第24話
「皆、皆、皆ァ! 俺はもう心配し過ぎて胸が張り裂けそうで張り裂けそうで、終いには鳩胸になるんじゃね、これ!? ――ってくらいの心配を見せていたぜ!
その心配振りは誰が見ていたって常軌を逸していたと言っても過言では無かったと思うな。
近隣諸国で心配選手権なんて開催された日にゃあ俺はぶっちぎりで一位を取って殿堂入りくらいのもんだよ! だから大丈夫か、皆! 何処も怪我とかしてない!?
お父さん、お前達の事を思うと切なくて切なくて呼吸が荒くなるんだよ――――いや、これは別に興奮しているからじゃないからな! いや興奮もしているんだけどもね!
だって俺、ロリコンだし! で、でもお前達の事を心配に思って息も絶え絶えになるとかそういう事なんだ。決してやましい気持ちを持っている訳では無い。
あわよくば抱き着いて胸を揉みしだくとか妄想を浮かべた経験は決して皆無では無い。けれど、それでも今はお前達が帰ってきた事を喜んでいるだけなんだ!
そして次に俺が思う事はお前達が怪我とかしていないか、とそれだけを思っているんだ! 誰か俺に背負わされる奴は居るか? 太腿の感触を俺に提供してくれる奴は居ないものか!?
夏に入り立てのあの頃に感じた柔らかい太腿の感触を俺は一時たりとも忘れた事は無い。むしろ毎日思い返して忘れないようにしているぜ!
で、でもそれでももう一度あの感触を――――ってつい本音が出ちまったぜ。忘れてくれ! さあ怪我をした娘は名乗りでろ! 俺が怪我した箇所をペロペロ舐めまわして雑菌を消毒してやるぞ!
まあ雑菌以外、より具体的に言えばお前らの血の味なんかも美味しく戴いてしまうかも知れないけれど、それは許してくれよ? さあ皆、大丈夫なのか!?」
「…………。ほーんと、お兄ちゃんのそのテンション、戦場との落差が凄くて呆れるわね。後、この流れで名乗り出る奴が居たら、そいつは本物の変態だと思うわ……」
「……えーと、はい……です」
「――と思ったら手上げてる奴居る!? 変態! この娘、本物の変態だったわ! ……じゃなくてフィオ! あんた、怪我らしい怪我なんてしていないでしょうが!
あたし、殆どあんたと一緒に行動していたけれど、敵の攻撃なんて殆ど受けていなかったじゃない! 何、いきなりびっくり発言しちゃってるのよ!」
「そ、そんな事無いよ……です……。フィオ、ここ、怪我しているもん。だからお兄様に背負わされるべきなんだよ、身体を密着させるしか無いんだよ、これはフィオが只々お兄様に抱きつきたいとかそう言う事じゃなくて仕方の無い事なのです」
「何言っているのよ、この変態!? 怪我ァ!? その右足の膝辺りにあるミミズでもいるのかな、って思えるくらいのちゃっちぃ怪我の事をフィオは言っているのかな!? そんなの怪我の内に入らないわよ! 背負わされる必要なんて無いわ! 自らの脚で歩いて雄大な大地を味わいなさい! おっぱいお化けめ!」
「ナナちゃん!? おっぱいお化け!? またナナちゃん、フィオの事おっぱいお化けって言ったです! 傷ついたです、フィオの精神は病んだです! あーあ、これは心の痛み……つまりは怪我としてカウントしても何ら支障は無いですから、仕方無くお兄様に抱き着くしか無いなー、いや本当に仕方の無い事ですけれど!」
「フィオ……あんた、段々やる事が過激且つえげつなくなってきてない……」
「女の子は戦場に出ていなかったとしても本来、日常こそが戦場みたいなものなのです…………。その証拠に、ナナちゃん」
「何よ」
「ミーシャちゃんも既に名乗り出ているわよ」
「ミーシャ!?」
「カルラ……またぼく、背負って……欲しい……。抱き着き、たい……」
「すっごいストレート! ミーシャ、せめて建前で偽装する事を覚えなさい!」
「ナナねぇ……は……、もっと正直に……なる、と……良い」
「そうですよ、そうです。ねー、ミーシャちゃん」
「ぐぬぬぬぬぬ……揃いも揃って愚妹達め……。許さない、許さないわ! お姉ちゃん、そんなふしだらな事は許しません! 皆、ちゃんと自分で立ちなさい! 怪我していないんだったら、お兄ちゃんの手を煩わせる事は許しません」
「ナナねぇ……ケチ……」
「ナナちゃんはいつまで経っても頑固なのです……」
三人娘が喧々諤々と言い合っている様子を見て俺はほっと一息吐いた。
確かに抱き着きたいし、舐めまわしたい。それは本音には違いないが、それでも一番大事なのは彼女達があくまでも無事に帰って来た事である。
泥に塗れ、埃を被り、血で汚れていたとしても、無事である事――――それが何よりも俺を安心させる。
「お嬢ちゃん達、帰ってきたみたいだね」
ニヤニヤと相好を崩していると遠くからロンドがやってくるのが見えた。戦場から帰ってくるトラックに三人娘が乗っている事を聞きつけて、やって来たのだろう。
「遅かったな、ロンド」
「いやいや……カルラ。君は来るのが早過ぎるんだよ……。そもそも帰還の連絡を受けたのが、ついさっきだよ? 何で連絡を受けずに君はお嬢ちゃん達が来たのが分かるんだい?」
「ロリが醸し出す爽やかな香りを嗅ぎつけたに決まっているだろう!?」
「決まっているのかい!?」
「俺くらいのロリ力を持つと自然、感じ取るくらいの事は出来るもんだ」
「とうとうその領域まで……。ロリ、奥深いものだなぁ……」
ロンドはうんうん、と頷きロリの深き力について再認識しているようだ。
……まあ。普通に駐屯地の入口で連絡を受ける一時間も前から待っていただけの事だけどね。ロンドは軍部の人間と話し合っていたようだし、出遅れるのは仕方の無い事だろう。
「それはそうとカルラ。一つ良いかい?」
少しばかり声の調子を変え、ロンドがそう切り出してきた。
「……何だ?」
そんなロンドの様子に不安を覚え、俺は訝しげな返事をした。
ロンドは俺の予想通りに『仕事』の話をする。
「軍部の人間から言われたんだ。近い内にまたお嬢ちゃん達に仕事を頼むかも知れないって。その場合、引き受けてくれるかい?」
「断る!」
「即答か!」
「こんなに俺の心臓に負担をかけておきながら、お前はまた三人娘を連れ回す気か! 暫くあいつらは俺と一緒にイチャイチャする予定だ! 例えお前の頼みであってもそれは承諾出来ん! もう予定はびっしり埋まっている! 誰にも邪魔などさせないぞ!」
「……そう言うと思っていたけどさ」
ロンドは瞑目しながら溜息を吐いた。
「しかし……。どうしてこうも唐突に?」
「いや……。例の少女――『赤き戦鬼』アトレアって新人類を止めてくれたのが相当評価されたみたいだね。何やら彼女に壊滅させられた隊もあったそうだけど、お嬢ちゃん達が奮闘してくれたお陰でどうにか事無きを得たらしい。その隊、どうやらあのヒンメルさんが指揮していたみたいなんだけど」
「ヒンメルさん? ……ヒンメルさんって言えば前に三人娘に酷い事を言っていた糞野郎か?」
「酷い言い草だね……。ま、あの人も御礼言っていたみたいだよ。ありがとうって」
「……ふーん」
どうやらあの男もようやく三人娘の魅力に気付いたらしい。
さすがは俺の愛する娘達。どれだけ酷い事を言われようが救える奴には手を差し伸べちまうらしい。俺なら見捨ててしまいそうだが……。それだけ三人娘が心の優しい良い娘って事か。
「まあ掻い摘めばその辺がどうやら評価されているっぽい。それでまた宜しくってさ」
「ホント? それホントなの? ロンド叔父さん!」
俺達が話をしているとナナが会話に割り込んでくる。どうやら話を聞いていたらしい。
「ああ。お嬢ちゃん達やったな。報酬も期待していても良いかも知れないよ」
「やった!」
ナナは嬉しそうにガッツポーズをしている。
……ま。ナナや――他二人の『新人類』にとってそれは嬉しい事なんだろう。
「でもなー……。俺としては暫く仕事を控えて欲しいんだが」
「ええ!? どうしてよ、お兄ちゃん!」
「だって……。今回、そのアトレアって女の子を止める為に古代兵装、使ったんだろう?」
「え、まあ……うん」
ナナは気まずそうに頷く。そう――彼女だってその事は分かっている筈なのだ。
「古代兵装は強大な力を持つが故に、強力『過ぎる』力を持つが故に、危険を――脅威を引きよせる事に繋がりかねん。今日だってその力の一端を見せつけたが為に軍部の輩に目を付けられているんだろ? それはお前達――新人類にとっては決してプラスとは呼べない」
そう――古代兵装は強力過ぎるが故に、敵にとってこれ以上無い脅威であるが故に、強力な敵を引き寄せる結果へと繋がりかねない。
その証拠に今回アトレアという驚異に対抗する為に三人娘が呼ばれたのだ。これは決して小さな、見逃して良いような可能性では無いのである。
ましてやナナ、フィオ、ミーシャは新人類という物珍しい人種だ。目立った事によりどんな事が起こり得るか知れたものでは無い。更に言えば新人類で古代兵装持ちなんて人間は更に珍しい存在に入る。だからこそ、この話は断るべきなのである。
どうしたって良い結果にはならない事は目に見えているのである。
なれば何故俺が賛同出来ると言うのだろうか。
三人娘の安全性こそ何よりも優先させている俺がそれを許容する事は決して有り得ないのだ。
「で、でもッ」
「…………」
それでもナナは「でも」と言ってしまう。縋ってしまう。
俺は理解出来た。理解出来るのだ。
新人類――それが評価されるという事がどれだけの事なのかを。
だからこそナナはここまで必死になっている。
「いい機会、いい機会なの。あたし達が能力を買われる事なんて滅多に無いの。差別の対象であるあたし達がだよ? 今日だってあたし達は味方である筈の人達に酷い事を言われた……し……、こういう事ってその……珍しいじゃない?」
「フィオも――フィオもそう、思うです」
「フィオ……」
気付けばフィオもそしてミーシャまでもナナと同じ目の色をしていた。
他人に褒められた時に浮かべる、子供らしい純粋に嬉しそうな目の色。
「これは褒められているんです、よね? フィオ達は頑張った事を褒められているんです……。こんな事、今まで殆ど無かった……です」
「……うん。そう、だ……ね」
ミーシャもフィオに同意して頷いた。
「で、でも」
俺はあくまでも否定の面持ちで居た。
「お前達よく考えろよ? お前らは戦場に出る事を、人を多く殺せる人間である事を評価されているんだ。強力な兵器として見做されている、ただの道具として。それは本当に嬉しい事か?」
「……ごめんね、お兄ちゃん。お兄ちゃんの言っている事はとてもよく分かる。それこそ痛いほど……伝わってくる。それはあたし達の事を思って言っているんだって……あたし達の事を心配しているからこそ否定しているんだって」
「…………」
「でも――――それでも嬉しいの。蔑まれるだけだったあたし達が褒められる事は純粋に嬉しいことなの」
「今日、同じ新人類であるアトレアって娘に言われたわ。世界は腐っているって」
「世界が腐っている、か……」
アトレア――彼女は多分、世間で言うところの『新人類らしい人生』を送ってきたのだろう。
だからそう思っている。世界が腐っていると思ってしまう。
そしてそれは多分、その通りなのだろう。
世界が正常ならば――世界が腐っていなければ。
多分、彼女達はもっと幸せになっている筈なのだから。
「――――でも」
ナナは――そしてフィオも、ミーシャもそうは言わない。
彼女は『新人類らしい人生』を送ってきたアトレアとは違う。
だからこそ――――希望に縋ってしまう。
「でもあたし達はそうは思っていない。世界はまだあたし達の事を見捨てていないと信じているから……。だからあたし達はあたし達を評価してくれる場所がまだあるなら……それに縋っていく事で生きていく。そうでないとあたし達は世界に失望してしまうから」
「お前ら……」
「ありがとう、お兄ちゃん……。あたし達はそう言えるのは多分、お兄ちゃんのお陰だよ? お兄ちゃんと一緒に居なかったら多分、あたし達もアトレアと同じになっていた筈だから。現人類を憎んで生きていた筈だから」
「ありがとうなんて」
ありがとうなんて言われる立場じゃない。
だってそれは当然の事じゃないか。
新人類であるとか現人類であるとか、人種の違いなんてそんなものは関係無い。
等しく皆人間だ。
そして一人の――――少女だ。
なればどうして蔑む必要がある?
どうして差別出来ると言うのだろうか。
少女を愛する。少女を一人の人間として扱う。
俺は――俺は当然の事をしただけなんだ。
なのに……どうして俺は彼女達に礼を言われている?
どうして礼を言われなければならない?
――多分――多分だが。
「だからロンド叔父さん。あたし達を必要としているなら……あたし達は頑張るよ。だってあたし達は世界に絶望したくないから」
「…………」
ナナ。フィオ。ミーシャ。
俺は父親失格かも知れない。
お前らがこんなに希望を持って生きているのに……。
こんなに前を向いて生きているのに。
俺が――見本にならなければならない俺の方が間違っているなんて……。
多分、俺は――――――
――――俺は新人類であるからと言って少女を蔑む世界に絶望している。
俺は――――最低だ。
世界なんて消えてしまえば良い。
少女が愛されない世界なんて失くなってしまえば良いのに。
本気でそう――――思っていた。




