第36話
鉄錆と硝煙の匂いが立ち込める。耳に響くは銃声と悲鳴、そして獰猛で興奮が入り混じった勝者の雄叫び。その勝者も数秒後には頭を銃弾にて撃ち抜かれる。
「進め! 全軍恐れるな! 我が軍の勝利はもうすぐ傍まで来ている。進軍しろ! 逃げる事こそが本当に恐れるべきものと知れ!」
野太い声が響き渡る。それに呼応したかのように、人の群れが人の群れに突撃し、その内の半数がやがて死ぬ。戦場はいつだってそうだ。命が運を担いで綱渡りを始め、運の悪い者から奈落の底へと突き落とされる。次第に運の良い者だけが生き残っていく。
「――――フィオ。フィオ!」
少女が隣に居る筈の者の名前を呼ぶ。銃弾で撃ち抜かれ、躯となって転がっていなければ返答してくれる筈だ。少女――ナナは返答が来るのを願い、そして掠れるような声を発した。
「――――何です? ナナちゃん」
隣に居た少女――フィオ―レはアサルトライフルを両手で撃ちつつ返答した。目線は敵へと向いていて、ナナの方へと目線を送る事は出来ない。
そしてそれは、ナナも同じ事だった。サブマシンガンを握るナナは視線でフィオ―レの安否を確認する事が出来ない。だから――――名前を呼んだ。
「大丈夫よね?」
「――え? 何? 聞こえないですよ、ナナちゃん」
銃声と悲鳴の音に掻き消されたのか、ナナの声はフィオ―レへと届かない。勿論、フィオ―レの声もナナには届いていないので、返って来ない返答に不安になったナナは声を張り上げる。
「フィオ! ――――生きてる!?」
「――――何とか無事です!」
ナナの声を耳に捉えたフィオ―レは返答を返した。ナナもそれを聞いて一安心する。
一秒後には信頼し合った姉妹が死ぬかも知れない、そんな状況でナナとフィオ―レは自らの正気を保つのに必死だった。
「フィオ! ……ミーシャは! ミーシャは大丈夫だと思う!?」
「ミーシャちゃんです!? ミーシャちゃんは生半可な腕じゃ狙撃すら届かない場所から敵兵を一人ずつ無力化しているようです! さっきから足を撃たれて倒れている兵士が見えるので、多分大丈夫だと思うです!」
「良し! 今のところ、皆無事だな! 本当に気を付けてよ、フィオ! あんたが死んだらあたしは皆に見せる顔が無いわ!」
「それはこっちのセリフですよ、ナナちゃん!」
ナナとフィオ―レの二人はお互いの存在を声で確かめつつ、敵兵を徐々に無力化していった。
戦地は平野。雨がしとしとと降り頻る中で、ミーシャとフィオ―レはぬかるみに足を取られる事無く、新人類としての圧倒的なスペックで以て動き回る。広い場所であるが故に一歩間違えれば敵兵に囲まれるところを、優れた判断力で以て下手な動きを見せる事は無かった。
「糞ッ! 『金色の悪魔』と『微笑む絶望』の二人の勢いが止まらない……ッ! ここはどうにか二人を囲み、一気に叩くしか――――がッ!!」
歯を食い縛り、ナナとフィオ―レを無力化しようと企んでいた男は足元を撃たれて倒れ込んだ。その隣に居た若者が射線を確認するが撃った敵の姿を確認する事は出来なかった。
「足元を狙い続ける狙撃の仕方……。確認出来ない狙撃者……これは――『冷血の凶報』ッ!?」
若者ははっと息を呑んで銃を構えるが次の瞬間にはふくらはぎを撃ち抜かれ、痛みに悶絶する事となった。視界が痛みで朦朧とする中『悪魔の子供達』の恐ろしさを改めて痛感する。
「……そう、簡単に……ナナねぇ、とフィオねぇ……手出し、……させな、い」
主戦場となる平野から一キロ近く遠のいた丘の上でミーシャは淡々と呟く。
ナナとミーシャの二人が敵からの攻撃を易々と受けないのはミーシャの狙撃によるサポートがあったお陰も少なからずあった。雨で視界が悪い中、遠く離れた場所から精密な射撃が出来る存在は敵にとって正に『凶報』だろう。
「…………」
無言の内にミーシャは敵兵をスコープ内におさめて引き金を引く。機械的な動きの中、ナナとフィオーレの無事を祈りつつ、ミーシャはまたも引き金を引いた。
「おりゃあ!」
そう気合いの一声を込めて、相手を刀の峰で地に伏せるのはナナだ。敵とある程度接敵したのを見てサブウェポンをしまい、高い脚力を生かした接近戦へと切り替えたのだ。
「後退! 後退!」
「……敵が引いていくです」
フィオ―レが逃げていく敵を見て呟いた。彼女の目に映るのは味方の勢いに戦意を削がれた敵側が弾幕を残しつつ、逃げ去っていく姿だった。
「終わり……なの?」
ナナはやれやれとばかりに肩を竦める。そして頬に落ちる雨の雫で顔を少しばかり拭った。フィオ―レも彼女に倣い一息吐きながら担いでいたライフルを降ろす。
そんな風に休憩する二人の元へと尋ねてくる青年の姿があった。彼は戦場にいる少女の奇妙さに少しばかり眉を顰めながらも、姿勢を正しナナとフィオーレへと向かい合う。
「あの、すいません! ナナさんとフィオさん、ですね?」
「……えと、そうですが貴方は――――」
「は、はい! 私は軍に所属致しております二等兵のユルウスと申します! 此度は戦場での目覚ましい活躍振り真感謝致します! つきましては指令部よりの伝言をお二人にお伝え致したくあります! 宜しいでしょうか!?」
妙に畏まった態度で青年――ユルウスは二人に相対する。そんな対応などされた事も無いナナとフィオ―レは少しばかり動揺するものの、だからと言って無視する訳にもいかない。
ナナはユルウスを見上げ、口を開いた。
「は、はい! 問題無く思いまする!」
「ナナちゃん。混乱し過ぎて意味不明な口調になっているです……」
「ち、ちょっと黙って置きなさいよ! フィオだってどうせ上手く対応なんて出来ないんでしょうから、それをあたしがやってあげてるのよ! 感謝しなさい!」
「……何故かナナちゃんが偉そうです」
「あたしはあんたよりお姉ちゃんなんだから偉くて当然なのよ! 悪い!?」
「あ、あの……宜しいでしょうか?」
言い合いをするナナとフィオ―レに困り顔で訊くユルウス。ナナはそんなユルウスに「は、大丈夫でありまする!」と妙な敬語を用いて対応して、隣のフィオ―レに嘆息された。
「……で、では! 我が軍の勢いに呑まれ退いた敵軍ですが、どうやら隊を二つに分けていたらしく、西方八キロ地点! 森林地帯からこちらへと進軍をしているようです! 恐らくはこちらを挟み撃ちにする作戦だったのでしょうが、一方を崩した以上、どうと言う事もありません。これからお二人には至急、そこに向かって新たな敵軍を向かいうって欲しいそうです! その分の褒賞も支払われるそうですので、どうか引き受けては下さいませんでしょうか!?」
「……成程。どうする、フィオ?」
フィオ―レはそれを聞いて逡巡するが、直ぐに頷いて言葉を返した。
「悩む必要は無いです、ナナちゃん。仕事があるならば、それを引き受けない理由はありません。向かいますです!」
「ん、分かった。……ユリウス、さん」
ナナはフィオ―レに笑みを返して、そして思い出したようにユルウスを呼んだ。
「は、何でありましょうか!?」
「ここから一キロくらいかな? 離れた場所で狙撃しつつ、味方を援護していたミーシャって娘が居たんだけれど。その娘にもさっきの話、伝えてくれないかしら?」
「ああ、それならば既に伝令が向かっている頃合いだと思います。貴方方三人は此度の作戦に置いて重要な布石を担っているそうですので、抜かり無いであります!」
「なら問題無いわね。――――フィオ、そこまで向かうわよ!」
「はいです!」
「……ああ、えと、お二人共! こちらで準備させて戴いた足がございますので、乗って移動を――ってもう聞こえていないか」
ユルウスが口を開いた頃には既にフィオ―レとミーシャはどうあっても声が届かない場所へと走っており、瞬きをする頃には二人共地平線の彼方にうっすらと影が見えるだけであった。
『彼女達を丁重に扱うよう』上官より言い含められていたユルウスは少女達が走り去ってしまった事で丁重な対応が出来なかったと悩む一方、上官より口止めされていた『事実』があった事を不可思議に思っていた。丁重に扱うよう言われながらも情報隠蔽をする――その矛盾をユルウスは不思議に思ったがしかしそれ以上の事は思わなかった。
ユルウスが彼女達にあえて言わなかった『事実』とは――敵勢力の内、『有力家名』を持った人物が斥候より確認されたという情報。
『魔帝』と畏れられた人間――イマレウス・マーチハウンドの存在確認情報だった。




