第22話
ナナもとい二人で仕組んだ作戦とは詰まる所極々単純な事でナナがアトレアに姿を見せ注意を見せつけている間、隙を伺うというものだった。
アトレアはナナ達と同じく傭兵を生業としている新人類で昔から何度と無く戦場で顔を合わせていた間柄だった。故にアトレアの強さと恐ろしさを二人はよく知っていた。
だからこそナナとフィオ―レは作戦を立てアトレアと相対する事にした。
しかしナナ達がアトレアを知っているようにアトレアもナナ達をよく知っている。ナナが先に一人で姿を見せたところでフィオ―レが隠れている事なんてのはアトレアに筒抜けだった。
だがそんな彼女の認識をナナ達は逆手に取った。
ナナが一人でアトレアと相対して防戦一方になる事なんてのは想定の範囲内だった。『降伏せし槍』が『八俣刃』を不得手としている以上それは仕方無い。
ならば攻めるだけ攻めさせてフィオ―レが隠れているかも知れないという警戒を解かせたのだった。
アトレアは実に様々な事を考えていた。そして最初こそ何処からフィオ―レが現れても良いようにナナと相対しながらも決して警戒は解かなかった。
しかし時間が進むに連れて焦りが出てくる。『八俣の刃』を使うが故のスタミナ切れという弱点が焦りを招いていた。
このままナナ一人を殺す事に時間を割いてしまっては次に出てくるであろうフィオ―レによって自分は倒されてしまう。だから勝負は早く決めなければならない。
でも攻撃の他に警戒というリソースを割いたままではナナを直ぐには倒しきれない。そんな事を考えていた最中でアトレアは考える。考えて――――しまう。
――――もしかしたら今日はナナ一人でフィオ―レは居ないのでは無いかと。
その妄想に縛られたが最後、アトレアは悩んだだろう。もしフィオ―レが居ないのであれば警戒というリソースを割く事は最早無駄以外の何物でも無い。
しかし警戒を解いて、隙を見せ、フィオ―レによる一撃を喰らえば大ダメージは免れない。でも早期決戦に持ち込まなければ負けてしまう。
実に様々なモノを天秤に載せて計り続けた上で最終的にアトレアは警戒を解き、全てを攻めに転じてナナを殺そうとした。
だがそう考える事こそがナナ達の思惑通りでアトレアは手痛い一撃を喰らってしまう。
そんなアトレアが人間であるが故の、少女であるが故の精神の未熟さにつけ込んだ作戦は功を奏し、防戦一方だったナナはフィオ―レの助けを借り状況を引っ繰り返す事に成功した。
「くぅ……。少しうちにダメージ喰らわせたから言うて良い気になるなよ青二才がァ!」
暫く想定外のダメージに呻いていたアトレアだったが、直ぐに持ち直し怨嗟の叫びを撒き散らせながらフィオ―レへと接敵する。
「……ふん。すこーしへたこいたからって頭に血昇り過ぎなのよ、あんた。もう少し上品になれないのかしら」
しかしながらアトレアのフィオ―レへの突進はナナによって阻まれる。『降伏せし槍』を振り翳し横からの一撃によってアトレアに新たな距離を取らせる。
アトレアはナナによる一撃こそ『八俣刃』によって容易に防ぎ切ったが、突進を阻まれた事に舌打ちをする。
「今よ! フィオ!」
「はいです!」
そこにすかさずフィオ―レが右手を振り翳した。それに合わせて右腕に付けられていた腕輪がボウッと微かに光を帯びる。
刹那。アトレアの周囲の大気が震えたかと思うと、とぐろを巻き始め、遂には竜巻のような凄まじい風を生み出しアトレアを飲み込んだ。
アトレアは為す術無く上空に撃ち飛ばされる。空中で身を捩らせて態勢こそ立て直したものの身動きが取れないアトレアに更に鋭利に編み込まれた風の刃が襲いかかった。
アトレアは防御姿勢を取ってダメージを最小限に抑えつつ、地上に着地した。
「トンチキなのは変わらんな、その古代兵装――『風は詠う、童に聴かせる詩を(ウェントゥス・カネレ)』は。さすがは『風の踊り娘』呼ばれるだけの実力はある言う事やな……」
「お褒めに預かりまして恐悦至極……です」
歯ぎしりをするアトレアが見上げる程の高さに留まるフィオ―レは少々ビクつきながらも自身の古代兵装を評価する彼女の言葉を誇らしげな表情で受け取った。
フィオ―レの持つ古代兵装、『風は詠う、童に聴かせる詩を』の能力の本質は『大気を理解する事』――だ。理解し、見極め、そして支配下に置く。味方につける。その工程を『風は詠う、童に聴かせる詩を』は容易に行う事が可能となる。
要は大気操作の能力こそがフィオ―レの古代兵装が持つ力である。
紋章が施された腕輪は比較的シンプルなデザインだが、内包するモノは測りし得ない――――『風は詠う、童に聴かせる詩を』。
上手く扱かう事が出来る者なら大気を操り空中を華麗に飛び回る事すら可能となる。フィオ―レは未だその域には届いていないものの、宙にたゆたう事くらいなら容易にやってのける。
相手は二人、形勢はやや不利か――戦況を冷静に把握するアトレアは眼前に立ち塞がる二人を見上げ、息を吐く。
――――とするや否や何か嫌な予感を察知し、アトレアはその場を大きく離れた。
何か嫌な予感――――その正体は零コンマ二秒後に判明する。
先程までアトレアの居た場所が何処からともなく射出された黒い光線のようなもので焼かれ、その場に生えていた雑草が文字通りその存在すら消えて無くなった。
「……危ないなぁ。自分も――ミーシャも居ったんか……。『感情起爆砲』。あんなもん貰うたら身が焼けるくらいじゃ済まへんで、ホンマ」
光線を射出した主――アトレアから遥か三千メートル離れた場所でミーシャは射撃を外した事に何ら動揺する事も無く、只々結果を無表情に受け止めて次の『弾』を古代兵装に込める為、気持ちを昂らせ始めた。
ミーシャの持つ古代兵装――『感情起爆砲』。大きさはおよそ二メートル強にも及び、およそ持ち主である少女に似つかわしくない無骨な銃である。
弾に『感情』を込める事によって効果を発揮し、その感情の強さ、種類によって威力が変わる――――超長距離からの射撃が可能なライフルと言って良いかも定かでは無い古代兵装。
しかし形状が銃である事は確かでその射程距離は『弾』を込める所有者によって代わり、ミーシャの平均射程距離はおよそ四千メートルにも及ぶ。
銃身には少しでもその無骨なイメージを払拭する為か、それとも趣味だろうか、可愛らしいクマのキーホルダーが付けられている。
「次、こそ……当て、る……」
冷たい目でスコープを覗きながら、しかしその実内心で強く、熱く感情を昂ぶらせるミーシャ。先程の『鬱』とは違う感情『怒り』を込めるミーシャの顔はやはりピクリとも動かない。
スコープ越しにナナとフィオ―レの姿を覗く。その身体は戦場の空気に当てられて酷く汚れている。その様子からは疲弊している様も伝わってくる。戦場より少し離れた場所でしか戦いに参加していないミーシャは自身に憤りを覚える。
何故――ぼくはこんな場所でのうのうと引き金を引いているのか、それならそれで成果を上げなくてはならない筈だ。外せない、次こそは……。戦場でぼくの何倍も頑張っている筈の二人の為にも……とそんな事を考えながら『感情起爆砲』の銃身を強く握る。
彼女がスコープ越しに捉えるのはナナ、フィオ。それを呆然自失と眺めている指揮官――ヒンメル、その周りに犇めいている死体の数々、そしてそれを生み出した自分と同じ新人類の少女、アトレア。
アトレアは『現人類』を憎んでいる。ミーシャはその気持ちを同じ『新人類』として理解していた。アトレア他、新人類は――当然ミーシャも合わせて――現人類によって酷い差別を受ける事が多い。酷い記憶も沢山持っている、知っている、憶えている。
だが。だからと言って現人類の全てを恨んで良い事にはならない。
ミーシャは知っている。現人類の中にも自分達を理解してくれている人が居る事を。
真弓、ロンドもその内の一人だ。そして――当然ながらカルラも。
彼らを守る為、彼らに報いる為――ミーシャはこの戦場に居る。銃を構え続ける。どんな酷い仕打ちを受けたところで生きていける。
だからミーシャはアトレアを撃つ。これ以上犠牲を生み出さない為に。これ以上、人を殺させない為に。『赤き戦鬼』では無く『人』であってが欲しい為に。
ミーシャはアトレアに『怒り』を込める。
そして――ミーシャは『感情起爆砲』のトリガーを引いた。




