第4話
『新人類』という人類の存在を最初に『現人類』が認めたのは二十年程前の話になる。
ネオヒューマン、ヒューマンスタンダード、そして――悪魔の子供達。そんな名称、俗称、侮蔑語で呼ばれた新たな人類は極めて特徴的なパーソナルを有していた。
とは言え彼ら――『新人類』は見た目、『現人類』――俺達と何ら変わっている事は無い。ツノなんて何処を探したところで生えてないし、ふっさふさの体毛も無い。猫耳も、獣の如き尻尾なんてのも全く以て見つからないし、『新人類』特有の痣も無ければ、腕や足の数が『現人類』に比べて多い、なんて事も勿論無い。
『新人類』の特筆すべき『現人類』との相違点は類稀なる身体能力、高『過ぎる』スペックにある。各筋力に始まり柔軟性、心肺機能、視力、聴力、嗅覚、etc、etc。彼ら『新人類』はありとあらゆるスペックに置いて『現人類』と比べるべくも無いパーソナリティを有していた。
そして――――もう一つ特筆すべき点が彼らにはある。
『新人類』のそのスペックは『現人類』に比べて早熟だと言う事だ。
『現人類』のスペック、例えば運動能力は十代後半から二十代にかけてピークに達し、そしてその後、歳を経る毎に急激な運動能力の衰えが生じるのに対し、『新人類』の運動能力は生まれた時点から急激に上がっていき、個人差はあれども大抵、十歳から十二歳の頃にピークに達する。その後、十年から二十年は高い数値を保ち続け、ゆっくりとその運動能力を低下させていく。つまり俺達『現人類』に比べると、若い肉体を保っている時間が非常に長いのだ。
更にピークに達した『新人類』のスペックは『現人類』の健康的な成人男性のおよそ十倍以上にもなると言われている。即ち『新人類』とはありとあらゆる面で『現人類』を圧倒する新時代の人類と言っても過言では無かった。
ただし『現人類』が直ぐにでも『新人類』のスペックを認め、受け入れたかと言えばそんな事は勿論無かった。人間とは隣り合う自分達と少しだけ違う存在を本能的に忌み嫌うものである。不思議の谷現象でさえ証明されているロボットの代わりを担ったのが、誰であろう『新人類』の存在に間違いないのだった。
『新人類』という存在を『現人類』が認めたのは二十年も前の話になるが、その実『新人類』の存在は三十年以上も前から確認されてはいたらしい。『新人類』は遺伝性の無い事が確認されている。即ち『現人類』の子供として突発的な変異種として『新人類』は世に生を受けた。
本当の意味で最初に『新人類』を確認した『現人類』は大層驚いたであろう。何故なら自分達の子供が信じられないくらいの筋力を有し、夢であるかのような体力を示し、目を塞ぎたくなるようなパーソナルを示したのだから。
結果、新種として――『新人類』として認知されるまでに費やした年月およそ十年もの間、彼ら『新人類』が『現人類』によってどんな扱いを受けていたのかは想像に難くない。
――――徹底的な迄の差別、迫害、そして――――虐殺である。
『悪魔の子供達』。そんな差別用語で以て差別される事になった『新人類』は地獄絵図のような十年を過ごす事になったそうだ。『新人類』というだけで親からは捨てられ、掃き溜めのような場所に追いやられ、そして時には鬱憤晴らしとばかりに――――殺された。
人間としての尊厳など与えられるべくもなく、かと言って家畜程に重宝される事も無い。
本当に――――『ゴミ』として扱われた。
彼らは見た目も中身の列記とした人間だったのにも関わらず、だ。
少し高い能力を有してる、というだけの事で。
その時の『新人類』は一体どういう気持ちだったのかは予想する事すら烏滸がましい。
その内、十年の時を経て数を増やしていった『新人類』の存在を『ゴミ』として捨て置く事が出来なくなった『現人類』はようやく彼らを人類として認知するに至った。
だが、それでも彼らに対する迫害と偏見は無くならない。
それどころか『新人類』を道具として有効利用する風潮が現れ始めた。
――――内紛や小競り合い。戦争に置ける体の良い使い捨ての道具として。
そういう意味に置いて『新人類』は高い成果を上げた。何せ『現人類』に比べれば圧倒的なまでの『強さ』を有す人間達なのだ。更に子供であっても否――子供である方がスペックは高い事が多い上余計な知恵を身に付けていないので、命令を与えやすく洗脳も容易であった。捨て駒としての任務を与えられた『新人類』は時に一人で一個師団に当たる程の働きを示した。
皮肉だったのはこの時の成果でさえも『悪魔の子供達』としての認識を高める事だったが。ただそれはもう仕方の無い事だった。
またこれも当然の帰結なのだが『悪魔の子供達』として育てられた子供達がどんな人間に育ったかなんて最早言うまでもない。
『新人類』は様々な国、地域、社会にて凶悪犯罪を繰り返した。
これを理由として人々の間に偏見が広がる。分かり易いまでの見事な悪循環が出来上がった。
今も『新人類』は酷い偏見の目や差別に耐え、苦しみながら生きている事が多い。
彼らにも人間としての心があるのに――――
「僕はさあ、カルラ。君の事を羨ましい、さっきそう言ったよね?」
「……それがどうかしたか?」
俺は腰を下ろしてロンドと共に言葉を交わす。
だが視線は少し離れた場所に居る俺の可愛い娘達、ナナ、フィオ、ミーシャに注がれていた。
一応娘達の実力を認めたのか、軍部の人間は彼女達を加えて今は『戦争』の作戦内容について話し合っている。
三人娘も神妙な顔付きで、時折頷きながらヒンメルさんの話を聞いていた。
彼女達は『新人類』としてのスペックを生かす為、傭兵としての生活を営んでいた。
当然――――俺は反対した。
例え彼女達が『新人類』であったところで、彼女達は列記とした『少女』なのだ。
少女ならば――子供ならば――もっと平和な環境で暮らすべきだ。
しかし彼女達はそれを良しとはしなかった。
彼女達は自らの意志で自ら戦場に立っている。自ら死地へとおもむく。
いつ死ぬかも知れない場所へと進んでいく。
だが、同時に彼女達――『新人類』にとって傭兵という職業が天職である事も偽らざる事実だと俺は思っている。
何せ音速を超える弾丸をその生まれ持つ優れた洞察力で容易に捉え、そして軽やかな俊敏さで以て弾丸を躱し敵に近づき、子供とは思えぬ腕力で敵を屈服させる――――『現人類』が数十年かけて会得する能力を生まれながらにして持っている『新人類』。
これを天職だと言わずして何だと言うのだ。
まるで戦う為に生まれてきたような――――そんな人間だ。
それでも俺は――――反対する。
いつ地雷を踏んで死ぬかも知れぬ少女達を想い俺は気が気では無くなるのだから。
「でもさ、カルラ。僕は同時に君を尊敬しているよ。だって彼女達――――ナナもフィオもミーシャもそれぞれ笑顔で居られる。『新人類』であるにも関わらず。それは奇跡であると言っても良いんじゃないかな? そしてそれはカルラ、君の功績だ。彼女達が笑顔でいられるのは君が居たからなんだ。それを君は誇っても良いんじゃないか?」
「そんな訳――――無いだろう」
俺はロンドの言葉を否定した。
「少女が少女として――――子供が子供として笑顔を浮かべるなんて事は当然なんだ。本来ならば俺なんか居なくても彼女達は笑っていなければならない。幸せでいなければならない。……でもこの腐った『世界』はその限りじゃない」
「君は謙虚なんだね」
「…………。どうしてなんだろうな」
「何が……だい?」
「どうして『世界』は少女が幸せに暮らせるように出来てないんだろうな」
俺は吐き捨てるようにして言った。
ナナもフィオもミーシャも死ぬかも知れない戦場におもむかなければならないんだろうか。
「そうだな。『帝国』が潰れてからと言うもの『戦争』の規模も頻度も酷くなったよな」
ロンドは言う。俺はその言葉に苦々しく頷いた。
「もう十年も前の事になるのか。『帝国』が潰れてからと言うもの、どの国も覇権を競うのに必死だからな。必然的に戦争も増える訳だ」
『世界』は幾つかの国に別れている。それぞれ独立したルールや法が敷かれており、人々はその中で時に幸せに、時に不幸せに暮らしている。
まあ中には俺達のように何処の国にも属さない半端者も居る訳だけど……。皆概ね国という巨大組織の保護下に入り暮らしている事が一般的だ。
ただ国と言っても、大国、小国、それぞれパワーバランスが分かれており、ほんの十年前まで『世界』の中でも特に強大な力を誇っていた国の事を俺達は俗に『帝国』と呼んでいる。
『帝国』は十年前、国家としての形を崩壊させるまで強大な支配力を秘めており、近隣の国のみならず遠くの国までその支配権に収めていた。
簡単に言えば『帝国』は長くもの間、『世界』の中で頂点に居た訳だ。
しかしながら十年前、『帝国』は革命だか何だかで長い事維持していた態勢を瓦解させ、あっと言う間に国としての形を失くした。
ただそれは仕方無い。元々独裁政治で持っていた国だ。革命で潰されても仕方が無いだろう。
問題なのは『帝国』が潰れた事では無く、その所為でそれまで『帝国』の支配国であった国が我先にと覇権を求めて軍事を拡大させた事だった。
その結果、二つの国が第二の『帝国』になるべくその力を拡大させた。
軍事国家『トルテミア』と神聖国『プレステュード』だ。
二つの国家は軍備を拡大、近隣の国々を次々と飲み込んでいった。現在は定期的にそれぞれの陣地に進行、撤退を繰り返しお互い覇権を競い合っている。
十年前から一転、戦火の絶えない『世界』に変わった。
詰まる所、これまで何だかんだ『帝国』は『世界』の平和を維持していた立場だったのだ。それが瓦解した所為で堰を切ったように平和は崩れ、紛争や『戦争』は増えていった。
また『トルテミア』、『プレステュード』も勿論だが、その傘下にある他国家だってあわよくば二大国家に台頭しようと隙あらば寝首を掻くべく必死だ。自分達が第二の『帝国』になるべくして。いや――それも良い。人間、争いあう事でしか自分達の力を誇示出来ないというのなら好きにすれば良いのだ。何なら自業自得のままに死んだとしても、さほど問題では無い。
だがその所為で『新人類』が道具として扱われる風潮を俺は絶対に肯定しない。
既に世間一般では子供、特に『新人類』は性別関わらず戦場に出る事が当然となりつつある。――――だがそんな事は絶対におかしい。間違っている。
子供達が人を殺さなければ生き残れない『世界』なんてのは絶対に――――間違っている。
「ただね。僕のような人間は『戦争』が起こっている事によって生活出来ている部分も少なからずあるんだ。一概に『戦争』の全てを否定する事は出来ない。『戦争』をする事によって需要が拡大し経済が成り立っている部分も少なからずあるんだ。それは分かるよな?」
「ああ」
ロンドの言葉に俺は首肯した。
当然だ。そんな事は分かっている。現にロンドや三人娘も軍事国家『トルテミア』の肩を持つ形で傭兵として働いている。
自分の命が他の命に支えられている事を知った上で尚――生きているのだ。
「確かに俺は『戦争』を否定している訳じゃない。でも『傭兵』としての仕事を紹介してくれるお前には言いたかないけれど俺は出来るだけあいつらには戦場に出て貰いたくは無い。幸せで居て貰いたい。ただそれだけなんだ」
「僕もそうだよ。……でもさ。君は兎も角として。今彼女達『新人類』が働くとすれば、こういう仕事ぐらいしか無いんだよ。現実的な問題としてな。死というリスクの伴う仕事以外に『新人類』が生きていける場所は無いと言っても良い」
「誰もあいつらを雇ってくれない。……そういう事か?」
「僕や君みたいに『現人類』の中で『新人類』に理解ある奴なんてのは砂漠に落としたダイヤを探すようなものだろうね」
「じゃあ自営業――じゃないにしろ何らかの生産者に回れば……あるいは」
「消費者は生産者である人間が『新人類』だと分かった時点で正規の値段じゃ取引してくれないだろうな。知っているだろう? 市場で出回っている『新人類』が作った農作物、一体どれ程安いと思っているんだ?」
「ただ同然、だな……」
市場で流れている生産者が『新人類』の食料品は既に食料品という値札が付いていない。『食料品』では無く『廃棄品』なのだ。心傷まずにはいられないものがある。
「下卑た話をするなら彼女達『新人類』は身体を売る事すら許されない。最早、戦争に置いての『消耗品』だ」
「ロンド、悪いが……」
消耗品。俺はその言葉に青筋を立てた。
「分かっている。僕だってこんな事は言いたくない。けれどそれだけあの娘達、三人が笑顔を浮かべて居られるのが奇跡的なんだよ。誇って良いって言うのはそういう事だ」
「……誇る、か。そんな事をするぐらいなら俺は彼女達に謝るよ」
「ふふっ。君らしいね」
ロンドは柔和で、しかし力の無い笑顔を浮かべた。
まるで懺悔する罪人のような表情で、いや実際にそのつもりなのだろう。
「お兄ちゃん!」
ふと項垂れていた顔を上げる。そこにはナナとフィオとミーシャの可愛らしい笑顔があった。
「お兄様。フィオ達、この『戦争』の最前線に出る事になりましたです。怖いですけれど、その……これでお兄様の役に立てるかと思うのです」
「これでお給金、沢山貰えるよ! 帰ったらあたし達と一緒に美味しいもの沢山食べようね!」
「ぼく、は……カルラの膝で、食べ、る。良い……でしょう?」
「勿論だ」
俺は少女達を見て、そして願う。
絶対に――――傷つかないように。絶対に――――死なないように
「お前達が帰ってきたら、俺は真っ先に抱き着くぞ! キスするぞ! 何だったらペロペロ舐めましてやる! だから……怪我なんてしないで帰ってきてくれよ」
「カルラ……大、胆……」
「そう、ですね……。大胆です……はふぅ」
「あ、フィオったら顔、赤くしてるう! エッチぃんだぁ! お兄ちゃんはもうどうしようも無いぐらい変態だけど、フィオも同じだ!」
「ち、違うです! ででもナナちゃんだって顔、真っ赤です。知っているです、ナナちゃんはお兄様に頭なでなでされたいんですよね?」
「な、なな! ち、違うよ! あたしは、えっと、ほら出撃前で、緊張しているだけで……」
「ナナねぇ……。もっと素直、になれ……ば良いのに……。ぼくら、みたいに……」
「貴様ら時間だぞ! まったくこれだから『悪魔の子供達』は……。時間の管理も碌に出来ない……。ボロ雑巾になりたくなくば雄々しく闘う事だ!」
遠くの方からヒンメルさんが三人娘を呼ぶ声が聞こえてきた。彼女達は少し名残惜しそうな表情をしつつ、やがてヒンメルさんの元へと向かった。
「……頑張って。頑張って、くれよ……」
頑張れ。そんな事しか言えない自分が本当に情けなかった。
俺が彼女達に出来る事と言えば形の無い気持ちを言葉という不確かなもので渡してあげる事。そして――――祈る事だけだった。
俺は少女達の無事を祈り続ける。そんな事しか出来ないのだ。