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第3話

「ロンド。今回の作戦指揮の連中はこいつら――『新人類』に関して何処まで知っているんだ?」

「うん。一応、知識としては問題無く知っている連中が殆どだ。しかし……」

 ロンドは少し目線を下に落とした。



「…………。しかしながらお嬢ちゃん達――『新人類』に友好的な感情を持っているかと言えば別問題だ。それに理解及ばずに嬢ちゃん達に酷い偏見の目を向ける連中も居るだろう」

「……そうか」

 俺は頷く。成程、いつも通りという訳か……。


 ロンドを先頭にして俺以下三人娘は歩き出した。


 ロンドは少しばかり歩いた後、プレハブ小屋のような場所に入っていった。中は外よりも多くの人間が動き回っており、口々に何やら話し合っている。



 相変わらず敵国――『プレステュード』との戦闘前ともなれば、吐き気を催す不安とそれを士気で無理矢理上書きするような、自分を騙す昂揚感とで多くの人間が複雑な表情をしている。その中に居るのは何とも言えぬ嫌悪感を覚えた。特に俺みたいな余所者は。



「カルラ。紹介して置こう」

 ロンドは暫く辺りを見渡した後、多くの人間の内の一人に向かって歩き、そして声をかけた。


 無精髭を生やした短髪の粗野な外見の男だった。発達した筋肉はいかにもガチガチの軍人だ。



「この御方は今回の『戦争』の指揮を務めるヒンメルさんだ」

「……ヒンメルだ」

 単調な自己紹介を受けて俺も彼に対し頭を下げた後、右手を差し出す。


「俺はカルラと申します。今回はどうぞ宜しくお願いします。ヒンメルさん」

「こちらこそ、今日は宜しく頼む」

 ヒンメルさんはこちらの握手に応じてくれた。



 ゴツゴツとした瞬時に鍛えられていると分かる岩のような拳を握り、俺は圧倒される。


「よ、宜しくお願いします」「お願いします……です」「お願い……しま、す」

 俺に合わせてナナ、フィオ、ミーシャの三人もヒンメルさんに向かって頭を下げた。


 ヒンメルさんは挨拶を受けて、三人娘に視線を合わせた。

 そしてその瞬間、彼の目を見て俺は察した。



 ――――成程。ちょっと面倒だな、と。


 ヒンメルさんの三人娘に向ける目はまるで汚物を見るかのような、薄汚れた目だったから。

 三人娘も気付いたのだろう。明らかに表情が凍り付いている。


 ……これは彼女達が『仕事』をし易いよう、俺が少しフォローする必要がありそうだ。



「今日はロンドを通し、お声かけ戴きまして真にありがとうございます。……この娘達が今回、貴方の軍部の『戦力』として加わります。どうぞ宜しくお願い致します」

 俺の声にヒンメルさんはギロリと目を向ける。


「ある程度は聞いている。こいつらがかの悪名高い『悪魔の子供達』らしいな。おい、ロンド」

 吐き捨てるように言うヒンメルさんに対しロンドは柔和な笑みを見せる。


「何でしょうか?」

「……貴様の見立てを疑う訳じゃない。我々の作戦に際し、貴様の持つ情報やコネは役立っている。しかしながら今回に関しては通り一遍に貴様の言葉を信じる事が私には出来ない。こいつらは本当に使えるのか? もしも使えたとしても本当に信用出来るのか?」

「ヒンメルさん」

 ロンドはあくまでも柔和な笑みを崩さずに、しかしはっきりと口にした。


「僕はこの仕事に就いてそこまで日は長くない。言っても五年経つか経たないかくらいの駆け出し……貴方が疑うのも無理は無いでしょう。しかしこの僕が少ない経歴の中で敢えて自信を持って断言します。この娘達は――――本物です。必ずや貴方達の『戦力』として八面六臂の活躍を見せてくれる事でしょう。そしてそれ以上にこの娘達は巷で蔓延る偏見の元とは違って心優しい、十分に信用の置ける『人間』です。僕が保障しますよ」

「…………」

 俺は無言でロンドに敬意の念を向ける。



 ロンドは情報屋兼傭兵仲介業を営む腕利きの知的傭兵アドバイザーとして界隈で多くの信用を獲得している男だ。彼を頼りに作戦を組む軍人も多いと聞いている。


 ヒンメルさんもロンドの腕を頼りにしている人間の一人なのだろう。口振りから察するにロンドに何度かお世話になっているらしい。



 ――――しかしながら。



 彼の信用と力量を以てしても『新人類』に対する偏見を軽減させる事はどうやら簡単な事では無いらしい。ヒンメルさんは尚も苦い顔をし続けている。


「……まあ良い。どうせ『悪魔の子供達』。死んだところで、どうと言う事も無いだろう」

「…………」

 ヒンメルさんの言葉で俺は脳の血管がはち切れそうになった。無言でこちらを見るロンドの視線が無ければ構わずぶん殴ってやりたいところだったが、そんな事をしてしまえば全ては台無しだ。三人娘の決意をも不意にしてしまう事になってしまう。



「貴様ら、一応ロンドに免じて使ってやるが死ぬなら精々邪魔にならないところで死んでくれ。戦線の重要箇所で死なれては片付けるのが面倒だからな」

「……ひぃ」

 ヒンメルさんの心無い一言に人一倍気の弱いフィオは涙を浮かべた。


 他の二人も泣いてこそいないものの、その顔からは血の気が引いている。

 当然だ。幾ら『新人類』と言えども彼女達は少女なのだ。



 傷つきやすいガラス細工のような繊細な絹糸で編まれた心を持つ――――子供なのだ。


「ヒンメルさん、一つ良いですか?」

 とうとう俺は我慢出来ずに荒げた声で無精髭の無骨な男の前に一歩躍り出た。



「お、おい……カルラ」

 ロンドは俺の肩を掴んだ。俺は彼に視線を送る。それを見てロンドは諦めたように肩から手を放した。恐らく俺の目を見ただけで止めるなんて事が出来ないのを察したのだろう。


 そうだ。俺は彼に向かって一言言ってやらねばならない。


 それは多分、彼女達――ナナ、フィオ、ミーシャの為では無いのだろう。彼女達は理解している。自分達がどういう立場でどういう偏見の元にこの『仕事』を受けているかを。



 だから何も言わず、何も訴えず、只々ヒンメルさんの軽口に耐えている。


 その意味ではロンドもそうだ。ロンドだって内心では少女達の為に言ってやりたい事は山程あるだろう。俺は柔和な笑みを浮かべながらも左拳を懸命に握り続けるロンドを見ていた。彼だって本当はヒンメルさんをぶん殴りたくて仕方が無いんだ。しかしロンドが騒ぎを起こしてしまえばなし崩し的に三人娘の『仕事』が無くなってしまう事を意味している。



 だからこそロンドはヒンメルさんに対し、柔和な笑みを絶やさない。


 それこそが彼のプロとしての自覚だ。

 要するに本当ならば俺だってここで無言を貫き通すべきなのだ。



 無言でこの場をやり過ごし三人娘の『仕事』への出発を見送る。それが一番無難で優れた『大人』の対応だ。俺だってもう十七歳になる。そういう『世間の渡り方』を覚えても良い年頃だ。

 でも俺は一言言ってやらねばならない。誰の為でも無く、自分の為に。


 己の我儘によって。


 己の誇りの為に。



 ――――ロリコンとしての意地の為に。


「何だ、カルラとやら。貴様、私に対して何が言いたいんだ?」

「この娘達――ナナ、フィオ、ミーシャって言うんですけれどもね」 

「ふん。名前などどうだって良い。『悪魔の子供達』ごときに名前があった等という事はどうだろう、驚きには値するかも知れないが、憶える程の価値は無い」

 ヒンメルさんの下卑た言葉に周囲に居た連中がどっと笑う。


 いつの間にやら周囲の目は俺と三人娘に向いていて皆が皆、嘲笑を覚えている。

 ……どうやらここに居る軍人は全員、『新人類』に対してつまらない偏見を持っているらしい。



 つまり俺はこれから、こいつら全員に向かって啖呵を切る訳だ。


 ――――だがそんな事はさしたる問題では無い。

 三人娘の可愛さを理解出来ない奴らなどをどれだけ敵に回したところで無問題だ。



 何故、彼らは目の前の可愛い少女達を前にして素直に「可愛い」と口に出来ないのだろうか。


 何故、彼らは目の前の可愛い少女達を前にして素直に欲情出来ないのだろうか。


 全く理解に苦しむぜ……。そんな感じに俺は眼前の連中に向かって暴言を吐く。



「ヒンメルさん。俺はお前、いやお前らのその浅はかな認識が可哀想で仕方が無い。何故こんな可愛い少女達に向かってそんな汚い目を向けられるのか。そんな汚い言葉を吐けるのか。全く以て理解出来ませんよ。お前らが束になってかかってもこの娘達に傷一つ付けられないのに。それどころかものの五秒もあればお前らなんて醜い肉塊に変えられると言うのに……。なのにどうして意味の無い嫉妬を覚えるんでしょうか? どうして意味の無い敵対心を持つんでしょうか? 『新人類』――――可愛くて強い子供達なんて、それこそ慈愛の対象でしょうが! つまらねぇ事言ってないで少女は黙って愛するべきなんだよ!」

「なッ!」

 俺の啖呵を受けて、連中は眉間に青筋を立て始めた。


 元々戦闘前で血気盛んな連中だ。俺の軽率な言葉を受けて冷静でいろという方が無茶なのだろう。ロンドなんて肩を竦めて「やれやれ」なんて声を漏らしている。



「貴様――カルラとやら。どうやら死にたいようだな?」

「ロリに愛を覚えず、それどころか罵倒するぐらいなら俺は死んだ方が増しだね」

「宜しい。ならば――――死ね」

 既に怒りで手が震えつつあるヒンメルさんはゆっくりと腰に挿した自動小銃を取り出し、そして俺の眼前に構えた。俺はそれを見てニヤリと笑う。


「――――え?」

 ヒンメルさんが自動小銃の引き金を引こうとした頃には既に、小銃はその先端を鋭い刀によって斬り落とされていた。ヒンメルさんが驚きのあまり悲鳴を上げながら銃身を手放した時には小銃は八つの鉄塊に分解を果たしていた。



「遅いよ、叔父さん。訊くまでも無いと思うけれど一応訊くよ。大丈夫だよね、お兄ちゃん?」

「ああ。問題無いよ、ナナ。お前なら絶対俺を助けてくれると信じていたぜ」

「だからって軍人さんに喧嘩売るのはどうかと思うけれど……。ただでさえお兄ちゃんったら弱っちいんだから。少しは歳相応の我慢ってものを覚えてよね……」

 俺とヒンメルさんの間には気付けば金髪の少女、ナナが割り込んでいて。そしていつの間にか――持参した荷物から取り出したのだろう――その手には刀が握られていた。



「でも、ナナだってこいつらには苛立っていただろう?」

「まあ――――ね!」

 ナナは気合いの息を吐きつつ信じられないような速度で刀を振るう。新たに敵意を顕わにした男の持つ拳銃の銃砲へ自らの刀の切っ先を捻じ込み破壊した。



「貴様ら! う、裏切るつもりか!? これだから『悪魔の子供』は信じらな――――」

「ええと、その、先に銃を向けたのは皆様ですので……。ですからフィオ達は皆様が銃を下ろせば当然、裏切るつもりなど無いのです。どうか許してはくれませんですか?」

 おずおずとした違和感のある丁寧口調を述べながら、茶髪の少女――フィオはアサルトライフルを両手に構えて照準は多数の軍人面々に向けている。


「で、でもお兄様を故意に傷つける……いえ、事故であったところで血の一滴でも流した方には容赦しませんです!」

「何を馬鹿な……ハッタリだ! 貴様らのような線の細い少女が、そんな反動の強いライフルなど扱えるものか。しかも片手で撃つなんて、腕が吹っ飛ぶに決まっている。そんなつまらない事を言うのであればロンドも含めて全員、尋問に――――」

「ホントにそう、かな……」

 部屋の中に雷で穿ったような轟音が鳴り響いた。


 五臓六法に染み渡る程の重い振動が部屋にいる全員に伝わる。


 轟音を鳴り響かせた主は巨大なライフルだった。それも銃身が一メートル半程にも達するライフル。何故か銃身にはウサギのキーホルダーが付けられていて銃の反動を物語るようにして左右に激しく踊っている。銃が向いた先は部屋の天井。轟音を響かせて射出された弾丸は天井を紙切れみたいに貫通し空の彼方へと吸い込まれていった。



 明らかな威嚇射撃。しかしその凄まじい威力を思い知らせる程の弾丸の射出音に部屋に居る全員は戦慄する。だがもっと恐ろしい事実とはその凄まじい威力のライフルを撃ったのは、その銃身よりも二回り程小さい身体を持つ銀髪の少女――ミーシャであるという事。そして彼女はライフルを撃つ際両手では無く片手で撃ったのだ。まるで空気銃でも撃つような気軽さでライフルの凄まじい衝撃をその細い腕で受けたのである。



「カルラの言っている、事、本当。ぼく達ならここに居る皆、五秒待たずに、殺せる……よ?」

「威嚇射撃とは言え……。ミーシャ、実際に銃弾をこんなところで撃つなよな……」

「でも、カルラ……。皆、ようやく…………ぼくら、強いって認めたみたい、だよ……」

「そりゃあ、なぁ……」

 筆舌に尽くし難いとはこの事だ、とばかりに空いた口が塞がらない軍人の面々。


 話には聞いていたにしろ『新人類』のスペックの高さを実際に目の前にしては当然の反応だ。これを前にして敵意を向き出すなんて事、普通の人間ならしないだろう。




 そんな驚きで固まっている軍人の連中とは対照的に、面白さ極まるとはこの事だと言った風に大笑いするロンドとが作り出す光景は実に珍妙な空気を作り出していた。

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