第25話
近い内に一仕事頼むかも知れない。そうロンドに言われた訳だが基本的な日程が決まるまで俺達はロンドの連絡を待つより他無いので家にてまた静かな時を過ごしていた。
俺と真弓、そして三人娘しか居ないここでは世間での喧騒も新人類による差別の無縁のものだ。それはまるで夢のような光景だ。夢のように清々しくそして――――儚い。
「真弓」
台所にて夕食の下ごしらえをしている真弓の背中に俺はリビングから声をかける。
「何ですか、カルラ様? 夕食ならまだ先ですよ。無職の癖に食べる事には積極的とかあれですね、俗に言うニートって奴ですね。それでいて偉そうに味にケチ付けるんでしょう?」
「俺はどっかの姑か……」
「大丈夫ですよ。カルラ様の血糖値が上がるよう味付けは濃くしておきますから」
「だから何で姑に対する陰湿な嫌がらせのような料理作ってんだよ、止めろ」
「え? だってカルラ様って人にいちゃもん付けるのが趣味みたいな低俗な人間でしょう? まったく……。人にいちゃもん付けるくらいなら自分の人生にいちゃもん付けて下さいよ。あれですか? 人生の粗探しをしたらキリがないんですか? だから他人を乏しめる事で自分だけが低俗な人間では無いとそう言い聞かせているんでしょう?」
「俺は人の人生にいちゃもん付ける趣味は無い。あと俺の人生に粗が有り過ぎるとか言う洒落にならない事実を突きつけるのは止めろ。後が無いと分かるや否やうっかり三人娘の誰かに手を出しちゃうかも知れないだろうが」
「……それ、冗談に聞こえませんけど」
「冗談じゃないからな」
さすがに今後の事を考えて自重はしているものの、人生に後が無いと分かるや否や吊り橋効果的なあれで俺は娘に手を出しかねない。
ロリコンとは常に自分の理性の奥底にある下衆な欲望と戦っているのである。
つまり俺は自分と常に戦い続けている最強の戦士。「もう一人の俺が……目覚めるッ!」とか言って二重人格ごっことかしちゃう。こういうのマジ楽しい。
……まあ相手が女の子とは言え新人類なので手を出しちゃうと遜色無く殺されてしまうんだろうが。可愛いのに強いとか二律背反過ぎてちょっと反則過ぎだと思う。
そうでは無く。
「まあそれはそれとして、真弓」
「使用人である私的にはそれを無視しても良いものかどうか判断に迷うところではあるのですが……。まあ良いでしょう。最悪、私がカルラ様を殺せば万事解決ですから」
「それは解決出来てないんじゃないですかね……」
「あれですよ、カルラ様。『貴方を殺して私も死ぬ』的な奴です。まあカルラ様ごときに私は人生を不意にするつもりは毛頭ありませんので、別に死なないですけれど」
「じゃあ普通に殺意じゃん……」
「それで何です? 私はこの通り夕食の下準備で忙しいんですが? つまらない事を聞くのでしたら言動に注意して下さい。うっかりカルラ様まで三枚に下ろしかねませんよ?」
「何でお前はナチュラルに主人を殺そうとするんだよ……。まあ別につまらない事を聞くつもりは無いから問題無いけど。三人娘達ってどこに行ったんだ?」
「つまらない事を聞かないで下さいよ」
「つまらなくないだろ!」
俺は真弓の言葉に反射的に激昂してしまう。
ロリコンにとってロリの話題は最重要だ。むしろそれしか興味無いと言っても良い。
それを否定されてはロリコンの名折れだ。相手が真弓であろうと許すつもりなど毛頭ない。
「違いますよ。私はその話題がつまらないと言っているのでは無く、それを訊くカルラ様がつまらないとそう言っているのです。カルラ様、貴方がするべき唯一の仕事は何ですか? ナナ様を始めとするお三方の相手をする事でしょう? それをするが為に無職の癖して何でお三方の行方すら掴めてないんですか? はぁ……無能にもほどがありますよ」
「ちょっと行方訊いただけでそこまで乏しめられるとは思わなかった! でも正論だ! マジでごめんなさい!」
真弓の言う事も尤もだ。三人娘を生涯愛しぬくと誓った俺にしてみれば三人娘の行方を見失うなんて失態以上の何でも無い。それはつまり存在を自分自身で否定してしまった事に等しい。
「変なとこ、素直なんですねぇ……カルラ様は。こっちとしても冗談で言っている以上、素直に謝られても困るところなんですが」
「いや。お前が冗談で言っていたとしてもそれが事実である以上、冗談では無い。ロリコンの中のロリコンを自称している以上、俺は将来的には何キロも離れたあいつらを匂いのみで追えるようにならなくてはならない」
「それ出来たら人間じゃありませんよ……」
「ロリコンとは人間を越えた存在だからな――――それを人は神と呼ぶ」
ロリとはそれ即ち究極の人間愛なのだ。
何せ人間が生まれて成熟していない状態、人間が何物にも染まっておらずもっとも人間的な状態、つまり人間がもっとも人間らしい状態の最中、それを愛してしまうのだから。
人間を愛する存在――――それはつまり神だ。
そう。ロリコンとは神にも等しい存在なのだ。
「何を馬鹿な事を。さすがはカルラ様、脳味噌が腐っておいでなのですね」
そんな究極のロリコン理論を真弓によって冷徹な眼差しと共に否定される。
……まあ、良い。ロリコンとは結局どこまで行っても理解されないものである。
事実は事実として己にのみ留めておけば良い。……何言っているんだろ、俺。
「カルラ様。お三方であれば少し離れたところにある森に出かけられました。夕食までには戻ってくるとの事でしたよ」
俺とのやり取りが面倒になったのか真弓は本当のところを口にした。
「森? 何しに行ったんだ?」
「薪を取りに行かれましたよ。季節は秋。もうすぐ冬に入りますからね。そう言った備えも必要かと思いまして私がお三方に頼んでおいたのです」
「成程」
俺は首肯する。
季節はもう秋も中頃に入りつつある。
実りの季節であると同時に冬を迎える為の準備を始める季節。
動物達は冬眠を前にして蓄えをする為に活発に動き始め、多くの虫達の産卵期でもある。また植物はその葉を紅葉させ、景色は大層華やかに変わる。気温はこの季節を境にして急速に下がり始め、人も動物も植物も寒さにより行動が鈍り始める。
俺は冬という季節が苦手である。ただし寒さによって人と人が距離感をつめる感覚は好きだ。
寒さによって人も寄り添い合うように暮らし始めるのが冬という季節。お互いの温もりを感じて、そして気持ちを確かめ合う。何て人間らしい営みだろう。
そして三人娘もまた「寒い」と口にして俺のベッドに潜り込んだりするのも素晴らしい。
つーか、それが全てだ。俺はその余りの可愛さに理性を押さえるのが大変だが、それでも彼女達の愛しさで押し潰されそうになるのだ。
マジ、くぁいい。何だあれ、ペロペロしたくなるわ。
「それに引き替え……」
そんなハーレム状態になった俺の状況を思い頬を緩ませていると真弓が「何だろう、この生物。死なないかな」的な目線で俺を突き刺し、そしてげんなりとしている。
真弓。それは主人に向ける目では無く、多分役立たずに向けるべき目だぞ?
「お三方は秋になっても私に何か手伝える事は無いのかと積極的に訊いて下さる上、せっせと働いて下さるのに……。それに引き替えカルラ様ときたら秋になったところでグータラと……。
今だって無職の癖して私の手伝いもせずに呑気に寝こけている……。キリギリスだってもう少し働くというのにこの主人は一体何を目的として生きているのでしょうか。
何でしょう、この役立たず。いっそ死にませんかね?」
「…………」
どうやら寸分違わず役立たずに視線を向けていたらしい。
まったく以て返す言葉も無いので黙っているけど。あと死にたくなってきた。
「カルラ様。カルラ様って生きている意味、ありますか? 私、どうして貴方に仕えているんですか? ……段々自分が分からなくなってきました」
「ほ、本当にすいませんでした!」
止めて! これ以上、無職を追いつめないで!
無職だって人間なの! 無職だって生きているの!
でも無職は決してヤル気が無い訳じゃないの! ヤル気があるのに結果が実らないだけか、もしくはそのヤル気の行先を見失っているだけなの! 決して生きている意味が無い人間じゃないの!
だから無職にも生きやすい世の中になって下さい(泣)。
そんな風に俺が泣き崩れていると、丁度玄関の戸が開いた音がして「ただいま」「ただいまです「ただい、ま」と口にするそれぞれの声色が聞こえてきた。
どうやら可愛い愛しの娘達が帰ってきたらしい。
「ただいまです。はあ……、沢山薪を持ってきたので疲れてしまったです――です!? お、お兄様!? どうしてそんな所で泣き崩れてさも世の中は全て俺の敵だ! 的な悲壮感漂う顔をしているのですか!」
最初にリビングに姿を現した茶色の長い髪の毛でピンク色のふわりとした洋服に身を包んでいる女の子――フィオは俺を見つけるや否や驚いた様子を見せた。
「いや……。ちょっと世の中の不合理と残酷さに涙していただけさ」
「お、お兄様大丈夫です! お兄様は世の中の不合理なところや汚いところなんて一切見なくても良いのです! 全てはフィオ達が背負っていくですからお兄様はのんびりと家でくつろいでくれて居ればそれで良いですから!」
「カルラ様良かったですね、養ってくれる女の子がいて。素晴らしい紐生活の始まりですよ。これで幾ら無能とは言え生きてられますね」
「ぐはッ!」
「お兄様が吐血したです!?」
無職である事もそして紐生活を続けている事も分かってはいた事だけど、それを改めて言われると自分が一分の隙も無く駄目人間である事が明るみになってしまい相当、来るなぁ……。
更に言えばそうなってしまっている現状を肯定されてしまっている事が厳しい。
それは言い換えてみればそうなっても仕方が無いと思われているという事である。
ヤバい……完全に駄目人間として日々の陰鬱な生活に埋没してしまいそうです……。
「カルラ……大丈、夫だよ……」
すると短い銀髪に眠たげな眼を細めている女の子――ミーシャがまた一人、リビングに入ってきて俺へと声をかけた。
「カルラ……が、どんなに駄目人間でも、ぼく……は、カルラがだ、大好きだか……ら……」
「ごはッ!」
「お兄様の目から血が出てきたです!?」
ミーシャ違うんだよ……。その言い方じゃそれ以上の人間になれない事を暗に言われてしまっているも同じ事なんだ。それは駄目人間である事を理解されてしまっているに等しい。
ああ……俺ってそんな風に見られていたのか……。駄目だなぁ、俺。
「ああ、もう……。二人共、何言っているのよ!?」
女の子がまた一人リビングに姿を現した。金髪ツインテールに勝気な目をした彼女は先程までの二人とは違い強い語調でこう言ってみせる。
「お兄ちゃんはこのままじゃ駄目だよ! もっと格好良く日々をキビキビと生きて貰わないと! お兄ちゃんは決して駄目人間なんかじゃないんだから!」
「……ナナぁ」
「お、お兄ちゃん!?」
俺は動揺する金髪の少女――ナナにぴたりと抱き着いた。
そうだよ、それだよ、ナナ……。俺が欲しかったのはそういう言葉なんだ。
現状が駄目である事は認識させながらもしかし、俺自身が駄目なのでは無く、むしろやれば出来る人間である事を認めてくれる事。
今、数々の言葉により覇気を失った俺にはナナが女神にも見えてしまう。
「あ、あ……お、お兄ちゃん?」
そんな女神であるナナは顔を真っ赤にして棒立ち、俺に抱き着かれるがままになっている。
どうしたんだろうか、ナナは……。妙に火照っていて熱いんだけど。山から帰って来る時に走って帰って来たのだろうか。
「ナナちゃん……さすがは出来る娘ですね……。まさか一旦否定して、しかしお兄様自身を否定しない事が正解だったとは……。あざとい、ナナちゃん、あざといです!」
「ナナねぇ……やる。ましょうの、女」
「ふ、二人も一体何言ってんのよ、それよりもほら! お兄ちゃん、引っぺがすの手伝いなさいよ! ほら、あたし、『この子』も抱えているんだし!」
「ん……『この子』?」
俺はナナの言葉に少しばかりの違和感を汲み取ると共に冷静になって彼女を見る。
するとナナはその腕に一人の少女を抱えていた。
黒色のショートカットに前髪が切り揃えられ頬がピンク色、白のワンピース姿の見ため七歳くらいの少女はナナの小さな腕で更に小さく纏まりながらすやすやと寝息を立てている。
「ナナ……、どうしたんだ、その娘?」
「ええっとその……」
「幾らお前が食いしん坊だからってナナ、その娘は食べられないぞ?」
「何で食べるのよ! あたしは鬼じゃないわよ!」
少女を抱えていて手が出せないのか俺を足蹴にするナナ。当然、俺は彼女の蹴りの威力をまともに受けて平然と立っていられる訳も無く壁まで吹っ飛ばされる。
「お、お兄様! だ、大丈夫です!?」
「あ、いや問題無い。……それよりも本当、どうしたんだよ、その娘? 一旦、冗談を挟んで蹴られてみたとは言えさすがのナナも子供を何の理由も無く連れ去るとは思えないし……」
「蹴られると分かって尚、冗談を挟めるお兄ちゃんのタフさは一体何なのよ……」
呆れ口調でこちらを覗き込んでくるナナ。
「それに連れ去るって何よ。あたし子供を連れ去るなんて真似しないわ」
「なら……」
「この娘はねぇ……。森で一人、倒れていたの。だから連れてきたの」
「あの森で? 一人?」
俺は疑問符を浮かべながら眠っている少女の顔を覗き込んだ。
あの森はどの国からも結構な距離があるし一人でそれも少女が迷い込むような場所では無い。
ならどうしてあんな所に少女が一人居たのだろうか。
「カルラ様。その疑問は恐らくナナ様、そしてフィオ様、ミーシャ様にも分からないでしょう。何せお三方は眠っている少女をこちらまでお連れしただけでしょうから。ならば少女が起きてからその理由は聞きましょう。幸いにも眠っているだけのようですし」
「まあ結局はそうするしかないか……」
静かな寝息を立てる少女を俺他三人娘、真弓はただただ見つめるばかりだった。




