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第20話

「くぅ……ッ! 何と言う事だ。あれだけ居た筈の味方ももう両手で数える程にも居ない……ッ。最早これまで……と言う事か」


 進行ルートの内、廃都の中心を潜り抜けるルートを進んでいた隊の総員は二百名近く。

 しかし既に立っている人間は殆ど居なかった。


 容赦無く斬って捨てられた大勢の味方の山、その中でかろうじて立っている男――今回このルートを進んでいた隊の指揮を務めていたヒンメルはどうしようも無い悔しさを噛みしめるようにしながら、たった一人で味方を壊滅させた『赤き戦鬼』の異名を持つ少女――アトレアを見つめた。



 少なくともヒンメルは慢心していた訳では無かった。アトレアと名乗る少女を百人近くの隊で以て相対した時、味方の内何人かは「無謀」だと言って少女を蔑んだが、それでもヒンメルは味方を鼓舞し、気を引き締めるように指示した。



 二ヶ月程前。ヒンメルが夏の始め頃に出会った少女達、新人類――名前をナナ、フィオ、ミーシャと言ったか――それら少女達は三人共眼前に居る『赤き戦鬼』と殆ど違わぬ見た目華奢な少女に違いなかったが、それを蔑んだヒンメル達数人を圧倒的な実力で以ていとも簡単に黙らせた。


 彼ら『新人類』に見た目なんて何の意味も持たない。一人一人が恐るべき力を持った戦力なのだ。文字通り一人で軍隊を圧倒出来る程の力を持った存在……。



 そんな存在を知っているが故に、理解しているが故に、ヒンメルは少しとて気は抜かなかった。自分は今、伝説クラスの猛将を相手取っている――そんな気概で指揮を取っていた。


 だが結果は見ての通りだ。普通なら細切れになって肉の一片の残らない筈の一斉掃射に少女は少しとして怯む事は無く、それどころかまるで『見切っている』かのように銃弾の雨を掻い潜るとこちらの戦力を一人一人、両手に持っていたククリ刀で削いでいった。


 一刀両断、少しの躊躇も無く斬り伏せられていく味方を前にしてヒンメルはそれでも怯えず立ち向かったが、最初の集中砲火すら効かない時点で結果は火を見るよりも明らかだった。



 ヒンメルは指揮官として――皆の命を預かった人間として敵わない戦力を前にして撤退を指示するべきだったのかも知れない。しかし彼にはその判断が出来なかった。軍人としての矜持がそれを邪魔したのだ。


「まかり間違ったところで一人の少女――しかもチューブトップに膝上で不自然に千切られたジーンズを掃きチャラチャラしたピアスが耳に付いているような、そんな何処かのバカンスにでも来たつもりなのかと思わせる気軽な格好で我々の前に立つ馬鹿げた少女を前に撤退の判断など出来よう筈が無い…………ッ」


 ――――そんな彼の軍人としての意地が撤退の二文字を告げる事を許さなかった。



 そんな彼は人としては間違っていたが、国家に命を捧げた軍人としては正しかったのかも知れない――なんて事をヒンメルはやはり思わなかったが、それでも涙は浮かべた。


 新人類に対する畏敬。こちらを馬鹿にし切った少女の浮かべる下卑た表情。自分の指示通り動き、そして見事な迄に死んでいった味方に向ける遣る瀬無い想い。自分へのこれ以上無い無力感。また当然――死への恐怖。


 それらの強烈な想いが攪拌されるようにしてヒンメルに涙を流させていた。



「――――汚いなあ」

 そんな彼の想いを全て踏みにじるようにして全てを下らないものかのように一蹴しながら赤毛のポニーテールに赤い瞳を持つ少女――アトレアは呟いた。


「おっさん、ホンマに汚い……汚いわぁ……。何や? 涙流して、汚い顔晒して、それでどうにかなる思うとるんか? あんたの指示で死んでもうた仲間達が生き返ってくるとでも思うとるんか? 

 アホか。そんな事ある訳無いやろ。死んだもんは生き返っては来ん。

 いや、それどころか皆自分の事、恨んどると思うで? だってそうやろう? 実質どうやら指揮官らしいおっさんの指示でこいつら皆死んだようなもんやでこれ。

 あんたが『逃げろ』って言わなかった所為や。だからうちは切り伏せた。

 向かってくる連中、残らず綺麗に殺してもうた。あーあ……こりゃあ自分、良い死に方せんなぁ。ま。あんたは今からうちがいたぶって殺してやるんやけどな――――ほれ」

 ニタニタ笑いながらヒンメルに喋りかける少女は話中にも関わらず一瞬で移動したかと思うと身構えていた味方の一人――胴間声を張り上げながらマシンガンの撃ち続ける兵士――の銃弾を避けつつ接近し、またしてもククリ刀で頭上から振り下ろした一撃で兵士を両断する。



 余りにも呆気なく、余りにも簡単にアトレアは人間一人の命を奪い去る。


「また一人のうなった。おっさん、あんたの所為やで? 今からでも撤退してみるか? もうひーふーみーよー…………六人しか居ない味方引き連れて尻振って全力で逃げてみるか? …………ま、うちは絶対逃がさへんけどな」

 そう言ってまたしても兵士の一人が切り殺された。

 情け容赦なんてモノは皆無で、本当に殺す為の一振り。徹頭徹尾の一撃必殺。


 『悪魔の子供達』――そんな侮蔑語は少し前に会った新人類の少女達に宛がう言葉などでは無く、この少女にこそ似合う言葉なのだろう。


「アハハハハハハ!! ホンマ、自分ら『現人類』は脆いなぁ……。

 うちが少し撫でまわすだけで簡単に死んでまう。


 一丁前に向かってきて、みーんな『自分が死ぬ訳無い』みたいな面浮かべよる。

 それで死ぬ一瞬だけ恐怖を目に灯す。その一瞬がうちには堪らへんのよ。


 何て言うの……こう、背中がゾクリと毛羽立つような感覚言うの? 弱弱しい蝋燭の火を掌で握りつぶす感覚言うか…………そういうのが癖になるんや。

 まあたまーに、自分が死ぬ事に最後まで気付かないような間抜けも居る訳やけどな。

 こん中にも何人か居たわ。間抜けでどうしようも無い愚鈍な輩。


 ま、それを抜いたところでみーんな、死にに来とる事に気付いとらん。死ぬ為にうちに向かって来とる事に気付いとらん程、間抜けな連中やったからみーんな死んで当然や思わんか? 

 なあ、どう思う? おっさん? おっさんはどんなタイプやろーなー? 

 死ぬ時になって始めて死ぬ事に気付く間抜け? それとも死ぬ間際まで死んだ事に気付かない愚鈍? 


 まあまだここには居らん命乞いをする可能性も否めんなあ。……命乞いしてみるか? もしかしたら助けてやるかも知れへんで。うちは寛容やさかいな。どうや?」


「……ふざけるな。我々、軍人に撤退は無い。相手を打ち倒すか、戦場で潔く殉職するか。

 その二つしか元より道は無い。捕虜に甘んじるくらいなら私は死んでやる。


 笑って、堂々と戦場で咲く花となろう。血で戦場を濡らす事はあっても戦場を汚すような真似は絶対にしない。軍人とはそういうものだ。指揮官とはそういう生き方だ」


「……ちっ! つまらへんなー……、命乞いしようもんなら散々いたぶった挙句、口からナイフ突っ込んで殺したろう思うとったのに……」

「なッ!」

 ヒンメルはアトレアのあまりの非人道的な言葉に怖気づいた。


 恐怖して、絶望して、心を折られずには居られなかった。


 軍人としての矜持が無ければ今すぐ膝を屈していただろう。それで居て直ぐに持っているピストルで自分の頭を撃ち抜いていた筈だ。徹底抗戦、死ぬ時は敵を前にして散る瞬間しか有り得ないと常々考えているヒンメルを一瞬だけでも『その気』にさせた。



 これが――――これが本物の『悪魔の子供達』……ッ。


 ヒンメルはそう思わずには居られなかった。



「白けたわー……。ホンマに白けたで、自分。どうしてくれるん、この空気? おっさんにも味あわせてやろう思うとったのに……。うちらが受けた苦しみを。踏みにじられる尊厳を。打ち砕かれる希望を。知らしめてやろう思うとったのに」

「……き、貴様は何を……、何を言っているんだ……?」

 ヒンメルの膝はがくがくと震えていた。立っているのでさえ、やっと。

 だがそれでもヒンメルは心を、正気を保っていた。正気を保ち、殺意を放って少女にピストルの銃口を向ける。



「だーかーらー言うとるやん。うちら――新人類が長い事、味わった苦しみをみーんなに知って貰うんよ。

 どれだけ苦しかったか……。うちらが新人類という認識を受けただけでどれだけもがき苦しんだかおっさんにも知って貰おうとした……そんだけの事や。


 自分ら昔からうちらに言うとったで? 『命乞いをするくらいなら裸で踊れ』って。

 アハハ、傑作やな。ホンマに傑作や。人にする事は自分もされる覚悟があって当然やもんな。

 

 だからうちは自分らを苦しめ続けて生きる事にしたんよ。

 こういう戦場ではそれが簡単に出来るから楽で良いわ。場所が整っていて、相手も自分から向かってきて、それで金が貰える…………素晴らしいとは思わへん?」


「……成程。認めたくは無いが、確かにそうだ。私とて軍人だ。戦場に出た以上、相手に銃口を向ける代わりに銃口を向けられる覚悟は出来ている。

 因果応報、この世の理は常にそういうものだ。私とて数か月前まで貴様ら新人類を下等生物と思って生きてきたのだから。なら淘汰する権利はそちらにもある。…………殺せ」


「…………はぁ。まだ分かっとらんなー、自分。うちはあんたの潔く、みたいなそういう態度がむかつく言うとるねん」


 アトレアは懐から四つのサバイバルナイフを取り出すと、おもむろに投擲した。


 それら四つのナイフは全てヒンメルと同じく膝を震わせていた仲間四人の額に綺麗に突き刺さり、身体をびくんと震わせると絶命した。それ以降は死にかけの毛虫程の動きも見せない。



「……さーて、これでようやく自分一人やな。どうや? 自分の所為で仲間を殺した気持ちは。

 最悪? 悔しい? 怒っとる? それともそんな事、死に様に考えていられないかも知れんなー……。


 アハハハハ、もう面白くて笑いが止まらんわー、ホント。……ん? 決めた。決めたで、自分これからうちのペットになりぃ。

 長い時間かけてゆっくりといたぶってそれで自分が見っとも無く命乞いして、本当に自分の立場を理解出来たその時、ちゃんと殺したるわ。

 良かったなー、おっさん。もう少し長生き出来るで? まあ死んだ方がとことんマシだったんやろうけれど。アハハハハハハ!! 楽しみや、うっとりするなー、固い意志を持った奴が口にする絶望的な言葉……。ウフフフ、アハハハハハハ!!」


「……狂ってる」

「狂っとる? おっさん、よく言うわ。自分らがうちらをそうなるように仕向けたんやろ?」

「確かにそうかも知れない。だがそんな辱めを受けながら生きるつもりなど毛頭無い!」

 ヒンメルはピストルの銃口をアトレアに向けた。そして撃つ。装弾数は六発。五発撃てば後は――――自分に向けて潔く死ぬだけだった。



「あれ? 悪足掻き? ようやるわ、おっさんも……。えーと、ほい、ほい、ほい、ほい……これで五発やな? 見たとこ、その銃、弾入んの六発やろ? ……あと一発やな」

 鬼のような赤毛の髪を持つ少女は狂気的な笑みを見せた。期待と侮蔑が入り混じった目でこちらを睥睨としている。

 ヒンメルは一瞬だけアトレアから目線を外し、死んでいった仲間達を見遣る。そして――――銃口を自分のこめかみに向けた。



「さらば、同胞達よ! 私は君達とは違う道――地獄へ行くぞ!」

「だから白けた真似すんなや」

 ヒンメルが自分に向けた銃の引き金を引き絞ろうとする瞬間、アトレアは瞬く間にヒンメルの傍に寄ってきてピストルをククリ刀で細切れにした。



 当然ながらヒンメルは――――生きている。


「くッ!」

 だがそれに動じずヒンメルはすぐさま持っていた手榴弾のピンを抜いた。そして、

「ふん! 寄ってきてくれるのならむしろ好都合だ!」

 アトレアに抱きつき、道連れを測る。



「また意地汚い真似しよって……。いい加減諦めろや」

 だがアトレアも同様にあくまで冷静なままだった。ピンを抜かれた手榴弾がヒンメルの手から零れ落ち地面に落ちようと言う最中、ヒンメルに拘束されておらず自由に動く右足で手榴弾を頭上に蹴った。

 手榴弾は上空にぐんぐんと上昇した後に爆発した。



 ヒンメルは頭上で起こった爆炎を見て、そして膝から頽れた。


「無駄やねん。うちが自分をペットにする言うた以上、死ぬ権利すら与えんよ。あと……」

 アトレアは地面に転がっていたピストル――恐らくはヒンメルの仲間が持っていた物だろう――を拾い上げ、ヒンメルの口に突っ込んだ。



「当然ながら舌を噛み切るのも無しや。下手な真似しとると後がキツくなるで?」

「ぐぅ……」 

 死ぬ事さえも許されない、それはヒンメルにとってまたと無い屈辱だった。


 自殺を決意した事さえもヒンメルにとっては最大級の侮辱だったのだ。

 何せ敵を前にして自ら死ぬ事など軍人として許される筈が無い。


 そして苦渋の決断として選んだ道ですら『悪魔の子供達』によって阻まれる。



 これに心が折れない筈も――――無かった。

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