた。
三人娘の内、最初に降りてきたフィオの姿を見つけるや否や俺は彼女に抱き着いた。
「フィオ! フィオ――――ッ! 大丈夫か、元気か、怪我は無いか! いつも可愛いな、お前は……良い匂いだなぁ……。それに色々柔らかい……ずっとこうしていたいぐらいだ……。見た限り怪我は無さそうだけど、本当に大丈夫だよな、元気だよな!? お前は俺の可愛い娘だよな? あとキスしても良いか!?」
「言い訳無いでしょ、この変態!」
後ろから頭を勢いよく殴られた。俺は横方向に回転しつつぶっ飛びながら地面に激突し、そのまま砂煙を上げつつ転がってそして止まった。
「抱き着いた……抱き着いた迄は良かったわよ! いや良くないけど! それでもそこまでは一応許してあげるけれど、でも匂いを嗅いだり、お、おおおおっぱいを揉んだり、挙句の果てにはキスしようですって!? ゆ、許せる筈が無いでしょうが! ほら、フィオなんて驚き過ぎて、もうそのまま昇天しそうになっているわよ!」
「あわ、あわわわわ、あわわ…………。お兄様がフィオの匂いを嗅いで……お、お胸を揉み揉みして、それでキス……です、です!? ……あわわわわ、あわわわわわ……」
俺は身体を起こしてフィオへと視線を送ると確かに彼女は顔を朱色に染め上げ目線があらぬ方向へと向いている。状況についていけなくなったのかうわ言を繰り返し呟いていた。
「大丈夫だ。あれが俺の愛情表現なんだから支障は無い」
「支障しか無いわよ! まったく……まったくったらまったく。お兄ちゃんのどうしようも無いエッチな頭には困ったものね」
「大丈夫だ、ナナ」
俺は力強く頷いて、それで居て満面の笑みを見せた。
「俺はお前ら(ロリ)だからこそ欲情しているんだから」
「大問題よ!」
「むしろお前らにしか欲情しないから」
「問題外よ!」
「ナナ。俺はお前らに愛を訴えているんだ。父と娘の愛の形は抱き着いて確かめるべきだろう? だから俺はお前ら娘と愛を語り合っているんだ。絆を確認しあっているんだ。決していかがわしいつもりなど無い。微塵にも無い」
「さっき欲情しているって言った時点でその言葉は信用出来ないわよ!」
「それとさ。さっきから踏ん反りかえっているけどお前も勿論俺の性的欲求の対象だからな?」
「……え?」
ナナは怯えた光を目に宿し後退りをする。
しかし俺はロリコン! 希望を前にして後退など有り得ない。
ターゲットはロックした! 前進あるのみぃいいいい!!
「さあ、ナナ! 抱き着かせろ、胸を揉ませろ、キスをさせろ、全身を舐めさせろ! 愛は欲情する事にこそ見つけたり! その寸胴みたいなナイスバディに俺は全霊で以て答えてやる!」
「寸胴で悪かったわねぇ!? うわああああん!!」
「……ん? そう言えばミーシャは何処にいるんだ?」
俺はナナの身体を思いつく限り堪能した後にミーシャの姿を探すべく首を振る。
「カルラ、ここに……居る、よ」
「良かった。ミーシャもここに居た、か……?」
俺はミーシャの可愛らしい姿を見つけ、そして瞬時に気付いた。
――――ミーシャは右足を庇っている事に。
「ミーシャ! お前、右足怪我をしているじゃないか!?」
俺はミーシャの右足、太腿付近に流れている血を見て慌てた。
「ミーシャ! ミーシャ! ミーシャ! ……ああ! 大丈夫か、大丈夫なんだよな!」
「カルラ……落ち着いて、ただの生傷。それに掠っただけ、だから……」
「こんな怪我……。ミーシャ。今すぐ俺が舐めてばい菌を取り除いてやるからな……」
「落ち、着いて……」
ミーシャは太腿に縋り付く俺の頭を叩いた。情けない声を上げながら俺は地面に突っ伏す。
「相、変わらず……目敏い、ね、カルラは」
「だってミーシャ……。怪我しているなら処置しないと。処置と言えばまずはばい菌を除去するところからじゃないか。それならば俺が舐めて取る以外に方法なんて無いだろう?」
「……ばい菌を……除去、するなら水で洗い流す方が……良い。わざわざカルラに舐めて……貰う必要、無い」
「そんな事は無い! 俺はミーシャの太腿が舐めたい……じゃ無かった。一刻も早く処置をしないといけない、そう思ってだな……」
「本音が漏れているわよ、変態!」
ナナの再度に渡る怒りの鉄拳が俺のみぞおちへと突き刺さった。
「……ちょっと……みぞは……みぞはマズい、ぞ?」
「ふと、ふふ太腿舐めたいなんて……そんなエッチなお兄ちゃんには当然の制裁よ!」
「ぐぅ……」
ナナの言う事は的を得ているので呻くばかりの俺は返す言葉も無い。
ま。
とは言え実際のところ俺は少女に殴られている――つまりは少女に構って貰えている。この事実にさえも幸せを感じられるんで、それはそれで快感なんだけどね!
快楽は痛みを水で薄めたようなもの。それが少女なら尚の事、なのである。
「ナナねぇ……。カルラ、が変態なのはいつも、だよ……?」
「ミーシャ。例えそうであっても殴らなければ分からないのが獣なのよ?」
「俺、獣扱い!?」
なじるような視線を俺に送るナナ。まあこれはこれで……。
「でも……ナナねぇ。ぼく、別にカルラに舐めら、れても、……良いよ?」
「は!?」
「だって、それって……その時、カルラはぼくだけの、カルラ、だもの……」
「あ! ミーシャちゃんってばズルいです! それならフィオも……」
「むむむ……。い、いや! 駄目よ! お姉ちゃんとしてそんな事、許せません!」
「……どうし、て?」
「ナナちゃんてば頑固です!」
凄い剣幕で首を振るナナに対し、ミーシャとフィオは抗議する。
「どうしてもこうしても駄目ェ――ッ! 駄目ったら駄目なの!! そんな不健全な関係、あたしは許さないからね!」
「むぅ……ナナちゃんってばいっつも強情過ぎるんですぅ!」
「……分からず、屋」
尚もナナに食い下がるフィオとミーシャ。その光景を俺の隣で見ていたロンドは笑った。
「ははは! 良かったなぁ、カルラ。『いつもの』皆が帰ってきて」
「まあ……な」
俺はロンドに同意した。
そうだ。彼女達はいつだって元気な姿で俺の元へと帰って来てくれる。
それが俺にとってこれ以上無く愛おしい。
「お嬢ちゃん達、喧嘩なんて止めな! こんな男の為に喧嘩なんて折角の可愛さが台無しだよ」
「ロンドお兄さん何を言ってるの!? お、お兄ちゃんの為にけ、喧嘩なんてしていないもん」
「そうですよ、そうですロンドお兄さん! ただの話し合いです」
「……相談」
「ふむ。分かった分かった。相談は確かに有意義な事だ。しかしそんな事せずとも安心しろ。この男はお嬢ちゃん達が『仕事』に行っている間も無事をずーっと祈っていたんだ。飯だって食わずにな。だからお嬢ちゃん達が心配せずともこの男は皆の事が大好きさ」
「お、おい……ロンド。そういう事は言うなよ。気恥ずかしいじゃねぇか……」
俺は動揺を隠せずロンドの肩を掴む。
「良いじゃないか、カルラ。クソッタレな戦場から無事、帰って来たんだ。これぐらいのご褒美が無くてどうする?」
「ご褒美……?」
……ロンドは一体何を『ご褒美』だと、そう言っているのだろうか。
「さすがは朴念仁。何がご褒美だか分からねえって顔しているな」
「そりゃあな。美味しいモノでも奢ってくれるのか?」
「馬鹿だね、君は。そんな事せずとも……ほら! 見てみろよ、お嬢ちゃん達の顔を!」
俺はロンドに言われて、三人娘の顔をまじまじと見た。
「……お兄ちゃんが……あたしの事、大好きだって……ずーっと無事を祈っていたなんて……それって……大好き、大好き、大好き……」
「はわわわ……お兄様がフィオを大好きって……ふにゅう……」
「……大好き……うん。ぼく、嬉しい……」
そこには嬉しそうに頬を赤く染める彼女達が居た。
成程、これは……。
「分かったか、カルラ? 君がどれだけお嬢ちゃん達から愛情を貰っているかって事を?」
「ふむぅ。さすがに理解したよ」俺は深く頷いて言う。
「三人娘も皆、まだまだ子供だなぁ。さては俺に甘えたいんだな? 良し良し……愛い奴らめ……こりゃあ帰ってから熱い抱擁をしてやらねば……ッ!」
「…………。馬鹿だ、馬鹿が居る。これだけ分かり易い反応されたのにも関わらず解釈した結果それか……。はぁ……。こりゃあお嬢ちゃん達も難儀な相手を好いたもんだ」
ロンドは俺の横で溜息を吐きつつ、かぶりを振る。
おかしな奴だなぁ……一体俺の何が間違っていると言うのだろうか。
未だ意識を彼方に飛ばす三人娘を前にして俺は首を傾げるばかりだった。