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第19話

「いたぞぉ! 敵だ!」

 声に合わせて銃弾が一斉に火を噴いた。銃口を向けられた先に居た人間が何人か倒れる。


 しかしながら倒れなかった人間が無機質な顔でこちらに銃を向ける。こちらも何人かが血を全身から吹き出して倒れる。そんな状況を何度と無く繰り返す。



「くっ……ッ! プレステュードの奴らも必死だな。しかし戦力はこちらの方が上らしい」

 廃都の中、瓦礫の陰に身を隠しつつ一人の男が呟いた。その声は銃弾と爆撃によって掻き消されるが、それでも隣でライフル銃を構えていた男には聞こえたらしく彼は言葉を返した。



「……そうは言ったところで、ここらは瓦礫が一杯で上手く攻め込めない。一発デカいのお見舞いして木端微塵にしたいところだが、瓦礫を増やしてしまえば敵の隠れる場所を増やしてしまう事に為りかねない。戦力が有利な状況ではそれは出来る限り避けたい」

「ふん……。ならどうする? このまま銃を撃っていた所でジリ貧だぞ? お互いがお互いに血を流して、死にまくってそれで終わる。それが一番分かりやすいが、それは御免こうむりたい所だね、俺は」

「俺だって御免だ。お偉いさん方の覇権争いという名の豚の餌になるのは御免だからな」


「――――ならあたし達に任せると良いわ」

 男達が会話を交わす中、それを引き裂くようにして間に立つ少女が居た。


 少女は金髪の髪を二つに結った髪型をしていて瞳も金色に輝いていた。見るからに華奢な姿の少女の両手には刀が握られている。



「え、あ、はぁ!? お、おい……お嬢ちゃん! あんたは一体何を言っている!? い、いや違う! 何故こんなところに居るんだ!?」

「任せろ? 任せろだって!? 何でこんなところに居るかは分からんが早く逃げろ! 奴らは本気だ! 少女だからと言って手加減してくれるような連中じゃない! それにまさかと思うがその手に持った刀で敵に突っ込む気じゃないだろうな!? バラバラにされるぞ!」

「そんな事無いわ。大丈夫よ」

 男達の牽制も聞かず少女は銃弾の中に躍り出る。既に少女の姿は敵の銃口の射線上に出ている。まかり間違えれば今、この瞬間に少女の姿が弾けた肉の塊になってもおかしくは無い。



「待て! 待つんだ、お嬢ちゃん! 俺達は冗談で言っているんじゃない! 何を考えているかは知らんが女の子がこんな場所に居るべき……じゃ……?」

「女の子? 子供? ……待て。こいつはまさか……ッ」


 神妙な顔付きをする男達に対しふっと笑みを漏らすと金髪の少女は跳躍――――いや、飛んだ。高く、高く。普通の人間では『有り得ない』動きを見せた後、真っ直ぐ敵陣の中に突っ込んでいく。

 途中、飛んでくる銃弾の一つを持っていた刀で弾き飛ばす。それを見た敵の顔が恐怖で一気に青ざめた。


「恐ろしい――悍ましいまでに強く、それでいて金髪、金色の瞳を持つ少女――――間違いない。あの女の子は――いや『あれ』は――『金色の悪魔』――『悪魔の子供達』だ!」

 敵陣を瞬く間に切り伏せる少女――ナナを見る男達の目は恐怖とそして憎悪の色で染まっていた。もう男達はナナを少女としては見ていない。


 動く殺戮機械以外の何物でも――――無い。


 ナナは手近な敵を片付けた後に弾丸の如き速さで敵に近づく。

 当然、敵は近づけないような弾幕を張るが、ナナの前では鉛の壁はあって無いようなものだ。


 普通の人間には捉えられない速さで飛んでくる銃弾もナナの目には捉えきれない程の速さでは無い。恐るべきスピードで以てそれらを躱し、避けられないような銃弾は刀で弾きつつ、瓦礫の間に居る敵に近づいていく。



「ひ……ひィ!」

 嗚咽を漏らすような悲鳴を上げた兵士のマシンガンを真っ二つにしつつ、峰打ちで気絶させるナナ。視界に映る敵を残らず撃破した後、ナナは肩の荷を下ろすようにほっと息を吐いた。


 その時だった。彼女――『金色の悪魔』の隙を瓦礫に隠れつつ伺っていた兵士がこれを機とばかりに陰から飛び出し、ライフルの銃口をナナに向けた。ナナは直ぐに兵士の存在に気付いたが気を抜いた瞬間の事だったので反応が遅れた。



 ナナのしまったと言った表情を見て「殺った」と呟いた兵士のライフルは次の瞬間に轟音と共に破裂した。砕けた破片で手をズタズタに引き裂かれる中、驚愕の表情を浮かべた兵士の足が何処からか撃ち抜かれた。正確無比に足だけを撃ち抜かれた兵士は痛烈な衝撃に気絶する。



「ナナちゃん、大丈夫です!?」

 瓦礫を軽やかなステップで躱しつつ、近づいてくるのは茶色の長い髪に茶色の瞳を持つ少女――フィオ―レだった。その手には撃ったばかりの発熱で煙を上げているアサルトライフルを持っている。


「あ、何だよ、フィオ! あんな敵くらいあたしがぱぱっと倒せたのに……。邪魔しないでよ」

「ナナちゃん、良く言うです……。ものすっごい油断していたの見てたですよ。あれだけ油断しないようにってお兄様にきつく言われているのに……。全く詰めが甘いです」

「瓦礫に転んで遅れたフィオに言われたくないっつーの! まったく……妹の癖して口煩いんだから…………」

「ナナちゃんを見ていたら誰だって口煩くなりますです。聞いた事は直ぐ忘れちゃうし、その癖知ったかぶりするし物事を深く考えず直ぐに誤魔化しますし、でも何処かそそっかしくて見てられないですしで……。もうしっちゃかめっちゃかです」

「フィオ……言いたい放題言ったなぁ! フィオだって直ぐドジるし似たようなもんじゃんか! あたしだけ言われるのは癪に障るわよ!」

「お前ら、うるさいぞ! 敵に見つかったらどうしてくれるんだァ!」 

 ぎゃーぎゃーと喧しく言い合いする二人の少女を睨み付ける男達が居た。

 その怒声と怨嗟の気配にナナとフィオ―レは身構える。


 そして気付く――怨嗟の気配を向けたのは味方、先程ナナと少しだけ文言を交わした男達であった。



「おいおい……敵と味方の区別も出来ないのかよ。さすがは『悪魔の子供達』。狙う相手すら分からず血を見ればそれで喜ぶような野蛮人め……。貴様ら腐った野蛮人は俺達の為に敵を食い止めてくれればそれで良いんだよ。だから黙って俺達に付き従え」

「こいつの言う通りだ。お前らみたいな野蛮人が生きる道は俺達の言う事を聞いて、それで俺達の為に犠牲になる事だけだ。ならば俺達の為に特攻するのが筋ってもんだろ。分かったらさっさと死んでこい。笑って歌でも歌いながら喜んで死んでこい。それこそお前らが価値ある唯一の瞬間だろうよ」

 ぎゃはははは、と笑う男達をナナとフィオ―レは冷静に受け流していた。


 こんな日常茶飯事とも言えるやり取りで堪える程、二人はもう純粋な少女では無かった。

 代わりとばかりにナナはぼそり、と呟いた。



「敵、来るよ」

 未だ笑う男達には聞こえなくとも新人類であるナナとフィオ―レの耳には届いていた。


 何人もの――何十人にも達する足音が少しずつこちらに近づいていた。皆、息遣いが荒く、怯えまた高揚しているのを『聞く』。どうやらこちら側に自分達――新人類が居る事に気付いているらしい。恐らくナナが掃討した敵の一人が切り伏せられる前に応援を呼んだのだろう。


「…………。囲みながら近づいて来るです」

 フィオ―レが静かに呟く。沢山の足音が散らばりながら近づいているのを聞き取ったからだ。様子から察するに余程警戒している。


「……あの。敵がここに近づいています。囲みながら、余程念を入れながら近づいてくるです……。直ぐにでも戦闘態勢を整えなければ――――死ぬかも知れないですよ」

 フィオーレは男達に提言する。だが男達が向けたのは馬鹿にするような歪んだ笑みだった。


「おいおい……。偉そうに化物風情が人間様に命令かぁ? ハッ! 笑わせてくれる。そんなのお前らが働いてくれれば大丈夫なんだろう? だったら早く殺してきてくれよ。そんな棒立ちしているぐらいなら自爆してきてくれよ。その方がよっぽど俺達の為になるぜ? ま、本当は死んでくれるのが一番良いんだけどな」

「そもそものところ、そんな奴ら何処にもいないじゃねえかよ。お前ら、俺達が鬱陶しいから嘘言ってんだろう? こいつら、俺達が隙を見せたら銃口を向けかねないからな」

「あんた達には見えないかも知れないけど、あたし達には聞こえるのよ。分かったら直ぐに準備しなさいよ。死にたくなければね」


「聞こえる? 一体何を言っているんだよ、お前らは。大方幻聴でも聞こえているんだろう? さすがは『悪魔の子供達』。現実が見れなくて、妄想するしか脳が無いってか!」

「本当、つまらない見世物以下の価値しかねえな、お前――――えりゅえかおいえ?」

 男の言葉は最後のところで言葉としての意味を為してはいなかった。瓦礫や倒壊した家屋の陰に身を隠しつつ、こちらを囲んだ敵の一人が男の頭を撃ち抜いたからだ。男は意味の為していない呻き声のような音を少しだけ発した後、倒れてそれ以降動かなくなった。


「なッ!? て、敵に囲まれているじゃねえか!? ち、畜生! こんな……ッ、『悪魔の子供達』なんかと一緒に居たからッ! テメェら! 畜生! 図りやがったな! 本当はテメェらスパイなんじゃ――――」

 取り乱しながら罵声を浴びせる男も先程の男と同様に言葉を言い終わらない内に銃弾の嵐を浴び五体が地面に散らばった。ナナとフィオ―レはその様子を悲しそうな目で見つめると、直ぐに敵側に向き直る。



「敵は『悪魔の子供達』――それも『金色の悪魔』と『微笑む絶望』だ! 二人の少女だからと言って絶対に油断するなよ! それこそ一個大隊を相手取っていると思え!」

 敵の一人がときの声を上げる。それに呼応するようにして敵は強張った手で銃口をナナとフィオ―レへと向けた。ナナは嫌そうな息を吐きつつ、言う。



「見事な迄に敵に囲まれているね……。フィオ、あたしが突っ込むからフォローをお願い!」

「……ナナちゃん、あまり無茶しないでね。フィオ、ナナちゃんが死んじゃったら一杯、一杯泣いちゃうですし、それにお兄様の悲しい顔は絶対に見たくないです……。だから精一杯ナナちゃんをフォローします! 絶対生き残るです」

「うし、よく言った! じゃあ――――」

 行くよ、と言いながら太腿に力を籠める一瞬、向かう敵の一人が頽れた。



「…………へ?」

 疑問を口にするナナを他所にして敵は先程の一人を皮切りに一人ずつ頽れていく。倒れた敵は膝や足先を抱えて苦悶の表情を浮かべていた。



「……ナナちゃん」

「……うん。どうやらミーシャの奴、ここを見つけたらしいな。いっつも思うけどさ……まったく何つう狙撃の精度だよ。伊達に糞真面目なだけじゃないわ」


 感嘆を口にする二人から離れること約二千メートル。城壁の上に寝そべるようにしてライフルのスコープを覗いている銀髪ショートカットの少女が居た。

 銃身はバイポットで固定されていて、それを少しずつずらしながら一人一人、ナナとフィオ―レの近くにいる敵を撃ち抜いていく。その一発すら狙いを違わず、銃弾は相手を逃がさない。



「…………。ナナねぇ……フィオねぇ……大丈夫、かな……」

 心配を口にしながらも銃を機械的に撃っていく。反動で震える銃身に合わせて、取り付けられていたウサギのキーホルダーが躍る。



「こんな正確無比な射撃が出来る奴なんて早々居ない……。目の前にいるのは『悪魔の子供達』、その危険を取り払うようにして俺達を撃ち抜くスナイパーは――――まさか『冷血の凶報』!?」

 ミーシャに狙いをつけられた敵の内、一人の兵士が畏敬を呟く。そして直後に足を撃ち抜かれ痛みに悶絶しながら意識を遠のかせていった。



「よっしゃ! ミーシャの射撃があるならいける! このまま敵を崩していくぞ、フィオ!」

「分かったです、ナナちゃん!」

 気合いの一声を共に上げる新人類を前にして相手を囲んでいて断然有利な筈の兵士達の士気が一気に下がる。まるで掌返しを再現したかのような状況だった。



 その後は判断力が薄れて飛び出してくる兵士達をナナが切り伏せていく。

 状況を不利と見て逃げていく者達を少女達は追撃しなかった。敵を逃がす事は長い目で見れば不利になるが三人にとっての目的は戦争の勝利では無く傭兵として与えられた仕事を熟す事でしか無い。 


   

 故に相手が逃げるのであればそれに越した事は無かった。


 最後の一兵が逃げ帰り事態が収束した後、ナナとフィオ―レの二人は安堵の溜息を吐いた。



「今回は少しだけ危なかったけど……どうにかなったみたいだな」

「……そうだね。ミーシャちゃんがサポートしてくれなかったら不味かったのですけれど」

「……本当。ミーシャには感謝しとかないと」

 ナナはミーシャの居る方向にガッツポーズを送る。例え新人類と言えど千メートル単位で離れているミーシャの様子をナナは窺い知る事は出来ないが、恐らくは伝わっている事だろう。



「おい、お前達!」

 一息吐いたのも束の間、一人の男――様子から察するに味方だ――がナナ達に向かって走ってきた。遠話機を背中に背負っているところを見ると通信兵に当たる役回りらしい。



「お前達……恐らくは『悪魔の子供達』――新人類に当たる傭兵なのだろう。少しばかり助けを借りたい! 報酬はその分弾む。話を聞いてくれないだろうか」


 通信兵の様子はナナ達新人類に対して少なからず偏見を持っているようだったが、それ以上に動揺が察せられた。ナナとフィオ―レの二人はお互い顔を見せ合った後に、

「何かあったんですか?」とナナが通信兵に対し尋ねる。

「じ、実は…………」

 よほど慌てていたのだろう通信兵は息も絶え絶えに事情を口走った。


「味方の内、廃都の中心を進んでいた隊が既に壊滅状態に陥ったという連絡が入った。直ぐに助太刀に向かって欲しい!」

「そ、総崩れ……? あのルートは各隊の中でも取り分け優秀且つ大多数の戦力を割いている筈です。それが壊滅状態なんて……ッ! 一体どんな罠が張ってあったですか!?」

 フィオ―レは息を飲んだ。通信兵は歯をガチガチと打ち鳴らしつつ説明を続ける。


「罠なんぞ無かった……ッ! そんなものは無かった。しかし……信じられない事に我が隊はたった一人……たった一人の少女によって為す術無く壊滅せしめられた! 連絡によるとその少女の特徴は『鬼のような赤毛の髪だった』そうだ……。これは一体何の冗談だ! 一体どんなカラクリを使えばこんな事が出来るのだ! 有り得ない……有り得る筈が無い……ッ」

「……そりゃあ。そんな事が出来るのは『あいつ』しかいないよ」

 ナナは吐き捨てるようにして言う。


 赤毛の髪、こちらの大隊を一人で相手取る程の実力者と言えば他に思いつかなかった。




「『あいつ』――アトレアだ。それはあたし達と同じ『新人類』のアトレアって奴の仕業だよ」

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